タイムラグ730h [呟き独り言]
今日と明日はショート記事です。
飲みもの食べものは出てきません。
別に新型肺炎ウイルスの流行で外食を自粛しているわけじゃないよ。
(タイトルの730hとは24h×30dayです。)
Blogイコール日記なら、その日の出来事を記憶があるその日のうちに、就寝する前に記すのでしょうか。
あるいは翌日の早い時間に前日譚を記すとか。
そういう意味だとゲーリー氏、BBB熊猫氏、徒然くまねこ女史は、正真正銘、本当の日記ですよね。モノノフ氏もそうかな。
「その日の昼に何を食べたか」そういう記事で料理のカタログ(※)ではなく、その日だけの一話完結なら簡単です。店を選んで、メニュー見て、店側のオペレーションを見て、接客接遇TALKを拾って、食べて会計して、振り返って店の外観を再度見る、それで一話完結です。簡単!!
(※複数回訪問した写真が多い記事)
夜飲みの記事だと、酔っぱらっているからその日じゅうに仕上げるにはちと難しいし、翌朝は頭痛がするので後回しになりますね。
タイヘンなのが旅行記です。膨大な写真を時系列で整理するのがタイヘン。
でもまぁ旅ってのは始まりと終わりがあるので、やってるうちに纏まります。
食べたり飲んだりばかりだと飽きる時があって、自分を取り巻く人間ドラマ、歴ネタ、散策ネタを取り上げたりするのですが、これが時間がかかるのだ。
人間ドラマは登場人物の描写、プロローグ、本題、エピローグ、群像劇だともうタイヘンです。実はいちばん書いてて面白いのですが、こっちも感情移入してカッカカッカする時がある。
歴ネタはポピュラーなネタは避けてなるべく埋もれているネタ、ローカルなネタを取り上げます。現地で見学する以外に聞き取り、史料漁り、裏付けをとるとか。
私がUpした内容が事実と異なっている場合も多々考えられるので、現地での聞き取りインタビューや調査過程での会話が欲しい。すると間違っていてもが間違いでなくなるんです。
話しかけても警戒されたりすることがあるけどね。
中世のネタと違って近代史は空想では済まないし、間違いが許されない側面があります。
散策ネタは歴ネタとほぼ同じ手間がかかります。
ひとつの飲食店に憑りつかれてしまい、何回も訪問を重ねて特集記事みたいに纏めると膨大な写真数になる。「次回はこれを食べてみよう」が延々続いて「じゃぁいつ完成するんだ。Upするんだ」ズルズルと引き延ばしになったりするのです。
こうなるともう、その日にあったことや前日にあったことを書いてUpする日記、Blogから完全に逸脱してしまってます。
実は2020年になってから、これをUpする時点でまだ最新記事一覧の下の方に表示がありますが、中山道沿いの記事、立ち食い蕎麦の辺りからですが、あれらは昨年11月の出来事なのですよ。もう年明け2月ですよ。
自分のBlogは、実際にあったことを記憶があるうちに次から次へとストックしていくスタイルなので、リアルタイムじゃないのです。Upした時には数週間以上前か、1ヶ月以上前のもので、過去におこった出来事ばかりなのです。
私の記事って昨日今日の内容って殆ど無いんじゃないかな。
いつも実際に起こってからUpするまで大幅にタイムラグが生じるのですが、年明け手からそのタイムラグが時差誤差の範疇を超えてしまいました。
これを見てください。

これは2月16日のソネブロ管理画面ですが、

この下書き記事で、記事一覧をクリックすると、
1 ― 20/31 とあります。
管理画面1ページに記事一覧で20記事が表示されます。

1 2 次へ>>
これをクリックすると、次ページに11記事が表示されます。
20プラス11イコール31記事!!記憶があるうちに次々に打ち込んでいたら下書き記事ストックがたまってしまったのです。
1日に1記事Upとしたら1ヶ月分です。さてこれをどう処理、吐き出すか。1日に2つ3つUpすることはしたくないので、モノノフ氏みたいにBlogを複数用意するかも考えたのだ。カテゴリ別に分けるとかね。
でも私の場合、居酒屋でもグルメでも旅館料理でもそこの紹介に主眼を置いてません。料理写真の合間に大事な人間ドラマを挿入します。複数Blogを走らせると人間ドラマが別に散らばるので複数にするのは思いとどまりました。
ストック記事が30あって30日経ってしまった弊害があります。その間にストック中の店が閉店しちゃったり、登場人物が退職等でいなくなってしまったりすることです。
今年になってからも横須賀は衣笠の「勝太」町田の「でくのぼう」が閉店してしまったからね。営ってるウチにUpしておけばよかった。
(勝太はストック中に閉店したのではなく、行ったら「あと数日で閉店」だったのですが。)
閉店でなくても、店も業態が変わって改装したり、スタッフが辞めたり。
昨年10月の消費税率改訂でストックしてあった店のメニュー写真がほぼ殆ど使えなくなった。こっちも開き直って「改訂前です」って入れざるを得なかった。
私の記事を見てでかけたら「値段が違ってた」なんて私のせいにしないでくださいね。
季節の変わり目も多少は意識するのですが。例えば冬場の雪景色のUpが桜の時期にズレ込んだり、開花した桜が写った記事Upが梅雨時期になるとかね。なるべくそういうのは避けたい。花は撮らないようにしていますね。
今年の冬は雪不足なので昨日までUpした会津紀行の写真には雪が殆ど写ってません。それだったら「いいや春先で」ってなったり。
一昨日昨日と伊豆高原八幡野の例の宿で飽食してきたのですが、あっち方面は河津桜が満開でした。ストックを差し置いて先にUpしなきゃならないのかな。タイヘンだ。

Blog記事にもUpすべきタイミングというか、旬というものがあるからね。



同じ店でも複数の記事が待機していると、どっちの記事が先だったかわからなくなることがあります。Upする順番を間違えたりとかもね。
30を超えました。

マックスです。32は多すぎ!!

30記事、30日分も時差がでるほど次から次へと記事ストックがたまるのは日々ネタがあるからです。
私は毎日ネタに事欠かないのです。「ネタだらけの日常ってどうよ?」と思う時もあります。
ネタのオチはなるべくいい方に持っていくよう日々努力はしています。100%満足する結果はないですが、まぁこんなものでいいかという7割方のオチに持っていくようにね。でないと書き手の私も読み手の皆さんも楽しくないでしょ。Upできるのはいいネタ、イコール日々が充実していると思いたいです。
そして自分で言うのも何ですが、テキストは短くないし、写真も少なくはないし、コンテンツが多い方だと思います。しっかりしたものを作ってUpしたいです。
この独り言記事は、平日の長距離移動中の電車内でアイフォンで下書き、テキストを打ちました。そして昼はいいランチネタ(味、店員さん)をGETできたし、ジャン妻が飲み会だったので夜もひとり飲みです。こうやってネタが、ストックがたまっていくのですな。
だけど今は毎日昼100%外食、外飲みも少なくないですが、いよいよその日が来たら今みたいに昼は毎日外食というわけにはいかないでしょう。
飲みも減り、旅も減り「昨日、家で何食べた?」のようなリアルタイムに近い記事、今よりもっともっと小さいボリュームの記事になるかもしれませんね。
飲みもの食べものは出てきません。
別に新型肺炎ウイルスの流行で外食を自粛しているわけじゃないよ。
(タイトルの730hとは24h×30dayです。)
Blogイコール日記なら、その日の出来事を記憶があるその日のうちに、就寝する前に記すのでしょうか。
あるいは翌日の早い時間に前日譚を記すとか。
そういう意味だとゲーリー氏、BBB熊猫氏、徒然くまねこ女史は、正真正銘、本当の日記ですよね。モノノフ氏もそうかな。
「その日の昼に何を食べたか」そういう記事で料理のカタログ(※)ではなく、その日だけの一話完結なら簡単です。店を選んで、メニュー見て、店側のオペレーションを見て、接客接遇TALKを拾って、食べて会計して、振り返って店の外観を再度見る、それで一話完結です。簡単!!
(※複数回訪問した写真が多い記事)
夜飲みの記事だと、酔っぱらっているからその日じゅうに仕上げるにはちと難しいし、翌朝は頭痛がするので後回しになりますね。
タイヘンなのが旅行記です。膨大な写真を時系列で整理するのがタイヘン。
でもまぁ旅ってのは始まりと終わりがあるので、やってるうちに纏まります。
食べたり飲んだりばかりだと飽きる時があって、自分を取り巻く人間ドラマ、歴ネタ、散策ネタを取り上げたりするのですが、これが時間がかかるのだ。
人間ドラマは登場人物の描写、プロローグ、本題、エピローグ、群像劇だともうタイヘンです。実はいちばん書いてて面白いのですが、こっちも感情移入してカッカカッカする時がある。
歴ネタはポピュラーなネタは避けてなるべく埋もれているネタ、ローカルなネタを取り上げます。現地で見学する以外に聞き取り、史料漁り、裏付けをとるとか。
私がUpした内容が事実と異なっている場合も多々考えられるので、現地での聞き取りインタビューや調査過程での会話が欲しい。すると間違っていてもが間違いでなくなるんです。
話しかけても警戒されたりすることがあるけどね。
中世のネタと違って近代史は空想では済まないし、間違いが許されない側面があります。
散策ネタは歴ネタとほぼ同じ手間がかかります。
ひとつの飲食店に憑りつかれてしまい、何回も訪問を重ねて特集記事みたいに纏めると膨大な写真数になる。「次回はこれを食べてみよう」が延々続いて「じゃぁいつ完成するんだ。Upするんだ」ズルズルと引き延ばしになったりするのです。
こうなるともう、その日にあったことや前日にあったことを書いてUpする日記、Blogから完全に逸脱してしまってます。
実は2020年になってから、これをUpする時点でまだ最新記事一覧の下の方に表示がありますが、中山道沿いの記事、立ち食い蕎麦の辺りからですが、あれらは昨年11月の出来事なのですよ。もう年明け2月ですよ。
自分のBlogは、実際にあったことを記憶があるうちに次から次へとストックしていくスタイルなので、リアルタイムじゃないのです。Upした時には数週間以上前か、1ヶ月以上前のもので、過去におこった出来事ばかりなのです。
私の記事って昨日今日の内容って殆ど無いんじゃないかな。
いつも実際に起こってからUpするまで大幅にタイムラグが生じるのですが、年明け手からそのタイムラグが時差誤差の範疇を超えてしまいました。
これを見てください。

これは2月16日のソネブロ管理画面ですが、

この下書き記事で、記事一覧をクリックすると、
1 ― 20/31 とあります。
管理画面1ページに記事一覧で20記事が表示されます。

1 2 次へ>>
これをクリックすると、次ページに11記事が表示されます。
20プラス11イコール31記事!!記憶があるうちに次々に打ち込んでいたら下書き記事ストックがたまってしまったのです。
1日に1記事Upとしたら1ヶ月分です。さてこれをどう処理、吐き出すか。1日に2つ3つUpすることはしたくないので、モノノフ氏みたいにBlogを複数用意するかも考えたのだ。カテゴリ別に分けるとかね。
でも私の場合、居酒屋でもグルメでも旅館料理でもそこの紹介に主眼を置いてません。料理写真の合間に大事な人間ドラマを挿入します。複数Blogを走らせると人間ドラマが別に散らばるので複数にするのは思いとどまりました。
ストック記事が30あって30日経ってしまった弊害があります。その間にストック中の店が閉店しちゃったり、登場人物が退職等でいなくなってしまったりすることです。
今年になってからも横須賀は衣笠の「勝太」町田の「でくのぼう」が閉店してしまったからね。営ってるウチにUpしておけばよかった。
(勝太はストック中に閉店したのではなく、行ったら「あと数日で閉店」だったのですが。)
閉店でなくても、店も業態が変わって改装したり、スタッフが辞めたり。
昨年10月の消費税率改訂でストックしてあった店のメニュー写真がほぼ殆ど使えなくなった。こっちも開き直って「改訂前です」って入れざるを得なかった。
私の記事を見てでかけたら「値段が違ってた」なんて私のせいにしないでくださいね。
季節の変わり目も多少は意識するのですが。例えば冬場の雪景色のUpが桜の時期にズレ込んだり、開花した桜が写った記事Upが梅雨時期になるとかね。なるべくそういうのは避けたい。花は撮らないようにしていますね。
今年の冬は雪不足なので昨日までUpした会津紀行の写真には雪が殆ど写ってません。それだったら「いいや春先で」ってなったり。
一昨日昨日と伊豆高原八幡野の例の宿で飽食してきたのですが、あっち方面は河津桜が満開でした。ストックを差し置いて先にUpしなきゃならないのかな。タイヘンだ。

Blog記事にもUpすべきタイミングというか、旬というものがあるからね。



同じ店でも複数の記事が待機していると、どっちの記事が先だったかわからなくなることがあります。Upする順番を間違えたりとかもね。
30を超えました。

マックスです。32は多すぎ!!

30記事、30日分も時差がでるほど次から次へと記事ストックがたまるのは日々ネタがあるからです。
私は毎日ネタに事欠かないのです。「ネタだらけの日常ってどうよ?」と思う時もあります。
ネタのオチはなるべくいい方に持っていくよう日々努力はしています。100%満足する結果はないですが、まぁこんなものでいいかという7割方のオチに持っていくようにね。でないと書き手の私も読み手の皆さんも楽しくないでしょ。Upできるのはいいネタ、イコール日々が充実していると思いたいです。
そして自分で言うのも何ですが、テキストは短くないし、写真も少なくはないし、コンテンツが多い方だと思います。しっかりしたものを作ってUpしたいです。
この独り言記事は、平日の長距離移動中の電車内でアイフォンで下書き、テキストを打ちました。そして昼はいいランチネタ(味、店員さん)をGETできたし、ジャン妻が飲み会だったので夜もひとり飲みです。こうやってネタが、ストックがたまっていくのですな。
だけど今は毎日昼100%外食、外飲みも少なくないですが、いよいよその日が来たら今みたいに昼は毎日外食というわけにはいかないでしょう。
飲みも減り、旅も減り「昨日、家で何食べた?」のようなリアルタイムに近い記事、今よりもっともっと小さいボリュームの記事になるかもしれませんね。
2020-03-01 10:18
コメント(2)
何処で呑もうか [呟き独り言]
あら町バス停、時計は17時を指しています。17時の権田方面へのバスに乗れば託児酒場へ行くのにちょうどいいのですが「本日は臨時休業します」の連絡が来たのです。
店主が体調不良だって。旅人の惑星さんにも届いたそうです。あの強健そうな店主が体調不良ってのが解せないな。
こっっちは行く気満々だったのにな。


で、どうしようかと考えました。高崎で17時~開いてる呑み屋って少ない。希少な日本酒BARも臨時休業だったのですよ。


1日2日3日4日は営業したらしいですね。その分の振替休日か。
なら仕方がない。こっちは連休してたんだから。


高崎駅まで戻って「群馬の台所」にしようかなぁとも思ったのですが。駅ナカはあまりに風情が無さ過ぎる。
18時までその辺をブラつくか。
映画館があった。
あ、ねことじいちゃんが映ってるぞ。



これ家に写真集だけあります。買ったのは私じゃないです。
ジト目で首が短いスーパー俳優キャット・ベーコン(たま役)が可愛いです。ウチの社員でPC本体に貼ってる人もいたな。
時間潰しに観るか?
でも私は動物が主役の映画は苦手でしてね。


この店に入ったことはないですがイヤ~なメモリーで知ってます。店が悪いんじゃないですよ。上州転勤が解けて2年か3年経ってから、私と全く合わないM村っていう野郎が、現地の店長たちを集めて忘年会をやった店なのです。
私はたまたまその日に上州にいたのですが私だけ呼ばれなかった。除け者にされたの。
現在M村は伊東甲子太郎のシマにいます。何とデスクがジャン妻の隣なんですよ。その関係で最近知ったのですが、M村は伊東甲子太郎が入社した時の指導員だったんだって。
でも歳月が流れ、立場、関係は逆転して、今は伊東がM村のスーパー上司なんです。
M村のやらかした不快な出来事に3回関わったことがありますが、現在でもM村は私と目を合せません。私と伊東の共通な意見で「M村さんは人のマネージメントができないですね」というもの。
ウチの本社は、関連各社がひとつフロアに点在しているのですが、昨日外に出ようと受付窓口に通じるドアを開けたら(押したら)入室しようとしたM村にドアをぶつけそうになったのです。
「あ、すみません大丈夫?」
「大丈夫です」(コワばった表情のM村)
思いっきりドアをぶつけてやればよかったぜ。(嘘です。悪い冗談ですよ。)

七さんはまだ早いしなぁ。
中にマスターのTさんがいる気配はありますが。私は営業時間前に開けさせるのは嫌いでしてね。
前に住んでた辺りに来てしまった。この先椿町まで行くか。だけどうさぎも椿食堂も18時だからなぁ。

新らしい店がOPENしていました。新しくなる前の店には私も入ったことがあるのですが、旅人の惑星さんから「閉店して新しい店になっています」と情報を得ていました。
あ、これだこれだ。

前はこんな店でした。

住んでた頃、平成24年に入ったことがあります。若くて坊主頭のシェフがひとりで営っていたのですが、ひとりで2品3品の料理を同時にさばいていた。早かったのです。基本の仕込みがちゃんとしていたのでしょうね。


料理が秀逸で美味だった。ローストビーフが敷いてあるサラダ、レバーパテ、ホウレンソウとベーコンのサラダ、オムレツ、ビーフシチュー、いろいろ美味しかったんですよ。2人で8000円しませんでしたから。









でも一期一会でした。店内が暗すぎなの。お品書きが見えないし。ワインの銘柄も見えないし。カウンターが黒、コースターが黒、私が来ているスーツも黒、手許が暗すぎて落ち着かないのよ。
シェフは饒舌で、調理の合間にいろいろ喋ってくれたのですが、聞いててオモシロい話、笑える話、共感できる話が皆無で、客の私に対して自分の言いたいことやボヤキが延々続いたもんだから聞いてて疲れちゃったのね。
こっちは聞き役になっちゃって会話が噛み合わなかった。まぁお互い世代的に合わなかったんですよ。
呟きⅠで取り上げてましたね。「こっちは年長者なんだから、いい若いモンのグチなんか聞きたかねぇよ」ってハッキリ書いてあった。
その後もまぁまぁ繁盛していたようです。

そっか。閉店したか。
カタチあるものはいつかなくなりますけどね。でもシャッターテナントにならず、次の息吹がスタートするのは喜ばしいことではある。
店の前は数えきれないほど歩いたのですが、ここから北へ徒歩数分、田町北にある「くいもの屋亮」さんに流れたんだよな。
ここから徒歩数分?
あ、ひとつ店がある!!
21時閉店だから、他より少し早く17時30分にOPENする店が。
店主が体調不良だって。旅人の惑星さんにも届いたそうです。あの強健そうな店主が体調不良ってのが解せないな。
こっっちは行く気満々だったのにな。


で、どうしようかと考えました。高崎で17時~開いてる呑み屋って少ない。希少な日本酒BARも臨時休業だったのですよ。


1日2日3日4日は営業したらしいですね。その分の振替休日か。
なら仕方がない。こっちは連休してたんだから。


高崎駅まで戻って「群馬の台所」にしようかなぁとも思ったのですが。駅ナカはあまりに風情が無さ過ぎる。
18時までその辺をブラつくか。
映画館があった。
あ、ねことじいちゃんが映ってるぞ。



これ家に写真集だけあります。買ったのは私じゃないです。
ジト目で首が短いスーパー俳優キャット・ベーコン(たま役)が可愛いです。ウチの社員でPC本体に貼ってる人もいたな。
時間潰しに観るか?
でも私は動物が主役の映画は苦手でしてね。


この店に入ったことはないですがイヤ~なメモリーで知ってます。店が悪いんじゃないですよ。上州転勤が解けて2年か3年経ってから、私と全く合わないM村っていう野郎が、現地の店長たちを集めて忘年会をやった店なのです。
私はたまたまその日に上州にいたのですが私だけ呼ばれなかった。除け者にされたの。
現在M村は伊東甲子太郎のシマにいます。何とデスクがジャン妻の隣なんですよ。その関係で最近知ったのですが、M村は伊東甲子太郎が入社した時の指導員だったんだって。
でも歳月が流れ、立場、関係は逆転して、今は伊東がM村のスーパー上司なんです。
M村のやらかした不快な出来事に3回関わったことがありますが、現在でもM村は私と目を合せません。私と伊東の共通な意見で「M村さんは人のマネージメントができないですね」というもの。
ウチの本社は、関連各社がひとつフロアに点在しているのですが、昨日外に出ようと受付窓口に通じるドアを開けたら(押したら)入室しようとしたM村にドアをぶつけそうになったのです。
「あ、すみません大丈夫?」
「大丈夫です」(コワばった表情のM村)
思いっきりドアをぶつけてやればよかったぜ。(嘘です。悪い冗談ですよ。)

七さんはまだ早いしなぁ。
中にマスターのTさんがいる気配はありますが。私は営業時間前に開けさせるのは嫌いでしてね。
前に住んでた辺りに来てしまった。この先椿町まで行くか。だけどうさぎも椿食堂も18時だからなぁ。

新らしい店がOPENしていました。新しくなる前の店には私も入ったことがあるのですが、旅人の惑星さんから「閉店して新しい店になっています」と情報を得ていました。
あ、これだこれだ。

前はこんな店でした。

住んでた頃、平成24年に入ったことがあります。若くて坊主頭のシェフがひとりで営っていたのですが、ひとりで2品3品の料理を同時にさばいていた。早かったのです。基本の仕込みがちゃんとしていたのでしょうね。


料理が秀逸で美味だった。ローストビーフが敷いてあるサラダ、レバーパテ、ホウレンソウとベーコンのサラダ、オムレツ、ビーフシチュー、いろいろ美味しかったんですよ。2人で8000円しませんでしたから。









でも一期一会でした。店内が暗すぎなの。お品書きが見えないし。ワインの銘柄も見えないし。カウンターが黒、コースターが黒、私が来ているスーツも黒、手許が暗すぎて落ち着かないのよ。
シェフは饒舌で、調理の合間にいろいろ喋ってくれたのですが、聞いててオモシロい話、笑える話、共感できる話が皆無で、客の私に対して自分の言いたいことやボヤキが延々続いたもんだから聞いてて疲れちゃったのね。
こっちは聞き役になっちゃって会話が噛み合わなかった。まぁお互い世代的に合わなかったんですよ。
呟きⅠで取り上げてましたね。「こっちは年長者なんだから、いい若いモンのグチなんか聞きたかねぇよ」ってハッキリ書いてあった。
その後もまぁまぁ繁盛していたようです。

そっか。閉店したか。
カタチあるものはいつかなくなりますけどね。でもシャッターテナントにならず、次の息吹がスタートするのは喜ばしいことではある。
店の前は数えきれないほど歩いたのですが、ここから北へ徒歩数分、田町北にある「くいもの屋亮」さんに流れたんだよな。
ここから徒歩数分?
あ、ひとつ店がある!!
21時閉店だから、他より少し早く17時30分にOPENする店が。
2019-05-14 06:02
コメント(6)
休み疲れた [呟き独り言]
さぁ今日で終わりだ。休みに飽きた。長かったな。10連休プラス1日、その1日は伊豆高原でしたが、他は何処へも遠出せずでした。

毎朝(または毎昼)毎夕、家食家食が続いてジャン妻には苦労かけました。
ジャン妻は自分で造ったもの食べるの飽いたと言ってます。
(それでも3回、飲みに行きましたが。)
私も飽いた。こういうセットもの(ラーメン&半炒飯)に枯渇しています。
早くこういうのが食べたい!!


「夜にラーメンは止めて欲しい」
「・・・」
「昼はまぁ・・・仕方がないけど」
ジャン馬は私のBlogをパッドで一気読みするのですが、ジャン妻が出張時に私が夜にラーメン食べた記事を見つけてそう言います。ここ数年では1回、そん時だけなのに。


ウチは休日は1日2食です。ボリュームも品数もそう多くはない。
「何もしない状態で今食べてるだけの量を毎日食べるわけにいかないわよ」
何もしないとは?そうか、会社を離れて毎日この連休みたいに暮すとなると、もっと抑えないとカロリー過多になるな。今のような外飲みなんかトンでもないな。
こういう日々がずっと続くのか。健康で経済的に逼迫してなきゃいいけどな。




明日からは平成時代の残り記事を随時処理します。ネタがあってのBlogですが、休みの後半は「休み中にこれを書こう」というネタのストックが無くなったからね。
そりゃぁ時々刻々、平成→令和とか、その日の買い物とか、ジャン妻が作る家メシとか、観た洋画とか、そういう小ネタならありますけど。
日々の家食や酒肴をネタにしようとして撮ろうとしたら「止めて」と制止されたし。窓枠の掃除、障子の張り替えとか、そういうのもネタにしないでくれって言うんです。
でも最終日の今日、ついさきほどですが、朝餉は撮影掲載OKが出ました。

何でこれだけ撮影OKが出たか。ジャン妻が火入れしたんはシジミの味噌汁だっけ、他は納豆混ぜたのと海苔、生卵は私が割った。他はジャン母からの差し入れなのです。(フキ、味噌、タクアン)
自分の創作料理が無いから!!
プチ隠居気分に浸れるかと思ったのですが無理でした。
「巷で家にいるご隠居さんは何してるんだろ」
「1日じゅうTV見てるんじゃないの」
でもTVは会話にならない。
「普段から観ないじゃない」
観ないのです。バラエティー番組はコメンテーターがうるさいから嫌いだし、現代ドラマもうざったいし、ドキュメンタリーは内容によっては観て暗くなるし。
会社勤めしている間にこんな長い休みはもうないだろうなと思ったが実はまだあるのだ。今年は永年勤続表彰で特休が5日貰えるのです。その特休を、前後の(土)(日)くっつけたら9連休になるのか。(土)(日)(祝)にくっつけたら10連休に。
また思い出したぞ。社内で16年一緒にいるオンナが「特休をGW10連休にくっつけたらいいじゃないですかぁ。そうしたら(土)(日)含めて17連休になりますよぉ」ってヌカしやがったんだった。冗談じゃないっつーの。
私はこれまで10日も連休を取得したことがない。このGWでそんな長丁場の休みに耐えられない人間なのがわかったつもり。
晴れてりゃまだいいのだが、曇り空が続いた中日は気分が悪くなったからね。
気晴らしに「紀尾井営ってるかな?」って言ったらジャン妻は私が何を血迷ったのかと思ったらしい。
「大渋滞だよ。それにホテルとれないよ。取れても値段高いし。普段運転しない不慣れなドライバーがた~くさん走ってるからね」
そっか。大渋滞するよな。
お父さんドライバーはタイヘンだ。

「この休みは辛かった・・・」
「アタシといるのが辛いてってこと?」(ジャン妻)
「さような意味ではない」
何もアクション起こさなければ数年後の自分がこうだというのが見えてしまったからである。
「でも考える時間があってよかったじゃない」(ジャン妻)
休み疲れたのもある。たかが10日、11日の休みぐらいでエンジョインしないでゲンナリするようじゃぁね。
何の為の休みだ。休み続ける為の休みじゃない。仕事があっての、やることがあっての休みなのだ。毎日が休日だと休みでなくなる。こんな毎日が続くのはもう嫌だ。
結論としては、あと4年でフリーマンになるのは無理ということだ。明日は早く出社するぞ。上州へ日帰り出張です。
だけどこういう時に限ってJRや通勤路線が運休、遅延しそうな予感がするな。

毎朝(または毎昼)毎夕、家食家食が続いてジャン妻には苦労かけました。
ジャン妻は自分で造ったもの食べるの飽いたと言ってます。
(それでも3回、飲みに行きましたが。)
私も飽いた。こういうセットもの(ラーメン&半炒飯)に枯渇しています。
早くこういうのが食べたい!!


「夜にラーメンは止めて欲しい」
「・・・」
「昼はまぁ・・・仕方がないけど」
ジャン馬は私のBlogをパッドで一気読みするのですが、ジャン妻が出張時に私が夜にラーメン食べた記事を見つけてそう言います。ここ数年では1回、そん時だけなのに。


ウチは休日は1日2食です。ボリュームも品数もそう多くはない。
「何もしない状態で今食べてるだけの量を毎日食べるわけにいかないわよ」
何もしないとは?そうか、会社を離れて毎日この連休みたいに暮すとなると、もっと抑えないとカロリー過多になるな。今のような外飲みなんかトンでもないな。
こういう日々がずっと続くのか。健康で経済的に逼迫してなきゃいいけどな。




明日からは平成時代の残り記事を随時処理します。ネタがあってのBlogですが、休みの後半は「休み中にこれを書こう」というネタのストックが無くなったからね。
そりゃぁ時々刻々、平成→令和とか、その日の買い物とか、ジャン妻が作る家メシとか、観た洋画とか、そういう小ネタならありますけど。
日々の家食や酒肴をネタにしようとして撮ろうとしたら「止めて」と制止されたし。窓枠の掃除、障子の張り替えとか、そういうのもネタにしないでくれって言うんです。
でも最終日の今日、ついさきほどですが、朝餉は撮影掲載OKが出ました。

何でこれだけ撮影OKが出たか。ジャン妻が火入れしたんはシジミの味噌汁だっけ、他は納豆混ぜたのと海苔、生卵は私が割った。他はジャン母からの差し入れなのです。(フキ、味噌、タクアン)
自分の創作料理が無いから!!
プチ隠居気分に浸れるかと思ったのですが無理でした。
「巷で家にいるご隠居さんは何してるんだろ」
「1日じゅうTV見てるんじゃないの」
でもTVは会話にならない。
「普段から観ないじゃない」
観ないのです。バラエティー番組はコメンテーターがうるさいから嫌いだし、現代ドラマもうざったいし、ドキュメンタリーは内容によっては観て暗くなるし。
会社勤めしている間にこんな長い休みはもうないだろうなと思ったが実はまだあるのだ。今年は永年勤続表彰で特休が5日貰えるのです。その特休を、前後の(土)(日)くっつけたら9連休になるのか。(土)(日)(祝)にくっつけたら10連休に。
また思い出したぞ。社内で16年一緒にいるオンナが「特休をGW10連休にくっつけたらいいじゃないですかぁ。そうしたら(土)(日)含めて17連休になりますよぉ」ってヌカしやがったんだった。冗談じゃないっつーの。
私はこれまで10日も連休を取得したことがない。このGWでそんな長丁場の休みに耐えられない人間なのがわかったつもり。
晴れてりゃまだいいのだが、曇り空が続いた中日は気分が悪くなったからね。
気晴らしに「紀尾井営ってるかな?」って言ったらジャン妻は私が何を血迷ったのかと思ったらしい。
「大渋滞だよ。それにホテルとれないよ。取れても値段高いし。普段運転しない不慣れなドライバーがた~くさん走ってるからね」
そっか。大渋滞するよな。
お父さんドライバーはタイヘンだ。

「この休みは辛かった・・・」
「アタシといるのが辛いてってこと?」(ジャン妻)
「さような意味ではない」
何もアクション起こさなければ数年後の自分がこうだというのが見えてしまったからである。
「でも考える時間があってよかったじゃない」(ジャン妻)
休み疲れたのもある。たかが10日、11日の休みぐらいでエンジョインしないでゲンナリするようじゃぁね。
何の為の休みだ。休み続ける為の休みじゃない。仕事があっての、やることがあっての休みなのだ。毎日が休日だと休みでなくなる。こんな毎日が続くのはもう嫌だ。
結論としては、あと4年でフリーマンになるのは無理ということだ。明日は早く出社するぞ。上州へ日帰り出張です。
だけどこういう時に限ってJRや通勤路線が運休、遅延しそうな予感がするな。
2019-05-06 09:00
コメント(2)
和暦か西暦か [呟き独り言]
タイトル変えました。
新元号になったか。
昨晩は早く寝たので、朝起きたら変わってた感じがする。
新年明けましておめでとうございますではなくて、新元号おめでとうございますってか。
時計を戻します。昨年12月、某役所の風景です。
向こう側に4人の女性がいます。いずれも担当官です。

