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長い1日 遠州日帰り [グルメ&人間ドラマ]

プチと朝飯.jpg
新横浜から乗車した東海道新幹線こだま7:45発、ガラ空きの自由席で軽食を広げたところ。
座席テーブルにドライヴの御守であるプチ公がチョンと起立しているのは、今日は藤枝駅前からレンタカーでラウンドするからです。
「御守にプチを持っていきなさい」(ジャン妻)
「えぇ~」
「連れてけ」(プチ)
鼻息が荒いプチ公である。
軽食なので8:02に小田原駅に着くまで食べてしまった。
こだまは律儀に各駅に停車していく。熱海では「すぐに発車になります」と乗降客を急かし、小田原、三島、新富士で後続をやり過ごしている。
8:47に静岡駅に着いた。上長のディクソンは固いヤツで、1都3県外への移動時間を勤務時間とみなしてくれない人なのです。新横浜や小田原とはいわないがせめて熱海辺りで9:00スタートにして欲しいよなぁ。ただひとこと「いいですよ」と言ってくれりゃいいのに。それだけ度量、器量の狭い人なんですよ。
でも前泊はOKしてくれるから不思議な人でもある。でも前泊しても静岡市内の廃屋酒場や、焼津のどんた久は19時でラストオーダーだろうしな。あまり前泊するメリットないし。公私を混同しながら考察して、日帰りにしました。
静岡駅1.jpg
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静岡で3両編成の東海道本線・島田行に乗り換えて藤枝に着いたのが9:15、駅南にあるレンタカー営業所へ。
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この営業所も数回、お世話になっているが、前に手配してくれた男性スタッフの名札を見たら「保母」となっていたんですよ。
「珍しいお名前ですな」
「ええ、よく言われます」
保父にすればいいのに。
「前にいた保母さんは辞めたの?」
「ハイ、1年前に退職しました」
ホントに保母さん関係に転職してたりして。1年・・・、そうか。1年経ったのか。
最後に静岡をラウンドしたのは昨年の1月、新年会の時以来だな。Upしたのは3月後半だった。
https://funayama-shika-3.blog.ss-blog.jp/2020-03-25
コロナ禍のせいでそれ以来、会ってないけど、今日の午後に1年振りに会うことになっています。
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数店舗ある静岡エリアの支店の更新手続きでラウンドしました。
静岡エリアは別会社だったのを弊社がM&Aで買収したのです。その日付は全店一律で6年前の4月1日付だった。
ウチの業界は6年毎に営業許可を更新するので、4月1日付だから3月中に終えなくてはならないのです。
静岡県って広い。東は伊豆半島や御殿場、西は遠州浜松、到底私ひとりでは担えず、現地のエリア長が西部、草の者13号が東部、静岡市内は現地の支店長、私は安倍川から西、焼津、藤枝、金谷、牧之原辺りを廻りました。幸い不備無く、こっちも手慣れているのでぬかりなく済んだ。
移動中に見つけた城塞跡の解説板、
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走行中に発見して急ブレーキ!
いやいやアブない。急ブレーキ踏むことなく一旦通りすぎてUターンしましたが。
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何処がそれなのかワカラン。
この解説板がある位置じゃないらしいな。九十九折で上がって行く山は自然地形なのか造成地なのかわからず、冬場も終わりかけているとはいえ枯木と枯葉と枯ススキの雑木林だけだった。
止ぁめた。先へ急いだ。
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金谷辺りでランチ、前にも何回か来たことがある。
https://funayama-shika-3.blog.ss-blog.jp/2017-02-28
この過去記事だと3回来てますね。今回で4回め。
