朝からピザと生ビール [さらの木]










サラダ、スープ(この時期は冷たいスープ)、パン、メインプレート、食後のドリンク(珈琲、紅茶とか)、要らないけどデザート・・・は変わりませんが、1泊明けの朝にピザが出たんですよ。

メインのプレートの白いお皿に空きスペースがあってスカスカだからオカシイな?と思ったの。そこを突っ込んでやろうとしたらMさんが、
「今からピザをお出しします」
「ピザァ?」



「そういえばさっきバイクの音がしたな」
「??この辺りはバイクで走られる方は少ないので音が目立つんです」
「そうじゃなくて出前のバイクだよ。ピザーラとかドミノとか・・・」
この心無い侮辱にMさんは眦が釣り上がりかけたが、Mさんに言わせると伊豆高原には宅配ピザチェーンは無いそうです。伊東市にあるけど距離制限を超えてしまい宅配はできないとか。

「じゃぁこれはMさんの手作りなんだ」
「だからそうだって」(ジャン妻)
「散歩して見つけたんだが、ローズカフェの前にピザを出す店があったぞ」
「・・・」
伊豆高原にはピザ、パスタ、洋食系は幾らでもある。17時までの営業が殆どだが。さらの隣にあるどっかの国旗が掲げてある店もパスタやピザがウリらしいし。
「その辺りから取り寄せたんじゃないの」
(-“-;)←いい加減にしなさいと無言で睨むジャン妻である。
「隣のレストランにもピザが・・・」
(-“-;)
手造りのピザは宅配ピザとは全く違う食感なんだね。惜しむらくはサラミやベーコンが載ってなかったのだ。
大好物のリゾットも出なかったしさ。(翌朝に出ました。)

もうひと組のお客さんは電車で来られたので朝から生ビールを飲んどったのです。ジャン妻は「昼ならともかく朝にビール飲んでも美味しくないよ」と言ってたが、何しろ朝から暑いし私は朝から散歩してるし、今日も泊まるけど日中は何処にも行かないで終日部屋(やまもも)に引きこもるので、御殿場ソーセージグリルをアテに生ビール飲んじゃってます。

昨夜、御殿場ソーセージが出なかったのは、朝に出して朝ビールをオーダーさせて儲けようという戦略に違いない。

御殿場ソーセージの塩加減で口の中が気持ちいいところへ珈琲を飲んで、甘~いフルーツが出されます。

フルーツ・・・ねぇ。
あまり食指が湧かないな。ブドウなんかかなり高級なものらしいけどよくわかんない。種とるのめんどいし。
オレンジ色のメロン、カボチャに見えたよ。スイカとリンゴ以外殆どジャン妻にあげてしまいました。


2泊めの朝です。今朝も早くから散策して腹ペコで、いつもは2つ3つ持って帰る手造り(らしい?)のパンを全部食べてしまった。




サラダにアボガドが入っている。
昨日も今朝も何だか贅沢なサラダである。普段はアオムシのようにキャベツの千切りを喰らい、カブトムシのようにキュウリやトマトだけを強制的に喰わされている私には、さらのサラダに入っている具、食材が豪華に見える。数はそう多く無さそうだが仕入れる食材の種類は多い。
日頃あまり食べない高そうな食材が多いな。

私的にはアボガドはマグロのブツ切りと、わさび醬油で和えたのが好きなんだけど。
甘いアボガドは生ハムの塩気で何とかいただけた。









今朝も御殿場ソーセージグリルとベーコン、大好物のリゾットも。
ベーコンはちょっとギリギリ焼き過ぎかな。




珈琲が出されてからしばし間が空くのですよ。
「部屋の鍵くれ」
(-“-;)
「デザート要らねぇから先に部屋に戻る」
(-“-;)
ジャン妻は鍵を渡してくれない。

デザートはパンケーキ。甘々です。お腹にズシッと来た。



さらをチェックアウトした日は昼抜きです。毎回そうです。
何処へも寄らずに真っ直ぐ帰宅して、洗濯機を回しながらジャン妻はすぐ体重計に乗るの。
そして呟く。「2kg増えてる・・・」って。
いつも2kg太るそうです。増えてるに決まってるじゃないか。
自分の体重を見て愕然としておいて、その日の夕食はショボくするんですよ。「さらで体重増えたから」という理由で。
「アナタが食べないデザートをアタシが食べてるからよ」


コクヨの領収書には、宿泊料と入湯税の他に、
生ビール5杯
ハートランドビール3本
白ワインフルボトル2本
日本酒、正雪2合が4本
飲み物合計14240円!!

いつまで経っても印字された領収書にならないのは、コクヨの領収書の在庫がまだた~くさんあるかららしいぞ。
さらの木になる前のビーンズCafeについても取材済みですが、意外と纏めるのが難しいのでしばし時間を下さい。年内には。
2018-09-30 05:09
コメント(2)
八幡野Night [さらの木]
「今からお散歩ですか?」
「そう。その辺をね」
軽く腹ごなしに。でもMさんは心配そうだ。
「まさか海の方(森を抜けて自然散策路)へ行かれないですよね」
「そんなん行かないですよ」









八幡野の夜です。
静かだな。
私の足音と虫の音だけだ。
くるまも走らないし。誰も人がいないのです。


暑いせいか蚊も飛んでいない。
犬の遠吠えも、遠くでサイレンも鳴らない。
あ、踏切の音が聞こえる。伊豆急がきたんだ。


何かの施設の入口です。関係者以外を拒むかのようにガードしている。
この入口から母屋、棟は遠いので、路上で事件に遭遇して大声を上げても届かない


そこかしこに灯が点いてる別荘もあれば、暗い闇に沈んでいる別荘もある。
窓を開けている家々からは微かに生活音が聞こえた。
この界隈にお住まいの方はこの時間、家ん中で何して過ごしているのだろう。
TV?
ネット?
ゲーム?
人と人との繋がりはあるのだろうか。



誰も歩いてない。
誰かに出くわしたらお互いギョッとするだろう。
撮影する被写体が無いのです。
眠りにつくのが早い場所なんだな。
この地で何かを営むならともかく、住むだけなら退屈だろうな。
生臭い私には別荘地に住むのには向いてないようだ。


虫の音に混じって、森の木々の上から梟の鳴き声が。
宿に戻ろ。Mさんが気を利かせてか、ビーンズ時代からのウッディな看板に珍しく灯が点いていた。
ダイニングの灯は消えていた。





部屋での二次会でまたこんな甘いものを。
ディナー(初日)には出なかったサーモ、ンタルタルがある。タタキ加減が粗いけど。
出し忘れて後で慌ててタタイたのかな。


問題はケーキの真ん中にある血がにじんだような生クリームと、何なんですかこの緑色の物体は?

翌日に聞かれたのですが、
「昨夜のケーキご主人(私のこと)お食べになりました?」
「そういえば食べてましたね」(ジャン妻)
「カステラだけ?真ん中の部分は?」
「それも抵抗なく食べてましたね」
「食べてくださったんだ~」
我ながら何で食べちゃったんだろ。酔ってもいたし、何がなんだかわかんなくって食べちゃったんだよ。
口直しにサーモンのタタキの塩味と、既製品のチーズの塩加減で救われたけどね。








以下は2日めの夜です。同じような夜写真ですが。
この晩は宿の外をほっつき歩きませんでした。別荘地は真っ暗でロクな被写体が無いのが前夜、わかったので。
彷徨い歩く店もないし。むしろロードサイドに夜遅くまで営っている店があるのだろうな。










2泊め、夜の風呂です。朝にかけてベランダに撒いてある防虫剤が少なくなってしまい、多少の虫がおじゃましてきた。翌朝、蘇生したゴ〇〇リと格闘するハメになったよ。
連泊する時はそれらもお願いした方がいいです。


二次会の酒肴をMさんが持ってきたところ。
プチ公は「また子供扱いするんじゃねぇ」と背を向けてフテ寝しています。
Mさんの装いが可愛らしいですが、実は接客衣装で、部屋着になると年甲斐もなく大胆なカッコになるのですよ。

またこんな甘いものを。生クリームが載っかったショートケーキと、何ですかねもう1品は?


生クリーム&ショートケーキで日本酒を飲むハメになった。


「飲ませろやい」と酒を喰らうプチ(ドライヴの御守で、さらの木公認のマスコット。)
でも身体が小さいのでちょっとの量で酔っ払って寝てしまった。


今回は連泊なので、朝夕と午後と併せて4回もデザートが出されたんですよ。
私は殆ど食べないけど。その分をジャン妻が食べるから、さらから帰ったら増量するそうです。
高カロリー、高タンパク、高脂質、高糖分を摂取させる罪な宿なのです。
でも日常と比べちゃいけない。ここは宿なんだから。
「そう。その辺をね」
軽く腹ごなしに。でもMさんは心配そうだ。
「まさか海の方(森を抜けて自然散策路)へ行かれないですよね」
「そんなん行かないですよ」









八幡野の夜です。
静かだな。
私の足音と虫の音だけだ。
くるまも走らないし。誰も人がいないのです。


暑いせいか蚊も飛んでいない。
犬の遠吠えも、遠くでサイレンも鳴らない。
あ、踏切の音が聞こえる。伊豆急がきたんだ。


何かの施設の入口です。関係者以外を拒むかのようにガードしている。
この入口から母屋、棟は遠いので、路上で事件に遭遇して大声を上げても届かない


そこかしこに灯が点いてる別荘もあれば、暗い闇に沈んでいる別荘もある。
窓を開けている家々からは微かに生活音が聞こえた。
この界隈にお住まいの方はこの時間、家ん中で何して過ごしているのだろう。
TV?
ネット?
ゲーム?
人と人との繋がりはあるのだろうか。



誰も歩いてない。
誰かに出くわしたらお互いギョッとするだろう。
撮影する被写体が無いのです。
眠りにつくのが早い場所なんだな。
この地で何かを営むならともかく、住むだけなら退屈だろうな。
生臭い私には別荘地に住むのには向いてないようだ。


虫の音に混じって、森の木々の上から梟の鳴き声が。
宿に戻ろ。Mさんが気を利かせてか、ビーンズ時代からのウッディな看板に珍しく灯が点いていた。
ダイニングの灯は消えていた。





部屋での二次会でまたこんな甘いものを。
ディナー(初日)には出なかったサーモ、ンタルタルがある。タタキ加減が粗いけど。
出し忘れて後で慌ててタタイたのかな。


問題はケーキの真ん中にある血がにじんだような生クリームと、何なんですかこの緑色の物体は?

翌日に聞かれたのですが、
「昨夜のケーキご主人(私のこと)お食べになりました?」
「そういえば食べてましたね」(ジャン妻)
「カステラだけ?真ん中の部分は?」
「それも抵抗なく食べてましたね」
「食べてくださったんだ~」
我ながら何で食べちゃったんだろ。酔ってもいたし、何がなんだかわかんなくって食べちゃったんだよ。
口直しにサーモンのタタキの塩味と、既製品のチーズの塩加減で救われたけどね。








以下は2日めの夜です。同じような夜写真ですが。
この晩は宿の外をほっつき歩きませんでした。別荘地は真っ暗でロクな被写体が無いのが前夜、わかったので。
彷徨い歩く店もないし。むしろロードサイドに夜遅くまで営っている店があるのだろうな。










2泊め、夜の風呂です。朝にかけてベランダに撒いてある防虫剤が少なくなってしまい、多少の虫がおじゃましてきた。翌朝、蘇生したゴ〇〇リと格闘するハメになったよ。
連泊する時はそれらもお願いした方がいいです。


二次会の酒肴をMさんが持ってきたところ。
プチ公は「また子供扱いするんじゃねぇ」と背を向けてフテ寝しています。
Mさんの装いが可愛らしいですが、実は接客衣装で、部屋着になると年甲斐もなく大胆なカッコになるのですよ。

またこんな甘いものを。生クリームが載っかったショートケーキと、何ですかねもう1品は?


生クリーム&ショートケーキで日本酒を飲むハメになった。


「飲ませろやい」と酒を喰らうプチ(ドライヴの御守で、さらの木公認のマスコット。)
でも身体が小さいのでちょっとの量で酔っ払って寝てしまった。


今回は連泊なので、朝夕と午後と併せて4回もデザートが出されたんですよ。
私は殆ど食べないけど。その分をジャン妻が食べるから、さらから帰ったら増量するそうです。
高カロリー、高タンパク、高脂質、高糖分を摂取させる罪な宿なのです。
でも日常と比べちゃいけない。ここは宿なんだから。
2018-09-28 09:02
コメント(2)
〇〇でいちばん美味しいハンバーグ [さらの木]
連泊のディナーをUpします。
まず初日から。




「さらって刺身の鮮度がいいな」
「そりゃぁその日のうちに仕入れてくるんでしょうよ」
「何処かの昼の刺身なんかより全然いいよ」
「他所と比べたりしないのっ」
高級インドマグロじゃないけど脂のノリもいいし。
小さいけどサザエは肝もついてくるし。
惜しむらくは白身の刺身が少ないんだよな~。鯛とか。ヒラメとか。
写真はないですがカマスが2きれあった。皮を炙ってある。

暑いので今日は生ビール解禁です。「宿では瓶ビール」と譲らなかったジャン妻も、あの8月11日の東北道大渋滞以降は宿でも生ビール解禁になったようです。



あ、サーモンじゃない。何だこの白いのは?
「ホタテのタルタルです・・・」
(-“-;)
「お隣がカツオのナメロウです・・・」

焼津のどんた久で食べたカツオのナメロウはヘビィだったな~。
アジ、サンマ、イワシよりズシッとくる。このカツオはソウダガツオだそうです。アシがつくのが早いので、水揚げされてからすぐでないと生食に向かない。
八幡野港水揚げ?
Mさんから「釣りが趣味なので」と聞いたことがある。その時は意外に思った。でも釣りは短気じゃないと釣果が上がらないって。納得。





何かのホワイトソースのパスタとカマスのグリルです。
「カマスぅ?さっきの刺身の残り物か?」
「ち、違いますよっ」
「あっちのお客様に聞こえるでしょっ」(ジャン妻)
悪態ついてますが美味しいですよこれ。前回もベタ誉めしました。こういう料理を待望してたのですよ。もうアヒージョとか、ブイヤベースとか、コッテリズッシリしたシーフードはちょっと。





次はどっかのへ部屋の床のタイルを引きはがした板に載せた和の肴盛り合わせ。
あ、また枝豆が茎にくっついてブラ下がったまま出てきた。

口には出さなかったが、枝豆はビールだろうって。
もう白ワインに移行しているのにぃ。
もっと早く出してよじゃないが。ここで生ビールをオーダーするのもノーセンスだしなぁ。




そういえば塩辛が無いぞ今回は。明日は出るのかな。
どうもイカが不漁らしいですこの時は。


あ、キャベツがある。ちょこっとだけ。
「仕入れたのかな」
「・・・」
「価格が落ち着いたのかな」
「・・・」
なるほどキャベツの千切りは、旅館料理に添えるにはイマイチ冴えないね。



ステーキの次はいつもの超薄型ローストビーフ。
「どうやってこんなに薄く切ってるんですか?スライサー?」(ジャン妻)
「Mさんの腕だよ腕。細い腕」
スライサーだったらジャン妻でも上手くカットできるのでは。ジャン妻は一昨年の正月にローストビーフにTRYしたが、普通の家庭包丁では薄くスライスするのが難しく、どうしても厚切りになってしまうんだと。
「包丁のせいにするなよ、腕が悪いの腕が」
「いえ、細い包丁をよ~く研いで研いで・・・」(Mさん)
スライサーなんぞの文明の利器ではなく包丁だそうです。
Mさんが包丁を研いでいる姿を想像すると背筋が寒くなりそうだ。
ジャン妻は白旗を掲げた。もう家でローストビーフはやらないって言ってる。


ローストビーフにおまけのように添えられたサラダ菜。

次に2泊めの夜。

今宵めも生ビールOKです。
生ビールは儲かるんだよねMさん。
刺身盛りのルックスはそう変わらないが、アジが刺身になった。(前夜はタタキ。)







さらの前菜は普段の日常では食べたことないのが並ぶのだ。
よしよし、大好物のサーモンタタキ、タルタルソースがでたぞ。
昨日今日と連続して出して欲しかったな。

「あ、間違えました」
「何を?」
「(タルタルの)小さい方をご主人の方に出してしまいました」
わざとじゃねぇだろうな。
ジャン妻がそれだけ取り換えてくれた。
「あ、取り換えたんですね」
やはり最初はわざと小さいのを私に置いたんだろ。
他はカルパッチョ、熱川豚の肉巻、トマトのスムージィ、生春巻・・・
熱川豚なんて知らない。熱川温泉にジャン父(私の義父)が別荘を持ってた時期があるが、あの辺りの何処にも豚なんていなかったけどなぁ。








今日のパスタはトマトソースのやや辛いヤツ。
グリルの魚はシイラだそうです。東伊豆でよく釣れるそうだがどんな魚なのか。
「シーラカンス?」(ジャン妻)
笑!!
なわけないじゃん。
日頃数字やパソコンに没頭しているからだよ。実はこのパスタ&グリルをどうするか、部屋で打ち合わせがあったのだよ。
「今日のお料理ですけど」
「昨夜と同じでいいよ」
「笑、昨夜はパスタと白身のお魚のグリルをお出ししましたが・・・なんか如何でしょうか?」
・・・は何かというと、パエリア、ブイヤベース、アヒージョ、のようなズッシリ系のシーフードをすすめられたのだ。
「う~ん・・・」
ジャン妻も私も難色を示した。重たくてズシリとくるものはちょっと。
「・・・ちなみにメインは何なの?」(ジャン妻)
「ハンバーグです」
それまで畳の上の卓袱台に置いたAPLEに向かって原稿を打っていた私はハンバーグにビクッと反応した。
来る前に「肉肉でいいですよ。牛肉の赤ワイン煮とか。ハンバーグでもいいな」と本気と冗談で言ってあったのです。
「今、仕込んでます」
へぇ。初めてじゃないかな。これは楽しみですね。で、メインはバーグとして、その前のシーフードはどんなんがいいかなという話に戻って、
「鮎の塩焼き」
どこで仕入れるんだい。山を越えた狩野川辺りで釣ってくるとか。
「おでんとか」
「止めなさい」
「白身魚のフライ」
それだと家庭料理になってしまうじゃないか。
「ロールキャベツでもいい。キャベツを使わなきゃ」
「!!!」
結局は昨日と同じ路線になったのです。ええっと、何て魚だったか忘れました。





またまた床のタイルを引っ剥がした台のものでは、魚君が横目でギロッと私を睨んでるぞ。

秋刀魚寿司、今年最初の秋刀魚、何の魚か忘れたが南蛮漬け、茄子の味噌田楽、相変わらず素材の種類が多いです。どんな冷蔵庫、冷凍庫になっているんだろう。



本日のメインディシュ、ハンバーグがキタ!!


いやぁ美味しいです。これは素晴らしい。肉のジューシーさ、きめ細やかな叩き方、こね方、つなぎとのバランス、程よいソースの味加減。完璧です!!
思いっきり誉めました。〇〇でいちばん美味しいハンバーグ!!
どのファミレスにも、ステーキ&ハンバーグ専門店にもないだろう。
(比べるなって。ジャン妻)



このバーグはMさんから「UPしないで」と言われたのですが強引に拝み倒して押し切りました。これを載せなきゃ今回の連泊の意味がないって。
ただ、これは、連泊であるが為の相談の上でかなり無理を言って出していただいたものなのです。定番ではありませんので念の為。他と併せて仕込みがタイヘンなんだと。

哀しいことに、この後に出されたステーキがしょぼく見えてしまったのはまぁ仕方がないよな。ハンバーグはそれくらいのインパクトがあった。





「タイトルの〇〇でいちばん美味しいハンバーグ、〇〇は何だと思う?」
「さぁ」(ジャン妻)
「〇〇イコール、世界でいちばん?日本でいちばん?伊豆でいちばん?・・・」
「そうなの?」
「さらでいちばん美味しいハンバーグ」
(-”-;)
まず初日から。




「さらって刺身の鮮度がいいな」
「そりゃぁその日のうちに仕入れてくるんでしょうよ」
「何処かの昼の刺身なんかより全然いいよ」
「他所と比べたりしないのっ」
高級インドマグロじゃないけど脂のノリもいいし。
小さいけどサザエは肝もついてくるし。
惜しむらくは白身の刺身が少ないんだよな~。鯛とか。ヒラメとか。
写真はないですがカマスが2きれあった。皮を炙ってある。

暑いので今日は生ビール解禁です。「宿では瓶ビール」と譲らなかったジャン妻も、あの8月11日の東北道大渋滞以降は宿でも生ビール解禁になったようです。



あ、サーモンじゃない。何だこの白いのは?
「ホタテのタルタルです・・・」
(-“-;)
「お隣がカツオのナメロウです・・・」

焼津のどんた久で食べたカツオのナメロウはヘビィだったな~。
アジ、サンマ、イワシよりズシッとくる。このカツオはソウダガツオだそうです。アシがつくのが早いので、水揚げされてからすぐでないと生食に向かない。
八幡野港水揚げ?
Mさんから「釣りが趣味なので」と聞いたことがある。その時は意外に思った。でも釣りは短気じゃないと釣果が上がらないって。納得。





何かのホワイトソースのパスタとカマスのグリルです。
「カマスぅ?さっきの刺身の残り物か?」
「ち、違いますよっ」
「あっちのお客様に聞こえるでしょっ」(ジャン妻)
悪態ついてますが美味しいですよこれ。前回もベタ誉めしました。こういう料理を待望してたのですよ。もうアヒージョとか、ブイヤベースとか、コッテリズッシリしたシーフードはちょっと。





次はどっかのへ部屋の床のタイルを引きはがした板に載せた和の肴盛り合わせ。
あ、また枝豆が茎にくっついてブラ下がったまま出てきた。

口には出さなかったが、枝豆はビールだろうって。
もう白ワインに移行しているのにぃ。
もっと早く出してよじゃないが。ここで生ビールをオーダーするのもノーセンスだしなぁ。




そういえば塩辛が無いぞ今回は。明日は出るのかな。
どうもイカが不漁らしいですこの時は。


あ、キャベツがある。ちょこっとだけ。
「仕入れたのかな」
「・・・」
「価格が落ち着いたのかな」
「・・・」
なるほどキャベツの千切りは、旅館料理に添えるにはイマイチ冴えないね。



ステーキの次はいつもの超薄型ローストビーフ。
「どうやってこんなに薄く切ってるんですか?スライサー?」(ジャン妻)
「Mさんの腕だよ腕。細い腕」
スライサーだったらジャン妻でも上手くカットできるのでは。ジャン妻は一昨年の正月にローストビーフにTRYしたが、普通の家庭包丁では薄くスライスするのが難しく、どうしても厚切りになってしまうんだと。
「包丁のせいにするなよ、腕が悪いの腕が」
「いえ、細い包丁をよ~く研いで研いで・・・」(Mさん)
スライサーなんぞの文明の利器ではなく包丁だそうです。
Mさんが包丁を研いでいる姿を想像すると背筋が寒くなりそうだ。
ジャン妻は白旗を掲げた。もう家でローストビーフはやらないって言ってる。


ローストビーフにおまけのように添えられたサラダ菜。

次に2泊めの夜。

今宵めも生ビールOKです。
生ビールは儲かるんだよねMさん。
刺身盛りのルックスはそう変わらないが、アジが刺身になった。(前夜はタタキ。)







さらの前菜は普段の日常では食べたことないのが並ぶのだ。
よしよし、大好物のサーモンタタキ、タルタルソースがでたぞ。
昨日今日と連続して出して欲しかったな。

「あ、間違えました」
「何を?」
「(タルタルの)小さい方をご主人の方に出してしまいました」
わざとじゃねぇだろうな。
ジャン妻がそれだけ取り換えてくれた。
「あ、取り換えたんですね」
やはり最初はわざと小さいのを私に置いたんだろ。
他はカルパッチョ、熱川豚の肉巻、トマトのスムージィ、生春巻・・・
熱川豚なんて知らない。熱川温泉にジャン父(私の義父)が別荘を持ってた時期があるが、あの辺りの何処にも豚なんていなかったけどなぁ。








今日のパスタはトマトソースのやや辛いヤツ。
グリルの魚はシイラだそうです。東伊豆でよく釣れるそうだがどんな魚なのか。
「シーラカンス?」(ジャン妻)
笑!!
なわけないじゃん。
日頃数字やパソコンに没頭しているからだよ。実はこのパスタ&グリルをどうするか、部屋で打ち合わせがあったのだよ。
「今日のお料理ですけど」
「昨夜と同じでいいよ」
「笑、昨夜はパスタと白身のお魚のグリルをお出ししましたが・・・なんか如何でしょうか?」
・・・は何かというと、パエリア、ブイヤベース、アヒージョ、のようなズッシリ系のシーフードをすすめられたのだ。
「う~ん・・・」
ジャン妻も私も難色を示した。重たくてズシリとくるものはちょっと。
「・・・ちなみにメインは何なの?」(ジャン妻)
「ハンバーグです」
それまで畳の上の卓袱台に置いたAPLEに向かって原稿を打っていた私はハンバーグにビクッと反応した。
来る前に「肉肉でいいですよ。牛肉の赤ワイン煮とか。ハンバーグでもいいな」と本気と冗談で言ってあったのです。
「今、仕込んでます」
へぇ。初めてじゃないかな。これは楽しみですね。で、メインはバーグとして、その前のシーフードはどんなんがいいかなという話に戻って、
「鮎の塩焼き」
どこで仕入れるんだい。山を越えた狩野川辺りで釣ってくるとか。
「おでんとか」
「止めなさい」
「白身魚のフライ」
それだと家庭料理になってしまうじゃないか。
「ロールキャベツでもいい。キャベツを使わなきゃ」
「!!!」
結局は昨日と同じ路線になったのです。ええっと、何て魚だったか忘れました。





またまた床のタイルを引っ剥がした台のものでは、魚君が横目でギロッと私を睨んでるぞ。

秋刀魚寿司、今年最初の秋刀魚、何の魚か忘れたが南蛮漬け、茄子の味噌田楽、相変わらず素材の種類が多いです。どんな冷蔵庫、冷凍庫になっているんだろう。



本日のメインディシュ、ハンバーグがキタ!!


いやぁ美味しいです。これは素晴らしい。肉のジューシーさ、きめ細やかな叩き方、こね方、つなぎとのバランス、程よいソースの味加減。完璧です!!
思いっきり誉めました。〇〇でいちばん美味しいハンバーグ!!
どのファミレスにも、ステーキ&ハンバーグ専門店にもないだろう。
(比べるなって。ジャン妻)



このバーグはMさんから「UPしないで」と言われたのですが強引に拝み倒して押し切りました。これを載せなきゃ今回の連泊の意味がないって。
ただ、これは、連泊であるが為の相談の上でかなり無理を言って出していただいたものなのです。定番ではありませんので念の為。他と併せて仕込みがタイヘンなんだと。

哀しいことに、この後に出されたステーキがしょぼく見えてしまったのはまぁ仕方がないよな。ハンバーグはそれくらいのインパクトがあった。





「タイトルの〇〇でいちばん美味しいハンバーグ、〇〇は何だと思う?」
「さぁ」(ジャン妻)
「〇〇イコール、世界でいちばん?日本でいちばん?伊豆でいちばん?・・・」
「そうなの?」
「さらでいちばん美味しいハンバーグ」
(-”-;)
2018-09-27 06:41
コメント(2)
灼熱のさら [さらの木]

高カロリー、高タンパク、高脂質、高糖分のモーニングをいただいたらもうそこで9時になってしまい、チェックアウトの10時まで時間が無いのだが、今日は時間を気にする必要がない。
「何処かへお出かけに?」(Mさん)
「何処にも行かないですよ」
こんなクソ炎天下に何処へ行くんだって。それに私は伊豆のそこらにあるヘンな展示館に全く興味がない。人形とか猫とか、オルゴールとか何かの工房とか。趣味じゃないです。
「ずっと部屋に引きこもってますよ」
「お布団は?」
「変えなくていいですよそのままで」(ジャン妻)
「バスタオルだけ替えて貰おうかな」
10時以降もMさんとこのさらの中で「同居」することになるのだ。
お客を見送った後の10時過ぎ、Mさんがフロントで何かに目を通していた。
「何してんですこの時間帯は?」
「今後の予定を組んで、仕入れの計画を立てて・・・ですかね。で、遅めの朝ごはんにして・・・」
「ええっと、何時頃でしたっけお昼寝するのは?13時から?」
Mさんは午睡、シエスタの時間があるのだ。部屋にいて特に呼びつける用事もないのだが、その時間帯はなるべく音を立てずに静かにしていようと。
その間Mさんは横になり、電話も訪いも出ないそうである。そりゃ寝るのも遅いし、朝はパンを焼くから5時には起きてるそうだし。
(いちど、Mさんが寝ぼけ眼の髪ボサボサで出てきたことがある。直前まで寝てたらしいのだ。)

部屋で何してたか。作家気分でBlogの原稿を打っていた。
傍らにあるのはCafe時代のさら(ビーンズ)の写真とその頃の図面です。さらの前身であるビーンズCafeの記事はもう大方できているのですが、もう少し加味したいのでUpはまだ先になります。
他、私を撮り巻く人間ドラマの下書きとかを打っていた。旅館の一室でこういう作業をしていると何だか作家気分である。
ところが機種が厄介でして。ジャン妻が持ってきたApleの最新機種なのですが、Apleは使い勝手がイマイチヘンでイライラさせられるね。キー操作が独特なのだ。
やってる最中にそのApleのPC、Windowsが壊れたのです。Windowsが起動しなくなった。

ジャン妻が修復しようとしているところ。

結局は修復できず、持ち帰ってアンインストールするハメになった。
「何でApleにしたのさ?」
「いちど使ってみたかったのよ」
仕方がないのでWindowsのWordは諦めて、テキストデータで打ち込んだよ。

入力に飽きると昼湯に入るのだが。湯船に触れたら熱いのです。

ベランダの床、サンダル、Cafe時代からのチェアやテーブル、そこにある全てが熱いのです。
いちばん熱かったのが引戸のレールです。焼け火箸のように熱々でさぁ。


ご覧のようにさらの湯船はベランダにあります。Cafe時代にMさんは2階の3室を占拠して優雅に?暮していたのだが、宿に鞍替えする際に「前の森を見ながらお風呂に入っていただきたいわ」と思い立って、耐震性を計算したうえで建物の躯体に湯船と配管を設置して、Cafeの頃には無かったベランダを追加施行した。大浴場を作る場所もないのでそこ(ベランダ)しか無かったのもある。
だけど家々でも別荘でも2階のベランダは南に面しているじゃないですか。それは布団や洗濯物を干して乾かすから陽が当って当然なのだ。
今年は例年になく暑かったが、真夏の熱い日差しと熱が、ベランダやトタン屋根を通して注いできたから熱いに決まっている。湯に浸かっている身体よりも、湯から上に出ている首、カオ、アタマの方が熱いんだもん。
湯温を測る温度計を湯船に老いといたら42度だった。その温度計を湯の中に入れたら33度に下がったから笑えるよ。笑うしかない。



私はこのネタを拾って1階に下りたら、Mさんと御主人がくるまを入れ替えていた。Mさんは仕入れにでかけるところかな。トテモ大胆で開放的な服装だったね。
「どうされましたか?」
「上は暑いなんてもんじゃねぇ。外に温度計を置いといたら44度で、湯の中に入れたら34度に下がったよ」
「ええっ」
「湯より外の方が暑いんだぜ」
どうも日中に湯に長く入ってたらヤバそうなので、サッと入るに留めたですよ。



止せばいいのに木陰を歩いてみたが、無風で暑いのですぐ逃げ帰ったですよ。
その前に、せめてお隣のジュピターのメニューを。



まぁさらに連泊して、ここでランチを摂る意味はないかな。被るし。
あ、メニューにピザがあるじゃないか。
さては朝のピザはここから出前したな?(笑)朝にピザが出たんですよ。



ランチはこれ。朝のパンの取り置きです。ハートランドビールも。
パンにビール?
ビールは「液体のパン」ともいいますが。

で、原稿打って、飽いたらサッと湯に入って、寝てを繰り返す。

「そっちは何してるん?」
「日記を付けてるのよ。それと今後の計画」
どうも仕事から100%抜けられないジャン妻である。
何もしなければ贅沢で退屈な時間が過ぎていく。
時間が経つのは早く、もう午後のチェックインの時間になった。そろそろMさんはシエスタから起きた頃だろうか。
「そろそろウエルカムデザート・・・」
「出ねぇさ。昨日チェックインした時に出てるんだから」
「でももう一組のお客が来た時に」
「図々しいオンナだな。そのお客のおこぼれに預かろうってか。まさかMさんに要求してないだろうね」
そしたら3時頃に出されたんですよ。


「このロールケーキは?」
「ご主人がカステラなら大丈夫って仰るから」
買ってきたんだって。

買ってきたんかい。Mさん無駄な金を使うなよと言いかけてさすがにやめたけど。

4時過ぎて陽が西に傾きかけてきた頃。また外に出てみた。




Mさんとお茶を飲んだCafeです。
あの時、ジャン妻はこのCafeでMさんに異業種への転職を相談したんだった。
それが今はどうだい。伊東甲子太郎の手下になっちゃった。あの時のあれはなんだったんだろう?って思う時がありますよ。

リンクしている春夏秋冬、みみんさんが停まられた花雪吹という宿ですな。
みみんさんは海岸の自然遊歩道を延々歩いて出口がみつからず、ようやく見つけたインフォメーションに沿って公道へ出たら、さらの前に出たらしい。そしてこの宿へ。

宿の控室から和服を着た男性スタッフと鉢合わせした。
向こうは和服(袴のようなものを履いてたな)こっちは作務衣です。目が合って相手は同業者のように身構えた。私をどう思ったかはわからない。

既に陽は西の梢の向こうにあるのに、まだまだ暑い。
風が吹いてないんですよ。
首筋、背が汗に濡れてきた。




宿に戻ったら霧吹きのように水が撒かれている。
ご主人が庭に水を撒いていた
彼は滅多に表に出てこない。初めてお会いした時Mさんは「むさくるしいのが出てきてすみません」と毒を吐いたのを今でも覚えている。
言っちゃぁ悪いがこの程度の水を撒いても焼石に水だよ。庭にスプリンクラーを設置するほどの規模じゃないしなぁ。






連泊して思ったのですが。さらってね、猛暑日に部屋でゴロゴロする宿じゃないです。館内は空調Offして暑いし、猛暑の昼間にあのベランダの湯にはそうそう長く浸かれないですよ。夕方ようやく落ち着いて浸かれたからね。
なるほど船山温泉の露天が川の前や山の陰を意識してか陽の当らない場所に設置してあり、敢えて暗くしているのが改めてわかったよ。
(これは批判じゃないですよ。個人宅なんだからさらは。)
連泊するお客もいるでしょうけど、おそらく日中は外に観光に出ているでしょう。まぁMさんも私らみたいに宿から出ないで部屋に籠るなんてバカな客は想定外だったんだでしょうね。
これが涼しくなればまた違ってくると思います。ウチらの部屋は空調ONしっ放しだった。それだけ今年の夏は暑かったってことだよね。
2018-09-26 08:03
コメント(0)
さらは避暑地にならず [さらの木]
ウチから伊豆八幡野高原さらは丁度100。0kmの距離にある。
途中でWC休憩をしなければドンピシャ100kmなのです。
100km?それだけだと短く感じる。距離があまり短いと旅にならないが、この100kmの距離を旅とするか、生活圏内の延長と位置付けるか微妙なところ。僅か100kmの所要時間は2時間半から3時間かかるのだ。
今回も出がけにいきなり渋滞した。地元の藤沢バイパス。新湘南バイパス藤沢入口に、横浜環状南線から分岐した道路が繋がる工事を施工中で、2車線だったのが1車線になるからです。
8月11日に経験した東北道渋滞47kmと比べればマシである。



盆明け最後の(土)だから道が空いてるかと思ったが甘かったな~。
世間のおとーさんたちはお盆でお金を使い果たし、夏休みの疲れをこの最後の(土)(日)で鎮めるもんだと思ってた。
今回は(土)(日)(月)と初の2泊、連泊なのです。(日)は終日滞在することになる。だから焦って15時に入らんでもいいのだ。
地元の渋滞を過ぎたらスイスイ流れた。
早川、石橋、熱海辺りで多少の渋滞はあったけど、概ね普通走行といっていい。
多賀、網代、宇佐美を過ぎて、伊東市内の途中から海沿いの県道109に逸れて、川奈ゴルフ場経由で伊豆高原へ。





城ケ崎海岸手前、富戸港の海。
青い空と海を眺めるジャン妻。
「ちょっと音楽止めてよっ」
「・・・」
「自然の波の音だけでいいじゃない」
ジャン妻は自分の横顔が撮られているのに気付いてくるまから外に出た。




こうして遠くを見ている蒼くてキレイな海ですが、眼下の岩場はゴミだらけなんですよ。

オモシロいもので、誰か1台停めていると、後から走行してくるくるまが「停めていい場所なんだ」とばかりに次々停めようと減速するんだな。

ここから宿までは10分足らず、今からリスタート出れば15時前に到着する頃合い。
今回は初の連泊なのです。
「明日のお昼は?」
「無し!!」
「えぇ?」
下手にそこらで昼を喰ったら、夜のディナーに影響するからヤダ。
「朝に出されるパンを取り置きしておけばいいさ。Mさんが焼き損なった下手っぴなパンとかでいいんだ」
その悪態には応えず、
「ウエルカムケーキ出るよね」
「明日も?出ないよ」
「えぇ~出るでしょ」
「あれはチェックインした時のもので、2日めはもうインしているんだから出ないさ」
「・・・」
「まさか出してくれなんて無理な要求するんじゃないだろうな」
「絶対に出るモン」
さて、出されるかどうか。






風が吹いていない。宿の前の森が海風を遮っている。
暑いな。庭に生えてる木々の梢たちも「暑い」と言っているようだ。蝉すら泣いてないもの。

宿という感じがしない。同世代が営む友人の家に泊まりに来た気分。



ベランダは熱気でモワ~ッとしている。開けたら熱射が凄いのだ。

Mさんがデザートを持ってきた。
プチ公はMさんに背中を向けてフテ寝ている。
Mさんはプチのアタマを人差し指でビーッと押した。


あれ?前回と同じじゃねぇか?まぁ私は殆ど食べないからいいけど。


「湯の温度はぬるめで」
「かしこまりました。ぬるめですね」
「水じゃないからね。水は勘弁してくれ」
さらの温泉は源泉から遠いので沸かし湯ですが、熱々の湯なんて入ってられないよ。でもそう言わないとMさんはホントに水にしかねないからね。
ところが湯の温度をぬるくすることでどうなったか。外気温よりお湯の温度が低くなるという逆転現象が起きた。湯に浸かる身体の熱さより、湯から出ているカオやアタマに照らす陽射しの方が熱いのだ。



