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5号店 揚げの謎? [居酒屋]

何だか妙に、
「揚げ物が食べたい」
「フライが食べたい」
「串揚げでもいい」
そんな気分だった。
長いこと家でジャン妻が揚げてくれないからだ。唐揚げも。フライも。
ジャン妻が部署の納涼会で不在時、ひとつのプランを立てた。
本店を19時に抑えておいて、その前18時~1時間、路地向かいの5号店で串揚げ食べてやろうと。
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上大岡駅を出て、いつもの大久保橋~慰霊堂バス亭ルートではなく、2号店と4号店のある路地から逆ルートで歩いてきたのだが。
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様子がオカシイ。営業しようという気配が感じれない。中に人が居なさそうだ。
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おや?営る気配がしないな.jpg
5号店を背にして本店を撮ったところ。
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背後には本店の離れがある。そこを行き来していた背の高い若いのと目が合ったので、本店側に戻って聞いてみたの。
「こっち(揚げ)は営ってないの?」
「あ、こちらは平日は営ってなくて、週末だけここ(本店)の離れとして営業してるんですよ」
え?そうなのか?
なるほど本店の焼き場が喧噪状態で「次、揚げいきま~す」が頻繁に出てたのが頷ける。それを裏付ける情報を初めて得た。
「そっか。こっち(本店)19時に予約してあるんだよ。それまでの1時間、こっち(揚げ)に入ろうかなんて考えてたんだけど、それなら1時間早められるかな」
「Kさん(席の差配師)に聞いてみます」
すぐに出てきて、
「お席は何とかしますから、本店入り口側でお待ちくださいとのことです」
私はコンビニ側に渡った。
本店と揚げ.jpg
本店の向こうに5方店の揚げが見えます。残念ながら現在は支店を成していない。本店の離れ別棟に降格?したのは店長不在のせいか。スタッフ不足なのか、
焼くのと違って「揚げる」オペレーターがいないのか。
この路地は一通とはいえ、くるまの通行も少なくないんですよ。本店から横断して持って行くと殆ど出前のようなものだ。危なくないのかな。
こんな位置関係になっています。
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なので、また同じ店の記事になってしまいました。もし揚げに入れたら、ミスターゲーリー氏に許可を得てから「いつもの店でもない店」にしようと思ってたのに、いつもの店になってしまった。
いつもの角度だが.jpg
カウンター奥、厨房側を案内された。
揚げ物が食べたい気分だったのでやや意気消沈?でもないのだ。メニューを見たら、
メニューかき揚げがあったか.jpg
かき揚げがあるじゃないか。
目の前に揚げ油がスタンバイされてるし。早速いきました。
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サクッと噛み応え、香ばしさが口中に、鼻腔に広がる。美味しい美味しい。
駿河湾沿いのSAや東海道新幹線新富士駅内にあるレストランの桜海老かき揚げはデカいけどしょっぱかった。
この店の方が塩加減がいいぞ。串焼き屋なのに。
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かき揚げ4鶏ネギ1.jpg
串焼き物はわき役になってしまい、こんな向きに置かれました。中央をメインのかき揚げがデンと居座っているからです。少しずつサクサク噛みました。
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焼き鳥とかき揚げを味わえる店なんてそうそうあるかな。
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温蕎麦でもあればいいのだが、それは無理というもの。
「ご飯半分ちょーだい」
「あ、もしかして」
「何するかわかってるでしょ」
「汁濃いめにしますか?」
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「最近こんなことばっかりやってるな俺」
「こないだはヅケ丼でしたからね、笑」
こないだのヅケ丼の時もそうだったけど、こういうのを食べてるとまた他のお客からの視線を感じるよ。「あの客は何を食べてるんだ?」感じる視線の方を見ると目が合って向こうが逸らすんです。何だかな。
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「今年は焼いたの?」(マスター)
「焼きました」
実は写真持ってきてある。見せてよと言われてたので印刷してもってきた。自慢気に見せたわけじゃないが、見たスタッフから歓声が上がるよな。
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「〇〇さん(私のこと)のカオ笑ってますね」
「それは隣にいる旦那から仕事の愚痴を聞かされてるんだよ」
「焼きながら仕事の愚痴って。余裕じゃないですか。だって去年と一昨年の写真は笑ってなかったし」
「今年は人数多かったからからね」
「何人で何本焼いたんですか」
「5人で1800本」
実際は売る者と合わせて7人か8人いたんだけどね。店のように注文受けてから何種類も焼くわけじゃない。この夏祭りネタは起案中ですが、テキストが長くなりそうなので時間がかかってます。
かき揚げ丼4ジャガ1.jpg
ジャガバター、今夜は例の離れが稼働してない平日なので、焼き場も余裕が生まれているな。
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金華サバの刺身、要は〆サバですが、金華サバってブランドじゃなかったか。
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かき揚げ丼を食べたので、鶏玉子スープ&ブレッドにしました。
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5号店、揚げは本店に吸収されたが、店長候補さえいればまた支店で再開するのだろうか。
揚げが離れに降格したので、大久保橋のコンビニ近くにあるこのスタンドが6号店から1番下がって5号店になった?(右の店です。)
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前の揚げはこの場所にあったのです。何故か本店向かいに移転してきたのだ。
有名な本店と近過ぎたのが返って難だったか。並行して開業するのに行き詰ったか。
あのまま置いといてもテナント料は発生するわけだからなぁ。
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2年前、マスターが私に言ったんです。
「今貰ってる同じ金額は出せないけど、経験者募集してるんだけど」
その時は固辞したというか、お茶を濁しましたけどね。
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お盆休み営業エライ [居酒屋]

ジャン妻が故郷で40年振りの同窓会(40年も開催しなかったのか?)で不在だったので、2晩連続で来て、
「自分だけ上大岡へ行ってずるい」
そう言い出した。
「アタシしばらく行ってない」
別にずるかないだろ。そっちがいなかったんじゃないか。
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暖簾を潜るジャン妻の斜め後ろ姿。
窮屈そうに見える。
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「枝豆、煮過ぎだね」(ジャン妻)
固いのだ。指先の力で押し潰すように取り出そうとしたら指先からスッとんだ。
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冷凍じゃないけど煮て置いといたら固くなったんだろうな。これなら家でジャン妻が出す枝豆の方が美味しいぞ。
もし可能なら茹で置きじゃなくてその場で茹でて出して欲しいなぁ。やればできると思うのだが。
次のは私の嗜好に合わなかった。冷えた豚タンとネギの辛味和え。
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「焼き場混んでるね」
「前回も前々回も混んでた」
今夜も焼き場が喧噪状態である。店内の客だけではなく、路地を挟んだ揚げの5号店(揚げ)からも焼くオーダーが入っているのです。キャパが倍に増えたといっていい。
揚げの客の焼き物オーダーを受け入れるのは揚げのテコ入れ対策なんだろうか。
実はそうではないのが最近わかった。道路向かいにある5号店揚げは、現在は週末にここ本店の離れ、別棟の扱いになり、支店ではなくなったそうです。週末金曜以外の平日は営っていません。
この小さい焼き場で平日の倍の注文を受けているので、焼くメンバーもそうだが焼く順番を差配するサブもタイヘンそうである。
それにプラスして、カウンター上にあるハード面が、
「冷蔵庫小さくなった?」(ジャン妻)
「気がつかれました?」
6月か7月に故障して買い替えたらケース内が前のより小さくなった感がある。ストックがあまりおけない。ネタが無くなると離れかどっかにある冷蔵庫から補充しなきゃならないから無駄な動線が増えたのだ。
「アナタ気づいてなかったの?」
「2日とも奥(板場)の席だったからな。何かいつもより人が足りないみたいだ」
「こんなにいて?」
私はこの店に滅多に誰かを連れて来ることはないが過去に2人連れてきたことがある。いずれもスタッフ数の多さに驚いていた。連れてきた人者はこの店の向こう側のテーブル席や裏の離れ1階2階を知らないからである。
ところが出典は忘れたが、何かの居酒屋Blogでこの店が取り上げられ、そこに意外な感想、記載があった。
まず、串焼き屋にしては値段が高いと。
この店、店構えや内装から大衆酒場に見えるが見えるだけで、実は高級までいかなくてもかないいい素材を使ってる店だと思います。
それより意外だったのが、スタッフ数が多すぎるのでじーっと見られてる感があって落ち着かないという。
なるほどと思う時もある。私も時折視線を感じる。串焼きなんてのは時間をかけて食べるものじゃないし、串からネタが抜け落ちたら「次は何になさいますか?」という視線が飛ぶんだって。それはオーダーをキャッチする為だが、それがわずらわしいというのである。
私もそういう視線を感じる時がある。視線を避ける為にわざと眠そうな表情をするとその気配が消えるのです。
そのうちこっちも本当に眠たくなったりする。
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声がとんでいる。
「これ何番?」
「ネタと伝票を一緒に出して~」
「何番さん出ました~?」
「揚げ、いきまぁす」
私は目の前の喧噪を他人事のように見ている。見てるとオモシロいけどね。
「焼き場を増やせばいいのかな」
「いや~、そういうものでもないって言ってたじゃない」
上手く受けて流れるように焼ければいいのだが、焼きの注文をし難くなってきた。
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長いナスを焼くとそこだけ場所を占めるから、他客の焼き物が遅くなるけどしょーがない。ジャン妻が「食べたい」って言うから。
見てると黒い文鎮を2本追加して、線路でいうところの複線にして焼いていた。そこだけ焼き場の面積が倍になった。
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「同窓会はどうだったんだ?」
「最初はなかなか輪に入っていけなかった」
誰が誰なのかもわからず。昔の彼氏も来なかったとか。
自分から入っていけばいいのに。
だいたい同窓会なんてのは、在学中クラスの端で小さかったヤツが成功して羽振りが良くなって故郷に錦を飾らんとするか、学生時代からブイブイ言わせてた番長格や、誰もが振り返る学年で1位2位の美形花型、そこまでいかなくても美貌をチヤホヤ持ち上げられ男性陣が鼻の下を伸ばしてた子とか、そういう連中が注目されるのだよ。
そういう華にジャン妻が当てはまるわけない。
「悪かったわね。」
40年も経ってれば老けてアタリマエで、ハゲたの、皺が増えたの、太ったの、二の腕が太くなったの、白髪が多くなったの、変わり様が悲惨だったりする。「アナタ誰?」とかね。
「でも行ってよかったよ」
「次回はいつ?」
「還暦の頃にもう1回って誰かが言ってたような」
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煮込み、あ、赤いのがあるぞ。辛いの苦手なのに。
「ご飯、半ライスちょーだい」
「ほどほどにしなさい」
またそういうことを言う。こっちのオーダーに物言いを挟むなよ。「だからこの店にはひとりで来た方が気楽なんだ自分のペースで好きなもの飲み食いできるし」と言いたかったね。
「焼きおにぎり頼んだんでしょ。それを煮込みの中に入れればいいのよ」
「オモシロイこというねぇ」
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「ちょっとちょーだい」
煮込みぶっかけ飯を喰らうジャン妻である。
ほれみろ、残り少なくなったじゃないか。だから別に焼き握りをオーダーしたんだよ。
ほら食べてんじゃん1.jpg締め15.jpg締め16.jpgder="0" align="" alt="ほら食べてんじゃん2.jpg" />
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ところがこの焼き御握り、いつもよりやわらかくて齧ったらボロボロ崩れてしまった。
握りが甘いのか。しょうがないから皿に置いて箸でホジホジして摘まんで食べた。
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こうしてUpして記事写真を見て思うのだが、何だかチグハグだ。いつもと違う。
店がバタバタしてたし、ジャン妻もその光景を目の当たりにしたので私も普段以上に気にした。
焼き場のサブたる差配師の男性、彼の双肩にかかっている気がするのだ。
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お盆休み営業エライ [居酒屋]

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昨夜、寝る前に、同窓会で帰省中のジャン妻からメッセージが。
「ホテルに戻りました」
「同窓会は明日じゃないの?」
「その前の前夜祭だったんだけど。まぁ凄いメンバーで」
凄いメンバー?
後で聞いたら私の知らない人ばかりだった。翌日、ジャン妻の40年振り同窓会本番が開催されたのと殆ど同時刻、今日も昨日と同じカウンター奥、板場に接する席です。
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昨日記した明日の前振りその①、まず、昨日も食べた太刀魚が今日は天ぷらになっています。
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昨夜の塩焼きの身は薄かった。身より骨の方が厚かったりしてね。
でも天ぷらにしたら身がフワッと膨れ上がったような気がするのだ。
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明日の前振りその②、マグロ刺身には「ヅケもできます」となっている。
昨日はフツーにサクを切って出しただけ。今日はヅケでいただいた。
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昨日はあまり脂の無いサクだったのですが、ヅケにしたころでねっとりしています。昨日より美味しいぞ。
ここで脳裏に閃いたことが。
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前振りその③、焼き場が妙に忙しそうだったのだ。個人客とグループ客とテイクアウトが入り交じって、エラーなのかオーダー遅延、伝票がオチたり。
普段は穏やかな(そうでもないのかな?)ジュニアが珍しく声を荒げてる。せっかく目の前の灰被り席にご新規のお客様いるのにさ。
肩ロースの出し方もやや荒っぽかったな~。
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焼き場には焼く他に重要なポジションがある。注文して印字された伝票を見て、これは塩、これはタレ、コースか単品か、グループ客は全員揃ったか、客の食べ方によってペースを調整するとか、何を先に出すか組み立てる、焼きあがったら席番号を叫んで渡す、そういう流れを差配する役目、奉行助役、司令塔ですね。
差配するセンスや、焼き手のマスター、ジュニアとの阿吽の呼吸も要るかも。
見てるとサブは焼くより難しそうです。そこが上手くいかないと遅延するのです。
私にできるかな?って思った。でもその差配がスムーズにできないとこの店でデカいツラはできないだろうな。
私が地元おn納涼祭で焼いた焼き鳥は塩だけだし、ネタは2種類、注文受けて焼くのではなく、ただひたすら延々と焼くだけだったからね。(現在執筆中ですが。)
気になったのは焼きあがった串焼きを皿に置いて、
「揚げいきます」
カウンターナンバー、テーブル番号を言わないのです。揚げとは何のことか?
それは今日のまた次回にわかった。揚げとは、道路向かいに越してきた5号店からのオーダーなのです。
5号店は串揚げが主らしいが、そこの焼き物のオーダーをここ本店で受けちゃってるんだな。それが余計に混雑に拍車をかけてるんです。
焼き場が戦争状態なので、カウンター奥、板場に接する席にいるのを幸い、今日はもう焼き物オーダーするのや~めた。
「マグロヅケまだある?」
「ありますよ。もうひとついきます?」
「うん、で、ワカメもカイワレも無しで。何考えてるかわかるでしょ」
「ああヅケ丼でしょう?お造りしますよ」
それだけで通じる。これぞ客と店の信頼感というもの。
それが何と贅沢なヅケ丼になった。自分は半ライス貰って、それにヅケを自分で載せるだけのつもりだったのだが。板場の彼はそれだけでなく、大葉を刻んで海苔を塗して真ん中に黄身をポテッ、
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「これ、そっちの言い値でいいよ。2000円とか」
「笑」
他のお客の視線を感じたよ。アイツはメニューにない何を出して貰ってるんだ?特別扱いか?って思われても仕方がないが、私はこの店でマナーいいし、店のバイトの子をからかったりしないし、注文多いしボトルキープしないし、めんどくさいけど熱燗の私って儲かる客だと思うんだけど。
滞在時間も1時間半程度でダラダラいないしさ。
「ああっ、これいい。ねぇねぇ今夜の賄これにして」(店の女性)
「ヅケが残ればね」(板場)
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「だけど焼き場があんなに混んでるのに、こんなメニューに無いのオーダーしたらマスターに怒られないかな?」
「大丈夫っスよ。こっちは余裕ですから」
焼き場が混雑するとサイドオーダーの板場は余裕が生まれるらしい。位置的にも全体を俯瞰して見れるし、板場がタイヘンなのを見て、自分の気持ちに逆に余裕が生まれるのだろう。
その頼りになる板場の彼の後ろ姿。
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自分でもオーダーしたことを忘れた頃に焼きあがったジャガバター、それだけ混んでたのです。
どっかのテーブル席か離れか揚げか、サイドだけきて焼きものがまだきてないとか声も上がってたし。難しいですね。
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さて、2夜連続で来たのはジャン妻が故郷で40年振りの同窓会(40年も開催しなかったのか?)で不在だったからですが、留守しておきながら「自分だけ上大岡へ行ってずるい」と言い出し。。。
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お盆休み営業エライ [居酒屋]

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8月の前半、夏バテで体調がイマイチでした。
日本酒を飲みたくなくなっちゃったんですよこの私が。
胃の調子もイマイチで1週間以上日本酒を断酒したんです。ビールだけ。
ビール飲んでるから休肝ともいえませんが。
お盆休み前にようやく復調した。そしたらジャン妻は40年振りの同窓会で田舎に帰ってしまって私は3日間独身でした。
盆休みで閉まっている中でこの店だけは開いていた。
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まだ明るいですが。
盆休み中だけあってガラ空きでした。
板場にいた童顔のD君が言うには、
「昨日はタイヘンでした。激混みで」
「適度に普通に来客してくれればいいのにね」
実は「タイヘンだった」のは、ハード面とソフト面でちょっとあったのです。
(明日か明後日の前振りですが。)
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ここは串焼き屋なのにマグロ刺身なんてオーダーしちゃっていいのかな。
食べてみてこれはヅケに合うなと思った。
(これも明日の前振り。)
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しっかりしたサクのマグロだった。盆休みの最中、何処から仕入れたんだろう。
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ミニ親子丼なんてのを食べたのは昼抜きだったからです。朝は食べました。そして土曜なのに面談が入って都内へ出向いてたのです。
ちょっと逸れます。自分で言うのも何ですが自分は古参社員で、従業員番号が一桁で、正社員では筆頭なのですが。
「でもまだ上に2人いますよね」
そういう水を刺すようなことを言ってきたのはソリの合わないオンナ。私が3だとすると、2と1に私より古参の従業員が2人います。2人とも週1日勤務のパート従業員なのです。
私はソリにそう言われてムッとしたけど、従業員筆頭であることで有頂天になりかねない自分への戒めとしました。
で、番号1番の女性従業員と面談したの。契約更新の絡みでね。朝食べたが為に昼すぐには腹が空かず、食べないでそのまま面談に入った。時間は13時~14時だった。
面談の中で、
「〇〇さん(私のこと)今お幾つですか?」
「5●だよ。あと何年もない」
「でも安部さん(総理大臣)が働き方改革云々って言ってるじゃないですか」
「まぁ1年は更新するつもりだけどね。会社が自分をどう遇するか見てやろ」
「いた方がいいですよ」
ああそう、私にまだいて欲しいのね。そういう嬉しいひとことをソリ合わないは何故言えねぇのかなぁ。
現場を出たのが15時過ぎでした。そしてこの毎度の店に入るのが18時だから、もう昼は食べなくていいやってなったの。腹減ったですよ。
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「普通の親子丼にすればいいのに」
「それだと他の料理が食べられなくなる」
「笑」
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ネギが殆ど生だなぁ。
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そして太刀魚、サバ文化干、焼き魚をオーダーしています。
太刀魚か。天ぷらにすればいいのに。(これも明日の前振り?)
市場は休みの筈だが誰かが釣ってきたらしい。スタッフにそういう趣味人がいると助かる。
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そして群馬泉に移行して静かに杯を運んだ。空きっ腹だから早く酔いが回りそうだ。
バイト嬢はこの酷暑に酒を温めて飲む私を怪訝そうに見てる。
今の子は熱燗を知らないからね。何で日本酒を温めて飲むんだろう?そう思ってるに違いない。
冷酒は体温に追い付くのが遅いから後で酔うんです。熱燗は体温に近いからその場で酔う。なので自分の適量を知ることになる。そういうメカニズムは論理を説明してもわかるまいて。
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何故かお猪口が2つあるのは、私はお猪口の口当たりにも拘りがあって、ツルツル滑るのよりザラザラしたのを好むのです。重さも。軽いお猪口はダメですね。
「お猪口2つあってもいいですか?」
バイト嬢が私をからかうように言う。
「ひとりで2つあってもなぁ」
「比べてみてください」
店側の好意なのかな。店、空いてるからいいけど、お猪口足りなくなるってことない?
(これも明後日の前振りです。)
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店の若者から教わることもある。
焼き場にいるマスタージュニアからサバ文化干しの語源を教わった。
「サバをセロファンで包んで干したら、それって新しいやり方というか、文化的だねぇってなったんだそうです」
ホントかなと疑りかけたが実際そういうイワレらしい。現代の干物の大量生産は全部が全部、天日干しじゃない。水産加工場での温風器加工が多い。
以前は魚を新聞紙などで巻いてたのが、誰が思いついたか知らないけど透明なセロファンに包んでやってみちたら、仕上がり、見栄えが良くて好評で、これは新しい文化だってことになったと。
「当時はこれって時代の先端をいってるねってことらしいんですよ」
漁師町や、漁港近くの魚屋、干物屋に行けば天日干しも売られているが、大量に生産するには追い付かないんだそうな。
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サバ開き、普通のサバ干物、開いて塩水に漬けて干したものです。
サバ文化干し、セロファンで巻いて干したサバ干物
前者も後者も同じサバの干物には変わりないですが。
もうひとつあって、塩サバ、これは干さずに塩漬けしたものです。
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厚揚げ、ネギ少なめで。4等分の切り方が粗いな。
油抜きしないで焼いてました。カリカリです。
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ミニとはいえ親子丼食べたのに、結局煮込みをご飯にぶっかけて喰ってしまった。いいですよね。2つの丼併せて1合うないし、茶碗1つ半ぐらいだし。
他にそんなに食べてないし。
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「明日も予約できる?」
「ええっと、何時?」
「19時かな」
「大丈夫です。お待ちしておりますってもう帰るんですかっ?」
この店をご存じの方ならわかりますよね誰が言ってるのか。
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お盆休みブーメラン [居酒屋]