彼女たち全員が自分と顔馴染で、私が訪れるとパァッと表情が明るくなるのは気のせいかな。誰かがいなくてもいる人が出てきてくれます。
誰も言ってくれないから自分で言いますけど。別の者、例えば草の者たちに窓口に行かせると、「あれ?今日は〇〇さん(私のこと)は?」と言われて傷つくそうです。内心では「悪かったわね〇〇じゃなくて」と思いながらも、「私は彼の部下です」って居直るんだって。(笑)
これでも窓口の職員、男性でも女性でもに人気あるんですよ私。役所の人といえでも生身の人間なので、長年カオを出してりゃそうなります。
で、女性たち、ヒソヒソ話しています。
そのネタは私が投げかけたのです。
「役所も10連休ですよね?」って。
まぁ結果、今、10連休で閉庁してますよ。この時にズケリと聞いたら、「少々お待ちください」と言われて椅子に座って待ってたのです。
そしたらヒソヒソ話が聞こえてきました。
「アタシたちも10連休よねぇ」
「そうよねぇ多分」
ハッキリ聞こえた。何だか嬉しそうだな。
この時は既に特別法案、「天皇の即位の日及び即位礼正殿の儀の行われる日を休日とする」法律が可決されています。お上が決めることだからね。彼女たちが「休んじゃいましょうよ」って決めることじゃないし。
しばらく待たされたんですよ。私への回答より来たる10連休への楽しみに話題が移っちゃたのかも知れない。罪な質問をしたかな。
戻って来た女性担当官が言うには、
「お待たせしました。やはりそうなりますね」
「そうですか・・・」
「〇〇さん(私のこと)の会社は?」
「まだ正式に決まってないですがおそらく10連休でしょうね。誰かが交替で出ることはあるかもしれませんが」
「ですよねぇ。○○機関が何処も開けなかったら困ると思うんですよ」
10連休どころか11連休取って退屈しまくってます私。でも私の職掌は行政廻りなので役所が開いてなかったら出勤してもあまり意味が無いのだ。
今現在、彼女たちは休日を謳歌してるでしょう。でも私は正直言って困るのです。明けてからタイヘンだ。私の職掌上、平日が少ないとかなりキツいのね。例年とおり1日2日は出勤したかったな。
年が明けて「平成がどんな元号になるのかな?」と巷で囁かれるようになってからのこと。同じ窓口で私はまた質問しています。
「元号が変ったら、営業許可証に記載されている許可番号の有効期限を全て書き換えなきゃならないんすかね」
相手は同じ女性です。一瞬表情が固まった。
「いや~、それは・・・」
「・・・」
「・・・そうなるとこちらも膨大な量になるので・・・」
まぁそうだろうな。この時点では新元号は決まってませんでしたが、全部の営業所や小売店が営業許可証を書き換えたら確かに膨大な量になるだろう。
彼女たちは限られた人数で、
学校、病院、施設等の食品提供場、給食ですね。他、飲食店、理髪店、美容院、クリーニング店、旅館、公衆浴場、民泊、その他特定建築物、貯水槽等や、医薬衛生だと病院、診療所、施術所、薬局、医薬品販売業、医療機器販売・貸与業などなど。
他にもあるのですが、飲食店は膨大な数だと思いますよ。コンビニやスーパーはもちろん、料理店、居酒屋、大衆食堂、ラーメン屋、蕎麦屋、洋食屋、外国料理店・・・全部が全部許可証を書き変えたらタイヘンだ。
でも「許可証の書き換えは不要です」とまで言われてない。言えなかったんだと思う。というのは許可証の書き換えはこちらの任意なのです。義務じゃない。できればしないでくださいがホンネだと思うな。全部書き換えたら書換手数料だけで結構な額になりますけどね。
(麻薬小売業免許証の書き換えは義務です。手数料不要。)
でも前に、「書き換えないと納品できません」と言い張った卸とトラブッたことが数回あります。例えば店名が変ったとか、法人の番地が変ったとかです。許可番号は変わらないのにですよ。
移転しない限り許可番号は変わりません。移転はそれまでにあったものが廃止されて新たに新規扱いになるからです。それは届出、書き換えが必須ですがね。
神奈川県某市と横浜市某区で住居表示が変ったことがある。○○市○○町111番地だったのが○○町1丁目1番地1になったの。この時も卸から許可証の書き換えを要請されてブツクサ言いながらやりましたけどね。許可番号は変わらないです。
市町村が住居表示を変更したので書き換え手数料もかかりませんでしたけど。

でも連休が明けてで5月7日以降は届出の変更年月日、届出年月日、これを全部変えなきゃならない
H31年4月30日で締めたのを、次月からR元年5月1日〜にするか、2019年5月1日~にするかです。
和暦→和暦でも和暦→西暦でも、どちらにしても変えなきゃならないな。
過去分に遡って変える必要はないです。
(菅官房長官が「証明書は和暦」って言ってなかったっけか。)
峠おやじナワさんとこにも書き込んだけど、許可証や免許証の有効期限が西暦なら楽なんですが。東京都町田市はかなり以前から西暦ですが、他は殆ど和暦です。(立川市は西暦だったかな。)
私は和暦は好きですよ。西暦は味気ないし。明治、大正、昭和、平成と続いてるから馴染んでるし。変換がめんどいのですね。
連休に入る前、
「5月から西暦にしよ」
そう呟いたら前から声が返ってきた。
「その方がいいですよ。社内文書も全て西暦になるし。雇用契約書も全部西暦にします」
うるせぇなぁお前さんは。
そちらは勝手にすればいい。お前が俺の職掌に口を出すなよ。別に話しかけたわけじゃねぇって。

改めて平成最後の行政廻りで担当官に聞いたの。静岡県某所です。(この日帰りは別にUpしますけど。)
「5月にまた来ますが。もう令和でも2019年でもいいんですよね?」
ニッコリ微笑まれて「構いません」って。
部署は違うけど草の者たちに行かせたら行かせたで言ってきますよ。
「平成31年になってますが」(草の誰か)
「捨印押してあんだろ。二重線で訂正してくれ。ホワイト(修正液)は使うなよ」
「令和にしますか?西暦にしますか?」
会話と遣り取りが目に見えるようです。どっちでもいい。そっちの裁量で何とかせいよって。
新元号になったか。
昨晩は早く寝たので、朝起きたら変わってた感じがする。
新年明けましておめでとうございますではなくて、新元号おめでとうございますってか。
時計を戻します。昨年12月、某役所の風景です。
向こう側に4人の女性がいます。いずれも担当官です。

彼女たち全員が自分と顔馴染で、私が訪れるとパァッと表情が明るくなるのは気のせいかな。誰かがいなくてもいる人が出てきてくれます。
誰も言ってくれないから自分で言いますけど。別の者、例えば草の者たちに窓口に行かせると、「あれ?今日は〇〇さん(私のこと)は?」と言われて傷つくそうです。内心では「悪かったわね〇〇じゃなくて」と思いながらも、「私は彼の部下です」って居直るんだって。(笑)
これでも窓口の職員、男性でも女性でもに人気あるんですよ私。役所の人といえでも生身の人間なので、長年カオを出してりゃそうなります。
で、女性たち、ヒソヒソ話しています。
そのネタは私が投げかけたのです。
「役所も10連休ですよね?」って。
まぁ結果、今、10連休で閉庁してますよ。この時にズケリと聞いたら、「少々お待ちください」と言われて椅子に座って待ってたのです。
そしたらヒソヒソ話が聞こえてきました。
「アタシたちも10連休よねぇ」
「そうよねぇ多分」
ハッキリ聞こえた。何だか嬉しそうだな。
この時は既に特別法案、「天皇の即位の日及び即位礼正殿の儀の行われる日を休日とする」法律が可決されています。お上が決めることだからね。彼女たちが「休んじゃいましょうよ」って決めることじゃないし。
しばらく待たされたんですよ。私への回答より来たる10連休への楽しみに話題が移っちゃたのかも知れない。罪な質問をしたかな。
戻って来た女性担当官が言うには、
「お待たせしました。やはりそうなりますね」
「そうですか・・・」
「〇〇さん(私のこと)の会社は?」
「まだ正式に決まってないですがおそらく10連休でしょうね。誰かが交替で出ることはあるかもしれませんが」
「ですよねぇ。○○機関が何処も開けなかったら困ると思うんですよ」
10連休どころか11連休取って退屈しまくってます私。でも私の職掌は行政廻りなので役所が開いてなかったら出勤してもあまり意味が無いのだ。
今現在、彼女たちは休日を謳歌してるでしょう。でも私は正直言って困るのです。明けてからタイヘンだ。私の職掌上、平日が少ないとかなりキツいのね。例年とおり1日2日は出勤したかったな。
年が明けて「平成がどんな元号になるのかな?」と巷で囁かれるようになってからのこと。同じ窓口で私はまた質問しています。
「元号が変ったら、営業許可証に記載されている許可番号の有効期限を全て書き換えなきゃならないんすかね」
相手は同じ女性です。一瞬表情が固まった。
「いや~、それは・・・」
「・・・」
「・・・そうなるとこちらも膨大な量になるので・・・」
まぁそうだろうな。この時点では新元号は決まってませんでしたが、全部の営業所や小売店が営業許可証を書き換えたら確かに膨大な量になるだろう。
彼女たちは限られた人数で、
学校、病院、施設等の食品提供場、給食ですね。他、飲食店、理髪店、美容院、クリーニング店、旅館、公衆浴場、民泊、その他特定建築物、貯水槽等や、医薬衛生だと病院、診療所、施術所、薬局、医薬品販売業、医療機器販売・貸与業などなど。
他にもあるのですが、飲食店は膨大な数だと思いますよ。コンビニやスーパーはもちろん、料理店、居酒屋、大衆食堂、ラーメン屋、蕎麦屋、洋食屋、外国料理店・・・全部が全部許可証を書き変えたらタイヘンだ。
でも「許可証の書き換えは不要です」とまで言われてない。言えなかったんだと思う。というのは許可証の書き換えはこちらの任意なのです。義務じゃない。できればしないでくださいがホンネだと思うな。全部書き換えたら書換手数料だけで結構な額になりますけどね。
(麻薬小売業免許証の書き換えは義務です。手数料不要。)
でも前に、「書き換えないと納品できません」と言い張った卸とトラブッたことが数回あります。例えば店名が変ったとか、法人の番地が変ったとかです。許可番号は変わらないのにですよ。
移転しない限り許可番号は変わりません。移転はそれまでにあったものが廃止されて新たに新規扱いになるからです。それは届出、書き換えが必須ですがね。
神奈川県某市と横浜市某区で住居表示が変ったことがある。○○市○○町111番地だったのが○○町1丁目1番地1になったの。この時も卸から許可証の書き換えを要請されてブツクサ言いながらやりましたけどね。許可番号は変わらないです。
市町村が住居表示を変更したので書き換え手数料もかかりませんでしたけど。

でも連休が明けてで5月7日以降は届出の変更年月日、届出年月日、これを全部変えなきゃならない
H31年4月30日で締めたのを、次月からR元年5月1日〜にするか、2019年5月1日~にするかです。
和暦→和暦でも和暦→西暦でも、どちらにしても変えなきゃならないな。
過去分に遡って変える必要はないです。
(菅官房長官が「証明書は和暦」って言ってなかったっけか。)
峠おやじナワさんとこにも書き込んだけど、許可証や免許証の有効期限が西暦なら楽なんですが。東京都町田市はかなり以前から西暦ですが、他は殆ど和暦です。(立川市は西暦だったかな。)
私は和暦は好きですよ。西暦は味気ないし。明治、大正、昭和、平成と続いてるから馴染んでるし。変換がめんどいのですね。
連休に入る前、
「5月から西暦にしよ」
そう呟いたら前から声が返ってきた。
「その方がいいですよ。社内文書も全て西暦になるし。雇用契約書も全部西暦にします」
うるせぇなぁお前さんは。
そちらは勝手にすればいい。お前が俺の職掌に口を出すなよ。別に話しかけたわけじゃねぇって。

改めて平成最後の行政廻りで担当官に聞いたの。静岡県某所です。(この日帰りは別にUpしますけど。)
「5月にまた来ますが。もう令和でも2019年でもいいんですよね?」
ニッコリ微笑まれて「構いません」って。
部署は違うけど草の者たちに行かせたら行かせたで言ってきますよ。
「平成31年になってますが」(草の誰か)
「捨印押してあんだろ。二重線で訂正してくれ。ホワイト(修正液)は使うなよ」
「令和にしますか?西暦にしますか?」
会話と遣り取りが目に見えるようです。どっちでもいい。そっちの裁量で何とかせいよって。
2019-05-01 09:13
コメント(4)
ジャン妻が泣いた駅 [呟き独り言]
カタイ紙質、昔堅気のキップを買いました。
駅員さんがパンチでカットした時、プチッっという音がした。
キップの行き先は上州富岡駅になっていますが、途中で気が変った。もう1箇所公用で寄るには時間が無い。どうせ直帰だし。ひとつ手前の駅から歩いてやろうと。



下りたのは・・・。

上信電鉄、西富岡駅、単線1面1線ホーム。
自分はこの駅で下りて街中にある某所、赴任してた頃にお世話になった方にご挨拶に出向いて、その足で富岡製糸場にある路地を歩いたのですが、西富岡駅で過去に何か、気に留めたことがあった筈。


上信電鉄に富岡が付く駅が3つあります。下仁田方面に向かって東富岡駅、上州富岡駅、西富岡駅と続いているのです。
上州が付いているのは、富岡という名前は他にもあるからです。
福島県双葉郡富岡町・・・福島第二原発のあるところ
同じ上州で、高崎市箕郷町富岡・・・箕輪城の南、鳴沢湖の辺り
千葉県にもある。鎌ケ谷市富岡・・・東武野田線・鎌ヶ谷駅のあるところ。
浦安市富岡・・・JR京葉線、舞浜駅と新浦安の間辺り
東京都江東区富岡・・・富岡八幡宮や深川不動尊の門前町
東京都青梅市富岡・・・青梅市の北外れで、最寄駅は西武池袋線の飯能駅か?結構離れているけど。
神奈川県横浜市金沢区富岡・・・最寄駅は京急富岡駅、地元だけど由来はわかりません。
ズラズラ並べましたが他にもあるかも知れない。上信電鉄の東富岡駅は平成2年(1990年)開業の比較的新しい駅で、富岡製糸場の窓口でもある上州富岡駅は明治30年(1897年)に開業、西富岡駅は昭和12年(1937年)に病院前駅として開業したのが昭和26年(1951年に一旦営業中止になり、昭和26年(1951年に現在の駅名で復活、再開したもの。
久々に西富岡駅に下りたら簡易駅舎に女性の駅員さんがいたのです。ホームに出てきた。
ワンマン運転で駅員不在の駅が多いので、そういう駅での下車時は前方車両で運転士が出てきて清算するのですが、この駅では運転士が出てこなかったのは今の時間帯ならその女性駅員さんがいるからでしょう。おそらく会津鉄道の駅のように地元ボランティアか、時間限定の委託業務だと思いますが。

でも前は駅員さんいなかったんです。
前はいなかったっていつだっけ?
西富岡駅に来たのはいつかというと、ここ上州に赴任していた平成24年~翌25年までの・・・
・・・ああ、思い出した。あれか。
ジャン妻がこの駅で泣いた夜だったな。
もう時効かなとジャン妻の許可を得て掲載するものです。自分らが上州に赴任した平成24年春から5月、6月頃かな、その頃のお話。
あの頃の自分は総務、ジャン妻は経理で上州にダブル赴任した。私らを飛ばした上役は更迭されて某所にいますが、当時その上役から「群馬がどういうところかわからないから取り敢えず行ってくれ」って言われたのです。
ジャン妻は上州の経理全般と東京で稼働している清算システムの導入を担当していた。銀行や信用金庫、郵便局にも出向き、何故だかわからないが沢山あり過ぎた口座を整理もしていたのです。開かれてるだけで死んでる口座、死に金がたくさんあったのだ。金額はたいしたことないのに殆ど塩漬け状態の口座だらけ。群銀やしののめ信金他、合わせて20口座ぐらいあったんじゃないかなぁ。
都内と違って上州は100%くるま社会なので、運転しないジャン妻を助手席に乗せて私がハンドル握ってあちこちに運んだのです。駅前にある銀行はひとつも無かったですね。いちばん近くて田町にあるみずほ銀行高崎支店、最も遠かったのが高崎信用金庫室田支店、ここは遠かった。
私もただハンドルを握ってジャン妻の運転士だけをしていたのではないですよ。まず従業員面談。次に賃料の交渉と契約書の巻き直しです。都内と違ってビルのテナントというものが無く、戸建ばかりで仲介の不動産業者も無く、地主さんとの直接折衝した。そこで賃料の見直しをしたり、契約書を書き換えないまでも覚書を取り交わしたりした。先ごろ亡くなった地主さんの家で食べたくもないトマトやトウモロコシ、キュウリを馳走になったりしたものです。
他、行政への届出や新規申請、社用車の名義変更で警察署や運輸局に出向いたり、住民税を会社徴収に変更する為に税務署に出向いたりしていた。
そして現在は廃止して存在しない西毛地区のさる現場、場所は西毛の何処かと思ってください。そこの某勤務地に現在31歳になる聖なる酔っ払い伝説のオンナ・A子25歳がいた。
赴任してふた月経った頃合いだったかな。「いつまでここ(群馬)にいなきゃならないのか」と都落ち気分ですねてた私が羅漢町のロツレ、月輪を知ることになり「この地で生きよう。でもいつまでここにいられるだろうか」に化学変化した最初の頃だったと思う。
ジャン妻をこの西富岡駅に置き去りにしてしまったのですよ。
それも夜分に。
いや、置き去りにしたのは私よりも、酔っ払いオンナA子なのだが。

私が店舗廻りや面談を繰り返す目的のひとつに、いずれ東京本社から直接の指示命令系統を受けさせるにあたり、それを託せる子、抜きんでている事務員は誰なのかを選抜する、というのがあった。
私とジャン妻の目の付け所は若干違っており、ジャン妻は事務員の中から誰がシステム、オンライン、簿記までいかなくても最低限の縦計横計、勘定項目他、事務能力に長けているかを見極めようとした。
私は面談や相談を繰り返して今後の不安を取り除きながら、誰が中核なのか人物を見極めようとしていた。それは逆に言うと性格の悪い子や問題児社員の洗い出しにもつながるのですが、ジャン妻と2人で「あの子はどう?」物色していたのです。
幾人か白羽の矢を立て、その候補者の中に酔っ払いオンナA子、笑ふ女、他にもこのBlogのⅠからⅢに登場した子らがいて、最初はA子に白羽の矢が立ったのです。
私はジャン妻をA子のいる現場に連れてった。営業時間内の通常業務の合間にマンツーマンで基礎を教えたらしい。
今思えば高崎にあった事務所にA子を呼んでもよかったのですが、例え指導とはいえ最初は出向くスタイルを選んだのです。
私はジャン妻をA子がいる現場に乗せたあとは高崎にあった事務所に戻っています。指導時間の終わりが見えなかったから今思えば迎えに行けばよかったのですが「帰りはA子さんに送って貰うから」という希望的予想があったと思う。
教えるだけならまだ陽のある明るい時間に終わった筈ですが、通常営業の合間に指導したので陽が落ちて営業時間終了と相成り、A子は帰宅途中がてらジャン妻を助手席に乗せて「最寄駅まで送ってあげます」だったそうだが、その最寄駅が何故かここ西富岡駅だった。
A子が何でこの駅、西富岡駅にジャン妻を置いてったのか今でもよくわからないのだが、最寄駅でも何でもないのですよ。駅からどこからも離れた場所にあったのです。西富岡でも上州富岡でも東富岡でも遠い。何処が最寄駅かと聞かれても困るくらい。
ジャン妻は西富岡駅に置き去りにされた。電車がなかなか来なかった。都会と違って待ち時間が異様に長く感じられた。
都会の駅と違う。ひとり片田舎の無人ローカル駅に取り残されたジャン妻は寂しさと不安で胸が張り裂けそうだったそうである。ついには高崎の事務所にいた私に電話が架かってきて、
「迎えにきて」
何処にいるのか聞いたら西富岡駅だという。1時間はかからないが40分はかかる。それなら「駅ホームにいるなら電車で帰って来いよ」と言った気がする。
そしたら受話器の向こうで泣きだして涙声で「迎えにきてよ。何で置いてったの?」と泣いて責められた。
置いてった?私が?
置き去りにしたのはA子ではないのか?
でもジャン妻は駅にいるんですよ。待ってればいずれ電車が来るんだし、私が不慣れな上州の暗い夜道をくるまでブッ飛ばして迎えに行くより安全で確実じゃないか。
駅で待ってる時は寂しくても、それだけに来た電車内は暖かくてホッとするものだよ。それが地方鉄道の醍醐味と言ってもジャン妻には通じない人種だったのです。
仕方がないので高崎駅近くにあった事務所からブッ飛ばして迎えに行ったんですよ。冒頭で書いたように富岡と名の付く駅は3つあるので、その中のいちばん西、西富岡駅をナビにインプットしてね。
あの頃は高崎から吉井町に向かって峠越えする県道71号は工事中でヘアピンの連続、岩崎という交差点を左折、途中にあるセブンイレブンを左折して鏑川を渡り、254号に入ってから80km以上トバしました。
おおぎやラーメン富岡店の手前、交番の手前を左折して細い路地に入り、やや減速しながら西富岡駅に付いて目を赤く泣き腫らしたジャン妻を拾ったのがこの辺り。

帰りの車中、最初は重苦しかった。
「何で置いてったのよ。迎えに来てくれればいいじゃない」と責めるんです。
でも置いてったのはA子だし、A子のくるまの車内でもうちょっと交渉できんかったのか。だってA子は高崎市内の観音山の方に実家があるので立派な高崎市民なんですよ。私は後年A子に高崎駅近くまで送って貰ったことが何回もあります。
かといってあの頃はまだA子と今のような信頼関係ができてなかったので「何で西富岡駅なんぞに置き去りにしたんだ」と質すわけにもいかないしさ。
ジャン妻は今でも「1時間待っても電車が来なかったんだよね」と言うんです。
1時間?そんな筈はない。吾妻線じゃあるまいし。置き去りにされた時間をおおよそ当てはめてダイヤを調べてみたら、西富岡発高崎行は18:25、19:08、19:51、20:31・・・
「1時間に2本、30分か40分おきに1本ある筈だぜ」
「いや来なかった。何でだろう?」
「だから泣いたってか」
「泣いてないわよっ」
「いや、泣いてた。何で迎えに来てくれなかったって責めたじゃないか」
そういう水掛け論はさておき、もうひとつ不思議なことがある。
最近になってジャン妻は「A子さんのくるまで西富岡駅に行ってない。歩いて行った」と言うんです。
そんな訳ない。歩ける距離じゃないです。A子に送って貰ったことを忘れているらしい。自身の判断で駅まで歩いたのなら私を責める筋合いでもないでしょう。「気の効かない人だ」と言われたら確かにそうだが。
置いてった穴埋めに当時行き始めた羅漢町の「〇〇レ」でおごったんじゃなかったかな。何で俺が?
改めて西富岡駅構内を見るとなるほど夜は寂しいかもなって思ったけど、上信電鉄の駅にしてはマシな方ですよ。上信電鉄や上毛電鉄の駅ホームには山から吹きつける上州特有の強風を遮る為に風除け程度の簡易的な待合が必ずあるのですが、少なくともこの駅には駅舎がありますから。
千平駅なんか凄いですよ。



私は見知らぬ場所でも日本国内なら、そこに駅や電車さえあれば孤独を感じないで旅愁を味わう人なのですが、ジャン妻はそういう人種ではなかったのだ。
今だって伊東甲子太郎の許で、名古屋、大阪、博多、札幌とか、人がたくさんいる大都市ばかり。自分は地方ばかりです。高崎や前橋、新潟なんかいい方で、小山、宇都宮、伊勢崎、安中、渋川、太田、西だと藤枝、富士、清水区、そんなんばっか。
後日、またA子に送って貰う際は言った気がする。「彼女を送ってくれて有り難いけど、もうちょっと高崎に近いところにお願いしてもいい?」
「あ、わかりました」
A子はさすがに西富岡駅が遠かったのに気付いたらしい。それからは高崎市街まで送ってくれたそうです。だってA子は高崎市民なんだから。上信電鉄にも乗ったことないそうです。
(そうなんですよ。ではジャン妻が駅まで歩いたという記憶はなんなんだ?異界でも彷徨っていたのだろうか。)
だが駅まで送るという感覚が欠如しているのは酔っ払いA子だけではなく、群馬の子たち全員がそうでしたね。群馬はひとり1台、家の玄関から勤務地までドアツードア、車内は自分だけの世界だからである。
「今思えばA子さんに限らず、駅まで送っていく、そういう文化や習慣が無かったんだろうね」(ジャン妻)
ジャン妻の名誉の為に(何の名誉?)言うと彼女が群馬で泣いたのは、この西富岡駅で泣いたのと、平成25年3月末に上州を引き上げる際に泣いた、その2回だけですね。
じゃぁジャン妻が泣いた話だけでは可哀そうなので、初めて書きますが私が上州で泣いた話。飛ばされた時じゃないですよ。2年の予定が1年で解かれ、上の方から「いつまでこんなところにいるんだ。東京は人が足りないから早く帰って来い」って言われた時です。
あん時は腹が立ったね。飛ばしといて何だよって。こんなところとは何だって。ザケンなって思ったよ。
私らはIRの兼ね合いで上州転勤の箝口令を敷かれたので誰にも言わずにいきなりいなくなったのです。東京神奈川埼玉千葉の社員たちは4月1日になったら私らが突然いなくなったので仰天したそうです。Z女史には言いましたが、他このBlogに登場する子たちに「何で黙っていなくなったの?」「ウチってそういう会社なの?」って詰られましたから。
そりゃ会社命で「行け」って言われたから来たんであって「帰れ」って言われたら戻るのがスジ、当然ですけど。
帰れって言われた夜、私らは通町の酒悦七にいて、マスターのTさんは「あの日、何か様子が変だったですよ」って。あの何も考えてなさそうな人からもそう見えたんだと。
別の日にはくいもの屋亮ででヤケ酒みたいになったし。
「東京の社員に黙ってこっち(上州)に来た。あいつらを捨てたようなものだ。今度はせっかくゼロから関係築いたこっち(上州)の連中を捨てるのかよ」って慟哭した。自分が上州で泣いたのはそん時だけ。そしたら西富岡駅で泣かせたジャン妻から「東京神奈川の子たちが待ってるわよ。その中に群馬の子たちも入れないと」のように宥められた。
飛ばされた時は都落ち気分で塞いでたのに「戻って来い」と言われた時は「帰りたくねぇ」ですからね。今思えば笑っちゃうよ。今だって別に上州の連中を捨てちゃいないし、引き上げた後も関係継続して今日に至ってるから腹立てたり哀しんだりすることもないんだけどね。

で、この後、歩いて向かった先は。。。
駅員さんがパンチでカットした時、プチッっという音がした。
キップの行き先は上州富岡駅になっていますが、途中で気が変った。もう1箇所公用で寄るには時間が無い。どうせ直帰だし。ひとつ手前の駅から歩いてやろうと。



下りたのは・・・。

上信電鉄、西富岡駅、単線1面1線ホーム。
自分はこの駅で下りて街中にある某所、赴任してた頃にお世話になった方にご挨拶に出向いて、その足で富岡製糸場にある路地を歩いたのですが、西富岡駅で過去に何か、気に留めたことがあった筈。


上信電鉄に富岡が付く駅が3つあります。下仁田方面に向かって東富岡駅、上州富岡駅、西富岡駅と続いているのです。
上州が付いているのは、富岡という名前は他にもあるからです。
福島県双葉郡富岡町・・・福島第二原発のあるところ
同じ上州で、高崎市箕郷町富岡・・・箕輪城の南、鳴沢湖の辺り
千葉県にもある。鎌ケ谷市富岡・・・東武野田線・鎌ヶ谷駅のあるところ。
浦安市富岡・・・JR京葉線、舞浜駅と新浦安の間辺り
東京都江東区富岡・・・富岡八幡宮や深川不動尊の門前町
東京都青梅市富岡・・・青梅市の北外れで、最寄駅は西武池袋線の飯能駅か?結構離れているけど。
神奈川県横浜市金沢区富岡・・・最寄駅は京急富岡駅、地元だけど由来はわかりません。
ズラズラ並べましたが他にもあるかも知れない。上信電鉄の東富岡駅は平成2年(1990年)開業の比較的新しい駅で、富岡製糸場の窓口でもある上州富岡駅は明治30年(1897年)に開業、西富岡駅は昭和12年(1937年)に病院前駅として開業したのが昭和26年(1951年に一旦営業中止になり、昭和26年(1951年に現在の駅名で復活、再開したもの。
久々に西富岡駅に下りたら簡易駅舎に女性の駅員さんがいたのです。ホームに出てきた。
ワンマン運転で駅員不在の駅が多いので、そういう駅での下車時は前方車両で運転士が出てきて清算するのですが、この駅では運転士が出てこなかったのは今の時間帯ならその女性駅員さんがいるからでしょう。おそらく会津鉄道の駅のように地元ボランティアか、時間限定の委託業務だと思いますが。

でも前は駅員さんいなかったんです。
前はいなかったっていつだっけ?
西富岡駅に来たのはいつかというと、ここ上州に赴任していた平成24年~翌25年までの・・・
・・・ああ、思い出した。あれか。
ジャン妻がこの駅で泣いた夜だったな。
もう時効かなとジャン妻の許可を得て掲載するものです。自分らが上州に赴任した平成24年春から5月、6月頃かな、その頃のお話。
あの頃の自分は総務、ジャン妻は経理で上州にダブル赴任した。私らを飛ばした上役は更迭されて某所にいますが、当時その上役から「群馬がどういうところかわからないから取り敢えず行ってくれ」って言われたのです。
ジャン妻は上州の経理全般と東京で稼働している清算システムの導入を担当していた。銀行や信用金庫、郵便局にも出向き、何故だかわからないが沢山あり過ぎた口座を整理もしていたのです。開かれてるだけで死んでる口座、死に金がたくさんあったのだ。金額はたいしたことないのに殆ど塩漬け状態の口座だらけ。群銀やしののめ信金他、合わせて20口座ぐらいあったんじゃないかなぁ。
都内と違って上州は100%くるま社会なので、運転しないジャン妻を助手席に乗せて私がハンドル握ってあちこちに運んだのです。駅前にある銀行はひとつも無かったですね。いちばん近くて田町にあるみずほ銀行高崎支店、最も遠かったのが高崎信用金庫室田支店、ここは遠かった。
私もただハンドルを握ってジャン妻の運転士だけをしていたのではないですよ。まず従業員面談。次に賃料の交渉と契約書の巻き直しです。都内と違ってビルのテナントというものが無く、戸建ばかりで仲介の不動産業者も無く、地主さんとの直接折衝した。そこで賃料の見直しをしたり、契約書を書き換えないまでも覚書を取り交わしたりした。先ごろ亡くなった地主さんの家で食べたくもないトマトやトウモロコシ、キュウリを馳走になったりしたものです。
他、行政への届出や新規申請、社用車の名義変更で警察署や運輸局に出向いたり、住民税を会社徴収に変更する為に税務署に出向いたりしていた。
そして現在は廃止して存在しない西毛地区のさる現場、場所は西毛の何処かと思ってください。そこの某勤務地に現在31歳になる聖なる酔っ払い伝説のオンナ・A子25歳がいた。
赴任してふた月経った頃合いだったかな。「いつまでここ(群馬)にいなきゃならないのか」と都落ち気分ですねてた私が羅漢町のロツレ、月輪を知ることになり「この地で生きよう。でもいつまでここにいられるだろうか」に化学変化した最初の頃だったと思う。
ジャン妻をこの西富岡駅に置き去りにしてしまったのですよ。
それも夜分に。
いや、置き去りにしたのは私よりも、酔っ払いオンナA子なのだが。

私が店舗廻りや面談を繰り返す目的のひとつに、いずれ東京本社から直接の指示命令系統を受けさせるにあたり、それを託せる子、抜きんでている事務員は誰なのかを選抜する、というのがあった。
私とジャン妻の目の付け所は若干違っており、ジャン妻は事務員の中から誰がシステム、オンライン、簿記までいかなくても最低限の縦計横計、勘定項目他、事務能力に長けているかを見極めようとした。
私は面談や相談を繰り返して今後の不安を取り除きながら、誰が中核なのか人物を見極めようとしていた。それは逆に言うと性格の悪い子や問題児社員の洗い出しにもつながるのですが、ジャン妻と2人で「あの子はどう?」物色していたのです。
幾人か白羽の矢を立て、その候補者の中に酔っ払いオンナA子、笑ふ女、他にもこのBlogのⅠからⅢに登場した子らがいて、最初はA子に白羽の矢が立ったのです。
私はジャン妻をA子のいる現場に連れてった。営業時間内の通常業務の合間にマンツーマンで基礎を教えたらしい。
今思えば高崎にあった事務所にA子を呼んでもよかったのですが、例え指導とはいえ最初は出向くスタイルを選んだのです。
私はジャン妻をA子がいる現場に乗せたあとは高崎にあった事務所に戻っています。指導時間の終わりが見えなかったから今思えば迎えに行けばよかったのですが「帰りはA子さんに送って貰うから」という希望的予想があったと思う。
教えるだけならまだ陽のある明るい時間に終わった筈ですが、通常営業の合間に指導したので陽が落ちて営業時間終了と相成り、A子は帰宅途中がてらジャン妻を助手席に乗せて「最寄駅まで送ってあげます」だったそうだが、その最寄駅が何故かここ西富岡駅だった。
A子が何でこの駅、西富岡駅にジャン妻を置いてったのか今でもよくわからないのだが、最寄駅でも何でもないのですよ。駅からどこからも離れた場所にあったのです。西富岡でも上州富岡でも東富岡でも遠い。何処が最寄駅かと聞かれても困るくらい。
ジャン妻は西富岡駅に置き去りにされた。電車がなかなか来なかった。都会と違って待ち時間が異様に長く感じられた。
都会の駅と違う。ひとり片田舎の無人ローカル駅に取り残されたジャン妻は寂しさと不安で胸が張り裂けそうだったそうである。ついには高崎の事務所にいた私に電話が架かってきて、
「迎えにきて」
何処にいるのか聞いたら西富岡駅だという。1時間はかからないが40分はかかる。それなら「駅ホームにいるなら電車で帰って来いよ」と言った気がする。
そしたら受話器の向こうで泣きだして涙声で「迎えにきてよ。何で置いてったの?」と泣いて責められた。
置いてった?私が?
置き去りにしたのはA子ではないのか?
でもジャン妻は駅にいるんですよ。待ってればいずれ電車が来るんだし、私が不慣れな上州の暗い夜道をくるまでブッ飛ばして迎えに行くより安全で確実じゃないか。
駅で待ってる時は寂しくても、それだけに来た電車内は暖かくてホッとするものだよ。それが地方鉄道の醍醐味と言ってもジャン妻には通じない人種だったのです。
仕方がないので高崎駅近くにあった事務所からブッ飛ばして迎えに行ったんですよ。冒頭で書いたように富岡と名の付く駅は3つあるので、その中のいちばん西、西富岡駅をナビにインプットしてね。
あの頃は高崎から吉井町に向かって峠越えする県道71号は工事中でヘアピンの連続、岩崎という交差点を左折、途中にあるセブンイレブンを左折して鏑川を渡り、254号に入ってから80km以上トバしました。
おおぎやラーメン富岡店の手前、交番の手前を左折して細い路地に入り、やや減速しながら西富岡駅に付いて目を赤く泣き腫らしたジャン妻を拾ったのがこの辺り。