今年は6月7月8月9月前半まで猛暑が続いた。
いつが夏のピークなのかわからず、ずーっとピーク時だといっていい。
この日も太陽と青空が恨めしくなるぐらいだった。






伊豆高原は別荘地だが、この気候だと避暑地とは言い難いな。山の上だと涼しいのかな。
さらも避暑地にならないね。避暑地ってのはエアコンに頼っちゃ避暑じゃないし。
暑過ぎて蚊も飛んでないのだ。蝉もあまり鳴いていない。夕方17時半頃、ようやく蝉が鳴き出した。
2泊の贅沢で退屈な時間が始まった。
途中でWC休憩をしなければドンピシャ100kmなのです。
100km?それだけだと短く感じる。距離があまり短いと旅にならないが、この100kmの距離を旅とするか、生活圏内の延長と位置付けるか微妙なところ。僅か100kmの所要時間は2時間半から3時間かかるのだ。
今回も出がけにいきなり渋滞した。地元の藤沢バイパス。新湘南バイパス藤沢入口に、横浜環状南線から分岐した道路が繋がる工事を施工中で、2車線だったのが1車線になるからです。
8月11日に経験した東北道渋滞47kmと比べればマシである。



盆明け最後の(土)だから道が空いてるかと思ったが甘かったな~。
世間のおとーさんたちはお盆でお金を使い果たし、夏休みの疲れをこの最後の(土)(日)で鎮めるもんだと思ってた。
今回は(土)(日)(月)と初の2泊、連泊なのです。(日)は終日滞在することになる。だから焦って15時に入らんでもいいのだ。
地元の渋滞を過ぎたらスイスイ流れた。
早川、石橋、熱海辺りで多少の渋滞はあったけど、概ね普通走行といっていい。
多賀、網代、宇佐美を過ぎて、伊東市内の途中から海沿いの県道109に逸れて、川奈ゴルフ場経由で伊豆高原へ。





城ケ崎海岸手前、富戸港の海。
青い空と海を眺めるジャン妻。
「ちょっと音楽止めてよっ」
「・・・」
「自然の波の音だけでいいじゃない」
ジャン妻は自分の横顔が撮られているのに気付いてくるまから外に出た。




こうして遠くを見ている蒼くてキレイな海ですが、眼下の岩場はゴミだらけなんですよ。

オモシロいもので、誰か1台停めていると、後から走行してくるくるまが「停めていい場所なんだ」とばかりに次々停めようと減速するんだな。

ここから宿までは10分足らず、今からリスタート出れば15時前に到着する頃合い。
今回は初の連泊なのです。
「明日のお昼は?」
「無し!!」
「えぇ?」
下手にそこらで昼を喰ったら、夜のディナーに影響するからヤダ。
「朝に出されるパンを取り置きしておけばいいさ。Mさんが焼き損なった下手っぴなパンとかでいいんだ」
その悪態には応えず、
「ウエルカムケーキ出るよね」
「明日も?出ないよ」
「えぇ~出るでしょ」
「あれはチェックインした時のもので、2日めはもうインしているんだから出ないさ」
「・・・」
「まさか出してくれなんて無理な要求するんじゃないだろうな」
「絶対に出るモン」
さて、出されるかどうか。






風が吹いていない。宿の前の森が海風を遮っている。
暑いな。庭に生えてる木々の梢たちも「暑い」と言っているようだ。蝉すら泣いてないもの。

宿という感じがしない。同世代が営む友人の家に泊まりに来た気分。



ベランダは熱気でモワ~ッとしている。開けたら熱射が凄いのだ。

Mさんがデザートを持ってきた。
プチ公はMさんに背中を向けてフテ寝ている。
Mさんはプチのアタマを人差し指でビーッと押した。


あれ?前回と同じじゃねぇか?まぁ私は殆ど食べないからいいけど。


「湯の温度はぬるめで」
「かしこまりました。ぬるめですね」
「水じゃないからね。水は勘弁してくれ」
さらの温泉は源泉から遠いので沸かし湯ですが、熱々の湯なんて入ってられないよ。でもそう言わないとMさんはホントに水にしかねないからね。
ところが湯の温度をぬるくすることでどうなったか。外気温よりお湯の温度が低くなるという逆転現象が起きた。湯に浸かる身体の熱さより、湯から出ているカオやアタマに照らす陽射しの方が熱いのだ。



今年は6月7月8月9月前半まで猛暑が続いた。
いつが夏のピークなのかわからず、ずーっとピーク時だといっていい。
この日も太陽と青空が恨めしくなるぐらいだった。






伊豆高原は別荘地だが、この気候だと避暑地とは言い難いな。山の上だと涼しいのかな。
さらも避暑地にならないね。避暑地ってのはエアコンに頼っちゃ避暑じゃないし。
暑過ぎて蚊も飛んでないのだ。蝉もあまり鳴いていない。夕方17時半頃、ようやく蝉が鳴き出した。
2泊の贅沢で退屈な時間が始まった。
2018-09-25 06:43
コメント(0)
牡蠣とメモと鉄鍋 [居酒屋]
家にあるホワイトカレンダー、9月は殆ど予定実績が書かれないまま終わりそうです。ほぼ真っ白です。平日に社で送別会1回、私的な飲み会が2回、今日Upするいつもの店、だけです。9月は祭日を入れた3連休が2回あるのに週末(土)(日)(祝)は真っ白です。何処へも遠出しなかった。行くとこないのでジャン母と買いものに行ったぐらいです。
何処へも遠出しなかったのは、もうすぐUpしますが8月に伊豆八幡野の例の宿で初の連泊をしたのと、8月末、数年振りに関西方面へ3泊4日したので金が無くなったのだ。
とはいえこの店に来るぐらいなら大丈夫。まだ明るい土曜日の夕方17時におじゃました。



この日は焼き鳥、焼きとん以外にいいネタ、いわゆる本日の美味がたくさんありまして。




今シーズン初登場の生ガキ、何処の牡蠣かわかりませんが、三重県伊勢市出身のジャン妻はレバ焼きの後に牡蠣に喰らいついた。値段が1個なのか2個なのかわからないが2個あった。奇数だと取り合いになるからな。

そんなに大振りでもないが、味と旨味が凝縮されて美味しいのだ。
「この人(ジャン妻を指す)牡蠣さばけるんだよね」
店の女性は驚いたような表情に。
「簡単よ。ヘラついてくるし」(ジャン妻)
「旦那さんは?」(お店の女性)
「この人(私を指す)は見てるだけ」
「早くしろって催促するだけ。送って貰った牡蠣を30個ぐらいさばいたことあるよね」
その30個、ジャン妻と分けたのなら15個ずつだがそんなに食べた記憶はないので、誰かお客さん呼んで宴会したんじゃなかったかなぁ。

「○君(板場)は岩牡蠣を叩きつけてたけど」(お店の女性)
「ああ、岩牡蠣ね。あれは大きいし、さばくのが難しいのよ」(ジャン妻)
ジャン妻がさばいたのは伊勢の的矢牡蠣(真牡蠣)。軍手して、付いて来たヘラみたいなので難なくこじ開けてた。230個もあればその中には1個か2個、抵抗する牡蠣もあった。あまり頑固な牡蠣は、「ダメだわ。焼こう。」無理しって怪我する前に網焼きにするしかない。
牡蠣を開ける場合、1個か2個こじ開けてみてポイントを掴むんだって。すると個数を重ねているうちに難なく開けられるようになるらしい。
私は食べるだけ。
「この人(またジャン妻を指す)伊勢海老もさばけるんだよ」
「・・・」(イヤ~なカオをするジャン妻)
「こうやって(包丁を落とす仕草)バン!!バン!!って」
そうなんです。伊勢エビはあえなく昇天し、刺身と味噌汁になった。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-01-03

牡蠣、美味ぇ~。思わず厨房に向かって親指を立てたよ。
後でアンコール、2皿めをいただいた。3皿めはさすがに制止された。
「他のお客さんのが無くなっちゃうじゃないっ」

イワシも凄いアブラのノリで、ナメロウにトントン叩くのが惜しいくらいだ。





小さいけどサワラの西京焼き。鳥ネギだのつくねだの、肉系を無視して海産物ばかりが並ぶと他のお客さんの視線を感じるよ。


熱燗に移行してグビグビ飲っていたら、気が付いたことが。
道路側の雑然とした棚にオーダーが入るとミニプリンターから伝票が印刷されます。それをビリッと切って焼き場に廻すのですが、伝票が切れない状態で4枚ダラ~ンと垂れ下がったのを見たら、「まだでてない」「まだきてない」と殴り書きされたのが印刷されていた。
「あれはまだ来てないってこと?」
「らしいな。離れから督促されたんだろ」
で、聞いてみたのよ。「そうやって字が書けるんだ?」って。画面は小さいけどタッチペンのようなもので簡単な但し書きが可能だという。
「〇〇さん(私のこと)のジャガバタもこうなってますよ」
と見せてくれたのがこれ。

私は赤面したよ。
「こ、こんなこと書いてたのか」
「だって、バターベタベタって大きい声で通すのも何だし」
口頭で言うよりもこうして記録に残る方が恥ずかしいよ。
多分、青菜のおひたしなんかで「マヨネーズ」なんかも書いてるんだろ。

串トマトを食べるには慎重を期する。注意を要する。
いきなりガブッとやると、身から熱い汁がブチュッと出て口内火傷するよ。



「煮込みが食べたいな」(ジャン妻)
「鉄鍋にします?」(ジュニア)
鉄鍋ねぇ。あれはノーマルな煮込みよりボリュームがあるのだ。豆腐入りだし。でもまぁ明日は日曜だからいいか。







ひとりじゃ食べ切れない。2人でちょうどいい。で、例によって私は小ご飯をお願いしたのですが、ジュニアが雑炊をすすめてくれたのです。
土鍋ほどじゃないが小さいとはいえ鍋なので、鍋の後の締め、うどんとかラーメン、雑炊も控えているのですが、今回はジュニアがススメてくれるのでお任せした。


「凄いなこれ」
「食べたことあります?」
「あったようななかったような。前にいた差配師の女性から一度だけすすめられて食べたような記憶が・・・」
溶き玉子も入っているこれは裏バージョンらしいです。ドロドロしている。何となく僅かだけどカレーの風味もしているような。
熱々なので生ビール小さいのを飲んだ。

スープも全部腹中に収めたわけですよ。翌日が快腸だった。私はガーリックを摂取すると翌日必ず快腸jになるのです。この店の煮込み、紀尾井さんの各種、さらの木の各種、大船の空芯菜炒め、黒板の手書きの店で出されるガーリックソース、会津の馬刺に添えられる味噌、それらが腸の働きを良くしてくれるのだ。
18:15頃に何故かガラ空きになった。
最初の波が引いたのだろうか。夜はまだこれからだが。

いつもの記事写真とは逆展開ですがこれは店を出たところです。



「オカシイな。何だか安かったぞ」
「幾らだったの?」
「1万ちょっとだったんだよ」
「え?間違ってない?」
群馬泉2合を3つ、生ガキを2皿、そして鉄鍋煮込と雑炊付き、安過ぎだこの店にしては。
「おそらく群馬泉を1回入力し忘れてるんじゃないかな。前にもあったんだよ。安いぞ。何か洩れてないか?って聞いたら2合分おとしてたんだよな」
でもまぁいいか。店出ちゃったし。
何処へも遠出しなかったのは、もうすぐUpしますが8月に伊豆八幡野の例の宿で初の連泊をしたのと、8月末、数年振りに関西方面へ3泊4日したので金が無くなったのだ。
とはいえこの店に来るぐらいなら大丈夫。まだ明るい土曜日の夕方17時におじゃました。



この日は焼き鳥、焼きとん以外にいいネタ、いわゆる本日の美味がたくさんありまして。




今シーズン初登場の生ガキ、何処の牡蠣かわかりませんが、三重県伊勢市出身のジャン妻はレバ焼きの後に牡蠣に喰らいついた。値段が1個なのか2個なのかわからないが2個あった。奇数だと取り合いになるからな。

そんなに大振りでもないが、味と旨味が凝縮されて美味しいのだ。
「この人(ジャン妻を指す)牡蠣さばけるんだよね」
店の女性は驚いたような表情に。
「簡単よ。ヘラついてくるし」(ジャン妻)
「旦那さんは?」(お店の女性)
「この人(私を指す)は見てるだけ」
「早くしろって催促するだけ。送って貰った牡蠣を30個ぐらいさばいたことあるよね」
その30個、ジャン妻と分けたのなら15個ずつだがそんなに食べた記憶はないので、誰かお客さん呼んで宴会したんじゃなかったかなぁ。

「○君(板場)は岩牡蠣を叩きつけてたけど」(お店の女性)
「ああ、岩牡蠣ね。あれは大きいし、さばくのが難しいのよ」(ジャン妻)
ジャン妻がさばいたのは伊勢の的矢牡蠣(真牡蠣)。軍手して、付いて来たヘラみたいなので難なくこじ開けてた。230個もあればその中には1個か2個、抵抗する牡蠣もあった。あまり頑固な牡蠣は、「ダメだわ。焼こう。」無理しって怪我する前に網焼きにするしかない。
牡蠣を開ける場合、1個か2個こじ開けてみてポイントを掴むんだって。すると個数を重ねているうちに難なく開けられるようになるらしい。
私は食べるだけ。
「この人(またジャン妻を指す)伊勢海老もさばけるんだよ」
「・・・」(イヤ~なカオをするジャン妻)
「こうやって(包丁を落とす仕草)バン!!バン!!って」
そうなんです。伊勢エビはあえなく昇天し、刺身と味噌汁になった。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-01-03

牡蠣、美味ぇ~。思わず厨房に向かって親指を立てたよ。
後でアンコール、2皿めをいただいた。3皿めはさすがに制止された。
「他のお客さんのが無くなっちゃうじゃないっ」

イワシも凄いアブラのノリで、ナメロウにトントン叩くのが惜しいくらいだ。





小さいけどサワラの西京焼き。鳥ネギだのつくねだの、肉系を無視して海産物ばかりが並ぶと他のお客さんの視線を感じるよ。


熱燗に移行してグビグビ飲っていたら、気が付いたことが。
道路側の雑然とした棚にオーダーが入るとミニプリンターから伝票が印刷されます。それをビリッと切って焼き場に廻すのですが、伝票が切れない状態で4枚ダラ~ンと垂れ下がったのを見たら、「まだでてない」「まだきてない」と殴り書きされたのが印刷されていた。
「あれはまだ来てないってこと?」
「らしいな。離れから督促されたんだろ」
で、聞いてみたのよ。「そうやって字が書けるんだ?」って。画面は小さいけどタッチペンのようなもので簡単な但し書きが可能だという。
「〇〇さん(私のこと)のジャガバタもこうなってますよ」
と見せてくれたのがこれ。

私は赤面したよ。
「こ、こんなこと書いてたのか」
「だって、バターベタベタって大きい声で通すのも何だし」
口頭で言うよりもこうして記録に残る方が恥ずかしいよ。
多分、青菜のおひたしなんかで「マヨネーズ」なんかも書いてるんだろ。

串トマトを食べるには慎重を期する。注意を要する。
いきなりガブッとやると、身から熱い汁がブチュッと出て口内火傷するよ。



「煮込みが食べたいな」(ジャン妻)
「鉄鍋にします?」(ジュニア)
鉄鍋ねぇ。あれはノーマルな煮込みよりボリュームがあるのだ。豆腐入りだし。でもまぁ明日は日曜だからいいか。







ひとりじゃ食べ切れない。2人でちょうどいい。で、例によって私は小ご飯をお願いしたのですが、ジュニアが雑炊をすすめてくれたのです。
土鍋ほどじゃないが小さいとはいえ鍋なので、鍋の後の締め、うどんとかラーメン、雑炊も控えているのですが、今回はジュニアがススメてくれるのでお任せした。


「凄いなこれ」
「食べたことあります?」
「あったようななかったような。前にいた差配師の女性から一度だけすすめられて食べたような記憶が・・・」
溶き玉子も入っているこれは裏バージョンらしいです。ドロドロしている。何となく僅かだけどカレーの風味もしているような。
熱々なので生ビール小さいのを飲んだ。

スープも全部腹中に収めたわけですよ。翌日が快腸だった。私はガーリックを摂取すると翌日必ず快腸jになるのです。この店の煮込み、紀尾井さんの各種、さらの木の各種、大船の空芯菜炒め、黒板の手書きの店で出されるガーリックソース、会津の馬刺に添えられる味噌、それらが腸の働きを良くしてくれるのだ。
18:15頃に何故かガラ空きになった。
最初の波が引いたのだろうか。夜はまだこれからだが。

いつもの記事写真とは逆展開ですがこれは店を出たところです。



「オカシイな。何だか安かったぞ」
「幾らだったの?」
「1万ちょっとだったんだよ」
「え?間違ってない?」
群馬泉2合を3つ、生ガキを2皿、そして鉄鍋煮込と雑炊付き、安過ぎだこの店にしては。
「おそらく群馬泉を1回入力し忘れてるんじゃないかな。前にもあったんだよ。安いぞ。何か洩れてないか?って聞いたら2合分おとしてたんだよな」
でもまぁいいか。店出ちゃったし。
2018-09-24 11:22
コメント(14)
ジャン妻が挑む壁 [居酒屋]

店の外から見て、僅か2席のカウンター席があるのがわかりますか?

料理に外れはないが、客層が騒々しい店です。
騒ぐというのではなく皆さん声高なのです。ピシッとビジネススーツで決めた男性客が大多数ですが、声が大きい客ばかり集まって来るんだな。
カウンターが無くて(私は基本カウンター席の無い店には入らないのだが)フロアのテーブル席のみなので声の大きい他所様の隣になるとタイヘン。こっちの会話が聞こえないからね。
カウンター席とは言い難いが道路側に面した2席がある。店の造りの都合でおまけのように追加したような2席ですがそこが気にいっています。外から見て空いてれば店に入って、女将さんが、
「あっちになさいます?」
「うん」
この席で多少は他の声が気にならなくなる。
久しぶりなのでメニュー載せます。








おとおしはマグロブツ(赤身)と山芋。
「これとは別に今日ブツある?」
「ございます。マグロ重なりましたけど」
ブツどころか中トロだった。ここのマグロはカタチは不格好だけど美味いの。スジスジもないし。



まだ残っていた十全茄子漬。泉州水茄子系で、新潟県五泉市の十全村で栽培されたもの。

かんずり入りのポテトサラダ、淡い桃色をしています。
「ポテサラはシンプルでなきゃ。最近の若い連中は何でもかんでも入れたがる」と言ってたのは誰だったかな。



ジャン妻がウチを去り、伊東甲子太郎の許に行って4ヶ月・・・。
ウチの社からジャン妻の姿が消えたことで「〇〇さん(ジャン妻)は今どうなさっているのですか?お元気ですか?」と聞かれることがある。
「元気は元気だよ」
「お仕事お忙しいようですね」
「・・・」
・・・になったのは、私はジャン妻が今何をしているのかよくわからないのだ。答えられないのです。
「伊東さんの下じゃぁタイヘンですよね」と聞かれたら軽く流すように受け応えできるが「何をされているのですか?」と聞かれても答えられない。
私ら運営会社と運営会社を締め付ける・・・いや、統括する部門との格差、壁は高くて厚く、上が動いていることや、下にやらせようとしていることが事前に洩れてもまずいので、ジャン妻が私にも打ち明けられない内容があって当然なのですが。
ウチらの会社は上位下達だが伊東甲子太郎には抵抗勢力があるので、伊東らが新たに何かを施行しようとしても「すぐにはできない」とか何とか。反発するらしいんだな。
そういうのを聞いても私は鼻白むだけである。上の世界のことであって私はもう関知しない。私は社内で自分より高い位置にいる人には同情しない。そヤツらはそれ也の高い収入や強い決裁権限があるんだから。その裁量の中でやればいいんだ。
でも私と違って今のジャン妻は、伊東の壁は他人事ではない。聞いててわかってきたのは、伊東もジャン妻も改革派なのだが、伊東も同意したジャン妻が提案するプラン、システム導入がすんなり上手くいかないんだと。
「これまではウチの上司と〇長だけでよかったの。でも今は・・・」
今は折衝、説得する相手がた~くさんいる。それらは要は伊東の敵たち?
「今日、伊東はいなかったな」
「上の方で会議だって。数値を叩かれに行ったのと、アタシが導入しようとしているものを通す為に関係者へ根回しだって」
その根回しする相手には支持者、理解者、味方もいるのだが、改革には必ず反対派、抵抗力が現れるじゃないですか。新しいものをわかろうとしないで反対する輩がいるらしいんだな。どこにでもいるでしょ。
幸いジャン妻は幾つかある運営会社に同志はいる。「是非それで(ジャン妻のプラン)お願いしたいです。通れば全面的に協力します。」
それらを背景に、バックに、ジャン妻と伊東は挑んでいる。




揚げ出し盛り合わせ。豆腐、茄子、餅です。美味しいですよ。
昨日Upした大船よりいい。そりゃこっちは和食だから。




炙り盛り合わせ。エイヒレ、干し明太子、うるめ、七味唐辛子を塗したマヨネーズ付き。
マヨが足りなくなり、空いた小皿を持って貰いに行ったのよ。
「そういうみっともないことはしないで」(ジャン妻)
「マヨ追加くれる?100円くらいで」とバカ言いながら厨房を見たら、年配の料理人が3人いましたね。だから早いのか。オーダー洩れも一度も無いですこの店。



締めの蕎麦。細くて上品な蕎麦。クセの無い味です。水切も完璧です。




ジャン妻と伊東はクリアできるだろうか。
「それがクリアできなかったら・・・いや、できなくないと思うけど。もしOKになったら怒涛のように各方面へ出張が入るのよ。一気にやらないと」
「えぇ~、そうなのかよ」
それはそれで困るんだけど。


私らにとって、この店は勤めのウサを撒くに適している。周囲がうるさい客ばかりだから自分らが何を口に出そうと気にならない。
その喧噪の中で、静かに声を押し殺して上品にクダを撒き、オダを挙げるのです。
でもそれにとどまらず、愚痴や文句に終わるだけでなく「ではどうするのか」「どうやったら前に進めるのか」を考えるのがジャン妻と伊東のエラいところ。
2018-09-23 10:10
コメント(2)
折れた傘 [居酒屋]
毎度毎度この店です。ジャン妻と待ち合わせ。雨が降っていた。それも大粒の氷雨。
ジャン妻は東京方面から。私は静岡方面から来たのですが。

最近ウチの上役は私が自ら群馬や静岡に出向くのをあまりよく思ってない。
茅ケ崎市の公用を済ませてから東海道線で西へ向かったの。そうすりゃ静岡単独じゃないからあまり目立たないでしょ。
小田原で東海道新幹線に乗り継ぐのも、本数少なくお得感がイマイチなので、熱海か三島で島田行に乗り換えてずーっと座ってたら腰やケツが痛くなったが、新幹線乗って青い領収書で精算するより目立たないでしょ。
時刻は21:00前、大船駅から電話した。この天気じゃ空いてるだろうけど。
「今からふたり入れる?」
「あ、〇〇さん(私らのこと)どうぞどうぞ」
「カレーあったら残しておいてくれ」
「大丈夫ですよ~」
明るくそう言われたが彼のホンネは「賄(カレー)を取られた~」と思ってるに決まってら。
この日のカレー(カレーライスじゃない。カレー煮と思っていただきたい)はキーマカレーだった。

店はガラ空きでした。この天気じゃ。
カウンター奥に女性客がいたがその方も店の関係者で、彼女が帰ったら店内私らだけになった。
こりゃぁ私らが来なかったら早じまいしたかも知れない。




「今日のおとおしは豪勢にしました」と言われて出された鰻の串。



黒々としたこの塊は「生シラスのかき揚げ」とあったが、生シラスだったのはかき揚げにする前でしょ。見る影もないじゃん。
ツナギの粉が多くて、江戸前でいう坊主揚げだと思う。
でもかき揚げだと?
この店で揚げ物なんてできるのか。見たことないけどと思ったのですよ。揚げ置きだろって多少の悪意を含みながらいただいた。

賄に廻されるのを阻止したキーマカレー煮。




サバの串焼きと玉子焼きを串に刺したもの。
サバは美味しかった。こういう焼き方もあるんだなって思った。串に刺すのは意外に難しいらしいぞ。



私の上着とズボンが濡れています。
「傘のさしかたが下手だから」(ジャン妻)
「そうじゃねぇ。折りたたみ傘の骨が切れてたんだ」
「え?」
「切れてる傘を折りたたむなよ」
「見てから持っていけばいいのに」
「折りたたむ時に気付かなかったのかよ」
ジャン妻は折りたたみ傘を巻いて綴じるのが上手なのですが、上手にきれいに折りたたんであれば、誰もまさかその傘の骨がイカれてるなんて気が付かないじゃないですか。
朝、家を出たときは雲間から青空が出ていたんですよ。それが東田子浦か吉原当たりで真っ暗になり、大粒の雨になったのです。
車内のお客さんが窓を見て騒然としてた。あ、コイツら誰も傘を持ってなかったんだなってわかった。低気圧や梅雨前線は西から東に移動するので、東の方では晴れてたのが西へ行けば行くほど雨域に突入する訳でさ。
へ~んだ、俺は折り畳み持ってるよ~、と気にせず余裕だったのだが、藤枝駅で下りてロータリーで自分の折りたたみ傘を広げたら凍りついた。傘の骨が1本切れていたのです。断裂してブランとタレ下がった。
駅前にコンビニも無く、こういう時に限ってタクシーも停まってなかったので、合同庁舎まで雨中にボロ傘を掲げて歩いたのだ。
傘が完全にさせないのです。辛うじて自分のアタマ、顔しか防御できなかった。往復3kmを徒歩30分かかった。服は上下ズブ濡れになったですよ。雨だけで風が強く吹いてなかったのは幸いだったが。
「折れてたんじゃないよ。切れてたの。切断されてたの。」
「買えばいいじゃん」
「店が無かったんだっ」
膝から下、膝から上が冷たいんだっ。





サバ串の焼きアンコール、イカ串焼き、ポテサラ、そろそろ締めようかと思いきや、店の奥にタレ下がったお品書きにこの店にとっては意外なメニューを発見した。揚げだし豆腐があるらしい。
「そんなんできんのか?」
「できますよ」


揚げ置きのものをレンジでチンしたらグニャグニャになるか油っ気が増すじゃないか。それを出汁で洗ってごまかすとかだろ。
また例によって多少の悪意を込めて待ってたらジュージュー音がするんですよ。

ホントにその場で揚げてた。作り置きじゃなかったのだ。
カウンター上の大皿料理に火を通しなおす場で、小さい鍋で揚げてた。

ま、味は普通ですよ。ホントの和食料理店には敵わないよ。でも思ったのは、この店、メニューに無くても相談すれば無いものでも作ってくれそうだな。


最後の客だった私らは若いのが示した人差し指の金額を支払って店を出た。
この店では釣り銭は貰った記憶がない。いつも千円単位なのだよ。


この店で働いている女性って、最初の頃は華奢で腕が細いのですが、しばらくすると貫禄ついて二の腕が太くなってくるようですよ。
マスターが療養中に店を切り盛りしていた若い男性(通称モアイ像)は、れっきとした4大卒なんだと。大学生でバイトして、卒業してそのまま居ついちゃったらしいんだな。


氷雨が降り続く大船の呑み屋街。
ズボンが冷たいぞ。
先日もジャン妻から「今日も雨振りそうで降らないね。この傘軽いから持ってったら?」と渡された傘が、今度は日傘だったんですよ。
安いビニール傘に慣れてるからお互いにチェックしないのかも。
ジャン妻は東京方面から。私は静岡方面から来たのですが。

最近ウチの上役は私が自ら群馬や静岡に出向くのをあまりよく思ってない。
茅ケ崎市の公用を済ませてから東海道線で西へ向かったの。そうすりゃ静岡単独じゃないからあまり目立たないでしょ。
小田原で東海道新幹線に乗り継ぐのも、本数少なくお得感がイマイチなので、熱海か三島で島田行に乗り換えてずーっと座ってたら腰やケツが痛くなったが、新幹線乗って青い領収書で精算するより目立たないでしょ。
時刻は21:00前、大船駅から電話した。この天気じゃ空いてるだろうけど。
「今からふたり入れる?」
「あ、〇〇さん(私らのこと)どうぞどうぞ」
「カレーあったら残しておいてくれ」
「大丈夫ですよ~」
明るくそう言われたが彼のホンネは「賄(カレー)を取られた~」と思ってるに決まってら。
この日のカレー(カレーライスじゃない。カレー煮と思っていただきたい)はキーマカレーだった。

店はガラ空きでした。この天気じゃ。
カウンター奥に女性客がいたがその方も店の関係者で、彼女が帰ったら店内私らだけになった。
こりゃぁ私らが来なかったら早じまいしたかも知れない。




「今日のおとおしは豪勢にしました」と言われて出された鰻の串。



黒々としたこの塊は「生シラスのかき揚げ」とあったが、生シラスだったのはかき揚げにする前でしょ。見る影もないじゃん。
ツナギの粉が多くて、江戸前でいう坊主揚げだと思う。
でもかき揚げだと?
この店で揚げ物なんてできるのか。見たことないけどと思ったのですよ。揚げ置きだろって多少の悪意を含みながらいただいた。

賄に廻されるのを阻止したキーマカレー煮。




サバの串焼きと玉子焼きを串に刺したもの。
サバは美味しかった。こういう焼き方もあるんだなって思った。串に刺すのは意外に難しいらしいぞ。



私の上着とズボンが濡れています。
「傘のさしかたが下手だから」(ジャン妻)
「そうじゃねぇ。折りたたみ傘の骨が切れてたんだ」
「え?」
「切れてる傘を折りたたむなよ」
「見てから持っていけばいいのに」
「折りたたむ時に気付かなかったのかよ」
ジャン妻は折りたたみ傘を巻いて綴じるのが上手なのですが、上手にきれいに折りたたんであれば、誰もまさかその傘の骨がイカれてるなんて気が付かないじゃないですか。
朝、家を出たときは雲間から青空が出ていたんですよ。それが東田子浦か吉原当たりで真っ暗になり、大粒の雨になったのです。
車内のお客さんが窓を見て騒然としてた。あ、コイツら誰も傘を持ってなかったんだなってわかった。低気圧や梅雨前線は西から東に移動するので、東の方では晴れてたのが西へ行けば行くほど雨域に突入する訳でさ。
へ~んだ、俺は折り畳み持ってるよ~、と気にせず余裕だったのだが、藤枝駅で下りてロータリーで自分の折りたたみ傘を広げたら凍りついた。傘の骨が1本切れていたのです。断裂してブランとタレ下がった。
駅前にコンビニも無く、こういう時に限ってタクシーも停まってなかったので、合同庁舎まで雨中にボロ傘を掲げて歩いたのだ。
傘が完全にさせないのです。辛うじて自分のアタマ、顔しか防御できなかった。往復3kmを徒歩30分かかった。服は上下ズブ濡れになったですよ。雨だけで風が強く吹いてなかったのは幸いだったが。
「折れてたんじゃないよ。切れてたの。切断されてたの。」
「買えばいいじゃん」
「店が無かったんだっ」
膝から下、膝から上が冷たいんだっ。





サバ串の焼きアンコール、イカ串焼き、ポテサラ、そろそろ締めようかと思いきや、店の奥にタレ下がったお品書きにこの店にとっては意外なメニューを発見した。揚げだし豆腐があるらしい。
「そんなんできんのか?」
「できますよ」


揚げ置きのものをレンジでチンしたらグニャグニャになるか油っ気が増すじゃないか。それを出汁で洗ってごまかすとかだろ。
また例によって多少の悪意を込めて待ってたらジュージュー音がするんですよ。

ホントにその場で揚げてた。作り置きじゃなかったのだ。
カウンター上の大皿料理に火を通しなおす場で、小さい鍋で揚げてた。

ま、味は普通ですよ。ホントの和食料理店には敵わないよ。でも思ったのは、この店、メニューに無くても相談すれば無いものでも作ってくれそうだな。


最後の客だった私らは若いのが示した人差し指の金額を支払って店を出た。
この店では釣り銭は貰った記憶がない。いつも千円単位なのだよ。


この店で働いている女性って、最初の頃は華奢で腕が細いのですが、しばらくすると貫禄ついて二の腕が太くなってくるようですよ。
マスターが療養中に店を切り盛りしていた若い男性(通称モアイ像)は、れっきとした4大卒なんだと。大学生でバイトして、卒業してそのまま居ついちゃったらしいんだな。


氷雨が降り続く大船の呑み屋街。
ズボンが冷たいぞ。
先日もジャン妻から「今日も雨振りそうで降らないね。この傘軽いから持ってったら?」と渡された傘が、今度は日傘だったんですよ。
安いビニール傘に慣れてるからお互いにチェックしないのかも。
2018-09-22 11:01
コメント(0)
上限金額3000円 [グルメ]
「会社の社内福利厚生費使いました?」(ソリの合わないオンナ)
私はイヤ~な気分になった。
ウチの社は年に2度、ひとり3000円の福利厚生費が出るのです。
各現場は皆でどっかへ繰り出して食べに行ったり、デリバリー(ピザ、寿司)とかを取っている。
本社職員でそういうのにノリノリなのは女性社員たちで、いつものランチを少し豪勢にしてデザート付きにしてランチ会とか。
男性連中はステーキや焼肉とか。
普段はアラカルトの単品なのを、セットかコースにグレードアップしているみたいだ。
役員、取締役連中は対象外です。非役員で部長以上も対象外じゃなかったかな。私は訳あって副部長なのでギリギリ対象者なのです。
このひとり3000円の福利厚生費、前回は北鎌倉の某所で切りたくもない領収書を切って、店がお代を支払い忘れて危うく無銭飲食になるところだった。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2018-03-17-2
わざとじゃないよ。店の若奥さんがまだ接客が素人っぽくて、お代を貰う先に領収書を書くのに真剣になっちゃって、お代を請求し忘れたんですよ。
馴染の店でこういうチョンボをすると何となく次から行き難くなるんだけど。
で、私がイヤ~な気分になったのは、その北鎌倉へでかけた後、ソリの合わないオンナが外出しかけた私を追いかけてきてエレベーター前で呼び止め「〇〇さん(私のこと)3000円使いましたか?あ、使ったんですね。もし使ってなかったら今日の女子ランチ会にカンパして貰おうかな~と思って。使っちゃったんならいいですっ」と切り口上でまくし立てられたのを思いだしたのだ。
このアマって思ったですよ。使っちゃたんならいいですだと?使っちゃいけねぇのかよって。その前の前までは「いらねぇ。おめぇらで使っていいよ。消費税分ぐれぇにはなるだろ」ってカンパしてたんですよ。
今回もまたカンパしろって言ってくるのかもと身構えたがさにあらず、
「早く使わないと。次期になったら使えませんよ」
それだけだった。タカリにきたんじゃないのか。
この3000円の御触れが出たのは7月上旬ですが9月末までに使わないと無効になるんです。
ただ、この福利厚生費は社内接待に該当するので、日頃の社内精算書とは別に接待交際費申請書を申請しなくてはならないのがあとでわかった。
では使いましょうせっかくだから。でも他の連中は皆でわんさか繰り出しているのに、私は一緒にランチに行く仲間がいないのです。
別に嫌われてるからではないよ。嫌われてるのかも知れないけど。日頃っから外出が多いので、昼は100%外食のクセに誰とも一緒に昼を喰いに行きたいとは思わないのだ。誰ろも価値観が合わないので誰も誘わないし、誰も私を誘おうとしない。
(ネタが目的なのもあるが。)自分で喰いたいものや行きたい店があるのにそれを犠牲にして他のヤツに合わせるのがイヤなんだ。
これでよく今まで会社員やってきたよな。
(以前はジャン妻と打ち合わせがてらランチに行くこともあったが、ジャン妻が伊東甲子太郎の許へ行ってから彼女は対象外になった。)
ひとりで3000円っていう上限だと、意外と普段行く店にそういうのが無いのです。
ラーメン3杯喰うわけにいかないし。どんなにサイドメニューを追加しても3000円なんていかないですよ。昼にそこまでグレード高いもの食べてないもん。
でも3000円っていう上限額に縛られてしまった。
どういう分野がいいのかジャンルを考えてみたのですが。
ホテルのレストラン?
割烹?
普段行かないようなナイフとフォークのフレンチ?
ファミレスぅ?ヤなこった。
いや~、無いもんですねぇ。困った。
如何に普段のジャンルが偏ってるかってことだよね。
昼っから懐石弁当喰ったって酒が飲めないし、ナイフとフォークを握ったって床に落っことすだけだよ。肩が凝るしさ。
北鎌倉や鎌倉市内は観光客価格でそこそこ高いけど、そっち方面への公用はそうそうない。
3000円、3000円、どっかにそういうランチはないか。安い店ではなく高い店、それでも3000円の店を見つけるのって意外と難しいのがわかった。
喰いたいものを喰う観点から離れて、3000円という金額にとらわれるといつまで経っても決まらない。
そうこうしているうちに7月8月と過ぎて9月になっちゃった。別に使用期限切れたら切れたでいいとも思った。会社の金で喰ったってちっとも美味くないしね。やはり汗水たらして働いて得た自分の所得から出して喰うのがいちばん美味しいのよ。

この店も考えたんだけど。
2500円のランチがあるのです。すると3000円以内に収まる。何も3000円ピッタンコでなくてもいいし。
だがご飯の炊き方がイマイチ下手なのよ。
そのご飯の炊き方で思い出したんだけど。釜で炊くご飯に定評があり、ランチ時にいっつも並んでいるこの店。


ママの手書き黒板ボードの店。
この店、夜はホント予約が取れなくなった。4回か5回ふられています。席が取れないのです。
で、ランチはママが外で並んでいるお客にお代を徴収するやり方がイマイチ気に入らないのだが。
(私はカツアゲだって酷ぇこと言ってるけど。)
ひとりで行った夜(ジャン妻が出張で1席だけ空いていた。)にダメもとで聞いてみたの。この店のランチで3000円で領収書切れるか?って。
ママは最初は難色を示した。
でもアタマん中で算盤弾いたに決まっている。
「遅い時間だったら・・・」
この店のランチは4種類で提供がとにかく早い。作り置きとかではなくギリギリまで仕込みをしておくからです。
「いつもの4種類を3つ食べればいいんだけどさ」
「笑、〇〇さん(店主)に聞いてみる」
13時なら可能だという。
「その時にあるものでいいよ」
おそらく、刺身、煮込み、もう1品、4つの定食を分解してトレイに細かく盛って出すんだろなと踏んだ。
「あれだよ。3000円領収書ね」
「うん大丈夫」
前回きたかまで3000円お代を貰わなかった店主はこの店のOBなので、その時のおっちょこちょいぶりも知っているし。
で、13時前に行ったんですよ。さすがに空いてた。4つのランチは半分ヤマになっていた。



何だこれは?
あ、宴会コースにある生ハムといちじくの何とかだ。さては昨夜の宴会の残りか、今宵の宴会コースに多く仕込んだんだろ。

「どんどんお出ししちゃっていいですか?」(店主)
この店は喰ったらすぐに出なきゃいけないし、店内で待ち合わせもNGじゃんかよ。
昼だから飲めるわけじゃないのですぐに出して貰った。