8月、酷暑が続いたとある平日の夜前、まだ明るい夕方。
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私はイマイチ調子がよくない。食欲は普通だが飲み欲があまりない。
暑いし喉乾いてるからビールは美味しいんだけどな。いつものパターン、次に冷酒を「飲もう!!」という気にならないのだ。
そういう時は家食にすればいいのに。ジャン妻は容赦ない。家の冷蔵庫の食材が少ないからだ?
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で、最初に出されたものですが。
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ま~たこれかい。
ホタテ冬瓜浸しだろ。これで3回めだぞ。おとおしで2回めか。
旅人の惑星ショウ旦那と一席設けた時は一品料理で、次の送別会ではおとおしで、またしてもおとおしで出したな。今回はトロロがついているけどね。
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チョリソーとゆで卵のポテサラ
チョリソーあったかなぁ。辛くなかったし。
たかがポテサラに奇を衒い過ぎですよね。
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夏アジフリットと水茄子の柚子胡椒サラダ!!
フリット?フリッターか。
アジのフリッターが載ったサラダ、アジだけなら美味しい。
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冷たいう巻き玉子焼、わさび銀あんかけ、
これに騙されたのだ。トラップに引っかかった。
いや、私が勝手に思い込んでよく見なかったのだけど。
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ウナギなんて滅多に食べませんが、蒲焼きにしたうなぎを細かく切ってキュウリと和える「うさく」ってあるじゃないですか。
それを思いだして、たまご焼の上に載っているスライスした緑色の物体をキュウリと思い込んでしまい、箸で摘まんで口中に放り込み、咀嚼したらキュウリじゃなくてスダチだったのだ。
酸っぱ!!
「何だこれ?キュウリじゃないのか?」
「普通食べないわよ、あ、それ、って制止する前に食べちゃうからさ」
吐き出すわけにもいかず、身も皮もタネも飲み込みましたよ。
ママを呼んだ。文句言ったわけじゃないけど。うざくを意識して、キュウリだと思い込んで喰ってしまったじゃねぇかと。
「いいわねそれ。次回からキュウリにしますワ」
そういう問題か。ではアイデアを提供してあげたことにしよう。だけどこのスダチ、意味あんのかな?
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でもここから盛り返します。
マグロと夏野菜の黒酢玉ねぎ炒め!!
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豚カルビとピーマンの味噌バター炒め!!
何だかんだで炒めものがいちばん美味しいのだ。
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で、1杯だけ日本酒にしたのですが、やはりイマイチ日本酒に食指が湧かない。炒めものだし。この店では珍しく焼酎オンザロックに。
「体調悪いんですか?」
心配された。
「う~ん、イマイチなんだな」
(今は復調しています。)
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この界隈、飲食店は(土)(日)(祝)休みです。その中でもこの店は例年、年末年始、GW、盆休み、河岸が休みという理由にかこつけて、長く休むので有名。
休みが多い分、客単価に跳ね返ってくる?
自分はGWに10連休プラス1日、その後も永年勤続表彰でスペシャルホリデーを10日貰ったので、今年に限っていえばこの店よりも休んでいる。
「盆休みいつから?いつまで休み?」
「ええっと、13日の火曜日から16日の金曜日までです」
それはオカシイ。
10日(土)11日(日)12日(祝)と、17日(土)18日(日)も休むんだから、10日の土曜日から18日の日曜日までお休みしますと表示すべきだ。
「9連休?」
「今年の○○さん(私のこと)ほど休んでませんよぉ。10連休2回じゃないですかぁ。あれ?11連休でしたっけ?」
ブーメランで返ってきやがった。
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しっかり休んでいますね。
私は銀行、公務員と一緒でカレンダー通りです。この週のランチはもうロクな店に行かなかった。いや訂正、チェーン店でいいやと割り切りました。
だが夜は困ったことに、お盆休みなのに、行楽客は帰省客で混雑するのに、ジャン妻はそれに合わせて田舎へ帰ったのです。
40年ぶりの同窓会だって。
で、ひとり残された私は夜、盆休みしないで開いてる店を検索して、結局は手慣れた上大岡になったのですが。
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鮎のはらわた [居酒屋&人間ドラマ]

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クリーニング屋のオバちゃんです。
オバちゃんは「はて?どうやったら落ちるかしら?」
出したのは私の開襟シャツですが、胸元に黒ずんだ不気味な汚れが付着しているのです。
もちろん普通洗いじゃ無理。何とかいうオプションでお願いしたが、それで落ちるかどうか。
「何の汚れですか?」
そう来たか。
それ、言わなきゃダメかい?
わーったよ。言うよ。
「鮎の腸ですよ」
「鮎?」
ちょっとこの店でね。あったんですよ。
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しゃーない。全部言いますよ。
「鮎の塩焼きをアタマっからカブリついたら腸がブチョッと飛び出して、そのシャツの胸元に付いたのさ」
私はやや無念の形相になってたかもしれない。お気に入りのビジネスシャツですが、デザイン入りなのです。
オバちゃんから何て返ってきたか。
「あらぁそうですかぁ。鮎って美味しいですからねぇ」
私は足元がズルーッと滑りそうになった。
それ、フォローかよ。
まぁ私に余計な刺激を与えないように言葉を選んだら、そういう普通の返しになったんだろうね。それともそういうマニュアルでもあるのかな。いいトシした大人が食べ物で粗相をしてシミになった場合はこういう風に返すとか。
このクリーニング屋さん、家から最も近いとはいえ工場じゃないです。営業所でもなく受付窓口でしかない。クリーニング屋さんてクレーム客や言い掛かり客も少なくないらしいからね。あまり落ちなかったとか、汚れを見おとしたとか、別の洗い方で追加料金になった時とか。中継ぎって結構辛いと思いますよ。
「汚されてすぐに何かされましたか?」
応急的に何か処置をしたかということらしい。
「料理が全くできねぇ店のママが奥から炭酸水を持ってきてトントンって拭いてくれた。おしぼりに浸して自分でも拭いたの」
「あ、それ、正しいです。そのママさん素晴らしいです。よくご存じですね」
「そうなのか?」
「なかなか知ってる人いないです。じゃぁやってみます。少し日数かかりますが」
「ああ、それまでは他のシャツ着てるから」
へぇ、そうだったのか。
あの炭酸水はママの機転だったんだね。
なのに「料理できねぇママが」なんて言っちまった。
全て明かしたからには必ず落としてくれよ。

その鮎の腸飛び出し事件ですが。上州から旅人の惑星、ショウ旦那が公用で上京され、一席設けた席で起きたのですよ。
予約は19時~だったのですが、ちと集合が早まったので18時半に行ったらまだ席が空いてないというんだな。
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まったくこの店は。17時OPENで俺らが入る前にもうひと組入れて、僅かな時間、少しの時間でも稼ごう、儲けようという魂胆である。
客回転率を重視過ぎだよ。せわしない店だ。ショウ旦那の手前、私は恥ずかしくなったよ。
19時前には入れましたがね。
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オーダーは殆どショウ旦那にお任せして。でもこの店の料理名はやたらと長ったらしいのと、どんな料理なのか想像できないんだよな。
私は自分だけ鮎1匹、ショウ旦那は渋川の落合簗で食べたばかりだったんじゃないかな。で、私が粗相をしたというわけですよ。
ニオウな。
生臭いな。
ショウ旦那に迷惑かけちまったな。それに何よりもみっともないですよね。あ~ったくもうよりによって遠方からの客人の前で。
でもやってしまったものは仕方がない。ネタにしてやれと開き直ってグビグビ飲んだら早く酔っ払っちゃって。
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ポテサラ.jpg
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この写真覚えてください。ホタテと冬瓜の煮浸しです。これがねぇ。後でまたでてきます。
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ショウ旦那から意外な話を耳にしたのは、私が住んでた平成24年、一度だけ行ったことのある洋酒場があってクローズ、そしてその後にOPENした店が群馬八幡と繋がりがあるらしいのだ。高崎の飲食業界って狭いよなぁ。(いい意味でね。)
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ショウ旦那はもう1軒行かれた。新潟県と日本海ものに特化したこの店へ。
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うるさくなかったですかね?この界隈はビジネス街なので、いきなりTシャツ(ですよね?)で入られた旦那を見て、店の人はビックリしたんじゃないかな~。
酒は最初の店、料理は二番目の店がお好みのようです。次回はスーツネクタイでキメてきてください。一度見てみたいし。
私は生臭い腸のニオイをそのまま家に持ち帰ったのです。水と洗剤で手もみ洗ったぐらいじゃ全然ダメでさ。
ジャン妻は博多に出張だったのです。ま~たフグと肝でも食ってやがるのかね。こっちは川魚の腸を土産に持ち帰ってるってのに。
消臭剤をぶっかけてもダメでしたね。で、冒頭のクリーニング屋に出してカミングアウトしたというわけですよ。

それから1週間後のこと。
この日はジャン妻&ジャン妻もと上司、そして私の3人で、もうすぐ転籍になる中堅女性社員の送別会を開催したのだ。
4人で取り分けられるようにオーダーした後で、私は席を立って、カウンター前にいたママのところへ歩み寄った。
「ママ、〇子さん」
「何?」
「鮎塩焼き。リベンジ」
「あ、こないだどうだった?」
こちらから持ち掛けるまで話題に出さないのは流石である。
「まだクリーニング屋に出したまま。彼女(ジャン妻)知らないんだよ」
博多に出張に行ってたし、クリーニングに出したので言ってないのです。言う必要ないもん。
「わかったワ。1匹ね」
ここで鮎の数を確認して、あわよくば増やそうとする辺りが商売人である。
私はこのまま鮎を食べないと来シーズンまで鮎に敗北したことになる。トラウマになってたまるかと思ったのだ。。
席に戻ったら、
「何をヒソヒソやってんのっ?」
「何でもない。鮎を頼んだとこ」
「自分だけそんなの頼んで」
るせぇな。こっちの事情、プライドがあるんだよ。
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この鮎公め!!
アタマっから喰ってやっからな!!
今回は粗相をしないように、顔と口を前に突き出し、胸を引き、そ~っと齧ってやった。腸飛び出さなかった。
他、料理の数々、名前は忘れました。話題は固い話ばかりでしたね。
で、このおとおしを見て下さい。
これはもしかして.jpg
これって前回ショウ旦那と来た時に出されたホタテと冬瓜の煮浸しだよな。
週開けたら逸品料理がおとおしに格下げになってやがる。
さては在庫が余ったな。
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ハモカツ.jpg
何だったか忘れた.jpg
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名残を惜しんで散会。あと2回その中堅さんは8月と9月に1回ずつ来社されるが、その日は正規の部署で送別会があるのだ。
そして高崎、請地町の雷雨、豪雨に見舞われ、ショウ旦那が傘を持って駆け付けてきた日の週明け、シャツはキレキレイになって戻ってきたのです。ホワイトニング加工で。このとおり。
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まぁこの通り、落ちたからUpするわけですよ。
見届けるまでお蔵入りしてたのです。
ボヤくよりネタにしてやれです。さてもう1回、鮎にリベンジしてやろうと訪れたらメニューから消えていた。
そしてまたしてもさっき述べたホタテ冬瓜が出たのですよ。
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ふくや [グルメ]

焼きそばに目が無い私。
それも具の少ないのがいい。ソース味、屋台風でいい。
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渋川駅から旧三国街道を走って、榛東、吉岡方面へ行く際、ずーっと気になっていた店。
県道25号線は途中から2車線で広くなるのですが、かつや渋川店を左へ曲がって旧道に入った右手にあります。
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焼きそば一本勝負の店なのだろうか。
いや、お好み焼きがあるに違いない。
榛東、吉岡の公用を終えて、渋川に引き上げる途中、外すのを覚悟の上で入店、店前のパーキングにケツから駐車した。
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引き戸を開けたら店内暑いのだ。エアコン効いてない。
このクソ暑い日に。くるまの温度計は体温を超えてるんですよ。これはやっちゃったかなと思った。
アイスコーヒーを飲んでいるご婦人がいて、いきなり話しかけられちゃったんですよ。
「今日は暑いねぇ」
「暑いね」
暑い暑いと口に出せば言うほど暑くなる。暑いのは夏のせいでもあるが、店内エアコン効いてないからじゃないのか。
でももう引き返せない。暇そうでひとりで営ってるから時間もかかりそうだが。この日のレンタカーは3時間契約だったのですが、まだ1時間ある。
歯のあまり無さそうな爺さんがひとりで営っていた。
「電話くれたお客さんじゃないですよね」
「いや、通りすがり」
テイクアウトがあるのか。新田町のもりや(閉店)もそうだった。
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「ホント、あっつい(暑い)ねぇ」
「ああ、暑いね」
話しかけてくるオバちゃんを避けて窓際に座ったのよ。そしたら爺さんが、
「そっち窓側暑いですからこっち(カウンター側)へどうそ。扇風機があるから涼しいですよ」
オバちゃんに近い側に座るハメになってしまった。嫌がおうにもオバちゃんの相手しなきゃならないじゃないか。
扇風機があるから涼しい?温風を攪拌しているようなものだ。
メニューは、広島お好み焼き、関西お好み焼き、そしてやきそば、ホルモン辛味噌やきそば、基本4種類ニトッピングが目玉焼き、コーン、ウインナー、ポテトだった。
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「焼きそば、大って大きさどれくらい?」
そしたら爺さんがフロアに出てきて、
「ここにあるタッパぐらいの大きさ」
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「じゃぁ大で」
「大ですね。細麺と太麺とございますが」
細麺にした。細い方が調理早いと思ったのだ。でもラーメンじゃないからね。細くても太くてもそうかわらないだろう。
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爺さんがトントン切っている。キャベツだろうか。
調理にかかった。だけど厨房のダクトも効いているのかどうか。ぜんぜん煙臭く無かったけど。

扇風機が頑張っている。
店内にぬるい風を撒いている。
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水までぬるい。氷も入ってないし。
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また先客さん、オバちゃんのボヤキが始まった。
「暑いね今日は」
さっきから同じようにボヤいている。
「暑いのは今日だけじゃないけどね」と返す私。
「海があればいいのにね。群馬は海が無いから」
無いものはしょーがないだろ。どうもこのオバちゃん、お店の客というよりもご近所さんで、焼きそばは重たいからアイスコーヒー(それも氷が溶けている。いつからいたんだ?)で時間潰ししてボヤいている感がある。
話しかけてるのか独り言なのかわからなくなってきたので、適当に相槌を。
「体温より高いからね」
高崎で37度、くるまの外気温系は38度だったのだ。
爺さんも会話に割ってきた。
「お客さん、暑いけどもう少しの辛抱ですよ」
辛抱?
「もうすぐ涼しくなりますよ」
涼しくなる根拠は何?
「もうすぐ冬になれば涼しくなりますよ」
それってさぁ、今から何か月先だよ。
「最近は何処も節電節電って言わなくなったね。それだけ暑いんだね」
だったらエアコン入れろよって。
あまりのユルさに「暑い暑い」ボヤいてたオバちゃん、それきり黙ってしまい、先に出ていかれました。出るギリギリでも「外へ出たくないよぉ」言うてましたね。
暑い暑い言うから余計に暑いんだよ。暑くても寒い寒い言ってりゃいいんだ。
オバちゃんが出てった後です。
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さぁできあがったぞ。
見た目は汚らしい焼きそばですが。
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青海苔がたくさん。美しくないな。青海苔無しにすればよかった。
歯に、歯間に、歯茎に、青海苔がくっついてるに違いない。
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ベーットリした摩擦係数の強い焼きそばだった。これはこれでアリだな。
トッピングに目玉焼きを載せて喜美をドロドロさせたら更にいいだろう。
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時刻は12時前で、客はアイスコーヒーだけの「暑いね」オバちゃん、テイクアウト3つ取りにきた女性、私の後から入ってきた男性、太麺プラス目玉焼き&ウインナだった。
これで営っていけるのかなと余計な心配をした。
たまたまこの日は暇だったのかも知れないが。
「冬になれば涼しくなりますよ」
爺さんはハガハガそう言っていたが冬まではまだまだ遠い。
上州の冬は寒いから、暑い暑い言ってたオバちゃんもその時になれば「寒い寒い」「冷たい冷たい」言うであろう。
この後で前橋へ。
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西の空がアヤしいぞ。
積乱雲がムクムクしている。
こりゃ夜半に降るな。カバンの中にはショウ旦那からお借りした傘があるけど、何処にもよらず陽のあるウチに帰京しました。
ディスカバー群馬他、夏ネタおしまいです。
長々お付き合いくださってありがとうございました。
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手巻き煙草自販機 [コラム雑記帳]

群馬ネタ残りを吐き出します。
ジャン妻の上司(男性)は愛煙家。
もうひとりの男性と連れ立って喫煙場に行きます。
喫煙場は最下階の何処かにあるらしい。私とエレベーター前で出くわしたりすると、
「また今からこれ(喫煙する手真似、人差し指と中指を唇に当てる)ですか?」
「笑」
笑ってごまかされるだけ。
「アナタ方が2人で吸いにいかなければ、あと2人(エレベーターに)乗れたんですよ」
イヤミを言っても意に介しない。だいたい1日に何回喫煙しに行くのか。吸わない者から見たらその分だって給料支払われてるんだぜとでも言いたくもなる。
彼らが席を外している間、最高責任者の伊東甲子太郎はイラついているそうです。早く打ち合わせしたいのにまたあの2人は連れ立ってタバコ部屋にいるのかと。
「吸ってきます」と言って吸いに行くのでもないらしいのだ。勤務中に煙草吸う人は「喫煙者なんだから吸って当然」なのです。

私がいる課(シマ)にも愛煙家の女性がいる。
ドン子という。ソリ合わないの部下。聞いてもいないのにソリの誕生日を私に言ってきたお節介オンナです。
そわそわと席を立つので、
「またこれ(喫煙する手真似)か?」
「WCですっ」
「まさかWCで吸ってんじゃねぇだろうな」
「それじゃぁ不良高校生じゃないですかっ」
ドン子はチビなので、
「いいトシしてタバコ吸ってっから背が伸びねぇんだ」
「もうそういう時期はとっくに過ぎてますっ」
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渋川駅ロータリーを出るとこ。前方に純喫茶ルナが見えます。
以上の喫煙者3名に群馬土産を買ってってやろうと立ち寄ったのが、榛東村にある無人自販機コーナー、群馬B級スポット、もぎ氏から知り得た。
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自販機1.jpg
榛東村内には鉄道の駅はないです。上越新幹線が地下トンネルを通過しているだけ。最寄り駅は何処なんだろうか?
県道26号線、高崎安中渋川線を走って八ノ海道交差点付近にあります。そこに自販機が並んでいた。「湯浅屋」の看板が掲げられている。
前に載せた安中の飯島屋他、群馬の旧道沿いには、無人自販機コーナーが突然あったりするんですよ。
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自販機の背に人家、商店があるようなないような。
営ってるように見えないし人気が無い。留守か。
ワゴン軽もナンバー外れて廃車してたし。
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最盛時はお米屋さんか万屋(ヨロズヤ)米、酒、灯油、雑貨とか。コンビニが普及する前はれっきとした商店だったと思う。
三国街道25号バイパスの途中から26号線に入ったのですが、ここへ来るまでにコンビニ2軒しかなかったですよ。セブンイレブン吉岡上野田店、セブンイレブン榛東山子田店だったかな。バカにしてるんじゃないですよ。榛東は村とはいえ人口が増えてるんですから。
ウチの社員住所録で「村」はここだけでした。下仁田は町ですから。
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あ、これこれ、手巻き煙草の自販機だ。
手巻き煙草って自分で巻く煙草か。他も知らない銘柄ばかりだ。私、吸わないので。
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自販機9手巻き煙草拡大2.jpg
でも小銭を入れたら出てきちゃったんですよ。電源入ってないのか。400円のところを、100円玉1枚、500円玉1枚入れても戻ってきてしまった。
挿入口も返却口も蜘蛛の巣が張ってあったから、長いこと利用されてないんじゃないかな。指先に蜘蛛の糸が絡みついたよ。
なぁんだ。せっかく前述の3人にイヤミで買ってって「巻いて吸いなよ」って言ってやりたかたのに。
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返却口蜘蛛の巣1.jpg
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他、幾つかTRYしてみたがダメでしたね。
稼働してない自販機にうっかり小銭入れて戻って来なかった「貯金箱」を思い出したよ。ガンガン叩いたら戻ってきたけど。
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こういう無人自販機で突っ立っていると、県道を走るくるまから見られて不審に思われかねない。下校時の小学生もジロリと一瞥された。
しゃーない。諦めよう。
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稼働してないがお米の自販機も。
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ドリンクも一部はスカスカ、いつ納品したのだろうか。
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私は煙草吸わないですよ。ただでさえ本社で煙たくみられてるのに(特に男性管理者、中枢に)タバコなんか吸えない。
でも吸いそうな人に見えるらしい。「灰皿要りますか?」とか言われるもの。
「吸わないんですか?」
「何で吸わないんですか?」
「吸ったことありますよね?」
ないっつーの。吸わなきゃいけないのかよ。
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雨上がりの夜 [Cafe]