帰りの車中、最初は重苦しかった。
「何で置いてったのよ。迎えに来てくれればいいじゃない」と責めるんです。
でも置いてったのはA子だし、A子のくるまの車内でもうちょっと交渉できんかったのか。だってA子は高崎市内の観音山の方に実家があるので立派な高崎市民なんですよ。私は後年A子に高崎駅近くまで送って貰ったことが何回もあります。
かといってあの頃はまだA子と今のような信頼関係ができてなかったので「何で西富岡駅なんぞに置き去りにしたんだ」と質すわけにもいかないしさ。
ジャン妻は今でも「1時間待っても電車が来なかったんだよね」と言うんです。
1時間?そんな筈はない。吾妻線じゃあるまいし。置き去りにされた時間をおおよそ当てはめてダイヤを調べてみたら、西富岡発高崎行は18:25、19:08、19:51、20:31・・・
「1時間に2本、30分か40分おきに1本ある筈だぜ」
「いや来なかった。何でだろう?」
「だから泣いたってか」
「泣いてないわよっ」
「いや、泣いてた。何で迎えに来てくれなかったって責めたじゃないか」
そういう水掛け論はさておき、もうひとつ不思議なことがある。
最近になってジャン妻は「A子さんのくるまで西富岡駅に行ってない。歩いて行った」と言うんです。
そんな訳ない。歩ける距離じゃないです。A子に送って貰ったことを忘れているらしい。自身の判断で駅まで歩いたのなら私を責める筋合いでもないでしょう。「気の効かない人だ」と言われたら確かにそうだが。
置いてった穴埋めに当時行き始めた羅漢町の「〇〇レ」でおごったんじゃなかったかな。何で俺が?
改めて西富岡駅構内を見るとなるほど夜は寂しいかもなって思ったけど、上信電鉄の駅にしてはマシな方ですよ。上信電鉄や上毛電鉄の駅ホームには山から吹きつける上州特有の強風を遮る為に風除け程度の簡易的な待合が必ずあるのですが、少なくともこの駅には駅舎がありますから。
千平駅なんか凄いですよ。



私は見知らぬ場所でも日本国内なら、そこに駅や電車さえあれば孤独を感じないで旅愁を味わう人なのですが、ジャン妻はそういう人種ではなかったのだ。
今だって伊東甲子太郎の許で、名古屋、大阪、博多、札幌とか、人がたくさんいる大都市ばかり。自分は地方ばかりです。高崎や前橋、新潟なんかいい方で、小山、宇都宮、伊勢崎、安中、渋川、太田、西だと藤枝、富士、清水区、そんなんばっか。
後日、またA子に送って貰う際は言った気がする。「彼女を送ってくれて有り難いけど、もうちょっと高崎に近いところにお願いしてもいい?」
「あ、わかりました」
A子はさすがに西富岡駅が遠かったのに気付いたらしい。それからは高崎市街まで送ってくれたそうです。だってA子は高崎市民なんだから。上信電鉄にも乗ったことないそうです。
(そうなんですよ。ではジャン妻が駅まで歩いたという記憶はなんなんだ?異界でも彷徨っていたのだろうか。)
だが駅まで送るという感覚が欠如しているのは酔っ払いA子だけではなく、群馬の子たち全員がそうでしたね。群馬はひとり1台、家の玄関から勤務地までドアツードア、車内は自分だけの世界だからである。
「今思えばA子さんに限らず、駅まで送っていく、そういう文化や習慣が無かったんだろうね」(ジャン妻)
ジャン妻の名誉の為に(何の名誉?)言うと彼女が群馬で泣いたのは、この西富岡駅で泣いたのと、平成25年3月末に上州を引き上げる際に泣いた、その2回だけですね。
じゃぁジャン妻が泣いた話だけでは可哀そうなので、初めて書きますが私が上州で泣いた話。飛ばされた時じゃないですよ。2年の予定が1年で解かれ、上の方から「いつまでこんなところにいるんだ。東京は人が足りないから早く帰って来い」って言われた時です。
あん時は腹が立ったね。飛ばしといて何だよって。こんなところとは何だって。ザケンなって思ったよ。
私らはIRの兼ね合いで上州転勤の箝口令を敷かれたので誰にも言わずにいきなりいなくなったのです。東京神奈川埼玉千葉の社員たちは4月1日になったら私らが突然いなくなったので仰天したそうです。Z女史には言いましたが、他このBlogに登場する子たちに「何で黙っていなくなったの?」「ウチってそういう会社なの?」って詰られましたから。
そりゃ会社命で「行け」って言われたから来たんであって「帰れ」って言われたら戻るのがスジ、当然ですけど。
帰れって言われた夜、私らは通町の酒悦七にいて、マスターのTさんは「あの日、何か様子が変だったですよ」って。あの何も考えてなさそうな人からもそう見えたんだと。
別の日にはくいもの屋亮ででヤケ酒みたいになったし。
「東京の社員に黙ってこっち(上州)に来た。あいつらを捨てたようなものだ。今度はせっかくゼロから関係築いたこっち(上州)の連中を捨てるのかよ」って慟哭した。自分が上州で泣いたのはそん時だけ。そしたら西富岡駅で泣かせたジャン妻から「東京神奈川の子たちが待ってるわよ。その中に群馬の子たちも入れないと」のように宥められた。
飛ばされた時は都落ち気分で塞いでたのに「戻って来い」と言われた時は「帰りたくねぇ」ですからね。今思えば笑っちゃうよ。今だって別に上州の連中を捨てちゃいないし、引き上げた後も関係継続して今日に至ってるから腹立てたり哀しんだりすることもないんだけどね。

で、この後、歩いて向かった先は。。。
2019-02-07 09:21
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アクシデンタル [呟き独り言]
今回の渋川行でアクシデントが起きたのです。ズボンのベルトが切れたのだ。
切れたというか外れた。ギザギザで噛むところからブッチ~ンと外れたの。

これはルートイン高崎にチェックインしてからベッドにブン投げた残骸です。

ファミレス焼肉「あおぞら」を出て、ウチの支店に行って打ち合わせして、渋川市合同庁舎に向かって公用を済ませたはいいが、そこの便所が和式で、しゃがんだらブチッと外れたのだよ。しゃがむ時に私の双方の腿の力が加わったらしいのだ。午後3時頃だったと思います。
やれやれ困った。出張中にベルトが壊れるなんて最悪です。都心じゃないから渋川市内にブティックなんてないし、洋服店も見当たらないし。
アクシデントが起きたのは午後です。その後も時間に追われてたのもあって公用中はそのまま動いたのです。
でも運転中も何だか落ち着かない。
くるまから下りて、歩いてるだけでズボン(ズボンって死後か?)スラックスがズルズル下がってしょうがない。
そのスラックスは何年かはいてますが、買った時は今より10kg近く太っていたので(今でも決して痩せちゃいないけど)腹廻りがユルくなっているのです。
昨日の記事では書かなかったですが、この砦を登る際もズリ落ちてタイヘンだったんだから。


ズリ下がるのが気になって足元に集中できないのです。
砦を下りてから伊香保温泉を通って渋川に戻ろうとして、こんな別城に立ち寄ったりしてるし。


石垣で固められた虎口(小口)から先、城域は草ぼうぼうだった。



ここから先はヤブに阻まれて進めず。

撤退しました。


この小散策でもズボンがズリ落ちそうなのを抑え抑えしながら歩いたんですよ。
ときどき鳥瞰図をお借りしている余湖先生の記事と鳥瞰図です。
http://yogochan.my.coocan.jp/gunma/sibukawaikaho.htm

下小屋城とある。城主はわからない。各方面でも武田軍の侵攻に備えて地元・伊香保保地衆たちが築いたとだけ。規模からして村民の避難所のようなものかもしれない。

移動はくるまだからいいようなものの、現地の社員と会う際に下がズリ落ちたらタイヘン。そしたらまたさっき立ち寄ったウチの支店に戻らなくてはならない事項が発生した。戻ったらさっきはいなかった草の者6号がいて、
「〇〇さんっ」
「???」
「アタシの入籍のこと皆に喋ったでしょうっ」
「喋ったよ。え?まさかガセなのか?」
「違いますっ。ガセじゃないですっ」
草6号は赤くなっていたが、そこにいた他の連中は、お相手はどんな方?いつどうやって知り合ったの?・・・オンナどもから質問責めにあって大盛り上がりになった。
草6号は年明けに入籍、転居するので4号に続いて草の任務から解かれる。その6号が「喋ったでしょう?」ったって結局は盛り上げて欲しいんだよね。ネタには旬というものがあるのだじから、今、盛り上がらないでどうすんのよ。
だけどこっちはスラックスがズリ下がるのを押さえながらの立ち話なので落ちつかないったらありゃしない。イマイチそのノリに入っていけないのだ。
そして草6号他と、今後の引き継ぎ・打ち合わせになり、開放されたのが16時前。この時期だとそろそろ上州では陽の落ちる頃合いである。
今夜は高崎泊なのですが。どうする?高崎でベルト買うか。オーパか高島屋で買うか。
でも高いベルトを買わなくてもいいし。取り敢えず今回の出張でズボンが落ちないで無事に乗り切ればいいのだ。
今の時代は何でもスマホで検索できるじゃないですか。もっと早く検索すればよかったのですが、渋川市内のロードサイドに衣料品を扱っている複合商業施設は無いか検索したら「しまむら」がひっかかった。しまむら渋川店を検索したのは、船山史家の呟きⅡの過去記事「何処で服を買ってるんだ」を思い出したのもある。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-05-21
この記事で主役だった子は退職しましたが、この頃は高崎駅前のオーパは無かったので、ウチの子たちはユニクロかしまむらでブラウスを買っていたのです。安中市の子は碓氷峠を越えて軽井沢
渋川のしまむらは、三国街道の行幸田という交差点を東に向かって、MAC、すき家渋川有馬店、米沢亭渋川店のある交差点を関越道渋川IC方面に曲がって、JR上越線を跨ぐ陸橋の手前にある。ファッションセンターしまむらの大看板が見えてきた。

その辺りはダダッ広い敷地に、ヤマダ電機、イエローハット、カインズ、ココス、群馬トヨタ、WonderREX (リサイクルショップ?)らがあって、しまむらは商業施設の奥、上越線側にあってその看板が見えた。

私はしまむらは日常行かないです。
ユニクロも行かないし。カジュアルな服は未だに持ってません。バカにしてるんじゃないですよ。路線が違うだけです。着たいと思う服が置いてないもん。
下着、靴下ぐらいは買ったことあるかもしれない。
おや?しまむらまで行かなくてもその手前にユニクロがあるぞ。しまむらよりユニクロにするか。
下半身を、スラックスを押さえながら店に飛び込んだ。
店内は閑散としていた。
レジにいたおねえさんにいきなり、
「ベルトないかな?」
「ベルトですか?」
「切れちまってよ」
「えっ??」
切れたというか、噛んでた部分から外れて修復できなくなったのだが。
おねいさんは船山温泉スタッフのようなインカムで「〇〇レジ離れます」と言ってから「それはタイヘンだわ」とばかりに急いで私を売り場に案内してくれた。店内はスタッフが少なそうである。

ベルトコーナーです。
「どれでもいい」
「Lサイズでよろしいですか?」
「多分」
MサイズやSサイズの訳がないし。
「お色は?黒でよろしいですか?」
そこらにある適当なのでいいのだが。
「締めてみてください。」
締めたらバッチリ合った。
「じゃぁこれにする。このまんま締めてっていいか?」
おねいさんは「ハイ、では失礼します」と言いながら、私のウエストに締めた状態のベルトのJANコードに端末を当てた。
レジに駆け戻るところ。

3300円くらいだったと思う。
「助かったぜ。今日1日、ずーっとこうやって落ちないように抑えてたんだよ」
「えぇ~っ!!」
1日ではなく半日だが。ベルトを締めたら気が楽になった。それまで下がらないように抑えてた左腕も軽くなった。もっと早い時間に来ればよかったぜ。


翌日もヘンなアクシデントがあったのです。
この写真は伊勢崎駅南口ですが。

ここから伊勢崎市内の行政に向かってトボトボ歩いていたら犬のフ〇をベチャッと踏んづけたんですよ。
まぁデッカいものを落としてあったね。歩道のド真ん中でしたよ。
飼い主さんちゃんと始末せいよって。でもオトしたのは飼い犬ではなくて野良犬だろうか。渋川もそうですが赤城山麓には野犬が多いのです。もとからの野犬ではなく、飼ってた犬を捨てに来るんだって。(渋川タクシー談)
渋川市内にある合同庁舎敷地内には檻がたくさん積んであるの。野犬を保護する為です。いちど見ましたよ。毛並みがボロボロの犬が暴れてた。
保護ったって引き取り手が無ければ結局あれですよ。可哀そうだよな。
で、そのアクシデントの処理が面倒で。そこらの雑草でゴシゴシ擦っても全部は落ちないじゃないですか。コンビニで安いハブラシと水を買って、そこらのU字溝で靴をゴシゴシ洗ったんですよ。
洗っているウチに腹が立ってきた。こん時は群馬のこういう風土が忌々しくなったね。
ふと見たら、停車しているくるまから老夫婦がじーっと私を見てるんです。ゴシゴシ洗ってる私を。
「何だよ、見んじゃねぇよ」って口に出しましたよ。こっちは見て欲しくないんだからさ。向こうには聞こえなかったと思うけど私の口の動きで通じたと思うな。
ガムでも踏んだか、フ〇を踏んづけたかってわかったんじゃないかな。
なかなか落ちなかった。靴裏って滑り防止の為に溝があるじゃないですか。そこにこびりついてるの。

伊勢崎から本庄までバスったのですが、バスの車内でもずーっと足裏が気分悪かったです。この靴裏のままで1日過ごすのかと。
歩きながらわざとその辺の日陰に残ってた水たまりを踏んで靴裏をゴシゴシ、ビチャビチャ濡らしたりした。知らない人が見たらアイツ何やってんだ?って思われただろう。
翌朝になったら忘れてましたけどね。







で、高崎に戻ったところ。陽は沈んでいます。日の入りが早くて。
一旦ホテルにインして、冒頭の写真撮って、新しく買ったベルトで引き締まった腹を撫でながら、向かった店は?
切れたというか外れた。ギザギザで噛むところからブッチ~ンと外れたの。

これはルートイン高崎にチェックインしてからベッドにブン投げた残骸です。

ファミレス焼肉「あおぞら」を出て、ウチの支店に行って打ち合わせして、渋川市合同庁舎に向かって公用を済ませたはいいが、そこの便所が和式で、しゃがんだらブチッと外れたのだよ。しゃがむ時に私の双方の腿の力が加わったらしいのだ。午後3時頃だったと思います。
やれやれ困った。出張中にベルトが壊れるなんて最悪です。都心じゃないから渋川市内にブティックなんてないし、洋服店も見当たらないし。
アクシデントが起きたのは午後です。その後も時間に追われてたのもあって公用中はそのまま動いたのです。
でも運転中も何だか落ち着かない。
くるまから下りて、歩いてるだけでズボン(ズボンって死後か?)スラックスがズルズル下がってしょうがない。
そのスラックスは何年かはいてますが、買った時は今より10kg近く太っていたので(今でも決して痩せちゃいないけど)腹廻りがユルくなっているのです。
昨日の記事では書かなかったですが、この砦を登る際もズリ落ちてタイヘンだったんだから。


ズリ下がるのが気になって足元に集中できないのです。
砦を下りてから伊香保温泉を通って渋川に戻ろうとして、こんな別城に立ち寄ったりしてるし。


石垣で固められた虎口(小口)から先、城域は草ぼうぼうだった。



ここから先はヤブに阻まれて進めず。

撤退しました。


この小散策でもズボンがズリ落ちそうなのを抑え抑えしながら歩いたんですよ。
ときどき鳥瞰図をお借りしている余湖先生の記事と鳥瞰図です。
http://yogochan.my.coocan.jp/gunma/sibukawaikaho.htm

下小屋城とある。城主はわからない。各方面でも武田軍の侵攻に備えて地元・伊香保保地衆たちが築いたとだけ。規模からして村民の避難所のようなものかもしれない。

移動はくるまだからいいようなものの、現地の社員と会う際に下がズリ落ちたらタイヘン。そしたらまたさっき立ち寄ったウチの支店に戻らなくてはならない事項が発生した。戻ったらさっきはいなかった草の者6号がいて、
「〇〇さんっ」
「???」
「アタシの入籍のこと皆に喋ったでしょうっ」
「喋ったよ。え?まさかガセなのか?」
「違いますっ。ガセじゃないですっ」
草6号は赤くなっていたが、そこにいた他の連中は、お相手はどんな方?いつどうやって知り合ったの?・・・オンナどもから質問責めにあって大盛り上がりになった。
草6号は年明けに入籍、転居するので4号に続いて草の任務から解かれる。その6号が「喋ったでしょう?」ったって結局は盛り上げて欲しいんだよね。ネタには旬というものがあるのだじから、今、盛り上がらないでどうすんのよ。
だけどこっちはスラックスがズリ下がるのを押さえながらの立ち話なので落ちつかないったらありゃしない。イマイチそのノリに入っていけないのだ。
そして草6号他と、今後の引き継ぎ・打ち合わせになり、開放されたのが16時前。この時期だとそろそろ上州では陽の落ちる頃合いである。
今夜は高崎泊なのですが。どうする?高崎でベルト買うか。オーパか高島屋で買うか。
でも高いベルトを買わなくてもいいし。取り敢えず今回の出張でズボンが落ちないで無事に乗り切ればいいのだ。
今の時代は何でもスマホで検索できるじゃないですか。もっと早く検索すればよかったのですが、渋川市内のロードサイドに衣料品を扱っている複合商業施設は無いか検索したら「しまむら」がひっかかった。しまむら渋川店を検索したのは、船山史家の呟きⅡの過去記事「何処で服を買ってるんだ」を思い出したのもある。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-05-21
この記事で主役だった子は退職しましたが、この頃は高崎駅前のオーパは無かったので、ウチの子たちはユニクロかしまむらでブラウスを買っていたのです。安中市の子は碓氷峠を越えて軽井沢
渋川のしまむらは、三国街道の行幸田という交差点を東に向かって、MAC、すき家渋川有馬店、米沢亭渋川店のある交差点を関越道渋川IC方面に曲がって、JR上越線を跨ぐ陸橋の手前にある。ファッションセンターしまむらの大看板が見えてきた。

その辺りはダダッ広い敷地に、ヤマダ電機、イエローハット、カインズ、ココス、群馬トヨタ、WonderREX (リサイクルショップ?)らがあって、しまむらは商業施設の奥、上越線側にあってその看板が見えた。

私はしまむらは日常行かないです。
ユニクロも行かないし。カジュアルな服は未だに持ってません。バカにしてるんじゃないですよ。路線が違うだけです。着たいと思う服が置いてないもん。
下着、靴下ぐらいは買ったことあるかもしれない。
おや?しまむらまで行かなくてもその手前にユニクロがあるぞ。しまむらよりユニクロにするか。
下半身を、スラックスを押さえながら店に飛び込んだ。
店内は閑散としていた。
レジにいたおねえさんにいきなり、
「ベルトないかな?」
「ベルトですか?」
「切れちまってよ」
「えっ??」
切れたというか、噛んでた部分から外れて修復できなくなったのだが。
おねいさんは船山温泉スタッフのようなインカムで「〇〇レジ離れます」と言ってから「それはタイヘンだわ」とばかりに急いで私を売り場に案内してくれた。店内はスタッフが少なそうである。

ベルトコーナーです。
「どれでもいい」
「Lサイズでよろしいですか?」
「多分」
MサイズやSサイズの訳がないし。
「お色は?黒でよろしいですか?」
そこらにある適当なのでいいのだが。
「締めてみてください。」
締めたらバッチリ合った。
「じゃぁこれにする。このまんま締めてっていいか?」
おねいさんは「ハイ、では失礼します」と言いながら、私のウエストに締めた状態のベルトのJANコードに端末を当てた。
レジに駆け戻るところ。

3300円くらいだったと思う。
「助かったぜ。今日1日、ずーっとこうやって落ちないように抑えてたんだよ」
「えぇ~っ!!」
1日ではなく半日だが。ベルトを締めたら気が楽になった。それまで下がらないように抑えてた左腕も軽くなった。もっと早い時間に来ればよかったぜ。


翌日もヘンなアクシデントがあったのです。
この写真は伊勢崎駅南口ですが。

ここから伊勢崎市内の行政に向かってトボトボ歩いていたら犬のフ〇をベチャッと踏んづけたんですよ。
まぁデッカいものを落としてあったね。歩道のド真ん中でしたよ。
飼い主さんちゃんと始末せいよって。でもオトしたのは飼い犬ではなくて野良犬だろうか。渋川もそうですが赤城山麓には野犬が多いのです。もとからの野犬ではなく、飼ってた犬を捨てに来るんだって。(渋川タクシー談)
渋川市内にある合同庁舎敷地内には檻がたくさん積んであるの。野犬を保護する為です。いちど見ましたよ。毛並みがボロボロの犬が暴れてた。
保護ったって引き取り手が無ければ結局あれですよ。可哀そうだよな。
で、そのアクシデントの処理が面倒で。そこらの雑草でゴシゴシ擦っても全部は落ちないじゃないですか。コンビニで安いハブラシと水を買って、そこらのU字溝で靴をゴシゴシ洗ったんですよ。
洗っているウチに腹が立ってきた。こん時は群馬のこういう風土が忌々しくなったね。
ふと見たら、停車しているくるまから老夫婦がじーっと私を見てるんです。ゴシゴシ洗ってる私を。
「何だよ、見んじゃねぇよ」って口に出しましたよ。こっちは見て欲しくないんだからさ。向こうには聞こえなかったと思うけど私の口の動きで通じたと思うな。
ガムでも踏んだか、フ〇を踏んづけたかってわかったんじゃないかな。
なかなか落ちなかった。靴裏って滑り防止の為に溝があるじゃないですか。そこにこびりついてるの。

伊勢崎から本庄までバスったのですが、バスの車内でもずーっと足裏が気分悪かったです。この靴裏のままで1日過ごすのかと。
歩きながらわざとその辺の日陰に残ってた水たまりを踏んで靴裏をゴシゴシ、ビチャビチャ濡らしたりした。知らない人が見たらアイツ何やってんだ?って思われただろう。
翌朝になったら忘れてましたけどね。







で、高崎に戻ったところ。陽は沈んでいます。日の入りが早くて。
一旦ホテルにインして、冒頭の写真撮って、新しく買ったベルトで引き締まった腹を撫でながら、向かった店は?
2018-12-11 06:36
コメント(2)
やらない理由 [呟き独り言]
Blogで最初っからずーっとソネブロを使っています。
それしか知らないのと、操作が簡単だし。性格的に新しもの好きじゃないのです。
ソネブロから他へ引っ越しをススメられたこともありますが、そこまでしなくてもいいかな。
最近、ソネブロで記事を更新、ストアすると、管理画面に毎回毎回表示されるのがこれ。

「公開された記事をSNSで共有しませんか?」
「Twitterで共有する」
「Facebookで共有する」
いつも「閉じる」しか押したことないです。広告もそうだが、管理画面がズレるのがイヤなんだよね。
「Twitterで共有する」をクリックしたらこんなのが出てきた。

「Facebookで共有する」だとこれ。

でもやってないのでここから先に進みようがないのですが。
自室に私とジャン妻のデスクが向かい合うようにくっついていて、私のPCとジャン妻のPCが背中合わせになってて、以下、ジャン妻との会話。
「ちょっとこれ見てよ」
上記画面を見せながら。
「何なのこれ?」
「・・・」
「いっつも出るんだよ。これって必要なのか?」
「必要ないわよ」
「何でさ?」
「アナタには必要ないでしょ。やってないんだから」
何だか冷たい言い方された。
私はこのメッセージを見て、これってやらなきゃいけないものなのか、やった方がいいのかと思っていて聞いたのにさ。
このメッセージにあるFacebook、Twitterはやってません。周囲にやってる人は見たことがあるが。
これらを総じてSNSというそうですね。
「・・・SNSって何?」
「自分で調べなさい。でないと理解できないわよ」
また冷たい言い方された。調べてみたら、ソーシャル・ネットワーキング・サービスの略で、へぇ~いろいろあるぞ。聞いたことないのもある。、
「へぇ、Facebook、Twitter、Instagram、LINEとかもそうなんだ・・・」
「・・・」
「俺は何ひとつやってないぞ」
「・・・」
ジャン妻が私の問いかけに対してつれない返事をしたのと「・・・」沈黙したのは、私が話しかけた際に、ジャン妻は伊東甲子太郎に提示するプレゼンデータ、私の理解できない世界に没頭していたらしい。
少し経ってから言うには、
「アナタはTwitterもFacebookもInstagramもやる必要ないでしょ」
「だからその必要無い意味がわかんないんだけど」
「自分で調べなさい。何でもかんでも私に聞かないの」
で、調べてみて、自分也にわかったことは。(不必要という意味で)
LINEはやらない。Cメールで充分。やる必要性が無い。
部下の女性社員から親しみを込めて?「LINEやらないんですか?」と言われたことが数回あるよこれでも。
「LINEをやると、LINEで『いついつで辞めます』っていうヤツが必ずいるから」という理由でお断りした。LINEをやっていない私宛に届く訳はないが、他で実際そういう事例があったのである。これからもLINEはやらないと思う。
「何でやらないんですか?」って聞かれたこともありますが、やらなきゃいけない訳でもあるまい。
ジャン妻とCメールのようなメッセージはやっています。第三者が入って来れない当人同士だけのものです。
本社でひとり、周りから浮きがちな子がいまして。あまり仕事ができるとは言い難い子で、仕事ができないから信頼関係がなかなか構築できない子なのです。なのに「LINE教えてください」を連発して周囲から大ヒンシュクを買った。誰も教えなかったそうです。「まだ半人前なのにLINEで甘えるとは何事よ」って。
私も聞かれたが、LINEやってないから「やってないよ」としか答えようがないのだが。
そしたら困ったことに「皆が私を嫌っています」と言うんだな。
「そうじゃないよ」と上司に会議室に呼ばれて注意され、その子、上司、私と3人、フォローの為に何故かこの店に行き・・・

「会社は友人を作るところじゃない。仕事ができるようになれば好き嫌いなんて関係ないし、LINEは要らないんだ。期限までに仕事ができて初めて信頼関係が築けるんだよ」と私にしては珍しくマトモなことを言ったの。
この時に考えたのですが「LINE教えてください」と迫られても誰も教えなかったということは「私はアナタが好きじゃありません」と宣告したに等しいよね。
その子も「教えてくれないんだ。嫌われてるんだ」ってなるじゃないですか。そんなメンタル状態で私の口から「仕事ができるようになれば関係築けるよ」と言われても、嫌われてる悲しさが先行して私のコメントがどこまで理解できたかわからんまま散会したのですよ。
スパムステーキを「美味しい美味しい」言うてましたけどね。

自分はLINEをやってしまうと差障りがあるのですよ。
上州にいる草の者6号(私の陰の部下、ある特定の業務だけ直に指示していいことになっている。)から聞いた話。彼女は同世代の社員たちとLINEで繋がっているのだが、中には「辞める辞める辞める辞める辞める」ってLINEで投げつけてくる子がいると。
上司の悪口とかね。
他にも、給料が少ししかUpしてないとか。他社の同期に比べてどうこうとか。
同僚の悪口、陰口とか流れてくるそうですよ。
相手は「この人(6号)だったら言ってもいい」と思ってそういうのを流してくるのだろうけど。私は困るんですそういうの。これでも管理職なので、何かブゥブゥ言って来たら「それは公式に宣言してるのか?だったら受けるよ。聞くよ」なのです。業務メールはあっても、業務LINEは無いので、LINEで「辞める」だと正式な文書、表明にならないのだ。
それに私は公には社員の好き嫌いを公言できない立場で、本当は好き嫌いを言ってはいけないのです。よく登場する「ソリの合わないオンナ」のことを「ったくあのオンナは・・・」周囲にブツクサ言ってますが単に性格が合わないだけで、10数年一緒にいるので会社的には同じ方向を向いてはいるのです。バンドメンバーに合わない同士がいたりするじゃないですか。それと同じようなもの。
社員に対して公平に接しなくてはならない立場なのにLINEで関係を作ってしまうと、やってない第三者から「〇〇さん(私のこと)はこの社員に対しては好意的で、この社員のことは嫌ってるのかも?」と見られてしまう。
6号から聞いた「辞める辞める辞める辞める辞める」は単なる愚痴かも知れないが、そんなメッセージを不特定多数の社員からドッと流れてきたらこっちもアタマが疲れますよね。
前述のあまり仕事ができない子に誰もLINEを教えたがらないのは仕事のグチや甘えがLINEで来るからに決まってる。仕事ができるようになって、認められればいいだけのことだよ。
LINEについて長くなってしまった。次にTwitter、ツイート、呟きは140文字の制限があるので私がやる意味は全くないな。このBlogでもっともっと長文でブツクサ呟いてるし。呟きがボヤキになったりしてるし。
Facebookは本名、実名での登録を義務化しているので、匿名性が全く無いからやりようがないし、できない。やらない方がいいと思った。
私をこの世界や船山温泉に導いてくれた師匠が言っていたのです。「この世界で長くいるには匿名性を維持すること」って。まだLINEやTwitterやFacebookが無かった頃ですけどね。
いいところもある。上州高崎にあるこの店のマスターは、Facebookで本日のおススメを配信すると売上があがるそうです。

マスターは餃子に拘りが強く「何処に食べに行っても自分の好みの餃子に出逢えないから自分がホントに美味しいと思う餃子は自分で作るしかない」と思い立ち、店の看板メニューにしたのですが、Facebookで「本日餃子あります」なんて入れると、店に来るお客さんほぼ全員が「餃子」「餃子」「餃子」をオーダーするので「ウチは餃子屋さんじゃありません他のメニューも食べてください」とやるハメになった。
Facebookはそういう効果がある。本名、実名、店名、宿名、それらがある程度の信頼関係があっての世界だから、その先に「ご新規のお客さんを連れてくる」ので結果が出るのです。紙媒体のチラシなんかよりぜんぜん費用対効果があるって。
だからBlogをちっとも更新しないこの宿、Facebookの方は多少は更新しているのが最近わかったのですが。

「年に2回しか更新してないの?」(ジャン妻)
「ハイ・・・お正月とクリスマスだけ・・・」
「Instaに変えればいいのに」(ジャン妻)
Blog向いてないと言ったも同然ですが。もっとも2部屋しかないから、集客数をあげる為だったらやる意味ないかも知れないけどね。でもファンは行けないまでも見たいと思うのだ。
黒板メニューのこの店も以前はBlogはあったのですが、マスターがあまりに筆不精なのでInstaに変えたそうです。そしたら大ブレイクして連日満席になりちっとも予約が取れないのだ。Instaのせいだと思ってるけどね。

で、そのInstagram、通称インスタですが。
「Instagramって何だ?」
「ミニブログよ。写真を貼ってそれにコメントをつけるの」
佐奈田堂氏のInstagramを見たらそこで氏はこう仰っている。引用で申し訳ないのですが「このBlogと内容は大分ダブりますが・・・(途中略)・・・まー写真メモっすねコレ」
写真メモか。Blogと重なる写真、内容もありましたな。なるほどミニブログだね。
ジャン妻はInstaにある佐奈田堂氏の顔写真に驚き、氏が最近になって一度に食べたらしい?吉野家の生姜焼(豚、牛、鶏)の3皿同時写真に唸っていた。ご飯特盛だし。
でも写真って1枚しか貼れないんですかね?
「Instaやりたいの?」
「・・・」
「やりたいんだったらやれば?でもやる意味あるの?」
何かひっかかる言い方である。そしたら次に出た台詞はトドメを刺すものだった。
「Instaで楽したいのアナタ?」
「!!!」
「アナタは毎日毎日Blog更新しているでしょう。それも結構なボリュームを。InstaとBlogじゃボリュームやレベルが違うわよ。だからやる必要無いと思うの」
これは私への叱咤激励なのだろうか。「毎日Blog更新するのを継続しなさい」と言われたようなもの。
確かに毎日更新するこのBlogで充分手一杯である。とても他をやる余裕は無いかも知れない。やってみないと何ともいえないが、Instaに手を出したらこのBlogはめんどくなって手抜きになるかも知れない。毎日更新なんてかったるくなって止めるだろう。
「何か弊害でもあるのかな」
「アタシだってそういうのやってないんだからわかんないよ」
そう言われたのでSNSについて簡単丁寧なサイトを見ました。弊害もいろいろ見ました。こういうことが起きるんだと。結果、自分は今のBlogだけにします。
Insta映えなんてのにも縁が無さそうである。たいした写真無いし。
次回、佐奈田堂氏に会ったら聞いてみようと思っている。「Instaに走るとBlogの更新は滞るものなんですかね?」って。
別にLINEやTwitterやFacebookやInstaやってる人を否定しているんじゃないですよ。では出勤します。
それしか知らないのと、操作が簡単だし。性格的に新しもの好きじゃないのです。
ソネブロから他へ引っ越しをススメられたこともありますが、そこまでしなくてもいいかな。
最近、ソネブロで記事を更新、ストアすると、管理画面に毎回毎回表示されるのがこれ。