さすがに刺身のネタはサイコーにいいです。薄いけどね。
タコもやわらかい。この手のタコは茹で過ぎて時間経って大抵固いのだが全然そんなことなかった。
これだけだとビールでも置きたいところだけどね。



メインは牛肉豆腐か。上品な牛皿だね。吉野家や松屋とは全然違うよ。
これはもしかして真鯛のクリームコロッケではないか。中から枝豆が出てきたぞ。


半熟玉子が上品で。これに肉をぶっこんで牛丼にして喰った。




定食の3品をバラけてこれです。儲かったでしょう。これだったら定食を3人前喰った方がもとは取れるよね。そんなバカなことはしないけどさ。
「ご飯お替りは?」
それは遠慮しといた。







で、カウンター端に、おしぼりや冷水ボトルと一緒に、今日の定食一覧が置いてあったので。今日の4定食は何だったんだ?とチェックしてみたのよ。
牛肉豆腐(これは出たな)
真鯛と枝豆のクリームコロッケ(これもおまけのように出た)
刺身定食(ネタはよかった)
隠れて見えないけど、豚ロースと舞茸のトンテキ??
あ、トンテキをカットしやがったな。
そういえば遅れて来たランチ客には、
「すみません、トンテキ以外ヤマなんですが」
オイオイっ。
俺にはそのトンテキが出なかったんだぞっ。
いつかリベンジしてやる。
(トンテキはガーリックソースらしい。だから除けたのかも。)
珈琲は少し離れた場所にある昔ながらの喫茶店で飲んだ。

写真を見たジャン妻は、
「これで3000円ねぇ」
疑問符がついったようである。2000円ってことはないが、3000円じゃないでしょうって。
「せめてトンテキを少しでも入れたらいいのにねぇ」
この日のランチにトンテキがあったのにね。

で、後日、経理の女性が私のデスクに来て言うには、
「〇〇さん(私のこと)これって、これのことですよね?」
これってこれとは何かというと、その女性が持って来たこれとは、別の連中が福利厚生費を何人かで使用した精算の写しだった。接待交際費申請書にソリの合わないオンナ他、10人近いメンバーの名前が列挙してあり、3000円×人数分の合計金額が記載されてあった。
私は通常の経費精算で計上したの。だって自分ひとりだし、誰も接待してないし。
「まぁそれと同じったら同じだよな」
「接待交際費の表紙が無かったので。今回はいいですけど次回からは・・・」
「次回ぃ?接待交際費ぃ?」
私は声のトーンが荒れた。
「そんなのが要るのか?私は誰も接待なんてしてないぞ。だってひとりで喰ったんだもん」
そしたら傍らにいた私の形式上の上司が見かねたのか、
「〇〇さん(私のこと)そのひとり3000円は社員同士の親睦が目的なんだから、本来はひとりで行かないで誰かを誘わないと・・・」
ひとりだけで行くのはよくないというのである。
「えぇっ。そういうものなんですか。でも自分、誰も誘う人いないし。(嬉々としながら)孤独なんでぇ」
「いやいやいや。誰かいるでしょう」
「自分ひとりで自分を接待したんですが」
「・・・」
上役は呆れてたね。ひとりで喰ったのは私だけらしいのだ。
最後に上からそう言われたんだけど、経理に廻る前にその上を通して捺印されているんですけどね。
でもやっぱり会社の金で喰うのはヤダな。自分の金で喰った方がいい。ひとりで喰って馴染の店で領収書切るのに抵抗感があるし。
誰も私を誘わない孤独な私なのだ。ケケケッ(笑)
私はイヤ~な気分になった。
ウチの社は年に2度、ひとり3000円の福利厚生費が出るのです。
各現場は皆でどっかへ繰り出して食べに行ったり、デリバリー(ピザ、寿司)とかを取っている。
本社職員でそういうのにノリノリなのは女性社員たちで、いつものランチを少し豪勢にしてデザート付きにしてランチ会とか。
男性連中はステーキや焼肉とか。
普段はアラカルトの単品なのを、セットかコースにグレードアップしているみたいだ。
役員、取締役連中は対象外です。非役員で部長以上も対象外じゃなかったかな。私は訳あって副部長なのでギリギリ対象者なのです。
このひとり3000円の福利厚生費、前回は北鎌倉の某所で切りたくもない領収書を切って、店がお代を支払い忘れて危うく無銭飲食になるところだった。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2018-03-17-2
わざとじゃないよ。店の若奥さんがまだ接客が素人っぽくて、お代を貰う先に領収書を書くのに真剣になっちゃって、お代を請求し忘れたんですよ。
馴染の店でこういうチョンボをすると何となく次から行き難くなるんだけど。
で、私がイヤ~な気分になったのは、その北鎌倉へでかけた後、ソリの合わないオンナが外出しかけた私を追いかけてきてエレベーター前で呼び止め「〇〇さん(私のこと)3000円使いましたか?あ、使ったんですね。もし使ってなかったら今日の女子ランチ会にカンパして貰おうかな~と思って。使っちゃったんならいいですっ」と切り口上でまくし立てられたのを思いだしたのだ。
このアマって思ったですよ。使っちゃたんならいいですだと?使っちゃいけねぇのかよって。その前の前までは「いらねぇ。おめぇらで使っていいよ。消費税分ぐれぇにはなるだろ」ってカンパしてたんですよ。
今回もまたカンパしろって言ってくるのかもと身構えたがさにあらず、
「早く使わないと。次期になったら使えませんよ」
それだけだった。タカリにきたんじゃないのか。
この3000円の御触れが出たのは7月上旬ですが9月末までに使わないと無効になるんです。
ただ、この福利厚生費は社内接待に該当するので、日頃の社内精算書とは別に接待交際費申請書を申請しなくてはならないのがあとでわかった。
では使いましょうせっかくだから。でも他の連中は皆でわんさか繰り出しているのに、私は一緒にランチに行く仲間がいないのです。
別に嫌われてるからではないよ。嫌われてるのかも知れないけど。日頃っから外出が多いので、昼は100%外食のクセに誰とも一緒に昼を喰いに行きたいとは思わないのだ。誰ろも価値観が合わないので誰も誘わないし、誰も私を誘おうとしない。
(ネタが目的なのもあるが。)自分で喰いたいものや行きたい店があるのにそれを犠牲にして他のヤツに合わせるのがイヤなんだ。
これでよく今まで会社員やってきたよな。
(以前はジャン妻と打ち合わせがてらランチに行くこともあったが、ジャン妻が伊東甲子太郎の許へ行ってから彼女は対象外になった。)
ひとりで3000円っていう上限だと、意外と普段行く店にそういうのが無いのです。
ラーメン3杯喰うわけにいかないし。どんなにサイドメニューを追加しても3000円なんていかないですよ。昼にそこまでグレード高いもの食べてないもん。
でも3000円っていう上限額に縛られてしまった。
どういう分野がいいのかジャンルを考えてみたのですが。
ホテルのレストラン?
割烹?
普段行かないようなナイフとフォークのフレンチ?
ファミレスぅ?ヤなこった。
いや~、無いもんですねぇ。困った。
如何に普段のジャンルが偏ってるかってことだよね。
昼っから懐石弁当喰ったって酒が飲めないし、ナイフとフォークを握ったって床に落っことすだけだよ。肩が凝るしさ。
北鎌倉や鎌倉市内は観光客価格でそこそこ高いけど、そっち方面への公用はそうそうない。
3000円、3000円、どっかにそういうランチはないか。安い店ではなく高い店、それでも3000円の店を見つけるのって意外と難しいのがわかった。
喰いたいものを喰う観点から離れて、3000円という金額にとらわれるといつまで経っても決まらない。
そうこうしているうちに7月8月と過ぎて9月になっちゃった。別に使用期限切れたら切れたでいいとも思った。会社の金で喰ったってちっとも美味くないしね。やはり汗水たらして働いて得た自分の所得から出して喰うのがいちばん美味しいのよ。

この店も考えたんだけど。
2500円のランチがあるのです。すると3000円以内に収まる。何も3000円ピッタンコでなくてもいいし。
だがご飯の炊き方がイマイチ下手なのよ。
そのご飯の炊き方で思い出したんだけど。釜で炊くご飯に定評があり、ランチ時にいっつも並んでいるこの店。


ママの手書き黒板ボードの店。
この店、夜はホント予約が取れなくなった。4回か5回ふられています。席が取れないのです。
で、ランチはママが外で並んでいるお客にお代を徴収するやり方がイマイチ気に入らないのだが。
(私はカツアゲだって酷ぇこと言ってるけど。)
ひとりで行った夜(ジャン妻が出張で1席だけ空いていた。)にダメもとで聞いてみたの。この店のランチで3000円で領収書切れるか?って。
ママは最初は難色を示した。
でもアタマん中で算盤弾いたに決まっている。
「遅い時間だったら・・・」
この店のランチは4種類で提供がとにかく早い。作り置きとかではなくギリギリまで仕込みをしておくからです。
「いつもの4種類を3つ食べればいいんだけどさ」
「笑、〇〇さん(店主)に聞いてみる」
13時なら可能だという。
「その時にあるものでいいよ」
おそらく、刺身、煮込み、もう1品、4つの定食を分解してトレイに細かく盛って出すんだろなと踏んだ。
「あれだよ。3000円領収書ね」
「うん大丈夫」
前回きたかまで3000円お代を貰わなかった店主はこの店のOBなので、その時のおっちょこちょいぶりも知っているし。
で、13時前に行ったんですよ。さすがに空いてた。4つのランチは半分ヤマになっていた。



何だこれは?
あ、宴会コースにある生ハムといちじくの何とかだ。さては昨夜の宴会の残りか、今宵の宴会コースに多く仕込んだんだろ。

「どんどんお出ししちゃっていいですか?」(店主)
この店は喰ったらすぐに出なきゃいけないし、店内で待ち合わせもNGじゃんかよ。
昼だから飲めるわけじゃないのですぐに出して貰った。


さすがに刺身のネタはサイコーにいいです。薄いけどね。
タコもやわらかい。この手のタコは茹で過ぎて時間経って大抵固いのだが全然そんなことなかった。
これだけだとビールでも置きたいところだけどね。



メインは牛肉豆腐か。上品な牛皿だね。吉野家や松屋とは全然違うよ。
これはもしかして真鯛のクリームコロッケではないか。中から枝豆が出てきたぞ。


半熟玉子が上品で。これに肉をぶっこんで牛丼にして喰った。




定食の3品をバラけてこれです。儲かったでしょう。これだったら定食を3人前喰った方がもとは取れるよね。そんなバカなことはしないけどさ。
「ご飯お替りは?」
それは遠慮しといた。







で、カウンター端に、おしぼりや冷水ボトルと一緒に、今日の定食一覧が置いてあったので。今日の4定食は何だったんだ?とチェックしてみたのよ。
牛肉豆腐(これは出たな)
真鯛と枝豆のクリームコロッケ(これもおまけのように出た)
刺身定食(ネタはよかった)
隠れて見えないけど、豚ロースと舞茸のトンテキ??
あ、トンテキをカットしやがったな。
そういえば遅れて来たランチ客には、
「すみません、トンテキ以外ヤマなんですが」
オイオイっ。
俺にはそのトンテキが出なかったんだぞっ。
いつかリベンジしてやる。
(トンテキはガーリックソースらしい。だから除けたのかも。)
珈琲は少し離れた場所にある昔ながらの喫茶店で飲んだ。

写真を見たジャン妻は、
「これで3000円ねぇ」
疑問符がついったようである。2000円ってことはないが、3000円じゃないでしょうって。
「せめてトンテキを少しでも入れたらいいのにねぇ」
この日のランチにトンテキがあったのにね。

で、後日、経理の女性が私のデスクに来て言うには、
「〇〇さん(私のこと)これって、これのことですよね?」
これってこれとは何かというと、その女性が持って来たこれとは、別の連中が福利厚生費を何人かで使用した精算の写しだった。接待交際費申請書にソリの合わないオンナ他、10人近いメンバーの名前が列挙してあり、3000円×人数分の合計金額が記載されてあった。
私は通常の経費精算で計上したの。だって自分ひとりだし、誰も接待してないし。
「まぁそれと同じったら同じだよな」
「接待交際費の表紙が無かったので。今回はいいですけど次回からは・・・」
「次回ぃ?接待交際費ぃ?」
私は声のトーンが荒れた。
「そんなのが要るのか?私は誰も接待なんてしてないぞ。だってひとりで喰ったんだもん」
そしたら傍らにいた私の形式上の上司が見かねたのか、
「〇〇さん(私のこと)そのひとり3000円は社員同士の親睦が目的なんだから、本来はひとりで行かないで誰かを誘わないと・・・」
ひとりだけで行くのはよくないというのである。
「えぇっ。そういうものなんですか。でも自分、誰も誘う人いないし。(嬉々としながら)孤独なんでぇ」
「いやいやいや。誰かいるでしょう」
「自分ひとりで自分を接待したんですが」
「・・・」
上役は呆れてたね。ひとりで喰ったのは私だけらしいのだ。
最後に上からそう言われたんだけど、経理に廻る前にその上を通して捺印されているんですけどね。
でもやっぱり会社の金で喰うのはヤダな。自分の金で喰った方がいい。ひとりで喰って馴染の店で領収書切るのに抵抗感があるし。
誰も私を誘わない孤独な私なのだ。ケケケッ(笑)
2018-09-21 07:07
コメント(14)
行徳で飲む [居酒屋&人間ドラマ]
左手に花月嵐があります。
これかぁ。今から会う人が味玉を12個も13個もトッピングして店員がドン引きになった店は。
その人、S氏とはこのすぐ先の店で18時に待ち合わせなのだ。

習志野市の公用にひっかけて。
「Sさんと会ってくら」
「あの味玉をたくさん食べる人?」(ジャン妻)
「それは彼の嗜好でさ。同行者に対してメンツのようなものがあってやらかしたそうだよ。」
「間違っても2軒めにラーメン食べるのは止めて」
「そんなことはしないよ」
赤い看板板に、黒いフォントで店の名前が描かれた店が今宵の場所。
何処かで見たようなデザインだなって思ったよ。


駅からそこへ向かうまで道路はいち方向なので、いないかな?歩いてないかな?周囲を歩く誰かにジロジロ視線を向けたのは氏の風貌が事前にわかっているからですよ。
1台のタクシーが寄せてきて、中から下りて来た人に向かって、
「Sさぁん」
いきなり声掛けしたのは私です。
ギョッとしたように振りむいたS氏の風貌はなるほどあのとおりだ。自分とまぁ同じような路線の風貌でしたな。
でも私の方が柔和かな。ではS氏のように、
Hey! it's party time!!\( 'ω')/




Sさんはこの店の常連さんらしい。名前とカオで店主もすぐ通じたようだ。
店は看板も内装もテーブルの造りも、やきとり大吉そのものだったよ。





いろいろいただいたが、焼き加減は生肉の焼き方だと思います。冷凍肉じゃないと思う。
レバなんか上大岡よりやわらかいよ。


ポテトサラダ、白いポテトの塊よりも、ポテトの下にしかれたグリーン野菜の方が多かったぞ。





過去にリンクしている方々の中から何人かとお会いしたが、私をこの世界に導いた師匠(番頭さん)から教わったことがある。
「匿名を維持すること」
「会う以上は自己責任」
「ある程度は相手を信用するしかないよ」
お互いに顔が見えない世界なので、相手がどのような方なのかわからない。逆にそれが楽しみでもあるのだが、この世界では会うのは常に慎重にとも思っていた。
でも今回は速かった。今まででいちばん速かったんじゃないかな。S氏が荒川区の「ドカ盛り光栄軒」の記事で最初にコメントをくれたのが6月18日、2ヶ月経たずにお会いすることになった。
何処が慎重だよってか?だってS氏の場合はカオが出ちゃってるのです。これには驚いたよ。匿名でも何でもないの。
お嬢さんのおカオまで出てましたからね。おっ母さんのも。奥様は知らないけど。


S氏はメガネをかけていると温和で優しい顔だが、外して構えるとツナギか特攻服がお似合いだな~。マイクを持って歌う肘の角度とかもそう。
ジャン妻も氏の素顔は画面で見ています。
「俺とどっちがどうだい?」
「う~ん、アタシが答えてもねぇ」
それを聞いてどうするの?って。
S氏のTALKは温和で腰も低いのですが、まぁ年長者の私をたててくれたのでしょうよ。50過ぎたら年齢差なんてあまり関係ないし、S氏との差も誤差の範疇ですがね。
素顔が出てるのは氏が雇われではなく自身で経営されており、自分で完結して責任が負える立場だからと見た。雇われだとそうはいかないよ。
それと自身に後ろ暗いところが無いからだろうな。
私?私は素顔NGですよ。後ろ暗いとこあるモン。

S氏は気さくでね。代表イコール営業なので、誰かと初めて会うのに抵抗がないんだと思う。
私は失礼ながらS氏を土木関係か、内装業社か看板か、電気関係か配管屋さんかと思っていたのだが、意外にも?(失礼)インテリジェンスな世界、インターネット業界の人だったのだ。
氏の業務が印字されたパンフもいただいたのだが、私にとっては門外漢の世界なので聞いても読んでもチンプンカンプンだったのが正直なところ。
氏のパンフを眺めていたジャン妻に、自分は会ってるのに「氏の業務ってわかるか?俺はようわからん」と振ったら、
「アタシはすぐわかったわよ。ああ、こういうお仕事をされてるのねって。今の時代は商売をやっているとHPの有無が重要なのよ。それも見やすく、見に来て貰いやすく、アクセス数のランキングが上位に持って行けるようにね。何でウチのHPを見にきてくれないのかなぁっていう相手を対象にしているんじゃないの?」
そう言った後で「何でアナタはあれを見て理解できないの?あれで充分理解できるじゃない。理解しようとする努力をしてないんじゃないの?」とまで言いやがった。
こういう内容は私よりジャン妻の方がお相手できるかもな。
氏のBlogを見たら、他にもInsta、FaceBok、mixi、Twitter、をお持ちのようだ。別Blogもある。
「そりゃプロだから」(ジャン妻)
「房総レジェンドだってさ」
「暴走族なの?」
ボウソウの字が違うよ。
「昔はね。房総半島の伝説だって」




S氏のBlogで外食記事には必ず最後に、
「〇〇さんご馳走さまでしたぁ。これからもよろしくお願いしまぁす。」
エライと思います。普通に思うそのひとことですが、私なんか一度たりともそんな感謝の辞を表したことないもんな。
そりゃ店では「お世話になります」ぐらいは言うけど。


2時間半お話ししたが全部はUpできないよ。S氏は波瀾万丈のようです。でもしっかり家庭をお持ちで、家もあるし、庭もあるし、くるまもゴツいし、単車はもう乗ってないのかな。









仙人力を出て、花月嵐を見ているS氏。
入りたさそうですねぇ。
私は花月嵐はニューウエイブラーメンのデビューする場所か登竜門だと思ってますけどね。では氏を見習って、
炭火やきとり千人力 行徳店さん、ごちそーさまでした!
佐奈田堂さん!またお世話になります!(-人-)
これかぁ。今から会う人が味玉を12個も13個もトッピングして店員がドン引きになった店は。
その人、S氏とはこのすぐ先の店で18時に待ち合わせなのだ。

習志野市の公用にひっかけて。
「Sさんと会ってくら」
「あの味玉をたくさん食べる人?」(ジャン妻)
「それは彼の嗜好でさ。同行者に対してメンツのようなものがあってやらかしたそうだよ。」
「間違っても2軒めにラーメン食べるのは止めて」
「そんなことはしないよ」
赤い看板板に、黒いフォントで店の名前が描かれた店が今宵の場所。
何処かで見たようなデザインだなって思ったよ。


駅からそこへ向かうまで道路はいち方向なので、いないかな?歩いてないかな?周囲を歩く誰かにジロジロ視線を向けたのは氏の風貌が事前にわかっているからですよ。
1台のタクシーが寄せてきて、中から下りて来た人に向かって、
「Sさぁん」
いきなり声掛けしたのは私です。
ギョッとしたように振りむいたS氏の風貌はなるほどあのとおりだ。自分とまぁ同じような路線の風貌でしたな。
でも私の方が柔和かな。ではS氏のように、
Hey! it's party time!!\( 'ω')/




Sさんはこの店の常連さんらしい。名前とカオで店主もすぐ通じたようだ。
店は看板も内装もテーブルの造りも、やきとり大吉そのものだったよ。





いろいろいただいたが、焼き加減は生肉の焼き方だと思います。冷凍肉じゃないと思う。
レバなんか上大岡よりやわらかいよ。


ポテトサラダ、白いポテトの塊よりも、ポテトの下にしかれたグリーン野菜の方が多かったぞ。





過去にリンクしている方々の中から何人かとお会いしたが、私をこの世界に導いた師匠(番頭さん)から教わったことがある。
「匿名を維持すること」
「会う以上は自己責任」
「ある程度は相手を信用するしかないよ」
お互いに顔が見えない世界なので、相手がどのような方なのかわからない。逆にそれが楽しみでもあるのだが、この世界では会うのは常に慎重にとも思っていた。
でも今回は速かった。今まででいちばん速かったんじゃないかな。S氏が荒川区の「ドカ盛り光栄軒」の記事で最初にコメントをくれたのが6月18日、2ヶ月経たずにお会いすることになった。
何処が慎重だよってか?だってS氏の場合はカオが出ちゃってるのです。これには驚いたよ。匿名でも何でもないの。
お嬢さんのおカオまで出てましたからね。おっ母さんのも。奥様は知らないけど。


S氏はメガネをかけていると温和で優しい顔だが、外して構えるとツナギか特攻服がお似合いだな~。マイクを持って歌う肘の角度とかもそう。
ジャン妻も氏の素顔は画面で見ています。
「俺とどっちがどうだい?」
「う~ん、アタシが答えてもねぇ」
それを聞いてどうするの?って。
S氏のTALKは温和で腰も低いのですが、まぁ年長者の私をたててくれたのでしょうよ。50過ぎたら年齢差なんてあまり関係ないし、S氏との差も誤差の範疇ですがね。
素顔が出てるのは氏が雇われではなく自身で経営されており、自分で完結して責任が負える立場だからと見た。雇われだとそうはいかないよ。
それと自身に後ろ暗いところが無いからだろうな。
私?私は素顔NGですよ。後ろ暗いとこあるモン。

S氏は気さくでね。代表イコール営業なので、誰かと初めて会うのに抵抗がないんだと思う。
私は失礼ながらS氏を土木関係か、内装業社か看板か、電気関係か配管屋さんかと思っていたのだが、意外にも?(失礼)インテリジェンスな世界、インターネット業界の人だったのだ。
氏の業務が印字されたパンフもいただいたのだが、私にとっては門外漢の世界なので聞いても読んでもチンプンカンプンだったのが正直なところ。
氏のパンフを眺めていたジャン妻に、自分は会ってるのに「氏の業務ってわかるか?俺はようわからん」と振ったら、
「アタシはすぐわかったわよ。ああ、こういうお仕事をされてるのねって。今の時代は商売をやっているとHPの有無が重要なのよ。それも見やすく、見に来て貰いやすく、アクセス数のランキングが上位に持って行けるようにね。何でウチのHPを見にきてくれないのかなぁっていう相手を対象にしているんじゃないの?」
そう言った後で「何でアナタはあれを見て理解できないの?あれで充分理解できるじゃない。理解しようとする努力をしてないんじゃないの?」とまで言いやがった。
こういう内容は私よりジャン妻の方がお相手できるかもな。
氏のBlogを見たら、他にもInsta、FaceBok、mixi、Twitter、をお持ちのようだ。別Blogもある。
「そりゃプロだから」(ジャン妻)
「房総レジェンドだってさ」
「暴走族なの?」
ボウソウの字が違うよ。
「昔はね。房総半島の伝説だって」




S氏のBlogで外食記事には必ず最後に、
「〇〇さんご馳走さまでしたぁ。これからもよろしくお願いしまぁす。」
エライと思います。普通に思うそのひとことですが、私なんか一度たりともそんな感謝の辞を表したことないもんな。
そりゃ店では「お世話になります」ぐらいは言うけど。


2時間半お話ししたが全部はUpできないよ。S氏は波瀾万丈のようです。でもしっかり家庭をお持ちで、家もあるし、庭もあるし、くるまもゴツいし、単車はもう乗ってないのかな。









仙人力を出て、花月嵐を見ているS氏。
入りたさそうですねぇ。
私は花月嵐はニューウエイブラーメンのデビューする場所か登竜門だと思ってますけどね。では氏を見習って、
炭火やきとり千人力 行徳店さん、ごちそーさまでした!
佐奈田堂さん!またお世話になります!(-人-)
2018-09-20 07:29
コメント(10)
夏の終わりに [居酒屋]



ようやく酷暑が終わって秋になった。
今日の記事はまだ暑かった8月半ばの写真で2回分です。2回ともジャン妻が伊東甲子太郎の部署のレクリエーション、飲み会で私ひとりだったのです。
ジャン妻が出張で不在の時は3000円の外食手当てが支給されるのですが、飲み会の場合は支給されません。アタシだって自分の財布から参加するんだから、アナタも自費で飲み食いしなさいと。
ただ、2回のうち1回が(土)だったんですよ。(土)(日)にジャン妻を持ってかれるのは勘弁して欲しいよな。何の権限があってって今度、伊東に言ってやろうと思ってる。

明るい時間帯に予約訪問。まだまだ暑いので、店で交わされる季語は
「今日も暑かったですね」
「そうだな。暑かったよ」
こればっかりだ。
30度で「今日は涼しいね」と言われるヘンな夏だったな。
今日は(土)なので私は終日部屋にいて、風邪ひかない程度にエアコン効かせてBlogの記事書いてたのだ。なのでそんなに喉は乾いていない。生ビールは1杯だけにしてすぐぬる燗へ。


あまり食べたことのない月見つくね。タレ焼き。
かなり濃いタレで、ちょこっとだけご飯が出されます。


蒸し鶏サッパリ香味ダレ。
要は鶏チャーシューなんだけど。細かく刻んだネギに、胡麻油を加えた塩味のソース。
私は鶏より豚チャーシューの方が好きだな。


炙り締めサバもまぁまぁ。
そりゃ浜松の貴田乃瀬には敵わないよ。


小さいけどイワシの丸干し。



赤貝ヒモバター炒め、ヒモだけです。貝の身は無い。
何でヒモだけなのさ?身は何処へいったんだ?と聞いても明確に答えてくれないのだ。
「ヒモだけなんですよ。何でなんスかねぇ」
何か隠してやがるな。ヒモだけ大量に安く仕入れられるのだろうか。


貝の出汁、バター、酒、炒めた油のスープが残る。
さてこのスープをどうしようか。
ご飯にぶっかけたら塩分を大量に摂取してしまうし。
そうだパンにしよう。店では煮込みに浸けていただくのを推奨しているあれだ。
「ブレッド2枚焼いてくれ」
「あ、なるほど」
わかるよね何をやろうとしているか。炭火で焼いたブレッドを赤貝スープに浸すのです。






それをアテに熱燗を飲む。パンに熱燗。
これは白ワインに合うかも。
奉仕品で出されたトウモロコシ。

飲食の合間に私は納涼祭の写真、自分が焼き場に立った写真を見せびらかして自己満悦である。
「来年は?」
「多分やると思うけど」
「一度こちら(焼き場)で・・・」
これはリップサービスかな。

(アイフォンの写真サイズの縦横比率がオカしくなっちゃったので、縦写真は細長くなっています。)

もう1回分載せます。この日のジャン妻は何で不在だったんだったかな。どっか出張に行ってたんだろうね。

ヒラマサの刺身だぞ。


牛サガリ刻みタマネギとおろしタレ、これは塩でお願したつもりだが何故かこうなった。でもこれがオリジナルバージョンらしい。




アスパラ、ジャガバタ、この辺りは定番ですが、ジャガバターをオーダーして厨房に声が飛ぶ時に、ジャガバターベタベタ、バターベッタリ、バターベトベト、ヘンな比喩で飛ぶんだよね。バターマシマシでいいさ。


厚揚げ、ネギ無し。ネギに負けちゃうので厚揚げだけの食感、味を楽しみたかったのだ。
この厚揚げはもとは絹ごしだ。木綿じゃないね。



大人の駄菓子でもある太刀魚の骨煎餅だぞん。
「絶対に注文されると思ってました」
「こういうのは早く無くなるからね」
私のオーダー入ってから油を温めて揚げてた。だが、この骨煎餅をポリポリ摘まんで齧って飲んでいたら、これだけで酒がススんでしまい、早く酔ってしまったのだ。



早く酔ったのにまだイケルでしょうとススメられたのが鯛の酒盗&クリームチーズというもの。



もう1杯余計に飲んでしまった。
それを伝票打ち忘れたらしく、会計時に「安くない?何か洩れてないか?」
1杯分未入力だったのである。黙ってりゃよかったってか。そういう訳にはいかない。同じ店でマイペースで飲み食いしてりゃだいたいの値段はわかるものです。

まだ明るい上大岡。

チロリの熱燗という難しい客でもあるが、私はこの店にとっては、そこそこ安全パイ的でいいお客の筈だと自分で言っておく。
だって、普通に注文するし、1時間半でサッと出るし、アルバイトの女の子をからかったりしないモン。若い衆に対してだって「です」調なんですよ。ホントに。だってお互い別々の社会人なんだからね。
さて、昨日Upした私が初めて食べた焼き鳥との再会、そして今日、いつも行く店、そして明日は場所を離れて東東京、下手したら千葉方面のこれです。

この店である人と会うことになった。。。
2018-09-19 07:46
コメント(2)
初めて食べた焼き鳥 [グルメ]

小学生か中学生だった頃、ジャン父(故人)が勤め帰りにテイクアウト(往時はそういう単語は無かったが)を買って帰って来たことがある。
それは串に刺して焼いた肉だった。
肉団子も串に刺してあった。
焼き鳥だったのです。甘しょっぱいタレで絡んであった。家でジャン母が焼く豚肉のタレ(醬油だけ)とは違った味だった。
焼き鳥というものを初めて知ったのです。実家は豚肉と牛肉は出ても鶏肉は出なかったのですよ。
でも往時は未成年で飲酒してないので(私が飲酒を始めたのは19歳になってからでした。遅いですよね。)ご飯のおかずが増えたと喜んだもの。
(ジャン母は飲み屋に行かないで家庭に入って主婦になったので、焼き鳥なんて食べたことなかったんじゃないだろうか。
冷や奴に刻みネギや鰹節を載せたり、納豆に刻みネギを混ぜたら「何処で覚えてきたの?」と詰問されたことがある。)
ジャン父が買ってくる焼き鳥は、ひな鶏、つくね、だけでしたね。鶏皮、レバとかは買ってこなかった。
何処で買って来るのかな。再開発前の戸塚駅前にあった旭町通り商店街かなと思ったがそうではなくて、横浜市泉区中田にあるスーパー敷地内にある小屋、スタンドで買ってきたんだと。
そのスーパーは今でもあります。これです。

今は近くを東西に走るメイン道路(長後街道)は2車線に拡張され、その地下には横浜市営地下鉄中田駅という立派な最寄駅があるが、昔は駅なんて無かった。
ジャン父は某メーカーを今で言う脱サラして個人店を起業したので、自営店からの帰途に立ち寄ったんだと。
私は地元で学生の頃、そのスーパー、現在は「しまむら」になっている2階にレコード屋さんがあってそこに立ち寄っていた。
行ったらなるほどスーパー敷地内の一画にある小屋から焼き鳥を焼くいい香り、煙がそこらじゅうに漂っていたので、これかと気付いた。
小屋は今もある花屋さんの道路に沿ってやや南(現在の駐輪場の辺り)にあって、オヤジさんが客に冗談言いながらひとりで焼いてた。購入客はスーパーの買い物客で、主婦がついでに買ってったという風情だった。店の名前、看板は無かった気がする。
前にあったあたりです。

成人して、いきがって酒を飲み始めた頃、居酒屋の焼き鳥に塩があることを知った。今は「塩タレどちらになさいますか?」と聞かれたら大抵7割方は塩にしていますが、最初の頃塩に馴染めなかったのは、子供の頃のあの焼き鳥がイメージにあったんだと思う。
私より先に酒の味を覚えた知ったかぶりのダチが「焼き鳥はなんてたって塩だよ」に迎合していた。今思うと笑っちゃいますね。「焼き鳥は塩だよ」って言ったヤツは私とそう大差ない年齢なんですよ。おそらく焼き鳥を食べたというだけなら私の方が早かった筈だ。
その小屋と再会したのは現職に転じて、正社員に登用される前のバイト時代の時です。
もう20年以上前の話ですが、そのスーパー近くでバイトしてたんですよ。そこで週1日だけ販売業務をしていたのです。確か常勤していた女性店長の公休日だったと思う。
その女性店長が「前の焼き鳥屋さん美味しいですよ」とすすめてくれて思い出した。ああ、あの焼き鳥かと。
そこの勤務は10時~19時までだったのですが、終日ひとり勤務だったので昼食は店内で済ませていました。ジャン母に握り飯だけ作って貰い、すぐ目の前にあるその小屋に出向いて子供の頃ジャン父が買ってきてくれたヒナ鳥とつくねを自分で購入したのです。おかずにして喰った。美味しかったですよ。
女性店長は小屋のオヤジさんとも顔馴染で、私を見て、
「あれ、旦那さん?」
「そうなの。アタシが休みの日だけ来てくれるの」
と言い放ったもんだから、オヤジさんは私をずっと「旦那さん」と呼んでいた。混んでいる時は紙に注文書いて渡しておいて「できたら呼んであげるよ」
焼きあがると「おおい旦那さん、焼けたよ」
道路向かいから叫んでくれた。
慣れて来たころオヤジさんは「いっやぁ、最近キッつくてさぁ」
仕事の話かと思ったらさにあらず、
「旦那さん週に何回〇〇てるの?」
「???」
「俺なんかさぁ・・・」
そこらに聞こえるデケぇ声で猥談、放談が始まったので閉口したよ。オヤジさんは私を「いつもいる女性の旦那さん」だと思っているフシがあるので迂闊な返事できないし。何てごまかしたんだったかなぁ。お客さんが来るまで放談してましたね。腰が負担だとかね。だったら控えればいいのに。
そんなくだらない猥談はともかく、その辺りに漂う焼き鳥を焼く匂い、スーパーの活気、小屋とスーパーの向こうに夕陽が沈む光景が風情があったね。焼いた香りが風にのって流れてきたら、ああ、今日も営ってる、と気付いたもの。煙が消えたら、そろそろこっちも閉店しなきゃって。陽が沈んだ19時(18時だっかたも)ひとりで精算して退勤したものです。売上金の入金は現在の神奈川信金の夜間金庫だった。
私が勤務していた店舗はもうない。私は今いる社に転職しています。数年後、近所の別の場所である業務チームが発足したら、私は地元だったのでそこに送り込まれ、そこのメンバーとスーパー前にあるお惣菜屋によく行ってました。当時のメンバーのひとりが「あの辺りに焼き鳥屋さんのニオイがしたけど」と言っていたからそれでまた思い出したの。まだ営ってるんだって。
時は流れ、ジャン父も亡くなり、ジャン母も高齢になったので昨年の1月からくるまを取り上げたのです。高齢者がブレーキとアクセルを踏み間違えたとか、道路を逆走とか、そんなニュースばかりだからね。
くるまを取り上げた代わりに週末の(日)私のくるまで買い出しに連れていくことになっています。その買い出し先がこのスーパーで、あの焼き鳥小屋がまだ健在だった。ああ、まだ営ってるんだって。息子さんの代になっていましたね。
小屋の位置は変わっていた。前は花屋さんの前で現在の駐輪場の辺りにあったのだが、少し離れたところにある駐車場の一画に移動してそこで営っていた。


ヒナ鶏、鶏皮、ツクネ、カシラ、レバが60円で、シロだけ50円、あの頃と変わらないのかな。

ジャン母が珍しく「買っていく」っていうから。
「おとうさんが買ってきたあれでしょ」
「そう。今は二代目。」
でも先代もいました。先代はもう私のことを覚えていないだろう。
さて、ジャン母は焼き鳥の部位がわからない。
「カシラって何?シロって?」
それは鶏ではなく豚なんだけど、それを言うと「焼き鳥じゃないの?豚なの?」と返ってくるから「ひな鶏とつくねがいいよ」
用意されたメモ用紙に注文内容と名前を書くんです。殆どの人はテイクアウトですが店頭で齧っている人もいる。
ジャン妻は「レバは買わないの?」「塩はないの?」「ネギマは?」あるものだけだよ。
紙に書いて渡して焼き上がる間、スーパー内で買い物を済ませる。
青菜が高かったね。好きな春菊なんか数本しかパッケージされてないでこの値段ですよ。あ、群馬が誇る野菜の王様モロヘイヤがあるぞ。

買いもの済ませてからスタンドに戻って焼き鳥を購入しました。
「珍しいですねお義母さんがこういうの買うの」(ジャン母)
「こないだ〇〇(私のこと)が焼いた焼き鳥が美味しかったから」
えっ!!
私はリアクションに困った。あの納涼祭の焼き鳥はスチームの冷凍肉を解凍して焼いて、焼き崩れた下手なものを取り置いて渡したのですが、塩味だし、この小屋のタレ・テイクアウトとは比べようがないよ。
ジャン母は焼き鳥屋なんて行ったことないから塩とタレの違いすらつかめないのです。同じだと思っている。
実家に持って帰ったんです。ジャン母は一口食べてすぐに、
「アナタ(私のこと)や〇〇さん(ジャン妻)も食べなさい」
私は躊躇した。あの頃は子供心に美味しかった焼き鳥だが、このトシになって他を知ってしまった私の驕った舌がこれを受け付けるわけないじゃないか。食べたら悲しくなるだけである。「ビール飲みたくなるから」とジャン妻も躊躇したが、やはり私と同じような気持ちだったらしい。


私も摘まんだのですが。
小振りの焼鳥だね。こんなに小さくて細っこかったかな。コクのある鶏肉とタレの相性はいいけど昔の屋台レベルの味そのまま。どこか懐かしい味ではある。
私は「懐かしい味だ」と呟いたが、ジャン母は私らに向かって「もっと食べなさい」と言うのである。あまり美味しくなかったのかな。
「やはりアナタが納涼祭で焼いた焼き鳥の方が美味しかったわ」
私は「そうかなぁ」と煙に撒いた。
「あれは塩だし」

帰宅するくるまの中で私の心無い感想は、
「上大岡の方が美味いな」
「そりゃそうよ。比較したら失礼だわ」
どっちに失礼なのか。
あの頃のままだったが、私はあの頃とは変わってしまったんだな。
時は戻らない。返せないのだ。
下のURLから拝借しました。


「初代〇〇さんは焼鳥を焼いて50年、中田のAコープ横で40年、Aコープが出来た翌年に開店したそうです。
焼鳥一筋に働いて子供を3人育て、現在は息子さんの代。
平日多くて600本、土日1000本くらいを販売。
おいしくて値段は20年前から同じというのも常連さん多い理由です。
11:00~19:300/月木定休日」
https://yokotate.co.jp/bukken/nakatahigashi26/shopping/
ではこの店は何ていう店名なのか。
スタンド、小屋にどこにも看板はない。ジロジロ見てたらこんな演歌歌手のポスターがあった。