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旅人の惑星、ショウ氏とお別れして夜道を戻ってます。
左手にはショウ氏からお借りした折り畳み傘がある。いつ降ってもいいぜ。降りやがれこの野郎。
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さっきまでの豪雨は何だったんだ。
嘘のような静けさ。やや湿気がモワァっとしている。
雨宿りさせていただいた家の前を通ったので「さきほどは助かりました」声に出さないで頭を下げました。
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ルートインまで戻る道すがら、どうしてもこのCafeに来てしまう。
店内空いてたのでフラフラっと入ってしまった。
「こんばんはぁ」
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「焼けましたね」
「カオと腕だけね。仕事焼けですよ」
「都会暑いですかぁ?」
暑いなんてもんじゃない。こっちと暑さが違うのは、都心はビル群の合間を歩ってるとエアコン室外機の熱風が溜まって物凄いのだ。モワァ~っとする熱気がね。これも地球温暖化の要因だろう。
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店内の客はヤマが引いたようだ。さっきの豪雨のせいだろう。
でも片付けないと。
アシストいないのかな。
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ビールは飽きたので珍しくハイボールにした。
何故この子が.jpg
何故かこの子がいる。ジャン家の運転の御守です。
今回もレンタカーなので、運転する時は必ず持ってけとジャン妻が。
でもうさこさんの前では見せてません。
この子はさっきの豪雨で少し湿ってる。ホテルで乾かさなきゃ。
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うさ1.jpgうさ2.jpg
うさ3.jpgうさ4.jpg
うさこさんカオが赤いぞ。
「飲んだでしょ」
「えへへへ(笑)ちょっとだけ」
ちょっとだけね。まぁこんな時間だからね。
カオだけじゃないな。首と胸元までほんのり赤い。だからといって色っぽいかというと全然そんなことないんだけど。
「今日は七さん?」
「いや、珍しく、初めてかな。請地町のた〇〇ばって店にいた」
さっきの顛末を話すのもめんどいんでそこは言わなかった。
私が知る若かりし頃(失礼)のうさこさんはカミナリが大嫌いな筈だ。さっきのカミナリ鳴って豪雨になってうさこさんは店内で震えてたのかな。
https://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2012-08-28
7年前ですよ。あれから7年、歳月が過ぎるのは早いな。
あの頃は20代後半だった筈だが。今は貫禄ついたなぁ。
彼女自身も言っていた。長続きしなかったけどCafeが続いているのは、お店に来る皆さんに助けられているからだって。
私はもう少しシビアな感想で、高崎の飲食店業界の浮き沈みが頻繁で、雇用が無い、その代わりシャッター物件や、このCafeのようなリノベーション物件やシャッター商店が多いから、若くして独立開業しちゃった方が、いや、そうするしかないのだと思う。
中にはまだ独立するの早いんじゃねぇのかって若いのも過去にいたけどね。
私も現役で後数年しかない。いつかは、いよいよ別れの時がやってくる。その時うさこさんは何歳になってるんだろうか。その時までにいつか「ママ」って呼んであげよう。怒られるかな。
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自分でも今夜はよく食べてると思う。
1軒め、1回めで、刺盛、ラーメンサラダ、ハムカツ、
ショウ旦那と飲みなおしで、焼きそば、竹輪磯辺揚、
そしてハーフサイズだけどカレーですよ。ハイボールに合うけど。
こりゃ明日は食べる量を減らさなきゃいかんな。
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ウィスキーには手が出なかった。これ以上飲んだら明日に差し支える。
請地町で都合2回、椿町、通町へ寄る気力、体力、肝機能の力を使い果たし、ルートインへ戻った。
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明日明後日、昼間の小ネタをUpして、今年夏の群馬編は終わりです。
他のネタが滞ってしまっているし。
毎日何かしらネタがある毎日、それっていいことなのか。Upできるいいオチに持っていけるよう努力はしているつもりですが。
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何のたまり場? [居酒屋&人間ドラマ]

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市街地を歩いています。
トボトボ歩いています。
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何だか雲行きがアヤしくなってきたな。今頃群馬八幡は雨降ってんじゃないのか。
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今回は、
通町、
羅漢町、
田町、
中央銀座アーケード、
ではなく、たま~には過去の義理やしがらみの無い店、新規に行ってみようと。
私だってたまには新規開拓したいです。
ただそこまでが遠い。自分が高崎駅西口から歩き慣れていて苦にならないのはいいとこ椿町まで、そこから先は未訪、未知の世界。
でも住んでた頃に渋滞にハマったことがある。知らない通りじゃない。確かプラネタリウムとデニーズを見つけた気がする。
もしかしたらCoCosだったかもしれないけど。(下写真)
気が付けば本町を過ぎて請地町へ。もしかしてこの界隈は北高崎駅の方が近いのかな。高崎駅と北高崎駅を結ぶバスはJR信越線より本数が多いそうだぞ。
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歩きながら電話で伺う旨、告げています。店主は穏やかな男性の声だった。
「初めて行くんですが」
事前にそう告げないでいきなり入って警戒されて、イヤ~な視線や重い空気で迎えられ、素っ気ないまま終わったことがある。こっちも戦意を喪失する。先客さん常連さんに迷惑かけたかなって後悔する。
住宅地にある飲み屋ってそういうところがある。地元常連さんがハバ効かせて、扉を開けたら先客が一斉に振り向いて、私と目が合って慌てたようにカオを背ける、そういうのに傷つきたくないから。
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店の前に立ったところ。
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店の名前からして地元常連さんの溜まり場、酔いどれたちの吹き溜まりになってやしないかと懸念したが、私ひとり、後から来た女性ひとりだけだったのだが。
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都合により22時クローズだって。
そんな時間までいるつもりは無い。いや、つもりは無かったと言った方がいい。
このときはね。
それなのに。
ところが。
まさかあーなるとは。
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カウンター右端、入り口側に座った。常連さんは右端、店奥から座るものだからね。
メニューはこんな感じ。なかなかソソルものがあるな。
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店内やや暑い、空調がイマイチのようだが。見るとエアコンが遠いの。伊豆のCafeにあるようなボックス席で風が遮断されてここまで吹いてこない。
これは設計ミスったか。
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カウンター上に小さい扇風機が置いてはあるのですが、その向きはカウンター奥に向いている。私に風は流れて来ないのだ。
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オタマジャクシの燻製か!はたまた一夜干しか!
そう思ってしまったよ。(笑)
ホタルイカでした。

刺身盛り、クジラ、マグロ、サーモン、白身、ホタテ、まぁ普通の魚屋さんレベルですね。いや、悪くないですよ。クジラなんか久々に食べたもの。ツマも全部食べちゃった。
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ラーメンサラダ、またこういうものをオーダーしてしまったよ。
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麺と野菜の比率は3対7ぐらい。冷やし中華じゃないですよ。ドレッシングは上にまぶしてあるので下のキャベツは生のそのままです。混ぜ混ぜしていただく。
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これハムカツです。コロッケじゃないです。間違えたかと思ったら、ハムをミンチにたたいて揚げたハムカツでした。
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お酒も適当に。取り合えず正面に貼ってあるのを2つほど。風の森、夜明け前、だったかな。
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この辺りで旅人の惑星ショウ氏に写メしたの。でも氏はおそらくランニング中で、気付くのは遅くなってからだろうなと推察した。
目の前にTVがあって、くっだらないワイドショーが流れている。NHKに置き換えた場合、こういう見たくもない番組でも受信料を払わなきゃいけないのかね。ウチは支払ってますが、支払わない権利も与えて欲しいし、可能なら番組別に契約すればいいんだよ。
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「実は○○町にお住まいの、○○さんから紹介受けて。ホラ、あの走ってる人」
「ああ、あの方!!」
走ってる人、走ってばっかりいる人って言ってたらごめんなさいね。会計時にそう言い置いたのは自分自身にかけた保険のようなものです。
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店を後にします。
さっきはイマイチだった外観が、夜になった途端にキレイに映えて浮かび上がっている。
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歩くしかないのですが、途中からポツポツ降って来やがったんですよ。ゴロゴロ鳴ってるし。
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高崎中央公民館の辺りから大粒の雨になり、稲光が走り、滝のような豪雨になったじゃねーか。
高崎はカミナリ銀座ともいうが、カミナリは私の頭上、南北2か所でダブルで鳴ってやがる。
高崎のカミナリは都会と違ってすぐ頭上でドッカンドッカン鳴るのです。手が届きそうな辺りで。
戊辰戦争で新政府軍に打ち込まれたアームストロング砲のような凄い音が。
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ザァザァ降ってやがる。
傘無いです。コンビニも無いしあってももう遅い。ズブ濡れになってたまらずNIPA(ニパー)というタイ料理屋の隣、民家のガレージに飛び込んでしまった。断りもせず軒下をお借りしてしまったのだ。
これで強風でも吹いたらピンクフロイドの世界である。
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ガレージの中は暗く、奥に誰か潜んでるかのようだ。山中で雨に遭い、風雨を避けんとたまらず洞窟に逃げ込んだら奥に何者かが潜んでいて闖入者に襲い掛かるような場面である。
そこでじーっとしてた。家人に誰何されたら、警察呼ばれたらどーする?
ここは人情の街だからそうそう咎めだてもされないだろう。
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すっげー雨である。
なかなか止みそうにない。
止まない雨などないがいつ止むかわからん。
実はこの間に旅人の惑星ショウ氏は日課でもあるマラソンから戻ってきていた。
「今どこです?」
「ニパーとかいうタイ料理屋の近くのガレージ」
雨の中、さっきの店に顔を出したら既に私がいなかったので、国際救助隊の如く傘を持って駆け付けてきてくれたのだ。
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せっかく傘を持ってきて下さったのだから、それだけで済ませるのも何なので、さっきの店に戻っての見直そうと。
そしたら小降りになったんだよ。
人生そんなものだね。
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2人で飲み直しである。
濡れたので扇風機を私に向けて回して貰った。
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開き直って焼きそばなんぞを頼んでしまったよ。
ナポリタンでもよかったけどね。
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竹輪磯辺揚げも。群馬八幡より美味しいぞ。
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実は氏とは久々の再会でもないのだ。氏のBlogには既にUpされていますが、東京都港区某所で会食しています。
私はそこで起こった私自身の椿事のオチがまだなので保留待機中なのだ。
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カミナリ銀座、
大雨、
傘が無い、
雨宿りさせて貰ったガレージ、
レスキュー、
はからずしも2軒めも兼ねた「たまりば」、
それらの点が繋がり、ひとつのドラマ、書下ろし記事になりました。
これが高崎だ!!
これが群馬だ!!
照れ隠しと負け惜しみにそう叫びたい気分だ。
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請地町は近くはないです。矢島、通、連雀、田町、九蔵、羅漢と違って、ここまで来て豪雨に見舞われるリスクにも備えるべしである。
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刃渡り6cmの奇禍 [居酒屋]

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今日の記事はこれまでの一連の群馬ディスカバーツアーとは別です。
群馬八幡駅に下り立ったところ。
梅雨前線が本州南岸に停滞しているので東京は雨だった。熊谷辺りで雨があがり、高崎、前橋は曇り空で、群馬八幡も降りそうで降らなそうな空模様。
これで雨でも降ったらまた私は雨男扱いされる。
「〇〇さん(私のこと)が来ると雨が降る」
「〇〇さんが雨を降らせた」
「お客の出足が鈍る」
実際私は雨男なのだ。こないだなんか誰かに傘を持ってきて貰ったし。
日本列島の気候がオカしい。昨年の西日本豪雨の爪痕も癒えてないのに、九州が豪雨に見舞われていた。雨は必要だが普通に降ってくれればいいのに。1箇所で集中して降らなければいいのだ。
緊急災害並に限り、何か科学の力で雲を拡散させることはできないのだろうか。
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新しい店だ。前からあったかな。
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狼煙?
オオカミケムリ?
ノロシか?
狼の○を燃やして煙を立てるのか。自分は漢字の表現では狼煙より烽火を使いますけど。
何屋さんなんだろう?
興味無くもないが、この場所に立った時点で、店内からママが見てるだろうし。スルー。
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引戸を開けたら、
「お帰りなさぁい」
事前予告無しで来てやった。
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事前に連絡しなかったから、
「今日は焼きそばも餃子もご用意してないのですぅ」
ご連絡いただければと言いたそうだが、わざわざ予約するような店か。
私は焼きそばや餃子に固執してるわけじゃないですよ。「そういうのがあれば出ると思うよ」とアドバイスしただけ。
たまには他のものも食べたいじゃないですか。
メニュー載せます。代わり映えしないね。そういえば自分、この店の鶏唐揚げを食べた記憶がないのです。過去に喰ったかな。
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イワシのマリネ、薄っすらとニンニクの香りも。
さては旧いイワシだな。(苦笑)
「この店はおとおし300円がいちばん高いんだよな」
「笑」
あ、笑ってごまかしたな。だって何を出しても300円なんだからさ。高いと思いますよ。
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ヒラマサ、おういいねこれ。
スーパーで売ってる刺身とは全く違う食感なのは何故だろう?
荒っぽく切ってあるからだろうか。
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「茄子、お好きですか?」
「あまり食べないなぁ」
「キーマカレーに入れると美味いっスよ」
私は在庫処分だなと疑った。
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茄子なんて久々に食べました。90%が水分&糖分だよ。食物繊維とカリウムぐらいか。
でも料理写真が汚いですね。店内が暗いからね。カウンター上に小さい照明でもあればいいのだが。
船山温泉のジビエ料理も写真映えしないけど、この店の料理も映えない。暗いせいで、写真サイズが小さくて済むけどね。
で、キーマカレー、船尾瀧に合います。ライスは無しで、カレー具、あるいはカレーあたま、ですね。
チェイサーに生ビール小さいのも。
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「ハイ、ゴンボでぇす」
ゴンボ?ママは大阪人か?
スライスしたゴボウチップスを期待したら裏切られた。
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ええっと、今日のネタ、会話ですが。
旅人の惑星さんもUpしてたからまぁいいでしょう。
銃砲刀剣類所持等取締法第4章「刃体の長さが6センチメートルをこえる刃物の携帯の禁止」これに違反したネタですよ。私の前にいる人がね。
商売人、趣味人だからつい積んだままにしといたんだね。BBQとか、キャンプとか、釣りとか。
自家用車のテールランプ、ブレーキランプが壊れたらそのままにしないことです。すぐ修理しましょう。(職質される要因だそうです。)
自分はアウトドア苦手なのでまずないけどね。
ではこういうケースはどうなるんだろう。
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出張して外で料理してるのに。別の許可がいるのだろうか。
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19:14分発上りで帰りました。もう1本遅らせたら酔ってアブなかった。どうも最近、弱くなったようだ。
でも今宵は今まででいちばん安かった。
後から来た地元の〇長さんに「あれ?もう帰るの?」と言われたのは何だか嬉しい気がした。
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週末にこんなメッセージが。
「こんにちは。雨の被害は大丈夫ですか?」
雨は普通に降ったり止んだりだよ。
群馬、特に山沿いは豪雨らしいね。
「ハチビキ、イワシ、岩がき、餃子、竹輪磯辺揚げ如何ですか?」
こないだ行ったばっかじゃんか。8月残りはそっち方面の公用はありません。
「で、1泊したの?」
「3時間みっちりやられました」
商売道具なのにね。板前なんだから。
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下山 [グルメ]

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まだか。まだ走るのか。
本当にこの先にあるのか?
ナビを疑った。設定が間違ってねぇかと。
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昨夜、ASLIのマスターFD氏は「インターから10kmほどですよ」
10kmならそんなに長い距離ではない筈だが、知らない場所、土地で一般道を走ってると長く遠く感じるものなのだ。
山間に向かっているのは間違いない。
前方は曇り空で、農道は鉛色の山間に伸びている。
コンビニも自販機も無いぞ。
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周囲を見渡しても同じような風景です。
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何処まで走っても同じような風景が続き、そのうち道路沿いの民家が少なくなっていく。
りんご街道がさくらんぼ街道になり、川を渡った袂にその店はあった。
あったんだけど、ようやくたどり着いたんだけど、
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ほぼほぼ満車です。アルファベットのL字のように3台づつ停車している。Lの根本にケツから無理やり割り込んで停めた。
写ってないですが、左に停まっていたくるまの後部がやや出ていたので、直角に停めれなかったのです。
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後から来たくるまが、くるまから降りた私を見て無念と諦めの形相で引き返していった。
番地は群馬県沼田市上発知町199−2
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開けたら待合がある。
ファミレスにあるように名前と人数を書いた。
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こんな但し書きが。
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「お客様へ
本日はご来店頂きありがとうございます。
私共のそば屋は夫婦のみで営んでいる店のため、時間帯、季節により、大変お待たせしてしまう場合があります。
申し訳ございませんが。
多人数グループ(五名以上)のお客様、お急ぎのお客様のご要望に添えないこともございますのでどうかご容赦ください。
混雑時は30~40分以上お待たせしてしまうこともありますので、十分ご考慮の上、お待ち下さいますようお願い申し上げます。」
こう書かれると、気取ってるなとも取れるし、頑固だなと思わせないでもない。実際はそういう店ではなく、単にマイペースなだけなのだが。
「申し訳ありませんが小さい店なので」なのです。
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だけど30分~40分ってことは、下手すりゃ60分待ちも覚悟しろってことである。最初っからこんな言い訳をしているようじゃぁなぁ、そう鼻白んだ。
だったらここへ来るまでに蕎麦屋さんの看板はいくつかあったんだぜ。
幸い待たずに入れたのですよ。入店が12:47、座敷に上がったのが12:50、最初の天ぷらが来たのが13:06だったから早い方でしょう。
一回に5組、テーブル3、座敷2しか入れないので満員です。相席にはしません。店内は禁煙だし私は相手さえ良ければ相席でも構わないのだが。
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お品書き載せます。
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そうそう来れない場所なので、後で後悔しないようにオーダーした。
だが欲張り過ぎたようで。
「せいろと、盛り合わせ」
そしたら物言いがついた。
「盛り合わせだと多いですよ。舞茸が4個にお野菜が幾つかつくので」(若女将)
「ああそう」
食べきれないのを心配して下さったんだろうけど、そう言われてヒネクレ者の私は「今日初めて会うお前さんに俺の胃袋、食べる量がわかるのかよ」と鼻白んだ。
でもそういうのを表に出さない術、腹芸も私は持っています。目の力を抜きながら声音を落として、右手の人差し指と薬指を立てて、ニヤリと笑いながら、
「じゃぁ、2個」
「ハイ」
その場を去り際に、
「おかわりはできるんだよな?」
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「できます。最初からお入れしておきますか?」
私は客の回転を上げてやろうとしたのだ。
「最初っから入れといてくれ」
これがミソでもある。蕎麦の大盛りが無いのです。でもおかわりはある。これが客回転、客効率を落としている。
店側のマイペースであり、良くいえばお客がスピードを気にせず悠々食べられる雰囲気を自然に醸し出している。1枚では足りなければおかわりをどうぞというスタイル。ラーメン店でいう替え玉のようなものか。
だけど見てると先客たち、どの客も食べるのがすっごく遅いのだ。食べ終えたのところにおかわりがきて、蕎麦湯を飲んで、ま~だ喋ってるからね。ゆ~っくり、ゆ~っくり食べてる。
待合でお客さん待ってるんだろ。食ったら長居しないで早く出ろよと私が思うのは、日ごろせわしい都会のランチの中にいるからだろう。
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舞茸の天ぷら2個に野菜の天ぷらも幾つか盛られていた。なるほど2個で充分だね。
薄い衣にサクッと抹茶塩でいただく。
私はフロアに出てきた若女将を呼んでノンアルコールビールをお願いした。それを運んできたところで、
「これってアルコール入ってないよな」
「え、ございませんよ。あれ?あれ?大丈夫ですよね?(笑)」
間違えて栓を抜いたと思ったらしい。アハハハ(笑)冗談だよ。空気を、緊張感を緩めてやる為にわざと言ったのさ。
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まぁ普通に、いや、それ以上に上品で香りのあるお蕎麦ですね。蕎麦の断面を見たら平打ち細めで、十割ではなく二八の割合の蕎麦だと思います。
ボリュームもなかなかある。一気に食べてしまった。
手が空いたのか、店主が出てきた。
俳優の阿部寛さんを細く小さくしたような風貌だった
「今日のせいろは蕎麦粉が2種類ございますので、おかわりは変えますね」
蕎麦粉2種類の表示を見た。
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そう言って下さったのに申し訳ないですが、私、蕎麦音痴なんですよ。
どういうのが美味しい蕎麦なのかわかんないの。蕎麦粉の違いなんてわかるわけない。
私が美味しいと思ってるのは会津湯野上の蕎麦宿だが、あれは蕎麦をいろいろいじくった会席料理の締めだからね。
2枚目がきたところ。
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食べ終えたのは13:23です。
店主が空いた席を拭いているところ。
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あれ?空いてきたな。
まぁいい。この後で沼田城に行かなきゃ。すぐ会計して出たのですが、待合に誰もいないのを幸い、
「高崎のBARのマスターに教えられて」
「えっ?どのBARですか?」
「通町」
「ああ、あのマスターですね」
「昨夜も行ったんだけどさ。ここへ是非是非って」
店主は破顔したが、マスター最近食べに来てないんでしょ?とは言わなかった。休みの日は昼呑み、朝呑みにハマってトリプルジョッキ3杯なんて飲ってるから高速使ってはるばる来なくなったらしい。
「だっけどこんな場所って言ったら悪いが、すごい場所で営ってるんですね。ここまでくるのに、ホントに店あんのかなぁ、ナビ間違ってねぇかなぁって思ったですよ」
「笑、ハイ、ウチの先にはもっともっと人家が少なくて、先には玉原スキー場があるのですが、その先でもう行き止まりなんですよ」
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蕎麦は美味しいです。アタリマエだ。
素人さんが食べる蕎麦じゃない。蕎麦通の蕎麦だと思う。
うどんやご飯ものはない。大盛りもない。お代わりはできます。
回転率は悪いし遅いです。
ここまで来て満車のリスクもある。満席だと待ち時間が見えない。
何時から営業するのかもわからない。
時間に余裕がある時に待たずに入れたらラッキーだが、この地まで来てみないとわからないのである。
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船山温泉最大のライバル宿 尚文 [想い出]

