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初めて食べた焼き鳥 [グルメ]

小屋1.jpg
小学生か中学生だった頃、ジャン父(故人)が勤め帰りにテイクアウト(往時はそういう単語は無かったが)を買って帰って来たことがある。
それは串に刺して焼いた肉だった。
肉団子も串に刺してあった。
焼き鳥だったのです。甘しょっぱいタレで絡んであった。家でジャン母が焼く豚肉のタレ(醬油だけ)とは違った味だった。
焼き鳥というものを初めて知ったのです。実家は豚肉と牛肉は出ても鶏肉は出なかったのですよ。
でも往時は未成年で飲酒してないので(私が飲酒を始めたのは19歳になってからでした。遅いですよね。)ご飯のおかずが増えたと喜んだもの。

(ジャン母は飲み屋に行かないで家庭に入って主婦になったので、焼き鳥なんて食べたことなかったんじゃないだろうか。
冷や奴に刻みネギや鰹節を載せたり、納豆に刻みネギを混ぜたら「何処で覚えてきたの?」と詰問されたことがある。)

ジャン父が買ってくる焼き鳥は、ひな鶏、つくね、だけでしたね。鶏皮、レバとかは買ってこなかった。
何処で買って来るのかな。再開発前の戸塚駅前にあった旭町通り商店街かなと思ったがそうではなくて、横浜市泉区中田にあるスーパー敷地内にある小屋、スタンドで買ってきたんだと。
そのスーパーは今でもあります。これです。
スーパー.jpg
今は近くを東西に走るメイン道路(長後街道)は2車線に拡張され、その地下には横浜市営地下鉄中田駅という立派な最寄駅があるが、昔は駅なんて無かった。
ジャン父は某メーカーを今で言う脱サラして個人店を起業したので、自営店からの帰途に立ち寄ったんだと。

私は地元で学生の頃、そのスーパー、現在は「しまむら」になっている2階にレコード屋さんがあってそこに立ち寄っていた。
行ったらなるほどスーパー敷地内の一画にある小屋から焼き鳥を焼くいい香り、煙がそこらじゅうに漂っていたので、これかと気付いた。
小屋は今もある花屋さんの道路に沿ってやや南(現在の駐輪場の辺り)にあって、オヤジさんが客に冗談言いながらひとりで焼いてた。購入客はスーパーの買い物客で、主婦がついでに買ってったという風情だった。店の名前、看板は無かった気がする。
前にあったあたりです。
20年前はこの辺りにあった筈.jpg
成人して、いきがって酒を飲み始めた頃、居酒屋の焼き鳥に塩があることを知った。今は「塩タレどちらになさいますか?」と聞かれたら大抵7割方は塩にしていますが、最初の頃塩に馴染めなかったのは、子供の頃のあの焼き鳥がイメージにあったんだと思う。
私より先に酒の味を覚えた知ったかぶりのダチが「焼き鳥はなんてたって塩だよ」に迎合していた。今思うと笑っちゃいますね。「焼き鳥は塩だよ」って言ったヤツは私とそう大差ない年齢なんですよ。おそらく焼き鳥を食べたというだけなら私の方が早かった筈だ。

その小屋と再会したのは現職に転じて、正社員に登用される前のバイト時代の時です。
もう20年以上前の話ですが、そのスーパー近くでバイトしてたんですよ。そこで週1日だけ販売業務をしていたのです。確か常勤していた女性店長の公休日だったと思う。
その女性店長が「前の焼き鳥屋さん美味しいですよ」とすすめてくれて思い出した。ああ、あの焼き鳥かと。

そこの勤務は10時~19時までだったのですが、終日ひとり勤務だったので昼食は店内で済ませていました。ジャン母に握り飯だけ作って貰い、すぐ目の前にあるその小屋に出向いて子供の頃ジャン父が買ってきてくれたヒナ鳥とつくねを自分で購入したのです。おかずにして喰った。美味しかったですよ。
女性店長は小屋のオヤジさんとも顔馴染で、私を見て、
「あれ、旦那さん?」
「そうなの。アタシが休みの日だけ来てくれるの」
と言い放ったもんだから、オヤジさんは私をずっと「旦那さん」と呼んでいた。混んでいる時は紙に注文書いて渡しておいて「できたら呼んであげるよ」
焼きあがると「おおい旦那さん、焼けたよ」
道路向かいから叫んでくれた。

慣れて来たころオヤジさんは「いっやぁ、最近キッつくてさぁ」
仕事の話かと思ったらさにあらず、
「旦那さん週に何回〇〇てるの?」
「???」
「俺なんかさぁ・・・」
そこらに聞こえるデケぇ声で猥談、放談が始まったので閉口したよ。オヤジさんは私を「いつもいる女性の旦那さん」だと思っているフシがあるので迂闊な返事できないし。何てごまかしたんだったかなぁ。お客さんが来るまで放談してましたね。腰が負担だとかね。だったら控えればいいのに。
そんなくだらない猥談はともかく、その辺りに漂う焼き鳥を焼く匂い、スーパーの活気、小屋とスーパーの向こうに夕陽が沈む光景が風情があったね。焼いた香りが風にのって流れてきたら、ああ、今日も営ってる、と気付いたもの。煙が消えたら、そろそろこっちも閉店しなきゃって。陽が沈んだ19時(18時だっかたも)ひとりで精算して退勤したものです。売上金の入金は現在の神奈川信金の夜間金庫だった。