この歌手は現在も現役で、この唄は徳間ジャパンから発売されている。柳ジョージさん(故人)とレイニーウッドの初期の4枚のアルバムとベスト盤を出している会社ですが、ポスターに「鳥正」とサインしてあるでしょう。どうもこれらしいのだ。

まぁもう購入することはないと思う。
そこにあるだけでいい。20年以上前の話ですが、今もそこには香が漂い、煙が立ち昇っている。
2018-09-18 06:02
コメント(0)
彷徨い~高崎最後の夜? [風景]
あら町を出て、連雀町、田町、九蔵町を歩いて椿町へ。





うさぎ、休みかぁ!!
あ、そうか。今日明日は定休日だった。
ここまで歩いて来たのに。
うさぎの羅漢町時代の相棒の店は開いているが。ここは飲み屋というより食堂だし。
克で急いでたらふく食べてしまったからなぁ。






あ、亮さん開いてる。
盆の週なのにエライな。
店を営ってる方が身体にいいんだろうな。


懐かしい。
私らが1年いたマンションです。
あの部屋に還りたいよ。

この通りを毎日歩いたんだ。


この店はあの頃は無かった。
駐車場だった場所に新たに建った高層マンションの1階にある。

昔のロツレ、今はルケ。

月輪さん、早仕舞いしやがったな。

ラノロさんもお休みだった。
休んで何してんだろうね。〇郎さんは。

浜潮のマスターと女性スタッフに会いたいです。
何処かでバッタリ会うような気がしないでもない。

七は営っていた。
ガラッガラでしたね。
カオを出されたのでご挨拶だけした。





通り町の裏通り。

ASLIで飲み直し。








何を話したんだっけか。
安中羅漢亭。
ハンガーノック。
水キムチ。
ミツカンドレッシングビネガー。
ダリアン、朝鮮飯店、チェーン居酒屋のネタ。
よく覚えてないのだが。
お客は誰も来なかったな。











この出張のあと、先日、上役に呼ばれて、
「自ら動かないで現地人にやらせてください」
釘を刺されたんですよ。群馬と静岡ね。
「今は〇〇さん(私のこと)が地方でひとりひとりに丁寧に対応していますが、もし彼女のように〇〇さんが長期入院したら(※)引き継いだ者は〇〇さんのようにできないです。すぐ現地にやらせることになります」
「まぁ今のやり方は私1代で終わりでしょうね」
「(苦笑)今からそういう方向にシフトしていかないと。いや、〇〇さんのやり方を否定してるんじゃないですよ」
否定してるんじゃない・・・?
これは私のカオにムッとした表情が出たんでしょうね。慌てて取り繕ったみたいだった。
(※)私と長年ソリの合わないオンナが長期入院して不在なのです。そのオンナだけに一任していたことで留守中やや支障をきたしているのだ。
静岡の社員は「それって経費削減じゃないですか?」って。
「だよなぁ。書類作成だけだったら自分なんか要らねぇよなぁ。」
辞めてやろうかと思ったよ。なので今回は、もしかしたら公的には高崎最後の夜になるかもしれない。うさぎに会いたかったな。





うさぎ、休みかぁ!!
あ、そうか。今日明日は定休日だった。
ここまで歩いて来たのに。
うさぎの羅漢町時代の相棒の店は開いているが。ここは飲み屋というより食堂だし。
克で急いでたらふく食べてしまったからなぁ。






あ、亮さん開いてる。
盆の週なのにエライな。
店を営ってる方が身体にいいんだろうな。


懐かしい。
私らが1年いたマンションです。
あの部屋に還りたいよ。

この通りを毎日歩いたんだ。


この店はあの頃は無かった。
駐車場だった場所に新たに建った高層マンションの1階にある。

昔のロツレ、今はルケ。

月輪さん、早仕舞いしやがったな。

ラノロさんもお休みだった。
休んで何してんだろうね。〇郎さんは。

浜潮のマスターと女性スタッフに会いたいです。
何処かでバッタリ会うような気がしないでもない。

七は営っていた。
ガラッガラでしたね。
カオを出されたのでご挨拶だけした。





通り町の裏通り。

ASLIで飲み直し。








何を話したんだっけか。
安中羅漢亭。
ハンガーノック。
水キムチ。
ミツカンドレッシングビネガー。
ダリアン、朝鮮飯店、チェーン居酒屋のネタ。
よく覚えてないのだが。
お客は誰も来なかったな。











この出張のあと、先日、上役に呼ばれて、
「自ら動かないで現地人にやらせてください」
釘を刺されたんですよ。群馬と静岡ね。
「今は〇〇さん(私のこと)が地方でひとりひとりに丁寧に対応していますが、もし彼女のように〇〇さんが長期入院したら(※)引き継いだ者は〇〇さんのようにできないです。すぐ現地にやらせることになります」
「まぁ今のやり方は私1代で終わりでしょうね」
「(苦笑)今からそういう方向にシフトしていかないと。いや、〇〇さんのやり方を否定してるんじゃないですよ」
否定してるんじゃない・・・?
これは私のカオにムッとした表情が出たんでしょうね。慌てて取り繕ったみたいだった。
(※)私と長年ソリの合わないオンナが長期入院して不在なのです。そのオンナだけに一任していたことで留守中やや支障をきたしているのだ。
静岡の社員は「それって経費削減じゃないですか?」って。
「だよなぁ。書類作成だけだったら自分なんか要らねぇよなぁ。」
辞めてやろうかと思ったよ。なので今回は、もしかしたら公的には高崎最後の夜になるかもしれない。うさぎに会いたかったな。
2018-09-17 11:12
コメント(2)
角打ち克 [居酒屋]
(ウイキから)
角打ちとは、酒を購入してその場ですぐ飲むことのできる酒販店である。
個人経営の小規模な店で、酒販店の一角にカウンターテーブルを備え、そこで飲むことができる形態が多い。
サービスはなく、酒代は酒屋の販売価格のみとなる。
角打ち発祥の地と言われる北九州地域において、工場や炭鉱、港湾等で働く労働者が、仕事帰りに酒屋で酒を飲んでいたことが「角打ち」として定着した。
語源は諸説あり定かではないが「角打ち」の名称は、
「量り売りされた日本酒を四角い枡の角に口をつけて飲むこと」
「酒屋の店の隅(角)で酒を飲むこと」などに由来すると言われる。
類似した形態の店は近畿では「立ち呑み」東北地方では「もっきり」鳥取県・島根県東部では「たちきゅう」と呼ばれる。


幟が出ている。
こういうのを出すと、何だか安っぽい店みたいだな。




「まだ食事(夕食)を済ませてないんでさ」
「あ、すぐお席にお持ちします」
そしたら2階から下りてきたマスター、克さんが、
「今日は20時までですが大丈夫ですか?」
「20時まで?」
「お盆期間中の角打ち営業なんで。12時から開けてたんですよ」
時計を見た。あと30分しかないジャン。
「わかりました大丈夫です急いで片付けます」
と言い捨て、生ビールをグビグビグビ~ッと口脇から泡を溢しながら飲み干したら、
「だ、大丈夫ですよっ、20時になったっからってすぐに追い出す訳じゃありませんから」
ゴクッと喉が鳴った。
次に胃の腑からゲップが出た。








後で克さんのFaceBookを見たら、
「8月13日(月)お盆スペシャル!!
本日より4日間角打ちスタイルにて営業スタートいたしました。皆様のご来店お待ちしております。
今回のおススメは神亀祭りです。11酒揃いました。
先日神亀酒造さんにお邪魔して選りすぐりを揃えて見ました。超レアも含まれています。是非お試しを。
その他、純米ワンカップ酒(冷酒、燗酒)合わせて十数種類集めてみました。
営業時間は4日間12:00~20:00です。よろしくお願い申し上げます。」
「お盆期間の営業のご案内、お盆期間中(8月13~16日)は角打ちスタイルにて昼呑み営業いたします。通常営業と営業時間も異なりますので下記をご確認下さい。
8月11日(土) 定休日 山の日
12日(日) 定休日
13日(月) 12時~20時
14日(火) 12時~20時
15日(水) 12時~20時
16日(木) 12時~20時
17日(金) 通常営業
18日(土) 通常営業
13日~16日のお盆期間中は1FCoinomiKATSUのみの営業になります。2F KATSUは営業致しません。
17日(金)より通常営業に戻ります。よろしくお願いいたします。
おじい2人でお盆期間頑張ります。
皆様のご来店お待ちしております。」
冒頭に書いたとおり、角打ち(カクイチ?)とは酒屋で飲むこと。酒屋で買ってその場で開けて飲むこと。あるいはそれが可能な酒屋のことです。
立ち飲みもこれに含まれるが、角で飲むイコール枡酒、四角い枡の角で飲むこと。
酒を売る店の一角にカウンターテーブルを備え、そこで飲むことができたんだろうね。ビールなんかも客が冷蔵庫から出して、自分で栓を開けてその場で支払う。COD(キャッシュオンデリバリー、現金引換え)ですよ。
酒屋じゃないけど1階のCoinomiKATSUはまさにそれだ。



料理も小皿じゃなかった。
ホカ弁屋やデパ地下のお惣菜屋によくあるパッケージ。白い皿に透明な蓋をするタイプ。
「何でこれ(パッケージ)にしたのさ?」
「あ、角打ち営業なので」
「???」
角打ち営業だからその場で開封する乾きものや缶詰と同じ位置づけだろうか。そしたら次の説明でわかった。
「お盆中はバイトの子を休ませなきゃならないので、後片付け(皿洗い)が無くて済むようにしたんです。そのままレンジで温められるし」
ああ、そういうことか。お皿で出すと皿洗いに手を取られるし、後片付けがめんどいからね。
こっちも時間が無いので、焼きそば、ハムエッグ、マカロニサラダ、ポテトサラダ、矢継ぎ早にいただく。
角打ちというよりも、大人の駄菓子屋だ。
燗に移行します。





ママも下りてきた。
「お久しぶりですねぇ」
「ご無沙汰しています」
あのチーオムは忘れてないですよ。

20時になって、マスター克さんが外の幟を片付けて、残る私他4名の残留客に、
「残ってるお惣菜、よろしかったら食べて下さい。〇〇さん(私のこと)焼きそばもうひとつ如何ですか?」
「いいんですか?」
「ええ、このまま置いといても明日の朝ご飯になるだけなんで」
焼きそば1食、350円分をお裾分けでいただきました。追加で。







でも生ビール2杯、群馬泉山廃を2合だけなので物足りない。
お盆の時期だから、梅ふくも営ってるかどうかアヤしいし。
ラのロも休み、月輪&丸飛びは早じまいだった。七と亮さんは営っていたが。
椿町へ出向いたら・・・。
角打ちとは、酒を購入してその場ですぐ飲むことのできる酒販店である。
個人経営の小規模な店で、酒販店の一角にカウンターテーブルを備え、そこで飲むことができる形態が多い。
サービスはなく、酒代は酒屋の販売価格のみとなる。
角打ち発祥の地と言われる北九州地域において、工場や炭鉱、港湾等で働く労働者が、仕事帰りに酒屋で酒を飲んでいたことが「角打ち」として定着した。
語源は諸説あり定かではないが「角打ち」の名称は、
「量り売りされた日本酒を四角い枡の角に口をつけて飲むこと」
「酒屋の店の隅(角)で酒を飲むこと」などに由来すると言われる。
類似した形態の店は近畿では「立ち呑み」東北地方では「もっきり」鳥取県・島根県東部では「たちきゅう」と呼ばれる。


幟が出ている。
こういうのを出すと、何だか安っぽい店みたいだな。




「まだ食事(夕食)を済ませてないんでさ」
「あ、すぐお席にお持ちします」
そしたら2階から下りてきたマスター、克さんが、
「今日は20時までですが大丈夫ですか?」
「20時まで?」
「お盆期間中の角打ち営業なんで。12時から開けてたんですよ」
時計を見た。あと30分しかないジャン。
「わかりました大丈夫です急いで片付けます」
と言い捨て、生ビールをグビグビグビ~ッと口脇から泡を溢しながら飲み干したら、
「だ、大丈夫ですよっ、20時になったっからってすぐに追い出す訳じゃありませんから」
ゴクッと喉が鳴った。
次に胃の腑からゲップが出た。








後で克さんのFaceBookを見たら、
「8月13日(月)お盆スペシャル!!
本日より4日間角打ちスタイルにて営業スタートいたしました。皆様のご来店お待ちしております。
今回のおススメは神亀祭りです。11酒揃いました。
先日神亀酒造さんにお邪魔して選りすぐりを揃えて見ました。超レアも含まれています。是非お試しを。
その他、純米ワンカップ酒(冷酒、燗酒)合わせて十数種類集めてみました。
営業時間は4日間12:00~20:00です。よろしくお願い申し上げます。」
「お盆期間の営業のご案内、お盆期間中(8月13~16日)は角打ちスタイルにて昼呑み営業いたします。通常営業と営業時間も異なりますので下記をご確認下さい。
8月11日(土) 定休日 山の日
12日(日) 定休日
13日(月) 12時~20時
14日(火) 12時~20時
15日(水) 12時~20時
16日(木) 12時~20時
17日(金) 通常営業
18日(土) 通常営業
13日~16日のお盆期間中は1FCoinomiKATSUのみの営業になります。2F KATSUは営業致しません。
17日(金)より通常営業に戻ります。よろしくお願いいたします。
おじい2人でお盆期間頑張ります。
皆様のご来店お待ちしております。」
冒頭に書いたとおり、角打ち(カクイチ?)とは酒屋で飲むこと。酒屋で買ってその場で開けて飲むこと。あるいはそれが可能な酒屋のことです。
立ち飲みもこれに含まれるが、角で飲むイコール枡酒、四角い枡の角で飲むこと。
酒を売る店の一角にカウンターテーブルを備え、そこで飲むことができたんだろうね。ビールなんかも客が冷蔵庫から出して、自分で栓を開けてその場で支払う。COD(キャッシュオンデリバリー、現金引換え)ですよ。
酒屋じゃないけど1階のCoinomiKATSUはまさにそれだ。



料理も小皿じゃなかった。
ホカ弁屋やデパ地下のお惣菜屋によくあるパッケージ。白い皿に透明な蓋をするタイプ。
「何でこれ(パッケージ)にしたのさ?」
「あ、角打ち営業なので」
「???」
角打ち営業だからその場で開封する乾きものや缶詰と同じ位置づけだろうか。そしたら次の説明でわかった。
「お盆中はバイトの子を休ませなきゃならないので、後片付け(皿洗い)が無くて済むようにしたんです。そのままレンジで温められるし」
ああ、そういうことか。お皿で出すと皿洗いに手を取られるし、後片付けがめんどいからね。
こっちも時間が無いので、焼きそば、ハムエッグ、マカロニサラダ、ポテトサラダ、矢継ぎ早にいただく。
角打ちというよりも、大人の駄菓子屋だ。
燗に移行します。





ママも下りてきた。
「お久しぶりですねぇ」
「ご無沙汰しています」
あのチーオムは忘れてないですよ。

20時になって、マスター克さんが外の幟を片付けて、残る私他4名の残留客に、
「残ってるお惣菜、よろしかったら食べて下さい。〇〇さん(私のこと)焼きそばもうひとつ如何ですか?」
「いいんですか?」
「ええ、このまま置いといても明日の朝ご飯になるだけなんで」
焼きそば1食、350円分をお裾分けでいただきました。追加で。







でも生ビール2杯、群馬泉山廃を2合だけなので物足りない。
お盆の時期だから、梅ふくも営ってるかどうかアヤしいし。
ラのロも休み、月輪&丸飛びは早じまいだった。七と亮さんは営っていたが。
椿町へ出向いたら・・・。
2018-09-16 09:25
コメント(2)
ルナ [グルメ]
レンタカーを返却した。
歩いて散策したのもあって小腹が減ったのだよ。
2時間前に食べた落合簗の鮎4匹が小さかったんだよね。多少高くても単品でなくコースにすればよかったって後悔した。
電車まで少し時間があるので、駅前の昭和喫茶、ルナに4回めの訪問。

薬店の2階にあるのもユニークである。
2階にある店は公道に面した1階での店よりハンデがあるものなのだ。






過去3回来てるので私は気軽で安心ですが、最初に入った時は「大丈夫かな」って思ったものです。「こりゃぁやっちゃったかな」って。
お客は誰もいなかったが店内いい雰囲気です。調度品は旧いけど店内が明るいし。マスターが快く迎え入れてくれます。
傍らにいる老人はマスターのお父さんかな。談笑していた。
「おくるまですか?」
地元常連さん以外の客は必ず聞かれます。
「いや、今しがたレンタカーを返してきたとこ」
すぐ下に見える駐車場と提携しているらしいです。前にもその前にもそのその前にも聞かれた。
今日で4回めですが、過去3回と同じ席です。背後にグランドピアノがデンと鎮座している。
店内に流れるイージーリスニングは昭和の頃のムード音楽、映画音楽、ある愛の詩、エーゲ海の真珠、オリーヴの首飾り、他、映画音楽のカバーで歌無し。ジェットストリーム(知ってますか?)の世界です。


Cセット、マスターがスパを炒めています。
包丁でカットしているのはサラダのオニオンかサンドだと思う。

運ばれて来たお盆の上には全て載って出される。サラダ、スープ、バニラアイス、メインのナポリタン、サンド・・・。


ナポリにはオニオン、ピーマン、茄子、そして強い香りのする青菜・・・パクチーじゃないよねこれ。やわらかめなスパ、あ、ガーリックのかけらがあった。
ヤバイな。私はガーリックを夜に食べたら翌朝快腸なのですが、今は14時前だしこれはその日のウチに来るかもしれないな。
この後埼玉県大宮市内で1箇所だけ寄るところがあるのですが、その後は真っ直ぐ帰ろうと決めた。

〇〇ログでこの店の評価、感想を見たのよ。
私も食べたことのあるCセット、ナポリ、サンド、ミニサラダ、スープ、バニラアイス、ドリンクが付いて800円、これについてで載ってたのだが。
(以下、転載でごめんなさい。)
①「見た感じは量が多いかなと思いましたが、デザートのアイスが最初から出てました。絶対溶けるだろう」
②「スパゲッティは味が薄く野菜が固い」
③「スープは味が薄すぎ」
④「サラダはカットが雑でドレッシングがイマイチ」
⑤「ミックスサンドは作りが雑で味が薄い」
⑥「オレンジジュースは水で薄めた感じ」
⑦「食後のアイスは半溶け」
イマイチだったらしいね。でも頷けるところもある。②スパゲッティ、確かに薄味です。


④サラダ、オニオンのカットが粗いです。

⑤サンドのカットもやや雑ですね。

①と⑦食後のアイスは時間が経てばデロデロに溶けちゃうんです。最初からトレイの上に載せて出されるから。
そこへ窓から夏の日差しが燦々と注ぐからね。


私は800円という値段でこれだけ付いて来るからいいんじゃないかと思いますけどね。



モグモグ急いで食べてる私は時刻が気になるんだ。13:51発のJR上越線に乗車したいのだ。13:35を廻ろうとしていた。急いでかっこんだがナポリがなかなか減らないのだ。
格闘している私を他所に、お父さんがマスターを呼んだ。
「〇〇」
「何?」
〇〇は省略した個人名でしたね。ヒロユキを「ヒロ」、カズヒロを「カズ」のようにね。やがり父子なんだ。
「タマネギも下ろした方がいいんじゃないか」
「タマネギ1個あれば足りるでしょ。でも下ろしておこうか」
そう言ってマスターは出ていった。
バニラアイスは最後の方は下が溶けていた。それがイヤなら最初から食べるしかないねこの店のアイスは。
アイスコーヒーと冷水をグビグビ飲み干して完食。

そしたらひとりの女性客がルナにフラッと入ってきたんですよ。
勇気あるなぁ。
この店にとっては貴重なご新規客なのに、おとーさんは気付かない。
「あの・・・」
「・・・」
おとーさんはカオを上げた。
「だ、大丈夫でしょうか?」
「あ、大丈夫営ってますよいらっしゃい」
大丈夫でしょうか?には内心笑ったよ。大丈夫じゃなさそうに見えるもん。
おとーさんは女性を窓際の席に案内した。この写真で室内観葉植物の向こうに、その物好きな、勇気ある女性客がいるのです。

お父さんはすぐ電話をかけてた。急いで息子さんが戻って来るかと思いきや、現れたのはお婆さん、マスターのお母さんか。
だがそのご新規女性客と店側のドラマを観察する時間的余裕はなかった。13:51発の上越線に乗車したかったのです。
13:47発、JR特急草津2号上野行、これだと高崎に14:04着
13:51発、JR上越線、新前橋行、新前橋で4分の待ち合わせ、14:10発
13:51を狙って飛び乗ったのだが、車両が違うぞ。
1本前のJR特急草津だったのです。正直言うと渋川~高崎の乗車券はSUICAから引かれたが、その間の特急料金を支払ってません。検札が来なかったのだ。


あの新規の女性客は、階段を上がって来る時に何て思っただろう。
ツバメの巣を見てホッとしたかな。
味は二の次でお得感を満喫したか。それとも入ったのを後悔したか。
見たかったな~。その後のドラマを。
歩いて散策したのもあって小腹が減ったのだよ。
2時間前に食べた落合簗の鮎4匹が小さかったんだよね。多少高くても単品でなくコースにすればよかったって後悔した。
電車まで少し時間があるので、駅前の昭和喫茶、ルナに4回めの訪問。

薬店の2階にあるのもユニークである。
2階にある店は公道に面した1階での店よりハンデがあるものなのだ。






過去3回来てるので私は気軽で安心ですが、最初に入った時は「大丈夫かな」って思ったものです。「こりゃぁやっちゃったかな」って。
お客は誰もいなかったが店内いい雰囲気です。調度品は旧いけど店内が明るいし。マスターが快く迎え入れてくれます。
傍らにいる老人はマスターのお父さんかな。談笑していた。
「おくるまですか?」
地元常連さん以外の客は必ず聞かれます。
「いや、今しがたレンタカーを返してきたとこ」
すぐ下に見える駐車場と提携しているらしいです。前にもその前にもそのその前にも聞かれた。
今日で4回めですが、過去3回と同じ席です。背後にグランドピアノがデンと鎮座している。
店内に流れるイージーリスニングは昭和の頃のムード音楽、映画音楽、ある愛の詩、エーゲ海の真珠、オリーヴの首飾り、他、映画音楽のカバーで歌無し。ジェットストリーム(知ってますか?)の世界です。


Cセット、マスターがスパを炒めています。
包丁でカットしているのはサラダのオニオンかサンドだと思う。

運ばれて来たお盆の上には全て載って出される。サラダ、スープ、バニラアイス、メインのナポリタン、サンド・・・。


ナポリにはオニオン、ピーマン、茄子、そして強い香りのする青菜・・・パクチーじゃないよねこれ。やわらかめなスパ、あ、ガーリックのかけらがあった。
ヤバイな。私はガーリックを夜に食べたら翌朝快腸なのですが、今は14時前だしこれはその日のウチに来るかもしれないな。
この後埼玉県大宮市内で1箇所だけ寄るところがあるのですが、その後は真っ直ぐ帰ろうと決めた。

〇〇ログでこの店の評価、感想を見たのよ。
私も食べたことのあるCセット、ナポリ、サンド、ミニサラダ、スープ、バニラアイス、ドリンクが付いて800円、これについてで載ってたのだが。
(以下、転載でごめんなさい。)
①「見た感じは量が多いかなと思いましたが、デザートのアイスが最初から出てました。絶対溶けるだろう」
②「スパゲッティは味が薄く野菜が固い」
③「スープは味が薄すぎ」
④「サラダはカットが雑でドレッシングがイマイチ」
⑤「ミックスサンドは作りが雑で味が薄い」
⑥「オレンジジュースは水で薄めた感じ」
⑦「食後のアイスは半溶け」
イマイチだったらしいね。でも頷けるところもある。②スパゲッティ、確かに薄味です。


④サラダ、オニオンのカットが粗いです。

⑤サンドのカットもやや雑ですね。

①と⑦食後のアイスは時間が経てばデロデロに溶けちゃうんです。最初からトレイの上に載せて出されるから。
そこへ窓から夏の日差しが燦々と注ぐからね。


私は800円という値段でこれだけ付いて来るからいいんじゃないかと思いますけどね。



モグモグ急いで食べてる私は時刻が気になるんだ。13:51発のJR上越線に乗車したいのだ。13:35を廻ろうとしていた。急いでかっこんだがナポリがなかなか減らないのだ。
格闘している私を他所に、お父さんがマスターを呼んだ。
「〇〇」
「何?」
〇〇は省略した個人名でしたね。ヒロユキを「ヒロ」、カズヒロを「カズ」のようにね。やがり父子なんだ。
「タマネギも下ろした方がいいんじゃないか」
「タマネギ1個あれば足りるでしょ。でも下ろしておこうか」
そう言ってマスターは出ていった。
バニラアイスは最後の方は下が溶けていた。それがイヤなら最初から食べるしかないねこの店のアイスは。
アイスコーヒーと冷水をグビグビ飲み干して完食。

そしたらひとりの女性客がルナにフラッと入ってきたんですよ。
勇気あるなぁ。
この店にとっては貴重なご新規客なのに、おとーさんは気付かない。
「あの・・・」
「・・・」
おとーさんはカオを上げた。
「だ、大丈夫でしょうか?」
「あ、大丈夫営ってますよいらっしゃい」
大丈夫でしょうか?には内心笑ったよ。大丈夫じゃなさそうに見えるもん。
おとーさんは女性を窓際の席に案内した。この写真で室内観葉植物の向こうに、その物好きな、勇気ある女性客がいるのです。

お父さんはすぐ電話をかけてた。急いで息子さんが戻って来るかと思いきや、現れたのはお婆さん、マスターのお母さんか。
だがそのご新規女性客と店側のドラマを観察する時間的余裕はなかった。13:51発の上越線に乗車したかったのです。
13:47発、JR特急草津2号上野行、これだと高崎に14:04着
13:51発、JR上越線、新前橋行、新前橋で4分の待ち合わせ、14:10発
13:51を狙って飛び乗ったのだが、車両が違うぞ。
1本前のJR特急草津だったのです。正直言うと渋川~高崎の乗車券はSUICAから引かれたが、その間の特急料金を支払ってません。検札が来なかったのだ。


あの新規の女性客は、階段を上がって来る時に何て思っただろう。
ツバメの巣を見てホッとしたかな。
味は二の次でお得感を満喫したか。それとも入ったのを後悔したか。
見たかったな~。その後のドラマを。
2018-09-15 07:11
コメント(4)
古墳 [隠れ郷土史]
桃井城公園が夏草ぼうぼうで消化不良の散策だったので、そこから東へ。
この不格好な丘は??

日本で有名な古墳は大阪や奈良に点在する誰かの巨大な陵が挙げられるが、上州でも大中小様々な古墳が点在しているのだよ。
群馬県内で町中を走っていると「〇〇古墳」のような案内や標柱をよく見かけるし、公園や施設の敷地内や民家の庭、田畑の中にポツンと土饅頭があったりする。素人目に見ても「あの丘は何だ?」と気付くものです。
駆け寄ってみたら建設現場の残土だったりしたこともあったけどね。残土に草が生えてたんですよ。そりゃ古墳に見えます。
上州で有名な古墳は太田市の太田天神山古墳(太田駅から東武小泉線に沿って歩くとすぐ)、高崎市の保渡田古墳群(高崎を出た新幹線が上越方面と長野方面に分岐した先にある。)、石室が広くて大きくてしっかりしている綿貫観音山古墳(高崎玉村スマートIC近く)、高崎駅にある石碑のレプリカのひとつ、山上古墳(山名城~根小屋城の散策ルートの最初にある)が有名らしいが、これまで取り上げて来なかったのは、私が古代史に疎いのと、縄文弥生の世界は日常で使用しない漢字だらけで読めない漢字が多く、キーボードで変換入力するのがめんどいから。
でも古代史に疎くても、こういうものがあるよ、墳丘のカタチはこうだよと。そのレベルで取り上げます。自分は学者さんじゃないので。土の高まり、形状を見て楽しむ、癒されるものなのですよ。
桃井城から東にある吉岡町南下古墳公園という。そこに6つのコンパクトで全容を掴みやすい古墳たちがいた。
駐車場も完備されていて、バンが2台停まっていた。見学者ではなく近隣で作業している業者のくるまか、たまたま通りかかった人が車内で仮眠、休憩している。
見学者は私だけか。あ、作業服着たおっさんが車の陰で草むらに放尿してやがる。少し歩けば公園内にWCあるのに。そういうことをするからグンマー人などと小馬鹿にされるんだよっ。

解説板を読んでもやっぱりわからない。
ここ吉岡町に400もの古墳があったと。古墳だらけだったんだ。
A号古墳~E号古墳の配置図を撮った。平野部だが、全部を見るとなるとそこそこ歩kぅのです。

駐車場前にそびえている小丘はC号古墳ですが、その前に注意書きを。

「古墳には登らないでください。」とあるぞ。
「石室内を落書き等で損傷しないでください」誰が狭い石室内に入るかよ。
「古墳公園及び墳丘或いは石室内での事故は自己責任となりますのでご注意ください。」
「古墳公園内の草木を持ち帰らないでください。」
「火器の使用及び喫煙をしないでください。」
・・・心得てるよそんなことはと反発したくなる内容ばかりだが。古墳に登らないでくださいってか?C号古墳の途中斜面に解説板があるようだが「登らないでください」とあっちゃぁ、解説板を見に行けないじゃないかよ。


まぁ見ても内容わかんないけど。
登るなと書いてあるからには遵守したよ。遠目に撮影するにとどめた。墳丘途中に開いている石室の穴が東を向いていた。

芝生というか草むら、蛇でも出てきそうだが。原っぱを歩いてF号古墳へ。
石室が無いから土饅頭か首塚にしか見えないぞ。

道を挟んで「この先にもありますよ」という案内シルシです。



道路を渡ってA号古墳へ。
これも土饅頭にしか見えない。標柱や解説板は何処にあるんだ?と探したら、坂(というか獣道)を下って民家の脇にあった。

A号古墳は石室に入れないよう柵が設けられてあった。赤字で「キケン」とある。
それでも中に入ろうとする人はいるみたいだ。私は入らないよ。
石室内をフラッシュ炊いて撮影するマニアさんも多いようだが、内部に興味の無い私はそういうこともしません。
戻ってその先、斜面を下りていくと墓地があて、墓地と併設してB号古墳があった。

墓地と併設されているんです。古墳配置図を見るとB号古墳に並んで丸い丘があるが、その丘は古墳と表示されていなかったが。


来た道を戻って、手前左がA号古墳で、右向こうにC号古墳が見える。


鉄塔の下にあるこれも古墳なんだ。E号古墳。


ペッタンコじゃないか?
はて?もとはどんな形状だったのか。こうして見ると船を引っくり返したようにしか見えないな。
駐車場に戻ると、さっきの解説板に隠れてD号古墳があった。
これも壊れててもとの形状がわからない。デカくて目立つC号古墳の脇にあるから破壊されずに残ったのかも。

学術的なことはどうもわからない。青い夏空の下で緑の草いきれを嗅ぎながら、古墳の形状を見て癒されただけである。
あまりデカ過ぎても全体像を捉えにくいだろう。このクラスなら古代史の知識がなくても楽しめるとは思う。
学者さんに言わせると、古墳の旅を楽しむには見学数を増やすしかないそうです。最初はわからなくても形状を観察して解説板を読むことで自然と知識がついてくるとか。
最後にこれは転載ですが、最初に述べた高崎市内にある保渡田八幡塚古墳がこれ。

紹介した古墳と雰囲気が違うのは、調査結果に基づいて築いた往時の姿に復元したそうです。石に覆われている。
草や木々が生えて森みたいになった現在とは違うでしょう。
これだったら見に行ってもいいかな。
http://www.b-gunma.com/haniwanosato.php
ジャン妻は古墳には興味を示さない。
「古墳ってお墓でしょ?」(ジャン妻)
「そう。昔の人の」
「そんなん見てどーすんの?」
学術的価値のあるものなのだが。お墓はお墓でしかないというのである。
数年前、静岡県函南市にある柏谷古墳群(柏谷の百穴)を見に行った時に、
http://www.town.kannami.shizuoka.jp/bunka/bunkazai/shiteibunkazai/shiseki-kunishitei_1.html
「お墓なんか撮ってもしょーがないじゃん」(ジャン妻)
柏谷古墳は墳丘ではなく横穴群ですが、全く興味を示さなかったね。今回もこの写真を見て、
「また革靴でこんな草ぼうぼうのところを歩いて」
「・・・」
そういえば。桃井城公園も、古墳公園も、歩いてて蚊に刺されなかったのは何故だ?
あまりに暑過ぎたからだろうか。
この不格好な丘は??

日本で有名な古墳は大阪や奈良に点在する誰かの巨大な陵が挙げられるが、上州でも大中小様々な古墳が点在しているのだよ。
群馬県内で町中を走っていると「〇〇古墳」のような案内や標柱をよく見かけるし、公園や施設の敷地内や民家の庭、田畑の中にポツンと土饅頭があったりする。素人目に見ても「あの丘は何だ?」と気付くものです。
駆け寄ってみたら建設現場の残土だったりしたこともあったけどね。残土に草が生えてたんですよ。そりゃ古墳に見えます。
上州で有名な古墳は太田市の太田天神山古墳(太田駅から東武小泉線に沿って歩くとすぐ)、高崎市の保渡田古墳群(高崎を出た新幹線が上越方面と長野方面に分岐した先にある。)、石室が広くて大きくてしっかりしている綿貫観音山古墳(高崎玉村スマートIC近く)、高崎駅にある石碑のレプリカのひとつ、山上古墳(山名城~根小屋城の散策ルートの最初にある)が有名らしいが、これまで取り上げて来なかったのは、私が古代史に疎いのと、縄文弥生の世界は日常で使用しない漢字だらけで読めない漢字が多く、キーボードで変換入力するのがめんどいから。
でも古代史に疎くても、こういうものがあるよ、墳丘のカタチはこうだよと。そのレベルで取り上げます。自分は学者さんじゃないので。土の高まり、形状を見て楽しむ、癒されるものなのですよ。
桃井城から東にある吉岡町南下古墳公園という。そこに6つのコンパクトで全容を掴みやすい古墳たちがいた。
駐車場も完備されていて、バンが2台停まっていた。見学者ではなく近隣で作業している業者のくるまか、たまたま通りかかった人が車内で仮眠、休憩している。
見学者は私だけか。あ、作業服着たおっさんが車の陰で草むらに放尿してやがる。少し歩けば公園内にWCあるのに。そういうことをするからグンマー人などと小馬鹿にされるんだよっ。

解説板を読んでもやっぱりわからない。
ここ吉岡町に400もの古墳があったと。古墳だらけだったんだ。
A号古墳~E号古墳の配置図を撮った。平野部だが、全部を見るとなるとそこそこ歩kぅのです。

駐車場前にそびえている小丘はC号古墳ですが、その前に注意書きを。

「古墳には登らないでください。」とあるぞ。
「石室内を落書き等で損傷しないでください」誰が狭い石室内に入るかよ。
「古墳公園及び墳丘或いは石室内での事故は自己責任となりますのでご注意ください。」
「古墳公園内の草木を持ち帰らないでください。」
「火器の使用及び喫煙をしないでください。」
・・・心得てるよそんなことはと反発したくなる内容ばかりだが。古墳に登らないでくださいってか?C号古墳の途中斜面に解説板があるようだが「登らないでください」とあっちゃぁ、解説板を見に行けないじゃないかよ。


まぁ見ても内容わかんないけど。
登るなと書いてあるからには遵守したよ。遠目に撮影するにとどめた。墳丘途中に開いている石室の穴が東を向いていた。

芝生というか草むら、蛇でも出てきそうだが。原っぱを歩いてF号古墳へ。
石室が無いから土饅頭か首塚にしか見えないぞ。

道を挟んで「この先にもありますよ」という案内シルシです。



道路を渡ってA号古墳へ。
これも土饅頭にしか見えない。標柱や解説板は何処にあるんだ?と探したら、坂(というか獣道)を下って民家の脇にあった。

A号古墳は石室に入れないよう柵が設けられてあった。赤字で「キケン」とある。
それでも中に入ろうとする人はいるみたいだ。私は入らないよ。
石室内をフラッシュ炊いて撮影するマニアさんも多いようだが、内部に興味の無い私はそういうこともしません。
戻ってその先、斜面を下りていくと墓地があて、墓地と併設してB号古墳があった。

墓地と併設されているんです。古墳配置図を見るとB号古墳に並んで丸い丘があるが、その丘は古墳と表示されていなかったが。


来た道を戻って、手前左がA号古墳で、右向こうにC号古墳が見える。


鉄塔の下にあるこれも古墳なんだ。E号古墳。


ペッタンコじゃないか?
はて?もとはどんな形状だったのか。こうして見ると船を引っくり返したようにしか見えないな。
駐車場に戻ると、さっきの解説板に隠れてD号古墳があった。
これも壊れててもとの形状がわからない。デカくて目立つC号古墳の脇にあるから破壊されずに残ったのかも。

学術的なことはどうもわからない。青い夏空の下で緑の草いきれを嗅ぎながら、古墳の形状を見て癒されただけである。
あまりデカ過ぎても全体像を捉えにくいだろう。このクラスなら古代史の知識がなくても楽しめるとは思う。
学者さんに言わせると、古墳の旅を楽しむには見学数を増やすしかないそうです。最初はわからなくても形状を観察して解説板を読むことで自然と知識がついてくるとか。
最後にこれは転載ですが、最初に述べた高崎市内にある保渡田八幡塚古墳がこれ。

紹介した古墳と雰囲気が違うのは、調査結果に基づいて築いた往時の姿に復元したそうです。石に覆われている。
草や木々が生えて森みたいになった現在とは違うでしょう。
これだったら見に行ってもいいかな。
http://www.b-gunma.com/haniwanosato.php
ジャン妻は古墳には興味を示さない。
「古墳ってお墓でしょ?」(ジャン妻)
「そう。昔の人の」
「そんなん見てどーすんの?」
学術的価値のあるものなのだが。お墓はお墓でしかないというのである。
数年前、静岡県函南市にある柏谷古墳群(柏谷の百穴)を見に行った時に、
http://www.town.kannami.shizuoka.jp/bunka/bunkazai/shiteibunkazai/shiseki-kunishitei_1.html
「お墓なんか撮ってもしょーがないじゃん」(ジャン妻)
柏谷古墳は墳丘ではなく横穴群ですが、全く興味を示さなかったね。今回もこの写真を見て、
「また革靴でこんな草ぼうぼうのところを歩いて」
「・・・」
そういえば。桃井城公園も、古墳公園も、歩いてて蚊に刺されなかったのは何故だ?
あまりに暑過ぎたからだろうか。
2018-09-14 07:34
コメント(0)
吉岡町は桃井城をどうしたいのか? [隠れ郷土史]
渋川市のお隣にある吉岡町と榛東村(シントウムラ)との境目、大藪という交差点の西の丘陵に、南北朝時代に活躍した桃井直常という人の城館跡がある。桃井城という。
桃井直常はNHK大河「太平記」で高橋悦史さん(故人)が演じていた。

昨年行った時は丘陵の斜面に重機が3機いて工事中だった。



桃井城を取り上げた各方面のサイトには、訪問されたその時々によっては農地だったり、耕作放棄された荒地や藪だったりでした。それが公園化に踏み切ったのは、もとの所有者に後継者がいないか、後継者がいても相続税や固定資産税が重くのしかかり吉岡町に売っちゃったのかも。
それでも最上部に標注と解説板、縄張り図があったんですよ。





渋川市郊外で独立している吉岡町や榛東村は人口が増えているという。そこへ移住して来るのは我々から見て第2世代らしいです。
900人/1年で移住してきた年もあったとか。
人口が増えたらインフラや道路を整備するのはもちろんだが、防災拠点としての避難施設も置かなくてはならない。吉岡町のまちづくり構想に「南下城山防災公園」という項があって「歴史性や優れた眺望を活かしつつ、防災機能も有する公園としての整備を図ります」とある。
この防災公園の場所に桃井城跡が選ばれた。南下城山防災公園(仮称)整備事業という。総事業費は7億円+αを見込んでいる。整備箇所は主要地方道高崎渋川線バイパスの東、十日市貯水池と大藪貯水池に挟まれ桃井城址を中心に・・・
その工事現場を見たらなるほど農地ではなくなり、分譲地でもなく、公園化するのが素人目にもわかった。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-03-16
農地を防災公園化するにあたり、地下埋設型の耐震貯水槽10ton、臨時ヘリポート2カ所(上州一ノ宮上空をうるさく飛んでいたのを見たが、墜落してしまった。)防災備蓄倉庫、災害時のテントを取り付ける休憩所、常設WC、非常用WC、他を建設し、公園中央部に災害時の避難場所となる広場、公園全体には遊歩道が作られるそうである。
麓にあったぐんまちゃんの工事看板には94、000、000円となっていた。殆ど1億円である。
工期は昨年でいうところの3月半ばまでとあった。


皮肉なことに公園整備の工事中まっただ中のお蔭で法面が見やすくなった感がする。

いずれ公園になる2郭の三日月形に囲む土塁も明瞭に見えた。

吉岡町が示した公園化計画から。
「広場北側には現在ある雑木林を生かした自然エリアとする」
「前方後円墳跡も避難広場の1つとする予定」
「広場や雑木林エリア以外の大部分は敷芝される」
「東部、中央部、西部とそれぞれ高低差があるため、東部と中央部間で約50m、中央部と西部で約20mの階段を設置する」
「平常時には桃井城址や古墳などを散策する歴史性を有した公園となる」

で、今回の出張でどんな風に変貌したか行ってみたのですが。
何やら様子がオカシイぞ。

西側から立ち寄りました。行ったら整備されてうた駐車場にロープがかかっていて・・・かかってるっていうか、ダラ~ンと1径間でユルユルに垂れ下がっているだけ。

撮らなかったけどバスケットゴールが立っていた。でもその辺りが草だらけなんですよ。
階段を昇ってみよう。

昇ったら草ぼうぼうでさ。地面だけ均して草だけ生え放題なんだよ。
でも舗装されてるんだよね。



主郭はどうなってるんだ?