相も変わらず薄暗い店内、カウンター奥の席に座った。前に映しだされるくだらないワイドショーが鬱陶しいが、料理的には過去に外したことない店なのです。
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焼肉定食を運んできた若ママの目が美しい。マスクしてたけど外しても美人だろうと思わせる目鼻立ち。美人が運んでくる食事は美味しいのだ。
メニュー載せます。
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焼肉が美味しい。肉質、タレの味もいい。
味噌汁は熱々、お新香もいい塩加減、サラダやヒジキも美味しい。ご飯はお替りしなくてもすむかなってギリセーフのボリュームです。
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さて、ここを出て次のアポが13時、それまで若干の間がある。あれを見に行こうかどうしようか、行くの止めとこうか迷ったのですが。
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大井川鐵道の新金谷駅にやってきた。起点である金谷駅よりこっちの方が起点のように見える。
JRと接続する金谷駅から新金谷駅までは単にJRと結ぶ為だけの区間だといっていい。車両基地はここ新金谷駅で、かつて昭和の頃に脚光を浴びた旧型車両や機関車が憩っていた。
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転車台がある。本線を走るSLが回転する場所で現役です。
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電車も機関車も在籍している車両は他社から譲渡されたものばかり。
様々な鉄道会社から車両を譲受しています。他社から搬入する場所に向かって側線、専用線が伸びている。その途中に立派な踏切があった。
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新金谷駅方向を望む。夏場は草ぼうぼうになるらしいが、普通に鉄路が続いています。
もとは大井川から砂利を採取する専用線だったそうな。そういう意味では砂利採取が禁止された時点で廃線だが、現在でも地図には線路が細く目だたないように描かれているのは、実はこの鉄路は現役で、この鉄路上を人知れず走行する車体があるのです。
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反対側である大井川方面を望む。この先にあるものは?
他社から譲り受けた中古車両が新金谷駅方面に牽引されるのなら、車両人生最後の晴れがましい本線へ向かう鉄路なのですが、その逆、車両が本線からこの先へ牽引されたら、その車両には残酷な運命が待っているのだ。
綺麗な踏切だが、滅多に遮断機が降りる事はないのではないかな。でも走行するくるまは一時停止していましたね。
ここまで来たのだから、この鉄路の先、大井川方面にある前にUpした場所へ行こうか。
その場所こそ、他社から中古車両が搬入され、かつ、その車両が生涯を終えて廃車、解体される場所です。
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そこにやってきた。3年ぶりです。他社から譲渡された中古車両はここから搬入され、本線を走って最後の花を咲かすが、それが御用済みになるとこの地に牽引されて廃車、解体されて生涯を終える。
解体後、使える部品は再利用されるが、そうならない部品は雨風に晒されて赤く錆び、いずれ鉄屑と化すのです。
大井川に面した広場、赤錆びて使えない部品置き場になっているが、3年前より少なくなっていた。
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廃部品置き場1.jpg
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3年前、この地には1台のSLが停まっていた。運命をすすり泣いた彼女は今も現役で走っているのだろうか。
https://funayama-shika-3.blog.ss-blog.jp/2019-03-28-2