「公開された記事をSNSで共有しませんか?」
「Twitterで共有する」
「Facebookで共有する」
いつも「閉じる」しか押したことないです。広告もそうだが、管理画面がズレるのがイヤなんだよね。
「Twitterで共有する」をクリックしたらこんなのが出てきた。

「Facebookで共有する」だとこれ。

でもやってないのでここから先に進みようがないのですが。
自室に私とジャン妻のデスクが向かい合うようにくっついていて、私のPCとジャン妻のPCが背中合わせになってて、以下、ジャン妻との会話。
「ちょっとこれ見てよ」
上記画面を見せながら。
「何なのこれ?」
「・・・」
「いっつも出るんだよ。これって必要なのか?」
「必要ないわよ」
「何でさ?」
「アナタには必要ないでしょ。やってないんだから」
何だか冷たい言い方された。
私はこのメッセージを見て、これってやらなきゃいけないものなのか、やった方がいいのかと思っていて聞いたのにさ。
このメッセージにあるFacebook、Twitterはやってません。周囲にやってる人は見たことがあるが。
これらを総じてSNSというそうですね。
「・・・SNSって何?」
「自分で調べなさい。でないと理解できないわよ」
また冷たい言い方された。調べてみたら、ソーシャル・ネットワーキング・サービスの略で、へぇ~いろいろあるぞ。聞いたことないのもある。、
「へぇ、Facebook、Twitter、Instagram、LINEとかもそうなんだ・・・」
「・・・」
「俺は何ひとつやってないぞ」
「・・・」
ジャン妻が私の問いかけに対してつれない返事をしたのと「・・・」沈黙したのは、私が話しかけた際に、ジャン妻は伊東甲子太郎に提示するプレゼンデータ、私の理解できない世界に没頭していたらしい。
少し経ってから言うには、
「アナタはTwitterもFacebookもInstagramもやる必要ないでしょ」
「だからその必要無い意味がわかんないんだけど」
「自分で調べなさい。何でもかんでも私に聞かないの」
で、調べてみて、自分也にわかったことは。(不必要という意味で)
LINEはやらない。Cメールで充分。やる必要性が無い。
部下の女性社員から親しみを込めて?「LINEやらないんですか?」と言われたことが数回あるよこれでも。
「LINEをやると、LINEで『いついつで辞めます』っていうヤツが必ずいるから」という理由でお断りした。LINEをやっていない私宛に届く訳はないが、他で実際そういう事例があったのである。これからもLINEはやらないと思う。
「何でやらないんですか?」って聞かれたこともありますが、やらなきゃいけない訳でもあるまい。
ジャン妻とCメールのようなメッセージはやっています。第三者が入って来れない当人同士だけのものです。
本社でひとり、周りから浮きがちな子がいまして。あまり仕事ができるとは言い難い子で、仕事ができないから信頼関係がなかなか構築できない子なのです。なのに「LINE教えてください」を連発して周囲から大ヒンシュクを買った。誰も教えなかったそうです。「まだ半人前なのにLINEで甘えるとは何事よ」って。
私も聞かれたが、LINEやってないから「やってないよ」としか答えようがないのだが。
そしたら困ったことに「皆が私を嫌っています」と言うんだな。
「そうじゃないよ」と上司に会議室に呼ばれて注意され、その子、上司、私と3人、フォローの為に何故かこの店に行き・・・

「会社は友人を作るところじゃない。仕事ができるようになれば好き嫌いなんて関係ないし、LINEは要らないんだ。期限までに仕事ができて初めて信頼関係が築けるんだよ」と私にしては珍しくマトモなことを言ったの。
この時に考えたのですが「LINE教えてください」と迫られても誰も教えなかったということは「私はアナタが好きじゃありません」と宣告したに等しいよね。
その子も「教えてくれないんだ。嫌われてるんだ」ってなるじゃないですか。そんなメンタル状態で私の口から「仕事ができるようになれば関係築けるよ」と言われても、嫌われてる悲しさが先行して私のコメントがどこまで理解できたかわからんまま散会したのですよ。
スパムステーキを「美味しい美味しい」言うてましたけどね。

自分はLINEをやってしまうと差障りがあるのですよ。
上州にいる草の者6号(私の陰の部下、ある特定の業務だけ直に指示していいことになっている。)から聞いた話。彼女は同世代の社員たちとLINEで繋がっているのだが、中には「辞める辞める辞める辞める辞める」ってLINEで投げつけてくる子がいると。
上司の悪口とかね。
他にも、給料が少ししかUpしてないとか。他社の同期に比べてどうこうとか。
同僚の悪口、陰口とか流れてくるそうですよ。
相手は「この人(6号)だったら言ってもいい」と思ってそういうのを流してくるのだろうけど。私は困るんですそういうの。これでも管理職なので、何かブゥブゥ言って来たら「それは公式に宣言してるのか?だったら受けるよ。聞くよ」なのです。業務メールはあっても、業務LINEは無いので、LINEで「辞める」だと正式な文書、表明にならないのだ。
それに私は公には社員の好き嫌いを公言できない立場で、本当は好き嫌いを言ってはいけないのです。よく登場する「ソリの合わないオンナ」のことを「ったくあのオンナは・・・」周囲にブツクサ言ってますが単に性格が合わないだけで、10数年一緒にいるので会社的には同じ方向を向いてはいるのです。バンドメンバーに合わない同士がいたりするじゃないですか。それと同じようなもの。
社員に対して公平に接しなくてはならない立場なのにLINEで関係を作ってしまうと、やってない第三者から「〇〇さん(私のこと)はこの社員に対しては好意的で、この社員のことは嫌ってるのかも?」と見られてしまう。
6号から聞いた「辞める辞める辞める辞める辞める」は単なる愚痴かも知れないが、そんなメッセージを不特定多数の社員からドッと流れてきたらこっちもアタマが疲れますよね。
前述のあまり仕事ができない子に誰もLINEを教えたがらないのは仕事のグチや甘えがLINEで来るからに決まってる。仕事ができるようになって、認められればいいだけのことだよ。
LINEについて長くなってしまった。次にTwitter、ツイート、呟きは140文字の制限があるので私がやる意味は全くないな。このBlogでもっともっと長文でブツクサ呟いてるし。呟きがボヤキになったりしてるし。
Facebookは本名、実名での登録を義務化しているので、匿名性が全く無いからやりようがないし、できない。やらない方がいいと思った。
私をこの世界や船山温泉に導いてくれた師匠が言っていたのです。「この世界で長くいるには匿名性を維持すること」って。まだLINEやTwitterやFacebookが無かった頃ですけどね。
いいところもある。上州高崎にあるこの店のマスターは、Facebookで本日のおススメを配信すると売上があがるそうです。

マスターは餃子に拘りが強く「何処に食べに行っても自分の好みの餃子に出逢えないから自分がホントに美味しいと思う餃子は自分で作るしかない」と思い立ち、店の看板メニューにしたのですが、Facebookで「本日餃子あります」なんて入れると、店に来るお客さんほぼ全員が「餃子」「餃子」「餃子」をオーダーするので「ウチは餃子屋さんじゃありません他のメニューも食べてください」とやるハメになった。
Facebookはそういう効果がある。本名、実名、店名、宿名、それらがある程度の信頼関係があっての世界だから、その先に「ご新規のお客さんを連れてくる」ので結果が出るのです。紙媒体のチラシなんかよりぜんぜん費用対効果があるって。
だからBlogをちっとも更新しないこの宿、Facebookの方は多少は更新しているのが最近わかったのですが。

「年に2回しか更新してないの?」(ジャン妻)
「ハイ・・・お正月とクリスマスだけ・・・」
「Instaに変えればいいのに」(ジャン妻)
Blog向いてないと言ったも同然ですが。もっとも2部屋しかないから、集客数をあげる為だったらやる意味ないかも知れないけどね。でもファンは行けないまでも見たいと思うのだ。
黒板メニューのこの店も以前はBlogはあったのですが、マスターがあまりに筆不精なのでInstaに変えたそうです。そしたら大ブレイクして連日満席になりちっとも予約が取れないのだ。Instaのせいだと思ってるけどね。

で、そのInstagram、通称インスタですが。
「Instagramって何だ?」
「ミニブログよ。写真を貼ってそれにコメントをつけるの」
佐奈田堂氏のInstagramを見たらそこで氏はこう仰っている。引用で申し訳ないのですが「このBlogと内容は大分ダブりますが・・・(途中略)・・・まー写真メモっすねコレ」
写真メモか。Blogと重なる写真、内容もありましたな。なるほどミニブログだね。
ジャン妻はInstaにある佐奈田堂氏の顔写真に驚き、氏が最近になって一度に食べたらしい?吉野家の生姜焼(豚、牛、鶏)の3皿同時写真に唸っていた。ご飯特盛だし。
でも写真って1枚しか貼れないんですかね?
「Instaやりたいの?」
「・・・」
「やりたいんだったらやれば?でもやる意味あるの?」
何かひっかかる言い方である。そしたら次に出た台詞はトドメを刺すものだった。
「Instaで楽したいのアナタ?」
「!!!」
「アナタは毎日毎日Blog更新しているでしょう。それも結構なボリュームを。InstaとBlogじゃボリュームやレベルが違うわよ。だからやる必要無いと思うの」
これは私への叱咤激励なのだろうか。「毎日Blog更新するのを継続しなさい」と言われたようなもの。
確かに毎日更新するこのBlogで充分手一杯である。とても他をやる余裕は無いかも知れない。やってみないと何ともいえないが、Instaに手を出したらこのBlogはめんどくなって手抜きになるかも知れない。毎日更新なんてかったるくなって止めるだろう。
「何か弊害でもあるのかな」
「アタシだってそういうのやってないんだからわかんないよ」
そう言われたのでSNSについて簡単丁寧なサイトを見ました。弊害もいろいろ見ました。こういうことが起きるんだと。結果、自分は今のBlogだけにします。
Insta映えなんてのにも縁が無さそうである。たいした写真無いし。
次回、佐奈田堂氏に会ったら聞いてみようと思っている。「Instaに走るとBlogの更新は滞るものなんですかね?」って。
別にLINEやTwitterやFacebookやInstaやってる人を否定しているんじゃないですよ。では出勤します。
2018-11-02 08:17
コメント(6)
ジャン、群馬に行きたいってよ [呟き独り言]
第二の故郷、群馬に還れない日々が続いた。
10月にデカい業務が入って多忙だったのと、これまでのように自分で動くのではなく、東京本社にいて草の者(正式所属は違う部下たち)10人へ指示する側に転じたからです。
このトシになるまで人を使うのに慣れてなかったのでタイヘンでした。草の者10人と準・草の者8人を駆使して何とか完遂しましたが。
第二の故郷が遠くなった。
殆どずっと東京本社にいたからです。草の届かない地域は自分で廻ったが群馬には行かなかった。行ってる場合じゃなかったのです。
それは群馬の陰の配下・草6号のせいでもある。任せられるようになったから。
もっとも6号は、私が指示すると最初だけオドオドする。
「そ、それ、私に・・・できるでしょうか」
「自分がやろうか」
「だ、だ、大丈夫です行きますっ」
もっとも6号に限らず草たちは全員が頑固で、私が「無理かな?厳しいかな?と水を向けると「いえ自分がやります」と言い張るのですよ。
「それはアナタに仕事ができないと思われたくないのよ」(ジャン妻)
6号は普段はオトなしいが、これまでやったことがない内容や、イレギュラーた対応を依頼すると、
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
口を横に引っ張ったようなカオをして過剰に反応するのです。
「さような声を出すな」
「ス、スミマセン」
「何をオドオドしているか?」
「それって自分やったことないんで」
「誰でも最初はそうさ。やってみぃ
「ハ・・・、ハイ・・・」」
数日経ってから、
「上手くいきましたぁ」
いつもこの繰り返しです。やりゃぁできるのにいつまで経っても最初は自分に自信が持てない子。
もう本年度は還るチャンスはないかなと思った。
それは草6号が成長したから。喜ばないといけないのだが。
諦めかけていたところへ、群馬のお友達から届いた1通の写メ。。。

雪化粧をうっすらと。
赤城?
榛名?
浅間かな?
これで心の中に消えかかった埋み火が少しだけ点いた。何か群馬の案件はないか?

小さい案件がひとつある。高崎市。
これに前橋の案件を追加。これで2件。
これだけだと宿泊許可が出ないな~。北関東で何かないか?
栃木県小山市の案件があるのですが、大宮を起点にするとVの字に分れてしまう。間を結ぶ両毛線でチンタラ移動するのはシンドい。
そこで西埼玉、本庄市のネタを組み込んだ。

平日の午後、夕方、本庄市に立ち寄った。本庄早稲田で下車。
本庄市は高崎泊を正統なものにする為のダミーで、ここ埼玉県域、西の外れに夕刻にアポを取ることで、群馬の中核都市である高崎市の担当者とは「翌日の朝9時台にアポが取れたのです」ということにしたのだ。
ということで。正式にOKが出た!!
群馬の玄関口に下りる前、本庄市内での公用はあっさり終わり。
JR本庄駅までトボトボ歩いた。
万龍は中休み中だった。

本庄駅、高崎線上り線ホームではなく下り線ホームへ。
今夜は前回のように群馬を目前にして都内に引き返さなくてもいいんだ。


群馬の玄関口に着いた。
「ただいまぐんまちゃん」.

またこの石たちのレプリカが並んで鎮座しているぞ。


「ユネスコ世界の記憶の登録の可否を審議する国際諮問委員会が10月24日からフランス・パリにおいて開かれ、高崎市にある山上碑(やまのうえひ)・多胡碑(たごひ)・金井沢碑(かないざわひ)の3つの石碑「上野三碑」(こうずけさんぴ)が「世界の記憶」に登録されることが決定いたしました。」
この3碑はまだ日本に文字を書く紙が無かった時代、石に文字を打ったもの。本各地にそれらがある中で最古の石たちです。上州に3個もあって、その石たちが揃って登録されたというもの。
前に書いたかもですが、多胡碑にはこうるそうです。
弁官符上野國片罡郡緑野郡甘
良郡并三郡内三百戸郡成給羊
成多胡郡和銅四年三月九日甲寅
宣左中弁正五位下多治比真人
太政官二品穂積親王左太臣正二
位石上尊右太臣正二位藤原尊
難しいですが、弁官符からの命令文なんですよ。
上野国にもともとあった片岡郡・緑野郡・甘良郡の三郡の中から三百戸をもって新しい郡を作り、羊という人に支配を任せる。郡の名前は多胡郡。だから多胡碑。
そして年号dすね。和銅4年3月9日だから西暦711年らしい。
中央政府にいたお偉いさんの名前があります。左中弁・正五位下多治比真人。知太政官事・二品穂積親王、左大臣・正二位石上麻呂、右大臣・正二位藤原不比等。
その時の中央政府が正式に任命した公の文章で、最も古いものなのです。

ロータリーに出たら、新しいデカいビルができていた。


新しいビルを見上げる。
ランチならまだしも、路上に面していないビル内のテナントに入って飲んでも味気ないものなのだ。
私なんかが探訪する必要はないだろう。地元のBloggerさんやゲストの方に委ねましょう。
高崎市内の公用アポは明日の午前中です。たいした内容ではない。
久々の群馬ですが、行った先は郊外の群馬八幡。
10月にデカい業務が入って多忙だったのと、これまでのように自分で動くのではなく、東京本社にいて草の者(正式所属は違う部下たち)10人へ指示する側に転じたからです。
このトシになるまで人を使うのに慣れてなかったのでタイヘンでした。草の者10人と準・草の者8人を駆使して何とか完遂しましたが。
第二の故郷が遠くなった。
殆どずっと東京本社にいたからです。草の届かない地域は自分で廻ったが群馬には行かなかった。行ってる場合じゃなかったのです。
それは群馬の陰の配下・草6号のせいでもある。任せられるようになったから。
もっとも6号は、私が指示すると最初だけオドオドする。
「そ、それ、私に・・・できるでしょうか」
「自分がやろうか」
「だ、だ、大丈夫です行きますっ」
もっとも6号に限らず草たちは全員が頑固で、私が「無理かな?厳しいかな?と水を向けると「いえ自分がやります」と言い張るのですよ。
「それはアナタに仕事ができないと思われたくないのよ」(ジャン妻)
6号は普段はオトなしいが、これまでやったことがない内容や、イレギュラーた対応を依頼すると、
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
口を横に引っ張ったようなカオをして過剰に反応するのです。
「さような声を出すな」
「ス、スミマセン」
「何をオドオドしているか?」
「それって自分やったことないんで」
「誰でも最初はそうさ。やってみぃ
「ハ・・・、ハイ・・・」」
数日経ってから、
「上手くいきましたぁ」
いつもこの繰り返しです。やりゃぁできるのにいつまで経っても最初は自分に自信が持てない子。
もう本年度は還るチャンスはないかなと思った。
それは草6号が成長したから。喜ばないといけないのだが。
諦めかけていたところへ、群馬のお友達から届いた1通の写メ。。。

雪化粧をうっすらと。
赤城?
榛名?
浅間かな?
これで心の中に消えかかった埋み火が少しだけ点いた。何か群馬の案件はないか?

小さい案件がひとつある。高崎市。
これに前橋の案件を追加。これで2件。
これだけだと宿泊許可が出ないな~。北関東で何かないか?
栃木県小山市の案件があるのですが、大宮を起点にするとVの字に分れてしまう。間を結ぶ両毛線でチンタラ移動するのはシンドい。
そこで西埼玉、本庄市のネタを組み込んだ。

平日の午後、夕方、本庄市に立ち寄った。本庄早稲田で下車。
本庄市は高崎泊を正統なものにする為のダミーで、ここ埼玉県域、西の外れに夕刻にアポを取ることで、群馬の中核都市である高崎市の担当者とは「翌日の朝9時台にアポが取れたのです」ということにしたのだ。
ということで。正式にOKが出た!!
群馬の玄関口に下りる前、本庄市内での公用はあっさり終わり。
JR本庄駅までトボトボ歩いた。
万龍は中休み中だった。

本庄駅、高崎線上り線ホームではなく下り線ホームへ。
今夜は前回のように群馬を目前にして都内に引き返さなくてもいいんだ。


群馬の玄関口に着いた。
「ただいまぐんまちゃん」.

またこの石たちのレプリカが並んで鎮座しているぞ。


「ユネスコ世界の記憶の登録の可否を審議する国際諮問委員会が10月24日からフランス・パリにおいて開かれ、高崎市にある山上碑(やまのうえひ)・多胡碑(たごひ)・金井沢碑(かないざわひ)の3つの石碑「上野三碑」(こうずけさんぴ)が「世界の記憶」に登録されることが決定いたしました。」
この3碑はまだ日本に文字を書く紙が無かった時代、石に文字を打ったもの。本各地にそれらがある中で最古の石たちです。上州に3個もあって、その石たちが揃って登録されたというもの。
前に書いたかもですが、多胡碑にはこうるそうです。
弁官符上野國片罡郡緑野郡甘
良郡并三郡内三百戸郡成給羊
成多胡郡和銅四年三月九日甲寅
宣左中弁正五位下多治比真人
太政官二品穂積親王左太臣正二
位石上尊右太臣正二位藤原尊
難しいですが、弁官符からの命令文なんですよ。
上野国にもともとあった片岡郡・緑野郡・甘良郡の三郡の中から三百戸をもって新しい郡を作り、羊という人に支配を任せる。郡の名前は多胡郡。だから多胡碑。
そして年号dすね。和銅4年3月9日だから西暦711年らしい。
中央政府にいたお偉いさんの名前があります。左中弁・正五位下多治比真人。知太政官事・二品穂積親王、左大臣・正二位石上麻呂、右大臣・正二位藤原不比等。
その時の中央政府が正式に任命した公の文章で、最も古いものなのです。

ロータリーに出たら、新しいデカいビルができていた。


新しいビルを見上げる。
ランチならまだしも、路上に面していないビル内のテナントに入って飲んでも味気ないものなのだ。
私なんかが探訪する必要はないだろう。地元のBloggerさんやゲストの方に委ねましょう。
高崎市内の公用アポは明日の午前中です。たいした内容ではない。
久々の群馬ですが、行った先は郊外の群馬八幡。
2017-12-06 18:07
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Nostalgia [呟き独り言]

温泉施設でもホテルでもない。ある行政です。
バスが1時間に1本しかないので迎えのタクシーを待っているところです。

今日も暮れる。
西空に向けて撮ったものです。陽の沈むのが早くなった。
1日の終わりが早くなった。1週間が早く感じる。
こうして1日1日が過ぎ、気が付いたら師走になり本年度も終わるんでしょうね。
今宵は都内本社に急いで戻らなくてはならないのです。
上野、東京、新橋のホームで、いつもは憎らしく見える品川止まりの上野東京ラインの車内は空いて快適だった。

泊まりじゃなく都内に帰れる距離でしたが。これも旅なのだろうか。
旅とは必ずしも豪勢な宿、食事だけではない。旅は日常からの脱却である。だから日帰りもそうなのだ。こういう首都圏郊外、でも近郊の外出も旅なのかも知れない。
11月は故郷(群馬)に還れなかった。
部下(草の者)を育てる為、自ら行かないで東京本社で指示だけしていたのです。
「それが頭(カシラ)というものよ」(ジャン妻)
私の寂寥感がわからないらしい。
昨日、上州のヤンキー娘と久々に話した。
「久しいな。元気だったか」
「元気ですよ。〇〇さん最近来ないですね」
「すっかりそっちとは疎遠になっちまったな」
自分たちが上州に転勤していた頃、そのヤンキー娘の事務能力が高いのに気付いたジャン妻が育てたのだが、今年になって渋川近郊に嫁ぎ、家庭と両立させる為に現場の第1線から引いた。事務方は草の者6号に変わった。
幾つか業務の話をした後で、
「こっちは凄い風ですよ」
「そうか。。。」
上州特有の空っ風が吹く季節になったのである。
その風に吹かれてみたい。
また妙義に沈む燃えるような夕焼けが見たい。

心が乾いている。第二の故郷が疎遠になって来たから。
その乾きを他で癒せないか模索しているところです。
漂うままに。。。
(柳ジョージ&レイニーウッド)
https://www.youtube.com/watch?v=8-94z9o4l2k
2017-11-01 07:20
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船山史家の呟き [呟き独り言]

日頃喫茶店なんぞに行かない私が珍しくコーヒーブレイクです。
ボヤかせて下さい今日の記事は。
10月はいち日の終わりに「ああ、疲れた」口に出すことが増えた。
そうやって疲れた疲れた言ってると余計に疲れる。「疲れた」もそうだけど「忙しい」これも「忙しい忙しい」言ってるとなかなか業務が捗らないものなのだ。
言わなきゃいいってか。でも言いたくならぁね。
仕事は出来る者に来ると言いますが。私の場合は単に要領が悪いだけかも知れないですが。私にしては珍しく日々多忙なのだ。
リアルタイムで抱えている業務の期限が10月30日(一部が11月20日)でそれを過ぎると「担当者の失念により、期日を超過してしまったことをお詫び申し上げます」のような文言で遅延理由書の提出を要求される。
失念した担当者は私ですが、その文書は代表取締役の名前で出されるので、形式上の文書とはい不名誉なことではある。
だから急いでいる。でもなかなか終わらない。
10月に入ってから10日間ほどALL内勤だった。何処にも出なかった。
10日も事務所にいたのは禁足を喰らったのではなく、マジでデスクワークだったのです。自分の責任で文書を作成して、それを10人いる草の者(部署が違う陰の部下たち)たちが届ける、それの元を作成してたの。
自分が出向くところもあるけど、なるべく人を使うように切り替えたのです。
昨年、伊東甲子太郎が、「〇〇さん(私のこと)ひとりでは無理です。誰かにやらせないと・・・」オーバー気味に言ってたのが現実になったのである。
10人いる草の者たちは正規の勤務シフトがあるので、現場ラウンドを兼ねて私の文書のお使いができる日は限られている。
連中は私に要求してくるようになった。
「いついつシフトから外れてラウンドできるので、それまでに送っていただけますか?」(せっかちな1号)
「週明けの水曜に本社に行くのでそのにいただけますか?」(2号)
「いつ頃できますか?」(東海の7号)
低いダミ声で「まァだですかァ?」(男勝りの5号)
まだですかァ?だと。
仮にも俺は上役だぞ。督促しやがって。
自分で動くだけなら自分のペースでいいのですが、人を使うとなると相手の状況も慮ってあげなきゃならない。草のスケジュールに合せなきゃならないのがキツい。
「自分でやった方が気楽だ」
「でももうそれじゃダメよ」(ジャン妻)
自分ひとりで期日に間に合う物量じゃないのだ。

1日じゅう事務所にいるとイライラする。周囲がウルサいのだ。こっちもイライラがカオや態度に出ているので周囲も殆ど話しかけて来ない。
日頃外出ばかりしていたのでいるのが苦痛でしょーがない。
「アタシは毎日ここにいるのよ」(ジャン妻)
ああそう。だってアナタ(ジャン妻)は財務でしょうが。そこにいるしかないでしょ。
私も社員に指示命令したことはありますが、何かプロジェクトがある時だけの単発指令で、決まった社員を常に使ったことは殆どなかったのです。
10人いる草の者の他に、準・草の者が増えてそれらを合計すると18人もいるのですよ。
連中は私の正規の部下ではないので上長を通して先触れしてから個々に指示を出すのですが、何か不備や不具合があると草の者たちから問い合わせ、確認事項、事後報告、変更事項、それらの着信やらメールやらがたくさん届きます。
草たちが出向いた行政からも後になって「不備があります」と言われたり「この書式じゃダメです」と言われたりする。そうなるとやり直し、指示し直しになる。
例えば横浜市で受理されたのに川崎市でSTOPされたりした。同じ神奈川県下ですよ。都道府県単位だと神奈川県や東京都ではOKなのに、他所の都道府県ではNGとか。
相手の都合で流れが阻害されると私自身のアタマがキュ~ッと締め付けられるようになって血圧上昇。

群馬の6号から電話があって、
「〇崎市で言われたのですが、ウチの市は中核都市だから原本1通出していただきます。ウチ以外の他の市はそこでまた原本1通要りますよって」
ここでいう原本とは会社履歴事項全部証明書・・・登記簿謄本ですね。これと取締役の診断書原本が〇崎市で1通と、〇崎市以外の市、例えば渋川市、伊勢崎市、藤岡市とか、それらの何処かで1通要るんだと。
履歴事項全部証明書は有効期間3ヶ月ですが、診断書は30日なんですよ。だから急いでるのもある。11月にズレ込んだら無効になってしまうのでまた取り直さなきゃならないのだ。
中核都市だと胸を張る〇崎市以外の群馬県下の市には前橋市も含まれている。〇崎市は親切で言ってくれているのだが、
「別ですよってのは、県庁を前橋に持って行かれたからだろうな」
「県庁って前橋ですよ」(6号)
「明治の頃に持ってかれたんだよ」
「そ、そうなんですか?」
「お前は生粋の群馬人だろうが。何で俺の方が詳しいんだ」
話が逸れた。東海の7号からも「富士市で通った書式が〇枝市では止まった」というのである。
草は草で苦労している。だって草たちは自分で書類作ってないからです。私が作ったんだから。
新参者の草、9号と10号は何故か初回ストレートで一気に通り「上手くいきましたぁ」・・・嬉々として得意満面の報告が来たが、他は苦労しとるようだな。
私は指示する側になったので、連中から着信があったらその場で応えなきゃならない。指示しなきゃならない。電車に乗ってても着信があると途中駅で下りて対応しました。
今月も残り10日もない。下手したら11月の第1週までは伸びるかも知れない。
草の者6号が頑張ってるせいで私自身が群馬に行けなくなったじゃないか。
行く予定も立ててたのですが自分でキャンセルしましたよ。「こりゃ群馬に行ってる場合じゃない。東京にいて指示しないと。少なくとも都内からは離れられない」と思い直したの。エライでしょ。
だからホントはさらの木に行ってる場合じゃなかったのです。滞在中も架かって来て、17時を過ぎてから着信が止んだ。

平日は毎日たくさんの着信があり、業務メールが来るのですが、その合間に、
「こんにちは~。今日は良いサワラ、八角が入りました。お待ちしていま~す」
(-“-;)
空気を読めないメールを送ってきたな。
でも仕方がない。私の状況は群馬八幡には見えないのだから。

「いつもヒマしてるからよ」(ジャン妻)
「ヒマではないっ」
「いつも自分のペースで完結しているから、たまにはそういうプレッシャーも必要なのでは?」(ジャン妻)
「・・・」
「で、いつ群馬や静岡に出張なの?」
「まだワカラン。予定が見えない」
「まぁ珍しい。いつもは率先して行くクセに」
「それどころではない」

「本社に来てえらい」
「内勤してえらい」
「お仕事優先でえらい」
「群馬出張キャンセルしてえらい」
誉めてくれるのは肯定ペンギン、肯ペンちゃんだけである。絵本買っちゃった。
2017-10-23 15:34
コメント(2)
群馬に行けなかった8月 [呟き独り言]
私の外付けHDには行き先やカテゴリ別にフォルダがあって、その中に「上州」と名付けたフォルダがあります。
そこには赴任した平成24年から今日までの写真データが格納してあります。
フォルダの中には、1月、2月、3月・・・と月毎のフォルダがあるのですが。
2017年8月のフォルダは無い。
8月は群馬に行けなかったのです。いちども。。。

7月8月の群馬の作業は、現地の部下(草の者6号)に任せきりになった。自分で行かなかった。
会社からも「なるべく自分で行かないで次世代にやらせて下さい。後身を育成して下さい」って言われてるので。
6号に書類を送り「届いたら連絡くれ」って言ったのに、ちっとも連絡が来ないから確認の電話をした。
「書類まだ届かないか?」
「まだなんですよ」(6号)
「オカしいな。幾ら田舎とはいえ」
「い、田舎・・・まぁそうですけど。午後の郵便がまだなので、届いたらお電話します」
そこで一旦切れたのだが。5分後にすぐ着信があった。
「さては書類届いてたんだろっ」
「ち、違いますぅ、たった今届いたんですぅ」
6号は声が裏返った。
「ホントかぁ。実は届いてたのにチェック怠ってその辺りに放っぽっといたんじゃないのか」
「いやいや違いますぅ。ホントに今届いたんですぅ」
ア・ヤ・シ・イ。。。
6号は詰めが甘い。9月になったら打ち合わせたいことがあるのだが。
今、私は10人いる草の者たちと、あるテーマでひとりひとり面談をしているのです。
でもそれだけで群馬には行けないなぁ。
都内を外出中、下記事他に登場した群馬のEというママ社員からヘンなメールが届いた。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-10-20
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-10-25
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-03-18
他、幾つも登場してるオンナですよ。3児の母だったかな。
「今日はお休みもらって都内の〇〇大に来てます。途中にウチの支店があったけど。何店だろう?」
「都内にいるの?〇〇区だね。だったら〇〇店だよ。店に立ち寄った?」
「長女の学校説明会に来ています」
学校説明会はいいが「店に立ち寄った?」の返答になっていないじゃないか。
Eはベラベラペチャクチャ喋る「口から生まれた女」だがメールがヘタクソで、誤字脱字や送り仮名の間違いなんかしょっちゅうです。
その時私は、まさにEがいる〇〇大近くの区役所にいたのですが。
「じゃぁ〇〇店ですね。そっちは何してるの?」
そっちとは何だ。何してるの?って遊んでんじゃねー。
「私は〇〇区〇〇区役所に着いたとこだよ。アナタが見た〇〇支店の書類を持って窓口にいるとこ」
お互いすぐ近くにいたのですよ。
そしたら返って来た返信が何と、
「〇〇のすぐそばにいるってこと?やだー!!」
〇〇は私の本名ね。やだだと?それに呼び捨てにしやがったなと返信しようとしたら、
「ゴメン、さんがなかった・・・」
さんがなかった、ではなく、さん付けするのを忘れました、だろうがよ。国語力がないですね。自分でも喋るのは得意だけどメールは苦手だって言ってたが。
次に「〇〇店(ウチの支店)の隣にあるコーヒー屋でお昼中です」と来た。
コーヒー屋には笑ったよ。群馬には喫茶店が少ないからね。
「ウチの社員、よくそこでランチしてるって聞いたことあるよ」
「そうなんですか。ウチの子供(長女)が入学したら来るかな・・・」
「そこまで近くにいるなら店に挨拶だけでもしてったら?私もこの後、10分後にはその店に顔を出すけど」
「やだー恥ずかしいよ。今からランチ食べます」
恥ずかしいって?
いいトシしたオトナのクセに。「群馬のどこそこの何々店長の何々です」って言えないのか。
「カオ出して挨拶だけしなさい。それが大人の礼儀というもの」
説教じみた文言になってきたが。
「〇〇さんと同じになるなら、あと5分くらいです」
この文章も何かオカしい。〇〇さんと同じになるなら?同じタイミングになるなら?同道してくれってことか?
だが私は窓口でひっかかった。いつもの担当官が不在で、代わりの人がマニュアル見ながら受け付けたので、いつもは5分で済むところが15分ロスったのである。
せっかく群馬から出て来て、すぐ近くにいるのに会えずに終わるのも何だなと思い、
「もうちょい喫茶店にいろよ」
「だって1時から始まってしまうんですよ」
1時から午後の説明会が始まるということらしい。
「残念、じゃあ会えないかな。学校優先して下さい。また近いうちに」
「うん。また群馬で・・・」
だが、8月は群馬に行けなかった。誰にも会えなかった。