湯檜曽駅を出て閃いたことがある。
そういえば、あの宿はまだ営ってるのかな?
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その宿の駐車場に滑り込んだ。デカくて陽に焼けた精悍な男性が板塀から道路に出た木を切っていた。
宿にカメラを向けたら訝し気にこっちを向いた。
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「大分前(2008年)にこちらに一度泊ったんで」
「ああそうですか-、今日はどちらに-?」
「昨日泊ったんで今日は帰ります-」
「笑」
当時の若旦那だと思う。
会話はこれだけです。
泊った棟です。
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2008年の写真を掘り起こしました。
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サッパリとしてカッコいい宿だった。
豪雪時に訪問したのです。高崎から渋川までは晴れていたのに沼田から先は雪が降りだして、水上に着いたら軽く吹雪いてたのです。
確か宿の送迎で宿入りしたんだと思う。
駅だけなら水上より湯檜曽の方が近いのです。
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宿にINしてロビーの椅子に座って周囲を見渡していたら、柱の陰からスタッフがいつの間にか現れて、私の膝の前に座って御用聞きの体勢になってたのを覚えている。現れ方が気配を感じさせなかったのです。軒猿(ノキザル)か。
館内にスタッフの気配が感じられないのです。誰も館内をウロウロしていないの。事務方も全く見えず、受付にも誰もいなかったですね。
宿泊客に対して余計な気配を消しているのか。
館内はやや暗かったが、外が雪景色なので雪が館内を照らしてくれた。
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全部で7室で部屋は角部屋の「かたくり」布団は敷きっ放しだった。スタッフは部屋に入ってこなかったですね。それと女性スタッフが皆無だったのです。男っぽい宿だった。
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3室が部屋に風呂付きなので、館内4つの貸し切り風呂はいつも何処かしら空いていた。
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夕餉時は配膳係が男ばかり4人もいて、突然作務衣姿のイカつい男性が暖簾を潜って「失礼します」ヌッと現れるのです。女っ気ゼロの個室居酒屋みたいな食事処だった。
山の幸の夕餉は先付、胡麻豆腐、山人小鍋、ここまでは最初からセッティングされていた。
残っている写真だけUPします。
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造りは紅鱒と馬刺、特注の岩魚活け造りは薄造りではなく野趣溢れるブツ造りで身が厚かった。岩魚はまだ口をパクパクさせてた。
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これまた特注の牛陶板焼は二人前で、まだビールが残っていたので途端に焼肉屋みたいになった。
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他、上州豚のあぶり焼、煮物、揚げ物と続き、馬・牛・豚・魚、山の動物性蛋白質が続く。
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何故この子がいるんだ?
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サプライズも。先に平らげた岩魚造りの残りが骨煎餅山盛りは頭、骨、尻尾、数えたら兜首と尻尾が四匹分あったような気がする。
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今はどうかわからないが、あの頃の温泉サイト掲示板で囁かれたのが、宿の料理提供スピードが速いというもの。
二人前を焼いて喰うのに途中で固形燃料を取り替えました。焼くのには時間を要するので、ようやくそこで配膳がインターバルになって落ち着いた。
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酒は譽国光(ほまれこっこう)熱燗二合を三本でした。配膳スピードが快速急行なので適量で打ち止めになったんだった。
おっ、ジャン妻、若くて細いです。
そういう時代もあったんだね。
で、何故、ドライヴの御守りがいるんだ?
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この時の私の感想は、
「尚文は船山と似ているがスタッフはあっさり感、距離感を維持している、それは単に無口、寡黙なのかも知れないけど、上州は寒いからだろうか?」
そう思ったのですが、上州人が寡黙なんてのは全くの間違いで、後年私は上州高崎に1年住んでわかったのですが、上州人って寡黙でも何でもないですよ。むしろお喋りだと思う。この時は宿側が単に無口だっただけです。なので人間ドラマは希薄です。こちらから話しかけなければね。
夜はこんな感じだった。
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あのナイタースキー場は大穴スキー場だと思う。
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あの頃の呟きⅠで、尚文と船山を比較したテキストがあったので再掲載します。
尚文が船山より勝るものは?
船山は全12室、貸切風呂が2つ、2室とも使用中な時があります。
尚文は全7室、4室は露天風呂付き、館内の貸切風呂は4つだから、必ずと言っていいほど貸切風呂のどれかは空いていた。
7室-4室=3室で、4風呂-3風呂=1風呂余るからです。
全部の部屋の客が一斉に出てくれば4つ全部使用中になるが、まずそういうのは少ないと思う。

船山に2つあって、尚文には全く無いもの。
大浴場と部屋の鍵です。尚文には大浴場は無い。鍵も部屋にひとつです。
でも大浴場は第三者と使用するからその時だけプライベート感が消えるじゃないですか。尚文は大浴場が無いが故にプライベート感が終始統一貫で限りなくパーフェクトに近づいていた。
相方と喧嘩でもしない限り鍵はひとつでいいのです。

船山が尚文を凌駕するものはあの当時の宿泊料金ですな。今の料金じゃないですよ。船山は今でも年間通しで同じ金額ですが。高くなったからね。
それと13時~翌日11時までの圧倒的に長い滞在時間です。

人はどうか。どちらもプロですが、船山の方がアットホームでフレンドリーさが感じられた。冗談も通じるし明るい。いい意味で洗練されてなくもある。
船山のスタッフはこのBlog知ってるし、ヘマやらかしたら何を書かれるかわからん警戒心と、これネタにどうです?的なところもあるからね。
尚文のスタッフは宿泊客を冷静沈着に見守っていた。俯瞰しているんです。加えて武士の接待のような緊張感があった。感情が表に出てなかったのです。意図して消しているのかもしれない。

船山はスタッフが料理をカートでゴロゴロ運んで来るのが丸見えで、ガチャガチャ音も丸聞こえ。食事処の個室によっては動線が見えますからね。
尚文は調理場が見えない。運んで来る音や洗い場の音も全く聞こえないからカッコいいです。ホテルに近い。生活感はゼロといっていい。

船山は宿側がコンセプトを意識して客側に伝えているけど、尚文は宿の努力姿勢を隠しているような印象でした。余計なことは言わないというか。そういうのは殊更にアピールしないというか。
まぁとにかくカッコよかったんですよ。

山のもの、朝ごはんです。
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尚文は1回しか利用していません。初回の豪雪時のインパクトが強過ぎて、他の季節、春夏秋に訪問する気にどーしてもなれなかったのだ。ただ一度だけのあのメモリーで充分印象に残ったし。温まった部屋の外は吹雪いていた。その雪景色も功を奏し、予想を遥かに超えた高ポイントを稼いだ。あの素晴らしい第一印象を消したくない。
ただ一度の宿泊でしたが、私の中では今でも船山温泉の最大のライバル宿なのだ。
今も健在、営っててよかった。
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モグラ駅外伝 [鉄路と風景]

写真右上、山に突っ込んでいる地下駅への通路を辿って地上に戻ってきました。
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地中の駅から転じて地上駅の上りホームです。
高崎駅構内にあった張り紙には上越線水上駅から湯檜曽駅までの何処かで架線が切れて運休しているとあった。でも土合駅には何処にもそんな通知はなかったな。
今日は電車は来ないかもしれないのに。
でもロクすっぽ走ってないのに何故架線が切れたのだろうか。
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地上だから明るいし開放的だし、さっきの地下ホームの後だから目にも体にも安心、安堵感で見学できますが、こう言っちゃ悪いけどツマンないですね。
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この上りホーム今は単式1面1線だが、複線化される前は上下線で共有する島式ホームだったようだ。複線化したことで旧下り線は待避線になり通過待ちに使われた。その後1面1線になった。
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上りホームに立って改めて駅周辺を見たが、人が住んでる家、気配は見つからなかった。朽ちかかった廃屋が散見された。裏手にある土合山の家も営っているのかどうかわからない。
さっき地下の空間で共に同じ空気を呼吸した人たちも、一応見にきた感覚で見に来てたが、地中ホームほどのインパクトはない。何だ普通の駅じゃんてなもんです。
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でもせっかくだからホーム先端まで歩いてみる。
ホームの縁にトンボがた~くさん羽を休めていたのですが、私が歩を進めると安息をじゃましされたトンボたちが次々に飛び立っていく。
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駅ホームにはスピーカーがあった。列車が近づいたら急を警告するかのようなヒステリックなアナウンスが流れるに違いない。
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同じ駅だけど地上と地下で全く別の駅の感があるね。普通の駅でした。
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では引き上げよう。ガレた駅前広場を歩いてレンタカーへ戻るところ。
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バス停です。谷川岳方面へのバスを2台見ました。
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名残惜し気に振り返ったところ。おそらくもう来ることはないと思いますが。一度見れば充分かな。またいつか来てあの要塞地下ホームに下りることはないだろう。
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上越新幹線開業(1982年)と関越自動車道開通(1985年)後、土合駅は無人化され、水上駅~長岡駅のローカル電車の駅になった。
信越線の横川~軽井沢間のように廃止されなかったのが幸いだが。
土合駅からの観光スポットは谷川岳登山、谷川岳ロープウェイ、12月初旬にOPENして翌年5月まで春スキーが出来る天神平スキー場だが、上越新幹線上毛高原駅や上越線水上駅からも関越交通バスが出ています。私もレンタカーで関越自動車道水上ICから下を走ってきた。机上で1日に5本しかないダイヤを使って訪駅できるか試算もしたのですが、待ち時間が長過ぎるのと、どうも絶食になりそうなので止めてくるまにしたのです。
登山客、天神平へのスキー客、そしてモグラ駅を見学するだけのヒマ人たちが訪れる。
そこへは電車よりくるまの方が近くて早いのだ。
JRの駅なのに。
では来た道を戻って、水上ICから沼田に向かって、ASLIマスターおススメの蕎麦屋に向かうことにしたが、おそらく今直行したら混んでるだろうと推測、ひと駅前へ立ち寄ってみた。
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スピンオフの湯檜曽駅、これは複線化された時にできた新駅で、単線時代の湯檜曽駅は別の場所にあった。上りホームから見える現在の上り線ループのどっかにあったらしい。(有名なサイト、山いがに旧駅レポがあります。)
ここも1日に5本しかない。あたりまえだよな。さっきのモグラ駅のひとつ手前の普通駅なんだから。
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運賃というか入場料入れましたよ。140円でいいよね。
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まず下りホームへ向かう。
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またトンネルかよ。でも地下に潜るトンネルというよりも、ほとんど傾斜が無く、そのまま真っすぐに歩くトンネルです。
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さっきのモグラ駅に繋がる長大トンネルの一端であります。
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新清水トンネル開口部が見えます。トンネルの入口から外光が入っている。ここから長大トンネルがスタートしてさっきの地中駅に繋がるのだ。
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このまま延々歩いたらさっきのモグラ駅に至るわけだが。そんなイベントはないです。
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モグラ駅ほどのインパクトはない。都心にある普通の地下鉄の駅のようだった。いったん来たルートを戻って、階段で地上駅へ。
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上りホームは駅舎より一段高い築堤上にあります。単式ホーム1面1線。
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上りホームから山の斜面にループ線が望める。上り線の架線柱が並んでいる。あの辺りのどこかに旧湯檜曽駅があったらしいが、湯檜曽温泉や住民の生活圏からかなり離れているね。
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現在の湯檜曽駅はもとはスキーシーズン時に仮営業した臨時駅だったそうです。近くにある大穴スキー場への最寄駅。
臨時駅の開業期間は12月20日~3月10日、昭和38年(1963年)まで運営された。同年9月28日に新清水トンネルが開通したことで湯檜曽~土樽間が複線化され、旧湯檜曽駅と仮停車場が廃止され、この地に新駅が開業した。
見ての通り、上りホームは地上駅、下りホームは新清水トンネル内に設けられたわけです。
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MAPで見ると別個の単線に見えるね。
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平成10年(1998年)8月29日、集中豪雨による土砂崩れで上り線構内が土砂で被災、復旧作業に1か月かかり、水上から土樽間は下り線で単線運行したそうです。今の運行本数なら複線にしなくてもよかったんじゃね?と思わないでもないが。
今日、この路線で電車を見ることはなかった。
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モグラ駅 [鉄路と風景]

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東京と新潟方面を結ぶ鉄道を敷設するには、群馬県と新潟県の間に聳える谷川岳の中腹をトンネルで貫かなくてはならなかった。
それが清水トンネルです。まず単線の上越本線が開通、それは高低差を稼ぐ為にループ線で建設された。単線だからその頃の土合駅は上り線と下り線も地上駅で共通だったのです。
ぐるっと曲がったトンネルを掘るのも凄い技術だが、それは先に開業していた信越本線が碓氷峠越の際に、ラックレールやら機関車の増結や付け替え等の時間ロスがあったことがあげられる。なので上越線は多少の急こう配であっても短い路線で建設したから現在のループ線形になった。
次に上越線を複線化することになり、ループ線に沿って複線トンネルを掘るのではなく、もとは信号場だった現在の湯檜曽駅手前からなるべく真っすぐに長大トンネルを掘削しようと。それが新清水トンネルです。
今いるモグラ駅はその途中に設けてある。
知らないと、水上(高崎)方面、越後湯沢(新潟)方面、どちらが上り下りなのかわからんが、整理すると、
ループ線、清水トンネル、地上ホーム(2番線)が水上、高崎方面の上り線です。次の駅は湯檜曽駅。
新清水トンネル、地下ホーム(1番線)が越後湯沢、長岡方面の下り線です。次の駅は土樽駅。
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地上の土合駅は水上、高崎方面の上り線ホームだけになり、後から掘られた新清水トンネルの地下ホームは下り線になったので、同じ駅なんだけど上りと下りのホームが離れたのです。
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駅舎、改札は同じ地上にあるが、土合駅から越後湯沢方面へ行くには、改札から歩いて湯檜曽川と国道291号線を跨ぐのに143m、階段24段、そこから更に長さ338m、463段もの階段を下りていく。(高低差は約80m)
逆に言えば、土合駅で下車した場合、長さ338m、463段の階段を上がり、湯檜曽川と国道291号線を跨ぐ為に143m、階段24段を上がらないと駅の外に出られないのだ。

東洋いちのモグラ駅、土合駅地下ホーム上です。土樽、越後湯沢方面を見てみる。
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反対側、湯檜曽、水上方面を見てみる。
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モグラ24ホーム湯檜曽方面2.jpg
坑道内は凄い湿気で、信号灯と軌道を照らす照明が不気味に光っているだけである。
寒いけど蒸し寒い?変な表現ですがそんな空気です。上着を脱いだら寒いけど、着たままだと汗がにじんでくるのだ。

先端まで歩いてみる。
トンネルの壁に消火器と退避場があった。
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反対側の先端まで行ってみる。
光や闇の向こう側から何かが現れそうである。世紀末映画でクリーチャーに襲われるのはこういうロケシーンかもしれない。
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ジャン父方の本家は新潟県の柿崎という地ですが、まだ上越新幹線が無いころ、上野駅から上越線でとことこ新潟まで行ったことがある。
なので途中この新清水トンネルや土合駅も通った筈だがあまり記憶にない。ただ、やけに長いトンネルを走ったのと、車内が暑かったのを覚えている。
トンネルというものはあまり長いと子供にとってはつまらないものなのだ。それは帰途、上り線でループの清水トンネルを通った時もそうだったと思う。トンネルの暗い壁を延々眺めても、真っすぐなのか曲がっているのか車窓からはわからない。
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何と下りホームにも待合、WCがあったのです。首都圏の地下鉄駅のホームに待合はまず無いじゃないですか。WCも改札内のコンコースにあるし。
この待合は、停車する列車よりも通過する列車の方が多いので、風圧と走行音と、これだけの湿気が吹き付けるのを避ける為だそうです。それには貨物列車も含まれる。そっちの方が多いのではないか。
トンネル内だからエコー効果がある。ここで1曲歌ったら下手でも地上で歌うよりは上手く聞こえるかもしれないが、WCで用を足すとなると排泄音が駅中に響き渡るに違いない。WCを利用したら生涯の思い出になるのは必定だが止めといた。
管轄している水上駅の職員が掃除に来るなら結構な運動量になるな。
さっきのモグラ漫画の解説で「この下りホームの標高は、海抜583メートル、駅舎の標高は653.7メートルあり、駅舎と下りホームの標高差は70.7メートルあります」とあった。
細かいことを言うと都内の地下鉄の地下駅とは違います。山中の地中駅なのです。
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下りホームは単式1面1線だが、よく目を凝らして見ると軌道を外してホームをズラしたのがわかる。これも通過列車の風圧と騒音を避ける為にズラしたと聞き及ぶ。
上越新幹線の開通前は今より遥かに多く電車が走り、土合駅にも停車したが、現在はさっき見たように上下線とも1日に5本しか土合駅に停車しない。最大4時間電車が来ない時間帯もある。
このダイヤだけなら単線だけで交互に行き違い運用ができそうでだが、実際は貨物列車が走る。
地下にいるのも飽いたので、戻ることにしたが。
「やれやれ、今度はこの階段を上がるのか」
私は周囲に聞かせるように呟いたが、他の客、誰も反応せずスルーされただけだった。
モグラ51帰るぞ.jpg
上り階段はキツイ。普段の日常生活で460もの階段を上がったりしない。メトロ南北線や副都心線は場所によっては相当深い地底にあるが、エスカレーターが必ずあるからね。
無言で上がった。100段、
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200段、だんだん息が上がってきた。
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300段、ここで振り返った。
モグラ54階段300段.jpg
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ベンチで休んだ。エスカレーターがあればいいのに。でもさっき言ったようにこの湿気では設置は無理だろう。メンテナンスもタイヘンだ。
高齢ペア客、家族連れが後から上がってきてる。
疲れてきたので集中力が薄れ、写真もボケてきた。
モグラ57見下ろす.jpg
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400段、もう少しだ。
私は年齢的に今以上になると厳しいかも。今日この年齢だから今しか来れなかったと思うが、この駅の真っ当な利用客は谷川岳他、付近の山々を登る登山客なので、この程度の階段では何とでもないのだろう。
これも他で聞いた話ですが、土合駅で越後湯沢方面へ向かう際、改札は列車が到着する定刻の10分前に締め切られたそうです。
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462段、改札までまだあるが、これでひと段落、無事に生還したといっていい。
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明かりを見た安堵感、地下駅を振り返る。
名残惜しいような。それでいて地上に生還しつつある安ど感というか。
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階段を登り終えたら、残りの距離数と階段の表示が。
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「お疲れ様でした。
階段数462段、改札出口まで143メートル
階段2か所で24段です。がんばってください。JR土合駅」
頑張らなくてはいけないのか。
この駅は体育会系か。
何かの苦行を課してるのか。
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下る時は気が付かなかった段数、474段です。
渡り通路14階段474段.jpg
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いよいよラスト、486段、そして改札口まで17メートル、
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改札はここから17m.jpg
地上に生還しました。
有人駅で職員が在駐していた時代、あの階段を1日に何往復したのだろう。
何かやらかすと懲罰人事でこの駅に廻されたりしなかったかな。
日ごろ何かと不平不満の多い社員はこの駅に飛ばせばいい。少しはおとなしくなるだろう。
いや、今の時代はすぐ辞めちゃうかな。
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せっかく来たのだから、上りホームも見てみましょう。
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モグラ駅 [鉄路と風景]

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水上から一般道で新潟県との県境に向かっていますが、この道は谷川岳麓の一ノ倉沢で行き止まりになる。
このまま走って越えることはできない。新潟県へ行くなら水上ICに戻って関越自動車道を走ることにになる。
上越線もこの山の何処かを長大地下トンネルで抜いているがその本数は短い。上越新幹線に取って代わられたからです。
湯檜曽温泉を抜けて谷川岳方面へ2.jpg
湯檜曽を過ぎた辺りです。鄙びた湯檜曽温泉街を過ぎたところ。老夫婦が浴衣に手ぬぐい持ってスタスタ歩いていた。
会社携帯が鳴ったので途中で止めて「後で折り返す」と返信。
だけどこの先、電波繋がるのかな。山の途中から土の中に入るのですよ。
土合駅前ロータリーはガレている1.jpg
着きました。今回の群馬ディスカバー最大の目的地がここJR上越線の土合駅、群馬県内の北の端、新潟県境の手前にある駅です。
駅なのにくるまで来ました。
土合駅前ロータリーはガレている2.jpg
これは駅前広場といっていいのだろうか。舗装されていない。ガレて大石が転がっている。
レンタカーのボディに石跳ねして傷つけたくないので、くるまは道路に近いスペースに停め、徒歩で駅舎に向かった。
この土合駅、秘境駅のようにも言われているが、登山シーズンには谷川岳への登山客が下車するそうです。他にも今回の私のように、東洋一のモグラ駅と呼称される下り線地下ホームを見に訪れる観光客が少なくないらしい。
駅前広場もシーズンになると谷川岳への登山客で満車になるそうです。今日は夏休み前の平日なのでこんな感じですが、来たのは私だけではなかった。私と同じような酔狂な見学者が10人くらいいた。皆、誰もいない改札を自由に出入りして、自己責任で見学していた。
駅舎入り口.jpg
廃駅には見えない。旧いだけで現役の駅です。

だけど1日に5本しか停車しないのか。
駅なのにくるまで来た理由は本数が少なすぎるからです。電車で来るとかなりの時間ロスになる。
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モグラ駅になった理由.jpg
モグラ駅の高低差.jpg