主郭の階段も草だらけでしたね。新しく造成した地に新たに草が生えまくっていた。
主郭と言えるのかどうかわからないが、最高所はこんな感じ。草ぼうぼうです。


私は身長高くないですが、脇腹から肩の下ぐらいに草が延びていた。なんなんだこれは。
薮ではないので、歩くには歩けますが。

前にあった解説板と縄張り図は無くなっていた。
舗装された道路は遊歩道らしいが、それに沿って土塁が残っている・・・ようだが、前に見たのより嵩上げされてる感がするね。




東側の斜面も草だらけ。





私は「遺構を残す派」でもないのだ。現状維持イコール空堀がゴミ捨て場になったりするよりは公園整備した方がいいとも思っている。そこに何があったかを示すものさえあればいいのね。だけど解説板を撤去したことで歴史性を有した公園と謳うのが空々しい感がするじゃないか。
何処が防災拠点だよ。こんな雑草だらけの丘に誰が避難するのか。
公園整備を謳って城跡を潰したのに、防災拠点はおろか、人工の手を加えておいて自然に還した感があるぞ。
工事中止か?予算が無くなっちゃったのかな。
吉岡町はここをどうしたいのだろうか。



城の丘を下りてきて、交差点近くにある桃井さんのお墓、供養塔へ。


この角度で、くるまの向こうに草ぼうぼう桃井城が見えるのです。
かつての主は変わり果てた城館を見て、泉下でどう思ってるだろうか。
後日、吉岡町役場に聞いてみたら、来年3月を目処に完成させ、その暁には桃井城跡の解説板も設置されると言っていた。めんどくさそうに答えてくれました。
現在は草ぼうぼう、中途半端な整備事業で放置してあるが、その頃にまた再々訪してみよう。

何だか中途半端な散策だったので、次に向かったのは・・・
桃井直常はNHK大河「太平記」で高橋悦史さん(故人)が演じていた。

昨年行った時は丘陵の斜面に重機が3機いて工事中だった。



桃井城を取り上げた各方面のサイトには、訪問されたその時々によっては農地だったり、耕作放棄された荒地や藪だったりでした。それが公園化に踏み切ったのは、もとの所有者に後継者がいないか、後継者がいても相続税や固定資産税が重くのしかかり吉岡町に売っちゃったのかも。
それでも最上部に標注と解説板、縄張り図があったんですよ。





渋川市郊外で独立している吉岡町や榛東村は人口が増えているという。そこへ移住して来るのは我々から見て第2世代らしいです。
900人/1年で移住してきた年もあったとか。
人口が増えたらインフラや道路を整備するのはもちろんだが、防災拠点としての避難施設も置かなくてはならない。吉岡町のまちづくり構想に「南下城山防災公園」という項があって「歴史性や優れた眺望を活かしつつ、防災機能も有する公園としての整備を図ります」とある。
この防災公園の場所に桃井城跡が選ばれた。南下城山防災公園(仮称)整備事業という。総事業費は7億円+αを見込んでいる。整備箇所は主要地方道高崎渋川線バイパスの東、十日市貯水池と大藪貯水池に挟まれ桃井城址を中心に・・・
その工事現場を見たらなるほど農地ではなくなり、分譲地でもなく、公園化するのが素人目にもわかった。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-03-16
農地を防災公園化するにあたり、地下埋設型の耐震貯水槽10ton、臨時ヘリポート2カ所(上州一ノ宮上空をうるさく飛んでいたのを見たが、墜落してしまった。)防災備蓄倉庫、災害時のテントを取り付ける休憩所、常設WC、非常用WC、他を建設し、公園中央部に災害時の避難場所となる広場、公園全体には遊歩道が作られるそうである。
麓にあったぐんまちゃんの工事看板には94、000、000円となっていた。殆ど1億円である。
工期は昨年でいうところの3月半ばまでとあった。


皮肉なことに公園整備の工事中まっただ中のお蔭で法面が見やすくなった感がする。

いずれ公園になる2郭の三日月形に囲む土塁も明瞭に見えた。

吉岡町が示した公園化計画から。
「広場北側には現在ある雑木林を生かした自然エリアとする」
「前方後円墳跡も避難広場の1つとする予定」
「広場や雑木林エリア以外の大部分は敷芝される」
「東部、中央部、西部とそれぞれ高低差があるため、東部と中央部間で約50m、中央部と西部で約20mの階段を設置する」
「平常時には桃井城址や古墳などを散策する歴史性を有した公園となる」

で、今回の出張でどんな風に変貌したか行ってみたのですが。
何やら様子がオカシイぞ。

西側から立ち寄りました。行ったら整備されてうた駐車場にロープがかかっていて・・・かかってるっていうか、ダラ~ンと1径間でユルユルに垂れ下がっているだけ。

撮らなかったけどバスケットゴールが立っていた。でもその辺りが草だらけなんですよ。
階段を昇ってみよう。

昇ったら草ぼうぼうでさ。地面だけ均して草だけ生え放題なんだよ。
でも舗装されてるんだよね。



主郭はどうなってるんだ?


主郭の階段も草だらけでしたね。新しく造成した地に新たに草が生えまくっていた。
主郭と言えるのかどうかわからないが、最高所はこんな感じ。草ぼうぼうです。


私は身長高くないですが、脇腹から肩の下ぐらいに草が延びていた。なんなんだこれは。
薮ではないので、歩くには歩けますが。

前にあった解説板と縄張り図は無くなっていた。
舗装された道路は遊歩道らしいが、それに沿って土塁が残っている・・・ようだが、前に見たのより嵩上げされてる感がするね。




東側の斜面も草だらけ。





私は「遺構を残す派」でもないのだ。現状維持イコール空堀がゴミ捨て場になったりするよりは公園整備した方がいいとも思っている。そこに何があったかを示すものさえあればいいのね。だけど解説板を撤去したことで歴史性を有した公園と謳うのが空々しい感がするじゃないか。
何処が防災拠点だよ。こんな雑草だらけの丘に誰が避難するのか。
公園整備を謳って城跡を潰したのに、防災拠点はおろか、人工の手を加えておいて自然に還した感があるぞ。
工事中止か?予算が無くなっちゃったのかな。
吉岡町はここをどうしたいのだろうか。



城の丘を下りてきて、交差点近くにある桃井さんのお墓、供養塔へ。


この角度で、くるまの向こうに草ぼうぼう桃井城が見えるのです。
かつての主は変わり果てた城館を見て、泉下でどう思ってるだろうか。
後日、吉岡町役場に聞いてみたら、来年3月を目処に完成させ、その暁には桃井城跡の解説板も設置されると言っていた。めんどくさそうに答えてくれました。
現在は草ぼうぼう、中途半端な整備事業で放置してあるが、その頃にまた再々訪してみよう。

何だか中途半端な散策だったので、次に向かったのは・・・
2018-09-13 07:55
コメント(2)
落合簗 [グルメ]
久々に北毛の入口、渋川市内です。
渋川市のお隣、吉岡町と榛東村で公用が発生したので、私の上司(一応いるんです)と、ソリの合わないオンナの「現地のKさん(草の者6号)にやらせたらどうですか?」差し出がましい余計な口出しを振り切るかのように、風吹く渋川に来てレンタカーを借りて、まず1件済ませて「ランチは上州焼肉のあおぞら」へ初訪問と半ば決めていたのですが。



気が変わった。
あの店に行こう。期間限定営業の。
鮎を喰おうぜ!!
今しかない!!

17号線からJR上越線に並んて利根川を渡る大正橋(353号線)で利根川を渡り、渡ってすぐ右折する細い道か、もうひとつ先の大正橋交差点の手前の細い道を右折します。
前者は川の土手、堤防上なので、後者の方がデカい案内看板があるのでわかりやすい。ただ、狭くて住宅地の中に道があり、行き違いも限られているので徐行運転が必要です

目的地は利根川の袂にある。
駐車場は広く、店から離れたところにも幾つか駐車場がある。



入り口の外には鮎たちが焼かれていた。
厨房でも捌かれている。



「ご予約無しの1名ご新規様。こちらへどーぞ」
川に面した側にしてくれた。
こういうのを何て呼べばいいのか。川床というのですかね。






さて、コースにするか単品にするか。
「刺身と塩焼きとフライが喰いたいのだが・・・」
「お刺身と塩焼きとフライでございますね」
「寿司ってどれくらい」
「お寿司は五巻です。これくらいのが五つ・・・」と言いながらスタッフは寿司の大きさを手で形作った。
「じゃぁそれも」
私は川魚にご飯は合わないと思っているのですが、まぁ寿司ならいいかなと。
待っている間、利根川から吹いてくる心地よい風に当たりながら風景を眺めていた。全然飽きないですね。BGMも無い。川音だけです。新聞・雑誌もない。この風景だけで充分というもの。




利根川を眺めて風に吹かれてたら、まず刺身がキタ。
初めて食べました鮎の刺身。

身が締ってコリコリした食感で甘味もありますよ。
蕎麦宿で岩魚塩焼、船山で岩魚刺身はいただいてますが、鮎は初めてですねぇ。



鮎寿司ですよ。美味しいねこれも。刺身よりも身がキュッと締ってます。




塩焼き。塗した薄い塩加減がいいです。
1匹1匹が小さいっちゃぁ小さいですけどね。
蕎麦宿や船山の岩魚の方がデカいです。


フライ・・・
これは私には合わなかった。揚げ物で合わないなんて珍しいけど。
薄いコロモでサクッと揚がり、揚げ加減はトテモいいのですが、最初口に入れた食感はサクッ、そしてワタがニガッ(苦い)なんですよ。
ウスターソースを付けたらソースの味しかしないし、タルタルソースかマヨネーズ・・・ったってついてないし。


かなり前に船山温泉で岩魚のフライをリクエストしたことがあるの。
船山のT館長は「美味しくないですよ」
止めといた方がいいと言わんばかりでしたがホントに美味しくなかったのだ。鮎と岩魚は違うかも知れないが、火を通した川魚はワタが無いと物足りないし、そこを塗した塩でフォローする訳でさ。
鮎もフライよりは、唐揚げ、素揚げで、塩でいただいた方がいいと思う。
しかしいずれもご飯のおかずじゃないなぁ。
寿司意外でも、刺身、塩焼き、フライ、これらは酒ですよ酒。
何で飲めないんだ今日の俺はとここへ来た自分を恨んだよ。私の前後に座った家族連れは「帰りはアタシが運転するからおとーさん飲んじゃいなよ」ばかりでしたよ。「お酒はどんな銘柄があるの?」とかね。
ウラヤマシーッ!!
仕事中にランチで来る場所じゃないな。
でも仕方がない。





河川に下りない程度の散策をしてみる。
変らず流れる利根川の雄姿、川から吹いて来る爽やかな風、いい時期に心地よい出張になったものだ。




落合簗、群馬県渋川市北橘町八崎、6月後半から9月30日までの営業です。
ここの従業員さんたちはシーズンオフ何してるんだろう。
私はBBQが苦手で、ビヤガーデンよりビヤホールに行く人間ですが、都会や町にはない半屋外の食事処である。
座敷、廊下、厨房、板場、全てに利根川の爽やかな風が流れていた。、
ただ、酒が、ビールが欲しかった。



落合簗のパンフをクリアファイルに入れて次の現場に行ったら、下記事に登場した女性がいて、
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-06-11-1
私のパンフを目ざとく見つけて言うには、
「ヤァダ~、〇〇さぁん(私のこと)こういうの食べるんですかぁ」
露骨にイヤっそうなカオをしたのである。こういうのとは何だよ。
「鮎って何ですか?川魚ですよね。それを生(刺身&寿司)でぇ?生臭っさそぉぅ~」
目と鼻と口先をこれ以上ないってくらいに歪めやがった。他の者も同調して、中には鼻を摘まんだ者もいた。人が食べたものを。しかも誰も落合簗を知らないそうである。
「コースだったんですか?」
「単品だよ。だから4千円したね」
「!!!」
値段はさておき、地元にこんなに美味しい素材があるのに、知ろうともしない、知らないからアピールしようにもできない、だからお前たちは・・・
グンマなんだよな~・・・。
渋川市のお隣、吉岡町と榛東村で公用が発生したので、私の上司(一応いるんです)と、ソリの合わないオンナの「現地のKさん(草の者6号)にやらせたらどうですか?」差し出がましい余計な口出しを振り切るかのように、風吹く渋川に来てレンタカーを借りて、まず1件済ませて「ランチは上州焼肉のあおぞら」へ初訪問と半ば決めていたのですが。



気が変わった。
あの店に行こう。期間限定営業の。
鮎を喰おうぜ!!
今しかない!!

17号線からJR上越線に並んて利根川を渡る大正橋(353号線)で利根川を渡り、渡ってすぐ右折する細い道か、もうひとつ先の大正橋交差点の手前の細い道を右折します。
前者は川の土手、堤防上なので、後者の方がデカい案内看板があるのでわかりやすい。ただ、狭くて住宅地の中に道があり、行き違いも限られているので徐行運転が必要です

目的地は利根川の袂にある。
駐車場は広く、店から離れたところにも幾つか駐車場がある。



入り口の外には鮎たちが焼かれていた。
厨房でも捌かれている。



「ご予約無しの1名ご新規様。こちらへどーぞ」
川に面した側にしてくれた。
こういうのを何て呼べばいいのか。川床というのですかね。






さて、コースにするか単品にするか。
「刺身と塩焼きとフライが喰いたいのだが・・・」
「お刺身と塩焼きとフライでございますね」
「寿司ってどれくらい」
「お寿司は五巻です。これくらいのが五つ・・・」と言いながらスタッフは寿司の大きさを手で形作った。
「じゃぁそれも」
私は川魚にご飯は合わないと思っているのですが、まぁ寿司ならいいかなと。
待っている間、利根川から吹いてくる心地よい風に当たりながら風景を眺めていた。全然飽きないですね。BGMも無い。川音だけです。新聞・雑誌もない。この風景だけで充分というもの。




利根川を眺めて風に吹かれてたら、まず刺身がキタ。
初めて食べました鮎の刺身。

身が締ってコリコリした食感で甘味もありますよ。
蕎麦宿で岩魚塩焼、船山で岩魚刺身はいただいてますが、鮎は初めてですねぇ。



鮎寿司ですよ。美味しいねこれも。刺身よりも身がキュッと締ってます。




塩焼き。塗した薄い塩加減がいいです。
1匹1匹が小さいっちゃぁ小さいですけどね。
蕎麦宿や船山の岩魚の方がデカいです。


フライ・・・
これは私には合わなかった。揚げ物で合わないなんて珍しいけど。
薄いコロモでサクッと揚がり、揚げ加減はトテモいいのですが、最初口に入れた食感はサクッ、そしてワタがニガッ(苦い)なんですよ。
ウスターソースを付けたらソースの味しかしないし、タルタルソースかマヨネーズ・・・ったってついてないし。


かなり前に船山温泉で岩魚のフライをリクエストしたことがあるの。
船山のT館長は「美味しくないですよ」
止めといた方がいいと言わんばかりでしたがホントに美味しくなかったのだ。鮎と岩魚は違うかも知れないが、火を通した川魚はワタが無いと物足りないし、そこを塗した塩でフォローする訳でさ。
鮎もフライよりは、唐揚げ、素揚げで、塩でいただいた方がいいと思う。
しかしいずれもご飯のおかずじゃないなぁ。
寿司意外でも、刺身、塩焼き、フライ、これらは酒ですよ酒。
何で飲めないんだ今日の俺はとここへ来た自分を恨んだよ。私の前後に座った家族連れは「帰りはアタシが運転するからおとーさん飲んじゃいなよ」ばかりでしたよ。「お酒はどんな銘柄があるの?」とかね。
ウラヤマシーッ!!
仕事中にランチで来る場所じゃないな。
でも仕方がない。





河川に下りない程度の散策をしてみる。
変らず流れる利根川の雄姿、川から吹いて来る爽やかな風、いい時期に心地よい出張になったものだ。




落合簗、群馬県渋川市北橘町八崎、6月後半から9月30日までの営業です。
ここの従業員さんたちはシーズンオフ何してるんだろう。
私はBBQが苦手で、ビヤガーデンよりビヤホールに行く人間ですが、都会や町にはない半屋外の食事処である。
座敷、廊下、厨房、板場、全てに利根川の爽やかな風が流れていた。、
ただ、酒が、ビールが欲しかった。



落合簗のパンフをクリアファイルに入れて次の現場に行ったら、下記事に登場した女性がいて、
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-06-11-1
私のパンフを目ざとく見つけて言うには、
「ヤァダ~、〇〇さぁん(私のこと)こういうの食べるんですかぁ」
露骨にイヤっそうなカオをしたのである。こういうのとは何だよ。
「鮎って何ですか?川魚ですよね。それを生(刺身&寿司)でぇ?生臭っさそぉぅ~」
目と鼻と口先をこれ以上ないってくらいに歪めやがった。他の者も同調して、中には鼻を摘まんだ者もいた。人が食べたものを。しかも誰も落合簗を知らないそうである。
「コースだったんですか?」
「単品だよ。だから4千円したね」
「!!!」
値段はさておき、地元にこんなに美味しい素材があるのに、知ろうともしない、知らないからアピールしようにもできない、だからお前たちは・・・
グンマなんだよな~・・・。
2018-09-12 06:12
コメント(12)
スフィンクスの瞳 [コラム雑記帳]
もう少し調べてからUpしようと思ってネタをストックしてたら、ケンミンSHOWに取り上げられちゃったのでUpします。
埼玉県の本庄市内から462号線で坂東大橋(利根川)を渡り、群馬県伊勢崎市に入って市街地に向かって北上を続けます。
この日は前にUpした五十子陣散策(2回行っています)の後でしたが、午後遅くになっても暑いです。陽射しの照り返しが凄いの。車外温度計を見たら35℃、36℃、最終的には37℃になったからね。数時間前に昼を喰った本庄ラーメン亭の寡黙な主人が、後から来た客に発したひとこと「35℃だからな」を超えたよ。
その462号線で、前に載せたえびすラーメンを右手に見て、東京福祉大学がある除ヶ町(何て読むのか)を過ぎて、右手に「いせざき市民の森公園」に差し掛かる辺り、左手前方に妙な建造物が目に入った。
(写真は462号線ではなく、それにに入る西の路地、広域農道?から撮影したものです。)

スフィンクス?
目の錯覚か?幻を見てるのか?
暑さでアタマ、思考がマヒしたか。どう見てもあれはスフィンクスだよね。何でここにこういうものがあるのか。

レンタカーから下りて拡大してみた。遠目から望遠してもインパクトあります。

ここは砂漠ではない。水田、畑、ビニールハウスが残っている農地です。
何故この場所に?
よし、近づいてみよう。

近くまで来てみた。
「パーラースフィンクス」「SPHINX ANNEX」
パーラー??
パチンコ屋かこれは。閉店したパチンコ屋だろうか。

駐車場には停まっていなかった。営業していないようである。
定休日かな。よくある違法駐車もない。
敷地内にはロープも張ってないから駐車できそうだが、何が落ちてるか(釘とかボルトとか)わからないので道路脇に停めて見上げてみた。
スフィンクスの顔の下に薄っすらと「新装開店」とある。色褪せてる。
でもインパクトあります。改めて「ここは何なんだ?」と思ってしまう。

スフィンクス君は私を見下ろしたりしない。私がくるまできた方向、埼玉方面を見つめている。
瞳も見える。夜はライトアップされ瞳も光るのかも知れない。
何でできてるんだろう。素材は何かな。ブリキかな。アルミかな。あまりいい素材でできていないようです。
世界最大のスフィンクスは全長73.5m、高さ20m、幅6m、石灰岩の丘を鑿(ノミ)とハンマー(石器)でカンカン彫り出したものですが、ホンモノのスフィンクスのように胴体や前足があるのではなく、パーラーの屋根がピラミッドを模擬したように段々になっていて、その上に首だけ載せた感じですね。

スフィンクスは謎々も問いかけてこない。「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足、これは何だ?」というあれです。間違った旅人は喰われてしまうが、答えを出さずにその場を立ち去ることは可能だった。
入り口に近づいてみた。
「しばらく休業させていただきます。」の貼り紙が。


脇から見たら、何やら梱包されたものやダンボールの残骸、それらが置きっ放しになっている。これは殆ど閉店状態なのではないかな。


近寄ってみたら館内は人気が無さそうだが・・・。
館内には「王家の谷の守護者たち」に登場するファラオ、アヌビス、セティ、ホルス、ジェセル、ピネジェム、ネスコンスたちが得物を抱えながら闊歩しているかも知れない。秘宝を護るのではなく、今は稼動していないお金をジャラジャラ生み出す台を護っている?
何故クローズしてしまったのだろう。客が来なくなったのかな。私はパチンコ屋に行かない人なので、パチンコ業界がどういうものなのか、そこで打つ人はどういう台を求めるのか、どういう店が客を呼び寄せるのか全くわからないのだが、次々と新台を入れ替えないと客は来ないものなのかね。
スフィィンクスの隣はメモリアルホールだった。
パーラー、メモリアルホール、工場、そして水田や畑、ビニールハウル、全く違うものが混在したロケーション風景にスフィンクスはある。スフィンクスが顔を向けている方向には住宅はあまり建ってなかった。家々はスフィンクスの背後(北側)に立ち並んでいた。顔が見える側に家々が立ち並んでいたら朝昼夕夜とスフィンクス君の顔を拝むことになるからね。おそらく景観条例とかが全く無いからこういうデザインで建設許可が下りたのだろう。
スフィンクスを見上げてたら心なしかカワイく見えてきた。何処か寂し気でもある。クローズしてしまったパーラーにひとり取り残されたことで瞳が潤んでいるように見える。もうお客は来ないのかも知れないのだ。

くるまに戻った。
すぐに国道462に戻るのでなく、スフィィンクスの視線に沿って広域農道を一旦南下して、振り返ったところ。


田を耕している人が2人いた。農作業に勤しむ彼らは日々あのスフィィンクスを見て耕作しているわけである。
他に人は歩いていない。農作業している人を呼びよせて「あれは何ですか?」と問いかけるのも憚られる。


私はひとりドライブできたが、知らないで県外から数名、ワゴン車で来てこれが目に留まったら車中は大盛り上がりになるに違いない。
運転しながら、何かを思い出そうとしたのだが。途中で閃いた。これだ。



Gロボは身長30m、重さ500トン。
さっきのスフィンクスが二足で立ち上がったらどれくらいの大きさなのだろうか。

当初、ここでクローズした記事だったのですが。私の知人でこのスフィンクスを御存じの方がいた。群馬で知り合ったブロガーTさん(女性)です。最近だと今年4月の記事に登場しています。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2018-04-19
彼女に聞いてみたのよ。知ってますか?って。
「まさかスフィンクスがネタになるとは・・・。
私も5月に車中から写真を撮りました。
あれは確か30年ぐらい前からあります。当時は結構流行っていて、夜になるとスフィンクスの目からサーチライトの様な光線が出ていました。
幼心にめちゃくちゃ怖かった覚えがありますよ。」(Tさん)
あの界隈で夜に目から怪光線が発射されたらそれこそ怪獣映画、恐怖映画さながらではないか。ウルトラQの世界である。
Tさんからは8月30日にも連絡をいただいた。それには、
「今日これから放送される秘密のケンミンSHOWでスィンクスが取り上げられるそうですよ」
だが私はその日は和歌山の「千里十里」で飲んでいたのです。「見といてください」とお返しして、帰京してから「無料見逃し配信中、番組まるごと配信・富山絶賛!黄金そうめん&群馬モロヘイヤ爆食い事情2018年8月30日(木)放送分/46分 9/13 20:59まで配信」をザッとチェックしてみたのだ。
まず主役はモロヘイヤだった。栄養価が高い野菜の王様であるモロヘイヤは群馬県での収穫高が全国1位なのです。それは原産地エジプトと同じく群馬の夏は暑いのでモロヘイヤの栽培に適していたと。
モロヘイヤの辺りはマジメな展開だったが、次に伊勢崎市内に場面が転じて、私も走った国道462号線の左手にこのスフィンクスが遠望され、Upで映し出されてスタジオは騒然、次に爆笑に包まれた。
井森美幸さんなんか大口あんぐりである。





この農婦さんが栽培している畑はモロヘイヤ畑だという。
それを見守るかのようなパーラースフィンクスが映し出された。
「何だか(モロヘイヤとスフィンクスを)無理にくっつけた感じよねぇ」(ジャン妻)
この農婦さんが被り物をしているとこを突っ込んで「エジプトの人?」のように言っとったな。



配信は明後日の夜までです。スフィンクスは30分頃から登場しますが。CMが多少鬱陶しい。
https://www.ytv.co.jp/mydo/kenmin/20180830_00/
要はモロヘイヤとスフィンクスをかけあわせてまるでエジプト?のように揶揄してるんかってなもんです。
だが番組で取り上げられなかったもうひとつの事実がある。前述のTさんから、
「伊勢崎市八斗町にスフィンクスⅡっていう同じ外観の二店舗目があったはずなのだけど、そちらは今も残っているのか。わかりませんが。」
スフィンクスⅡ?
仲間がいたのだ。それがこれです。


写真はハイブリッドな生活(旧ルノーな生活)管理人、musashiさんの許可を得て借用しました。
https://blog.goo.ne.jp/cbk34260/e/3b924684345ae543de41ac957c4d03e3
Ⅱの方がエジプトっぽいですね。Ⅰはマンガチックだし、顔だけ無理やり乗せた感があるからね。
Tさんは八斗町と仰っていたが、実際に存在したのは八寸町4760番地でした。北関東自動車道を伊勢崎ICで出て上武道路に入り、県道68号線とクロスする「あずま跨道橋交差点」の角っこに存在したが現在はない。解体されて跡地はソーラーパネルになっているようです。伊勢崎・スフィンクス・夜・これらをキーワードに画像で検索してみてください。
いつかはⅠも解体されるのだろうか。
ケンミンSHOWで取り上げられたぐらいで保存運動が起きるとも思えないしな。
このパーラースフィンクスが休業(閉店)した理由を調べんと各方面を見たら、あるサイトで「台が旧い」というのである。新台の導入が追い付かないということか?私は業界用語も含めてパチンコの世界はサッパリわからない。パチンコそのものを知らないし、やったことがないからである。このトシまでやらなかったのだから今後もやらないだろうけど。
本庄と伊勢崎のラインは今後も走ることになるが、スフィンクスはその度に目に入るだろうな。
このまま捨て置かれたらカテゴリー的にいつかは「廃墟探索地図」に載るだろう。

今は何を想うスフィンクス。
その瞳は何処を、何を見ているんだい?
いつかスフィンクスの瞳にまた光が点る日は来るのだろうか。
埼玉県の本庄市内から462号線で坂東大橋(利根川)を渡り、群馬県伊勢崎市に入って市街地に向かって北上を続けます。
この日は前にUpした五十子陣散策(2回行っています)の後でしたが、午後遅くになっても暑いです。陽射しの照り返しが凄いの。車外温度計を見たら35℃、36℃、最終的には37℃になったからね。数時間前に昼を喰った本庄ラーメン亭の寡黙な主人が、後から来た客に発したひとこと「35℃だからな」を超えたよ。
その462号線で、前に載せたえびすラーメンを右手に見て、東京福祉大学がある除ヶ町(何て読むのか)を過ぎて、右手に「いせざき市民の森公園」に差し掛かる辺り、左手前方に妙な建造物が目に入った。
(写真は462号線ではなく、それにに入る西の路地、広域農道?から撮影したものです。)

スフィンクス?
目の錯覚か?幻を見てるのか?
暑さでアタマ、思考がマヒしたか。どう見てもあれはスフィンクスだよね。何でここにこういうものがあるのか。

レンタカーから下りて拡大してみた。遠目から望遠してもインパクトあります。

ここは砂漠ではない。水田、畑、ビニールハウスが残っている農地です。
何故この場所に?
よし、近づいてみよう。

近くまで来てみた。
「パーラースフィンクス」「SPHINX ANNEX」
パーラー??
パチンコ屋かこれは。閉店したパチンコ屋だろうか。

駐車場には停まっていなかった。営業していないようである。
定休日かな。よくある違法駐車もない。
敷地内にはロープも張ってないから駐車できそうだが、何が落ちてるか(釘とかボルトとか)わからないので道路脇に停めて見上げてみた。
スフィンクスの顔の下に薄っすらと「新装開店」とある。色褪せてる。
でもインパクトあります。改めて「ここは何なんだ?」と思ってしまう。

スフィンクス君は私を見下ろしたりしない。私がくるまできた方向、埼玉方面を見つめている。
瞳も見える。夜はライトアップされ瞳も光るのかも知れない。
何でできてるんだろう。素材は何かな。ブリキかな。アルミかな。あまりいい素材でできていないようです。
世界最大のスフィンクスは全長73.5m、高さ20m、幅6m、石灰岩の丘を鑿(ノミ)とハンマー(石器)でカンカン彫り出したものですが、ホンモノのスフィンクスのように胴体や前足があるのではなく、パーラーの屋根がピラミッドを模擬したように段々になっていて、その上に首だけ載せた感じですね。

スフィンクスは謎々も問いかけてこない。「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足、これは何だ?」というあれです。間違った旅人は喰われてしまうが、答えを出さずにその場を立ち去ることは可能だった。
入り口に近づいてみた。
「しばらく休業させていただきます。」の貼り紙が。


脇から見たら、何やら梱包されたものやダンボールの残骸、それらが置きっ放しになっている。これは殆ど閉店状態なのではないかな。


近寄ってみたら館内は人気が無さそうだが・・・。
館内には「王家の谷の守護者たち」に登場するファラオ、アヌビス、セティ、ホルス、ジェセル、ピネジェム、ネスコンスたちが得物を抱えながら闊歩しているかも知れない。秘宝を護るのではなく、今は稼動していないお金をジャラジャラ生み出す台を護っている?
何故クローズしてしまったのだろう。客が来なくなったのかな。私はパチンコ屋に行かない人なので、パチンコ業界がどういうものなのか、そこで打つ人はどういう台を求めるのか、どういう店が客を呼び寄せるのか全くわからないのだが、次々と新台を入れ替えないと客は来ないものなのかね。
スフィィンクスの隣はメモリアルホールだった。
パーラー、メモリアルホール、工場、そして水田や畑、ビニールハウル、全く違うものが混在したロケーション風景にスフィンクスはある。スフィンクスが顔を向けている方向には住宅はあまり建ってなかった。家々はスフィンクスの背後(北側)に立ち並んでいた。顔が見える側に家々が立ち並んでいたら朝昼夕夜とスフィンクス君の顔を拝むことになるからね。おそらく景観条例とかが全く無いからこういうデザインで建設許可が下りたのだろう。
スフィンクスを見上げてたら心なしかカワイく見えてきた。何処か寂し気でもある。クローズしてしまったパーラーにひとり取り残されたことで瞳が潤んでいるように見える。もうお客は来ないのかも知れないのだ。

くるまに戻った。
すぐに国道462に戻るのでなく、スフィィンクスの視線に沿って広域農道を一旦南下して、振り返ったところ。


田を耕している人が2人いた。農作業に勤しむ彼らは日々あのスフィィンクスを見て耕作しているわけである。
他に人は歩いていない。農作業している人を呼びよせて「あれは何ですか?」と問いかけるのも憚られる。


私はひとりドライブできたが、知らないで県外から数名、ワゴン車で来てこれが目に留まったら車中は大盛り上がりになるに違いない。
運転しながら、何かを思い出そうとしたのだが。途中で閃いた。これだ。



Gロボは身長30m、重さ500トン。
さっきのスフィンクスが二足で立ち上がったらどれくらいの大きさなのだろうか。

当初、ここでクローズした記事だったのですが。私の知人でこのスフィンクスを御存じの方がいた。群馬で知り合ったブロガーTさん(女性)です。最近だと今年4月の記事に登場しています。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2018-04-19
彼女に聞いてみたのよ。知ってますか?って。
「まさかスフィンクスがネタになるとは・・・。
私も5月に車中から写真を撮りました。
あれは確か30年ぐらい前からあります。当時は結構流行っていて、夜になるとスフィンクスの目からサーチライトの様な光線が出ていました。
幼心にめちゃくちゃ怖かった覚えがありますよ。」(Tさん)
あの界隈で夜に目から怪光線が発射されたらそれこそ怪獣映画、恐怖映画さながらではないか。ウルトラQの世界である。
Tさんからは8月30日にも連絡をいただいた。それには、
「今日これから放送される秘密のケンミンSHOWでスィンクスが取り上げられるそうですよ」
だが私はその日は和歌山の「千里十里」で飲んでいたのです。「見といてください」とお返しして、帰京してから「無料見逃し配信中、番組まるごと配信・富山絶賛!黄金そうめん&群馬モロヘイヤ爆食い事情2018年8月30日(木)放送分/46分 9/13 20:59まで配信」をザッとチェックしてみたのだ。
まず主役はモロヘイヤだった。栄養価が高い野菜の王様であるモロヘイヤは群馬県での収穫高が全国1位なのです。それは原産地エジプトと同じく群馬の夏は暑いのでモロヘイヤの栽培に適していたと。
モロヘイヤの辺りはマジメな展開だったが、次に伊勢崎市内に場面が転じて、私も走った国道462号線の左手にこのスフィンクスが遠望され、Upで映し出されてスタジオは騒然、次に爆笑に包まれた。
井森美幸さんなんか大口あんぐりである。





この農婦さんが栽培している畑はモロヘイヤ畑だという。
それを見守るかのようなパーラースフィンクスが映し出された。
「何だか(モロヘイヤとスフィンクスを)無理にくっつけた感じよねぇ」(ジャン妻)
この農婦さんが被り物をしているとこを突っ込んで「エジプトの人?」のように言っとったな。



配信は明後日の夜までです。スフィンクスは30分頃から登場しますが。CMが多少鬱陶しい。
https://www.ytv.co.jp/mydo/kenmin/20180830_00/
要はモロヘイヤとスフィンクスをかけあわせてまるでエジプト?のように揶揄してるんかってなもんです。
だが番組で取り上げられなかったもうひとつの事実がある。前述のTさんから、
「伊勢崎市八斗町にスフィンクスⅡっていう同じ外観の二店舗目があったはずなのだけど、そちらは今も残っているのか。わかりませんが。」
スフィンクスⅡ?
仲間がいたのだ。それがこれです。


写真はハイブリッドな生活(旧ルノーな生活)管理人、musashiさんの許可を得て借用しました。
https://blog.goo.ne.jp/cbk34260/e/3b924684345ae543de41ac957c4d03e3
Ⅱの方がエジプトっぽいですね。Ⅰはマンガチックだし、顔だけ無理やり乗せた感があるからね。
Tさんは八斗町と仰っていたが、実際に存在したのは八寸町4760番地でした。北関東自動車道を伊勢崎ICで出て上武道路に入り、県道68号線とクロスする「あずま跨道橋交差点」の角っこに存在したが現在はない。解体されて跡地はソーラーパネルになっているようです。伊勢崎・スフィンクス・夜・これらをキーワードに画像で検索してみてください。
いつかはⅠも解体されるのだろうか。
ケンミンSHOWで取り上げられたぐらいで保存運動が起きるとも思えないしな。
このパーラースフィンクスが休業(閉店)した理由を調べんと各方面を見たら、あるサイトで「台が旧い」というのである。新台の導入が追い付かないということか?私は業界用語も含めてパチンコの世界はサッパリわからない。パチンコそのものを知らないし、やったことがないからである。このトシまでやらなかったのだから今後もやらないだろうけど。
本庄と伊勢崎のラインは今後も走ることになるが、スフィンクスはその度に目に入るだろうな。
このまま捨て置かれたらカテゴリー的にいつかは「廃墟探索地図」に載るだろう。