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終端部にある廃車置き場へ。
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これらもいずれ廃車になり、使える部品だけ修理用に保管される。
3年前はこの辺りに錆びに錆びた赤銅色で、機種もわからないSLが長い年月放置されていた。慟哭していた彼も願い叶って解体されたかな。
この場所から搬入された車両が、さきほどの踏切を通って新金谷駅に向かえば最後の花道だが、この場所に戻って来たら、その時がいずれ来るのです。

ここから写真が無くなります。

この日午後にとある支店の手続きを終えて、支店長に会って行政の立入検査時の対応を打ち合わせしてから、退職した前任者(女性、M子さん、仮名)に電話した。M子さんは大病をされ長く病気休職が続き、復職が叶わず前年度に退職された。
着信を残しておいたら折り返しかかってきて、
「〇〇さん?驚きました着信があって。お久しぶりですねぇ」
私は季節柄や定型文の挨拶が苦手なのです。よくそんなんで会社人生続けられたよな。
「〇〇店、営業許可更新したよ」
「ああ、もうそんな時期ですか。最初に〇〇さん(私のこと)とお会いしてから、6年経ったんですねぇ」
「今、何されてます?まだ家で療養中?」
「私、どうしてると思います?実は・・・」
「!!!」

このM子さんて方はちょっと天然を通り越して宇宙人ぽいとこがあって、支店長格とはいえ静岡エリアの中では浮いていた。
一方的にペチャクチャ喋るのだが、彼女の言ってることがすぐには理解できない。彼女の質問の仕方が下手で、何を知りたいのか、どういう答えを得たいのか、言わんとしているところの点と点を繋いで、「これこれこういうことですか?」聞いてるこちら側がストーリーを組み立ててあげないと会話が成立しないのである。
そんなM子さんを引き上げたのは伊東甲子太郎、私等の上会社に転籍して、燻っていたジャン妻を引き抜いた人物ですが、M子さんは当時は伊東が頼りだった。
でも伊東が上の会社に移籍してしまい、後任者2名(取締役ナンバー2、ナンバー3)は伊東ほどM子さんに親身に対応しなくなった。M子さんの言ってることが訳わかんなくてうるさくなったのと、他の事業で多忙になり、M子さんを構ってられなくなった。静岡県は東西に長く広いし、距離的にも気持ち的にも遠かったんだと思う。私の方が静岡エリアにカオを出していましたね。

会社と彼女、M子さんを繋ぐ糸が切れかかり、M子さんは辞意を表明した。それを私は第三者から聞いた。
だが、上層部の連中は自ら慰留工作に出向かなかった。あろうことか私に託したんですよ。彼らとは関係ない業務で各エリアを廻っていたから。
行くのがめんどくさかったんだろうね。私は当時の取締役ナンバー2に呼ばれた。このナンバー2は昨年の政変で末席に席次を下げられています。
「行かれるなら会ってくれませんか?」
「会ってどうします?」
「できれば」
引き止めて欲しいと。自ら出向くほどのことはないと思ったんだろうね。
2017年12月末でした。出向いて説得したんですよ。確か前の晩は焼津のどんた久で飲んだんだったな。伊東がジャン妻を引き抜こうとした頃だった。
https://funayama-shika-3.blog.ss-blog.jp/2018-01-15

この記事の翌日、私はM子さんに会っています。翻意させる自信はありました。普段からオカシなことばっかり言ってるので、こっちでストーリーテラーすればいいと思った。
M子さんに辞めたい理由を聞いたら、
「いつも話を聞いてくれた伊東さんいなくなったし」
「伊東氏は上の会社に移りましたからね」
「〇〇さん(取締役ナンバー2)は話を聞いてくれないし」
「彼は誰に対してもそうですよ」
「〇〇さん(取締役ナンバー3)はアタシが何か言うと『それはいいから置いといて、会社の話をするから』って言われるし」
「ああ、なるほど。やるべきことをやってくれさえすればいいってか。私はその2人ほど冷たくなかったつもりだが」
「でも〇〇さん(私のこと)だって、アタシのことを、『いいトシしたオンナが電話口で泣くんじゃないって言ったじゃないですかぁ」

???
いいトシしたオンナが泣くなって?そんなこと言ったか?
ってことは、私の冷たい?態度も辞めたい要因のひとつなのか。
確かに何か言った記憶はあるよ。でもいいトシしたオンナとは言ったかなぁ

まずこの場を収めなくてはならないな。
「ああ、あれか。あれの意味はね、ベテランの支店長たるもの支店から電話かけてきて、部下の前で泣くなよって意味で言ったんだが」
これって嘘です。いや、嘘でもないけど、いいトシしたオンナが泣くなを取り繕っただけです。
「いいトシどうこうなんてそんな風に言ったつもりはないが、でも私はその後、話を聞いただろ?」
「ええ、聞いてくださいました」
「今日だって話を聞きに来てるじゃないか」
「ハイ、でもこれからは会社でアタシの話を聞いてくれる人がいなくいんだなって思ったので、他社で責任ある立場でない普通の職員でやり直そうって考えたんです」

何だ、そんなことか。
こりゃ楽勝だな。

「で、もう次、決まったの?」
「決まってはないですが。友達から『いつでも来て下さい』と言われています。そんなに大きいところじゃないので」
「そこに移ったら今みたいに責任ある立場でなくなるって?」
「ハイ」
「そりゃ難しいな。最初だけだよ」
「そうでしょうか」
「だって履歴書にこれまでのキャリアが載るじゃない。ウチの会社で管理者まで行ったんだから、その旨も書くでしょう。先方にも伝わるでしょう」
「ハイ」
「その管理者云々を記載したうえで面接して好待遇、条件を得るんだからね。他所へ行っても最初は平社員かもしれないが、M子さんのキャリア、年齢からして(いいトシとは言ってない)いずれ上がるよ今と同じようなポジションに。で、また責任ある立場になるでしょうな」
「・・・」
「何も責任ない立場なんてのは最初だけだね。次に移ってもそこで誰か上の人が辞めたら、M子さんが上に引き上げられるだけさ。」
「・・・」