群馬に行けないせいかこの広告が何だかムカつく。
「群馬を揶揄してんのかこれは?どー思う?」
「これ・・・読むと・・・大体、合ってますよ(・_・;)・・・」
読んでるんかい?
合ってるって肯定するんかい。
それだから群馬がグンマとバカにされるんじゃないか。
「実写版も出るので観て下さいよ」
「・・・」
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2012-12-11
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-02-23-2
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-02-03-1
平成23年に、フラフラしながら私らの前に初めて現れた聖なる酔っ払いオンナは往時25歳だったが。この夏に三十路に突入。
「30歳オメデトウ。30過ぎると早いよ~」
「まだ29歳ですっ!!」
「え?1年間違えたか俺?」
「明日ですっ!!」
「ああ、まだ1日あるのね」
悪あがきを。
「でも・・・でも・・・、ありがとうございます・・・」
「早いもんだね」(ジャン妻)
行く予定が入りかけたのだが、諸事情でキャンセルになった。
そういうタイミングに限って、この託児居酒屋から連絡が入ったりする。

「〇〇さんのお好きなマグロアボガド和えをご用意しました」
「いいウニが入りましたが。無理ですよね。ご都合でお待ちしております」
そうそう行けるかっつーの。(行きたいけど。)お待ちされても困るな。
「新作、枝豆豆腐をご用意しました」
新作?枝豆豆腐?
「どうせ冷奴の上に枝豆が載ってるんだろ」
「そうです。いやいや違います。ちゃんと枝豆を・・・」
・・・の先は忘れた。
群馬に行けなかった8月。。。
現地のBBQでお誘いはあったが、地元の納涼祭と被ったし。
ウチの上司は、私に現地の者にやらせろと言っておきながら。。。
「〇〇さん(私のこと)いつ群馬に行きます?」
私はガッカリした。今頃言うなよ~。だったら行けたのにさ。。。(ブツクサ)

還りたい。。。
群馬へ。。。
風景写真は上信越自動車道です。
そこには赴任した平成24年から今日までの写真データが格納してあります。
フォルダの中には、1月、2月、3月・・・と月毎のフォルダがあるのですが。
2017年8月のフォルダは無い。
8月は群馬に行けなかったのです。いちども。。。

7月8月の群馬の作業は、現地の部下(草の者6号)に任せきりになった。自分で行かなかった。
会社からも「なるべく自分で行かないで次世代にやらせて下さい。後身を育成して下さい」って言われてるので。
6号に書類を送り「届いたら連絡くれ」って言ったのに、ちっとも連絡が来ないから確認の電話をした。
「書類まだ届かないか?」
「まだなんですよ」(6号)
「オカしいな。幾ら田舎とはいえ」
「い、田舎・・・まぁそうですけど。午後の郵便がまだなので、届いたらお電話します」
そこで一旦切れたのだが。5分後にすぐ着信があった。
「さては書類届いてたんだろっ」
「ち、違いますぅ、たった今届いたんですぅ」
6号は声が裏返った。
「ホントかぁ。実は届いてたのにチェック怠ってその辺りに放っぽっといたんじゃないのか」
「いやいや違いますぅ。ホントに今届いたんですぅ」
ア・ヤ・シ・イ。。。
6号は詰めが甘い。9月になったら打ち合わせたいことがあるのだが。
今、私は10人いる草の者たちと、あるテーマでひとりひとり面談をしているのです。
でもそれだけで群馬には行けないなぁ。
都内を外出中、下記事他に登場した群馬のEというママ社員からヘンなメールが届いた。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-10-20
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-10-25
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-03-18
他、幾つも登場してるオンナですよ。3児の母だったかな。
「今日はお休みもらって都内の〇〇大に来てます。途中にウチの支店があったけど。何店だろう?」
「都内にいるの?〇〇区だね。だったら〇〇店だよ。店に立ち寄った?」
「長女の学校説明会に来ています」
学校説明会はいいが「店に立ち寄った?」の返答になっていないじゃないか。
Eはベラベラペチャクチャ喋る「口から生まれた女」だがメールがヘタクソで、誤字脱字や送り仮名の間違いなんかしょっちゅうです。
その時私は、まさにEがいる〇〇大近くの区役所にいたのですが。
「じゃぁ〇〇店ですね。そっちは何してるの?」
そっちとは何だ。何してるの?って遊んでんじゃねー。
「私は〇〇区〇〇区役所に着いたとこだよ。アナタが見た〇〇支店の書類を持って窓口にいるとこ」
お互いすぐ近くにいたのですよ。
そしたら返って来た返信が何と、
「〇〇のすぐそばにいるってこと?やだー!!」
〇〇は私の本名ね。やだだと?それに呼び捨てにしやがったなと返信しようとしたら、
「ゴメン、さんがなかった・・・」
さんがなかった、ではなく、さん付けするのを忘れました、だろうがよ。国語力がないですね。自分でも喋るのは得意だけどメールは苦手だって言ってたが。
次に「〇〇店(ウチの支店)の隣にあるコーヒー屋でお昼中です」と来た。
コーヒー屋には笑ったよ。群馬には喫茶店が少ないからね。
「ウチの社員、よくそこでランチしてるって聞いたことあるよ」
「そうなんですか。ウチの子供(長女)が入学したら来るかな・・・」
「そこまで近くにいるなら店に挨拶だけでもしてったら?私もこの後、10分後にはその店に顔を出すけど」
「やだー恥ずかしいよ。今からランチ食べます」
恥ずかしいって?
いいトシしたオトナのクセに。「群馬のどこそこの何々店長の何々です」って言えないのか。
「カオ出して挨拶だけしなさい。それが大人の礼儀というもの」
説教じみた文言になってきたが。
「〇〇さんと同じになるなら、あと5分くらいです」
この文章も何かオカしい。〇〇さんと同じになるなら?同じタイミングになるなら?同道してくれってことか?
だが私は窓口でひっかかった。いつもの担当官が不在で、代わりの人がマニュアル見ながら受け付けたので、いつもは5分で済むところが15分ロスったのである。
せっかく群馬から出て来て、すぐ近くにいるのに会えずに終わるのも何だなと思い、
「もうちょい喫茶店にいろよ」
「だって1時から始まってしまうんですよ」
1時から午後の説明会が始まるということらしい。
「残念、じゃあ会えないかな。学校優先して下さい。また近いうちに」
「うん。また群馬で・・・」
だが、8月は群馬に行けなかった。誰にも会えなかった。


群馬に行けないせいかこの広告が何だかムカつく。
「群馬を揶揄してんのかこれは?どー思う?」
「これ・・・読むと・・・大体、合ってますよ(・_・;)・・・」
読んでるんかい?
合ってるって肯定するんかい。
それだから群馬がグンマとバカにされるんじゃないか。
「実写版も出るので観て下さいよ」
「・・・」
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2012-12-11
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-02-23-2
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-02-03-1
平成23年に、フラフラしながら私らの前に初めて現れた聖なる酔っ払いオンナは往時25歳だったが。この夏に三十路に突入。
「30歳オメデトウ。30過ぎると早いよ~」
「まだ29歳ですっ!!」
「え?1年間違えたか俺?」
「明日ですっ!!」
「ああ、まだ1日あるのね」
悪あがきを。
「でも・・・でも・・・、ありがとうございます・・・」
「早いもんだね」(ジャン妻)
行く予定が入りかけたのだが、諸事情でキャンセルになった。
そういうタイミングに限って、この託児居酒屋から連絡が入ったりする。

「〇〇さんのお好きなマグロアボガド和えをご用意しました」
「いいウニが入りましたが。無理ですよね。ご都合でお待ちしております」
そうそう行けるかっつーの。(行きたいけど。)お待ちされても困るな。
「新作、枝豆豆腐をご用意しました」
新作?枝豆豆腐?
「どうせ冷奴の上に枝豆が載ってるんだろ」
「そうです。いやいや違います。ちゃんと枝豆を・・・」
・・・の先は忘れた。
群馬に行けなかった8月。。。
現地のBBQでお誘いはあったが、地元の納涼祭と被ったし。
ウチの上司は、私に現地の者にやらせろと言っておきながら。。。
「〇〇さん(私のこと)いつ群馬に行きます?」
私はガッカリした。今頃言うなよ~。だったら行けたのにさ。。。(ブツクサ)

還りたい。。。
群馬へ。。。
風景写真は上信越自動車道です。
2017-08-31 06:58
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時事ドットコム [呟き独り言]

今日はショート記事です。
毎日、首相動静を見ています。
支持率が低落して明日内閣改造でしたっけか?まぁ政治のハナシはめんどくさいのでしません。首相動静は安部首相の1日の動きを分刻みで伝える記事。
高崎に転勤してから紙媒体の新聞を取らなくなったのでネット上で見ています。
朝の私邸での来客有無から始まり、公邸へ移動、閣議、委員会、表敬訪問、式典出席、視察、外遊先の公務、各国の来賓、晩餐会、記者会見、来客は誰か、誰が出入りしたか。
最後は何時何分に私邸、来客無しで終わり。
私は内容なんかわからないですよ。首相が誰と会っているのかを見て今後の政治動静を想定するプロもいるそうですが、私はそこまで詳しくないし政治通でも何でもないです。
でも1国の宰相ってのは分刻みで追われ多忙を極めているのはわかりますね。わからないので流し読みして古新聞をポイするのと一緒で記憶に残らない。
でもここ半年ほど閣僚さんや党内の議員さんの失言暴言他の諸問題がテンコ盛りで、大衆ラーメン屋さんの昼時など連日ワイドショーで取り上げられてるから、こっちが見る気、聞く気が無くても耳に入って来ちゃうんです。
一昨日なんかウチの〇長が「掛川へ行ってきます」と言い捨てて出て社を出て行こうとした。行き先ボードに掛川、NR(ノーリターン、直帰のこと)と殴り書きしてた。
掛川・・・かけがわ・・・静岡県ですね。
私は混ぜ返した。
「かけいがくえん?」
周囲は固まりまった。〇長は無視して出てっちゃったけど。
ええっと、首相に戻します。安部首相はどういう店で会食してるのか、家食より外食の方が圧倒的に多いようだが、東京都議選で自民党が大敗した夜、首相は都内の某高級?フランス料理店で麻生副総理、菅官房長官、甘利前経済再生相と食事だって。
どんな凄い店なんだろう。
まさかまさかこういう店じゃないよね。

首相動静に載っているレストランや料理店は私なんかの手の届かない高級店で、ガードや守秘義務が徹底している店で、そこでは食事が目的ではなく、要は密談なんでしょうな。
昼食はあまり載っていない。被災地で地場のものを試食とか。
自分の動静を書いてみたよ。
7月某日、朝7時30分朝の来客無し、7時40分自宅発、8時55分本社着、9時管理部門総務課連絡会、9時30分机上作業、10時15分平田取締役部長(仮名)
10時50分会社出る、11時40分世田谷区役所江原担当官(仮名)、11時55分世田谷区役所内けやきで昼食。
13時12分東京駅発JR新幹線なすの259号、13時52分小山駅着、14時10分栃木県南部合同庁舎中田担当官(仮名)、14時30分小山駅発JR新幹線なすの276号、15時16分東京着。
16時5分関東信越厚生局神奈川事務所、16時40分横浜市南区役所高見担当官(仮名)
17:00上大岡鳥佳で食事。
19:30自宅着、23:00現在自宅、来客無し。
この店かい!!17時に!!

次に7月末日は、朝7時30分朝の来客無し、9時5分某支店西和田店長(仮名)、10時横浜市中区役所橋本担当官(仮名)、11時30分相模原市木下担当官(仮名)、11時50分相模原市内「ラーメン亭」で昼食、13時町田市小坂担当官(仮名)、14時30分某支店三村店長(仮名)、串木事務員(仮名、草の者10号)と面談、15時30分海老名市役所小嶋担当官(仮名)串木事務員同行。
18時帰社、19時芝大門の割烹「はしもと」でジャン妻、T女史と食事。
23時半自宅、24時現在来客無し。

20年前から黒いノートに日誌つけてますけど時間は書いてないです。そこまでしたらアタマが休まらない。前と違って内容が薄く軽くなったのがわかる。今の私は執行部にいないからです。
早朝や深更に来客なんてないですが、執行部にいた頃の習慣が抜けず、枕元に会社携帯を置いて寝ます。ホントはそういうの身体や精神によくないんだけどね。
では安部主張の(土)(日)ですが。

()内は私の呟きです。
平成29年7月22日(土)
午前8時現在、東京・富ケ谷の私邸、朝の来客なし。
午前中は来客なく私邸で過ごす。
午後2時5分、私邸発。
(何処へ行くのかと思ったら・・・)
午後2時20分、東京・六本木のホテル、グランドハイアット東京着、同ホテル内のNAGOMIスパアンドフィットネスで運動。
(一般庶民と一緒に汗を流してるのでしょうか。周囲をSPがガードしているのかな。)
午後5時7分同ホテル発、同34分私邸着。
23日午前0時現在私邸。来客なし。
平成29年7月16日(日)
10時57分東京渋谷の美容室HAIRGUESTで散髪。
(わざわざ散髪に行くんだ。お抱え理髪師を呼んだりしないんだ。)
0時39分東京・富ケ谷の自宅。6時5分荒井広幸元参院議員と食事。母親の洋子さん同席。
(手料理を振る舞ったのかな?)
首相動静でこういうのを見るとホッとしたりする。
平成29年7月15日(土)
終日、東京・富ケ谷の自宅で過ごす。
これだけ。
富ヶ谷・・・渋谷区ですね。最寄駅は代々木八幡か。媒体によって、私邸、自宅、違う時があります。公邸に住まないスタイルをとやかく言われたりもしますが官邸まで15分足らずだろうです。
地下1階、地上3階のマンションだそうですね。そんなに部屋数あったら掃除がタイヘンだ。
あ、別に私は安部さんのシンパではないですよ。
2017-08-02 08:43
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Browser Mystery [呟き独り言]
「もうシリーズ化は避けます」と宣言したのに、止められない止まらない群馬シリーズの途中ですが。
ここでちょっと閑話休題。
私のBlogがヘンテコリンに表示される現象について。
ブラウザとは、インターネット上のウェブページ情報をPCとかの画面上に表示する閲覧ソフトのこと。データやプログラムを文字や画像で表示するためのプログラムのことでもある。
自分はこれまでGoogleを使っていたのですが。7月23日の朝、船山史家の呟きⅢの表示がオカしくなった。
渋川の喫茶店ルナの記事を洗い出していたら、突然タイトルも記事も小さく縮こまってしまい、自転車に乗った観音様がこんなになっちゃったんです。

公開記事だけでなく、管理画面で下書き記事をプレヴューしてもオカシく表示される。
不思議なことに、更新を停止している船山史家の呟きⅠと呟きⅡは普通に表示される。リンクしている他のソネブロも(何して遊ぼ~ヒロさん他)もダイジョブなのに何故か私の呟きⅢだけこんなになっちゃった。
見難くてしょうがない。誰がこんなBlogを見たい、読みたいと思うかね。
でも自分のiPhoneで表示させたらノープロブレムなのです。
ジャン妻のiPadもノープロブレム。デスクを向い合せにしているジャン妻のPCでもフツーに問題なく表示された。
オカシな表示になるのは自分のデスクのPCだけのようです。
何故だ?
「何か最近、いろいろいじくってなかった?」(ジャン妻)
確かにいじくった覚えはある。いつからか本文中のフォントが小さくなったので、テンプレートを変えたり、HTMLの編集にTRYしてフォントを若干大きくすべく、font size●●とかやってみたりした。
「それが原因では?」(ジャン妻)
「でも今日はそういう操作してないし。普通に記事を表示してたらこうなったんだよ」
HTMLを初期値に戻したり、使用しているテンプレートを一旦削除して再度、選択したりしたがダメだった。
諦めかけて、1つのアカウントで5つまでBlogを開けるのを幸い、船山史家の呟きⅣをセットアップしたらそっちは問題なかった。
続きを呟きⅠとⅡでやろうかと考えた。ⅠとⅡは容量満タンになったので更新を停止していますが、有料プランに切り替えたことでⅢだけでなくⅠとⅡも容量増量が可能になっているのです。
だがオカしな表示しているⅢには下書き記事がたくさん眠っている。中には150枚もの写真を挿入した記事が待機してるのです。それらをⅠかⅡかⅣにゴッツソリ一括して移行するにはどうすりゃいいのかわからないし。
この後、ジャン妻が2つ閃いたことがあって。ひとつは、
「Googleをアンインストールしてみたら?」
やってみた。だがこの時、「履歴を削除する」にレを入れなかった。
「再起動するのよ」
やってみた。ダメだった。
ふたつめの閃きは、ジャン妻のPC、iPad、自分のiPhoneは問題なく表示されるということは。。。
「ブラウザ変えたら?」
Google止めてInternet Explorerに変えたら。。。

あ、直ってる。
元通りに表示された。何とはなしに写真も記事もワイドで左右に広がり、本文中のフォントも大きくなったような気もするぞ。
いったいどういうことか。
取りあえずブラウザを変えて作業、投稿して事なきを得たのですが。何だか気分が悪い。スッキリしない。
Windows標準搭載のこれも悪くはないけどさ。頁表示速度も前より早くなったみたいだし。

やはりこれまでおススメだったGoogleでヘンな表示のまま放置というのが気に入らない。

ソネブロにメールで問い合わせました。
「お世話になります。
Blogがこんな風に表示されるのですが。何か不具合がおきてますか?
船山史家」
これだけです。送信先は、いつもBlogレポートを送ってくるソネブロ事務局宛です。
ダメもとで送信したので、素早い返信・対応を期待してなかったのですが、昨日の夕方返信があったんですよ。今朝気付いた。
同じような現象で困っている方の為にも原文のまま掲載します。
So-netブログサポートデスク〇〇です。
いつもSo-netブログをご利用いただき、ありがとうございます。
ブログのレイアウトが崩れる現象が発生しております場合には、
誠にお手数ではございますが、下記操作をお試しいただけますよう、
お願いいたします。
1.ブラウザに保存されている情報の削除
2・デフォルトのテンプレートを設置する
■ブラウザに保存されている情報の削除
下記Webページをご参照の上、ご利用のブラウザのキャッシュ
クリアをお試しください。
<ブラウザのキャッシュクリアの方法を教えてください>
http://faq.blog.so-net.ne.jp/1101
※ご注意事項
ブラウザの保存情報を削除することで、ブラウザに保存されている各サイトのログイン情報も削除されますこと、あらかじめご了承ください。
■デフォルトのテンプレートを設置する
現在設定されているテンプレートからデフォルトのテンプレートへ変更していただき、現象が改善されるかを
ご確認いただけますよう、お願いいたします。
◇デフォルトテンプレートの設置方法
1.管理ページより【デザイン】から【テンプレート一覧】の順にクリックします。
2.「人気順デザインテンプレート」欄の【デフォルトテンプレート】をクリックします。
3.【このデザインを追加する】をクリックします。
4.「追加したテンプレートを今すぐ使用する」のチェックがある事をご確認いただき、【追加】をクリックします。
上記操作の上、「デザインを適用しました」と表示されましたら、ブログを表示していただき、改善が見られるかご確認いただきますよう、お願いいたします。
また、下記Webページもあわせてご確認いただけますと幸いでございます。
<ブログのレイアウトが崩れました>
http://faq.blog.so-net.ne.jp/10003
上記操作をご確認いただきましても、現象が改善されない場合、より詳細な情報を確認の上、ご案内させていただきたく存じます。
誠にお手数ではございますが、画面キャプチャを添付いただき、下記情報(ここから~ここまで)をお書き添えの上、再度ご連絡いただけますよう、お願いいたします。
--------------------------ここから--------------------------
[#65603391#]
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・ご利用のOS:
・ご利用のインターネットブラウザ:
・現象の詳細:
・行った操作:
・現象が発生した前後に変更した内容:
【キャプチャいただきたい画像】
・新規作成画面へ入力した状態の画面
・上記の記事を投稿後に表示した記事画面
--------------------------ここまで--------------------------
以上、よろしくお願いいたします。
今後ともSo-netブログをよろしくお願いいたします。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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使い方:http://blog-help.blog.so-net.ne.jp/
Q&A・お問い合わせフォーム:http://faq.blog.so-net.ne.jp/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
というものです。
ソネブロ利用者がどれくらいいるのか知らないが、こういうのを受け付ける担当者もタイヘンだ。山のようなメールをふるい分けたうえで返信だろうしね。
内容を読んでチンプンカンプンな箇所はある。専門用語が多くてよくわからないのは私の知識不足だが、そんなに難しいことなのか。何か単純で簡単なことを見落としてないか私?
今度は私が閃いた。ソネブロ担当者さんが仰っている、2.デフォルトのテンプレートを設置する・・・これは既にTRYしていますが、引っかかったのが、1.ブラウザに保存されている情報の削除・・・です。
Googleのアンインストール、再インストールを再試行してみた。アンインストールの際に履歴事項を削除するにレを入れたの。そうすることで過去の履歴もお気に入りフォルダも全部喪失したけど、再インストールして表示させたら、

復旧したんですよ。
これから出張なのでソネブロ担当者には今すぐ返信はできませんが、担当者の言う専門用語が理解できなくても、一般Userレベルの視点で何かキーワードがあるんだなと。
一旦、PC画面から、その場から離れてみたことで開けたような気もするのです。
何で閲覧中にあんな珍現象が発生したのかはわからないままですが。
ここでちょっと閑話休題。
私のBlogがヘンテコリンに表示される現象について。
ブラウザとは、インターネット上のウェブページ情報をPCとかの画面上に表示する閲覧ソフトのこと。データやプログラムを文字や画像で表示するためのプログラムのことでもある。
自分はこれまでGoogleを使っていたのですが。7月23日の朝、船山史家の呟きⅢの表示がオカしくなった。
渋川の喫茶店ルナの記事を洗い出していたら、突然タイトルも記事も小さく縮こまってしまい、自転車に乗った観音様がこんなになっちゃったんです。

公開記事だけでなく、管理画面で下書き記事をプレヴューしてもオカシく表示される。
不思議なことに、更新を停止している船山史家の呟きⅠと呟きⅡは普通に表示される。リンクしている他のソネブロも(何して遊ぼ~ヒロさん他)もダイジョブなのに何故か私の呟きⅢだけこんなになっちゃった。
見難くてしょうがない。誰がこんなBlogを見たい、読みたいと思うかね。
でも自分のiPhoneで表示させたらノープロブレムなのです。
ジャン妻のiPadもノープロブレム。デスクを向い合せにしているジャン妻のPCでもフツーに問題なく表示された。
オカシな表示になるのは自分のデスクのPCだけのようです。
何故だ?
「何か最近、いろいろいじくってなかった?」(ジャン妻)
確かにいじくった覚えはある。いつからか本文中のフォントが小さくなったので、テンプレートを変えたり、HTMLの編集にTRYしてフォントを若干大きくすべく、font size●●とかやってみたりした。
「それが原因では?」(ジャン妻)
「でも今日はそういう操作してないし。普通に記事を表示してたらこうなったんだよ」
HTMLを初期値に戻したり、使用しているテンプレートを一旦削除して再度、選択したりしたがダメだった。
諦めかけて、1つのアカウントで5つまでBlogを開けるのを幸い、船山史家の呟きⅣをセットアップしたらそっちは問題なかった。
続きを呟きⅠとⅡでやろうかと考えた。ⅠとⅡは容量満タンになったので更新を停止していますが、有料プランに切り替えたことでⅢだけでなくⅠとⅡも容量増量が可能になっているのです。
だがオカしな表示しているⅢには下書き記事がたくさん眠っている。中には150枚もの写真を挿入した記事が待機してるのです。それらをⅠかⅡかⅣにゴッツソリ一括して移行するにはどうすりゃいいのかわからないし。
この後、ジャン妻が2つ閃いたことがあって。ひとつは、
「Googleをアンインストールしてみたら?」
やってみた。だがこの時、「履歴を削除する」にレを入れなかった。
「再起動するのよ」
やってみた。ダメだった。
ふたつめの閃きは、ジャン妻のPC、iPad、自分のiPhoneは問題なく表示されるということは。。。
「ブラウザ変えたら?」
Google止めてInternet Explorerに変えたら。。。

あ、直ってる。
元通りに表示された。何とはなしに写真も記事もワイドで左右に広がり、本文中のフォントも大きくなったような気もするぞ。
いったいどういうことか。
取りあえずブラウザを変えて作業、投稿して事なきを得たのですが。何だか気分が悪い。スッキリしない。
Windows標準搭載のこれも悪くはないけどさ。頁表示速度も前より早くなったみたいだし。

やはりこれまでおススメだったGoogleでヘンな表示のまま放置というのが気に入らない。

ソネブロにメールで問い合わせました。
「お世話になります。
Blogがこんな風に表示されるのですが。何か不具合がおきてますか?
船山史家」
これだけです。送信先は、いつもBlogレポートを送ってくるソネブロ事務局宛です。
ダメもとで送信したので、素早い返信・対応を期待してなかったのですが、昨日の夕方返信があったんですよ。今朝気付いた。
同じような現象で困っている方の為にも原文のまま掲載します。
So-netブログサポートデスク〇〇です。
いつもSo-netブログをご利用いただき、ありがとうございます。
ブログのレイアウトが崩れる現象が発生しております場合には、
誠にお手数ではございますが、下記操作をお試しいただけますよう、
お願いいたします。
1.ブラウザに保存されている情報の削除
2・デフォルトのテンプレートを設置する
■ブラウザに保存されている情報の削除
下記Webページをご参照の上、ご利用のブラウザのキャッシュ
クリアをお試しください。
<ブラウザのキャッシュクリアの方法を教えてください>
http://faq.blog.so-net.ne.jp/1101
※ご注意事項
ブラウザの保存情報を削除することで、ブラウザに保存されている各サイトのログイン情報も削除されますこと、あらかじめご了承ください。
■デフォルトのテンプレートを設置する
現在設定されているテンプレートからデフォルトのテンプレートへ変更していただき、現象が改善されるかを
ご確認いただけますよう、お願いいたします。
◇デフォルトテンプレートの設置方法
1.管理ページより【デザイン】から【テンプレート一覧】の順にクリックします。
2.「人気順デザインテンプレート」欄の【デフォルトテンプレート】をクリックします。
3.【このデザインを追加する】をクリックします。
4.「追加したテンプレートを今すぐ使用する」のチェックがある事をご確認いただき、【追加】をクリックします。
上記操作の上、「デザインを適用しました」と表示されましたら、ブログを表示していただき、改善が見られるかご確認いただきますよう、お願いいたします。
また、下記Webページもあわせてご確認いただけますと幸いでございます。
<ブログのレイアウトが崩れました>
http://faq.blog.so-net.ne.jp/10003
上記操作をご確認いただきましても、現象が改善されない場合、より詳細な情報を確認の上、ご案内させていただきたく存じます。
誠にお手数ではございますが、画面キャプチャを添付いただき、下記情報(ここから~ここまで)をお書き添えの上、再度ご連絡いただけますよう、お願いいたします。
--------------------------ここから--------------------------
[#65603391#]
・ブログのURL:
・ご利用のOS:
・ご利用のインターネットブラウザ:
・現象の詳細:
・行った操作:
・現象が発生した前後に変更した内容:
【キャプチャいただきたい画像】
・新規作成画面へ入力した状態の画面
・上記の記事を投稿後に表示した記事画面
--------------------------ここまで--------------------------
以上、よろしくお願いいたします。
今後ともSo-netブログをよろしくお願いいたします。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
★So-netブログ http://blog.so-net.ne.jp/
────────────────────────────────
So-netブログ サポートデスク(blog@so-net.ne.jp)担当:〇〇
使い方:http://blog-help.blog.so-net.ne.jp/
Q&A・お問い合わせフォーム:http://faq.blog.so-net.ne.jp/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
というものです。
ソネブロ利用者がどれくらいいるのか知らないが、こういうのを受け付ける担当者もタイヘンだ。山のようなメールをふるい分けたうえで返信だろうしね。
内容を読んでチンプンカンプンな箇所はある。専門用語が多くてよくわからないのは私の知識不足だが、そんなに難しいことなのか。何か単純で簡単なことを見落としてないか私?
今度は私が閃いた。ソネブロ担当者さんが仰っている、2.デフォルトのテンプレートを設置する・・・これは既にTRYしていますが、引っかかったのが、1.ブラウザに保存されている情報の削除・・・です。
Googleのアンインストール、再インストールを再試行してみた。アンインストールの際に履歴事項を削除するにレを入れたの。そうすることで過去の履歴もお気に入りフォルダも全部喪失したけど、再インストールして表示させたら、

復旧したんですよ。
これから出張なのでソネブロ担当者には今すぐ返信はできませんが、担当者の言う専門用語が理解できなくても、一般Userレベルの視点で何かキーワードがあるんだなと。
一旦、PC画面から、その場から離れてみたことで開けたような気もするのです。
何で閲覧中にあんな珍現象が発生したのかはわからないままですが。
2017-07-24 08:07
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お前はまだグンマを知らないだと? [呟き独り言]
世間でいうところの3連休明けの今日は本来なら社にカオを出さなきゃイカンところですが、オヤシラズのせいで(このトシで)歯茎と頬奥が痛くて、固形物が全く咀嚼できない状態なので、朝イチでデンタルクリニックに駆け込むことと相成りました。
仕事なんかよりも自分の口の中が優先ですよ。社で何か言われたら(そんな度胸のあるヤツはいませんが)龍雲丸口調で「口ん中が痛ぇんだよぉ。喰わねぇで死ねってかぁ」ですよ。
噛まずにすむもの、舌と上顎ですり潰せるスープ、ポテトサラダ、味噌汁、豆腐類等を考え考え出してくれたジャン妻には感謝しております。
食パンすらかじれない状態での主食に昇格したビスケット・ラバンも、普段は「そんなに大量に食べるんじゃないの」ですが、ここへきて喰い放題になりました。
1週間居酒屋取材もグルメ取材もできず、今日の処置如何ではしばらくそっち方面の取材はできないかもなので、もう少し寝かせておこうかと貯えといた上州ネタを吐き出して様子を見させてください。
ただ、何しろ食べられない噛めない、酒も飲めない状態なので、このアタマ書きのように荒んだ文章で書いちゃうかもです。なるべく平静を装わないと。

私はもうこのトシでマンガなんか見ないけど。
井田ヒロトさん?高崎市在住らしいですね。
氏のマンガ「お前はまだグンマを知らない」ってヤツですよ。なんだか最近やたらとJR車内や駅で見かけるね。


前橋へ日帰りで来て、直帰する時間帯じゃないので帰社土産に買ってったのよ。1箱14枚入りだから人数数えて2箱買ってったの。
買ってって後悔したよこれ。自虐的で揶揄する内容ばかりじゃないか。


私と長年ソリが合わないオンナに「おらよ」って渡して、そいつが開封して女性中心に配ったんだけど、そこかしこでクスクス失笑が漏れてたからね。「何これぇ?」って。
私は井田氏のマンガ、知らないで買って帰ったんだもん。プリント内容は8種類あるんか。私もプリント全部見たわけじゃないけどさ。確認したのは・・・、
運動会のチーム分け?赤・白だろ?
何言ってるん、赤城、榛名、妙義だろ
グンマに向かうJR高崎線は籠原駅以降ドアが開かなくなる。
横のボタンで開閉される。
2013・2014年美肌県グランプリ堂々の最下位!
焼きまんじゅうはグンマ人以外が摂取した場合、なんやかんやで死に至る!
海から遠く離れた海なし県グンマの住民は海を見ると異常な興奮状態に陥る!
2012年度都道府県別魅力度ランキング堂々の最下位・・・!
何だよこれは。
自分で買ってきて機嫌悪くなった。不愉快になった。そこかしこで笑いが洩れてる。「俺ぁいちいち全部解説できるよ」って言い放ったモン。
焼きまんじゅうネタは酷くないか。
会社に焼きまんじゅうを土産に買ってって大不評だったことがある。あのまんじゅうはその場に火器がないと意味ないのがわかった。
まぁそれ以外はほぼ事実なんだけどね。
運動会のチーム編成は現地のママ社員から聞いてたし。
JR高崎線?私だってドアをボタンで押すの上手だよ。開くボタン押してホームに下りる時、瞬間的に背後に人がいるかいないか気配を感じたうえで下りる直前すかさずボタン押してドア閉めてるもん。
ボタン開閉ならまだいい方でさ。車両によっては手動で開け閉めするんだぜ。あれって意外に重かったりするのだ。
旅人の惑星さんなんか、長年にわたって高崎まで飲みに出て来られてるから、ドアを手動で開け閉めする動作のせいで上腕部パンパンに張ってるもん。