寝泊りするなってことらしい1.jpg
寝泊りするなってことらしい2.jpg
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こんな張り紙が至る所に貼ってあるのは、山間の無人駅なのを幸い、この駅の待合室内で寝泊まりする登山客がいて、寝るだけならまだしも火器を使って調理を行う輩がいるらしいんだな。
無人駅ですが駅舎内に自動販売機があるにはあった。誰かが在庫を補充、売り上げ金を回収しに来るのだろう。ご苦労様です。
立派な改札があったんだな。
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改札を入ると2.jpg
改札を入ると1.jpg
さて、どっちを先に行くか。
当然モグラになって下り線地下ホームが先だな。
改札というか、殆ど跡といっていいが、そこから入って左へ歩いた。
では新潟方面ホームへ.jpg
子供の頃に通った小学校のボロい連絡通路のようなニオイがする。
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渡り通路2.jpg
渡り通路3.jpg
渡り通路4シェルター?.jpg
そして半円形のスノーシェッドを歩く。国道と湯檜曽川を渡る為のものです。
汚れた窓から覗いた湯檜曽川はキレイな清流ですね。船山川よりキレイだ。
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これは無事に帰還して外から撮影したスノーシェッドです。わざわざ対岸に渡って、山のドテっ腹に突っ込んでいますね。
渡り通路を外から見たところ2.jpg
渡り通路を外から見たところ1.jpg

モグラ1そして魔界の迷宮へ.jpg
さぁそこから先が地下への入り口です。
魔界か迷宮に誘うかのようだが現役の駅ホームへの階段なのです。ゆっくり下りていく。
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アヤしいトンネル階段です。
要塞地下トンネル?核シェルター?
人類が核戦争かウィスル蔓延で死滅して自分だけ生き残ったような感じだ。脇からクリーチャーが現れそうである。
幸いこの地下世界にいるのは自分ひとりだけではなく、自分より先にどっかのオジさんがひとりで歩いて見学している。壁から異生物が現れて犠牲になるのは私より彼の方が先だなと思った。
そういうバカな妄想よりも、今、たった今、ここにいて大地震があったらどうするのか。ホントのシェルターになってしまうじゃないか。崩落さえなければ、豊富な湧き水でしのげるだろうか。
下りにくい階段である。どっかの神社の参道にこういう階段があったかも知れない。
階段ひとつひとつの段差は高くないが、5段下りて踊り場、また5段下りて踊り場、このパターンを繰り返して下りていくのである。
下りていく階段右横には空いたスペースの幅が続いている。
これはエスカレーターを設置しようと設けたスペースらしい。
モグラ3右はエスカレーター予定幅.jpg
湿気がすごいです。壁から谷川岳の湧き水がしみでている。
下りていけばいくほど湧き出る水量が多くなり、水音が大きくなってくる。
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途中で気が付いた。階段の段数が表示されているのです。ここまでは無意識に闇雲に撮影してきたのですが、どれも同じような単調で薄暗い風景なので、100段ごとに下方向と振り向いて見上げて上方向を撮ることにした。
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モグラ6見上げる.jpg
モグラ7階段200段.jpg
モグラ8.jpg
モグラ9見上げる.jpg
モグラ10ベンチ.jpg
階段の途中には休憩用のベンチが設置されている。途中で一息いれる為です。
ビルの階段のように一気に下りないで途中にこういう踊り場を設けたのは、地上から今向かっている下り線ホームまでの距離、高低差、階段の角度を計算したのだと思います。高度成長期にできたトンネルだが、まだ関越自動車道は開通してない頃に完成したで、人が物資を運んでいた筈だし。
だけどさすがにこのベンチに座って弁当広げる気にはならないね。
下りていく階段右横、エスカレーターを設置しようと設けたスペースは途中から川になって水が流れていた。トンネル壁の隙間から流れ出す湧き水が注いで浸食されて小川のようになっていた。この川も下るほど水量が多く、流れる音が大きくなっていく。
今後もエスカレーターを設置する予定は全く無いそうだが、設置してもこの湿度では錆びて故障するだろう。
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地下ホームが見えそうで見えない。先に行く人が時折振り向いて私を見たりする。
私も来た方向を振り返ると2家族が5人、後からペア客が2人、私が潜って戻って地上に出るまでに計10人の見物客がいたのを確認した。
残り100段を切ったところでようやく地下ホームが見えてきた。
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先に下りたどっかのオヤっさんがこっちを見上げてる。
ここまで10分ちょいかかった。もっと時間が経ったような気はしたが意外に短い時間だった。でも帰りは上りだからそれ以上の時間がかかるだろう。
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下りたところにこんなマンガがあって、
「ようこそ日本一のモグラ駅へ
この階段は、338メートル、462段あります。
階段を上り、143メートル(階段24段)の道路通路を経て改札口になります。
また、この下りホームの標高は、海抜583メートル、駅舎の標高は653.7メートルあり、駅舎と下りホームの標高差は70.7メートルあります。
改札口までの所要時間は約10分要します。
足元にご注意してお上がり下さい。
土合駅」
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注意してお上がりくださいだって??
そうか、下りてきたからにはあれだけの階段を今度は上らないといけないのか。やれやれと思ったよ。この説明はホームに下りた客に注意喚起していて、地上からはるばる下りてきた見学者対象ではないのです。そりゃ運賃払って下車した客にそう労うのは当然ですけど。
そういえば、私もそうですが誰も入場券払ってないようだな。運賃箱あったかな~。
私は今回のディスカバー群馬で、吾妻線の万座・鹿沢口駅、この後で立ち寄る湯檜曽駅では入場券というか入場料140円を小銭で支払っています。
万座・鹿沢駅ではWC借りたし、湯檜曽駅にも運賃箱があったのです。吾妻線の大前駅ではそういうBOXは無かった。ここ土合駅にあったかな~。
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ホームに立ってみる。
地底の底に降り立った感がする。
では何でこんなモグラホームになったのだろうか?
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ルナ [Cafe]

高崎駅構内に上越線運転見合わせの張り紙が。
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水上から先が不通だと?
私は水上から先へ行きたいんだけど。
実は心配要りません。昨日に引き続いて渋川でレンタカーを押さえてあるのです。今日は国境の駅に行きます。駅に行くのにくるまで行くのです。
Upした吾妻線終着駅大前駅もそうですが、群馬県の在来線の駅は電車で行くよりもくるまで行く方が効率がいいのです。
駅なのに電車を利用しないのは滑稽でもあるが、本数が少なすぎるのだ。
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渋川駅で下りて純喫茶ルナに向かうところ。
ルートインモーングはパスしました。二日酔いじゃないですよ。渋川に来るのでホテルで食べるのに気が進まなかったのだ。
前夜フロントにいた女性に「明日のメニューわかる?」って聞いたら「わかりません」って言われたんだよね。
昭和、平成を生き抜いたルナ、令和になっても純喫茶。いまどきの子は純喫茶なんて行かないし、その意味も知らないと思う。純喫茶とは酒類を扱わない喫茶店ですよ。酒を扱う店は不純喫茶じゃなくてCafeです。
ボードがボロボロになってますね。
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裏面なんか剥離してるし。灯も外されたまま。
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階段を上ります。上がって振り向いたら燕の巣の残骸が増えていた。
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入ったら老夫婦がいた。多分私が今日最初の客ですね。
でも2人とも私に気づかないのだ。耳が遠いんだな。マスターのご両親かなぁ。
わざとゴツゴツ音を出して歩いたら婆さん(お母さんかな?)が私に気づいて「いらっしゃいませ」の第1声とともに、ボロいグランドメニューブックを持ってきた。
でも私は何にするか決めてある。
「Bにします」
「はい、びぃせっとで。おのみものはほっとこぉひぃでよろしいですか?」
声がデカいのだ。耳が遠いんだな。こっちも声が大きくなる。
「ホットでいいですよっ」
婆さん(お母さん)はカウンターに戻り、向こう側にいたお爺さん(お父さん)に向かって、大きい声で、はっきりゆっくりとこう言った。
「びぃせっと、ほっとこーひーですって」
もし他にお客さんがいたら私が何をオーダーしたか丸聞こえである。そしたら爺さん(お父さん)が耳に手を当てて、
「ああん?」
なんだってぇ?ですよ。
「びぃせっと、ほっとこーひーです」
「ああ」
わかったらしい。やっぱ耳が遠いんだな。
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店内2.jpg
このピアノを最後に弾いたのは誰?
流れた曲は何だろう?
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まぁ素人が作ったようにしか見えないサンドですが。切り方、挟み方も雑だし。
サラダのオニオン辛いです。
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トマトにキュウリ、家でもよく出ます。カブトムシのエサみたいに。
だけど、自分この店に慣れてきたつもりなので最初の頃より辛口なのですが、これまでより味が薄い気がしたな。
サンドもスープも塩加減が薄く、スープはトマトっぽい酸味だけだし、病院食のスープみたいだったんですよ。
やっぱりいつもの旦那さん(息子さん)が作った方が味がするなぁ。
お2人とも高年齢だから薄味になっちゃったかな。
スープ.jpg珈琲.jpg
サラダ3トマト2.jpgサラダ4キュウリ1.jpg
サラダ5キュウリ2.jpgサラダ6タマゴ.jpg

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あ、マスター、旦那が来た。
「エアコン稼働してないよね?」
「両替千円札大丈夫だよね?」
他、何か確認してた。
「じゃぁ帰るよ」
お父さんお母さんは帰っていった。
マスターひとりになった。
アイス1.jpg
アイス2.jpgアイス3.jpg

バニラアイス、最初から出されるので、時間が経てば経つほど溶けてくるけど。
そうか、最後に食べないで、サラダのちょい辛オニオンと交互に食べればいいんだ。
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ルナ6.jpg
客は私だけだった。
次の客が来るのは渋川駅に電車が停車した時か、伊香保方面からバスが来た頃か。
でも殆どの客はこの純喫茶をスルーしてしまうだろう。
最初からマスターがいなかったので、いつものセリフ「おくるまですか?おくるまでしたら前の駐車場に」が聞けなかったけど。また来ようっと。
だってこの時間帯だと他に無いし!!(笑)
さぁ出発だ.jpg
チャーターしたくるまは作日レンタルしたくるまだった。
昨日は34888kmからスタートして、返却した際の距離数は35018km、そこからスタートした。
結果、今日返却した際の距離数は35164kmになる。
北の駅へ向かいます。新潟県との県境の駅へ。
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ASLI 彷徨い 社員を想う [BAR]

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アス4.jpg
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店内2.jpg
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「ウチは2軒めですか?」
「3軒めです。七さんと・・・」
「うさぎさん?」
「そう」
うさぎさんカフェは店内が若々しい。それはそれでいいけど大人の雰囲気の店で締めたいのでASLIへやってきました。
FD氏.jpg
「昼間はどのルートで?」
「レンタカーで嬬恋まで行って来ました。鎌原村とか大前駅とか。火山灰で埋まった村を見て、城跡も見て、途中に滝もありましたな」
「ジャンさん滝なら・・・」
マスターは吹割の滝をススめてくれた。そういう有名な滝があるのは知っているが、この時は酔いで袋田の滝(茨城県)と勘違いしてたかもしれない。
カウンター右端にPCがある。マスターのBlogが写っていて、自分と旅人の惑星さんが並んでリンクされている。新しいタブが開かれて東洋のナイアガラが写し出され、大地が避けたような岩々に激流が吸い込まれていた。柵もチェーンもロープも無いぞ。
「これ、落ちたらヤバくない?」
「ヤバいです。このラインを(マスターが岩の写真を指す)を越えると係員が制止します」
ホントに吸い込まれそうである。落ちたら命無いだろう。
場所も確認した。沼田ICから20kmくらいか。
行けなくなさそうだが。午前中に水上の先まで行く予定で、そこにあるのは東洋のナイアガラならぬ東洋のモールステーションを見に行くのです。その後はもうUpしましたが、真田伊賀守の水牢を見たせいでどうしても沼田城を見ないとBlog記事がエンディングにならないのだ。
まったく観光しないジャン妻は滝を見るのが大好きで、ひとりで吹割の滝、こんな凄い滝を見に行ったら後で機嫌が悪くなるだろうな。
いつかジャン妻との2人旅にとっておくことにした。
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「沼田まで行かれるならぜひお蕎麦屋さんへ」
「ああ、あのお蕎麦屋さんね。遠くないですか?」
「沼田ICから10kmぐらいですよ」
10kmなら行けそうだが。マスター最近行ってないんでしょ?
FD氏の行動範囲は狭まっているらしい。で、行ったんですが、蕎麦や味はともかく、まぁ突っ込みドコロが幾つもあるお蕎麦屋さんだったよ。

話変わります。
もうすぐ二次異動がある。
この写真でしょぼい舩盛の向こうに写ってる子、この子が群馬に転勤してくる。
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「和田町ってどの辺りでしたっけ?くなしりさんの辺り?」
「くなしりは新田町でその先です。ジャンさんがよく行かれてたもりやさん(もりや食堂、閉店)のもっと先から高崎アリーナの辺りまでです。行かれてますよねなか川さんに?あの辺りまでです」
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-08-31-2
高崎アリーナの裏、なか川の辺りまで?
あの辺りは暗い。コンビニも無いし大丈夫だろうかと。
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通町続き2.jpg
高崎駅から西南、和田町か新田町か鶴見町辺りにあの子が転居してくる。
その子は私とちょっとあったんです。
泣いちゃったんですよ。50人いた新人同期に指示した私への重要な報告をその子だけ怠ったんです。理由を聞いたら「〇〇さん(私のこと)が怖くて言えませんでしたごめんなさい」って泣かれて私も傷ついたけどね。
今はまぁ普通に父と娘みたいに会話してますけど。
で、心配のあまり、通町から和田町方面へ脚を伸ばしてしまった。彷徨いです。
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社員の転勤に伴う社宅担当者に言ってるのは、群馬に転勤させる子の社宅は高崎にしてくれってこと。高崎に住めば群馬全体をカバーできるのです。玄関口でもありジャンクションでもあるからね。渋川とか富岡、太田なんかに偏ると群馬全域をカバーするのは厳しい。
でも高崎市内ったって広いじゃないですか。県庁所在地の前橋に対抗意識がある高崎市は近隣の町村を合併しまくっている。吉井、倉渕、箕郷なんかも高崎市内だからね。
社宅は高崎駅に近いほどいい。ただ、柳川町は避けてくれとも言った。社宅担当者に赤線地帯と言っても通じなかったけど、私は自分の行動範囲内を中心に安全圏を意見した。でも高崎駅から南高崎駅(上信電鉄)の辺りはノーマークだった。
この時点で社用車を貸し与えるかどうかも未定です。ただ、私もそうでしたが社命による転勤なので、1台小型車を会社名義でレンタルする案は出ているそうです。
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あの子がこの街にねぇ。
現在その子は神奈川県某所にいる。そこの連中は私の大シンパでよく連絡来るのですが、そこの事務長から、
「彼女にずっといて欲しかったです」
「ずっといて欲しかった気持ちは本人に言いなよ」
「見知らぬ土地(群馬)で大丈夫でしょうか?」
「同じ日本だぜ」
現実的な答えしか返さなかった。
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一抹以上の懸念を胸中に抱えながら、疲れた脚を引きずってゆっくりホテルに戻ったのが22時で、そこでバッタり寝てしまった。
今考えてもしゃーないしね。
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灯り屋 [Cafe]

椿町、灯屋に移転する前のCafeです。羅漢町にありました。
現在はもうありません。
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椿町のHPの本文、自己紹介から抜粋、加筆しますが、現在の椿町・灯屋の始まりは2010年7月7日、高崎の羅漢町でユイミカフェとして開店、夜の3時まで食べたり飲んだり喋ったりできるお店だった。
ユイミカフェは、You e me Cafe、アナタと私のCafe、ユイミはオーナーであるうさ子さんの本名らしい。
船山史家の呟きⅠとⅡに何回もUpしましたが、ホントに3時まで営っていましたよ。

うさこって何?
うさ子さんの高校時代の担任が「お前はうるさいからうさ子だ」それとうさぎを引っかけたらしい。
うさぎでよかったね。たぬきじゃなくてよかったね。
羅漢町は私が1年間住んだ町で、ユイミカフェは私の住んだマンションの前にあった。その他にも移転前のロツレ、今も営っている月輪、人間の多い都会の居酒屋とは全く毛色の違う名店たちに惹かれ「この地で生きていきたい」と心境を変化させてくれた町だった。ユイミカフェもそのひとつ。他は閑静な住宅地です。普通の家々の中に店がポツンポツンと営っているのです。今でもそう。
私が1年だけいたマンションを旧中山道の細い路地から見たところ。
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羅漢町のユイミカフェの一画(羅漢寺の前)だけ何故か区画整理で移転を迫られ、現在の椿町に移り、再オープンしたのが2015年4月4日、それが灯り屋。
カフェだけではなく、2階はゲストハウスになっている。泊ったことはさすがにないけど。だって朝起きたら知らない人が上のベッドに寝てるんでしょ?
でも知らない人同士が知り合い同士になる場でもある。
「人が出会う場としてのカフェが旅の人も迎えられるようになったらコミュニケーションの輪がもっと広がって楽しくなるのではと思い、1階をカフェ、2階をゲストハウスとして2015年の4月4日に再オープンしました」
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椿町は近くない。遠いです。歩きます。
(もっとも後日Upする店はここから更に遠いのですが。)
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「これは何の漢方薬です?」
「ハーヴですよ」
ああハーヴか。薬局じゃないんだから漢方なんか置けないよね。
「ビール」
「シンキチさんにします?あれ?苦手でしたっけ?」
高崎の地ビールには申し訳ないが、自分、地ビール(クラフトビール)ってホント苦手。美味しくないんだもん。やっぱり大手のビールの方が美味しいよ。
ピルスナーにした。1杯目を飲み干す私の喉が鳴った。
切干大根が美味しい。ジャン母の味に近い。
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「嬬恋村へ行ってきたの。浅間山が噴火して、火山灰で埋もれて、御堂の石段あと少しの差で助からなかった母娘の人骨が出たとこ」
「知ってる知ってる。そこへ見に行ったんですかぁ?どうでしたかぁ?」
「まぁ勉強にはなりましたよ」
へぇ、うさこさん嬬恋村の故事を知ってましたよ。大抵の人はキャベツの村でしょぐらいしか返ってこないからね。
他にも幾つか見たし、明日は北毛を廻るのですが、レンタカーを返却する時間内に急いで廻ろう廻ろうとすると疲れてしまう。
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うさ子さんはひとりで営っている。背の高い男性アシストはカフェを去ったそうです。でもお客さんの中からアシストを募って何とか。
若い客ばかりだ。私はこのCafeの客の中では年齢高くなってきた方だと思う。若い者たちに気を遣うよ。威圧感を出さないように、言葉も丁寧に、立ち振る舞いも静かに。
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「ウチ今猫いるんですよ。」
「ネコぉ?」
うさぎがネコを飼ってるだと?
「〇〇さん(私のこと)猫大丈夫ですかぁ?」
「大丈夫ですよ。自分はどちらかというと犬より猫なので」
「よかったぁ」
でも猫って餌くれるヤツにしか懐かないし、気まぐれですぐどっかいっちゃわないか?帰る時に土間を見たら、椅子に小さい布団を重ねてそこで子猫が寝てました。
「東京港区に猫酒場があるよ」
てまりという店。一度だけ行ったことがある。あまり愛想の無い店主だった。カウンターやテーブル席の空いた椅子に普通に猫が何匹かいたが、客の料理に目も向けずただそこにいるだけ。
「でも安くなかったな。あれは猫の人件費ならぬニャン件費が加算されてるんだろうな」
あまりウケなかった。滑ったかも。
飲食店と動物との併用って厳しいらしいですよ。保健所から許可が下りるかどうか。ああいうのは本当はケージに動物を入れて飲食スペースと区画しないといけないらしい。
会話しながらうさこさんはカレーを調理している。稀にチン!!なんて音もするけど基本は手作りです。
カレーをハーフでいただいた。
七さんでそんなにボリュームあるもの、ズシッとくるものは食べなかったので。
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「そういえば高崎のどっかでふくろうカフェがあるって聞いたけど」
群馬B級スポットで見たことがある。もぎ氏のサイト。
「ありますあります。行きました」(他のお客さん)
この私が他の若いお客さん、それも女性との会話になったんですよ。どっかの託児酒場みたいに個性あるオッさんと会話してんじゃないですよ。
「それって触れるのですか?」
「触れます。触れないのもいますけど」
「ふくろうって、こうやって(噛みつく仕草)アムッって噛んだりしないのかな」
「笑、それは無いと思いますけど」
「そういうカフェの珈琲高そうだですね。1杯1200円ぐらいしたりしてね」
「しますします。高いです」
「でもそういう店は珈琲飲むよりフクロウ触ってばっかりいるんだろうね。だけどふくろうって行き餌を食べるんでしょう。ハリーポッターのデカくて白いフクロウの足許に、白い骨が散らばっているのを見たけど。」
「笑」
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HPにあったうさこの自己紹介から。
「ピアノもスイミングも、小さい頃からなりたくてなった保育士も、何をやっても長続きしなかった私が自営業9年目となり、こうして灯り屋に日々立っている事に自分が一番驚いています」
保育士は聞いたことがある。でも笑っちゃったのはうさこさんがピアノ??
無理だと思うな。いや、指遣いどうこうじゃなくて、ピアノでもキーボードでもそこにずっといなきゃならないじゃない。アナタじっとしてないでしょ。
ショルダーキーボードならアクションもできるけど、あれは両手弾きが無いからね。コードを抑えないから。
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「ここでお客さんと過ごす時間は、毎日いろいろあって飽きることは全くありません。
この仕事を始めて沢山のさまざまな方達に出会いましたが、カフェと一緒にゲストハウスも始めることになり、これから訪れるであろうさらなる出会いにとてもワクワクしています。
私だけでなく、来ていただいた方達にとっても良い出会いの場・居心地の良い場になるよう灯り屋作りをしていきます。まだまだ灯り屋は完成していません。ぜひその日その時の灯り屋を楽しみにお出かけください。近所の人も遠くの人も、ひとやすみしたり泊まったり、ここを拠点に街を楽しんでもらえたら嬉しい」
まぁ良くも悪くもお客さんが友達感覚だからね。おそらく永遠に未完成のままじゃないかな。飲食店に完成って有り得ないし。
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若い人が出店し、若い客で盛り上がり、知り合いになり、和が広がっていく、その日だけでなく、またいつかどこかできっと逢える、それが高崎の店。
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通町 20周年祝ひとり酒 [居酒屋]