今は何を想うスフィンクス。
その瞳は何処を、何を見ているんだい?
いつかスフィンクスの瞳にまた光が点る日は来るのだろうか。
2018-09-11 06:51
コメント(6)
はるなと太田市長 [コラム雑記帳]
あまりこのBlogで政治ネタや政治家さんのネタは取り上げたくないのですが。
8月10日に群馬が誇る防災ヘリ「はるな」が群馬県中之条町の山林に墜落して、搭乗者9人全員が死亡した傷ましい事故を御記憶でしょうか。
草津白根山付近の上空から長野県境の渋峠付近を飛行中(午前10時1分頃)情報確認システムへのデータ通信が途絶えたと同時に墜落したとみられています。
群馬県が公表したデータによると、墜落40秒前の速度が75km、20秒前が31km、墜落直前は146kmと墜落前に急加速していた。
飛行経路も謎で、墜落前の9時59分頃にそれまで北東方向に飛んでいたのが急にUターンして南下、2分後に墜落した。異常を知らせる交信もなかったと。
私は現役時代にはるなの雄姿を見ているのです。
あれは2016年7月だった。富岡市内の公用を終えて上州電鉄の無人駅・上州一ノ宮駅で電車待ちをしてたら、上信電鉄の向こう下にある鏑川の河川敷にある公園からバリバリバリバリ爆音が聞こえ、目の前の樹木から緑色のラインのヘリが飛び上がった。


https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-08-26
浮上したヘリは南の山岳方面へ飛んでいき、群馬サファリパークのある辺りを超えて、日航機が墜落した御巣鷹山方面を望むように旋回してこっちに戻ってきた。
過去記事中では「うるせぇな」と言い放ってますが。もうあの雄姿は見ることはできないのだ。





ジャン妻も「はるな」の墜落は報道で見たって。
「全員亡くなったんだって」
私は過去記事をクルックしてジャン妻に見せた。
「この緑のボディラインがそうだよ」
「ホントだ」
白い機体に尾翼まで伸びるグリーンと赤いラインがそうです。
機種名はベル式412EP型ヘリコプター。登録番号はJA200G。200は群馬県民の人口で、Gは群馬のG、定員は15名。
現在育児休暇中の山女(中級登山者レベル)U子が言うには、
「妙義山や岩櫃山でヘリの音がしたら大抵は遭難者の捜索救助らしいですよ。あ、また誰か遭難したのかって皆、歩行が止まりますから」
「そういう場所(山)へ行くなよ」
「山っていいですよぉ」
この後いつも水掛け論になるのだ。「アブない行くな」「大丈夫ですよぉ」「もうひとりの身体じゃないんだぞ」「子供を親に預けてまた山に行きたいですぅ」
「・・・このヘリの写真は何処で撮ったの?」
またヘンな場所を散策してたんじゃないでしょうねぇと疑うような眼差しだったが、
「富岡〇〇所の最寄駅、上州一ノ宮駅のホームだよ」
「・・・」
「ホントだよっ!!」
で、太田市内に在住する社員がいて、社内では普通に懇意にしているのですが、
「太田市長(清水聖義氏)の暴言は聞いたかよ?」
「え?何ですかそれ?」
「市長さんが防災訓練のスピーチではるな墜落に触れて、自爆だのお粗末だのと言ったあれだよ」
「えっ!!」
「知らないのかい?」
「そ、そんなこと言ったんですか?聞いてません」
この中堅社員(女性です)は太田市の外れ、伊勢崎市寄りに在住しています。息子さんか身内が公務員で市役所に勤務しているというんだな。
「聞いてみます」と言っていた。
では市長さんは何を言ったのか。
上毛新聞社8月26日(日)6:02配信です。
ヘリ事故「お粗末」防災訓練で太田氏の清水市長というもの。
『群馬県太田市の清水聖義市長が25日に市内で開かれた市総合防災訓練の挨拶で県防災ヘリコプター「はるな」の墜落事故に触れ、「防災をやる者が自分で自爆をしてしまった。全くお粗末だと思った」などと述べた。はるなが訓練に参加する予定だったことを紹介する中で発言した。
会場には消防、防災などの関係者760人に加え大勢の市民が集まっており、「違和感がある挨拶だった」「ちょっと言い過ぎではないか」といった声が聞かれた。
清水市長は上毛新聞の取材に対し「はるなの救出訓練をメインイベントとして期待していただけに、事故で来られなくなったことは非常に残念。お粗末、自爆と言ったことはよく覚えていない。全体の話の中で変だと思った人はあまりいないのではないか」と述べた。』



「防災訓練でそんなこと言ったの?市民の前で?」(ジャン妻)
「防災関係者の前での訓示か。公式なスピーチらしいな」
「アウトじゃない?」
「そこまでいかないらしい」
太田市長の清水聖義氏は1995年の太田市長選挙で初当選し、以後3期連続当選、2005年3月の周辺町との合併で自動失職したが、4月の太田市長選挙で当選し、これまで旧太田市時代も含めると7選、群馬県内の市長でさんたちの中では最多連続就任しているそうです。
その太田市長の発言、原文はこれです。
「早朝から大勢の皆さんにご参加いただいて防災訓練ができることを大変嬉しく思っています。
最近の災害はいつ、どこで、どう起こるか、大変な災害が各地で起こっている。その度に人命が失われ、あるいは地域が本当に破壊されるような事態になっている。この訓練を通して自分たちの命、地域、人と人とのつながりを大事にできる環境づくりのために懸命に努力をしていきたいと思っています。」
「今回の防災訓練には群馬県の防災ヘリ「はるな」が来るわけでありました。その「はるな」が中之条の山の中で墜落をしてしまったと。まあある意味でお粗末な話でありますが。防災をやる者が自分で自爆をしてしまうと。全くお粗末だと私、思いましたが。本当に残念なことでもありました。」


「まあ、乗っていた方には本当にお気の毒だったと思います。今日はそういったハプニングはありましたが、予定していた機材とあと人間、みんなの力でぜひ、成功させていきたい。そのように思っています。」
う~んどうなんだろ。
最後にはお悔みの言葉も述べていますけどね。
友達に言うような感覚でポロッと言っちゃったんでしょうかね。でも宴会の席じゃないし。脇が甘かったのかな。
この失言に関して市長さんは市を通じて、
「話したつもりはないが、無意識に言葉に出てしまったのかもしれない。事故に遭われた方々に関する発言では絶対にないが、私の言葉が誤解され、不快に思われた方がいたら大変申し訳ない」
話したつもりはないって?
やはりあまり自覚がないみたいだね。こういう正式なイベントって録画されてるんじゃないの?録画されてるなら見てみたらいい。
地位や職位ってそこに長く居続けると慣れて気持ちが緩むのかも知れないね。でも清水市長はかなり前にも「みのもんたの朝ズバ」(2007年3月)で、みのもんたさんから「太田市に温泉はないの?」と質問され「ニセ温泉ならある」とやらかし、私も行った石切り場跡のある藪塚温泉に謝罪するハメになっている。

(もっとも藪塚温泉は、2004年の温泉偽装問題事件の時に温泉を使用していない一部の旅館に温泉使用表示があったことで取り上げられているけどね。
この偽装事件の最中、私は会津の蕎麦宿にいたのですが、予約電話を受けた大旦那が帳場で「ウチは源泉かけ流しですっ」って吠えてたのが印象に残っている。)
「はるな」の基地は前橋市にある群馬ヘリポートで、そこから太田市の防災イベントに招かれ飛んできて、雄姿を披露する筈だったのが事故で来れなくなってしまい、市長さんはそれを残念がる気持ちがつい言い過ぎてしまったのかな~。
ではありし日の雄姿を県のHPから。



群馬で何か起きると本社内で私に突っ込んでくる輩が必ずいるんだよね。群馬ってそういう地なの?そういう場所なの?って。
「どうして群馬はいつもいつもよくないニュースで有名になるんかな」
「ホントですよぉ」
前述の女性社員はボヤいた。
某名大学病院の医療死亡事故、群馬サファリパークで従業員がクマに襲われた、夏場の最高温度を他と競う、元プロ野球選手K氏が覚せい剤を入手した県だという噂、太田市内に逃走した外国人容疑者、関越道藤岡JCTのツアーバス事故、碓氷バイパスでのスキーツアーバス転落事故(これは長野県側だが)、高崎市郊外のダチョウ逃走事件、関越道をダチョウが1km走行した、高崎市の立駐を猪が遁走して最後は転落死、そして、私も間近で見たことのある防災ヘリ「はるな」の墜落である。
(みなかみ町長のセクハラ議会解散・・・もあったな。)
「群馬ってそういうよくない話題ばかりで注目されるんですよ~。もっともっといいところでいいニュースで有名になって欲しいです」
その女性です。ボカしまくってますが右に立っているのがそれ。
座っているのは笑ふ女です。その女性と笑ふ女は同世代で仲良しです。

37度を記録した某日、散策の後でこの現場に駆け込んで涼を取ったのだ。
「今日は暑いな」
「いつも暑いですよ」(笑ふ女)
このヤロ。久々に会ったのに混ぜっ返しやがったな。
「群馬ってこんなに暑かったか。体温より高いんだもん」
「ぶふっ(笑)くるまですよね。くるまの中は冷房効いてるでしょ」
「レンタカーのボンネットに生卵を落としたら目玉焼きが出来そうだぜ」
「ぶふふっ(笑)」
笑ふ場面じゃねー。その笑いクセは相変わらずだな。
この後、笑ふ女は「冷たいお茶飲みます?」とススメてくれたのだが、それが何とまぁ待合にある給茶機から紙コップに入れてくれただけ。
そんなんだったらいらねぇと言わずに飲み干しましたけど。
「あれ?〇〇さん(私のこと)顔が赤いですよ」
「酒焼けじゃねー。日焼けだっ」
「帽子を被った方がいいんじゃないですか?」
「くるまの中で帽子被って運転しろってか」
「ぶふふっ(笑)」
さて、ここ伊勢崎に来る途中のことです。私はヘンな建造物を目撃した。

!!!
ここはエジプトかい?
酷暑でアタマがおかしくなったんだろうか私?
8月10日に群馬が誇る防災ヘリ「はるな」が群馬県中之条町の山林に墜落して、搭乗者9人全員が死亡した傷ましい事故を御記憶でしょうか。
草津白根山付近の上空から長野県境の渋峠付近を飛行中(午前10時1分頃)情報確認システムへのデータ通信が途絶えたと同時に墜落したとみられています。
群馬県が公表したデータによると、墜落40秒前の速度が75km、20秒前が31km、墜落直前は146kmと墜落前に急加速していた。
飛行経路も謎で、墜落前の9時59分頃にそれまで北東方向に飛んでいたのが急にUターンして南下、2分後に墜落した。異常を知らせる交信もなかったと。
私は現役時代にはるなの雄姿を見ているのです。
あれは2016年7月だった。富岡市内の公用を終えて上州電鉄の無人駅・上州一ノ宮駅で電車待ちをしてたら、上信電鉄の向こう下にある鏑川の河川敷にある公園からバリバリバリバリ爆音が聞こえ、目の前の樹木から緑色のラインのヘリが飛び上がった。


https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-08-26
浮上したヘリは南の山岳方面へ飛んでいき、群馬サファリパークのある辺りを超えて、日航機が墜落した御巣鷹山方面を望むように旋回してこっちに戻ってきた。
過去記事中では「うるせぇな」と言い放ってますが。もうあの雄姿は見ることはできないのだ。





ジャン妻も「はるな」の墜落は報道で見たって。
「全員亡くなったんだって」
私は過去記事をクルックしてジャン妻に見せた。
「この緑のボディラインがそうだよ」
「ホントだ」
白い機体に尾翼まで伸びるグリーンと赤いラインがそうです。
機種名はベル式412EP型ヘリコプター。登録番号はJA200G。200は群馬県民の人口で、Gは群馬のG、定員は15名。
現在育児休暇中の山女(中級登山者レベル)U子が言うには、
「妙義山や岩櫃山でヘリの音がしたら大抵は遭難者の捜索救助らしいですよ。あ、また誰か遭難したのかって皆、歩行が止まりますから」
「そういう場所(山)へ行くなよ」
「山っていいですよぉ」
この後いつも水掛け論になるのだ。「アブない行くな」「大丈夫ですよぉ」「もうひとりの身体じゃないんだぞ」「子供を親に預けてまた山に行きたいですぅ」
「・・・このヘリの写真は何処で撮ったの?」
またヘンな場所を散策してたんじゃないでしょうねぇと疑うような眼差しだったが、
「富岡〇〇所の最寄駅、上州一ノ宮駅のホームだよ」
「・・・」
「ホントだよっ!!」
で、太田市内に在住する社員がいて、社内では普通に懇意にしているのですが、
「太田市長(清水聖義氏)の暴言は聞いたかよ?」
「え?何ですかそれ?」
「市長さんが防災訓練のスピーチではるな墜落に触れて、自爆だのお粗末だのと言ったあれだよ」
「えっ!!」
「知らないのかい?」
「そ、そんなこと言ったんですか?聞いてません」
この中堅社員(女性です)は太田市の外れ、伊勢崎市寄りに在住しています。息子さんか身内が公務員で市役所に勤務しているというんだな。
「聞いてみます」と言っていた。
では市長さんは何を言ったのか。
上毛新聞社8月26日(日)6:02配信です。
ヘリ事故「お粗末」防災訓練で太田氏の清水市長というもの。
『群馬県太田市の清水聖義市長が25日に市内で開かれた市総合防災訓練の挨拶で県防災ヘリコプター「はるな」の墜落事故に触れ、「防災をやる者が自分で自爆をしてしまった。全くお粗末だと思った」などと述べた。はるなが訓練に参加する予定だったことを紹介する中で発言した。
会場には消防、防災などの関係者760人に加え大勢の市民が集まっており、「違和感がある挨拶だった」「ちょっと言い過ぎではないか」といった声が聞かれた。
清水市長は上毛新聞の取材に対し「はるなの救出訓練をメインイベントとして期待していただけに、事故で来られなくなったことは非常に残念。お粗末、自爆と言ったことはよく覚えていない。全体の話の中で変だと思った人はあまりいないのではないか」と述べた。』



「防災訓練でそんなこと言ったの?市民の前で?」(ジャン妻)
「防災関係者の前での訓示か。公式なスピーチらしいな」
「アウトじゃない?」
「そこまでいかないらしい」
太田市長の清水聖義氏は1995年の太田市長選挙で初当選し、以後3期連続当選、2005年3月の周辺町との合併で自動失職したが、4月の太田市長選挙で当選し、これまで旧太田市時代も含めると7選、群馬県内の市長でさんたちの中では最多連続就任しているそうです。
その太田市長の発言、原文はこれです。
「早朝から大勢の皆さんにご参加いただいて防災訓練ができることを大変嬉しく思っています。
最近の災害はいつ、どこで、どう起こるか、大変な災害が各地で起こっている。その度に人命が失われ、あるいは地域が本当に破壊されるような事態になっている。この訓練を通して自分たちの命、地域、人と人とのつながりを大事にできる環境づくりのために懸命に努力をしていきたいと思っています。」
「今回の防災訓練には群馬県の防災ヘリ「はるな」が来るわけでありました。その「はるな」が中之条の山の中で墜落をしてしまったと。まあある意味でお粗末な話でありますが。防災をやる者が自分で自爆をしてしまうと。全くお粗末だと私、思いましたが。本当に残念なことでもありました。」


「まあ、乗っていた方には本当にお気の毒だったと思います。今日はそういったハプニングはありましたが、予定していた機材とあと人間、みんなの力でぜひ、成功させていきたい。そのように思っています。」
う~んどうなんだろ。
最後にはお悔みの言葉も述べていますけどね。
友達に言うような感覚でポロッと言っちゃったんでしょうかね。でも宴会の席じゃないし。脇が甘かったのかな。
この失言に関して市長さんは市を通じて、
「話したつもりはないが、無意識に言葉に出てしまったのかもしれない。事故に遭われた方々に関する発言では絶対にないが、私の言葉が誤解され、不快に思われた方がいたら大変申し訳ない」
話したつもりはないって?
やはりあまり自覚がないみたいだね。こういう正式なイベントって録画されてるんじゃないの?録画されてるなら見てみたらいい。
地位や職位ってそこに長く居続けると慣れて気持ちが緩むのかも知れないね。でも清水市長はかなり前にも「みのもんたの朝ズバ」(2007年3月)で、みのもんたさんから「太田市に温泉はないの?」と質問され「ニセ温泉ならある」とやらかし、私も行った石切り場跡のある藪塚温泉に謝罪するハメになっている。

(もっとも藪塚温泉は、2004年の温泉偽装問題事件の時に温泉を使用していない一部の旅館に温泉使用表示があったことで取り上げられているけどね。
この偽装事件の最中、私は会津の蕎麦宿にいたのですが、予約電話を受けた大旦那が帳場で「ウチは源泉かけ流しですっ」って吠えてたのが印象に残っている。)
「はるな」の基地は前橋市にある群馬ヘリポートで、そこから太田市の防災イベントに招かれ飛んできて、雄姿を披露する筈だったのが事故で来れなくなってしまい、市長さんはそれを残念がる気持ちがつい言い過ぎてしまったのかな~。
ではありし日の雄姿を県のHPから。



群馬で何か起きると本社内で私に突っ込んでくる輩が必ずいるんだよね。群馬ってそういう地なの?そういう場所なの?って。
「どうして群馬はいつもいつもよくないニュースで有名になるんかな」
「ホントですよぉ」
前述の女性社員はボヤいた。
某名大学病院の医療死亡事故、群馬サファリパークで従業員がクマに襲われた、夏場の最高温度を他と競う、元プロ野球選手K氏が覚せい剤を入手した県だという噂、太田市内に逃走した外国人容疑者、関越道藤岡JCTのツアーバス事故、碓氷バイパスでのスキーツアーバス転落事故(これは長野県側だが)、高崎市郊外のダチョウ逃走事件、関越道をダチョウが1km走行した、高崎市の立駐を猪が遁走して最後は転落死、そして、私も間近で見たことのある防災ヘリ「はるな」の墜落である。
(みなかみ町長のセクハラ議会解散・・・もあったな。)
「群馬ってそういうよくない話題ばかりで注目されるんですよ~。もっともっといいところでいいニュースで有名になって欲しいです」
その女性です。ボカしまくってますが右に立っているのがそれ。
座っているのは笑ふ女です。その女性と笑ふ女は同世代で仲良しです。

37度を記録した某日、散策の後でこの現場に駆け込んで涼を取ったのだ。
「今日は暑いな」
「いつも暑いですよ」(笑ふ女)
このヤロ。久々に会ったのに混ぜっ返しやがったな。
「群馬ってこんなに暑かったか。体温より高いんだもん」
「ぶふっ(笑)くるまですよね。くるまの中は冷房効いてるでしょ」
「レンタカーのボンネットに生卵を落としたら目玉焼きが出来そうだぜ」
「ぶふふっ(笑)」
笑ふ場面じゃねー。その笑いクセは相変わらずだな。
この後、笑ふ女は「冷たいお茶飲みます?」とススメてくれたのだが、それが何とまぁ待合にある給茶機から紙コップに入れてくれただけ。
そんなんだったらいらねぇと言わずに飲み干しましたけど。
「あれ?〇〇さん(私のこと)顔が赤いですよ」
「酒焼けじゃねー。日焼けだっ」
「帽子を被った方がいいんじゃないですか?」
「くるまの中で帽子被って運転しろってか」
「ぶふふっ(笑)」
さて、ここ伊勢崎に来る途中のことです。私はヘンな建造物を目撃した。

!!!
ここはエジプトかい?
酷暑でアタマがおかしくなったんだろうか私?
2018-09-10 06:01
コメント(2)
なんちゃって [居酒屋]

Wikiから。
『なんちゃっては「ほんの冗談(でした)」という意味の俗語である。
また、本物・本当ではない、模造(した)、偽物(の)という意味の俗語でもあり、連体詞的にも使われる。
特に前者の意味の場合、な~んちゃってともいう。
「なあんちゃって」「なぁんちゃって」とも表記。「・・・なんて言っちゃって」の変化した言葉。』
だってさ。
あまり好きな造語じゃないね。バカにしてるように聞こえる。ビジネス用語ではまず使ってはいけない文句だと思う。

そのなんちゃってなんですよ今日のネタは。例の群馬八幡の近くを現地の社用車で通ったの。
「今日は明るいうちに日帰りです。台風が来るので」と連絡したら、店からの返信は?
「あらぁ。焼きそばも餃子もあるのに残念で~す。まだまだまだまだ暑いです。体調崩さないようにご注意くださいませ」
何っ?焼きそばに餃子だと?
バカな私はこの挑発、お誘いに引っ掛かった。それに乗ってしまったのです。今宵はうさぎか梅ふく、克さんの予定だったのですが。
社用車を返却して17時10分頃にわざわざ行ったんですよ。
お店のOPENは17:30からなので、あまり開店前から開けさせることはしたくないのですが。
だが店側はまさか来ると思わなかったらしい、というか、これ、完全なジョークだったんだってよ。

「実は・・・」(ママ)
「???」
何だか言い難そうだし、申し訳無さそうだが。
「せっかく来ていただいたのに」
歯切れが悪いの。
「今日の焼きそば、なんちゃってなんですよ~~~」
「なんちゃって?」
「ゴメンナサイッ」
私はすぐに意味がわからなかったのだが。
「えっ!!そーいうこと??」
「・・・」
気まず~い沈黙の後、諦めたように私は、
「じゃぁ豚ロース西京焼・・・」
「ハイッ。西京焼お願いしますぅ」
その場の重い空気を払うように大きい声が厨房にとんだ。

肉をバーナーで焼いてるところ。この店は炭火じゃないのか。だから煙が出ないんだな。

肉が焼き上がる前、おとしはタコとキュウリの・・・何だこれは?


私はなんちゃってに続いて苦手な酢のものを出したのかと思ったが。そうじゃなくって醬油漬け?塩もみ?
「これは他とは違う味だね。酢の物ともいえないし」
「自家製です。少しニンニクも入ってます。」
企業秘密ですと自信満々だった。こういうのを家でも出してくれりゃぁ自分ももっとたくさんキュウリを食べるのに。
ウチなんかキュウリをスライスして小皿に載せて、皿の隅に塩がちょこっと載ってるか、マヨネーズだけとか。
カブトムシのエサみたいなものしか出ないしな。





やれやれ。西京焼豚肉が美味しいよ。
焼きそばや餃子で釣っといてさ。別に焼そばや餃子なんて他で幾らでもあるけどさ。居酒屋の、この店のだからオーダーするんであってさ。
旅人の惑星ショウさんからも伝えてくれてるんだよ。「あの人(私のこと)を拘束するには具無し焼きそばですよ」ってね。
腹も減って喉も乾いていたので、引っ掛かった自分をごまかすように飢狼のようにまぶりつき、生ビールをグビグビグビ、3杯飲みました。内心では「そこらのスーパーで焼きそば買ってきなよ」って思ってたんだぞ~っ。
「ゴメンナサイ」
「ああ、焼きそばと餃子ね。もういいよ」
「つい・・・今日はお見えにならないと思って・・・」
「私をかついだでしょ?」
「いえ、あの・・・そうじゃないんですけど」
だが店主がフライパンで焼いてる四角いのはもしかして。


餃子じゃんか。あったの?
「賄ですけど・・・」
「まかない?」
「前に作っておいて、家族で食べようと冷凍しておいたんです。なので平たく潰れてますが」
この餃子が私を含めてカウンター席にいた3人全員に出された。
「家のおかずが無くなっちゃうじゃないか?」
「また作ればいいっス」
「・・・」
まぁ挽回しようとした店主の気持ちだからありがたくいただいたよ。






小アジの唐揚げ。
「デカいアジだな」
「そうですか?」
「???」(店主)
「クレーム入りました。アジが大きいって。何処が小さいアジなんだって」
「そんなクレーム言ってねぇよっ」
どうも今夜はオカしい。なんちゃってした負い目があるんだろうか。向こう(店側)は向こうで私の失言、揚げ足を取ろうとしてるでしょ。


TVニュースに見入る。
台風の進路。最高気温と最低気温。
夏が長くなったせいか、もう寿命を終えた蝉が道端に転がってるからね。夏が延びても蝉の寿命は延びないし。
今はもう30度ぐらいでは「暑い」とは言わなくなった。館林や熊谷が他に負けてるし。
(この時点ではまだ台風21号はきてないし、北海道地震も起きていません。)
「群馬ってそんなネタばっかりでしたが。他も凄いですね」
「どっかで見たけど、前は30度で暑い暑い言ってた人間が、今は25度以上40度超えまで耐えてる。人間は環境に順応できるんだって。だったらそう言ってるお前、外に出てみろよって」
蚊も飛んでない。
道端に転がっている力尽きた蝉を片付ける蟻もいないし。
うごめくのは人間だけ。人間って暑さに適応する力があるのだろうか。


トントン叩く音がするから何をしているのかと思ったら、カウンター左端にいた常連さんのナメロウだった。
「ナメロウできるの?」
「できます。アジさえあれば。メニューに無いだけです。」
で、たたいて貰ったんですよ。


群馬八幡のナメロウはなめらかでしっとりした薄味だった。
骨は当然こうなる。わけでさ。

締めは平目の昆布〆で締めたのだ。酒は群馬泉の冷や。


で、お会計したんですよ。今日も日帰りだからね。
「あれぇ?竹輪磯辺揚げはぁ?」
「こっちもなんちゃってだよっ」
オーダーしなかったんです。
「ホントにごめんなさいっ」(ママ)





なんだかんだで日帰りです。昨日の七も日帰りだったし。
群馬八幡から家まで乗り継ぎさえよければ2時間半かからないのだ。
だからって、なんちゃって?お客をかついじゃダメだよ。
2018-09-09 11:32
コメント(0)
早飲み七 [居酒屋]




少し風が吹いて酷暑が和らいできた。
まだ灯は点いていない。
OPENは18:00だったか・・・。
かといってもう他へ行くつもりはないので、店の前でカバンを敷いて座り込んで開くのを待った。

新しい自転車だな。
これで何代めだろう。もうくるまの免許を取り直すことは考えてないのかな。くるまが無ければ無い也にやっていけるんだろうな。

座って待ってるのもバカらしいので電話しました。暖簾を出さない状態で快く中へ入れてくれた。



久々なのでメニューを撮ってみます。








最初の生ビールはすぐ飲み干してしまった。すかさず2杯め。暑かったし。
ただ、例によっておとおしが問題でして。湯葉なんですよ。


湯葉なんてビールに合うかよ~。
酷暑だからさっぱりひんやりしたものをと思って出してくれたんだろうけど。ビールに合わせるにはついつい醬油を多くつけてしまうじゃないか。
これは酒のときに取っておこう。ポテサラに移行した。

ポテサラで2杯めのビール。グビグビグビ。
ポテサラは何処のスーパーの惣菜だ?なんて悪態をついたものだが、こんなに暑くっちゃぁそういう悪タレ、減らず口を聞く気力もない。


「どれくらい外で待ってたんスか?」
「10分ぐらいかな。17時半OPENと勘違い(どっかの店と)してたんだよね」
「最近群馬にあまり来れなくなったんスか?」
「そうなのだよ。あまり来れなくなった。若い世代が台頭しているしね」
歳月を経て人が替わったのもある。業務は難しくなければ草の者6号が代行してくれるし。私が出張る案件は少なくなった。
来たくても来れないので、井森美幸さんの生意気そうな勧誘コピーがムカつくのだ。別に井森美幸さんにムカついてるんじゃないよ。自分の置かれた環境の変化にね。
そのうち2階の宴会客、数名が入ってこられた。男ばっかりだ。
鯖の唐揚げでビール3杯め。



マスターがドスドス地響きをたてながら階段を上り下りしている。
「2階は宴会?」
「そうっス。6人かな」
「ひとりで?相変わらず?」
別に深い意味はないよ。まだ独り者かっていう意味にひっかけてはいるけど。
「金曜土曜は決まったバイトがいるんですけど・・・」
こういう店は忙しい日に奥さんに手伝ってもらうのがいちばんいいんだよ。誰かいないのかい?



最初の1杯、ポテサラで2杯、鯖の唐揚げで3廃、ビール4杯めは夏野菜の旨煮、炒め煮、アジフライ、和牛タタキ、立て続けにオーダー。




生ビール4杯は多過ぎだな。
でもこの店の生ビール美味しいですよ。安い居酒屋でアルバイトの女の子が出す泡が無くて抜けたビールなんか悲惨だからね。やり直せって言いたくなるもん。
「よく飲まれますね」
そう言いながら売上があがって嬉しそうである。生ビールって儲かるでしょ。
「奥さんお元気っスか?」
「彼女は会社辞めたよ」
「え?辞めた?」
「フフフッ(笑)籍が離れたんだけどね」
彼女の一身上に起きた椿事を説明した。
「それって出世じゃないっスか?」
そう言うヤツが意外と少なくないのよ。そうではないのだが。私らを統括する側、監督する側に廻っただけだよ。
「給料が倍になるとか?」
そうキタか。そういうことはないですよ。それは大きな勘違い。天下りじゃないが、上会社から下会社に来る場合は役職は上がるけど、その逆の場合は下がるんだよね。
「彼女、この店にキタイとは言っておったよ。まさか移転しないよね」
「それはないっスけど。このとおりエアコンの効きが悪くて」
なるほどイマイチ効いてないね。背後の扇風機を廻して貰ったよ。
「建物はまだまだ大丈夫なんですが」
天上のエアコンを見上げたらどう見ても旧いタイプ。部品が無かったら修理できないかもよ。まるごと替えるしかないかもな。エアコンの稼働がアヤしくなると余計に電気代喰うことになるし。暑い今の時期、エアコン不調は致命的だぜ。
案の定、2階のお客からも、エアコンの効きがいまいち悪いと言ってきた。


この暑さ、異常気象、地震、天才のネタになった。
(この時は台風21号も来ていないし、北海道地震も起きていない。)
「地震あったっスね。群馬では珍しいです」
群馬は浅間山が噴火しない限り天災、特に地震は少ない方である。
渋川が震源地だった。6月17日午後3時に発生して渋川市で震度5弱を観測した。
群馬県内を震源地とする震度5以上の地震は1918年からの観測史上初めてだそうです。
「下からドーンと突き上げるような音がしたんですよ」(渋川在住の社員)
他、ウチの社員は地震があったかどうか気付かなかったヤツの方が多かったのだ。翌日18日に大阪で地震(大阪北部地震)があったのでそっちが注目され、渋川の震度5は忘れられた感がある。
そして西日本集中豪雨と、ダブル高気圧(二層高気圧)が居座り、体温超過の日々が続き、熱射病、熱中症で搬送される人が引きも切らない。
(この後9月になって、台風21号がやってきて、北海道で地震が起こるのである。)
「気温ネタも最近は群馬負けてるからね。館林や熊谷が岐阜の多治見や京都に抜かれたし」
そういうので張り合ってもしょーがないけどね。
熊谷に在住している女性社員がいます。私ともまぁまぁな関係です。よく登場した「笑ふ女」の上長になったのかな。その女性と笑ふ女の相性はイマイチらしいが。
「そっちどう?」
「くるまの中にいる時は冷房効いていますが、外は激暑です」
その熊谷が負けている。41.5℃とはどんな暑さなんだろうか。
日本酒、冷やに移行して、ここでようやくさっき出された湯葉の残りを片付けることができたよ。




そして和牛タタキ。仙台牛らしい。で、今宵の日本酒は何だかヘンな名前のお酒があるのだ。

「無濾過のこれなんかどうスか?」
その無濾過の酒にはクエスチョンが3つもついている。何だそれ?
「いやぁ、無濾過はヤバイいよ。今日これから帰るんだし」
「ええっ!!帰るんですか?」
「そう。帰るの東京へ」
だから早い時間帯に来たのよ。泊まる晩に飲むほど飲めないよ。帰りの新幹線の中でガーンってくるしね。
他にも、玉川 Ice Breaker、Summer Emotion、何で英語なんだ。そのアヤしい酒を1杯ずついただいた。
これらは料理の後に美味しい酒だった。それだけ飲んでも美味しくないの。料理の残り香が残った状態で飲むと美味しい。


アジフライと和牛の辺りから2階の呼び鈴が度々鳴るようになった。
この店のグラスじゃぁ2階の宴会客のビールはすぐなくなっちゃうよな。その度、マスターはドスドスドスドス音をたてて駆け上がってまた下りて来る。
「2階のお客に刺身盛りとか出るの?」
「出ますよ」
「じゃぁ私もそれに便乗する」

盛り合わせて貰った1人前がこれです。
あまり豪華に見えないね。ネタはよかったけどね。

あまり来れなくなったし、この後もう帰るからいろいろオーダーしてしまったが、勘定を電卓叩くマスターは目が真剣だった。
2階のお客もそうだが、平日早い時間帯の売上、内心ではホクホクだろう。


この日も日帰りしています。泊まらなかった。
外はまだ明るい。夜はこれからなのに。
梅ふく、うさぎ、ASLI、ラのロ、月輪、彼らの面影を振り切って帰らなきゃ。
2018-09-08 11:34
コメント(0)
古墳 [隠れ郷土史]
リンクしているヒロさんの記事で古墳のネタを見ました。
この夏に2回お会いしたら真っ黒に日焼けしておられたので、農作業と古墳散策でお焼けになったに違いない。
ヒロさんが訪問されたのは巨大な古墳だった。仁徳天皇、応神天皇、履中天皇、それらは陵と呼ばれている。人間ひとりを埋葬するにはバカでかい大きさ、規模である。
重機の無い時代、工事に駆り出された人たちは迷惑千万に思わなかったのだろうか。今と違って昔の人は素朴だったのかな。
上州もやたらと古墳があるところですが、あそこまでの巨大なものではないです。その差は中央集権と地方分権の施政者の格差かも知れないね。
でも、郊外をくるまで走っていると突然、土饅頭があったりするんです。
田んぼの中にあったり。畑の中にあったり。
キッチン104近くの家の庭とかにもあった。何かの祠が祀ってあった。
学校や病院の敷地内にあったり。
富岡市の某行政には建物の中にありましたよ。踏切の脇にもあった。
神社の裏だったり。上った後で調べたら古墳だったり。
墳丘が無くなって石室だけ残ってたり、ムキ出しになってたりとかもあるようです。
もちろん有名どころもあります。毛野はにわの里公園とか。
http://www.city.takasaki.gunma.jp/docs/2013122401080/
でも私のカテゴリでは取り上げてこなかった。古代史が苦手なのです。難しい漢字だらけだし。

古墳じゃないけど安中市に首塚があってそれを取り上げたことがあります。
頭蓋骨が150体分出て来たというからね。上州を蹂躙した武田軍と地元上州一揆衆の戦死者か、一般大衆が埋葬されていた。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-08-13

その首塚の前に、西毛最大の古墳があります。

私が来た平成24年の頃は竹林だったと思うがいつの頃か竹が伐採され、こんもりした丘が姿を現し、今は公園化された。
首塚と古墳はセットになっていない。古墳は明るいが首塚は禍々しく感じるのは仕方がない。古墳があるのを知ってて後から隣に首級を埋葬したのだろうか。
墳丘も首塚もそうだが、すぐ隣に新興住宅地があってフツーに暮らしているようです。



それはさておいて市のHPから。
「簗瀬二子塚古墳 前方後円墳 全長約80m、後円部径50m、高さ約8m、前方部巾52m、高さ7m 簗瀬字八幡平 丘陵 石製模造品、銀製垂飾付耳飾、勾玉、管玉、切子玉、算盤玉、棗玉、丸玉、小玉、金箔入り3連ガラス玉、金銅製三輪玉、馬具、直刀、鉄鏃、挂甲小札、須恵器、土師器、円筒埴輪、形象埴輪 」
何のこっちゃかワカラン。
旧い時代であればあるほど希少価値のあるものなのでしょうか。
出て来たものは何がなんなのかようワカランものだらけ。では登ってみましょうか。


前方後円墳だから、墳丘が前と後とあります。

横穴式の石室がありますが入室はできないです。中は暑そうだ。

芝生が植えられています。



私は古墳の形状よりも、城跡の塁壁や小口(虎口、掘割の方に惹かれるんですけどね。
でもまぁ古墳に惹かれないでもない。盛り上がりが美しいからです。イヤラしい言い方、表現をすると女性の身体のようだし。
前方部と後方部の間に立つと、女性の胸元に立ってるかのようだ。

再び市のHPから。
「左が前方部、右が後円部。馬蹄形の内堀、外堤、外周溝が巡り、墓域の全長は約130m 2段築造の墳丘で多量の円筒埴輪の樹立が認められた。6世紀初頭の築造。以前は個人所有の竹林であったが、安中市が買収し2015年7月に史跡公園として公開された。」
後円部に立って安中市街地を望む。
前から疑問に思っていたのですが、安中市には磯部温泉の旅館以外に高い建物、マンションが無い。何か規制があるのだろうか。


後円部から前方部を見たところ。
妙義山を向いている。山岳信仰だろうか。

前方部から後円部を見る。

墳丘の周囲は濠か溝があったようだ。



私が登っているこの古墳は碓氷川の中流から上流域では唯一の前方後円墳で、当時の時代としては群馬県で最大規模だそうです。
サイズを述べます。またまた市のHP他から。
墳丘の長さ、約80m
後円部は2段築成。
直径約50m
高さは約8m
前方部も2段築成。
幅は約60m
高さは約7m
外周溝も含めた古墳全域は、長さ125m以上、幅110m
出てきた出土品は、安中市の指定重要文化財に指定され、現在は安中市学習の森ふるさと学習館で保管されているそうです。
ふるさと学習館?ああ、あれか。
妙義山の蜃気楼を展示してあるあれね。大雪の日に行ったなぁ。
https://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-03-02
ダンボールに乗って斜面を滑ってみたいですね。子供のころやりませんでしたか?
場所によっては急斜面だから、途中で転がりそうだ。


公園東側に小さい資料館があった。パネルが展示してある。
見てもようワカラン。ホントにわからないのです私。








あまりデカい古墳は空から見て「ああ、こういうカタチなんだ」とわかるものだか、外周を歩いても退屈な散歩でしかないかも知れないね。
大きい古墳ほど水濠と木々を眺めてるだけだが、この程度の規模なら空から見なくても形状がなんとなく捉えられますね。
もうひとつ行ってみます。後閑3号墳。
市街地から県道48号を妙義山に向かって走り、九十九川を渡って県道216号を直進すると左手に見えてくる。



後閑3号墳は円墳です。12.6m、高さ2.2mとコンパクトサイズ。
土饅頭のようだ。
そこから出て来たものは、円筒埴輪、形象埴輪、鈴鏡、玉、鉄鏃、刀子、馬具、紡錘車・・・
やっぱり何だかわかんない。


3号墳とあるからにはかつては1号墳、2号古墳分は耕地整理された田んぼの中にポツンと復元されてある。


3号墳とあるからにはかつては1号墳、2号墳もあったのだろうか。
想像ですが、これら古墳が潰された背景は今と違って米増産が望まれた時代だと思う。遺跡保存という考えはなかったのでしょう。

どっから見ても同じやん!!