しばし間が空いて、

「家の人は何て言ってます?」
「それが・・・。母は、その年齢で遠くへ転職しなくても、家から近くて子供に何かあったらすぐに対応できる今の職場がいいんじゃないかとは言ってます」
「ああそう。私もそう思うよ。」

こりゃ落ちるな。。。

「M子さん、他へ転職しても、そこから家に帰るルートはウチの支店の前の道だろ。(道を指して)その道を通って家に帰るんだよね」
「ええ、そうです」
M子さんは、今回更新したウチの支店に近い場所にお住まいで、その支店の前を通らないと自宅へ帰れないルートになっている。田んぼや畑といった農地がまだまだ残っていて農道を拡張したような道で、家がある辺りは袋小路になってましたね。一本道といっていい。
M子さん自身も田んぼか畑を持ってるらしく、前にM子さんが休みの日に支店にカオを出したら、その時は副店長だった現在の支店長がM子さんに電話して、
「〇〇さん(私のこと)お見えになってますよ」
呼び出したんです。別に休みの日に呼び出さなくてもいいのだが、近くにいたので私にひとことこと挨拶せんと現れたM子さんは真っ黒に日焼けして、麦わら帽子を被って野良作業着、軍手をして長靴を履いて現れたですよ。医療人に見えなかった。農婦かと思った。
「田植えを手伝っていました」
「ああ、よ、よくお似合いだね」
いきなり脱ぎだしたのに絶句した。カオは真っ黒だけど肩から二の腕は真っ白で、急いで紅だけつけてきたみたい。首から上と下が別人種のように見えたよ。
大井川を渡る-1.jpg
ええっと、話を戻します。
「ってことはですよ。M子さんは転職しても、毎朝毎夕今いるこの場所(支店)の前を通って通勤することになるよね。」
「そこしか道がないんで」
「次の職場で何かイヤなことや辛いことがあったとしますよ。ウチの支店の前を通って、かつて自分がいた職場が目に入って、ああ、やっぱりここにいればよかった、辞めなきゃよかったぁって思うだろうね」
「・・・」
「辞めてみなきゃわかんないってか?」
「いや、そう、です、よねぇ」
転職予定先で上手くやっていけるか不安になったようだ。いや、させたのは私だ。
「仰るとおりかもです。」
これで陥落したんです。翻意した。退職を思いとどまった。でも条件みたいなのがあって、M子さんの辞意理由は、伊東がいなくなって会社、本社側に窓口が無くなったからでもある。
「今後、何かあったら〇〇さん(私のこと)に言ってもいいでしょうか」
「ええ、いいですよ」
即答しました。私に直接言うってことは現地のエリア長のアタマ越しになるので、上手く受けないと謁見行為になってしまうのだが、この場面では受けるしかない。何でもいいけど最初は私が受けて「それは誰々に相談した方がいいですよ」みたいに内容によっては振ればいいんだ。
辞意を思いとどまった。退職願を出してなかったのが幸いした。

帰社してBOSSから「どうでしたか?」と聞かれ「大丈夫です。辞めるのを止めました。おバカさんなので赤子の手をひねるように簡単でしたよ」得意になって報告したのを覚えている。

だが、M子さんが言うところの、「何かあったら言ってもいいでしょうか?」の電話は私宛に架かって来ることはなかった。
年が明けて2018年、せっかく退職を思い止まってのに、M子さんは病気になってしまったのです。
入院された。長くかかりそうだ。有給休暇、保存休暇を使い切ったタイミングで、エリア長とソリ合わないオンナが間に入って病欠扱いになり、傷病手当金給付に切り替えたのです。このタイミングで私はM子さんとのラインから外れた。連絡も来ないし、こちらから電話することもなく歳月が過ぎた。
大手術になったとだけ聞いた。