歴ネタに飽いたので飲みネタに。
1泊2日の群馬ディスカバー、夜は高崎泊でいつもの店へ。
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駿河大納言卿が眠る大雲寺の参道から来ました。
寺でもあり、幼稚園でもある正門をお婆さんが閉めていた。園児を迎えに来るママさんたちもそろそろ減って来る頃。
園児たちはこの地で自刃した忠長卿を知ってるのかな。
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18時、自分が最初の客かと思いきや、既に先客さんがいた。
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「今日はお仕事ですか?」
服装がいつもと違うと思ったらしい。今日1日、小雨の中をいろいろ散策しまくって服装がヨレているのもある。
「永年勤続年数20年で5日間、特別休暇が貰えたの」
「へぇ、凄いですねそれ」
「まぁ30年目はないですよ」
「笑、奥さんは?」
「向こうは5日間も休めないって。ひとりで群馬で遊んできなさいって」
メニュー載せます。
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おとおしは竹の子の煮物にちょこっとだけイカが入ってた。薄味です。
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外はまだ明るい。私はカウンター席左端にいます。
前の一通に1台のくるまが停まって、中から女性が飛び出し、バタバタと七に向かって走ってきた。
その女性は入り口の段差に躓いて前倒れになり、私のいるカウンターのエンドに手を付いて何とか転ばないで済んだが危なかったですね。下手したら角っ子にアタマかカオを打つところだ。
私と至近距離で目が遭った。
「大丈夫か?」
「あ、バタバタしてすみません、あれ?マスターは?
「彼は奥(厨房)で俺の調理を調理中だよ」
「あ、ごめんなさいじゃまして」
「何を急いでます?」
「ええっと、あのう・・・」
そしたらマスターが出てきた。手に私の料理を持っている。それを皿に移し換えてから引き出しから千円札を数枚、4枚かな?持ってきてそのバタバタ女性に渡した。
支払いだったのです。
「未払いがあったと?」
「そうなんですよ~。ジャマしちゃってホントにごめんなさい」
まぁそうだね。営業時間外に集金に来るんだね。仕込の時とかにね。
他にも2~3短い遣り取りがあって、またバタバタと出てってくるまに乗り込み、脱兎の如く走り去っていった。
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麦豚キムチサラダ、自分でもできそうですが美味しい。
豚バラ肉を焼いてキムチと混ぜて、もしかしたらキムチも炒めているのかな?それらをサラダ菜に載せて、ゴマ油をかけて小さいネギを散らしてます。
「これはビールですな」
「生もう1杯いきます?」
自分は最初は生だから「ビールに合うおとおしを出してね」と言いたいのですまずそういうのが出たことがないこの店。私の最初の嗜好が伝わってない。
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和牛タタキです。ちょこっとしかないけどこれぐらいでいいのだ。
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ちょっと疲れてもいます。早く酔いそうです。まだ明るいのに。
「酒、何があっかな」
「ええっと」
「無濾過とか生酒とかはキツイんだけど」
でもそういう銘柄、種類しか置いてないので(敢えてそうしてるのか?)最初に「姿」次に本醸造の「夜明け前」にした。
やはり最初の姿が少し経ってから効いてきた。どうも無濾過や生酒は苦手になってきた。
「1回は火入れしてますけどね」
マスターとの会話が途切れ、もうひとりの先客さん(女性)とTALKしきりです。
さっきのバタバタ飛び込んで来た女性もそうですが、ようイジられるね。それでいて決まらないんだよな。
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マスの刺身です。凄いアブラのノリでありマス。
ふぅ~、散策疲れだな。
今日は吾妻方面をレンタカー、明日は北毛を廻るのですが、いつもの旅だと3つの宿どれかに直行直帰、宿に入ったら(宿の敷内外は除く)どこにも出ない旅ばかりしているので、レンタカーを返すまでにあちこち見て廻る散策が意外に疲れた。小雨だし。慣れない道だし。
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電話が架かって来た。予約だって。「よんせんなんびゃくえんのコースで飲み放題で」なんて言ってるから、ええ~この店、ノミホなんてやるの?って思った。
前からノミホやってましたかね?こういうことを言うから「あの人(私のこと)は高見に立ってる」って社内で陰で言われてるんだけど。
ノミホは店も客も品位を落とすだけだよ。幹事は楽だけど。
ウチもかなり前にここの2階で宴会やったんですよ。コースでね。でもこうしてカウンターでオーダーするアラカルト料理より格段に質が下がったんだよね。え?こんなん出すの?普段のは?って驚いたものです。
まぁたまにはそういう宴会も入らないと店の死活問題にもなるし。2階っていう動線のハンデがあるので、私は2階の灯が点いているときは他へ行きます。
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19時前にしてラスト・オーダー・豚レバ串カツです。
全部で4本、甘いタレがかけてある。(タルタルソースがあればいいのに。)1本2本3本はハムカツみたいでしたね。
最後の4本めだけレバ感があったけど。
これは大人の駄菓子ですね。
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きっかり1時間で出ましたよ。
「置いてる酒でさ、夜明け前とか、ひと夏の恋ってあるけど、マスターの願望かい?」
「いや~、自分はそれだったら、ひとめ惚れっスね」
おお、上手だね。
ではその通りになるといいね。通町だからね。
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真田伊賀守の暴政 [隠れ郷土史]

嬬恋村から東吾妻まで戻ってきたら、車窓右手にこんな看板が。
見た最初は旅館か料理屋の看板かと思ったのですが、よく見ると、
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池廼薬師堂水牢??
水牢??
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池廼はいけのやと読みます。35号線県道、渋川東吾妻線、新巻交差点を山に分け入った先にあります。
何の為のものかすぐにわかりましたよ。水牢とは拷問の一種でしょう。そういうのを作るのは昔の治世者の誰かで大概は暴君と決まっているよね。
雨でジメジメした山間の一画にそれはあった。
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湿気と光量不足で写真がボケてますが。
『池の薬師水牢の跡
薬師堂の山瑞の軟石を掘った古池跡が、真田伊賀守による苛政を物語る「水牢」の跡と伝えられている。
水牢とは6間(約10.8m)四方を掘り下げ深さ2尺(約60cm)ほど水をため、周囲に塀をめぐらし木戸を立てた牢屋。
当時の沼田藩主の重税は苛烈を極め旧暦12月の年貢上納に際して、刑罰として年貢未納の農家の妻子を4、5人ずつ縄で縛って水牢に投獄し、寒中の水の中に立たせたと伝えられている。
投獄された家の者は見るに堪えず、一族から金子(きんす)を集め、またある者は田畑を処分して年貢を済ませ妻子を救い出したと伝えられる。
この水牢は天和元年(1681年)8月11日、山崩れによって埋没したが、その一部は現在まで歴史の証言者としてその姿を今に伝えています。』

こんなものを作らせた暴君がいたらしい。真田伊賀守信利、沼田藩五代藩主、あの真田信之の直系です。苛政を敷いて領民に重税を課し未納者をこれに放り込んで虐めたの。
触ってみた。冷たい水です。飲めるかもしれない。
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見るからに池ですが、後で掘り起こして修復したのか。おの水の中に旧暦12月、寒い時期に。低体温症で命を落とすでしょう。
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池に架かっている太鼓橋、これ、雨に革靴だと滑ります。転倒して尻餅つきました。アタマを討たなかったが、後で見たら左手首に少し痣が。
服の後処理も大変で、冷たい水で拭いて、後でホテルの部屋で洗ったもの。その後クリーニングに出して何とかなりましたが。
転んだのは領民に祟られたかと思った。伊賀守め。
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真田伊賀守信利が暴君になったのには理由(わけ)があります。
でも本人のエゴでもあり嫉妬だな。
一応、流れを検証してみる。

真田昌幸の長男、真田信之、ご存じですよね。
昌幸は主家武田家が滅ぶ前から信濃路から吾妻郡へ侵攻して、最終的には小田原北条氏と接する沼田まで進出します。主家を転々と変えながら真田家単独での勢力を維持する為にいろんなあざとい手を使ったようですが。
その嫡男信之(信幸→信之)は本多忠勝の娘で家康の養女として嫁いだ小松姫と婚姻したので、徳川氏の与力大名の位置づけだが、真田昌幸と次男、信繁は独立大名で豊家の家臣、真田家は上田城の昌幸と沼田城の信之の2家体制になる。

関ケ原戦後、真田昌幸と信繁は紀州九度山に流刑になっても上田の所領は東軍についた長男、信之に継承された。信之は沼田領と上田領併せて9万5000石を知行することになる。
問題はその後である。

元和2年(1616年)真田信之は沼田から上田に移り、沼田領3万石は長男の信吉に任せた。問題の伊賀守信利はこの信吉の子なのですが。
元和8年(1622年)真田信之は松代藩13万石へ加増転封となったが、沼田領は引き続き信吉の所領として残された。
上田藩→松代藩の系譜が本藩だから、真田昌幸があれだけ執着した沼田藩は支藩の位置づけになった感がある。

寛永11年(1643年)沼田藩を預かる真田信吉が死去、ここからがややこしい。(信之はまだ生きています。)
信吉の長男、熊之助という人が沼田藩三代藩主として相続したのですが、僅か4歳なので叔父の信政(信之の次男)が後見人になります。
信政という人は、父信之の松代藩転封の際に松代領内で1万7000石を分知され、小さいながらも大名に列していた。松代藩から沼田藩に出向?して後見したのだろうか。
ところが熊之助は寛永15年(1638年)11月6日に7歳で夭折、嗣子がいるわけないのでその跡は後見人だった叔父、信政がそのまま継いだ。松代藩内で貰っていた1万7000石を弟に譲って沼田藩3万石を継承したのが寛永16年(1639年)で、ここで暴君・伊賀守信利が登場する。信利は夭折した熊之助の異母弟なのです。沼田領3万石のうち5000石が信利に与えられる。
ここで最初に含んだかもしれない。自分が沼田藩正統の継承者なのに僅か5000石の分知だけかよと。

真田信之はまだ生きています。この人は当時では珍しく長生きした人ですが、なかなか隠居しなかった人(隠居が許されなかった?)で、明暦2年(1656年)にようやく隠居した。信政は沼田藩を継承してから17年経ってようやく松代藩の家督をゴッソリ相続した
でもわずか2年で死去しています。臨終前に父、信之の長命を恨んだかもしれない。
問題の暴君・真田伊賀守信利はこのタイミングで沼田藩主になる。信政が松代藩に戻ってそこの藩主に収まったからです。でもあっち(松代)は13万石、こっち(沼田)は3万石、4分の1かよと思ったのは想像に難くない。
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信政の子供たちもいろいろあって後継者候補から外され、六男の幸道が松代藩を継ぐのですが、これに真田伊賀守信利は遠く離れた沼田藩からブツクサ異議を申したてている。信吉系の次男である自分が相続に相応しいと。そうだろうか?ちょっと無理があるような気がするが。でもますます信利の胸中に、松代藩へのライバル意識、格差意識が強くなる。

要は松代藩、沼田藩、この2家体制が「噂の現場」の元凶なのですが、この伊賀守信利のエゴをモロに喰らったのが沼田藩の領民たち。水牢はその副産物といっていい。
伊賀守信利は松代藩に対抗して領内の検地を断行し、公称3万石の小藩のクセに5倍近い石高14万4000石という予算を弾き出して幕府に報告した。牛丼でいうメガ盛りだが、牛丼は実際に盛ってあるからいい。14万4000石は全くの虚構である。
無い袖なのに公の石高をカサ上げした以上、相応の家格にしなくてはならない。例えば参勤交代の人数とか、江戸藩邸の改装とか。
現在、ツマんない公園になっている沼田城には五層の天守閣があったといいます。それも人民の膏血を搾り取ったものから築いたといっていい。あの時代、江戸城以外に関東にそんな高層天守閣がある城って他にあっただろうか。

そして重税に苦しんだ領民の代表者が江戸幕閣に直訴、上毛カルタにある「天下の義人茂左衛門」がこれですが、それは伊賀守の意趣とは別に時の幕閣が松代、沼田、両真田家の財政に目をつけて困窮させようといろいろお手伝い(普請)を命じたせいでもある。延宝8年(1680年)、伊賀守信利は江戸両国橋改修の為の木材調達を命ぜられたが、台風で利根川、片品川が氾濫して用材が流出、翌天和元年(1681年)10月の納入期日に間に合わなかった。
この一件と前述の上毛カルタ「天下の義人茂左衛門」が訴えたので同年11月、沼田藩は取り潰される。伊賀守は改易された。理由は材木の納期遅滞と治世不良です。伊賀守信利は山形藩奥平家の預かりになり、奥平家が宇都宮に転封になってからそこで死去した。
沼田藩取り潰しの挿話は元禄繚乱第一話で取り上げられた。伊賀守を演じたのは草薙良一さん。
徳川綱吉の苛烈さと、伊豆守の嫡男信音が播州赤穂藩に預けられたから取り上げられたのだろう。
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伊賀守信利が1656年~1680年まで24年も治世したからには、その間に何かいいこともしたかもしれないが、こういう水牢なんて禍々しいものを見てしまうと暴君としか思えない。やらなきゃいいことをやらかしたから恨まれたのだ。
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往時の年貢は個人で納めるのではなく、その村、あるいは組の連帯責任で納めさせた筈。未納だった農民を水牢に放り込む前に、村長(ムラオサ)が責任を取らされるのではないかな。
水牢跡は東吾妻に9ヶ所あるそうです。そんなにあるのか。知られているのはここ池廼薬師堂の水牢と、中之条にある「桃瀬の水牢」だそうです。

で、伊賀守がいた沼田城へ。
沼田城は公園化されていて旧形態がどのようだったかわからなくなっていた。
下山で美しい蕎麦を喰らってから県道を南下してナビに従ってきたら、六連銭の赤い幟がパタパタはためいていて、そこにある広大な公園がそうだったのである。
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公園一帯の案内板表題には沼田公園(城跡)城をカッコ書きで示してあり、沼田城を買い取った元藩士久米民之助像、歌碑、寿楽園碑、生方たつゑ歌碑、旧生方家住宅、記念資料館、武道場、体育館、天狗堂、村上鬼城句碑、真田昌幸の謀略で註された沼田平八郎首石、御殿桜、鐘楼、金子刀句碑、沼田の歌歌碑、英霊殿、テニスコート、野球場、遊園地、ゲートボール場といった壊変後に作られたものばかりで、城の縄張りや遺構を示す案内は殆ど無いといっていい。
ぺったんこで低い土塁のようなもの??
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これなんかまだいい方です。
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本丸堀、幅10m、長さ20m分ほどで、これの脇にもテニスコートやグランドができている。
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要の本丸にしたってこの程度です。それでいて往時の全体図を大雑把に掲示してあり、他は花壇、広場、木々、花壇、ミニ動物園、退屈このうえない。
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天守跡は見つからなかった。あくまで推定だそうである。例の伊賀守が造った五層の天守なので、それを写真に収めて完結したかったのだが。
無駄に歩いて汗だくになったが、沼田城といえば必ず載っている西櫓台石垣がこれ。
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こっちの方が往時に近いような。
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発掘して修復した感がアリアリだが、こっちの方が見て安心したりする。
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捨曲輪とあるが、捨てる曲輪にしては広いな。敵を誘い込んで捨てて、周囲が反撃、殲滅できる縄張りになっていたのかどうか。
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小田原北条氏と豊家が手切れになった名胡桃城方面を望む。目と鼻の先です。
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捨曲輪には平八石というのがあって、真田昌幸から「お前を必ず城主にしてやるからな」と騙されて討ち取られた沼田平八景義の首実検の石だが、首は胴体のある場所までピューッと飛んでいった??

ボヤけて輪郭がわからないので、沼田城を見に来た城者は必然的にアイフォン、スマホで自分が今いる位置を確認しながら、沼田城本丸跡(Googleマップだと2か所表示される)、西櫓台跡石垣、大手門沓石、捨曲輪跡、真田信之と小松姫の石像、天守跡推定地、それらを探し回るしかないのです。
実際、公園内でアイフォンで位置を確認しながら首を傾げている人が2人か3人いて、ぐるぐる回って歩き回っていたら何回も再会する始末である。そのカオに、表情に「よっくわかんない城跡ねぇ」と如実に出ているのだ。
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有名だが、退屈極まりない城跡だが、かろうじて、この辺りは堂々と沼田城を掲げている。(沼田市観光協会、案内所の辺り)
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開設版に真田伊賀守が改易され、城は幕府の命によって破却された旨が記載してあるぞ。
だが伊豆守が何をやらかして改易になったかは書いてなかった。
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朽ちかけた三の丸土塁は選挙ポスターの土台になっているし。
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くるまはこのMAPでいうところの沼田公園桜まつり側のパーキングに停めましたが、そこから歩くと、ホントにここは沼田城なのか?疑念にかられ、延々と莫大な距離を歩かないと見れません。
道がややこしいですが、公園の中央を突き抜けている道に沿って、観光協会側のパーキングに停めた方が散策効率がいいです。
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沼田市が「真田の里」を謳うのもいいし、真田丸に便乗してか、関連する史跡の整備が進められたのも頷ける。でもその陰には目立たないけどああいう水牢とか、石高のカサ上げとか、詳しく書きませんでしたが上毛カルタ「天下の義人茂左衛門」とか、施政者が領民を苦しめた時代があったのです。それでも沼田城には真田六連銭の幟がパタパタはためいているのに違和感を覚えてしまった。
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羽根尾城 羽尾氏の末路 [隠れ郷土史]

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鎌原城で述べた吾妻三国志、鎌原氏、羽尾氏、斎藤氏の中で羽尾氏のその後です。羽尾氏の羽根尾城に取りついたところです。
羽尾駅の少し先、406号線の道路沿いに「羽根尾城、海野長門守墓」案内する標柱があったのですが、そこからの道が狭くて断念、北側の西吾妻福祉病院からアクセスしてきたところ。
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406号線から草津温泉に向かう292号線に入ってしばらくすると、西吾妻病院入り口の大看板が見えます。その下に申し訳なさそうに羽根尾城への案内矢印がある。
病院は高台にある。羽尾城より高所にある。坂を登って病院内の敷地に入り、申し訳ないけど駐車場に停めさせていただいた。
南端に調剤薬局があって次の案内板は薬局の右手を歩いてすぐ先にある。
薬局の裏手にある山城ともいえる。
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そこから農道、作業道で、軽自動車なら入れそうだが。
やばいぞ。雨脚がやや強まってきたか。
いや、そうではないな。木々の葉っぱに雨が当たる音と、風が吹いて葉っぱから葉っぱに伝う雨雫の音が重なっているんだ。
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羽根尾城の案内表示は農道か作業道の途中に複数個所あるので、それに従って歩いて行けば迷わないのですが。
自分に迷いが生じた。雨が降っている。傘はあるが濡れる。ただでさえ訪城には向いていない青々した梅雨の時期なので、足元が滑る。
いざとなれば引き返すべきだな。
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堀切があった。その前に若干駐車スペースがある。
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軽か小型車ならこの場所までアクセスできるのがわかった。でもくるまで来なくてよかった。雨と木々で薄暗く、小型車切り返す際に脱輪でもしたらタイヘン。
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まだ矢印がある。弱そうなラバーの階段を上がったらそこは鉄塔が立っていて、そこからの矢印の先は草で埋もれているた。
ジャン妻のカオが浮かんだ。
「引き返しなさいっ!!」
撤退しました。そういう決断も必要です。
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下山するとこ.jpg
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途中で引き返す勇気を出して撤退したので、後日、余湖先生の鳥観図を見ると、
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小さい也にも吾妻の三雄、羽尾氏の本拠、羽根尾城に期待したのですが本拠に見えない。小さいです。小さ過ぎて烽火台か物見、監視場程度の小城だった。

城主と伝わる人で、羽尾幸全(ユキマサ)という人。
鎌原城で登場、万座温泉で湯治中に本拠を奪われたそそっかしい羽尾道雲とはどういう関係なのかわからない。
羽尾氏は滋野一族、海野氏の末裔なので、真田氏が自称するのと同族だったといっていい。だいたい真田幸隆が武田信虎&村上義清連合軍に敗れて小県郡を追われ、昔の同族の誼を頼って羽尾幸全の許に落ちてきた説があるのだ。いきなり箕輪城の長野業政まで頼れないと思う。誰かが中継ぎした筈だ。
でもドラマだとその辺は省略、割愛されても本筋に影響は無いじゃないですか。だから地方の(失礼)小豪族が登場しないのだ。
でもそうだとすると、真田幸隆は一緒に落ちてきた海野棟綱と袂を分かって武田家臣になる。後年、恩あった羽尾氏を追い落としたことになるのだ。

羽尾氏は吾妻川対岸の鎌原氏と境界を巡って小さい争いを継続していた。これを書いてて気がついたのですが、岩櫃の斎藤氏はともかく、真田氏も羽尾氏も鎌原氏ももとは同じ滋野一族、海野氏の子孫だというのだよ。
真田幸隆は武田信玄の意向もあって、鎌原幸重を庇護、吾妻郡攻略の尖兵となるのですが、かつて落ち延びて世話になった羽尾幸全が岩櫃の斎藤憲広側に付いたと知りどう思ったか。
羽尾、斎藤が鎌原城を攻め、鎌原幸重はいったんは信濃小県郡にへ逃れ、後日、真田幸隆の支援を得て鎌原城を奪回したのは述べた。真田幸隆は鎌原城の先、羽尾氏の領域にも侵攻する。この小さい羽根尾城、その先にある長野原城、吾妻川沿いの反武田の要衝を奪っていく。
幸隆は世話になった羽尾幸全を調略しなかったのだろうか。そうなる前に、長野原城に入れた真田幸隆の弟、常田隆永が、旧領を奪回しようと逆襲してきた斎藤憲広の軍に敗れ、長野原城が落城した際に討死にしている。
常田隆永(トキタ タカナガ)は橋本じゅんさんが演じていたな。
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真田は岩櫃城へ本気で攻めかかり、羽尾幸全の舎弟、海野幸光、輝幸の兄弟を内応させ、岩櫃城を手中に収めた。
まだその先がある。真田幸隆は沼田まで視野に入れている。内応した海野幸光、輝幸の兄弟は、真田幸隆と昌幸、2代に従って吾妻郡侵攻に合力している。
「豆を煎るには豆殻を持ってすべし」である。

長篠で武田軍が大敗したのが天正3年(1575年)、上の兄2人も戦死したので、武藤家に養子にいっていた喜平治、昌幸が真田本家を継ぐのだが。
武田家が滅ぶ天正10年(1582年)の前々年、1580年に昌幸は沼田城を手中に収める。羽尾の生き残り海野幸光は岩櫃城代、弟の海野輝幸は沼田城代に。
後日譚がある。通町のBAR、マスターに、沼田に行かれるならあの生蕎麦屋さんに是非とススメられたのでナビを頼りにやってきたのですが、途中の上発知材木町線という街道沿いにこんなものが。
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判読し難いですが、海野輝幸、幸貞の墓とある。
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解説板に書いてあるとおりです。真田家中に海野兄弟を妬む者がいて「海野は北条と通ずる」の讒言を信じた真田昌幸が、弟の真田信伊に命じて先ず幸光を急襲して討ち、輝幸は真田勢に追撃され、嫡男幸貞と刺し違えて自刃した。
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鎌原村、資料館の前にあった鎌原城、
ついでに寄った羽根尾城、
斎藤氏がいた岩櫃城は前に行ったし、
マトモな観光客はまず行かない点と点を繋いできましたが、羽根尾城、羽尾氏からの系譜である海野兄弟はここで終わった。
羽尾を妬んで讒言した者は誰か。滅んで得した者がいる筈だ。
斎藤氏はもういない。残る一族といえば?