まぁ見てもツマンないね。
古墳の敷地内に碑があるんです。
この辺りを開墾整備した功績を讃える碑がデカくエラそうに建立している。
この古墳が残されたのはそのお陰かもしれない。


渋川方面で古墳群を見たので後日取り上げます。土饅頭がボコボコそこらじゅうにあったのだ。
この夏に2回お会いしたら真っ黒に日焼けしておられたので、農作業と古墳散策でお焼けになったに違いない。
ヒロさんが訪問されたのは巨大な古墳だった。仁徳天皇、応神天皇、履中天皇、それらは陵と呼ばれている。人間ひとりを埋葬するにはバカでかい大きさ、規模である。
重機の無い時代、工事に駆り出された人たちは迷惑千万に思わなかったのだろうか。今と違って昔の人は素朴だったのかな。
上州もやたらと古墳があるところですが、あそこまでの巨大なものではないです。その差は中央集権と地方分権の施政者の格差かも知れないね。
でも、郊外をくるまで走っていると突然、土饅頭があったりするんです。
田んぼの中にあったり。畑の中にあったり。
キッチン104近くの家の庭とかにもあった。何かの祠が祀ってあった。
学校や病院の敷地内にあったり。
富岡市の某行政には建物の中にありましたよ。踏切の脇にもあった。
神社の裏だったり。上った後で調べたら古墳だったり。
墳丘が無くなって石室だけ残ってたり、ムキ出しになってたりとかもあるようです。
もちろん有名どころもあります。毛野はにわの里公園とか。
http://www.city.takasaki.gunma.jp/docs/2013122401080/
でも私のカテゴリでは取り上げてこなかった。古代史が苦手なのです。難しい漢字だらけだし。

古墳じゃないけど安中市に首塚があってそれを取り上げたことがあります。
頭蓋骨が150体分出て来たというからね。上州を蹂躙した武田軍と地元上州一揆衆の戦死者か、一般大衆が埋葬されていた。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-08-13

その首塚の前に、西毛最大の古墳があります。

私が来た平成24年の頃は竹林だったと思うがいつの頃か竹が伐採され、こんもりした丘が姿を現し、今は公園化された。
首塚と古墳はセットになっていない。古墳は明るいが首塚は禍々しく感じるのは仕方がない。古墳があるのを知ってて後から隣に首級を埋葬したのだろうか。
墳丘も首塚もそうだが、すぐ隣に新興住宅地があってフツーに暮らしているようです。



それはさておいて市のHPから。
「簗瀬二子塚古墳 前方後円墳 全長約80m、後円部径50m、高さ約8m、前方部巾52m、高さ7m 簗瀬字八幡平 丘陵 石製模造品、銀製垂飾付耳飾、勾玉、管玉、切子玉、算盤玉、棗玉、丸玉、小玉、金箔入り3連ガラス玉、金銅製三輪玉、馬具、直刀、鉄鏃、挂甲小札、須恵器、土師器、円筒埴輪、形象埴輪 」
何のこっちゃかワカラン。
旧い時代であればあるほど希少価値のあるものなのでしょうか。
出て来たものは何がなんなのかようワカランものだらけ。では登ってみましょうか。


前方後円墳だから、墳丘が前と後とあります。

横穴式の石室がありますが入室はできないです。中は暑そうだ。

芝生が植えられています。



私は古墳の形状よりも、城跡の塁壁や小口(虎口、掘割の方に惹かれるんですけどね。
でもまぁ古墳に惹かれないでもない。盛り上がりが美しいからです。イヤラしい言い方、表現をすると女性の身体のようだし。
前方部と後方部の間に立つと、女性の胸元に立ってるかのようだ。

再び市のHPから。
「左が前方部、右が後円部。馬蹄形の内堀、外堤、外周溝が巡り、墓域の全長は約130m 2段築造の墳丘で多量の円筒埴輪の樹立が認められた。6世紀初頭の築造。以前は個人所有の竹林であったが、安中市が買収し2015年7月に史跡公園として公開された。」
後円部に立って安中市街地を望む。
前から疑問に思っていたのですが、安中市には磯部温泉の旅館以外に高い建物、マンションが無い。何か規制があるのだろうか。


後円部から前方部を見たところ。
妙義山を向いている。山岳信仰だろうか。

前方部から後円部を見る。

墳丘の周囲は濠か溝があったようだ。



私が登っているこの古墳は碓氷川の中流から上流域では唯一の前方後円墳で、当時の時代としては群馬県で最大規模だそうです。
サイズを述べます。またまた市のHP他から。
墳丘の長さ、約80m
後円部は2段築成。
直径約50m
高さは約8m
前方部も2段築成。
幅は約60m
高さは約7m
外周溝も含めた古墳全域は、長さ125m以上、幅110m
出てきた出土品は、安中市の指定重要文化財に指定され、現在は安中市学習の森ふるさと学習館で保管されているそうです。
ふるさと学習館?ああ、あれか。
妙義山の蜃気楼を展示してあるあれね。大雪の日に行ったなぁ。
https://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-03-02
ダンボールに乗って斜面を滑ってみたいですね。子供のころやりませんでしたか?
場所によっては急斜面だから、途中で転がりそうだ。


公園東側に小さい資料館があった。パネルが展示してある。
見てもようワカラン。ホントにわからないのです私。








あまりデカい古墳は空から見て「ああ、こういうカタチなんだ」とわかるものだか、外周を歩いても退屈な散歩でしかないかも知れないね。
大きい古墳ほど水濠と木々を眺めてるだけだが、この程度の規模なら空から見なくても形状がなんとなく捉えられますね。
もうひとつ行ってみます。後閑3号墳。
市街地から県道48号を妙義山に向かって走り、九十九川を渡って県道216号を直進すると左手に見えてくる。



後閑3号墳は円墳です。12.6m、高さ2.2mとコンパクトサイズ。
土饅頭のようだ。
そこから出て来たものは、円筒埴輪、形象埴輪、鈴鏡、玉、鉄鏃、刀子、馬具、紡錘車・・・
やっぱり何だかわかんない。


3号墳とあるからにはかつては1号墳、2号古墳分は耕地整理された田んぼの中にポツンと復元されてある。


3号墳とあるからにはかつては1号墳、2号墳もあったのだろうか。
想像ですが、これら古墳が潰された背景は今と違って米増産が望まれた時代だと思う。遺跡保存という考えはなかったのでしょう。

どっから見ても同じやん!!


まぁ見てもツマンないね。
古墳の敷地内に碑があるんです。
この辺りを開墾整備した功績を讃える碑がデカくエラそうに建立している。
この古墳が残されたのはそのお陰かもしれない。


渋川方面で古墳群を見たので後日取り上げます。土饅頭がボコボコそこらじゅうにあったのだ。
2018-09-07 07:46
コメント(6)
焼きそば二皿食べて日帰り [居酒屋]
昼間の熱気がようやく和らいだ高崎市郊外、剣崎の夕昏。
まだ17時過ぎです。剣崎バス停からトボトボ歩いて来たのだが。

まだ開いてないでやんの。

店前にある赤い自販機に店の営業時間が貼ってあるぞ。


自販機にこういうプライベートな表示ってできるものなのか。
まるで「この自販機はウチらのものよ」と言っているかのような。
貼ってあるのでもなく、穴をあけて斜めに埋め込んであるのです。店の広告を提示することで設置料金をマケているとか。(笑)
その紙を見たら17時30開店だって。そうだったんだ。知らなんだ。

店の前の剣崎渋滞です。住んでた頃、私もこの渋滞に数回ハマったことがある。
しばらく外に佇んでいた。私はOPEN前に店を強制的に開けさせるのは好きじゃないのだ。そういうのは無理強いというものです。
宿なんかでもそう。いつかの冬場に蕎麦宿に行った際、浅草発11:00の電車が満席で1本ズラして10:00発にしたら14時に着いちゃったことがあるがその時だけです。
おすすめはこの時期だとカツオはわかるが、真ガキ?この時期に?

店内の照明は僅かに点いている。17時半まであと15分か。あ、店主が出てきた。
入らせていただきました。地元の常連さんでもないのに。悪いね開店前に。
この時間になればもう準備できてるからいつでも大丈夫ですと豪語しておったが、まぁ確かに手の込んだ料理があるわけじゃないしね。(失礼)
今だけ貸切。外はまだ明るい。店の中の方が暗いくらいだ。

猛暑日だったのと、五十子陣の散策疲れ?もあって生ビールが美味しい。乾いた喉が活きかえる。
おとおしの煮魚とネギも美味しい。





あ、おすすめメニューに焼きそばが書いてある。
「できますよ。かーちゃんからCメール行きましたよね」
「実はねぇ。今日行くかもよって連絡した直後に会社携帯(ガラケー)がブッ壊れてさ。キーは光るんだけどディスプレイが表示されなくなったのよ」
断線らしい。二つに折る携帯は長く使ってるといつか必ずそういう故障が起こり得るといっていい。
「だから店からの返信メールは見てないんだ」
今日は日帰りなので東京本社に寄らずにこっちに直行しようとしたのだが、会社携帯が壊れたので都内の携帯ショップに修理に出した。「私の携帯が壊れました。画面が点かないのです。何かあれば個人携帯にお願いします」と書き殴って全店FAXする為に本社にわざわざ立ち寄ったのですよ。
なのでこの店からの返信は見れなかったが私が来ることは伝わっている。だからおススメボードに書いてあるのだ。
「じゃぁ焼きそば」
「いきます早速??」
「うん。味濃いめで」





ママも18時に来た。来てから携帯事情を再度説明するハメに。
「携帯が壊れてさ。携帯ショップが9時から営ってなかったから、同じフロアにいる家の者(ジャン妻)に預けたんだよ。そしたらさっき、こっちに来る前に、和が家からメールが来てるわよ・・・って」
ジャン妻からのメール、最後の方は、浮気メールを知った恐妻のようだった。店からの返信内容は「今日も焼きそばありますよ。お待ちしています」だけだったのだが。
「でもそれって奥さんが(ジャン妻のこと)ウチの店を知ってるからいいですけど。会社の部下の女性に壊れた携帯預けて修理途中にそんなメール見たらヤバくないスか?」
修理途中でなくて台替機に返信が届いたんだけどね。でも確かにそうかも。「いったいどこで誰が焼きそば作って待ってるんですか?」て誤解されら。
「しかも店の名前が名前じゃないですか。群馬に別宅があるんですか?って」
現地妻か愛人と間違えられるかも知れないというのです。私はそんな甲斐性ないけどヤバイ。ジャン妻に預けてよかった。
もっとも私にそういうことを預けられる直属の部下はいないけどね。
「じゃぁこれから焼きそばで気を引いて、うふふ(ハートマーク)とか。和の字も我に変えて・・・」
止めてくれ~。要は第三者に携帯を渡さなければ、預けねければいいんだよな。
アブないから次からはi-Phoneのメッセージに変えよう。

マグロとアボガドのワサビ醬油和え。
「焼きそばもそうですけど。ちゃんとご用意したの気付いてくださるんですね」
「だって連絡くれたじゃん」
でもせっかくご用意したのに気が付かないお客もいるんだって。





合間に竹輪磯辺揚げを挟んで焼きそばは結局二皿食べたんですよ。食べ過ぎかな。
「青海苔無しで」
「歯と歯の間に挟まるからでしょ」
二皿めは野菜がやや多かった。
先に野菜を摘まむ。なるべく麺だけにする。
ベーコンの細切れも皿の脇に寄せ集めてそれだけ摘まむ。何とか麺だけになった。
これが正しい焼きそばである。私の好きなバージョン、ルックス。
でも私は焼うどんは具だくさんでないとイヤなのだ。








日帰りなんですよ今日は。群馬八幡19:14発、高崎発19:42の新幹線で帰京。
出る時もまだ明るかった。夜はまだまだこれからなのに。


気になることがある。ママに聞かれたの。
「部下はその後大丈夫ですか?」
「部下?」
さっきも言ったように部下がいないからジャン妻に壊れた携帯を預けたのだが。
答えを濁したが、まさかこの記事のことを言ってるのかな。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2018-05-27
この記事にはこの店も登場します。確かに店に相談しましたよ。店側が私のBlogを読まれてるってことはないか?
今日は日帰りです。
八幡駅にきた上り電車。




帰りの電車の中の中吊りです。
また言いやがるか。来てるじゃねぇかよ。
またすぐに来るよっ。
まだ17時過ぎです。剣崎バス停からトボトボ歩いて来たのだが。

まだ開いてないでやんの。

店前にある赤い自販機に店の営業時間が貼ってあるぞ。


自販機にこういうプライベートな表示ってできるものなのか。
まるで「この自販機はウチらのものよ」と言っているかのような。
貼ってあるのでもなく、穴をあけて斜めに埋め込んであるのです。店の広告を提示することで設置料金をマケているとか。(笑)
その紙を見たら17時30開店だって。そうだったんだ。知らなんだ。

店の前の剣崎渋滞です。住んでた頃、私もこの渋滞に数回ハマったことがある。
しばらく外に佇んでいた。私はOPEN前に店を強制的に開けさせるのは好きじゃないのだ。そういうのは無理強いというものです。
宿なんかでもそう。いつかの冬場に蕎麦宿に行った際、浅草発11:00の電車が満席で1本ズラして10:00発にしたら14時に着いちゃったことがあるがその時だけです。
おすすめはこの時期だとカツオはわかるが、真ガキ?この時期に?

店内の照明は僅かに点いている。17時半まであと15分か。あ、店主が出てきた。
入らせていただきました。地元の常連さんでもないのに。悪いね開店前に。
この時間になればもう準備できてるからいつでも大丈夫ですと豪語しておったが、まぁ確かに手の込んだ料理があるわけじゃないしね。(失礼)
今だけ貸切。外はまだ明るい。店の中の方が暗いくらいだ。

猛暑日だったのと、五十子陣の散策疲れ?もあって生ビールが美味しい。乾いた喉が活きかえる。
おとおしの煮魚とネギも美味しい。





あ、おすすめメニューに焼きそばが書いてある。
「できますよ。かーちゃんからCメール行きましたよね」
「実はねぇ。今日行くかもよって連絡した直後に会社携帯(ガラケー)がブッ壊れてさ。キーは光るんだけどディスプレイが表示されなくなったのよ」
断線らしい。二つに折る携帯は長く使ってるといつか必ずそういう故障が起こり得るといっていい。
「だから店からの返信メールは見てないんだ」
今日は日帰りなので東京本社に寄らずにこっちに直行しようとしたのだが、会社携帯が壊れたので都内の携帯ショップに修理に出した。「私の携帯が壊れました。画面が点かないのです。何かあれば個人携帯にお願いします」と書き殴って全店FAXする為に本社にわざわざ立ち寄ったのですよ。
なのでこの店からの返信は見れなかったが私が来ることは伝わっている。だからおススメボードに書いてあるのだ。
「じゃぁ焼きそば」
「いきます早速??」
「うん。味濃いめで」





ママも18時に来た。来てから携帯事情を再度説明するハメに。
「携帯が壊れてさ。携帯ショップが9時から営ってなかったから、同じフロアにいる家の者(ジャン妻)に預けたんだよ。そしたらさっき、こっちに来る前に、和が家からメールが来てるわよ・・・って」
ジャン妻からのメール、最後の方は、浮気メールを知った恐妻のようだった。店からの返信内容は「今日も焼きそばありますよ。お待ちしています」だけだったのだが。
「でもそれって奥さんが(ジャン妻のこと)ウチの店を知ってるからいいですけど。会社の部下の女性に壊れた携帯預けて修理途中にそんなメール見たらヤバくないスか?」
修理途中でなくて台替機に返信が届いたんだけどね。でも確かにそうかも。「いったいどこで誰が焼きそば作って待ってるんですか?」て誤解されら。
「しかも店の名前が名前じゃないですか。群馬に別宅があるんですか?って」
現地妻か愛人と間違えられるかも知れないというのです。私はそんな甲斐性ないけどヤバイ。ジャン妻に預けてよかった。
もっとも私にそういうことを預けられる直属の部下はいないけどね。
「じゃぁこれから焼きそばで気を引いて、うふふ(ハートマーク)とか。和の字も我に変えて・・・」
止めてくれ~。要は第三者に携帯を渡さなければ、預けねければいいんだよな。
アブないから次からはi-Phoneのメッセージに変えよう。

マグロとアボガドのワサビ醬油和え。
「焼きそばもそうですけど。ちゃんとご用意したの気付いてくださるんですね」
「だって連絡くれたじゃん」
でもせっかくご用意したのに気が付かないお客もいるんだって。





合間に竹輪磯辺揚げを挟んで焼きそばは結局二皿食べたんですよ。食べ過ぎかな。
「青海苔無しで」
「歯と歯の間に挟まるからでしょ」
二皿めは野菜がやや多かった。
先に野菜を摘まむ。なるべく麺だけにする。
ベーコンの細切れも皿の脇に寄せ集めてそれだけ摘まむ。何とか麺だけになった。
これが正しい焼きそばである。私の好きなバージョン、ルックス。
でも私は焼うどんは具だくさんでないとイヤなのだ。








日帰りなんですよ今日は。群馬八幡19:14発、高崎発19:42の新幹線で帰京。
出る時もまだ明るかった。夜はまだまだこれからなのに。


気になることがある。ママに聞かれたの。
「部下はその後大丈夫ですか?」
「部下?」
さっきも言ったように部下がいないからジャン妻に壊れた携帯を預けたのだが。
答えを濁したが、まさかこの記事のことを言ってるのかな。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2018-05-27
この記事にはこの店も登場します。確かに店に相談しましたよ。店側が私のBlogを読まれてるってことはないか?
今日は日帰りです。
八幡駅にきた上り電車。




帰りの電車の中の中吊りです。
また言いやがるか。来てるじゃねぇかよ。
またすぐに来るよっ。
2018-09-06 07:57
コメント(2)
上州三途川 [風景]
現世と彼岸の境目に流れる川を「三途川」といふ。
三途とは三悪道(餓鬼道、畜生道、地獄道)のこと。川を渡る方法として、善人は金銀七宝で造られた橋を渡り、軽罪人は浅瀬を渡河し、重罪人は深い瀬、難所を渡る、とされていたのが、平安時代末期に善人も罪人も渡し船で渡河する考え方に変わった。
渡し船で渡河するには渡し賃がかかる。六文と定められている。真田家の家紋のあれです。六道は、餓鬼、畜生、地獄、修羅、人間、天上、6つの世界を表す。
2004年の大河「風林火山」では、群馬県安中市上後閑にある長源寺(曹洞宗)のにいた晃運字伝という僧が、上州を去って武田に降る真田幸隆に、選別として渡されたのが六つの銭だった。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-07-20-6
あの銭は渡し賃です。
三途川は日本に3つか4つあって、
千葉県長生郡長南町に4.5km、
宮城県刈田郡蔵王町に1.8km、
有名な青森県の恐山、宇曽利山湖から流れる正津川も湖畔で渡る辺りを三途川といふ。賽の河原があり、積み石がされている。

もうひとつ。三途川は上州にもある。群馬県甘楽郡甘楽町を東西に結ぶ国道254線(西上州やまびこ街道)金井交差点から西側に歩道橋があり、その下を三途川が流れている。
上信電鉄なら上州新屋駅が最寄駅。高崎、吉井方面から新屋駅に入る直前に駅ホーム端を流れています。駅ホーム端から三途川鉄橋を覗いてみた。

上州新屋駅の駅前ロータリーを出てみる。

国道方面へ歩くとすぐに大きい表示が見えます。


初めて見た人はギョッとするだろう。でもここでもうあっさりと三途川を渡ってしまっている。六文銭無しで。
渡ったのは私だけじゃない。くるまがビュンビュン走っている。近隣は住宅も多く建っているから生活道でもあり、旧国道とバイパスを結ぶ裏道でもある。なので走行するくるまの量は少なくないです。




ここから川に沿って歩いてみた。
三途川はこれでも一級河川なので大雨時にはかなりの水量になるのではないか。一級河川には見えないが。
国道交通省のHPから。
『河川は上流部から小さな河川の合流を繰り返しながら徐々に海へ向かうにしたがい大きな河川となっていきます。
これら一群の河川を合わせた単位を「水系」と呼んでいます。
1965年に施行された河川法によって、国土保全上または国民経済上、特に重要な水系で政令で指定されたものを「一級水系」と呼んでいます。一級水系に係る河川のうち河川法による管理を行う必要があり、国土交通大臣が指定(区間を限定)した河川が「一級河川」です。
「二級河川」は一級水系以外の水系で公共の利害に重要な関係があるものに係る河川で、河川法による管理を行う必要があり、都道府県知事が指定(区間を限定)した河川です。
一級河川と二級河川とは、水系が違うので、同じ水系内に一級河川と二級河川が併存することはありません。
一般的には一級河川の方が規模も大きく、洪水等による災害が発生した場合の被害が大きいといえます。』
三途川は一級河川に見えないがなぁ。



人道橋が架かっていた。何だか手造りの感もする。自転車ぐらいなら渡れそうです。
この辺りにこういうものがないと住民の行き来が不便だから地元で架橋したのでしょう。

人道橋に乗って前後を望遠したところ。


三途川は緩やかにカーヴしている。

ここ上州の三途川は賽の河原も積んだ石も無い。自然の川というよりも、護岸工事が施された農業灌漑用水とそれを逃がす水路のようだ。

国道254号線が見えてきた。

国道254がこの川を渡るコンクリートの橋を三途橋という。橋にはプレートがかかっている。




御堂がある。この御堂があるのは知ってました。私は平成24年~翌25年3月まで滞在したが、その間、私は回数を覚えてないほどこの三途橋を東西に渡河してるのですよ。
最初の頃は新道のバイパスを走行していたのですが、バイパス沿いには飲食店が殆ど無かったので、旧国道沿いを走るようになったのです。この御堂と三途川界隈に地元の信金の支店があり、そこを解約するのに出向いた時に「三途川を見つけたの。
最初は「何だこの名前は?冥界への入口か?」と思った。ただ、くるまだからあっという間に過ぎてしまい、こうしてしっかり見たことはなかった。

三途川には懸衣翁、奪衣婆という老夫婦の番人がいて、渡河銭の六文銭を持たない死者が来たら渡し賃の代わりに衣類を剥ぎ取るのだが、御堂にはその奪衣婆を祀ってあると。
脱衣ではなくて奪衣です。これはおそらく悪童に対しての戒め「悪いことをすると衣服を剥ぎ取られるよ」なんだろうね。



解説板が西日に反射して読みにくいのだが。こうあった。
「三途川は利根川水系白倉川の支流で、水源地から長さ約2.5キロ流れて白倉川に合流する。
三途橋は国道254号に架かる。脱衣婆が祀られる姥子堂は鍵がかかり普段は入れないが、窓の隙間から見ることはできる。
問い合わせは宝勝寺。群馬県甘楽町金井375の1(以下、電話番号)」
窓の隙間から見ることはできるってか。でも止めといた。うっかり覗いてその奪衣婆と目があったら。



歩道橋に上がってみる。
御堂を見下ろす。くるまがひっきりなしに三途川を渡っている。

ここから上流、山の方角です。

ここから川の源流まで2kmも無いようです。総延長2.5km足らずだから冬場ならここから川に沿って上信越道近くの源流まで歩いて行けそうだが。
その総延長2.5kmの間にMAP上で数えてみたら、三途川を渡る橋の数は、大小合わせてだいたい16橋あった。幾つかの生活農道がこの川を普通に渡河していた。
そして上信越自動車道、甘楽PAのすぐ南で消えている。

東西を貫く国道254線富岡バイパス(西上州やまびこ街道)はこの川を渡っていません。三途川は新屋駅の北で、鏑川の支流である白倉川と合流しており、その白倉川を渡っています。
そのすぐ先、白倉川は西上州の大河、鏑川に注いでいます。

新屋駅に戻ります。また三途川を渡ります。



駅舎には女子高生が2人いて、女らしくないカッコしてグデェ~ッとしておったよ。
駅舎の中は西日が射しこみサウナ状態でいられないです。
新屋駅は無人駅です。券売機もない。車内で整理券を取って終点高崎駅で精算するのです。

汗びっしょりになったので肌着を替えることにした。外回りの私はこの時期、カバンの中に替えの肌着、シャツを必ず1枚持っている。他に制汗剤や香水も。
では何処で着替えるか。駅舎にはさっきの女子高生がいたし。駅ホーム、三途川鉄橋寄りに簡易的な待合所があった。上州は風が強いので、上信電鉄も上毛電鉄もそうですが、どんな小さい無人駅ホームにもこういう退避所があるのです。他に誰もいないし。その中で着替えました。

その待合所は三途川の隣といえば隣にある。すぐそこを流れている。着替えたことで三途川を管理する奪衣婆に肌着を剥ぎ取られた気がしないでもないな。

上信電鉄高崎上り電車がキタ。
この電車で高崎へ戻るにはまた三途川を渡らなくてはならない。
六つの銭が乗客の数だけ必要なのだ。私自身の運賃は六文銭どころか確か620円だったかな。三途川を渡る上信電鉄は結構高い運賃なのだ。




前面展望?今まさに電車が三途川を渡るところです。
運ちゃんはこの鉄橋が現世と彼岸の境目に流れる川を渡るのを知っているのだろうか。





今度は旧車なので揺れます。上信電鉄のボロ車両は、左右に振られるだけではなく上下にも揺れるんですよ。乗馬してるみたいだ。
この日は泊まらずに日帰りなのですが、群馬八幡から呼び出しが。。。
三途とは三悪道(餓鬼道、畜生道、地獄道)のこと。川を渡る方法として、善人は金銀七宝で造られた橋を渡り、軽罪人は浅瀬を渡河し、重罪人は深い瀬、難所を渡る、とされていたのが、平安時代末期に善人も罪人も渡し船で渡河する考え方に変わった。
渡し船で渡河するには渡し賃がかかる。六文と定められている。真田家の家紋のあれです。六道は、餓鬼、畜生、地獄、修羅、人間、天上、6つの世界を表す。
2004年の大河「風林火山」では、群馬県安中市上後閑にある長源寺(曹洞宗)のにいた晃運字伝という僧が、上州を去って武田に降る真田幸隆に、選別として渡されたのが六つの銭だった。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-07-20-6
あの銭は渡し賃です。
三途川は日本に3つか4つあって、
千葉県長生郡長南町に4.5km、
宮城県刈田郡蔵王町に1.8km、
有名な青森県の恐山、宇曽利山湖から流れる正津川も湖畔で渡る辺りを三途川といふ。賽の河原があり、積み石がされている。

もうひとつ。三途川は上州にもある。群馬県甘楽郡甘楽町を東西に結ぶ国道254線(西上州やまびこ街道)金井交差点から西側に歩道橋があり、その下を三途川が流れている。
上信電鉄なら上州新屋駅が最寄駅。高崎、吉井方面から新屋駅に入る直前に駅ホーム端を流れています。駅ホーム端から三途川鉄橋を覗いてみた。

上州新屋駅の駅前ロータリーを出てみる。

国道方面へ歩くとすぐに大きい表示が見えます。


初めて見た人はギョッとするだろう。でもここでもうあっさりと三途川を渡ってしまっている。六文銭無しで。
渡ったのは私だけじゃない。くるまがビュンビュン走っている。近隣は住宅も多く建っているから生活道でもあり、旧国道とバイパスを結ぶ裏道でもある。なので走行するくるまの量は少なくないです。




ここから川に沿って歩いてみた。
三途川はこれでも一級河川なので大雨時にはかなりの水量になるのではないか。一級河川には見えないが。
国道交通省のHPから。
『河川は上流部から小さな河川の合流を繰り返しながら徐々に海へ向かうにしたがい大きな河川となっていきます。
これら一群の河川を合わせた単位を「水系」と呼んでいます。
1965年に施行された河川法によって、国土保全上または国民経済上、特に重要な水系で政令で指定されたものを「一級水系」と呼んでいます。一級水系に係る河川のうち河川法による管理を行う必要があり、国土交通大臣が指定(区間を限定)した河川が「一級河川」です。
「二級河川」は一級水系以外の水系で公共の利害に重要な関係があるものに係る河川で、河川法による管理を行う必要があり、都道府県知事が指定(区間を限定)した河川です。
一級河川と二級河川とは、水系が違うので、同じ水系内に一級河川と二級河川が併存することはありません。
一般的には一級河川の方が規模も大きく、洪水等による災害が発生した場合の被害が大きいといえます。』
三途川は一級河川に見えないがなぁ。



人道橋が架かっていた。何だか手造りの感もする。自転車ぐらいなら渡れそうです。
この辺りにこういうものがないと住民の行き来が不便だから地元で架橋したのでしょう。

人道橋に乗って前後を望遠したところ。


三途川は緩やかにカーヴしている。

ここ上州の三途川は賽の河原も積んだ石も無い。自然の川というよりも、護岸工事が施された農業灌漑用水とそれを逃がす水路のようだ。

国道254号線が見えてきた。

国道254がこの川を渡るコンクリートの橋を三途橋という。橋にはプレートがかかっている。




御堂がある。この御堂があるのは知ってました。私は平成24年~翌25年3月まで滞在したが、その間、私は回数を覚えてないほどこの三途橋を東西に渡河してるのですよ。
最初の頃は新道のバイパスを走行していたのですが、バイパス沿いには飲食店が殆ど無かったので、旧国道沿いを走るようになったのです。この御堂と三途川界隈に地元の信金の支店があり、そこを解約するのに出向いた時に「三途川を見つけたの。
最初は「何だこの名前は?冥界への入口か?」と思った。ただ、くるまだからあっという間に過ぎてしまい、こうしてしっかり見たことはなかった。

三途川には懸衣翁、奪衣婆という老夫婦の番人がいて、渡河銭の六文銭を持たない死者が来たら渡し賃の代わりに衣類を剥ぎ取るのだが、御堂にはその奪衣婆を祀ってあると。
脱衣ではなくて奪衣です。これはおそらく悪童に対しての戒め「悪いことをすると衣服を剥ぎ取られるよ」なんだろうね。



解説板が西日に反射して読みにくいのだが。こうあった。
「三途川は利根川水系白倉川の支流で、水源地から長さ約2.5キロ流れて白倉川に合流する。
三途橋は国道254号に架かる。脱衣婆が祀られる姥子堂は鍵がかかり普段は入れないが、窓の隙間から見ることはできる。
問い合わせは宝勝寺。群馬県甘楽町金井375の1(以下、電話番号)」
窓の隙間から見ることはできるってか。でも止めといた。うっかり覗いてその奪衣婆と目があったら。



歩道橋に上がってみる。
御堂を見下ろす。くるまがひっきりなしに三途川を渡っている。

ここから上流、山の方角です。

ここから川の源流まで2kmも無いようです。総延長2.5km足らずだから冬場ならここから川に沿って上信越道近くの源流まで歩いて行けそうだが。
その総延長2.5kmの間にMAP上で数えてみたら、三途川を渡る橋の数は、大小合わせてだいたい16橋あった。幾つかの生活農道がこの川を普通に渡河していた。
そして上信越自動車道、甘楽PAのすぐ南で消えている。

東西を貫く国道254線富岡バイパス(西上州やまびこ街道)はこの川を渡っていません。三途川は新屋駅の北で、鏑川の支流である白倉川と合流しており、その白倉川を渡っています。
そのすぐ先、白倉川は西上州の大河、鏑川に注いでいます。

新屋駅に戻ります。また三途川を渡ります。



駅舎には女子高生が2人いて、女らしくないカッコしてグデェ~ッとしておったよ。
駅舎の中は西日が射しこみサウナ状態でいられないです。
新屋駅は無人駅です。券売機もない。車内で整理券を取って終点高崎駅で精算するのです。

汗びっしょりになったので肌着を替えることにした。外回りの私はこの時期、カバンの中に替えの肌着、シャツを必ず1枚持っている。他に制汗剤や香水も。
では何処で着替えるか。駅舎にはさっきの女子高生がいたし。駅ホーム、三途川鉄橋寄りに簡易的な待合所があった。上州は風が強いので、上信電鉄も上毛電鉄もそうですが、どんな小さい無人駅ホームにもこういう退避所があるのです。他に誰もいないし。その中で着替えました。

その待合所は三途川の隣といえば隣にある。すぐそこを流れている。着替えたことで三途川を管理する奪衣婆に肌着を剥ぎ取られた気がしないでもないな。

上信電鉄高崎上り電車がキタ。
この電車で高崎へ戻るにはまた三途川を渡らなくてはならない。
六つの銭が乗客の数だけ必要なのだ。私自身の運賃は六文銭どころか確か620円だったかな。三途川を渡る上信電鉄は結構高い運賃なのだ。




前面展望?今まさに電車が三途川を渡るところです。
運ちゃんはこの鉄橋が現世と彼岸の境目に流れる川を渡るのを知っているのだろうか。





今度は旧車なので揺れます。上信電鉄のボロ車両は、左右に振られるだけではなく上下にも揺れるんですよ。乗馬してるみたいだ。
この日は泊まらずに日帰りなのですが、群馬八幡から呼び出しが。。。
2018-09-05 06:56
コメント(6)
来てやったよっ [日常の情景]
さて、私の第二の故郷、群馬である。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2018-05-27-1
で取り上げた歓迎会で、自分は群馬に対してひとつのけじめ、区切りはついたと思っている。
この記事は5月末ですが、あれから「よし!!群馬に行こう!!」という気にならなくなった。もう私が出しゃばることはよくない。次世代や草6号の台頭もあるので、後身を育成するにはその者にやらせるしかないし。自分で動いちゃだめなのだと自分に言い聞かせた。
6月から暑い日が続いたので群馬出張に出向く気力が薄れているのもある。めんどくさいから現地にいる草6号にやらせようと人任せな気分になり、首都圏だけ、近場だけ廻っていたら、JR東海道線茅ケ崎駅でこんなコピーを発見した。

誰よこれ?
最初は誰かわからなかった。
何だこのキャッチコピーは?

何で来ないのよだと?
早く来なさいよだと?
行きたくてもそうそう行けねぇんだよっ。
傍らのぐんまちゃんがこのオンナに対して「そこまで言わなくても」とオドオドしているじゃないか。
このポスター、関東圏のJRの駅でよく見かけた。これは浦和駅で。

別に井森美幸さんに含むところはないよ。
少々この言いグサ、キャッチコピーが勘に触っただけさ。井森さんが群馬大使なのは知ってるけどさ。ご本人は故郷の下仁田に帰ってるんかい?
下仁田出身の女性社員が2人います。ひとりに聞いてみた。
「井森美幸さんって近所か?」
「近所ではないですけど・・・」
甘楽郡も下仁田も広いので、ご近所様にあたる可能性は低いだろう。で、・・・の後、妙な答えが付いていた。
「身内のマブダチなんです」
ここから先はプライバシー保護の為に振れませんが、その子はマブダチ、本物や本当をマブ、友達をダチ、1970年頃の造語を知っていたのに驚いたよ。マブダチなんて久しぶりに聞いた。今現在の私はマブダチなんていないモン。社内に盟友(メイトモ)はいるが、それはあくまで在職していてこそだからね。
私が聞いたその子は20代半ばなので、お母さんが若かったらお母さんと井森美幸さんは世代的には一致する。でもそれ以上は聞かないでおいた。








井森さんの群馬時代、幼少期は謎に包まれている。現地で聞けば幾つか情報が得られる可能性はあるが「何でそんなこと聞くんですか?美幸さんのファンなんですか?」ハナシがヤヤコシクなる可能性があるからです。

だから来てやったよっ!!

「お前はまだグンマを知らない」とか「何で来ないのよ。早く来なさいよ」ここまでコールしないと群馬が普及しないのだろうか。
「群馬で待ってるわよ」「群馬で待ってるからね」・・・
でも来てくれないからムキになったように「何で来ないのよっ」てか。(笑)
で、井森美幸さんのお誘いに乗って来たんだけど、高崎駅で上信電鉄の発車時間まで時間があったので、高崎駅構内の売店をウロついてたら、突然、
ボエエエエエエエエエエエエエエエッ!!
蒸気機関車が咆哮を上げた。
うるっせぇなぁ。
凄いニオイと薄っすらとしたガスが駅南口を東西に結ぶ連絡通路に充満した。
通行人で「何だこのニオイは?って言った人がいたよ。
高崎から水上までを運行するSL水上らしいが、今日は平日だぜ。


上信電鉄改札の通路から見たら、そこに停まっているSLがモクモク黒煙を上げている。SLみなかみらしい。
私はSLファンでも何でもない。ディーゼルカーの方が好きである。
蒸気機関車が臭うだの煙いだの、沿線に忌避された要因はこれだな。
SLはDLに牽引されて車両基地に消えていった。
上信電鉄ホームへ。
上信電鉄はいつまで経ってもSuica、Pasmoに対応できない。そういうのを導入する気は無いらしい。世界遺産があるのにね。
未だにキップにハサミを入れるんですよ。メガネかけたイモなおねいさんがハサミを入れてくれた。
殆どが無人駅だしそこは開き直っているかのようだ。対応すべく全駅に導入したら会社が潰れるかも知れない。

新車だった。
7000型車両らしい。
座席はボックスシートだった。それに走行中の揺れが少ないのである。電車がカーヴで左右に揺れるのは仕方がないが、上信電鉄は上下に揺れるんですよ。カーヴだけでなく直線区間でも揺れるの。
でもこの新型車両は揺れがあまりなかった。
新型車両を発注した辺りは儲かっているのかな。

上信電鉄は群馬エリアで活躍して近年引退した107系車両を受け入れている。あのドアを手で開閉するあれです。高崎駅構内に何両か停車、留置してあった。
そのままで使用するのではなく、ボディの塗装やデザインを変えて再利用するのでしょう。


私が上信電鉄新型車両でわ・ざ・わ・ざ・見に行ったものがこれです。
鉄橋ではなく、その下を流れる川です。
その川の名は・・・。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2018-05-27-1
で取り上げた歓迎会で、自分は群馬に対してひとつのけじめ、区切りはついたと思っている。
この記事は5月末ですが、あれから「よし!!群馬に行こう!!」という気にならなくなった。もう私が出しゃばることはよくない。次世代や草6号の台頭もあるので、後身を育成するにはその者にやらせるしかないし。自分で動いちゃだめなのだと自分に言い聞かせた。
6月から暑い日が続いたので群馬出張に出向く気力が薄れているのもある。めんどくさいから現地にいる草6号にやらせようと人任せな気分になり、首都圏だけ、近場だけ廻っていたら、JR東海道線茅ケ崎駅でこんなコピーを発見した。

誰よこれ?
最初は誰かわからなかった。
何だこのキャッチコピーは?