だが、傷病手当金が支給される期間は至急開始日から最長で1年6ヵ月、それを超えたら、本人が就業できない場合でも傷病手当金は支給されなくなる。
その残酷な期日が迫ってきた。

「引き留めなきゃよかったよ」
「何で?」(ジャン妻)
「あのとき俺が引き留めたから、彼女が病気にかかった現実を知ることになってしまった。あのまま辞めさせてりゃ他所の会社が対処しただろうにさ」
私はM子さんを襲った運命の残酷さに負けて気持ちが逃げてしまっていた。
「それは違うと思うよ」(ジャン妻)
「・・・」
「アナタが彼女を引き留めたおかげで、ウチの会社で傷病手当を貰えたんじゃない」
「・・・」
「本人は感謝してると思うよ」
「・・・」
ジャン妻もM子さんと面識があって、品川駅のCafeでお茶したことがあるという。
「何だかカバンにギュウギュウに詰めてたよ。それ全部今日の会議で必要なのですか?って聞いたら殆ど使わない書類だって。」
不要な書類をカバンがパンパンになるほど持ち歩いてるってことは、あまり仕事のできない人なのかねぇって。

コロナ禍で私も静岡エリアに行かなくなり(それでいて群馬には行ってるのだが。)2020年の秋、M子さんは退職された。
私の目の前にいるソリ合わないオンナが対応して、電話を切って、
「M子さん、退職することになりました」
「そうか。今はその電話?」
「ハイ」
そしたらすぐ私の携帯が鳴ったのである。
「あ、架かってきやがった。別室に移るワ」
「すぐ出てください。でも優しくですよ優しく」(ソリ)
わかってるよ。っせぇなこのオンナはいつもいつも。

M子さんは泣いていた。
「泣いてんのか?」
「ハイ、いえ、泣いてますかねぇ」
別室だから言わせるだけ言わせた。
「あの時、〇〇さん(私のこと)に来て下さって引き留めていただいて、頑張ろうってなったのに病を得てしまって、職場に戻れなくて申し訳ありませんでした」
その後も何かグダグダ言うとったが、遮らずに言わせた。
私も何か言わなきゃならない。
「あのとき、引き留めてよかったと思ってますよ」
他、何を言ったかな。相手の感情に合わせて何か言ったんだと思う。
「会社携帯を返さなくてはならないので、〇〇さんの携帯番号を教えていただいて、アタシの個人携帯に登録してよろしいでしょうか?」
「いいですよ、っていうか、今、個人携帯で私に架ければいいジャン」
その着信履歴が残ってたので、今回のラウンドで架けたら折り返し架かってきたのです。

「私、どうしてると思います?実は働いてるんですよ」
「えっ!社会復帰したの?」
「まだフルタイムじゃないんですけど。少しずつ社会復帰していかないといけないので、周囲と相談して〇〇市の〇〇〇で働いています。そこから架けてます」
「働いてるんだ!」
「でも、でも、まだ、本調子じゃないんで」
「よかったじゃないですか。徐々に慣らしていけばいい」
「ハイ、あの時、長くお休みしてご迷惑おかけしましたけど、お陰で・・・」

「よかったじゃない」(ジャン妻)

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そしてこの日最後のラウンドは富士市内の支店へ。そこには静岡エリアでいちばん親しいけど突っ込みの多いA子、B子(草の者13号)私が5年前に面接したC子たちがいる。1年振りです。
「あの時の天ぷら割烹以来ですな」
「そうですねぇ。あれからまさかこんなことになるとはねぇ」(A子)
https://funayama-shika-3.blog.ss-blog.jp/2020-03-25
「あの頃は誰もマスクなんてしてなかったからね」