私は昌幸は讒言を信じたというよりは、粛清か将来の禍根を断つ為、敢えてその讒言に乗ったと思っています。
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終着駅に行ってきた [鉄路と風景]

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自室にある昭和60年刊行の書籍はまだJRが旧国鉄だった頃のものです。
前年度に会津喜多方の日中線が廃止になっています。今からだと30年前の写真集で、監修や文章は宮脇俊三氏(故人)です。(民営化は昭和62年です。)
終着駅は10のカテゴリに分けられ、上州では、
上信電鉄下仁田駅「婚約不履行型」
吾妻線の大前駅「山の彼方の・・・型」
栃木だけど足尾線の間藤駅が「トロッコ接続型」
に分類されて載っていた。
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上信電鉄は上州下仁田から信州佐久辺りを結ぶ予定で免許失効したと聞き及ぶ。吾妻線も菅平方面に向かって更にその先、延伸する計画があったらしい。
鎌原村の嬬恋郷土資料館、観音堂の後、小雨がパラつくなか、ナビにジャンル、駅、大前、を設定してたどり着いたところ。
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吾妻線と吾妻川に沿ってそのまま走ると信州菅平に行ってしまうところを、嬬恋村役場を右手に見て吾妻川へ下り、欄干が石でできた橋を渡るのです。
下り坂は泥水が流れた跡、水たまりがあり、レンタカーに泥が撥ねた。
吾妻川を渡る狭い橋は橋上では行き違いができなさそうなので、お互い譲り合って対岸で退避する。
駅はその先にポツンとあった。
ホームに上がる。
駅1ホーム階段.jpg
吾妻線の終着駅ですが、殆どの列車はひとつ手前、さっき昼を喰った万座・鹿沢口駅で折り返してしまう気の毒な駅です。
ホームは単式1面1線。
Suicaは使えないです。自動券売機も無いからここから乗るなら自己申告制か?

駅に人気はないが、猫の額ほどの駅前広場に2台停車していた。うち1台は駅前の自販機にドリンクを補充するドリンクメーカーの搬送車だった。自販機の扉を開けてガラガラ補充している。売上どれだけあるのか聞いてみたい気がする。
踏切を通るくるまは意外に多い。ドライバーはホームに立つ私に一瞥をくれるだけ。
踏切3.jpg
踏切1くるま止め方面.jpg
踏切2万座鹿沢口方面.jpg
駅2ホーム1.jpg

簡易的な待合がある。WCも併設されている。
待合の中です。
待合1.jpg
待合2.jpg
待合にあった時刻表には1時間に5本だけだしかない。
7:27
8:35(新前橋行)
11:00(新前橋行)
17:29(新前橋行)
20:14
少ねぇなぁ。行き先が書いてないのは他は高崎行だろうか。
時刻表1火に5本.jpg
ぐんまちゃんは1日僅か5本の終着駅にもいるのだ。
ぐんまちゃんパタパタ.jpg
群馬県内では最も西にある駅で標高は840m、上越線から分岐する渋川駅が186mだから、650m登って来たことになる。なので宮脇氏の「山の彼方の・・・型」のとおりである。
だがその先、もっと西、更に山の彼方までは行けなかった。大前駅ホームは4両編成分の長さがあって、その先線路はホーム端からどれくらいか。まだ線路が延びて架線も張られ、終端部でくるま止めになっているようで、そこから先に尚も進みたがっているように見えるぞ。
駅5ホーム2くるま止め方面.jpg
終着駅には何かしら因縁話があるものだ。この駅も終着駅になりたくてなったわけではない。この先も延伸計画があった・・・らしい。
嬬恋、大笹、田代、そして菅平、アタマの中で架空の駅を想像してみるのも楽しいが、その先の信越線(現在はしなの鉄道北しなの線)豊野駅(飯山線の起点でもある)までのルートは想像できなかった。
少なくとも菅平高原までは無理なく敷設できたようにも思えるが。そうなったらなったで現在万座・鹿沢口止まりの列車の殆どが菅平まで乗り入れるだろうから、大前駅は今ほど注目されたかったかもしれない。
もっとも莫大なカネかけて開通させても、北陸新幹線の開業と同時に、信越線と同様の運命を辿るのではないだろうか。
駅4.jpg
大前から先を断念せざるを得なかったとはいえ、1日に普通列車が僅か5本しか来ないのは殆どの列車が、私がさっき昼を喰った万座・鹿沢口駅で折り返してしまうからです。だからこの駅、有名になったともいえる。

廃止されないのは何か理由がありそうだ。
もしかして・・・。
万座鹿沢口駅はホームが1面1線だった。折り返しができないのです。何かあった時、車両を退避する鉄路はこの大前駅ホームから先に伸びている区間しかないのだ。
ホームから先のレールは錆びてません。光っている。時折入線していると思います。
そこから先へ進みたがっているのではないか。でもそれは叶わないまま、入線してまた戻ってくる往復運動を繰り返しているのだろう。
駅6ホーム3先端まできた.jpg
前述の宮脇氏は文庫版も刊行されています。それには下仁田駅と大前駅は載っていなかったのです。収録されてないだけかもしれないが、旅紀行で載っていなかった。
何処にも泊まらなかったことはないと思うな。あの時代でも日帰りは厳しい。駅周辺で何もドラマが無かったのかも知れない。

大前行1.jpg
これは後日、高崎駅で偶然でくわした吾妻線大前行です。
私はこの日、渋川で下りてますが、このままのんびりコトコト揺られて行けばあの寂しい大前駅に到達するのか。
大前行2.jpg
大前行3.jpg
ルート.jpg
付け替え工事の結果.jpg
駅7ホーム4振り返る.jpg
氏は他界され、昭和は平成になり、令和になった。
そして現在も大前駅は終着駅のままになっている。
この先もそうだろう。

昨日の校正段階でここまでだったのですが。
昨夜、帰宅途中の車内でこんなテロップが。
テロップ1.jpg
テロップ2.jpg
テロップ3.jpg
テロップ4.jpg
テロップ5.jpg
テロップ6.jpg
テロップ7.jpg
テロップ8.jpg
テロップ9.jpg
時刻は20:11分でした。20:14発高崎行が運休になったらしい。
ひとつ手前の万座・鹿沢口で折り返したのだろうか。
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天明3年7月8日(旧暦) [隠れ郷土史]

自分が思うに、興味が無いのに中学高校で日本の歴史なんぞを学ぶのって意味あるのかなと。
学ぶのなら近代史からでいいと思うのだ。
むしろ、数学、英語、工学、商業過程とか。そういうのを学んだ方がいいと思った。
歴史や古文は趣味の世界でいい。好きなら覚えられるのだから。
資料館1.jpg
鎌原城で靴裏が泥だらけになったので、その辺りの濡れた草で靴裏を拭いてから妻恋村資料館に入った。
資料館2.jpg
資料館3.jpg
館内は天明3年(1783年)の浅間山噴火で発生した吾妻土石流による鎌原村の埋没と、そこから出土したもの、そういう世界でした。
私は出土品ってあまり興味ないのね。そこで何が起こったのかを知るだけでいい。
受付、事務室に職員さんが3人か4人いて暇そう(失礼)に見えた。人件費多くね?って。
「2階でビデオ上映されているのでご覧になってくださいね~」
ビデオ観ました。都会にいたらまず知り得ない内容だった。
噴火2.jpg
日本史に興味が無くても、江戸時代の天明の大飢饉という災害を何となく覚えている方はいるでしょう。
それは飢餓民衆が喰うものなくて餓死者の人肉まで喰らった凄まじいイメージが残っているからだと思う。
この飢饉の説明の中では必ずといっていいほど浅間山が噴火したと記されている。浅間山の噴火のせいで火山灰が降灰して農作物が全滅したとか、火山ガスのせいで太陽の照りが少なくなり、農作物が少なくなったとか、そういうイメージを抱きがちだが。
実際はそう単純に浅間山の噴火だけが天明の飢饉の直接的な原因とは言い切れない。同年のの岩木山(青森県弘前市)が噴火、アイスランドのラキ、グリムスヴォント、並んだ2つの火山が長期噴火、火山ガスが成層圏まで達して粉塵が地球の北半分を覆った為ともいう。
浅間山が噴火ししたから天明の大飢饉に突入したというのではなく、浅間山の噴火は起こっていた飢饉に拍車をかけ事態を更に悪化させたのである。

天明年間、農作物が不作になり、東北では餓死者の肉を喰らい、疫病が流行り、農民が農村から逃げだして江戸や地方城下町に流れて治安が悪化、米価が高騰して江戸や大阪では米屋の打ち壊しに発展、米経済に依存していた幕府の屋台骨が揺らいでいく。時の老中、田沼意次が打ち出した商業主義改革の中に、温暖な地域で成長するイネを寒冷地に作付けしたので、上手く育たなかった失敗があったとも。

では天明3年、浅間山が噴火した時に現地で何が起きたのか。
外の掲示物3.jpg
史料を基にかいつまんで述べます。私が今いる鎌原村は浅間山火口から北12kmにある。大噴火した日は旧暦で7月8日、噴火して押し寄せた土石流が時速100km(どうやって弾き出したのかこの数値?)で押し寄せて村全体が壊滅する。吾妻土石流といいます。
外の掲示物2.jpg
土石流は吾妻川に流れ込み、その辺りで吾妻川を堰き止めて天然ダムになってから決壊、下流に大洪水を起こし、吾妻川沿いの村々を押し流し、その被害は利根川沿いから江戸川、銚子、江戸湾まで及んだのだがこの項では鎌原村の記載に留めます。村全体は5m~6mの土砂で埋まり、唯一この観音堂だけが残った。
外の掲示物1.jpg
たまたま村外にいた者と観音堂に上って助かった者で生存者僅か93人、犠牲者は477人、477人の中には石段を駆け上がってくる途中で間に合わずに犠牲になった2名が含まれる。
観音堂.jpg
現在の鎌原観音堂には赤い太鼓橋が架かっていて、僅か15段の石段を登るだけで観音堂の前へ行けるが、登る前に太鼓橋の前で立ち止ってみる。
後年の発掘調査で石段は50段あった。現在現れている石段は下から数えて35~50段目なので、往時の入り口は35段下にあった。
観音堂で発掘されたもの.jpg
埋没石段.jpg
埋まっている11段目で前述の2名の遺体が発見された。折り重なっていた。足腰弱い母を背負って逃げた女性、母と娘と伝わる。
太鼓橋下を除いてみる。
太鼓橋.jpg
あと少しだったのに。
助かったかも知れないのに。
太鼓橋下.jpg
石段を登ってみた。往時の階段なのでひとつひとつが小さいです。
観音堂の右隣に会館があって座敷の上にテーブルが置いてあり、爺さん2人婆さん2人がお茶を囲んで談笑しておった。集会場を兼ねているらしい。
観音堂周辺には廃れた売店跡が幾軒もあった。土産物を売る観光地にはなり損ねた感がある。
観音堂石段見上げる.jpg
鎌原村は火山灰で壊滅したので東洋のポンペイ、群馬のポンペイなどと呼ばれる。郷土資料館には当時の様子や絵図、発掘された出土品が展示してある。(撮影禁止です。)
がだがポンペイと決定的に違うのは、現在のポンペイは遺跡で居住者はいないそうだが、鎌原村は生存者が避難先で新生活を始めたのではなく、生き残った93人の住民が鎌原村にまた戻ってきて村を再建したことです。
その再建の仕方が凄い!!
観音堂石段見下ろす.jpg
でかける前にジャン母がこんなことを言っていた。
「また群馬に行くの?ホントに群馬でも会津でも山梨でも同じとこばかり行くのね。」
いいじゃねぇかよ。
「どこに行くの?」
嬬恋村へこれこれこういうのを見に行くと言ったら、
「お母さんが生まれる前だから明治の頃かしら。(実際はもっともっと前)栃木県のどっかで火山が噴火して、村が埋まって、そこの生き残った住民同士で夫婦をやり直したって聞いたわ」
栃木県と大きく勘違いしているが実はそれが鎌原村です。生き残った住民同士で血縁を築きなおしたといふのだ。
現地の史料にもビデオの紹介にもあったが、生存者たちが前途を悲観して離散しかかったところへ近隣村の有力者たち、大笹村の黒岩、千俣村の千川、大戸村の加部、3名の名主たちが世話役になり、廃墟になった鎌原村にまず2棟の小屋を設け、生存者を仮に住まわせた。
往時は武士階級は当然だが農民たちにも家筋や氏素性に拘り挨拶等でも差別があったのだが、前述の3名の名主たちは鎌原村の生存者93名に対して、「これだけの大災厄に見舞われても生き残ったのだから、互いに新しい一族、家族である」と諭し、農民内での身分、格差、血筋を取り払って互いに親族の宣誓をさせた。要は婚姻、養子縁組をして新たに纏めたのです。
夫を亡くした妻と妻を亡くした夫で再縁させる。
子を亡くした老人に親を亡くした子を養子にする。
大災害の数か月後の10月24日には早くも7組、12月23日には3組の祝言をあげているというから凄い。
幕府は10月に普請を開始している。田畑29町歩の再開発と、4287間(7800m)の道路普請、草津村からの普請従事、幕府の負担金850両、被災しなかった田畑4町5反や、その後の再開発田畑は93名に均等配分された。
幕閣の救済が早かったのは鎌原村は天領だったからではないだろうか。そこらの貧乏大名ではそうはいかないだろう。

現在の鎌原村です。住宅は天明の大噴火の頃から5m~6m高い筈。浅間山から押し出された土石の上に建っています。
現在の鎌原村1.jpg
現在の鎌原村4.jpg
天明三年浅間やけ碑.jpg
パンフ.jpg
ウチの群馬の社員たちはこのネタを知らない子ばかりだった。
幾人か聞いてみたのですが「??」だった。
加えて地震や災害への緊迫度が薄い。群馬では地震が起きないと思っている。確かに少ないが。
雷銀座で大雨降って水位が上がっても川が氾濫した話はあまり聞かない。
もうすぐ各支店に配布した備蓄品、非常用食料の賞味期限切れが迫っている。これで2回めです。それらは廃棄稟議を上げて認可されたうえで、自家消費されていいことになっているのだが。
「東京と同じに考えられて配布されても。群馬って災害無いですよ」(笑ふ女)
「群馬は地震はないが、浅間山が噴火したらどーするっ」
「それっていつ噴火するんですか?ぶふふっ(笑)」
噴火.jpg

このネタのタイミングで噴火??
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鎌原城 [隠れ郷土史]

パンフ1.jpg
マップ.jpg
解説3縄張り.jpg
2014年、呟きⅡ後半で、上州岩櫃城の辺りをほっつき歩いたことがあります。
https://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-12-22
https://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-12-23
https://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-12-24
https://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-12-25
https://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-12-26
このどれかの本文中で、
『斎藤憲広が同じ吾妻郡内の豪族である羽根尾氏と鎌原氏の領地争いに介入したことで、両家の仲介に入っていた真田氏、武田氏の介入を招き、すったもんだの末に真田氏に攻められ、永禄6年(1563年)には家臣の内応もあって落城、憲行は越後に逃走した。斎藤氏の勢力は駆逐された。』
この中に登場する鎌原氏、カンバラと読みます。
資料館の向かいに.jpg
この作業路へ.jpg
鎌原城は嬬恋村強度資料館の向かいに案内表示があって、薄暗い作業路を谷戸に下りてまた上がって行きます。更に案内表示があって、矢印に従ってターンするのですが、
泥だらけの路1.jpg
泥だらけの路2.jpg
泥だらけの路3.jpg
舗装されているのに泥だらけの細い農道でした。連日の雨で畑から泥水が溢れて道そのものが川になった感がある。流れの痕があるのです。
下りて写真撮ったら数歩歩くだけで靴裏が泥だらけに。
そこから先は農道が延々続きます。嬬恋名物のキャベツ畑、そしてトウモロコシ畑を見ながら。
来た道を振り返る.jpg
追手口に駐車場があった。そこから本丸へは歩いてくださいとある。
追手口1.jpg
停める.jpg
駐車場にある解説板。
解説1.jpg
解説2.jpg
解説3縄張り.jpg
辺り一帯広大な畑になっている。ほぼ平坦な地形ですね。
では二の丸、本丸を目指して歩きます。
本丸へ1.jpg
本丸へ2.jpg
三の丸1.jpg
三の丸2.jpg
二の丸と三の丸を区切る箱型の堀切があった。
後世キレイで見やすい形に法面を直したのかもしれない。
堀切1.jpg
堀切2.jpg
堀切3.jpg
堀切4.jpg
二の丸1.jpg
二の丸2.jpg

本丸が見えてきた。鉄塔が立っている。
歩いて気付いたのですが、三の丸からゆるい坂を下っている。三の丸の方が高い感がする。
本丸1.jpg
本丸2.jpg
解説11.jpg
標柱.jpg
解説12.jpg
解説13.jpg
本丸の解説板他、振り返って二の丸、三の丸を遠望すると、やっぱり向こうの方が高い気がする。
城域内で本郭が最も高所にあるという定石に立つと妙な違和感を感じた。
三の丸遠望.jpg
領土拡張に貪欲な甲斐の武田晴信は、豊穣な上州も席捲せんと信州小県郡の真田幸隆に命じて上州に調略を伸ばすのですが、それ以前の吾妻郡は嬬恋の鎌原氏、羽根尾の羽尾氏、岩櫃の斎藤氏、他、国人たちが跋扈しており、狭い領土を奪われまいと小競り合いを繰り返していた。
大雑把に言って3人いた
鎌原氏、鎌原幸重、真田家の一族ともいう。
羽尾氏、羽尾道雲、もとは滋野一族の出らしい。
斎藤氏、斎藤憲広、
羽根尾の領主、羽尾道雲は吾妻川を挟んで境界を接しているので仲が悪い。岩櫃の斉藤憲広と組んで鎌原氏と争っていた。
鎌原父子は真田幸綱に仲介を依頼して武田信玄の騎下になったのが永禄3年(1560年)のこと。信玄は後ろ盾を受け入れる代わりに、羽尾と斎藤を討って吾妻郡から沼田方面に向けて進出しようとする。
それまで羽尾と組んで鎌原の追い落としを狙っていた斎藤憲広は、鎌原の背後に強国、甲斐武田氏が付いたのに危機感を募らせた。羽尾道雲他と連動して鎌原城に押し寄せたのだが。
実は私が立っている平場からは木々に隠れて見えないのですが、城域の北側は吾妻川に垂直の断崖になっていて、正面からだと相当な難攻だという。ここにいてもそう見えないだけです。
だけど隣村からいつ攻めてくるかわからない日常にいたわけで、毎日毎日緊張感に囚われておちおち寛げないですよね。気が抜けない。
一旦、その場しのぎの和睦になるが、信玄は真田、重臣格の甘利他に斎藤の岩櫃城を攻撃させ、一旦は斎藤氏は甲斐軍に下ったともいう。
真田は信玄の威光を傘に検知を行い、鎌原、羽尾、斎藤、3家の領地割(検知)を新たに定めたが、領土境界の定め方が羽尾にとって不利、鎌原に有利な内容だった。わざと揉めさせたのかもしれない。いずれ真田を先頭に総力を挙げて岩櫃、名胡桃、沼田あたりまで抜こうと目論んでいたからだろう。