クッキーを配った女性(よく登場するソリ合わないオンナ)の部下に男性社員がいます。仕事ミスが多く、それでいて私を含めて上におもねるところがあるのだが、
「な、なんスかこれ?美肌ランキング最下位って?」
私はますます不機嫌になった。書いてあるとおりだよ。
「空気が乾燥してっからだよ」
「???」
「上州空っ風だよ。3つの山から吹き下ろすの。だからさっき誰かの別のクッキーにあったように、電車のドアはボタン式か手動なんだよ」
開けっ放しだったら車内寒いし埃だらけになるじゃんか。
都心と繋がってる湘南新宿ライン&上野東京ライン以外の現地JR車両はボディも窓も埃だらけで汚いよ。洗ったってすぐ埃まみれになると思う。
JRでも私鉄でもそうだが、どんなローカル駅にも必ず風除けの待合が設けられてるからね。
目つきが険しくなった私を見かねてか、クッキー配ったソリ合わないオンナが、
「私の実家もドア手動ですよ」
フォローしたつもりか?そういう時は黙ってりゃいいんだ。
海ネタね。海を見ると興奮状態とまで言わないけど、現地に無いものを見たらテンション上がるに決まってるじゃんか。
実際そういう子はいた。「海がいいよ~、やっぱ海が無いとな~」ってボヤくの。
私は「何で群馬が好きなの?」と聞かれた際にちょっと考えて「海が無いからかも・・・」と答えたことがある。
「どうしてですか?」
「海ってのは解放的になりやすいし、他県から来て賑わうしお金を落とすんだけど、やはり荒らすんだよな。ゴミとか騒音とか渋滞とか喧嘩とか。群馬って海がないからそういうのがみられないような気がした」
奥深いだろ。私は湘南の海の悪い部分を言ったのかも知れないけどね。
「〇〇さん(私のこと)とこは海があるからいいですね」って言われた。
私が言った意味を理解できてない。
やはり海があった方がいいのだろうか。瑞々しい河川じゃだめなのか。

椿町のCafeオーナー、うさこが、
「群馬って海がないじゃないですか。でも、う~み~は~ひろい~な~おおきい~な~・・・知ってますよね」
知ってるよ。知らない日本人なんているのか?文部省唱歌じゃないか。
「あの歌を作った人って、2人とも群馬の人なんですよぉ」
作詞の林柳波さんは沼田氏、作曲の井上武士さんは前橋だって。前橋駅前に井上さんの碑があった。
2012年度都道府県別魅力度ランキング堂々の最下位・・・!
やれやれ。これは私も過去にネタにしたことがあるけどさ。別にどーでもいいじゃねぇかよなぁ。私みたいな余所者でもそこに縁があって好きになったんだからさ。
最下位上等だぜ。上位なんか好きになりたかねぇよって。
6月にウチの社の親玉、ホントに上の上の上のおエライさんが来たの。私は上州に転勤してた時期、その方を同乗させて案内したことがあるのよ。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-06-28-2
久々にお会いしたら、「〇〇さん(私のこと)たまには高崎に行きたくなるんじゃないですか?」
私らを飛ばした黒幕なのですこの人。
別に問うてきたことに深い意味はない。あたり障りないスキンシップだと思う。私は「今でも帰りたいって思ってますよ」って言ってやったぜ。
今いる場所や連中を否定したに等しい。少し空気が凍った。
これは私が1個貰ったクッキー。
私が買ったんだけど。自費ですよ。私は社内土産で領収書きったこと一度もない。

このクッキー、他所の誰かが他所で作っといて群馬を揶揄してんのかと思ったら、造ってるのは群馬県北にあるみなかみ町だと?
Made in グンマ、古代グンマー帝国だって。自分で秘境とか謳ってるのか。
エミューが逃げ出したり、関越道をダチョウが走ったり、高崎駅ビル近くの立駐からイノシシが転落したり、最高気温を熊谷辺りと競ったりしてるし。7月3日の時点で前橋駅前では霧を撒いてたからね。

JRまで悪乗りしてからに。
お前はまだグンマを知らないラッピング列車だって。

115系にマンガ描かれて、何処かを走ってるらしい。
この車両なら両毛線、上越線、信越線、吾妻線の何処かしかない。でも運行日や路線は事前公表しないんだって。旅人の惑星さんかスコッチパブさん見ませんでしたか?
夏の客寄せか?
「こんなことやってるから群馬が侮られるんだ」
「まぁ。儲かればいいんじゃないの?」(ジャン妻)
買ってったのは前橋駅構内でしたが、後日、高崎駅構内の大型売店でも陳列してあった。






お前はまだグンマを知らないってか?
多少は知ってるさ。でも私はこの広告がJR車内でアピールするところの、草津温泉、袋田の滝、富岡製糸場、碓氷峠の鉄道遺産、白衣大観音、そんな有名ところに行ったことがないのだ。
B級スポットがやたらと多い地域ではある。まだまだあまり知られてない群馬ネタ含めて10話ほどいきますよ。
仕事なんかよりも自分の口の中が優先ですよ。社で何か言われたら(そんな度胸のあるヤツはいませんが)龍雲丸口調で「口ん中が痛ぇんだよぉ。喰わねぇで死ねってかぁ」ですよ。
噛まずにすむもの、舌と上顎ですり潰せるスープ、ポテトサラダ、味噌汁、豆腐類等を考え考え出してくれたジャン妻には感謝しております。
食パンすらかじれない状態での主食に昇格したビスケット・ラバンも、普段は「そんなに大量に食べるんじゃないの」ですが、ここへきて喰い放題になりました。
1週間居酒屋取材もグルメ取材もできず、今日の処置如何ではしばらくそっち方面の取材はできないかもなので、もう少し寝かせておこうかと貯えといた上州ネタを吐き出して様子を見させてください。
ただ、何しろ食べられない噛めない、酒も飲めない状態なので、このアタマ書きのように荒んだ文章で書いちゃうかもです。なるべく平静を装わないと。

私はもうこのトシでマンガなんか見ないけど。
井田ヒロトさん?高崎市在住らしいですね。
氏のマンガ「お前はまだグンマを知らない」ってヤツですよ。なんだか最近やたらとJR車内や駅で見かけるね。


前橋へ日帰りで来て、直帰する時間帯じゃないので帰社土産に買ってったのよ。1箱14枚入りだから人数数えて2箱買ってったの。
買ってって後悔したよこれ。自虐的で揶揄する内容ばかりじゃないか。


私と長年ソリが合わないオンナに「おらよ」って渡して、そいつが開封して女性中心に配ったんだけど、そこかしこでクスクス失笑が漏れてたからね。「何これぇ?」って。
私は井田氏のマンガ、知らないで買って帰ったんだもん。プリント内容は8種類あるんか。私もプリント全部見たわけじゃないけどさ。確認したのは・・・、
運動会のチーム分け?赤・白だろ?
何言ってるん、赤城、榛名、妙義だろ
グンマに向かうJR高崎線は籠原駅以降ドアが開かなくなる。
横のボタンで開閉される。
2013・2014年美肌県グランプリ堂々の最下位!
焼きまんじゅうはグンマ人以外が摂取した場合、なんやかんやで死に至る!
海から遠く離れた海なし県グンマの住民は海を見ると異常な興奮状態に陥る!
2012年度都道府県別魅力度ランキング堂々の最下位・・・!
何だよこれは。
自分で買ってきて機嫌悪くなった。不愉快になった。そこかしこで笑いが洩れてる。「俺ぁいちいち全部解説できるよ」って言い放ったモン。
焼きまんじゅうネタは酷くないか。
会社に焼きまんじゅうを土産に買ってって大不評だったことがある。あのまんじゅうはその場に火器がないと意味ないのがわかった。
まぁそれ以外はほぼ事実なんだけどね。
運動会のチーム編成は現地のママ社員から聞いてたし。
JR高崎線?私だってドアをボタンで押すの上手だよ。開くボタン押してホームに下りる時、瞬間的に背後に人がいるかいないか気配を感じたうえで下りる直前すかさずボタン押してドア閉めてるもん。
ボタン開閉ならまだいい方でさ。車両によっては手動で開け閉めするんだぜ。あれって意外に重かったりするのだ。
旅人の惑星さんなんか、長年にわたって高崎まで飲みに出て来られてるから、ドアを手動で開け閉めする動作のせいで上腕部パンパンに張ってるもん。

クッキーを配った女性(よく登場するソリ合わないオンナ)の部下に男性社員がいます。仕事ミスが多く、それでいて私を含めて上におもねるところがあるのだが、
「な、なんスかこれ?美肌ランキング最下位って?」
私はますます不機嫌になった。書いてあるとおりだよ。
「空気が乾燥してっからだよ」
「???」
「上州空っ風だよ。3つの山から吹き下ろすの。だからさっき誰かの別のクッキーにあったように、電車のドアはボタン式か手動なんだよ」
開けっ放しだったら車内寒いし埃だらけになるじゃんか。
都心と繋がってる湘南新宿ライン&上野東京ライン以外の現地JR車両はボディも窓も埃だらけで汚いよ。洗ったってすぐ埃まみれになると思う。
JRでも私鉄でもそうだが、どんなローカル駅にも必ず風除けの待合が設けられてるからね。
目つきが険しくなった私を見かねてか、クッキー配ったソリ合わないオンナが、
「私の実家もドア手動ですよ」
フォローしたつもりか?そういう時は黙ってりゃいいんだ。
海ネタね。海を見ると興奮状態とまで言わないけど、現地に無いものを見たらテンション上がるに決まってるじゃんか。
実際そういう子はいた。「海がいいよ~、やっぱ海が無いとな~」ってボヤくの。
私は「何で群馬が好きなの?」と聞かれた際にちょっと考えて「海が無いからかも・・・」と答えたことがある。
「どうしてですか?」
「海ってのは解放的になりやすいし、他県から来て賑わうしお金を落とすんだけど、やはり荒らすんだよな。ゴミとか騒音とか渋滞とか喧嘩とか。群馬って海がないからそういうのがみられないような気がした」
奥深いだろ。私は湘南の海の悪い部分を言ったのかも知れないけどね。
「〇〇さん(私のこと)とこは海があるからいいですね」って言われた。
私が言った意味を理解できてない。
やはり海があった方がいいのだろうか。瑞々しい河川じゃだめなのか。

椿町のCafeオーナー、うさこが、
「群馬って海がないじゃないですか。でも、う~み~は~ひろい~な~おおきい~な~・・・知ってますよね」
知ってるよ。知らない日本人なんているのか?文部省唱歌じゃないか。
「あの歌を作った人って、2人とも群馬の人なんですよぉ」
作詞の林柳波さんは沼田氏、作曲の井上武士さんは前橋だって。前橋駅前に井上さんの碑があった。
2012年度都道府県別魅力度ランキング堂々の最下位・・・!
やれやれ。これは私も過去にネタにしたことがあるけどさ。別にどーでもいいじゃねぇかよなぁ。私みたいな余所者でもそこに縁があって好きになったんだからさ。
最下位上等だぜ。上位なんか好きになりたかねぇよって。
6月にウチの社の親玉、ホントに上の上の上のおエライさんが来たの。私は上州に転勤してた時期、その方を同乗させて案内したことがあるのよ。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-06-28-2
久々にお会いしたら、「〇〇さん(私のこと)たまには高崎に行きたくなるんじゃないですか?」
私らを飛ばした黒幕なのですこの人。
別に問うてきたことに深い意味はない。あたり障りないスキンシップだと思う。私は「今でも帰りたいって思ってますよ」って言ってやったぜ。
今いる場所や連中を否定したに等しい。少し空気が凍った。
これは私が1個貰ったクッキー。
私が買ったんだけど。自費ですよ。私は社内土産で領収書きったこと一度もない。

このクッキー、他所の誰かが他所で作っといて群馬を揶揄してんのかと思ったら、造ってるのは群馬県北にあるみなかみ町だと?
Made in グンマ、古代グンマー帝国だって。自分で秘境とか謳ってるのか。
エミューが逃げ出したり、関越道をダチョウが走ったり、高崎駅ビル近くの立駐からイノシシが転落したり、最高気温を熊谷辺りと競ったりしてるし。7月3日の時点で前橋駅前では霧を撒いてたからね。

JRまで悪乗りしてからに。
お前はまだグンマを知らないラッピング列車だって。

115系にマンガ描かれて、何処かを走ってるらしい。
この車両なら両毛線、上越線、信越線、吾妻線の何処かしかない。でも運行日や路線は事前公表しないんだって。旅人の惑星さんかスコッチパブさん見ませんでしたか?
夏の客寄せか?
「こんなことやってるから群馬が侮られるんだ」
「まぁ。儲かればいいんじゃないの?」(ジャン妻)
買ってったのは前橋駅構内でしたが、後日、高崎駅構内の大型売店でも陳列してあった。






お前はまだグンマを知らないってか?
多少は知ってるさ。でも私はこの広告がJR車内でアピールするところの、草津温泉、袋田の滝、富岡製糸場、碓氷峠の鉄道遺産、白衣大観音、そんな有名ところに行ったことがないのだ。
B級スポットがやたらと多い地域ではある。まだまだあまり知られてない群馬ネタ含めて10話ほどいきますよ。
2017-07-18 06:06
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Blogに支配される日常 [呟き独り言]
公開するしないは別として、その日にあったことを毎日寝るまでに書き留めるのが日記というもの。
これが旅行記、居酒屋探訪記、グルメガイドのようなものになると様相が変わってきます。泊まった晩にはアルコールが入るし、宿泊した晩に書き留められるとは限らないし。旅全体を見て写真整理から構成から考えたりします。
私がこの世界を知った初期の頃は温泉サイトに出入りして、そこの掲示板からデビューさせていただいたのです。そこで船山温泉を知ったのですが、その前から会津湯野上の蕎麦宿には行っておりました。
その世界でいろいろ教わったし、自分で、ああそういうものかと自分なりに得心したのは、温泉宿の宿泊記は、安宿から高給旅館までいろいろあって、上限、ランクにキリが無いし、ある程度のお金と余暇が必要というもの。
私は海外には行かないですが、そういう世界も同じようなものでしょう。

温泉サイトって、私と同じくらいの所得階層に住む方や、嗜好が同じ方ならお話し合えるのですが、数年前にそういう世界にいるのが難しいと思ったことがありました。
もちろん私をこの世界に出してくれたのには感謝しておりますが、私は新規開拓はもう何年もしていません。ここ数年だと船山温泉(この宿も高くなりましたねぇ)、湯野上の蕎麦宿、伊豆高原八幡野、この3宿のローテーションだけです。
伊豆八幡野で、
「俺ら金の使い方を間違えたかな」
「そんなことない」
「世の中他にもっともっといい宿があるのかもな」
「いいのこれで」
私はもともと温泉フリークじゃないし、熱々の源泉かけ流しを好まないし、硫黄の香りが苦手だし、湯より料理、宿での人間ドラマを欲するのです。今はどなたかが高級旅館に泊まられた記事を見ても、「凄ぇ宿だなぁ」と思うくらいで、自分がそういう宿に泊まったバーチャリアリティーが浮かばないし、そういう世界から撤退しました。あ、これ批判じゃないですよ。
では居酒屋を含めた飲食店ネタについて。私のはグルメガイドではなく、やはりそこで起きた人間ドラマ重視。当然ながらそこには喜怒哀楽の感情があって、怒の部分もあるのです。怒までなくても苛々したりします。
昨日の記事で会津若松市の某ホテルの洋朝食のようにあまり酷いものはハッキリ書いたりしますが、他での多少の美味い不味いは単なるその時の気分です。
皆さんのお役に立つ記事なんてありゃしません。
バカ美味でなくても何か惹かれるものがあればいいのです。
日常のドラマはなるべくいいオチに持っていこうと努力します。何かのCMのように愚痴にするよりネタにしてしまって、イヤなことでも書き上げてUpすることで客観的に見れる、起きた様々な事項を全体的に俯瞰して見ることができるのだよ。
自己満足ですが、自分の日記なんだからね。

毎日更新について。私がリンクしている方々以外に毎日見てるBlogで、群馬在住のある方のBlogがあります。その方も殆ど毎日更新です。
旅人の惑星さんではないです。
そこではご本人が「自分は文才が無い」などと仰ってたがトンデモない。私なんかより丁寧な文体で表現力も豊富な方です。最近の呟き記事を見たら、仕事や日々の多忙で更新がキツくなり、万歳しちゃったみたいでちょっと残念。
(今日見たら更新されてましたね。)
毎日楽しみに応援してたのですが、コメント欄が無いので激励できないし、語り合えない。見守るしかないのですが、こうも言っておられた。
「日々の雑記のつもりだったのが、Blogが日常を支配してしまった・・・」
あ、なるほど。私なんかとっくの昔からそうですよ。毎日更新してるとこういう症状に陥りやすいようです。
私はなるべくしっかりした内容で、やっつけは避けようという意識はあります。(写真だけで本文無しの場合もありあすが)そうやってたら初期の頃に比べてUpするサイズがデカく長くなってしまった。コラムなのか記事なのか特集なのかわかんなくなり、ボリュームがデカくなったことで日常生活とBlogが転倒しちゃった感はありますね。
そうなると取材対象に向かうのが「記事にする為にでかける」になっちゃってるんです。
ランチネタの場合は時間が限られてくる。公用外出先でのランチは当然、業務が主で、ランチが従の筈ですが、私は公用先へのスケジュールや予定していた時系列のスケジュールが狂って目的の店にランチに行けなかったりすると不機嫌になるのが自分でもわかる。
主従逆転してるのです。やはりBlogが日常生活を支配しちゃってるんですな。
街角中華屋さんに入ったとしても、一話一飯のワンクールで完結すればいいのに、ラーメン、炒飯、肉野菜炒め、幾つか貯めないとUpしなかったりってことがよくあります。
専門店でも醬油の次は塩いかなきゃとか。
そろそろUpしようか、いやまだ寝かせておこう、五目焼きそばイッテみないと、とか。これが貯まると週刊誌や月刊誌の特集のようなもので、もう日記とはいえなくなってきますね。
そういうデカめの記事が待機中ですのでお楽しみに。で、毎日Upすることで日常のリズムをキープしているという、傍から見ればオカシな生活リズムを数年続けていたらそれがアタリマエになってしまった。
別に否定しません。それでいいです。
ネタがあるってことは恵まれているともいえますから。

でもその群馬のBloggerさんが仰っていたもうひとつ、
「これからは経済的に負担の少ないネタに変えて参りませんと、ブログのせいで生活が成り立たなくなってしまうかも知れません」
飲食店対象もゼニがかかるし、そこへ行く、そこにいる時間も必要です。
費用の面でちょっと考えたりする。今はまだ現役だからいいけど引退したら?
でもこの先々なんてわからないし。日々続けるしかないです。
これが旅行記、居酒屋探訪記、グルメガイドのようなものになると様相が変わってきます。泊まった晩にはアルコールが入るし、宿泊した晩に書き留められるとは限らないし。旅全体を見て写真整理から構成から考えたりします。
私がこの世界を知った初期の頃は温泉サイトに出入りして、そこの掲示板からデビューさせていただいたのです。そこで船山温泉を知ったのですが、その前から会津湯野上の蕎麦宿には行っておりました。
その世界でいろいろ教わったし、自分で、ああそういうものかと自分なりに得心したのは、温泉宿の宿泊記は、安宿から高給旅館までいろいろあって、上限、ランクにキリが無いし、ある程度のお金と余暇が必要というもの。
私は海外には行かないですが、そういう世界も同じようなものでしょう。

温泉サイトって、私と同じくらいの所得階層に住む方や、嗜好が同じ方ならお話し合えるのですが、数年前にそういう世界にいるのが難しいと思ったことがありました。
もちろん私をこの世界に出してくれたのには感謝しておりますが、私は新規開拓はもう何年もしていません。ここ数年だと船山温泉(この宿も高くなりましたねぇ)、湯野上の蕎麦宿、伊豆高原八幡野、この3宿のローテーションだけです。
伊豆八幡野で、
「俺ら金の使い方を間違えたかな」
「そんなことない」
「世の中他にもっともっといい宿があるのかもな」
「いいのこれで」
私はもともと温泉フリークじゃないし、熱々の源泉かけ流しを好まないし、硫黄の香りが苦手だし、湯より料理、宿での人間ドラマを欲するのです。今はどなたかが高級旅館に泊まられた記事を見ても、「凄ぇ宿だなぁ」と思うくらいで、自分がそういう宿に泊まったバーチャリアリティーが浮かばないし、そういう世界から撤退しました。あ、これ批判じゃないですよ。
では居酒屋を含めた飲食店ネタについて。私のはグルメガイドではなく、やはりそこで起きた人間ドラマ重視。当然ながらそこには喜怒哀楽の感情があって、怒の部分もあるのです。怒までなくても苛々したりします。
昨日の記事で会津若松市の某ホテルの洋朝食のようにあまり酷いものはハッキリ書いたりしますが、他での多少の美味い不味いは単なるその時の気分です。
皆さんのお役に立つ記事なんてありゃしません。
バカ美味でなくても何か惹かれるものがあればいいのです。
日常のドラマはなるべくいいオチに持っていこうと努力します。何かのCMのように愚痴にするよりネタにしてしまって、イヤなことでも書き上げてUpすることで客観的に見れる、起きた様々な事項を全体的に俯瞰して見ることができるのだよ。
自己満足ですが、自分の日記なんだからね。

毎日更新について。私がリンクしている方々以外に毎日見てるBlogで、群馬在住のある方のBlogがあります。その方も殆ど毎日更新です。
旅人の惑星さんではないです。
そこではご本人が「自分は文才が無い」などと仰ってたがトンデモない。私なんかより丁寧な文体で表現力も豊富な方です。最近の呟き記事を見たら、仕事や日々の多忙で更新がキツくなり、万歳しちゃったみたいでちょっと残念。
(今日見たら更新されてましたね。)
毎日楽しみに応援してたのですが、コメント欄が無いので激励できないし、語り合えない。見守るしかないのですが、こうも言っておられた。
「日々の雑記のつもりだったのが、Blogが日常を支配してしまった・・・」
あ、なるほど。私なんかとっくの昔からそうですよ。毎日更新してるとこういう症状に陥りやすいようです。
私はなるべくしっかりした内容で、やっつけは避けようという意識はあります。(写真だけで本文無しの場合もありあすが)そうやってたら初期の頃に比べてUpするサイズがデカく長くなってしまった。コラムなのか記事なのか特集なのかわかんなくなり、ボリュームがデカくなったことで日常生活とBlogが転倒しちゃった感はありますね。
そうなると取材対象に向かうのが「記事にする為にでかける」になっちゃってるんです。
ランチネタの場合は時間が限られてくる。公用外出先でのランチは当然、業務が主で、ランチが従の筈ですが、私は公用先へのスケジュールや予定していた時系列のスケジュールが狂って目的の店にランチに行けなかったりすると不機嫌になるのが自分でもわかる。
主従逆転してるのです。やはりBlogが日常生活を支配しちゃってるんですな。
街角中華屋さんに入ったとしても、一話一飯のワンクールで完結すればいいのに、ラーメン、炒飯、肉野菜炒め、幾つか貯めないとUpしなかったりってことがよくあります。
専門店でも醬油の次は塩いかなきゃとか。
そろそろUpしようか、いやまだ寝かせておこう、五目焼きそばイッテみないと、とか。これが貯まると週刊誌や月刊誌の特集のようなもので、もう日記とはいえなくなってきますね。
そういうデカめの記事が待機中ですのでお楽しみに。で、毎日Upすることで日常のリズムをキープしているという、傍から見ればオカシな生活リズムを数年続けていたらそれがアタリマエになってしまった。
別に否定しません。それでいいです。
ネタがあるってことは恵まれているともいえますから。

でもその群馬のBloggerさんが仰っていたもうひとつ、
「これからは経済的に負担の少ないネタに変えて参りませんと、ブログのせいで生活が成り立たなくなってしまうかも知れません」
飲食店対象もゼニがかかるし、そこへ行く、そこにいる時間も必要です。
費用の面でちょっと考えたりする。今はまだ現役だからいいけど引退したら?
でもこの先々なんてわからないし。日々続けるしかないです。
2017-06-11 13:48
コメント(4)
我が家の隠居所 [呟き独り言]
桜の時期もそろそろ終わりか。儚いものです。
「桜は潔く散るからいいのよ」(ジャン妻)
何かひっかかる言い方だな。



桜咲いて散る日曜日、私はジャン妻との共同自室・作業部屋の一画にいます
そこから窓を見た目線の光景です。

冬寒かったので、部屋の片隅に炬燵を置いてデスク上にあったPCを移設した。移設してくれたのはジャン妻です。
デスクと炬燵は私が25年以上前、鎌倉市に1年ひとり暮らしていた時のもので今でも大事に長持ちしています。
炬燵に入ってPCに向かうとそのまま腰が上がらなくなった。今年の冬場、家にいる時はそういう暮らしをしてました。飯時(家飲み)と風呂とWCに行く時以外はずーっとここで暮らしていたのです。ここが作業場でもともとのデスクの上は乱雑な物置状態になっている。

ここを私の隠居所と呼んでいる。
3月末
「春になったら撤去するわよ」(ジャン妻)
もうとっくに春になっていますが。
「4月になったら片づけるわよ。デスクに戻りなさい」
「ヤダ」
「!!!」
「ここがいい」
「ダメっ!!」
「私の隠居所だ」
「何が隠居所よ。アナタはまだまだ現役・・・」
「殿に作って貰った隠居所・・・」
遮って「何が殿よ・・・」
・・・説明が必要です。三屋清左衛門残日録の世界。先代藩主が世子を定めるにあたって嫡男にするか次男にするか迷いが出た時、お側用人だった三屋清左衛門が「長幼の序を乱しては藩内に争いを生じかねません」と進言したことで現藩主が清左衛門に好意を持ち「国元に戻っても今の屋敷を出るにはおよばない。隠居部屋が欲しければ申し出るとよい。普請組に手配させよう」というもの。そこからスタートする。
だがジャン妻はそういうつもりでこの場を用意したのではないわよと。あくまで底冷えるす冬場だけの処遇で、暖かくなったらもとのデスクに戻りなさいというのである。
「清左は50代で隠居したんだぞ」
それには応えず「4月には撤去するからね」
「せめて5月のGWまで待ってくれ」
4月になってもまだ寒い日ってあるから。ったくせっかく殿に作って貰った隠居所を。この冬場は外回りをしてても身が入らず、早く隠居所の炬燵場に還りたい気持ちが強かったのだ。それだけこの冬は寒かったのもある。
室内のエアコンは極力使用せず暖房はカーペットだけ。その状態でトレーナーもセーターもカーディガンも持っていない私は厚手のOPENシャツに作務衣を重ね着して、その上にドテラ?ちゃんちゃんこ?を羽織ってこの部屋にずーっと縮こまっていた。傍から見たら殆ど老人に見えたのではないか。

ジャン妻は3月から4月第2週まで毎晩遅く、休日も潰れ、家に殆どいない始末。
「晩御飯は先に済ませて」が続き、私が上大岡や子安でぼっち酒を喰らい、帰ってきてこの部屋、隠居所に潜り込んでそのまま寝てしまったりした。
雨の日曜日、ジャン妻は休日出で不在になった。
仕事が好きだねえ。
出勤前にジャン妻がこの隠居所にズカズカやってきて、
「雨戸開けるわよ」
「・・・」
「開けなさい」
「このままにしといてくれ」
「何で?暗いじゃない」
「蟄居閉門になったみたいで寛げるんだ」
「!!!」
結局は無情にも雨戸を開けられてしまったのだがジャン妻はコーヒーその他をここへ持って来てくれた。
コーヒーだけです。ここでの飲食は許されない。私が図にのって、
「飯もここへ持って来てくれない?」
そう言ったら怒髪天を突き唇が裂けて眦が釣り上がり夜叉の形相になったものである。
でも今はいないので、ひとりでここで飲食してもバレないぞ。
ところがそれは甘い。ジャン妻は留守中に私が何を食べ散らかしたか痕跡をチェックする時があるのですよ。このクラカーのゴミは何?とか、ポテチの破片を拾ったりとか。

ここ隠居所の暮らしが心地よい。なるほど静岡市のコンクリート打ちっぱなしの無機質ホテル・オークが意外と寛げるのが改めてよくわかった。あのホテルは窓が殆どないので慣れない最初は息苦しい感があるが、こっちが無気力・怠惰な気分だと妙に寛げるのです。

さっきまで寝てた。私は朝が早いので朝だけ強いのですが。移動中に10分でも15分でも寝るようにしている。
この隠居所でもそう。仮眠します。炬燵なのでそこで寝るにしても床に肩や背中つけて寝ないです。座ったまま首だけ前にガクンと倒して寝てしまう。
爆睡はしません。いいとこ30分程度。首が痛くなって目が覚めるのです。
僅か30分でも夢を見たりする。夢に過去の人が出てきたりする。
起きたら暗い。雨だから余計に暗い。
こういう時に家に小さい犬猫でも飼ってれば膝上に乗っかったりしてくるのかね。
でも私はペットを飼わない人生を送って来た。生き物は死ぬから。責任もって飼えないのもある。
外は鉛色の空模様で雨が降っていた。灰色の風景を見てるとこっちまでグレーな気分になってくる。ブルーな気分ではなくてグレーです。
この雨では桜も散ってしまうな。
そう考えると儚い気分になる。外へ出ようという気にならない。外に出たら桜散る風景を目の当たりにしてしまうから。
私は春が嫌いなのかもしれない。
いつかは多少の寂寥感とともにこうして俗世から離れて逼塞するのだろう。隠居したらこの一画で終日過ごすのかな。
その心の準備というかリハーサル?早いって?確かに早い。だが私も会社勤めの盛りは過ぎつつある。この冬はそういう気持ちが強くなった。若手の執行部と益々合わなくなってきたし。

不思議とここにいると飽きないのですが。
18時過ぎにジャン妻からメールが来た。
「21時に終わりそうにないので、先に済ませてください。申し訳ないです」
「順調に進んではいるの?」
「はい大丈夫です(^O^)」
さて、どうしようか。
外は雨。日曜だし。何処へ晩酌しに行こうか。
日曜に営っている店は選択肢が限定されますからね。

この店に行ったのですが(2度め)、サイドストーリーがあるので詳細は後日に。
「桜は潔く散るからいいのよ」(ジャン妻)
何かひっかかる言い方だな。



桜咲いて散る日曜日、私はジャン妻との共同自室・作業部屋の一画にいます
そこから窓を見た目線の光景です。

冬寒かったので、部屋の片隅に炬燵を置いてデスク上にあったPCを移設した。移設してくれたのはジャン妻です。
デスクと炬燵は私が25年以上前、鎌倉市に1年ひとり暮らしていた時のもので今でも大事に長持ちしています。
炬燵に入ってPCに向かうとそのまま腰が上がらなくなった。今年の冬場、家にいる時はそういう暮らしをしてました。飯時(家飲み)と風呂とWCに行く時以外はずーっとここで暮らしていたのです。ここが作業場でもともとのデスクの上は乱雑な物置状態になっている。

ここを私の隠居所と呼んでいる。
3月末
「春になったら撤去するわよ」(ジャン妻)
もうとっくに春になっていますが。
「4月になったら片づけるわよ。デスクに戻りなさい」
「ヤダ」
「!!!」
「ここがいい」
「ダメっ!!」
「私の隠居所だ」
「何が隠居所よ。アナタはまだまだ現役・・・」
「殿に作って貰った隠居所・・・」
遮って「何が殿よ・・・」
・・・説明が必要です。三屋清左衛門残日録の世界。先代藩主が世子を定めるにあたって嫡男にするか次男にするか迷いが出た時、お側用人だった三屋清左衛門が「長幼の序を乱しては藩内に争いを生じかねません」と進言したことで現藩主が清左衛門に好意を持ち「国元に戻っても今の屋敷を出るにはおよばない。隠居部屋が欲しければ申し出るとよい。普請組に手配させよう」というもの。そこからスタートする。
だがジャン妻はそういうつもりでこの場を用意したのではないわよと。あくまで底冷えるす冬場だけの処遇で、暖かくなったらもとのデスクに戻りなさいというのである。
「清左は50代で隠居したんだぞ」
それには応えず「4月には撤去するからね」
「せめて5月のGWまで待ってくれ」
4月になってもまだ寒い日ってあるから。ったくせっかく殿に作って貰った隠居所を。この冬場は外回りをしてても身が入らず、早く隠居所の炬燵場に還りたい気持ちが強かったのだ。それだけこの冬は寒かったのもある。
室内のエアコンは極力使用せず暖房はカーペットだけ。その状態でトレーナーもセーターもカーディガンも持っていない私は厚手のOPENシャツに作務衣を重ね着して、その上にドテラ?ちゃんちゃんこ?を羽織ってこの部屋にずーっと縮こまっていた。傍から見たら殆ど老人に見えたのではないか。

ジャン妻は3月から4月第2週まで毎晩遅く、休日も潰れ、家に殆どいない始末。
「晩御飯は先に済ませて」が続き、私が上大岡や子安でぼっち酒を喰らい、帰ってきてこの部屋、隠居所に潜り込んでそのまま寝てしまったりした。
雨の日曜日、ジャン妻は休日出で不在になった。
仕事が好きだねえ。
出勤前にジャン妻がこの隠居所にズカズカやってきて、
「雨戸開けるわよ」
「・・・」
「開けなさい」
「このままにしといてくれ」
「何で?暗いじゃない」
「蟄居閉門になったみたいで寛げるんだ」
「!!!」
結局は無情にも雨戸を開けられてしまったのだがジャン妻はコーヒーその他をここへ持って来てくれた。
コーヒーだけです。ここでの飲食は許されない。私が図にのって、
「飯もここへ持って来てくれない?」
そう言ったら怒髪天を突き唇が裂けて眦が釣り上がり夜叉の形相になったものである。
でも今はいないので、ひとりでここで飲食してもバレないぞ。
ところがそれは甘い。ジャン妻は留守中に私が何を食べ散らかしたか痕跡をチェックする時があるのですよ。このクラカーのゴミは何?とか、ポテチの破片を拾ったりとか。