何で来ないのよだと?
早く来なさいよだと?
行きたくてもそうそう行けねぇんだよっ。
傍らのぐんまちゃんがこのオンナに対して「そこまで言わなくても」とオドオドしているじゃないか。
このポスター、関東圏のJRの駅でよく見かけた。これは浦和駅で。

別に井森美幸さんに含むところはないよ。
少々この言いグサ、キャッチコピーが勘に触っただけさ。井森さんが群馬大使なのは知ってるけどさ。ご本人は故郷の下仁田に帰ってるんかい?
下仁田出身の女性社員が2人います。ひとりに聞いてみた。
「井森美幸さんって近所か?」
「近所ではないですけど・・・」
甘楽郡も下仁田も広いので、ご近所様にあたる可能性は低いだろう。で、・・・の後、妙な答えが付いていた。
「身内のマブダチなんです」
ここから先はプライバシー保護の為に振れませんが、その子はマブダチ、本物や本当をマブ、友達をダチ、1970年頃の造語を知っていたのに驚いたよ。マブダチなんて久しぶりに聞いた。今現在の私はマブダチなんていないモン。社内に盟友(メイトモ)はいるが、それはあくまで在職していてこそだからね。
私が聞いたその子は20代半ばなので、お母さんが若かったらお母さんと井森美幸さんは世代的には一致する。でもそれ以上は聞かないでおいた。








井森さんの群馬時代、幼少期は謎に包まれている。現地で聞けば幾つか情報が得られる可能性はあるが「何でそんなこと聞くんですか?美幸さんのファンなんですか?」ハナシがヤヤコシクなる可能性があるからです。

だから来てやったよっ!!

「お前はまだグンマを知らない」とか「何で来ないのよ。早く来なさいよ」ここまでコールしないと群馬が普及しないのだろうか。
「群馬で待ってるわよ」「群馬で待ってるからね」・・・
でも来てくれないからムキになったように「何で来ないのよっ」てか。(笑)
で、井森美幸さんのお誘いに乗って来たんだけど、高崎駅で上信電鉄の発車時間まで時間があったので、高崎駅構内の売店をウロついてたら、突然、
ボエエエエエエエエエエエエエエエッ!!
蒸気機関車が咆哮を上げた。
うるっせぇなぁ。
凄いニオイと薄っすらとしたガスが駅南口を東西に結ぶ連絡通路に充満した。
通行人で「何だこのニオイは?って言った人がいたよ。
高崎から水上までを運行するSL水上らしいが、今日は平日だぜ。


上信電鉄改札の通路から見たら、そこに停まっているSLがモクモク黒煙を上げている。SLみなかみらしい。
私はSLファンでも何でもない。ディーゼルカーの方が好きである。
蒸気機関車が臭うだの煙いだの、沿線に忌避された要因はこれだな。
SLはDLに牽引されて車両基地に消えていった。
上信電鉄ホームへ。
上信電鉄はいつまで経ってもSuica、Pasmoに対応できない。そういうのを導入する気は無いらしい。世界遺産があるのにね。
未だにキップにハサミを入れるんですよ。メガネかけたイモなおねいさんがハサミを入れてくれた。
殆どが無人駅だしそこは開き直っているかのようだ。対応すべく全駅に導入したら会社が潰れるかも知れない。

新車だった。
7000型車両らしい。
座席はボックスシートだった。それに走行中の揺れが少ないのである。電車がカーヴで左右に揺れるのは仕方がないが、上信電鉄は上下に揺れるんですよ。カーヴだけでなく直線区間でも揺れるの。
でもこの新型車両は揺れがあまりなかった。
新型車両を発注した辺りは儲かっているのかな。

上信電鉄は群馬エリアで活躍して近年引退した107系車両を受け入れている。あのドアを手で開閉するあれです。高崎駅構内に何両か停車、留置してあった。
そのままで使用するのではなく、ボディの塗装やデザインを変えて再利用するのでしょう。


私が上信電鉄新型車両でわ・ざ・わ・ざ・見に行ったものがこれです。
鉄橋ではなく、その下を流れる川です。
その川の名は・・・。
2018-09-04 07:10
コメント(15)
炎天下37℃の散策・五十子陣 [隠れ郷土史]
埼玉県本庄市史から。
『五十子陣は本庄市東五十子・西五十子を中心とした地域にある。
本庄台地の最東端にあり、東は身馴川(小山川)西は女堀川に挟まれている。
その台地の先端あたる東五十子小字城跡を地元では五十子城と呼んでおり、一般に五十子陣というとこの付近を指している。』

伊東潤氏の著書「叛鬼」が私の自室に埃を被って置いてあります。
主人公は長尾景春という人。下剋上の黎明期に関東を荒らしまわった人で、文明8年(1476年)に駿河今川家で内紛が起きる前の頃に名前が現れるのだが、永正8年(1511年)頃までの30年、関東で叛乱に明け暮れてばかりいた。
長尾家は幾つかあるのですが、上州渋川の白井長尾家を出たこの人は、生涯の殆どを戦争と叛乱に明け暮れ、畳の上で枕を高くして寝たことが無いのではないかと思わせるくらい波乱な生涯を送った。
同じ時代に起きた駿河今川家の内紛調停の為に伊勢新九郎(北条早雲)が下向し、東国から太田道灌もやってきたが、道灌は後顧の憂いがあった。その憂いはが長尾景春と景春のせいで?ダラダラ続いている関東の騒乱や内紛をいう。
伊勢新九郎、太田道灌、その前後に名前が出てくる人である。
私は読んだが共感できなかった。何がしたいのかわからない。上手く説明できないのは読んだ私が理解できていないからである。
小説の中で自分も言っているが「己の生涯は私怨で支えられてきた。私怨が無ければ生きる宛所はなかった」
大望が無いのである。感情移入できなかった。
私は主人公の景春が何をやりたいのかさっぱりわからなかった。読み終えた印象は関東を蹂躙した人、引っ掻き回した人という印象でしかない。
登場人物が山内、扇谷、関東公方他、初めて知るような人物ばかりで新鮮だったが、どういう相関関係かよく勉強しないとわからない世界である。
再読はないだろう。では何で読まないで埃が被ったままこの書籍を取り置きしてあるかというと、小説の舞台に奇妙な名前、あまり聞かない名前で、おそらく振り仮名でも振ってなければまず読めない地名、陣場があって、そこを探訪する為だけに取って置いたのです。
五十子陣!!
といいます。
読めます?「いかっこじん」というそうです。「いかこのじん」とも。
氏の小説、本文中から、五十子陣の箇所だけ転載させていただきます。
「山内上杉家の家督を継承し、第二十四代関東管領の座に就くべく、越後上杉家から養子入りしてきた少年の名は上杉顕貞といった。時は応仁元年(1467)三月、場所は武蔵国の五十子陣である。」
「顕貞の新管領就任式は本来であれば山内家の本拠・平井城で行われるべきだったが、古河公方との対立が緊迫の度合いを深めており、上杉方諸将が防陣を固める最前線の五十公人で挙行された。」
何故、五十子陣が作られたのか。
「室町幕府の東国統治を担う関東公方と、その政務執行機関である関東管領とは反目し合い、幾多の政治的軋轢と武力衝突の結果、関東公方は古河に移り、利根川を隔て上杉方勢力と対峙するようになっていたからである。」
「上杉方は防御拠点として武蔵国の本庄台地に五十子陣を築き、古河公方勢力の侵攻を阻んできた。この地は鎌倉街道とその分岐線に近い上、利根川の渡河拠点を押さえる役割を果たしており、攻撃と防御双方の面で理想的な位置にあった。」
どのようなスケールだったのか。
「五十子陣は陣と呼ばれることから分るとおり、複雑な縄張りを持つ城や要害の類ではなく、単郭の上、その広さも南北二百メートル、東西百五十メートルで、外周に幅十メートルの空堀と高さ三メートルの土塁が一重めぐっているだけである。」
「本陣代わりの主殿や櫓などの建造物も質素な上に、必要最小限のものが建てられているだけで、前線の駐屯地と呼ぶに相応しかった。」
「その五十子陣に、関東各地から国人や一揆の祝賀使が引きもきらずやってきた」
いかっこ、いかっこ、かっこかっこかっこ・・・(笑)五十子陣が度々出てくるのです。
この変わった名は氏の小説で初めて知った。場所は埼玉県本庄市の何処かにあったことは間違いないらしいが、現在は農地化してしまい後世の壊変が激しく「ここにありました」というものは殆ど立っていない。
それでも三か所に「五十子陣があった」程度の解説板と、地元でその地名が残っている箇所を発見しましたが、五十子陣そのものの説明はなかった。「そこにかつてあった」だけです。
ではそこを探訪する前に、五十子陣があった頃の難しくややこしい時代背景についてざっくり言うと、古河公方(もと鎌倉公方)の足利家と、関東管領上杉家が双方で暗殺も含めたドロドロした抗争を続けるのです。これが20年近く続いていた。
五十子陣が最初に構築されたのは長禄3年(1459年)頃だそうです。(本庄市内の史料から)この頃、古河公方側と関東管領側、双方勢力の境目でもあった利根川は現在のように東西ではなくやや南北に流れていて、武州では東が古河公方側、西が関東管領側といっていい。それでも管領側の封土は利根川に沿って西へ細長くなっている。分断されやすい。
その頃の関東管領だった上杉房顕という人が、古河公方軍への最前線でもあり、緩衝地帯でもあった本庄台地に楔(クサビ)として築いたのです。関東管領側にとって大事なポイントだった。川中島の海津城のようなものか。
まっさらな台地に造ったのではなく、もともとそこに環濠のような集落があったと推定される。
最前線にあった五十子陣はあくまで城でも政庁でもはなく陣地だという。それも平城の広大な陣場だったらしい。行ってみるとわかるが要害ともいえない。飛び抜けた高地は無いようだし、台地の比高も6mほどしかないようです。その辺りを走っていても急坂や段差が少ないのだ。
古河公方軍は五十子陣を攻撃しようとして同年10月に熊谷、館林、板倉で野戦になっている。
その後、陣の立地条件と性格上、五十子陣は上杉軍の拠点となり古河公方側と睨みあいの長期戦になり、その間に度々小競り合いはあったらしいが、籠城戦になる前に野戦になったと推定されます。
文正元年(1466年)2月に上杉房顕が五十子陣内で死去し、急遽養子になったのが冒頭の小説、叛鬼・長尾景春の生涯の天敵となる上杉顕定という人。
関東管領上杉家は2つあり、管領職が山内上杉家で、もうひとつ扇谷上杉家は分家のようなものだが、扇谷上杉家の家宰に太田資清、道灌父子がいるので何とか持っている。
では山内上杉家の家宰は誰かというと、幾つかある長尾家の持ち回り制によって任命されていたらしいのだが、「叛鬼」の主人公である長尾景春の父景信(白井長尾家)が家宰職だった。この人も文明5年(1473年)に五十子陣内で死去し、嫡男の景春は白井長尾家の家督は継いだが、山内上杉家の家宰職は与えられなかったという。上杉顕定が別の長尾家当主を家宰職に据えたのです。惣社長尾家の長尾忠景(景春の叔父)という人に与えた。
この人事を景春が恨んだ。私怨です。深く深く恨んで叛乱を起こす。後年30年も暴れまわるところを見るとかなり根に持ったようです。顕貞を骨の髄まで恨んだといっていい。
もっとも調べてみたら、山内上杉家の家宰職は、景春の祖父景仲、父景信と2代続けて白井長尾家から出たので、一族内のバランスと景春の年齢等を鑑みてそうしたか、白井家の力が強くなることを避けた節がある。持ち回り制っだったのかも知れない。
長尾景春はこの人事を深く恨んだが、山内上杉家傘下の武士団には、家宰職がこのまま白井家のままであれば利権を失わずに済む者もいて、そこ危惧して景春の乱に同調した者も少なからずいた。
叛鬼・景春は太田道灌が今川氏の内紛に介入して駿河に滞在していた文明8年(1476年)6月に最初の叛乱を起こすのだが、翌文明9年(1477年)正月に景春は2500騎の兵で五十子陣を急襲して僅か1日で陥落させてしまった。五十子の戦いとはそれまでの関東管領軍VS古河公方軍ではなく、関東管領側に叛乱を起こしたこの戦いを指すらしい。五十子陣は敵国だった古河公方軍ではなく、それまで身内だった筈の長尾景春の「人事逆恨み」が原因で陥落、炎上した。景春は五十子陣の内部を当然知っているので、攻めるに易かったということでしょう。

それからの叛旗・景春の経歴は省略します。後年時代が代わって永正10年(1513年)頃に景春は闘い疲れたのか、武装解除されたの如く駿河に亡命するのですが、それまで30年以上も関東各地で抵抗を続ける。ここまで逆恨みできるものだろうか。
現在の五十子陣の辺りです。あくまで現地名に残る東五十子、西五十子地区からそれらしき風景を取り上げます。全く面影ないです。


五十子陣の現在は国道17号線(中山道)が北西から南東方向にかけて縦断し、沿線には工場、店舗、宅地が立ち並んでいて確認が難しい。
現在も地名が残る東五十子、西五十子地区、鵜の森交差点から西田交差点辺りと推定される。その辺りの台地は比高差が3mから4m程度しかないが、利根川に注ぐ支流の小山川、女堀川、もうひとつの河川は現在は調整工事の行き届いた小河川だが往時は自然の外堀を形成していたと想像するしかない。
これらの河川は兵員や物資の輸送にも利用されたに違いない。


五十子には本庄市清掃センター、水処理場、市営清掃センター、変電所、高圧線鉄塔、想像できない光景が広がる。笑ったのが市営のスーパー銭湯「湯かっこ」、東北弁で温泉を「湯っ子」と言うのと、ここの地名の「五十子」をひっかけたものに決まっている。
自然地形でそれらしいものを撮るしかないんですよ。平城だし。恒久的に作られた城ではないから。


それでも断片的に幾つかあたってみた。本庄市内を東西に貫く国道17号線、鵜殿交差点。ここを左折すると・・・。

汚い水田の向こうに小さい浅間神社を祀った丘がある。本庄市史ではこれが五十子陣の土塁の残存だと言っていた。あくまで推定地として載せておきます。





神社のいわれを記した解説板には「この地が五十子(いかっこ)城砦の要害の地であることから・・・」とある。








もう1箇所ある。
西五十子の交差点手前右手にある若電神社、ここも境内に小山(古墳か?)があるのですが。。。




そこの御由緒にも「東五十子は南を小山川、北を女堀に挟まれた地域で集落は台地上にある。中世には五十子のうちに含まれ、長禄三年(1459年)頃、関東管領山内上杉房顕が当地に砦を築いて自ら滞在して陣頭指揮を執ったので、これを五十子陣と呼ぶ。」






他にもうひとつあった。西五十子にある本庄総合公園脇にある大寄諏訪神社にも五十子陣について僅かに触れている。
でもその記述は今回取り上げる関東騒乱のものではなく、もっともっと前の平安時代に誰かが五十子に陣を構えた記述だった。
五十子にある幾つかの社も、五十子陣の消滅に前後して移設されたか廃されたのを後世に再興して、そのいわれを記す過程で「ここに五十子陣があった」とおまけのように記されているだけなのです。



これは本庄総合公園近くの五十子の風景。ここも推定地らしい。そこかしこに段差があるのは後世の壊変でしょう。




この日も車外温度37度の散策だった。
ここへ来る前、本庄駅前にある破れたテントののラーメン屋の寡黙な店主が呟くように「35℃だからな」ニヤッと笑ってたが、レンタカーの温度計はそれを上回った。ボンネットにタマゴを落としたら目玉焼きができるのではないか。

暑さにめげずに本庄市で史料を漁った。五十子陣についてはかなりの頁数を割いていたが、記録されているものの場所が現在の何処にあたるのかおぼろげで掴みようがない。あくまで記録の為に残したもで、現在の地形で考察するのは難しい。川を渡りながら段差や窪みを探して推定、想像するしかないのですよ。
解説板を拾うなら、①鵜の森の浅間神社、②西五十子の若電神社、③西五十子の大寄諏訪神社がポイントです。
今回は発見できなかったのですが何処かに「本庄かるた」の「く」があって、そこには「桑茂る 五十子合戦 古戦場」とあるとか。



五十宇子陣は恒久的なものではない。あくまで陣城です。
陣城というのは政庁ではないので、戦線が移動したり、そこを制圧して滞陣する目的が失せたら放棄されて廃れていくものです。残しておいたって維持管理費がかかるしその意味が無い。だから無くなって自然に還るのは仕方がないが、具体的遺構が存在しなくとも20年以上の騒乱の在陣地なので、場所が正確でなくても現地解説版や標柱があればいいのになと思いました。
この後、坂東大橋を渡って伊勢崎市に向かう途中にヘンなものを見つけて見物したのですが、それは項を改めます。
レンタカーを返して本庄駅に戻ります。あの破れテントのラーメン屋が見える。



高崎駅へ着いたらこの女性に責めるように迎えられた。
「何で来ないのよ」
「早く来なさいよ」
るせぇなこのオンナは。
生意気言ってるこの女性は群馬県某所の出身なのだ。
『五十子陣は本庄市東五十子・西五十子を中心とした地域にある。
本庄台地の最東端にあり、東は身馴川(小山川)西は女堀川に挟まれている。
その台地の先端あたる東五十子小字城跡を地元では五十子城と呼んでおり、一般に五十子陣というとこの付近を指している。』

伊東潤氏の著書「叛鬼」が私の自室に埃を被って置いてあります。
主人公は長尾景春という人。下剋上の黎明期に関東を荒らしまわった人で、文明8年(1476年)に駿河今川家で内紛が起きる前の頃に名前が現れるのだが、永正8年(1511年)頃までの30年、関東で叛乱に明け暮れてばかりいた。
長尾家は幾つかあるのですが、上州渋川の白井長尾家を出たこの人は、生涯の殆どを戦争と叛乱に明け暮れ、畳の上で枕を高くして寝たことが無いのではないかと思わせるくらい波乱な生涯を送った。
同じ時代に起きた駿河今川家の内紛調停の為に伊勢新九郎(北条早雲)が下向し、東国から太田道灌もやってきたが、道灌は後顧の憂いがあった。その憂いはが長尾景春と景春のせいで?ダラダラ続いている関東の騒乱や内紛をいう。
伊勢新九郎、太田道灌、その前後に名前が出てくる人である。
私は読んだが共感できなかった。何がしたいのかわからない。上手く説明できないのは読んだ私が理解できていないからである。
小説の中で自分も言っているが「己の生涯は私怨で支えられてきた。私怨が無ければ生きる宛所はなかった」
大望が無いのである。感情移入できなかった。
私は主人公の景春が何をやりたいのかさっぱりわからなかった。読み終えた印象は関東を蹂躙した人、引っ掻き回した人という印象でしかない。
登場人物が山内、扇谷、関東公方他、初めて知るような人物ばかりで新鮮だったが、どういう相関関係かよく勉強しないとわからない世界である。
再読はないだろう。では何で読まないで埃が被ったままこの書籍を取り置きしてあるかというと、小説の舞台に奇妙な名前、あまり聞かない名前で、おそらく振り仮名でも振ってなければまず読めない地名、陣場があって、そこを探訪する為だけに取って置いたのです。
五十子陣!!
といいます。
読めます?「いかっこじん」というそうです。「いかこのじん」とも。
氏の小説、本文中から、五十子陣の箇所だけ転載させていただきます。
「山内上杉家の家督を継承し、第二十四代関東管領の座に就くべく、越後上杉家から養子入りしてきた少年の名は上杉顕貞といった。時は応仁元年(1467)三月、場所は武蔵国の五十子陣である。」
「顕貞の新管領就任式は本来であれば山内家の本拠・平井城で行われるべきだったが、古河公方との対立が緊迫の度合いを深めており、上杉方諸将が防陣を固める最前線の五十公人で挙行された。」
何故、五十子陣が作られたのか。
「室町幕府の東国統治を担う関東公方と、その政務執行機関である関東管領とは反目し合い、幾多の政治的軋轢と武力衝突の結果、関東公方は古河に移り、利根川を隔て上杉方勢力と対峙するようになっていたからである。」
「上杉方は防御拠点として武蔵国の本庄台地に五十子陣を築き、古河公方勢力の侵攻を阻んできた。この地は鎌倉街道とその分岐線に近い上、利根川の渡河拠点を押さえる役割を果たしており、攻撃と防御双方の面で理想的な位置にあった。」
どのようなスケールだったのか。
「五十子陣は陣と呼ばれることから分るとおり、複雑な縄張りを持つ城や要害の類ではなく、単郭の上、その広さも南北二百メートル、東西百五十メートルで、外周に幅十メートルの空堀と高さ三メートルの土塁が一重めぐっているだけである。」
「本陣代わりの主殿や櫓などの建造物も質素な上に、必要最小限のものが建てられているだけで、前線の駐屯地と呼ぶに相応しかった。」
「その五十子陣に、関東各地から国人や一揆の祝賀使が引きもきらずやってきた」
いかっこ、いかっこ、かっこかっこかっこ・・・(笑)五十子陣が度々出てくるのです。
この変わった名は氏の小説で初めて知った。場所は埼玉県本庄市の何処かにあったことは間違いないらしいが、現在は農地化してしまい後世の壊変が激しく「ここにありました」というものは殆ど立っていない。
それでも三か所に「五十子陣があった」程度の解説板と、地元でその地名が残っている箇所を発見しましたが、五十子陣そのものの説明はなかった。「そこにかつてあった」だけです。
ではそこを探訪する前に、五十子陣があった頃の難しくややこしい時代背景についてざっくり言うと、古河公方(もと鎌倉公方)の足利家と、関東管領上杉家が双方で暗殺も含めたドロドロした抗争を続けるのです。これが20年近く続いていた。
五十子陣が最初に構築されたのは長禄3年(1459年)頃だそうです。(本庄市内の史料から)この頃、古河公方側と関東管領側、双方勢力の境目でもあった利根川は現在のように東西ではなくやや南北に流れていて、武州では東が古河公方側、西が関東管領側といっていい。それでも管領側の封土は利根川に沿って西へ細長くなっている。分断されやすい。
その頃の関東管領だった上杉房顕という人が、古河公方軍への最前線でもあり、緩衝地帯でもあった本庄台地に楔(クサビ)として築いたのです。関東管領側にとって大事なポイントだった。川中島の海津城のようなものか。
まっさらな台地に造ったのではなく、もともとそこに環濠のような集落があったと推定される。
最前線にあった五十子陣はあくまで城でも政庁でもはなく陣地だという。それも平城の広大な陣場だったらしい。行ってみるとわかるが要害ともいえない。飛び抜けた高地は無いようだし、台地の比高も6mほどしかないようです。その辺りを走っていても急坂や段差が少ないのだ。
古河公方軍は五十子陣を攻撃しようとして同年10月に熊谷、館林、板倉で野戦になっている。
その後、陣の立地条件と性格上、五十子陣は上杉軍の拠点となり古河公方側と睨みあいの長期戦になり、その間に度々小競り合いはあったらしいが、籠城戦になる前に野戦になったと推定されます。
文正元年(1466年)2月に上杉房顕が五十子陣内で死去し、急遽養子になったのが冒頭の小説、叛鬼・長尾景春の生涯の天敵となる上杉顕定という人。
関東管領上杉家は2つあり、管領職が山内上杉家で、もうひとつ扇谷上杉家は分家のようなものだが、扇谷上杉家の家宰に太田資清、道灌父子がいるので何とか持っている。
では山内上杉家の家宰は誰かというと、幾つかある長尾家の持ち回り制によって任命されていたらしいのだが、「叛鬼」の主人公である長尾景春の父景信(白井長尾家)が家宰職だった。この人も文明5年(1473年)に五十子陣内で死去し、嫡男の景春は白井長尾家の家督は継いだが、山内上杉家の家宰職は与えられなかったという。上杉顕定が別の長尾家当主を家宰職に据えたのです。惣社長尾家の長尾忠景(景春の叔父)という人に与えた。
この人事を景春が恨んだ。私怨です。深く深く恨んで叛乱を起こす。後年30年も暴れまわるところを見るとかなり根に持ったようです。顕貞を骨の髄まで恨んだといっていい。
もっとも調べてみたら、山内上杉家の家宰職は、景春の祖父景仲、父景信と2代続けて白井長尾家から出たので、一族内のバランスと景春の年齢等を鑑みてそうしたか、白井家の力が強くなることを避けた節がある。持ち回り制っだったのかも知れない。
長尾景春はこの人事を深く恨んだが、山内上杉家傘下の武士団には、家宰職がこのまま白井家のままであれば利権を失わずに済む者もいて、そこ危惧して景春の乱に同調した者も少なからずいた。
叛鬼・景春は太田道灌が今川氏の内紛に介入して駿河に滞在していた文明8年(1476年)6月に最初の叛乱を起こすのだが、翌文明9年(1477年)正月に景春は2500騎の兵で五十子陣を急襲して僅か1日で陥落させてしまった。五十子の戦いとはそれまでの関東管領軍VS古河公方軍ではなく、関東管領側に叛乱を起こしたこの戦いを指すらしい。五十子陣は敵国だった古河公方軍ではなく、それまで身内だった筈の長尾景春の「人事逆恨み」が原因で陥落、炎上した。景春は五十子陣の内部を当然知っているので、攻めるに易かったということでしょう。

それからの叛旗・景春の経歴は省略します。後年時代が代わって永正10年(1513年)頃に景春は闘い疲れたのか、武装解除されたの如く駿河に亡命するのですが、それまで30年以上も関東各地で抵抗を続ける。ここまで逆恨みできるものだろうか。
現在の五十子陣の辺りです。あくまで現地名に残る東五十子、西五十子地区からそれらしき風景を取り上げます。全く面影ないです。


五十子陣の現在は国道17号線(中山道)が北西から南東方向にかけて縦断し、沿線には工場、店舗、宅地が立ち並んでいて確認が難しい。
現在も地名が残る東五十子、西五十子地区、鵜の森交差点から西田交差点辺りと推定される。その辺りの台地は比高差が3mから4m程度しかないが、利根川に注ぐ支流の小山川、女堀川、もうひとつの河川は現在は調整工事の行き届いた小河川だが往時は自然の外堀を形成していたと想像するしかない。
これらの河川は兵員や物資の輸送にも利用されたに違いない。


五十子には本庄市清掃センター、水処理場、市営清掃センター、変電所、高圧線鉄塔、想像できない光景が広がる。笑ったのが市営のスーパー銭湯「湯かっこ」、東北弁で温泉を「湯っ子」と言うのと、ここの地名の「五十子」をひっかけたものに決まっている。
自然地形でそれらしいものを撮るしかないんですよ。平城だし。恒久的に作られた城ではないから。


それでも断片的に幾つかあたってみた。本庄市内を東西に貫く国道17号線、鵜殿交差点。ここを左折すると・・・。

汚い水田の向こうに小さい浅間神社を祀った丘がある。本庄市史ではこれが五十子陣の土塁の残存だと言っていた。あくまで推定地として載せておきます。





神社のいわれを記した解説板には「この地が五十子(いかっこ)城砦の要害の地であることから・・・」とある。








もう1箇所ある。
西五十子の交差点手前右手にある若電神社、ここも境内に小山(古墳か?)があるのですが。。。




そこの御由緒にも「東五十子は南を小山川、北を女堀に挟まれた地域で集落は台地上にある。中世には五十子のうちに含まれ、長禄三年(1459年)頃、関東管領山内上杉房顕が当地に砦を築いて自ら滞在して陣頭指揮を執ったので、これを五十子陣と呼ぶ。」






他にもうひとつあった。西五十子にある本庄総合公園脇にある大寄諏訪神社にも五十子陣について僅かに触れている。
でもその記述は今回取り上げる関東騒乱のものではなく、もっともっと前の平安時代に誰かが五十子に陣を構えた記述だった。
五十子にある幾つかの社も、五十子陣の消滅に前後して移設されたか廃されたのを後世に再興して、そのいわれを記す過程で「ここに五十子陣があった」とおまけのように記されているだけなのです。



これは本庄総合公園近くの五十子の風景。ここも推定地らしい。そこかしこに段差があるのは後世の壊変でしょう。




この日も車外温度37度の散策だった。
ここへ来る前、本庄駅前にある破れたテントののラーメン屋の寡黙な店主が呟くように「35℃だからな」ニヤッと笑ってたが、レンタカーの温度計はそれを上回った。ボンネットにタマゴを落としたら目玉焼きができるのではないか。

暑さにめげずに本庄市で史料を漁った。五十子陣についてはかなりの頁数を割いていたが、記録されているものの場所が現在の何処にあたるのかおぼろげで掴みようがない。あくまで記録の為に残したもで、現在の地形で考察するのは難しい。川を渡りながら段差や窪みを探して推定、想像するしかないのですよ。
解説板を拾うなら、①鵜の森の浅間神社、②西五十子の若電神社、③西五十子の大寄諏訪神社がポイントです。
今回は発見できなかったのですが何処かに「本庄かるた」の「く」があって、そこには「桑茂る 五十子合戦 古戦場」とあるとか。



五十宇子陣は恒久的なものではない。あくまで陣城です。
陣城というのは政庁ではないので、戦線が移動したり、そこを制圧して滞陣する目的が失せたら放棄されて廃れていくものです。残しておいたって維持管理費がかかるしその意味が無い。だから無くなって自然に還るのは仕方がないが、具体的遺構が存在しなくとも20年以上の騒乱の在陣地なので、場所が正確でなくても現地解説版や標柱があればいいのになと思いました。
この後、坂東大橋を渡って伊勢崎市に向かう途中にヘンなものを見つけて見物したのですが、それは項を改めます。
レンタカーを返して本庄駅に戻ります。あの破れテントのラーメン屋が見える。



高崎駅へ着いたらこの女性に責めるように迎えられた。
「何で来ないのよ」
「早く来なさいよ」
るせぇなこのオンナは。
生意気言ってるこの女性は群馬県某所の出身なのだ。
2018-09-03 07:07
コメント(0)
本庄の破れテント [ラーメン]

今年初の猛暑だった6月25日です。この日から本格的に夏が始まった気がした。
高崎線の本庄駅に下り立ったところ。今日はレンタカーで本庄~伊勢崎を廻り、高崎に泊まります。

私の埼玉県内の公用先は、幸手、蕨、本庄、鴻巣、坂戸、滅多に行かないけど川越です。さいたま副都心や大宮といった都市部から離れたところばかりなのだ
ウチの社員は本庄を群馬県だと思ってるフシがある。埼玉県の外れだからです。
駅そばも健在のようだな。ニオイにソソラれますがここでグッとガマンするのです。



最も遠い公用先のJR本庄駅で11時過ぎか。ランチとしては微妙な時間だな。本庄駅チカの飲食店は筆頭格の「万龍」他、11:00に開く店はない。11:30に開くかどうかもアヤしい。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-10-24
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-08-09-1
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-10-25
この新華楼の記事の最後で店の外観だけ載せて、テントが店名に沿って破れて穴が空いていたのが印象に残ったこの店「次回の本庄ランチはこの破れテントの店になるかも」と結んだことがある。
あれから1年半、駅南口にあった大きい箱物が閉鎖、撤去されダダっ広い空地になっていた。それに沿って駅ロータリーを破れテントの店に向かって歩いたら、駐車場のフェンスに区切られて店に入れなかった。そこの入り口が駐車場に停めた客専用になっているので、電車で来た私は商店街側に迂回した。



どうもこの入口はかつて駅通路側に直結していたらしいが、現在そこが空き地、駐車場になってしまったので、くるまの来客者専用の入口になった感がある。
このラーメン亭だけでこれだけの駐車場は要らないですよ。テナントは2階もあるし、ラーメン亭以外にも幾つか店が入っていて、それらの来客は裏へ停めるようになっている。
そして商店街側の様相、店舗外観がこれです。テントの店の名前に沿ってそこがビリビリに破れているのだ。



あれから1年半経っているが、その間に補修しようと思わなかったみたいですね。テントがボロでも味さえ良けりゃいいのですが。一抹の不安はあった。

万龍はまだ開かないし。
紋々のシャツを着た店主が水撒いてるし。


新華楼は静かだが大味だし。

実は破れテントの店の隣にもう1軒あるのですが。四川と銘あるだけに辛系でしょうか。私は辛系は苦手なのと、まだ準備中だったので意を決して破れテントの店に入ったの。

ひとり、店主がいた。
ジロリと私を一瞥。聞こえるか聞こえないか小さい声で「ラッシャイ」
こっちがオーダー入れても何も言わない。黙~って調理にかかるだけ。オペレーションは全く見えない。



テントがボロに破れていたので店内も荒れてるかと思いきや、薄暗いとはいえ意外にキレイで清潔で整っていた。カウンターとテーブルで20人は入れそうな店だ。
あ、やはり入口が商店街側と駅側、2つある。



「目に言う」とはメニューのことか。
メニューを絞った感がありますね。鶏の唐揚げ、エビチリがあるのに八宝菜、チンジャオロース、回鍋肉がない。タンメンや広東麺があっても五目そばがない。定食類も少ない。

「目に言う」だけ見ると洒落っぽいユーモア感のある店主を想像しますがトンでもないです。思いっきり無口で寡黙です。容姿はホラー洋画「ドント・ブリーズ」に出てくる盲目の退役軍人役、スティーヴン・ラングを彷彿とさせた。

無言でゴトッと出された。いつのまにか出された感じ。






クラシックな昭和の生ラーメンとしか言い様がない。化学調味料が効いたスープには最初から胡椒が効いている。
具はシンプル、申し訳程度のワカメ、メンマ、薄いチャーシュー。麺は黄色い太細麺。
特に特徴はない。だが単品430円、セットで670円だから安いです。
チャーハンはまぁまぁ美味しいぞ。






ふと見たら、店主がいないぞ。消えちゃった。
厨房にしゃがみこんでタバコでも吸ってるんだろうか。でもその気配すらない。気配を消してるんだろうか。
姿が見えないのをいいことに無銭飲食でトンヅラしようとでもしたら、勢いよく飛び出してきて腕を捩じりあげられ壁に押し付けられるに違いない。やはり「ドント・ブリーズ」である。
2人めの客が来た。
「生ビール」
「・・・」
「と、餃子・・・」
「・・・」
「暑いワ」
ここでようやく店主の声を聞いた。
「35℃だからな」
さんじゅうごど!!
私は眉が曇った。これからの季節、熊谷や館林辺りで猛暑高温を競う時期に入るが、ここ本庄と、これから走る伊勢崎も相当暑いに違いない。
店主はこの後、会計した時は薄らと笑みを浮かべてたが。「アアシタ」と言ったかどうか。店主が呟くように言った「35℃だからな」これだけ印象に残った。

これは高崎に移動する際に駅ホームから見たところ。


本庄駅ホームから。
このダダっ広い空地に何ができるのだろうか。
あの破れテントの店が再開発に呑みこまれないだろうか気になります。
で、炎天下35℃の本庄市内、公用のドサクサに尋ねた場所があります。

五十子陣??
何て読むかわかります?
ゴジュウコジンじゃないですよ。
(続く。。。)
2018-09-02 07:31
コメント(2)
小山のふるさと2 [グルメ]

ジャン母の実家は栃木県真岡市です。子供の頃、夏休みにそこへ泊まりに行く際、小山駅で水戸線に乗り換えるのではなく、間々田駅を出て小山駅に滑り込む前に突然右にカーヴして小山駅をスルー、ショートカットで水戸線に接続するラインがあったのを覚えている。
急行つくばね号といいます。確か1日に1往復のみだった筈。
廃線ファンは御存じの方もいるのでは?今はもう廃線で、何となくカーヴが残ってましたが、こないだ車窓から見たら住宅が建ちつつありますね。
つくばねが廃止されてから、水戸線下館駅での接続、乗り換えがめんどくなり、小山駅から2つめの石橋駅で下車して、1時間に1本くらいのバス乗車に鞍替えした。今は舗装されていますが、私が子供の頃は鬼怒川を渡る辺りは砂利道でした。
JR小山駅で乗り換えたことはあるが、駅校外に下りるようになったのは私が群馬転勤を泣く泣く解かれて(まだ言ってるのか?)東京勤務に戻ってからです。小山駅東口からタクシーで2メーターの場所に合同庁舎があり、そこにチョイチョイ出向くようになったから。
東口と西口は様相が違います。もともと小山駅は西口(祇園城側)が古くからの表玄関だった筈です。日光街道の宿場町だし。

でも今の西口は東口の再開発事業に負けそうだ。東口には白鴎大学キャンパスができたし、分譲マンションが建設され、ヤマダ電機の出店、広々として開放感があり、何か健全な空気なのですが、西口はディープでアヤしい店があります。夜だと煌々と光るのかも知れないが、昼だとボロボロで営ってるのか廃業したのかわからないテナント、酒場、クラブ・・・。
真の姿は夜に来ないとわからないですね。

そしてふるさと食堂。




今日の公用は東口からタクシー利用ですが、それでも西口に下りてこの食堂に来てしまった。
来る前に電話しています。「営ってますかぁ?」って。
女将さんが出て「営っておりますよぉ」
「じゃぁ今から行きまぁす」
お盆明けだったのです。蕎麦宿から戻った週に行ったの。
私の公用は東口からタクシーなのに、反対側の西口に下りて「あ、閉まってやんの」それだとダメージが大きいからな。休みだったら東口構内にある日高屋か吉野家になっただろう。




今日は定食にします。蕎麦はもういい。
焼肉定食、豚肉です。バラではないな。肩肉かな。
小さいフライパンで丁寧に焼きつけてタレを絡めてました。




そして栃木の味噌汁だぁ。
味は濃い。具はワカメ。

子供の頃、ジャン母が作る味噌汁の具は茄子、キャベツ、大根、ジャガイモ、そんなのが多かった。具が茄子だと味噌汁が黒っぽくなるんだよね。
でも前回はそばとのセットだったので味噌汁が付いてこなかったのだ。「忘れたでしょ」って疑うように言ったら「おそばが味噌汁の代わりなので」でもざるそばは水を使うだけ50円Upだったんですよ。



焼肉定食は懐かしい味だ。ご飯がすすんで。お代わりしてしまった。
「半分?」
「普通で」
そしたらまたキューちゃんが付いてきた。



店を出て思った。
ふるさと、だから、お盆も営ってるんだなって。店内にあるカレンダーも日曜休みだけでしたね。


で、また東口に戻るわけですよ。私の見たいものは東口より西口にあるんですけどね。祇園城、小山評定跡、鷲城・・・。
まぁいつか行けるだろう。涼しくなってからでいいそういうものは。小山庁舎に着いたのが12:30分頃だった。
茅ケ崎市や川崎市中原区だと昼の時間帯は受付対応してくれなかったりするが、ここ地方都市、小山はどうかな。
そしたらいつもの担当者(女性)が歯磨きセットを持ってフロアを歩いてきた。
「〇〇さぁん」
「あら?」
「いえ、早いので13時まで待ちます」
「いえいえいえいえどうぞどうぞ」
中に導かれて届出を出したのですが、幾つかある中に女性従業員の時間数変更があって、産休に入った為に週勤務40hを0hに訂正する箇所があった。それを出さないと営業時間数に対して勤務時間数の水増し、虚偽の体制になってしまうのである。
相手の女性は不思議そうなカオをして、
「産休に入られるこの方は入職されて1年か2年ですよね」
「そうなんですよ。2年いるかどうかでもう産休です」
「・・・」
それだけにしておけばよかったのだが。
「4年生と違って6年生は入籍、出産が早いですワ」
「ア~ッハハハハハハ(笑)そうですねぇ(笑)」
担当者はケラケラ笑ったが、私はリアクションに困った。
次に、シマッタ・・・と思った。
その女性、薬指に指輪が無かったのです・・・。30半ばかな?

明日から武州・・・上州編に入ります。
2018-09-01 06:33
コメント(0)
















