私が勤務していた店舗はもうない。私は今いる社に転職しています。数年後、近所の別の場所である業務チームが発足したら、私は地元だったのでそこに送り込まれ、そこのメンバーとスーパー前にあるお惣菜屋によく行ってました。当時のメンバーのひとりが「あの辺りに焼き鳥屋さんのニオイがしたけど」と言っていたからそれでまた思い出したの。まだ営ってるんだって。

時は流れ、ジャン父も亡くなり、ジャン母も高齢になったので昨年の1月からくるまを取り上げたのです。高齢者がブレーキとアクセルを踏み間違えたとか、道路を逆走とか、そんなニュースばかりだからね。
くるまを取り上げた代わりに週末の(日)私のくるまで買い出しに連れていくことになっています。その買い出し先がこのスーパーで、あの焼き鳥小屋がまだ健在だった。ああ、まだ営ってるんだって。息子さんの代になっていましたね。
小屋の位置は変わっていた。前は花屋さんの前で現在の駐輪場の辺りにあったのだが、少し離れたところにある駐車場の一画に移動してそこで営っていた。
小屋1.jpg
小屋2.jpg
ヒナ鶏、鶏皮、ツクネ、カシラ、レバが60円で、シロだけ50円、あの頃と変わらないのかな。
小屋3.jpg
ジャン母が珍しく「買っていく」っていうから。
「おとうさんが買ってきたあれでしょ」
「そう。今は二代目。」
でも先代もいました。先代はもう私のことを覚えていないだろう。
さて、ジャン母は焼き鳥の部位がわからない。
「カシラって何?シロって?」
それは鶏ではなく豚なんだけど、それを言うと「焼き鳥じゃないの?豚なの?」と返ってくるから「ひな鶏とつくねがいいよ」
用意されたメモ用紙に注文内容と名前を書くんです。殆どの人はテイクアウトですが店頭で齧っている人もいる。
ジャン妻は「レバは買わないの?」「塩はないの?」「ネギマは?」あるものだけだよ。
紙に書いて渡して焼き上がる間、スーパー内で買い物を済ませる。
青菜が高かったね。好きな春菊なんか数本しかパッケージされてないでこの値段ですよ。あ、群馬が誇る野菜の王様モロヘイヤがあるぞ。
青菜が高い.jpg
買いもの済ませてからスタンドに戻って焼き鳥を購入しました。
「珍しいですねお義母さんがこういうの買うの」(ジャン母)
「こないだ〇〇(私のこと)が焼いた焼き鳥が美味しかったから」
えっ!!
私はリアクションに困った。あの納涼祭の焼き鳥はスチームの冷凍肉を解凍して焼いて、焼き崩れた下手なものを取り置いて渡したのですが、塩味だし、この小屋のタレ・テイクアウトとは比べようがないよ。
ジャン母は焼き鳥屋なんて行ったことないから塩とタレの違いすらつかめないのです。同じだと思っている。
実家に持って帰ったんです。ジャン母は一口食べてすぐに、
「アナタ(私のこと)や〇〇さん(ジャン妻)も食べなさい」
私は躊躇した。あの頃は子供心に美味しかった焼き鳥だが、このトシになって他を知ってしまった私の驕った舌がこれを受け付けるわけないじゃないか。食べたら悲しくなるだけである。「ビール飲みたくなるから」とジャン妻も躊躇したが、やはり私と同じような気持ちだったらしい。
焼き1.jpg
焼き2.jpg
私も摘まんだのですが。
小振りの焼鳥だね。こんなに小さくて細っこかったかな。コクのある鶏肉とタレの相性はいいけど昔の屋台レベルの味そのまま。どこか懐かしい味ではある。
私は「懐かしい味だ」と呟いたが、ジャン母は私らに向かって「もっと食べなさい」と言うのである。あまり美味しくなかったのかな。
「やはりアナタが納涼祭で焼いた焼き鳥の方が美味しかったわ」
私は「そうかなぁ」と煙に撒いた。
「あれは塩だし」
焼き3.jpg
帰宅するくるまの中で私の心無い感想は、
「上大岡の方が美味いな」
「そりゃそうよ。比較したら失礼だわ」
どっちに失礼なのか。
あの頃のままだったが、私はあの頃とは変わってしまったんだな。
時は戻らない。返せないのだ。

下のURLから拝借しました。
親子2代.jpg
焼いてるとこ.jpg
「初代〇〇さんは焼鳥を焼いて50年、中田のAコープ横で40年、Aコープが出来た翌年に開店したそうです。
焼鳥一筋に働いて子供を3人育て、現在は息子さんの代。
平日多くて600本、土日1000本くらいを販売。
おいしくて値段は20年前から同じというのも常連さん多い理由です。
11:00~19:300/月木定休日」
https://yokotate.co.jp/bukken/nakatahigashi26/shopping/
ではこの店は何ていう店名なのか。
スタンド、小屋にどこにも看板はない。ジロジロ見てたらこんな演歌歌手のポスターがあった。
店名が描いてあります.jpg
この歌手は現在も現役で、この唄は徳間ジャパンから発売されている。柳ジョージさん(故人)とレイニーウッドの初期の4枚のアルバムとベスト盤を出している会社ですが、ポスターに「鳥正」とサインしてあるでしょう。どうもこれらしいのだ。
小屋2.jpg
まぁもう購入することはないと思う。
そこにあるだけでいい。20年以上前の話ですが、今もそこには香が漂い、煙が立ち昇っている。
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