ここ隠居所の暮らしが心地よい。なるほど静岡市のコンクリート打ちっぱなしの無機質ホテル・オークが意外と寛げるのが改めてよくわかった。あのホテルは窓が殆どないので慣れない最初は息苦しい感があるが、こっちが無気力・怠惰な気分だと妙に寛げるのです。

さっきまで寝てた。私は朝が早いので朝だけ強いのですが。移動中に10分でも15分でも寝るようにしている。
この隠居所でもそう。仮眠します。炬燵なのでそこで寝るにしても床に肩や背中つけて寝ないです。座ったまま首だけ前にガクンと倒して寝てしまう。
爆睡はしません。いいとこ30分程度。首が痛くなって目が覚めるのです。
僅か30分でも夢を見たりする。夢に過去の人が出てきたりする。
起きたら暗い。雨だから余計に暗い。
こういう時に家に小さい犬猫でも飼ってれば膝上に乗っかったりしてくるのかね。
でも私はペットを飼わない人生を送って来た。生き物は死ぬから。責任もって飼えないのもある。
外は鉛色の空模様で雨が降っていた。灰色の風景を見てるとこっちまでグレーな気分になってくる。ブルーな気分ではなくてグレーです。
この雨では桜も散ってしまうな。
そう考えると儚い気分になる。外へ出ようという気にならない。外に出たら桜散る風景を目の当たりにしてしまうから。
私は春が嫌いなのかもしれない。
いつかは多少の寂寥感とともにこうして俗世から離れて逼塞するのだろう。隠居したらこの一画で終日過ごすのかな。
その心の準備というかリハーサル?早いって?確かに早い。だが私も会社勤めの盛りは過ぎつつある。この冬はそういう気持ちが強くなった。若手の執行部と益々合わなくなってきたし。

不思議とここにいると飽きないのですが。
18時過ぎにジャン妻からメールが来た。
「21時に終わりそうにないので、先に済ませてください。申し訳ないです」
「順調に進んではいるの?」
「はい大丈夫です(^O^)」
さて、どうしようか。
外は雨。日曜だし。何処へ晩酌しに行こうか。
日曜に営っている店は選択肢が限定されますからね。

この店に行ったのですが(2度め)、サイドストーリーがあるので詳細は後日に。
2017-04-16 13:27
コメント(2)
故郷の風 [呟き独り言]
平成24年に上州を知り得て6年めになりました。
歳月の経つのは早いものでございます。
ですが上州ネタは昨年の終わり頃から最盛期に比べてガクンと減っています。行く回数が減ったからです。

1月某日に下り立った上州玄関口でぐんまちゃんがお出迎え。



高崎駅西口でレンタカーをGETして北へ向かいます。
寒い冬の澄んだ青空を快走します。
澄んだ青い空の下に構える上州三山(赤城、榛名、妙義)と今いる自分の位置を線で結べばナビ不要で道に迷わない。どの山がどっち側にあるかで自分がどの辺りにいるか大体わかるのです。

http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-01-12-1で述べたように。
草の者(陰の部下)を得たことで地方出張の回数が減っちゃったのですよ。上州なんか特にそう。
ひとりで廻っていた時は月に2~4回行ってたのに。
行く数が減りゃネタも減る訳でさ。
前は1ヶ月の記事まるまる上州ネタだったりしたが、最近はそこまでのボリューム、記事数でもないのです。
行く回数が減り、その間に現地で社員が3名辞めました。
辞める者は辞める自分が正しいと思って辞めていくんです。その人それ也の理由・事情があるので仕方がないけれど、その3人をそうさせたのは私にも責任の一旦があるのかなぁなんて思ったりする。東京にいてケアできなかった。
「アナタが責任感じる必要ないと思うわよ。この現場や従業員に対してもフラットに接すればいいのよ」(ジャン妻)
最近その意味もわかるようになってきたので前ほど熱くならなくなった。それは私の公用エリアで上州以外に駿州と遠州が加わったせいかもしれない。
まだネタにはできないですが駿州と遠州は初めて上州に関わった頃のような新鮮さがあるのです。
そっち方面へ私の気持ちが逸れたのかも知れない。以前よりは上州への思い入れが薄れた。
走りながら自分に問いかけたりする。社員が3名辞めたから何だってんだい。私の上州アイディンディはそんな小さいものだったのかと。
首都圏なんかもっと辞めてますからね。
問題児が辞めたことで私の負担が軽減されたのは間違いないのですが。一抹の寂寥感もあります。とはいうものの、私が東京本社でいちばんの上州びいきなのは自他共に認められているので、こうして上州へ来てレンタカー転がしてると改めて「上州はいいなぁ」と思うのだ。首都圏での雑事を忘れます。
この後、現場で2013年の記事に登場したNと再会した。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-03-18

Nは2年前に産休に入り、今年になって時短で復職したのです。
1年半年振りに会ったNはスッ頓狂な声を上げた。
「ああっ!!」
「おう。元気だったか」
「やっと会えたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。もうっ元気だったですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?」
産休中に辞めた3人の1人はNの大シンパだったので私は軽くアタマを下げた。
「休んでる間にアイツ、辞めたよ」
「ハイ聞きました。ラインで知りました」
「引き留められんかった。スマン」
「いえ・・・仕方がないです。自分も休んでいなかったし」
Nはマジメ人間なので、もし時計の針を戻せば草の者になれる下地はあったかもしれない。

そしてまた別の現場へ。
そこで待っていた私の陰の部下、草の者6号。
「例の申請、受理はされたけど、追加で保管場所の図面が必要になった」
「ズ・メ・ン・・・ですか?」(6号)
「保管庫の立体図だよ。描いて送っといてくれないかな」
「りったいず!!」
「うん。手書きでいいよ」
「あ、あ、あ・・・」
「あ、がどーした??」
「あ、アタシ、5段階評価で小・中・高校とずーっと美術が2なんですけどっ」
「び、美術??」
私はちょっと呆れた。美術ぅ?
誰も水彩画を描けとは言ってない。
「図面だよ。絵心は関係ない。大まかでいいよ。それに縦、横、長さを計って記載するの。私が清書するから」
「たて、よこ、ながさ・・・ですか?」
「理系だろ?」
「い、一応は」
「単位系間違えんなよ」
「た、たんい系ですか?」
大丈夫かなこいつ。義務教育のレベルだぜ。
私は少しイラつきながら「保管場所の面積とボリューム(容積)を計算して記入する欄もあるんだよ。Cm(センチメートル)で測ってくれりゃぁいいから」
「あ、ハイ」
この程度のマンガも描いたことないのかね今の子は。

後でフリーハンドで殴り書きされた稚拙なマンガが送られてきたけど。
エリア内で抜擢された優秀な社員の筈なのにこの体たらく。「お前大卒だろ。義務教育受けてんのか?」ってドヤしつけたくなった。
会話はまだ続いた。外寸ではなく内寸で測れとか、板厚を含めて外寸内寸の説明や、現場の写真撮影も依頼した。
「写真ですか?」
「スマホでいいよ」
「撮った写真はどうすればいいですか?」
「私の業務アドレスに送ってくれ。自分で図面を引く感覚で写真を撮るんだぞ」
「じ、じぶんで図面を描く感覚ですね」
その写真がヘタくそだったのです。後日6号に現場の寸法を測るのを手伝わせたら、そういう仕事もするんだぁ・・・と不可思議な表情をしておった。普段やってるルーチンワーク以外の作業なので新鮮だったようです。
これは昼休憩でくだらないワイドショーを観ながらコンビニのジャンクフードを喰らう6号。

更に西へ向かって高崎へターンする。

レンタカーを返してひとり歩いてみる。
陽は西に傾きかけている。



上州は平和です。小さい火種は燻っているのですがどれもこれも小さなことで私が出る幕ではなく、現地リーダーで改善するべき事柄ばかりなのも最近わかった。
部下を動かすことで楽になったという安堵感と、部下に教えるのってめんどいんだな~と思う今更感と、部下に任せることで自分が関わらなくなった若干の寂寥感が入り混じったヘンな心境です。
現在の上州は平和です。だって問題児は辞めちゃったんだから。
一抹の寂しさを胸に抱いて夜の街へ消えていこう。
歳月の経つのは早いものでございます。
ですが上州ネタは昨年の終わり頃から最盛期に比べてガクンと減っています。行く回数が減ったからです。

1月某日に下り立った上州玄関口でぐんまちゃんがお出迎え。



高崎駅西口でレンタカーをGETして北へ向かいます。
寒い冬の澄んだ青空を快走します。
澄んだ青い空の下に構える上州三山(赤城、榛名、妙義)と今いる自分の位置を線で結べばナビ不要で道に迷わない。どの山がどっち側にあるかで自分がどの辺りにいるか大体わかるのです。

http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-01-12-1で述べたように。
草の者(陰の部下)を得たことで地方出張の回数が減っちゃったのですよ。上州なんか特にそう。
ひとりで廻っていた時は月に2~4回行ってたのに。
行く数が減りゃネタも減る訳でさ。
前は1ヶ月の記事まるまる上州ネタだったりしたが、最近はそこまでのボリューム、記事数でもないのです。
行く回数が減り、その間に現地で社員が3名辞めました。
辞める者は辞める自分が正しいと思って辞めていくんです。その人それ也の理由・事情があるので仕方がないけれど、その3人をそうさせたのは私にも責任の一旦があるのかなぁなんて思ったりする。東京にいてケアできなかった。
「アナタが責任感じる必要ないと思うわよ。この現場や従業員に対してもフラットに接すればいいのよ」(ジャン妻)
最近その意味もわかるようになってきたので前ほど熱くならなくなった。それは私の公用エリアで上州以外に駿州と遠州が加わったせいかもしれない。
まだネタにはできないですが駿州と遠州は初めて上州に関わった頃のような新鮮さがあるのです。
そっち方面へ私の気持ちが逸れたのかも知れない。以前よりは上州への思い入れが薄れた。
走りながら自分に問いかけたりする。社員が3名辞めたから何だってんだい。私の上州アイディンディはそんな小さいものだったのかと。
首都圏なんかもっと辞めてますからね。
問題児が辞めたことで私の負担が軽減されたのは間違いないのですが。一抹の寂寥感もあります。とはいうものの、私が東京本社でいちばんの上州びいきなのは自他共に認められているので、こうして上州へ来てレンタカー転がしてると改めて「上州はいいなぁ」と思うのだ。首都圏での雑事を忘れます。
この後、現場で2013年の記事に登場したNと再会した。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-03-18

Nは2年前に産休に入り、今年になって時短で復職したのです。
1年半年振りに会ったNはスッ頓狂な声を上げた。
「ああっ!!」
「おう。元気だったか」
「やっと会えたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。もうっ元気だったですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?」
産休中に辞めた3人の1人はNの大シンパだったので私は軽くアタマを下げた。
「休んでる間にアイツ、辞めたよ」
「ハイ聞きました。ラインで知りました」
「引き留められんかった。スマン」
「いえ・・・仕方がないです。自分も休んでいなかったし」
Nはマジメ人間なので、もし時計の針を戻せば草の者になれる下地はあったかもしれない。

そしてまた別の現場へ。
そこで待っていた私の陰の部下、草の者6号。
「例の申請、受理はされたけど、追加で保管場所の図面が必要になった」
「ズ・メ・ン・・・ですか?」(6号)
「保管庫の立体図だよ。描いて送っといてくれないかな」
「りったいず!!」
「うん。手書きでいいよ」
「あ、あ、あ・・・」
「あ、がどーした??」
「あ、アタシ、5段階評価で小・中・高校とずーっと美術が2なんですけどっ」
「び、美術??」
私はちょっと呆れた。美術ぅ?
誰も水彩画を描けとは言ってない。
「図面だよ。絵心は関係ない。大まかでいいよ。それに縦、横、長さを計って記載するの。私が清書するから」
「たて、よこ、ながさ・・・ですか?」
「理系だろ?」
「い、一応は」
「単位系間違えんなよ」
「た、たんい系ですか?」
大丈夫かなこいつ。義務教育のレベルだぜ。
私は少しイラつきながら「保管場所の面積とボリューム(容積)を計算して記入する欄もあるんだよ。Cm(センチメートル)で測ってくれりゃぁいいから」
「あ、ハイ」
この程度のマンガも描いたことないのかね今の子は。

後でフリーハンドで殴り書きされた稚拙なマンガが送られてきたけど。
エリア内で抜擢された優秀な社員の筈なのにこの体たらく。「お前大卒だろ。義務教育受けてんのか?」ってドヤしつけたくなった。
会話はまだ続いた。外寸ではなく内寸で測れとか、板厚を含めて外寸内寸の説明や、現場の写真撮影も依頼した。
「写真ですか?」
「スマホでいいよ」
「撮った写真はどうすればいいですか?」
「私の業務アドレスに送ってくれ。自分で図面を引く感覚で写真を撮るんだぞ」
「じ、じぶんで図面を描く感覚ですね」
その写真がヘタくそだったのです。後日6号に現場の寸法を測るのを手伝わせたら、そういう仕事もするんだぁ・・・と不可思議な表情をしておった。普段やってるルーチンワーク以外の作業なので新鮮だったようです。
これは昼休憩でくだらないワイドショーを観ながらコンビニのジャンクフードを喰らう6号。

更に西へ向かって高崎へターンする。

レンタカーを返してひとり歩いてみる。
陽は西に傾きかけている。



上州は平和です。小さい火種は燻っているのですがどれもこれも小さなことで私が出る幕ではなく、現地リーダーで改善するべき事柄ばかりなのも最近わかった。
部下を動かすことで楽になったという安堵感と、部下に教えるのってめんどいんだな~と思う今更感と、部下に任せることで自分が関わらなくなった若干の寂寥感が入り混じったヘンな心境です。
現在の上州は平和です。だって問題児は辞めちゃったんだから。
一抹の寂しさを胸に抱いて夜の街へ消えていこう。
2017-03-05 16:08
コメント(0)
写真は104ですが。。。 [呟き独り言]
「あれぇ。今日も出張でぇすかぁ?」







料理写真とは関係ないけどボヤかせてください。
地方の某所で退職者が出た時のこと。
辞め方が急だったのでフォローがタイヘンだった。
そうすると第三者がいろいろ言って来るんです。
「Aさんが辞めた後、誰が入るの?」
「誰かを送らなきゃならないうだろうな」
「誰だか知ってるんでしょ?」
「候補者の名前は伊東(甲子太郎)から聞いたよ」
「誰なの?」
「今は言えない。本人に話が正式にいってるかどうかわからないから」
「まだ正式にいってないの?もう残り1週間きったよ。皆不安がってるよ」
「Aさん本人が、『辞めます、いついつから有休消化に入ります』って言って来たのが●●日だぜ。実質2週間しかないじゃないか。急過ぎる。時間が無いじゃないか。でも決まってるから」
「Aさんが辞める理由は何なの?」
「それを知ってどーするのさ?」
「お給料が安いって?」
「そうは言ってなかった」
憶測でモノを言いやがって。私はAさん本人と話してはいるんです。
「やることがどんどん増えてもお給料上がらないからでしょ。もしくは休めないとか・・・」
「それは君の不満だろーが」
誰かが辞めるタイミングに便乗して自分の不満を言って来るんじゃねーっ。
「辞める理由はね・・・」
・・・の後で本人から聞いた理由を話した。
「ええっ!!でもそれって前からだよね?」
「辛抱しきれなくなったんだろ」
「そんな理由なのに会社は引き留めないの?」
「みたいだね」
「伊東さんも?」
「伊東が動かなかったってことは会社も引き留めないってことさ。でも引き留めようにもさ、2週間前に『辞めます』の後で、もう次が決まってるって言ってたぜ」
「前から決めてたんだ。残る子たちがかわいそう」
かわいそうったって。いいヒトぶってんじゃないって。
「何人か泣いたって言ってたよ」
だから何だ。泣かせたのは私じゃないし、泣いたのは私のせいじゃないぞ。
「泣いたのはAさんの人気だから俺は否定しない。辞める理由は会社なんだろうけど、Aさんに限らず辞める人は自分が辞めるのを正しいと思ってるからね。だけどああいう辞め方して周囲が困惑してるのは会社のせいじゃないだろう。わかる?辞める理由は会社にあっても、残る子たちを可哀そうにさせた辞め方は本人のせいだよ。会社のせいじゃないからな」
「・・・」
「心配なのはわかるよ。でもあまり君がそうやって声高に言うと、周囲が余計に動揺するから静かにしてなさい。大丈夫だから」
「・・・」
「あまり皆の不安を煽らないように」
「・・・」
「急に無口になりやがったな」
何か不測の事態が起きてもい受け身なんですよ。私がいる頃からそうでしたね。何とかしてよって。もう期日が差し迫ってるよって。
自分らで何とかしますって言われたことないんです。







「誰も辞めない会社なんてないよ」
「そうですね。それはわかります」(聖なる酔っ払い女)
「辞め方だよな。周囲に迷惑かけずに潔くカコ良く辞めたいけど、いざ自分がそういう立場になると相手や周囲のことよりも自分優先になるもんだよ」
「・・・」
「でも辞める側は自分が正しいと思って辞めるんだからね」
「・・・」
「どんな形であれいつかは誰もが辞めるんだから」
「ハイ・・・」
私自身も悔しいのですが、話す相手、諭す相手がいると、冷静にならざるを得ない時ってありますよね。
言って来る連中の不安を除去する、イコール、自分を修養するのです。
自分が辞める時、どんな辞め方をするのだろうか。







料理写真とは関係ないけどボヤかせてください。
地方の某所で退職者が出た時のこと。
辞め方が急だったのでフォローがタイヘンだった。
そうすると第三者がいろいろ言って来るんです。
「Aさんが辞めた後、誰が入るの?」
「誰かを送らなきゃならないうだろうな」
「誰だか知ってるんでしょ?」
「候補者の名前は伊東(甲子太郎)から聞いたよ」
「誰なの?」
「今は言えない。本人に話が正式にいってるかどうかわからないから」
「まだ正式にいってないの?もう残り1週間きったよ。皆不安がってるよ」
「Aさん本人が、『辞めます、いついつから有休消化に入ります』って言って来たのが●●日だぜ。実質2週間しかないじゃないか。急過ぎる。時間が無いじゃないか。でも決まってるから」
「Aさんが辞める理由は何なの?」
「それを知ってどーするのさ?」
「お給料が安いって?」
「そうは言ってなかった」
憶測でモノを言いやがって。私はAさん本人と話してはいるんです。
「やることがどんどん増えてもお給料上がらないからでしょ。もしくは休めないとか・・・」
「それは君の不満だろーが」
誰かが辞めるタイミングに便乗して自分の不満を言って来るんじゃねーっ。
「辞める理由はね・・・」
・・・の後で本人から聞いた理由を話した。
「ええっ!!でもそれって前からだよね?」
「辛抱しきれなくなったんだろ」
「そんな理由なのに会社は引き留めないの?」
「みたいだね」
「伊東さんも?」
「伊東が動かなかったってことは会社も引き留めないってことさ。でも引き留めようにもさ、2週間前に『辞めます』の後で、もう次が決まってるって言ってたぜ」
「前から決めてたんだ。残る子たちがかわいそう」
かわいそうったって。いいヒトぶってんじゃないって。
「何人か泣いたって言ってたよ」
だから何だ。泣かせたのは私じゃないし、泣いたのは私のせいじゃないぞ。
「泣いたのはAさんの人気だから俺は否定しない。辞める理由は会社なんだろうけど、Aさんに限らず辞める人は自分が辞めるのを正しいと思ってるからね。だけどああいう辞め方して周囲が困惑してるのは会社のせいじゃないだろう。わかる?辞める理由は会社にあっても、残る子たちを可哀そうにさせた辞め方は本人のせいだよ。会社のせいじゃないからな」
「・・・」
「心配なのはわかるよ。でもあまり君がそうやって声高に言うと、周囲が余計に動揺するから静かにしてなさい。大丈夫だから」
「・・・」
「あまり皆の不安を煽らないように」
「・・・」
「急に無口になりやがったな」
何か不測の事態が起きてもい受け身なんですよ。私がいる頃からそうでしたね。何とかしてよって。もう期日が差し迫ってるよって。
自分らで何とかしますって言われたことないんです。







「誰も辞めない会社なんてないよ」
「そうですね。それはわかります」(聖なる酔っ払い女)
「辞め方だよな。周囲に迷惑かけずに潔くカコ良く辞めたいけど、いざ自分がそういう立場になると相手や周囲のことよりも自分優先になるもんだよ」
「・・・」
「でも辞める側は自分が正しいと思って辞めるんだからね」
「・・・」
「どんな形であれいつかは誰もが辞めるんだから」
「ハイ・・・」
私自身も悔しいのですが、話す相手、諭す相手がいると、冷静にならざるを得ない時ってありますよね。
言って来る連中の不安を除去する、イコール、自分を修養するのです。
自分が辞める時、どんな辞め方をするのだろうか。
2016-08-09 07:51
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STARGAZER [呟き独り言]
突然の訃報だった。
貴女が亡くなったって。
貴女はもういないのか。
7年前でしたかね。私は当時の上司の命で、貴女がいる現場に週に何日か入るように言われたの。様子伺いのように投ぜられて初対面。
貴女も含めて知らない人ばかりだった。私を見て何者が来たと思ったんじゃない?
「誰も責任者がいないんだったら自分らでやるしかないだろう」と言ったのを覚えてますか?
でもあの時の貴女は前向きじゃなかった。この先々を諦めたような瞳をしていた。私に対しても、本社から来た人、のような壁があった。
その日からそこで欠員が起きたらアタリマエのように私が投ぜられた。
共に勤務するようになって少しずつ話すようになった。
歳月とともに壁が少しずつ崩れていく。飲み会にも2回ほど呼ばれた。
人の入れ替わりがあったりしたが数年経って落ち着いた。そして私は上州に転勤させられるのだが、貴女の中でも何かが変わったんですよね。
だって何を振っても何処か他人事だった貴女が、私が上州から戻ったら責任者になっていたのだから。
立ち居振る舞い、物言いもしっかりしていたし、最初に会った頃とは別人のようだった。
私の毒舌もサラリと受け流すようになった。
最後にお会いしたあの夜、私は貴女の隣でした。
ワインを3本空けました。
幹事から締めの挨拶を振られ、言葉短く少なく、「幸せになってください」と言ったのに。
その後、皆は二次会に行ったんだよね。私は帰ったけど、立ち去る時に敢えて見つめ合わず、握手もせず、また会えるかのように別れました。
幹事さんが私に言ったことがホントなら、「〇〇さん(私のこと)も(送別会に)呼んで欲しい・・・」
貴女が私を呼んで下さったの?
何故なのですか?私なんかを。
それも隣の席に。
送別会だったのに。
この星を離れてしまうなんて。
貴女はどの星なのですか?
何処かにいて私を、皆を見ているのですか?

不思議な関係でしたね。
私の方が上役だけど、上司と部下とも違うような。
多少はサポーターになれたでしょうか。
でも私は本当の貴女を知らない。よく知ろうとしないまま、永遠の別れになってしまったのが残念だよ。
貴女が亡くなったって。
貴女はもういないのか。
7年前でしたかね。私は当時の上司の命で、貴女がいる現場に週に何日か入るように言われたの。様子伺いのように投ぜられて初対面。
貴女も含めて知らない人ばかりだった。私を見て何者が来たと思ったんじゃない?
「誰も責任者がいないんだったら自分らでやるしかないだろう」と言ったのを覚えてますか?
でもあの時の貴女は前向きじゃなかった。この先々を諦めたような瞳をしていた。私に対しても、本社から来た人、のような壁があった。
その日からそこで欠員が起きたらアタリマエのように私が投ぜられた。
共に勤務するようになって少しずつ話すようになった。
歳月とともに壁が少しずつ崩れていく。飲み会にも2回ほど呼ばれた。
人の入れ替わりがあったりしたが数年経って落ち着いた。そして私は上州に転勤させられるのだが、貴女の中でも何かが変わったんですよね。
だって何を振っても何処か他人事だった貴女が、私が上州から戻ったら責任者になっていたのだから。
立ち居振る舞い、物言いもしっかりしていたし、最初に会った頃とは別人のようだった。
私の毒舌もサラリと受け流すようになった。
最後にお会いしたあの夜、私は貴女の隣でした。
ワインを3本空けました。
幹事から締めの挨拶を振られ、言葉短く少なく、「幸せになってください」と言ったのに。
その後、皆は二次会に行ったんだよね。私は帰ったけど、立ち去る時に敢えて見つめ合わず、握手もせず、また会えるかのように別れました。
幹事さんが私に言ったことがホントなら、「〇〇さん(私のこと)も(送別会に)呼んで欲しい・・・」
貴女が私を呼んで下さったの?
何故なのですか?私なんかを。
それも隣の席に。
送別会だったのに。
この星を離れてしまうなんて。
貴女はどの星なのですか?
何処かにいて私を、皆を見ているのですか?

不思議な関係でしたね。
私の方が上役だけど、上司と部下とも違うような。
多少はサポーターになれたでしょうか。
でも私は本当の貴女を知らない。よく知ろうとしないまま、永遠の別れになってしまったのが残念だよ。
2016-04-26 06:08
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観ようかどうしようか [呟き独り言]

「見てよこれ?」
「薬師丸ひろ子も出てるの?」
世代が違う!!
薬師丸さんが主演のものは1981年だから、あれから35年も経つのかと。

高崎市で撮影した映画です・・・このアピールの仕方が高崎市らしいというか。県庁を持ってかれた前橋市や、他の市へのライバル意識、プライドの高さが垣間見えるのは私だけだろうか。

このポスター、駅前、ストリート、いたるところに貼ってあった。
「役所にも貼ってあったよ。高崎市ってミーハーなところあるからね」
「駅前を見てもわかるし・・・」(ジャン妻)
「芸術の街」を謳うだけあって、いろんな文化イベントの特大パネルがあったり、地元撮影クルーがロケしてるのを見かけたりする。ロケに協力的な街なんだって。
目高組の組長(だった?)星泉(演、橋本環奈さん)のメダカカフェのセットは、中央銀座商店街アーケードの何処かに組まれた。
これはCiartから。

梅ふくの路地入口じゃないか。
白い行燈が写ってるし。
この通りは道路に柳の木があるから柳川町だろうか。


観てみたい気もするけど、ストーリーよりも場所を見てしまいそう。「あっ、あの場所だ!!」って。
2016-02-27 13:08
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雪の朝 [呟き独り言]







某地方都市へ出張に出かけたら、そこには5人の社員が先達していた。男性3人で女性2人。
後から行った私は2泊3日で、先にいた5人は10日間滞在していた。
初日は全員で大衆酒場に出かけた。
2泊めの夜、1人女性にこう言われた。
「〇〇さん、今日は1人でもいい?」
〇〇さんとは私のことね。1人でもいい?とは、1人で夕食を済ませて貰ってもいい?という意味である。
「別に構わんよ」
願ってもないこと。人数多いと周囲に気ぃ遣わなくちゃならないし。1人の方が行きたい店に行けて自分のペースで飲めるから気が楽だしね。
「1人でも平気だよね?」
「全然平気さ。気にせんでいい」
それまでも出張先という解放感もあってか、毎晩酒がキレることがなかったそうである。
「毎晩飲んで胃の腑が疲れたな?」
「それもあるけど、洗濯物が溜まって」
ホテルのコインランドリーで洗濯するって訳か。女性のビジホ1人泊は誰が見てるかわからないから気を付けた方がいいぞと言った。
その夜、私は1人で彷徨い歩いた。身軽に。カバンなんか持って歩いたら会社の金で来たんだと見抜かれて足元見られかねないからね。
飛び込んだ店で、自分は余所者ではないけれど、これからも度々訪れるであろうフリをした。
だが・・・。
・・・これまでの上州や遠州だけではなく、宇都宮、東北の某所、新潟の某所、武州埼玉のトンでもない西部、いろいろあるのですが、私自身老体に鞭打って各方面を廻る私を見かねたのか、今後の事を心配したのか、伊東甲子太郎という現場統括責任者が、
「〇〇さん自ら廻らないで、各方面へやらせればいいじゃないですか」
それにウチの部署の女性社員が同調した。
「伊東さんもそう仰って下さったんだからもう現場の人に行って貰った方が。〇〇さんは本社に構えて指示だけ出せばいいんですよ」
正論ともいえる。でも伊東の気持ちはともかく、その女性社員に対しては、「おまえ余計なことを言うんじゃねぇよ」の心境もある。
俺は好きで廻ってるんだよ。いや、現場は本社が思うほどヒマじゃないんだよ。そんなこと言うからクレームがあがるんだ。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-02-03に登場しています。
今は本社でフンゾリ返ってる私も現場上がりなので、あまり現場に負担をかけたくない気持ちが勝っているのだが、従業員数や現場の数が増えて1人で廻り切れなくなりそうなのは事実。
自分1人の方が気楽だったのだがそうも言ってられなくなった。
そろそろ後のことを考えなくてはいけないか。
目覚めたら雪です。
昨晩、田町で見上げた夜空には月も出てたんですけどね。






高崎駅に行ったら電車の動きがアヤしい。
この日、私は東毛方面への出回りを断念した。初めて現地の部下に託したんです。現場で1人トッポいのを指名して、「君がやってくれ」
「ア、アタシですか?」
「今日自分が行く筈だったが雪でダイヤが乱れてるんだよ。足元もアブなそうだから頼む」
「ワカリマシタ・・・」
「何でアタシに頼むんだって言いたいんだろ?」
「・・・」
「他のヤツに・・・いずれはやらせてもいいけど、今回まずは君が自ら行って来てくれ。誰かに指示するにしても知ってないとできないからな」
その子は「アタシにできるでしょうか?」と不安そうだったが、演劇の台本のように台詞と簡単なマニュアル書いてその通りにやらせた。
数日後、「行ってきましたっ」
「おうサンキュー。スマンかったなぁ。どーだった?何か言われたかい?」
「こことここをその場で訂正(二重線)させられましたが大丈夫ですっ」
ピタゴラスイッチの「できましたできました自分にもこんなことできました」のノリであった。
「ようやってくれた。では次回も頼むぜ」
「・・・」
「何故に固まるか。一度できたんだから二度三度と依頼するからな」
「ハ、ハイ。。。」

帰京してから私は自分の書類一覧を眺めながら、これは現場に依頼する、これはまとめて自分1人で行った方が早い、のように、効率化を考え考えながら業務を振り分けている。
でも振り分けながら、もう1人の自分が、次回はいつ出張へ行けるかなと舌なめずりをしている。

で、結局来てるって?
2016-02-26 07:54
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Cloudy Sky [呟き独り言]


第二の故郷に下りた私の胸中も曇り空。
別に悲観的なのではなく、単にこの先の上州の子たちを憂えているから。このままではマズイと思っているんです。
何がマズイか。
東京神奈川の首都圏は現場や社員が多く、同格同士がいい意味で競い合い啓発し合っている。何か相談事があっても届く距離に誰がしかがいるから。
だが上州はそこだけ孤立している。
自分たちだけで自己流で動いていて、くるま社会だからアフター5の交流もなく、帰宅してまた翌日に出てきての繰り返し。
ライバル意識や自己啓発心、切磋琢磨する気概が皆無なんです。のんびりしてていいなと思うけど都会と比べて摺れていないのだが成長が遅いの。停滞している。私が赴任した平成24年の頃と変わっていないのだ。


成長が遅いのは私に責任の一端があるという。
「アナタにも原因があるわよ」(ジャン妻)
「そうなのか?」
「アナタは甘やかしてる。受けなきゃいいのに。それの窓口は自分じゃないって言えばいい」
「誰に聞いていいかわからないんじゃないのか」
「取り敢えずアナタに訊けばいいと思ってる連中もどうかと思うけどね。アナタが受けちゃうから成長しないんだよ」
「・・・」




例えば、あるリーダー候補社員が私に言うには、
「〇〇さん(私のこと)ラインってやってますか?」
「チャットみてぇなもんだろ。やってないよそんなモン」
「某店の誰々がラインで私んトコに『辞める辞める辞める辞める辞める・・・』ってそれだけ入れてくるんですよ」
「ラインってのは他のヤツも見てるんだろ?」
「まぁそうです」
「で、辞める原因は何だ?」
「それが・・・わかりません」
それでは私も動きようがないではないか。
「辞める辞めるだけ報告せんでもう一押し突っ込んで、その理由は何?って引きだしてから俺に言って来なさい」
黙ってしまった。反論もして来ない。自信が無いんです。私はそのリーダー候補者に調停を期待しているのにそこから先に踏み出そうとしない。





現地にも本社直結のリーダーがいるんですがそれを頭越しに私んとこに言って来るのもどうかと思う。それはそのリーダーに人望が無いからなんだけど、越権ともいえる。
でも中には本社へ直接報告すべき内容もあるので、
「そういう内容なら直接本社の誰々に言いなさい」
「言えないよ~」
「何でさ?」
「そんなエライ人に言えないよ~」
「エラかないさ。そんな雲の上の人じゃないぞ。俺に言ったって結局は俺から本社の誰々に言うしかないんだぞ」
中継ぎでしかないのである。
「言っといてよ」
言っといてよ??これには驚いたよ。
「何故、言えないんだっ?」
「だってアタシその人と喋ったことないモン。そんな話したことない人に直接言えないよ~」
何言ってんだこのバカ。俺たちだって最初は話したことない状態からスタートしてるんだぞ。内弁慶なのか引っ込み思案なのか、直に上げようとしないんです。