羽尾は含んだ。斎藤も心から服していない。永禄5年(1562年)、斎藤憲広は羽尾道雲他、鎌原一族の内応者も含めて再び鎌原城に押し寄せる。
この時、鎌原幸重は信州佐久郡へ退去したそうです。信玄は小県郡に替地を与えたそうだが、その地に長く留まることなく鎌原へ還ろうとする。同年に羽尾道雲が何を思ったか、万座の湯に湯治に出かけたので、真田幸隆はその隙を窺って鎌原か羽根尾の館に攻め込んだ。内通者がいたに違いない。
羽尾道雲は同年9月にも羽根尾を奪還せんとしたが敗れ、鎌原幸重は武田、真田両氏の庇護のもと、鎌原城に帰還できたのである。

残る岩櫃の斎藤憲広は上杉を後盾にしようとする。永禄6年から真田、斎藤両軍の戦いが始まる。真田は岩櫃城に調略の手を伸ばして陥落させ、吾妻郡の反武田勢力は一掃された。
鎌原幸重は岩櫃城代にもなった。

信玄が死んだ後、長篠の戦いで、真田信綱、弟昌輝、鎌原幸重の嫡男重澄も戦死しているが、鎌原氏は沼田真田家の重臣として仕える。後でUPする暴君、真田伊賀守が改易になってからは、松代藩の真田氏に出仕する者と、嬬恋村大笹の関守として存続したという。
鎌原城パンフ.jpg
吾妻三国志ともいえる鎌原、羽尾、斎藤、彼らはまず映像の世界では描かれないし登場しないと思う。
上州で甲斐武田に対して描かれるのはいいとこ箕輪城の長野業政ぐらい。
真田が先導して、吾妻衆を屈服させたナレーションだけで終わってしまうだろう。
振り返る.jpg
本丸へ歩いて気付いたこと。
くるまでここまで来れます。
ただし、農道なので、農耕者がいないことや、農耕者のくるまが止まってないことが条件です。
鎌原城は寄り道です。本命見学場所の目の前に案内板があったので立ち寄りましたが、今回のメインは・・・
外の掲示物1.jpg
天明3年7月8日(旧暦)・・・!!
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あさま食堂 [ラーメン]

永年勤続20年特休平日5日を前後の(土)(日)と(月祭)をプラスしたことで10連休になったが、それに全部ジャン妻が付き合えるわけがない。
「アタシは全部は付き合えないわよ。ひとりで群馬で遊んで来たら?」(ジャン妻)
お許しが出たので1泊2日で上州散策に行きました。
行くからには国境まで行ってやろうと。ハイライトを幾つか定めた。
その壱、嬬恋村です。渋川からレンタカーで嬬恋村に向かったのです。初めて分け入るコースです。
吾妻方面へ.jpg
延々一般道を走るので遠く感じた。距離数にして片道55kmでしかないのだが。
センターラインがあるれっきとした幹線道路だが途中にカーヴが連続、対向車線から大型車がセンターラインをはみ出して飛ばしてくる。それを避けようと左に除けたら草にかくれていたガードレールが現れたりするので気が抜けなかった。途中で雨も降った。

到達点ポイント、並行して走る吾妻線の万座・鹿沢口駅を目指します。
ナビに自分と並行して走る吾妻線が表示される。金島、祖母島、小野上、市城、小渕優子議員の地元、中之条、岩櫃城の玄関口、群馬原町、郷原、ここまでは来た事がありますが。
あれから5年か。岩櫃を吾妻線で2回訪れてウロウロしたものだ。
https://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-12-22
https://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-12-23
https://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-12-24
https://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-12-25
https://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-12-26

その先、矢倉、岩島、ここまで右手にあった線路が八ツ場ダムで新線に付け替えられて左手に移り、道はバイパスに入った。真新しいトンネルの連続で線形がよくなり、走り易いので加速できた。

群馬だけど長野原、その辺りからまた旧道へ。センターラインはあるけど狭い道、緩いカーヴが連続します。
群馬だけど大津、羽根尾、羽根尾城の案内標柱が目に留まったが今はスルー。何処に駅があるんだ?の袋倉、そして万座・鹿沢口駅ロータリーへ滑り込んだ。
万座鹿沢口駅4.jpg
万座鹿沢口駅3.jpg
万座・鹿沢口駅は駅名に・がある。こういうくっつけた駅名にしたのは万座温泉と鹿沢温泉の間で対立があったのかな。明らかに折衷案だろう。
無人駅らしい。Suicaは可能です。
WCを借りました。
140円支払いました。これが証拠写真です。
WC使用料.jpg
万座鹿沢口駅1.jpg
ホームに上がってみる。単式ホーム1面1線の高架駅だがこれじゃぁ列車の留置ができない。
万座鹿沢口駅2.jpg
殆どの列車がこの駅で折り返し運転になる。
そういえば、いつの日からか、特急「草津」を見なくなった。時刻表を見たら現在は普通列車のみのようだ。
万座鹿沢口駅5時刻表この本数の少なさ.jpg
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あさま2.jpg
駅前で営っている食堂は1軒だけ。
こういうローカルな駅前食堂は賭けです。思いっきりハズすか、味はまぁまぁボリューム重視か、それでいてお婆ちゃんかお母さんに癒されるか。
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開けたらまぁ生活感丸出しの食堂だった。不揃いの椅子、テーブルクロス、大家族の家の食堂みたい。
メニューはこんな感じです。そばまで来ないと見えないのだ。
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後から後から書き足し継ぎ足したようなメニューですね。
先客さんにデッカくてブ厚い焼肉?生姜焼?が出されたのを目撃した。夜は早い時間に通町に行くので、重たいのは避けて、
「塩ラーメンにバター入れられる?」
味噌バターはあったが、塩バターは無かったのです。
「入れられますよぉ。バターって身体にいいからねぇ」
はぁ?そうなのか?
後でジャン妻に、
「バターって身体にいいそうだぞ」
「お年寄りにはいいんじゃない?」
???

あ、先客のアンちゃんが会計に立った。
その間、私の塩ラーメンは放置された。伸びちゃうじゃんか。そう思ったら目が合ってしまって「伸びたらタイヘンだわ」とばかりにおばあちゃんが勢いよく回転してこっちに向かって持ってくるところです。
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あれ?スパサラが付いてる?
塩ラーメンにスパサラのお惣菜ねぇ。今日の定食用のものを出したんだろうね。
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麺は少しユルいです。伸びてはいなかったが。チャーシュー美味しいです。スープもまぁまぁですね。田舎の()駅前食堂にしては充分です。
雰囲気が温かいのだ。塩ラーメンにほうじ茶の組み合わせ。
ティッシュも置いてくれたし。でも遠くて届かないんだけど。
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あさま3.jpg
まぁ一期一会だろうね。
定休日不明です。電車が着く時間が限られてるから通し営業かもしれない。
駅ロータリーに戻ったら折り返し電車がきた。
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食べた私が向かうところはこれです。
目指すもの.jpg
だが山へ向かうほど雨粒が大きくなってきた。
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ディスカバー群馬 [グルメ]

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列車の旅には駅弁かスタンド蕎麦が欠かせない?
1泊2日のディスカバー群馬は高崎駅構内、2番線~4番線ホームのスタンドから始まった。
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2番~4番線?
3番線は何処だ?
ハチ公線.jpg
3番線はハチ公線ホームです。2番線4番線の先っちょに追いやられている。乗り換え案内はあるが、乗り換え時間が超短い時がある。ホーム先端なのに。
それに発車ベルが鳴らないのだ。気が付いたらいつの間にか動き出して去っていくディーゼルカー。
そして次の待ち時間が長い。
自分の群馬ネタで藤岡市内は全くと言っていいほど無いですが、それはハチ光線ダイヤのせいでもある。散策の食指が湧かなかったのだ。
まだその先、本庄市内の方が公用圏でもあるので足を運んでいます。今でも。
さて、上州の玄関口、高崎駅構内にはスタンド蕎麦、駅蕎麦が3つもある。
新幹線と在来線の乗り換え口にある八起家高崎店
たかべん2~4番線ホーム店
たかべん0番線ホーム店
すみませんが最初の店は全くおススメしないです。言っちゃぁ悪いけどホントに美味しくなかった。自動出汁装置のせいだと思うな。(店員さんの愛想はいいです。)
おすすめしません.jpg
おススメはメニューが多い0番線ホーム店ですが、
上信電鉄改札前.jpg
駅の外にある。「上信電鉄は改札を出てお乗り換えください」になるからです。
上信電鉄側のスタンド.jpg
今は高崎駅郊外に出ません。なので今回初めて(多分?)2~4番線店で食ってみよう。
スタンド4.jpg
ホントに駅のホームにあります。コンコースに設置される近年の駅蕎麦とは違うね。それもホームの一番端っこ、ゾロゾロ歩く乗降客が最も少ない場所にあった。
あるのは知ってたけど、何しろ他の乗降客に丸見えで。羞恥心が先に立ってこれまで縁がなかった。
スタンド5.jpg
高崎2番~4番線店は部屋になっていないホントの立ち食いで、この通り吹きっさらしです。場末感すら漂っていますね。
令和になってから「昭和のあの頃は・・・」なんて言うと年寄りくさいですが、かつての駅ホーム立ち食い蕎麦屋は外から丸見えで乗客にケツを向けてズルズル喰っていたものだ。ホームに蕎麦汁と揚げの香りが漂っていたよな。
近年は壁で囲われた「店」になり、タッチパネル式券売機が導入され、あろうことか自動出汁機も導入され、味も風情もツマんなくなった。
いいところもあるけどね。椅子もあるので女性でも入りやすくなったし、けんちん何とかのような似非ヘルシーメニューも導入されているし。
高崎駅ホームはタッチパネルじゃないです。口頭で言います。
「かき揚げ・・・そば」
「・・・」
オバちゃん愛想無いぞ。笑顔無いぞ。ムスッとしてる。何か胸中に屈託でも抱えてるのかい?
頑張るオバちゃん1.jpg頑張るオバちゃん2.jpg
そば1かきあげ1.jpg
そば2かきあげ2.jpg
汁を一口、普通に美味しいですよ。北関東風の味ですね。
西国の人にはしょっぱいかもね。出汁感や醤油が尖った主張をしていない。極々普通の味です。
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かき揚げは揚げ置きです。
サクッとした箇所もある。
殆どはベショッとした食感です。
そば4かきあげ4つまむ.jpg
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撮ってたらどんどん伸びてくる。これも駅蕎麦の特徴です。
そば6伸びてくる.jpg
かき揚げも汁を吸って、最後の方は蕎麦とかき揚げの雑炊みたいになってきたぞ。
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そば8後半.jpg
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そんなに汁だけ飲んだつもりはないのですが、蕎麦に、かき揚げに吸い取られて無くなってしまった。結局は自分の体内に吸収されてしまったわけですな。
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「ごっそさん」
「アイ」
消え入りそうな声だったぞ。
私と入れ替わりにどっかの初老のご婦人が立って天ぷらうどんを食べていた。
置いてあったかき揚げ。
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この店も近年のNRE化で、他と同じようなメニュー導入を強いられているらしいぞ。
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メニュー多いな。
無理だと思います。オバちゃんひとりだし。
こんなに要らないと思います。オーソドックスな基本メニューだけでいいんだ。
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あまり品数を増やすと基本ベースが崩れるかもよ。
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これは翌日に見た光景ですが。
右に若い女性が2人います。ちょっと若い子の前で吹き曝しの立ち食いはし難い。
でも左から歩いてきた会社員、おそらく都内から来たのだと思いますが、香りにつられて立ち止まってた。
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そして向かった先は、これまで未訪だった群馬の西北です。
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船山温泉 [船山温泉]

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朝の中庭です。暑いせいか鯉たちにイマイチ元気がない。
既に館内には掃除部の方々が出勤して清掃に勤しんでいる。
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寝過ごしたので朝の散策は無し、すぐ朝餉の時間に。
何だか美味しいのだ。船山の朝餉ってこんなに美味かったけか。
台に盛られた稚鮎南蛮漬、青菜、山菜、チャーシュー、高野豆腐、漬物、どれも美味しい。
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ゴツい台のお皿(というか薄石)は重たいから洗うのがタイヘンそうだ。
T館長ご夫婦、夫婦喧嘩する時にこんなゴツイお皿投げつけ合っちゃダメですよ。大怪我しますよ。
山女魚一夜干し
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サラダ、生ハム入り、自家製ドレ
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ジャガイモ他、煮物、美味しいです。日本酒が欲しくなった。
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温泉タマゴ、最後にご飯にブッかけた。
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細かく切った野菜たくさんの味噌汁
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鬼のような形相で味噌汁をよそうジャン妻
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美味しい。久々だけにかなり満足しました。でもひとつだけ指摘させてください。自家製豆腐の固形燃料が弱いのだ。ちっとも固まらないぞ。
そのうち固形燃料が燃え尽きてしまい、固まらないまま半生で食ってしまった。味噌汁もそうなんだが、鍋の器がデカいから(味噌汁は鉄鍋、豆腐は足軽の陣笠鍋)固形燃料だと弱いのではないかな。
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おかずが足りないのか、梅干しまで摘まもうとするジャン妻
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ヨーグルトが酸っぱい。
「食べなさい」
「頬がツーンとして痛いよ」
「この程度で?」
苦手なものはしょーがないだろ。
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食後の中庭、やはり暑さのせいか鯉がおとなしい。水温も高いんだろうね。
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部屋に戻って中庭、先代ご夫婦が見えたぞ。復調されたようで何よりだ。
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「若い女性が掃除している」(ジャン妻)
「若い女性?」
掃除部に若い女性なんていたか?もしかして、いや、今詮索するのは止めておきましょう。

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今回の宿泊で部屋で読んでた本。
「軽い本ねぇ」(ジャン妻)
滞在中に一気に読んでしまった。速い!!
船山に山怪があるかどうかは知らないけど。
最近は目が衰えて、書籍を読むのが苦痛になってきた。
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ジャン妻はT館長から書籍を2冊借りています。
昨日の午後、T館長との密談(ビジネス上のネタ)の延長です。
難解そうなビジネス書だった。付箋が貼ってあるのは大事な箇所?
これ読んでレポートでも書くのがな。
私は他人に勧められた本てまず読まない人なのね。5年前に社員から「これ読んでください」とまぁ難解なビジネス書をススメられ無理して読破したが、基礎知識がないせいでさっぱり内容わからなかったことがある。
https://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-05-03
「小説はファンタジーでしかない。現実の書を読まなくてはいけない」と言ったのは、故人であるフランク、グーディシュ氏(ブルーザー・ブロディ)

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チェックアウト30分前の渓流の湯、
あと2時間半もすれば今日の宿泊客がチェックインしてくる。さすがに満室だそうである。今回は平日(金)だったので貸し切り湯も大欲場も殆ど貸し切り状態だったが、(土)(日)泊りだとそうはいかないだろう。
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「そろそろ出立か?」
ムクリと起き上がったプチ公(ドライヴの御守り)
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これまでで最も安かった宿泊が終わった。
もうかつての感動は薄れたし、以前の船山を知る者としては幾ばくかの寂寥感があるが、自分の中半生を劇的に変えた大事な宿なので、最低でも年2回、平日泊週末のパターンで来るつもり。
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夜灯 [船山温泉]

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イワナのサイズ [船山温泉]

18時10分前くらいに内線が鳴ります。
鳴ったら1回で取ります。フロントに何も言わせず、
「ハイ行きま~す」
ガチャッ!!
「だってよ」
「相手にも喋らせてあげなさいよ」(ジャン妻)
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ここでしか食べられない船山温泉の自慢の夕餉です。
写真ボケは光量不足のせいか。
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前菜1.jpg前菜2稚鮎.jpg
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永年勤続20年を祝って乾杯。Kさんが最初の1杯、お酌してくれた。
気が付いたら20年?
いや、待ち望んでたのです。自分は8月入社で、最初の2~3年はフルタイムバイトだったので、
「正社員の期間しかカウントされませんよ」
ソリ合わないオンナに冷たく言われてカチンときたのを今でも覚えている。
「またそのネタ?もういいじゃない」(ジャン妻)
表彰されてから蕎麦宿、船山と続いて、いつも乾杯の音頭は「20年勤務おめでとう」乾杯なのです。
「いつまで続くのよ」
「年内」
「!!」
「次のさらの木までかな」
「じゃぁ来年アタシが20年になったらそれもお祝してね」
もちろんお祝いするけど。2年前か?辞めてたらそこまでたどり着かなかったんだぞ。
20年なんてひとことで言うけどなかなか達成できないよ。
船山温泉で永年勤続20年なんて考え難いよな~。
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珍しく純米大吟醸なんてのをいただく。でもすぐ熱燗にしました。
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さて、イワナです。
イワナの大きさ比べてみてください。
基本ベースのイワナ2尾の造りと、追加したイワナ1尾の大きさが違うぞ。
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献立には「山里のお造り」とあって、館長が言う基本の内訳は「イワナ造り&甲州馬刺」だそうですが、自分らは「馬刺は会津!!」固定観念に凝り固まっているので、ずーっとずーっと「馬刺よりイワナ」でお願いしてきました。
だけど今回追加したイワナの方がサイズが大きいのです。
それに追加イワナにはアタマ、皮、骨、シッポの素揚げ、煎餅までついているじゃんか。
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ははぁん、
そういうことか。
イワナ&馬刺の組み合わせをイワナ2尾にしてもらう代わりに、イワナの大きさを小さくしてコスト調整をしてたんだろー。これまでずっとー。
知らなかった。
でも知ってしまった。
知らなくていい情報が船山にもあった。(汗)
でもまぁそれでもイワナ3尾には違いないので、ひと切れずつ摘まんだのは最初だけで、あとはふた切れ、三切れ、ごっそり摘まんで口に運んだ。
下手な海魚の刺身なんかより遥かに美味しいですけどね。甘味もあるし、触感もコリコリしてるし。
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俺らはずーっと刺身のイワナ2尾で今日まで来たのに骨煎餅が出たことないのです。あくまで特別追加料理のイワナ造りだけ骨煎になるみたいだ。
そうだったのか。。。
イワナショックを振り切って猪鍋へ移ります。
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生のクレソンは好きじゃないので猪鍋の中へ抛り込みました。
春菊が欲しいな。高いけど。
今夜の猪肉は脂身が殆どない上品なロース肉、煮込めば煮込むほどやわらかくなって美味しいですよ。
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具は白菜、ネギ、ゴボウ、カボチャ、エノキ、ナスかと思ったらサツマイモ??
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根菜より葉物を生煮えでいただく。
「豚肉は完全に煮えるまで食うな」
「豆腐はいったん沈んで浮き上がってから喰え」
「野菜はさっと」
これがちゃんこ鍋の鉄則です。相撲部屋のちゃんこで猪肉が入るのは考え難いが。船山温泉の猪肉は甲斐国の猟師さんが罠猟で仕留めた天然ものです。
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基本は塩焼きのイワナを素揚げでいただいてます。
だからさっき言った骨煎が出されなくても毎回揚げイワナが出てるんだけどね。
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怒ったようなイワナの表情。アタマから食べられます。なのにジャン妻はアタマと骨と皮を箸で外して身だけ食べてるんですよ。
「アタマっからガブッといかんかい」
「・・・」
ホジホジさばいている。見ててイライラする。
「アタマと尻尾と骨をくれ」
「ダメッ」
2人でイワナ3匹喰ったことになります。
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甲州ワインビーフ、ヒレプラン「焼肉屋じゃあるまいし客に焼かせるなよ」という声が出てきそうですが、ステーキ肉は個人毎に好み、焼き加減が違ってくるので、その為に一流シェフを厨房においとけないのです。
厨房から食事処まで離れてるので客が食べるタイミングが見えないし、厨房で焼いたら持ってくる間に冷めてしまう。ナイフでカットするのを省略する為にサイコロ状になっています。
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食事処の換気がイマイチでして。
窓を開けました。
でも作務衣にニオイが付いちゃうんだよな。
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手打ちそば、この後で登場するMさんが打ったそうです。やや粉っぽくザラザラした触感で、喉越し良くツルツル滑る蕎麦じゃないです。
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ジャン妻がズオッと立ち上がり、釜ご飯をよそっているところ。
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何だか色とりどりのカラフルな混ぜご飯ですね。
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ジャン妻とMさんが久々にご対面、
今日のイワナの造りもMさんがさばいた。
Mさんはもうひとりいて掃除部の小柄な人、ベテランスタッフ2人のMさんが連続し食事処に登場。特に若い世代が町を出てしまい、年々人口が減っていく南部町は若者の就労確保が難しい。雇用もないし。2人のベテランもまだまだ頑張って貰わんと。(現在、船山温泉に若い女の子のスタッフは・・・いません。多分。ところが翌朝・・・)
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デザートはまぁ要らないけど。せっかくなのでいただきました。
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この大量の漬物は二次会のアテで結局食べきれず、時間持ちしないのを摘まみ、時間持ちするのだけラップして持って帰りました。
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まぁどの料理もINSTA映えしないです。
(INSTAやってませんが。)
食事処は明るくないし。
(奥の「ふじ」なので外の明かりは入りますが。)
テーブルクロスは焦げ茶色だし。
お皿も地味な色ばかり。
盛られる素材は山のモノだから、質実剛健で華が無いのかもしれない。
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