聞きたがりのA子は、コロナ禍のせいで前より東京本社との温度差が広がったのもあって、いろいろ突っ込んでくる。
A子は何故か私の傍らに立ったままで聞いてくる。
「本社はどうですか?」
「本社は在宅勤務なんですか?」
「今年の新人は何人採用になるんですか?」
「静岡エリアに配属されるのは?」
うるさがらずに全て応えなくてはならない。
「東京神奈川の主任さん(草の者たち)とも全然会ってないんで」(B子、草の者13号)
「会議とかも来てないんでしょ」
「今はもっぱWEB会議ですね。皆さん元気ですかぁ?」
「連中の何人かは私の書類を届けるだけではなく、作成させることも始めてるよ」
「えっ、書類作ってるんですか?」
「O実(1号)成宮(2号)K子(5号)MISAKO(14号)KANAE(18号)は作れるね。問題は図面の書き込みなんだよな。」
「ず、図面ですか?そういうのもやってるんですか」
「教える側もタイヘンだけど何とかね。MISAKO(14号)やKANAE(18号)は前職でそういうのもやってたらしいがね」
「ああ、アタシだけかぁそういうのできないの」
「最初は誰だってできないし、だいいちそういうの振ってないから。東京神奈川千葉埼玉は書類と添付する内容が細かいからね」
ここで寸法、面積、容積、ミリメートルとメートルの単位換算とかの話になったのだが、やっぱりそういうの苦手みたいだね。
もうひとり、数年前に私が面接、採用した天然C子がいて、お喋りなA子とB子がいると控えめな子(プライベートではイケイケドンドンらしい)なのだが、彼女が私に言ったのは、
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い・・・」
「もう春だぜ」
「あ、そうですね。笑」
「何言ってんの?笑」(A子、B子)

去り際にA子は「また一緒に食事ができるようになればいいですね」そう言ってくれたが、公用での静岡旅は終わった気がした。この時はね。
次の6年後更新の時にはもう私は会社にいないだろうし。
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帰京して週明け、私はソリ合わないを小会議室に呼び出し、
「M子さん、社会復帰したって」
「えっ!」
「まだフルタイム勤務じゃないし。体調も様子見だそうだが。〇〇市の〇〇〇で時短勤務だってさ」
「電話したんですか?」
「〇〇店の更新でちょっと聞きたいことがあって」
これ、嘘です。単に気が向いて思い出して電話しただけです。
「でもヨカッタです。アタシも彼女に電話したかったんですが、彼女のプライベート携帯知らないし、電話しても入院中だったりしたら悪いし、〇〇市って彼女の家から近いんですか?くるまで通ってるんですよね?・・・」
だんだんうるさくなってきた。私はソリに話しかけたのを後悔した。早く解放してくれないかな。
6月に社内全域に大異動があるので、私はまた静岡エリアに出向くことになるのですが。。。
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コメント 4

くまねこ

こんにちは。

傷病で退職するのに、周りに気遣ってもらえるのって、
いい職場ですね。
本人が良い人だからかな。
昔のことを思い出してしまいましたよ (^^;)
by くまねこ (2021-05-04 17:10) 

船山史家

くまねこさんこんにちは。
いい職場だなぁと思う時もあると思います。対応する人によるんですよ。若い管理職は若いだけに人間の弱さ、脆さを知ろうとしないですね。「替りが入ればいい」ってドライなヤツもいますが、そういうヤツに限って数値や経費にシビアで上に引き上げられたりしますね。その方が上は楽だからです。
ソリ合わないは傷病手当の手続きまで担当しています。そういう相談を受けてるから弱い社員には寄り添うんです。
まぁ私やソリが在職してるウチはそんなに酷いことにはならないでしょうって自賛するのをお許しください。
by 船山史家 (2021-05-04 18:00) 

峠おやじ

いやあ、M子さん、なかなか良いお話でした。
結局退社することになったものの、相手を思いやった対応は素晴らしいです。

私も有給休暇を使い果たして、人事部付病欠になったことがありますから、そういうときしっかりした会社で良かったなと思えます。
by 峠おやじ (2021-05-04 22:04) 

船山史家

峠おやじナワさんありがとうございます。
ウチは有給休暇を使い果たしても消滅する有休を別に積立てる保存休暇があります。(上限は何日だか忘れましたが。)保存休暇の利用目的は病気療養、介護、そういうのに決められてたと思います。
私は現会社に平成8年からいますが、前に比べれば遥かにいい会社になったと思います。社員数が1200人に迫ってるので、メンタルで病んで休職してる社員は片手で収まる数ですが何人かいますね。
異動させることで復職した者もいます。環境を変えるしかないみたい。
by 船山史家 (2021-05-05 07:38) 

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