「社用車の調子が悪いので新しく買ってくださいよ」
それは私も知っている。上州に行って現地で借りる社用車はオンボロで走行キロ数110000kmになろうとしている。
「新規に購入する稟議書を上げなさい」
「稟議書?」
「添付する見積もりを複数取りなさい。軽自動車でいいから」
「軽ですかぁ?」
「まさか高級車セダンなんかダメだよ」
「見積もりって?」
「買いものの稟議なんだから事前に見積もりを取るの。それと現在のオンボロ車は走行キロ数何Kmで、月に使用キロ数がどれくらいってのも書き添えた方がいいな」
「走行キロ数は運行日誌を付ければいいんですよね?」
「違う。運行日誌から月のTotalキロ数を出して1年間の表にするのよ。なるべく単純で短い頁で出すんだよ。読む人がひと目でわかるようにするの」
「・・・見積もりってどうやって取ればいいの?」
俺はアタマがクラクラしてきたよ。アンタたちくるま社会にいるんだから自分たちのくるま買う時どーしたのさ?
「ディーラーに聞くかネットで相場を調べるかするんだよっ」
「中古?」
「新車でいい。ダラダラとストーリーを書かないで完結に書くんだよ。それで上長に上げろ」
私に書いてくれと言わんばかりだったのでさすがにそれは「現地にいるアナタが書きなさい」って突っぱねた。
この体たらくです。平成24年からだからもうまる4年になるのに未だに最初の頃のようにいちいち指示を出さなきゃならない。



現場統括責任者の伊東甲子太郎が言うには、
「群馬っていい子たちだけど、東京神奈川に比べて全体的に意識が低いような・・・」
伊東は群馬県民全体のことを言ってる訳ではないから誤解しないでください。ジャン妻は伊東の言う原因は私にもあると言う。
「甘やかして来たのはアナタでしょ。アナタも連中に甘えてるし」
こりゃ手厳しいな。都会の子に対するより甘いって。だから異動がヤダとか転勤がヤダとか。アイツのいる現場はヤダとか子供みたいなことばっかり言われたりもした。そういうワガママは首都圏ではありえないからね。
「俺なんか社命で群馬に転勤させられたんだぞ」
「でも来てよかったでしょ?」
「そういうことを言ってるんじゃないっ」
ゴネるのは1県だけで閉じているからだろうな。首都圏なんか将棋の飛車のようにあっちこっちに動かすのがアタリマエになってるからね。
生き馬の目を抜くようなところが無いので私もそういうのんびりしたとこは好きだけどこれ以上私に甘えさせるのは甚だマズイので、来年以降は自分らで考えさせ、自立させないと社内で差がついてしまうのだ。
「親(私のこと)もそうそう長生きできる訳ではないぞ」ってブツブツ思いながら高崎市の届出を済ませ、2年ぶりのすみれ食堂でしょっぱい野菜炒め定食を喰い、「すみれってママのこと?」と以前と同じ質問をしたら「違うわよ」とあっさり返され、銀座アーケードを歩いて、あっこの店(田じま)ってランチ営ってるんだ、こっちにすれば良かったと臍を噛み、屋根の落ちたアーケードの鉄骨から曇り空を見上げ、雨降るなよと念じながら、本町バス停で群馬バスに乗車して現場へ向かった。
2015-12-01 07:53
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群馬の大河 [呟き独り言]
今年の大河は全く観なかったのですが、昨日のは録画して、群馬の場面だけちょっと拾い観したんですよ。



楫取素彦さんはいきなり群馬県令(知事)になった訳ではねぇです。足柄県参事、熊谷県知事を経て、県統合により群馬県令になったのです。


前橋市と富岡市のドラマですね。
県庁を前橋市に持ってかれたが為の高崎市民の反感は描かれないだろうなぁ。



世界に賭ける糸か。。。いいタイトルですね。でも。。。

高崎市、我関せず!!(爆)

そろそろ秋BAR(バル)じゃないかなぁ。



楫取素彦さんはいきなり群馬県令(知事)になった訳ではねぇです。足柄県参事、熊谷県知事を経て、県統合により群馬県令になったのです。


前橋市と富岡市のドラマですね。
県庁を前橋市に持ってかれたが為の高崎市民の反感は描かれないだろうなぁ。



世界に賭ける糸か。。。いいタイトルですね。でも。。。

高崎市、我関せず!!(爆)

そろそろ秋BAR(バル)じゃないかなぁ。
2015-10-12 09:26
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日本の空はどうなっちゃったんだ? [呟き独り言]
日本の気象が壊れかけてる。
昨日、町田市内でズブ濡れになりました。
私の業務は行政回りなので、雨が降ろうが槍が降ろうが、外に出ないと業務が片付かないのです。
さすがに上役から、「こういう天気の日は無理しないでください」という思いやりのお達しがあったのですが、私は外出を強行した。某現場3箇所に、「行くから」・・・前から約束してあったんです。
男の約束は重いぜ!!
横浜市内3箇所を廻ってた時は風はそうでもなかったんです。雨が降ったり止んだりで、私の運不運を試されてるように感じた。横浜市内を終えて最後の約束、プロミス!!町田市役所へ向かうべくJR横浜線の町田駅改札を出たら風雨が強まった。
町田駅から市役所入口までは広い1本道だが、道路幅が広いだけに風雨が強いんです。駅からの距離は600m程度。そこを濡れながら歩いた。
風雨を避けて歩いたつもりだが、途中からどうにも避けられなくなってプチ・ズブ濡れになった。途中で一度、咆哮してしまったよ。「クッソォ、なんなんだこれはぁ~~!!」ってね。
俺が何かしたか?と心中で罵り、眦を吊り上げながら町田市役所に駆け込んだ。フロアを歩いてたら濡れた靴音がクチャクチャ鳴ったね。
エレベーターで目的の階まで上がり、WCで用を済ませて濡れたままの状態で身なりを整える。整えるったって、アタマを拭いて、シャツをズボンに入れ直す程度です。上着もシャツも水で拭いたみたいになってた。
朝の天気予報を見たし、予想はしてたんだけどね。町田市は東京都ですが、神奈川県の地図と併せ見たら県の中央部の北にある。朝の天気予報では、「午後になると再び雨足が強まります」とあって、神奈川県中央部から町田市にかけて、殆ど立長に赤で塗り潰されてた。雨量の集中を表す色です。その予報時間帯に予報場所に飛び込んでしまったという訳。

私の担当官はズブ濡れで現れた私を見てどう思ったか。何もこんな日に来なくてもと思ったかも。要件はすぐ済んだ。町田市の私の担当官は、緩くもないけど応対も好感度もいい方です。
「タイヘンですねぇ。今日、窓口にお見えになったのお1人だけですよ」
「その1人って私?」
「そうです」
だったら、1人だけなんて思わせぶりを言わないで「アナタだけです」って言えばいいのにね。
「現場と約束してあったんですよ。事前にこんな天気になるとわかってたら延期したかもですが」
担当官との遣り取りしてる最中に町田市全域に大雨洪水土砂災害警報が発令された。役所の館内にも放送が流れ、私の携帯とⅰ-Phoneも鳴った。市民を脅かすような警報を聞いても、私は町田市民じゃないから早くこの場を引き上げるしかない。
「お車ですか?駐車券は?」
「歩いて来ましたよ」
くるまだったらここまで濡れてないよ。
町田駅に引き返さないといけない。
この雨の中を突破するか。市役所内で少し待つか。


私は飛びだしたんです。もうどうにでもなれと思ったね。結果、往路でプチ・ズブ濡れだったのが、バケツの水を被ったようにズブ濡れになった。大袈裟な冗談ではなく、アタマの天辺から、顔面から、胴体から、パンツの中、靴の中までズブ濡れ。
ところが途中、雨足が弱まったなと思って振り返ったら、青空と陽射しが垣間見えたのです。
(だったら待てばヨカッタ。。。)
こういうのを私の運不運、いや、日頃の行いというものであろう。

近所のガキ・・・失礼、下校途中の小学生が。
「晴れた晴れたぁ」
「台風が去ったんだぁ」
嬉々としてやがる。
私は内心で、束の間の晴れ間だよ、世の中そんなに甘くないさって。
駅に着いてTIMEを見たら16:00。
社の上役に連絡した。マジでずぶ濡れだからこのまま直帰するって。
「そうしてください」
さてはお前も早く帰りたいんだなって思った。でもウチは、悪天候に無理して出社しろ、という会社ではない。
今日は大宮まで出向いた。
これも前から約束してあったの。現場との約束だから無理して行ったのよ。上から命令された訳ではなく自分の意志で出向いたんです。男が現場と交わした約束は重いのだよ。
ダイヤが乱れている。湘南新宿ライン&上野東京ラインは我が故郷、高崎方面へは直通していたが、宇都宮方面は大雨の影響で直通されていない。東京駅までか、上野駅を境に折り返し運転になっていた。
大雨の影響?
台風は去ったんじゃないのか。(素人考えの私)
北関東で何かが起こってる。
小金井行が運休で高崎行に乗車したら、「本日に限り、東戸塚、保土ヶ谷、新川崎、西大井にも停車します」という。
こうなると車内は激混み。新川崎~武蔵小杉~西大井~大崎が地獄で、私は進行方向左のドア窓に顔面を押しつけられ、コメディチックに顔をツブされた。
「奥へお詰めください」ったって、奥も詰まってるんです。「ドア付近に立ち止まらないでくさい」ったって、ドア際から奥に動けないのよ。そこを無理に押し込んだから、ウッって呻き声も聞こえたね。
私は進行方向左のドアなので西大井まではドアが開かない。西大井駅で、嘘だろと目を疑ったのは、このギュウギュウ詰めの車内に旅行キャスターを持って乗車せんとしてる女性客がいた。
勘弁してくれって思ったがその人も乗る権利はある。無理にケツを押し込むように乗車して来たよ。
そこから大崎駅まではノロノロ運転。埼京線と合流するからです。うっかりケツでも触ったら痴漢にされかねない。下手に動かない方がいい。
呆れたのは、これだけ混んでもスマホでゲームしてるヤツ、その空間を確保しようとしているヤツがいる。ちったぁガマンできんのか。
大崎駅でようやく楽になった。
新宿駅で座れた。
大宮の公用は担当官が細かいので説明に時間がかかり、その後、私は東東京を廻りたかったのだが、京急~京成、それに繋がる東武線ダイヤがガタガタで、私は神奈川に反転した。さして急がない鎌倉市、横須賀市方面廻りに切り替えた。
この日も夕方、早めに直帰した。ⅰ-Phoneで報道を見たら鬼怒川が氾濫してる!!
鬼怒川ったら坂東平野を流れる大河中の大河、1級河川の大河ですよ。その堤防が決壊した。
茨城県常総市他が凄いことになってる。家屋が浸水し、生活道路が川になり、大型商業施設の1階部分が水につかり、屋上に人がいて救助を待ってるじゃないか。
原因はもと台風18号と、太平洋をウロウロしてる台風17号からの湿った空気が関東栃木茨城上空でぶつかりあっていたこと。

茨城県栃木県では現在も救助活動が続いている。
日本の気象、空はどうなっちゃったんだ?何が起こってる?
(急遽差し替え、書き下ろした記事なので、誤字脱字はご容赦)
昨日、町田市内でズブ濡れになりました。
私の業務は行政回りなので、雨が降ろうが槍が降ろうが、外に出ないと業務が片付かないのです。
さすがに上役から、「こういう天気の日は無理しないでください」という思いやりのお達しがあったのですが、私は外出を強行した。某現場3箇所に、「行くから」・・・前から約束してあったんです。
男の約束は重いぜ!!
横浜市内3箇所を廻ってた時は風はそうでもなかったんです。雨が降ったり止んだりで、私の運不運を試されてるように感じた。横浜市内を終えて最後の約束、プロミス!!町田市役所へ向かうべくJR横浜線の町田駅改札を出たら風雨が強まった。
町田駅から市役所入口までは広い1本道だが、道路幅が広いだけに風雨が強いんです。駅からの距離は600m程度。そこを濡れながら歩いた。
風雨を避けて歩いたつもりだが、途中からどうにも避けられなくなってプチ・ズブ濡れになった。途中で一度、咆哮してしまったよ。「クッソォ、なんなんだこれはぁ~~!!」ってね。
俺が何かしたか?と心中で罵り、眦を吊り上げながら町田市役所に駆け込んだ。フロアを歩いてたら濡れた靴音がクチャクチャ鳴ったね。
エレベーターで目的の階まで上がり、WCで用を済ませて濡れたままの状態で身なりを整える。整えるったって、アタマを拭いて、シャツをズボンに入れ直す程度です。上着もシャツも水で拭いたみたいになってた。
朝の天気予報を見たし、予想はしてたんだけどね。町田市は東京都ですが、神奈川県の地図と併せ見たら県の中央部の北にある。朝の天気予報では、「午後になると再び雨足が強まります」とあって、神奈川県中央部から町田市にかけて、殆ど立長に赤で塗り潰されてた。雨量の集中を表す色です。その予報時間帯に予報場所に飛び込んでしまったという訳。

私の担当官はズブ濡れで現れた私を見てどう思ったか。何もこんな日に来なくてもと思ったかも。要件はすぐ済んだ。町田市の私の担当官は、緩くもないけど応対も好感度もいい方です。
「タイヘンですねぇ。今日、窓口にお見えになったのお1人だけですよ」
「その1人って私?」
「そうです」
だったら、1人だけなんて思わせぶりを言わないで「アナタだけです」って言えばいいのにね。
「現場と約束してあったんですよ。事前にこんな天気になるとわかってたら延期したかもですが」
担当官との遣り取りしてる最中に町田市全域に大雨洪水土砂災害警報が発令された。役所の館内にも放送が流れ、私の携帯とⅰ-Phoneも鳴った。市民を脅かすような警報を聞いても、私は町田市民じゃないから早くこの場を引き上げるしかない。
「お車ですか?駐車券は?」
「歩いて来ましたよ」
くるまだったらここまで濡れてないよ。
町田駅に引き返さないといけない。
この雨の中を突破するか。市役所内で少し待つか。


私は飛びだしたんです。もうどうにでもなれと思ったね。結果、往路でプチ・ズブ濡れだったのが、バケツの水を被ったようにズブ濡れになった。大袈裟な冗談ではなく、アタマの天辺から、顔面から、胴体から、パンツの中、靴の中までズブ濡れ。
ところが途中、雨足が弱まったなと思って振り返ったら、青空と陽射しが垣間見えたのです。
(だったら待てばヨカッタ。。。)
こういうのを私の運不運、いや、日頃の行いというものであろう。

近所のガキ・・・失礼、下校途中の小学生が。
「晴れた晴れたぁ」
「台風が去ったんだぁ」
嬉々としてやがる。
私は内心で、束の間の晴れ間だよ、世の中そんなに甘くないさって。
駅に着いてTIMEを見たら16:00。
社の上役に連絡した。マジでずぶ濡れだからこのまま直帰するって。
「そうしてください」
さてはお前も早く帰りたいんだなって思った。でもウチは、悪天候に無理して出社しろ、という会社ではない。
今日は大宮まで出向いた。
これも前から約束してあったの。現場との約束だから無理して行ったのよ。上から命令された訳ではなく自分の意志で出向いたんです。男が現場と交わした約束は重いのだよ。
ダイヤが乱れている。湘南新宿ライン&上野東京ラインは我が故郷、高崎方面へは直通していたが、宇都宮方面は大雨の影響で直通されていない。東京駅までか、上野駅を境に折り返し運転になっていた。
大雨の影響?
台風は去ったんじゃないのか。(素人考えの私)
北関東で何かが起こってる。
小金井行が運休で高崎行に乗車したら、「本日に限り、東戸塚、保土ヶ谷、新川崎、西大井にも停車します」という。
こうなると車内は激混み。新川崎~武蔵小杉~西大井~大崎が地獄で、私は進行方向左のドア窓に顔面を押しつけられ、コメディチックに顔をツブされた。
「奥へお詰めください」ったって、奥も詰まってるんです。「ドア付近に立ち止まらないでくさい」ったって、ドア際から奥に動けないのよ。そこを無理に押し込んだから、ウッって呻き声も聞こえたね。
私は進行方向左のドアなので西大井まではドアが開かない。西大井駅で、嘘だろと目を疑ったのは、このギュウギュウ詰めの車内に旅行キャスターを持って乗車せんとしてる女性客がいた。
勘弁してくれって思ったがその人も乗る権利はある。無理にケツを押し込むように乗車して来たよ。
そこから大崎駅まではノロノロ運転。埼京線と合流するからです。うっかりケツでも触ったら痴漢にされかねない。下手に動かない方がいい。
呆れたのは、これだけ混んでもスマホでゲームしてるヤツ、その空間を確保しようとしているヤツがいる。ちったぁガマンできんのか。
大崎駅でようやく楽になった。
新宿駅で座れた。
大宮の公用は担当官が細かいので説明に時間がかかり、その後、私は東東京を廻りたかったのだが、京急~京成、それに繋がる東武線ダイヤがガタガタで、私は神奈川に反転した。さして急がない鎌倉市、横須賀市方面廻りに切り替えた。
この日も夕方、早めに直帰した。ⅰ-Phoneで報道を見たら鬼怒川が氾濫してる!!
鬼怒川ったら坂東平野を流れる大河中の大河、1級河川の大河ですよ。その堤防が決壊した。
茨城県常総市他が凄いことになってる。家屋が浸水し、生活道路が川になり、大型商業施設の1階部分が水につかり、屋上に人がいて救助を待ってるじゃないか。
原因はもと台風18号と、太平洋をウロウロしてる台風17号からの湿った空気が関東栃木茨城上空でぶつかりあっていたこと。

茨城県栃木県では現在も救助活動が続いている。
日本の気象、空はどうなっちゃったんだ?何が起こってる?
(急遽差し替え、書き下ろした記事なので、誤字脱字はご容赦)
2015-09-10 19:17
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切れた赤い糸の絆は繋げるか・・・ [呟き独り言]
ジャン妻が私をひとり置き去りにして単身、上州へ出張した。
3泊4日です。システム導入の総仕上げだって。
初回、http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-02-07の時は私も同行したけど、今回私は同行しなかった。申請すらしなかった。http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-06-04・・・の記事、私だけ打ち上げに呼ばれなかった一件が未だに尾を引いていて、フテ腐ってたのである。
読者の方には呆れる方もいるでしょうけど、この一件で私はかなり傷ついたのよ。大好きだった群馬に裏切られたと思い込んでしまったのだ。6月はメンタル的にドヨ~ンとしてたの。これが今、巷で言うところの6月病なのだろうか。
私をひとり置いて上州に出張に向かうジャン妻も、「しばらく距離を置いたら・・・」「もう入れ込まない方が・・・」って言うの。そう言うジャン妻に対して「お前は行けていいな」と羨む感情も湧かなかったのだ。
現地の誰かがジャン妻の運転手を代行してくれた。その運転手とは。。。???
業務はほぼ順調に進んだそうだが、ジャン妻は私と違ってひとり出張を楽しむタイプじゃないらしい。
夜はコンビニで何か買ってってホテルの部屋で済まそうかな~なんて言ってたのを、「せっかくだからどっか行けばいいじゃん。七とか。浜潮とか。亮さんでもいい」と無理にススめたのだが・・・。
イマイチだったみたい。
送られて来た写メは。。。

2階が宴会だったのと、ウルサい客がカウンターにいたのと、バイトの子に逃げられた?マスターがてんてこ舞いで、あまり雰囲気が良くなかったらしいのだ。
翌日がこれ。

キンメは美味しかったけど、キンメと枝豆しか食べなかったんだと。22時から宴会が入っててんやわんやだって。
「女性2人いなかったのか?」
「いた。1人はおっちょこちょいのA子さん。もう1人は私の知らない子。新しく入ったんじゃないかな。あまり気の利く子じゃなかったね。大将もテンパってるんで、もういいやって出て来ちゃった」
残念な2夜だったそうである。
しかも朝抜き、昼はコンビニ、夜もあまり食べなかったので、未明に胃酸が出たのか胃痛に悩まされたという。俺をひとり置いて行くからバチがアタったんだよ。
ジャン妻不在の木曜に川崎市の某役場を出たら、上州の問題児ヤンキーH子から携帯に着信があった。H子は仕事はできる子なのだが、髪型、メイク等、本社から目を付けられている子。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-06-02その他で登場しています。私らと知り合って4年めになる。
「〇〇さんこっち(群馬)にいるんだよねっ?」(H子)
「今回は俺そっちに行ってない。〇〇〇(ジャン妻)1人で行ってる」
「えっ??〇〇〇さんひとりで来てるのっ?明日明後日とアタシ〇〇〇さんの運転手するんだけど・・・」(H子)
ええっ??お前がジャン妻の運転手かよ?
私もH子の助手席に乗ったことが3回ほどあるが落ち着きの無い子で、キョロキョロして前を見て運転しないのである。助手席にいた私の手に持った携帯メールを運転しながら「誰からのメール?」覗きこもうとしたりする。
大丈夫かな。
でも気が利くとこもあるので、「運転手?ああそう。頼むワ。俺は昨日からこっちで独身なんだよ」
「ホントに〇〇さんこっち(群馬)に来てないのっ?」(H子)
疑うように言われた。
「行ってねぇって。行ったら俺が運転するさ」
H子は俺が根に持ってるのを知らないからね。(知ってるのはリーダー格のA子という女性(酔っ払い女)だけです。)
「今はこっちで独身を満喫しているよ」
「ホントは寂しいんでしょ」(H子)
るせーなっ。独身を満喫はこっちも強がりで言ったんだけど、そっちに行けない寂寥感はあるんだよ。
「来ればいいじゃん」(H子)
そう簡単に行くか。「安全運転で頼むぜ」って会話を終えた。
いないのを幸いという訳ではないが、その間は自由行動だったね。
確か初日はhttp://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-06-28-1で載せた4号店に行ったのかな。
2泊めの夜は私も以前から予定が入っていたの。都内某酒場で気心の知れた連中とクジラ料理の居酒屋へ行った。
それがこれ。クジラ刺身(赤身)、竜田揚げ、ベーコンが写ってる。白身は何だったかな。

翌日の金曜日、武州廻りのプチ出張が急遽決まったのです。
公には日帰り。しかも1箇所なので午後半日でクリアできる。でも週末なのでジャン妻に、「武州を廻ったらそっちに行こうか?」と持ちかけた。
あまりいいものを食べてないジャン妻は特に反対せず、「来れば?」
シングルをダブルに変更。ツインは空いてなかったそうです。


あの一件以来の高崎です。
私はまだ引き摺っている。いつもの高揚感が無いのだ。
天候のせいもあるが、私を迎えた上州玄関口の風景も心なしか暗いね。今回は現地の社員誰とも会わないつもりだから気分的にも暗いんだと思う。
チェックインしたドーミインのダブルは、「これってホントにダブルかよ」ってくらい狭かった。どう見てもシングルベッドで、そこに枕を2つ並べてあるだけとしか思えない狭さであった。

ひと眠りしたら19時を過ぎていた。
ジャン妻の帰還が遅ぇな。
現場でトラブってるという。グダグダ寝転がって待ってたら20時15分に「終わった」と連絡があった。
「帰りはH子さんに送って貰うから大丈夫・・・」
ああ、そうだったな。アイツがお抱え運転手だったな。車中ではいろいろ喋り合ってさぞうるさかったことと想像される。
それから更に待つこと1時間で部屋のノックが響いた。
「H子は?」
「帰ったよ。アタシたちと一緒に食事に行きたそうな雰囲気でもあったけどもうこんな時間だし。明日も早いし」
いたらウルサかったろうな。現場では「〇〇さん結局来てんのっ?ホテルで待ってるのっ?」って周囲に聞こえるように言ってたらしいからね。
ジャン妻はこれまでH子に対して批判的で、私に対しても、「いい加減あの子を構うの止めたら?」みたいなことを言ってたが、今回の出張で見方が変わったみたい。運転手も含めてまる2日間一緒にいたわけで、「アタマもいいし。可愛いところもある」って言ってた。
さて、出かけた先は。。。
3泊4日です。システム導入の総仕上げだって。
初回、http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-02-07の時は私も同行したけど、今回私は同行しなかった。申請すらしなかった。http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-06-04・・・の記事、私だけ打ち上げに呼ばれなかった一件が未だに尾を引いていて、フテ腐ってたのである。
読者の方には呆れる方もいるでしょうけど、この一件で私はかなり傷ついたのよ。大好きだった群馬に裏切られたと思い込んでしまったのだ。6月はメンタル的にドヨ~ンとしてたの。これが今、巷で言うところの6月病なのだろうか。
私をひとり置いて上州に出張に向かうジャン妻も、「しばらく距離を置いたら・・・」「もう入れ込まない方が・・・」って言うの。そう言うジャン妻に対して「お前は行けていいな」と羨む感情も湧かなかったのだ。
現地の誰かがジャン妻の運転手を代行してくれた。その運転手とは。。。???
業務はほぼ順調に進んだそうだが、ジャン妻は私と違ってひとり出張を楽しむタイプじゃないらしい。
夜はコンビニで何か買ってってホテルの部屋で済まそうかな~なんて言ってたのを、「せっかくだからどっか行けばいいじゃん。七とか。浜潮とか。亮さんでもいい」と無理にススめたのだが・・・。
イマイチだったみたい。
送られて来た写メは。。。

2階が宴会だったのと、ウルサい客がカウンターにいたのと、バイトの子に逃げられた?マスターがてんてこ舞いで、あまり雰囲気が良くなかったらしいのだ。
翌日がこれ。

キンメは美味しかったけど、キンメと枝豆しか食べなかったんだと。22時から宴会が入っててんやわんやだって。
「女性2人いなかったのか?」
「いた。1人はおっちょこちょいのA子さん。もう1人は私の知らない子。新しく入ったんじゃないかな。あまり気の利く子じゃなかったね。大将もテンパってるんで、もういいやって出て来ちゃった」
残念な2夜だったそうである。
しかも朝抜き、昼はコンビニ、夜もあまり食べなかったので、未明に胃酸が出たのか胃痛に悩まされたという。俺をひとり置いて行くからバチがアタったんだよ。
ジャン妻不在の木曜に川崎市の某役場を出たら、上州の問題児ヤンキーH子から携帯に着信があった。H子は仕事はできる子なのだが、髪型、メイク等、本社から目を付けられている子。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-06-02その他で登場しています。私らと知り合って4年めになる。
「〇〇さんこっち(群馬)にいるんだよねっ?」(H子)
「今回は俺そっちに行ってない。〇〇〇(ジャン妻)1人で行ってる」
「えっ??〇〇〇さんひとりで来てるのっ?明日明後日とアタシ〇〇〇さんの運転手するんだけど・・・」(H子)
ええっ??お前がジャン妻の運転手かよ?
私もH子の助手席に乗ったことが3回ほどあるが落ち着きの無い子で、キョロキョロして前を見て運転しないのである。助手席にいた私の手に持った携帯メールを運転しながら「誰からのメール?」覗きこもうとしたりする。
大丈夫かな。
でも気が利くとこもあるので、「運転手?ああそう。頼むワ。俺は昨日からこっちで独身なんだよ」
「ホントに〇〇さんこっち(群馬)に来てないのっ?」(H子)
疑うように言われた。
「行ってねぇって。行ったら俺が運転するさ」
H子は俺が根に持ってるのを知らないからね。(知ってるのはリーダー格のA子という女性(酔っ払い女)だけです。)
「今はこっちで独身を満喫しているよ」
「ホントは寂しいんでしょ」(H子)
るせーなっ。独身を満喫はこっちも強がりで言ったんだけど、そっちに行けない寂寥感はあるんだよ。
「来ればいいじゃん」(H子)
そう簡単に行くか。「安全運転で頼むぜ」って会話を終えた。
いないのを幸いという訳ではないが、その間は自由行動だったね。
確か初日はhttp://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-06-28-1で載せた4号店に行ったのかな。
2泊めの夜は私も以前から予定が入っていたの。都内某酒場で気心の知れた連中とクジラ料理の居酒屋へ行った。
それがこれ。クジラ刺身(赤身)、竜田揚げ、ベーコンが写ってる。白身は何だったかな。

翌日の金曜日、武州廻りのプチ出張が急遽決まったのです。
公には日帰り。しかも1箇所なので午後半日でクリアできる。でも週末なのでジャン妻に、「武州を廻ったらそっちに行こうか?」と持ちかけた。
あまりいいものを食べてないジャン妻は特に反対せず、「来れば?」
シングルをダブルに変更。ツインは空いてなかったそうです。


あの一件以来の高崎です。
私はまだ引き摺っている。いつもの高揚感が無いのだ。
天候のせいもあるが、私を迎えた上州玄関口の風景も心なしか暗いね。今回は現地の社員誰とも会わないつもりだから気分的にも暗いんだと思う。
チェックインしたドーミインのダブルは、「これってホントにダブルかよ」ってくらい狭かった。どう見てもシングルベッドで、そこに枕を2つ並べてあるだけとしか思えない狭さであった。

ひと眠りしたら19時を過ぎていた。
ジャン妻の帰還が遅ぇな。
現場でトラブってるという。グダグダ寝転がって待ってたら20時15分に「終わった」と連絡があった。
「帰りはH子さんに送って貰うから大丈夫・・・」
ああ、そうだったな。アイツがお抱え運転手だったな。車中ではいろいろ喋り合ってさぞうるさかったことと想像される。
それから更に待つこと1時間で部屋のノックが響いた。
「H子は?」
「帰ったよ。アタシたちと一緒に食事に行きたそうな雰囲気でもあったけどもうこんな時間だし。明日も早いし」
いたらウルサかったろうな。現場では「〇〇さん結局来てんのっ?ホテルで待ってるのっ?」って周囲に聞こえるように言ってたらしいからね。
ジャン妻はこれまでH子に対して批判的で、私に対しても、「いい加減あの子を構うの止めたら?」みたいなことを言ってたが、今回の出張で見方が変わったみたい。運転手も含めてまる2日間一緒にいたわけで、「アタマもいいし。可愛いところもある」って言ってた。
さて、出かけた先は。。。
2015-07-07 08:12
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悔しい船山史家 [呟き独り言]

いつも船山史家の呟きⅠⅡⅢにご訪問くださりありがとうございます。
今日の記事はボヤきです。
この記事を見ていただきたいのですが。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-02-25
上州で2月半ばからスタートしたあるプロジェクトに関するキックオフ記事です。
この記事の本文中で私は伊東甲子太郎という現場統括責任者から、「ウチの部署は上州に手が回らないので・・・」正式にある依頼を受けています。それは新規案件に関するもので、2月半ばから始まり、5月半ばに完了しました。つい先日ですね。
その間、現地に赴いた出張回数は日帰り含めて9回ほど。日帰り以外は出張願いを上層部にあげ、認可されて行ったのです。
そのプロジェクトが散会した。
散会したというのは、現地で打ち上げ、慰労会が開催されたんです。
私は呼ばれなかったんですよ。。。
そういうのが開催されることを知らされないまま、当日の夜、別ルートで知ったんです。袖にされたんですね。
私も最初から最後まで参与したプロジェクトなのに。アっタマに来て現地の幹部に電話したの。
「そっちで今日、何をやってるんですか?」
電話の向こうではジュウジュウバチバチ何かを焼いてる雰囲気でしたね。焼肉屋かな。
「今日は慰労会なんですよ~」
やはりそうか。結構なことだね。言わずにいられなかった。
「私だって〇〇〇部の伊東から正式に要請されて最初からそちらに関わったではないか。何故、私に声がかからないのか」って言いましたよ。言わなかったらバカだよ。
相手はさすがに慌てた。平謝りだった。こっちのスタッフは〇〇さんには馴染んでいるから居た方が良かったんですとか何とか言い訳してたよ。
本社から誰が参加してるのか聞いたら、〇長、水村という上役、それともう1人、3人だという。
私に直接依頼した伊東は参加してないのがわかった。
そういえば、過去にもそんなことがあったな。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-12-20
何故、私は呼ばれなかったんだろう。何かしただろうか。
現地の幹部は「こちらから、本社の誰々さんに来てくださいとは言い難いので、本社に委ねたつもりなんですが・・・」と言う。
上州の人間はおくゆかしいので、名指ししたりしないんだと。
私は伊東甲子太郎に訴えた。私に正式に依頼したのは伊東だからね。話があるって本社の小会議室で訴えたの。
正式にアナタから依頼が来て私は受けたんだよと。別に群馬が大好きだからホイホイ受けたんではないよと。それで最後にこういう仕打ちを受けた。傷ついたってね。
伊東はいちいち頷いてたが、「それは現地の幹部が、本社の取締役だけを呼ぶってのが間違ってますよね」と言う。
伊東は現地の慰労会に出てないので、挙げた拳を収めるしかなかった。
不完全燃焼である。ブスくれてる私を見かねたジャン妻は、直接〇長に抗議しようとしたが上司に止められらた。
ジャン妻上司は、「〇長に言うよりも、やはりそれは伊東部長に言わないと」・・・
言外に「〇長に言っても無駄だよ」と言ってるようなものである。その上司さんは自分も過去にそういう仕打ちを受けたことが数回、あるらしいのだ。
今度はジャン妻が伊東に訴えた。
「このプロジェクトに誰が関わっていたか、誰を呼ぶべきか、上に立つ者はそういう配慮が無い」
「自分らが日頃仲いい連中、飲んで楽しいメンバーだけ連れてったようにしか見えない」
他にもイロイロ言ったらしい。
改めて伊東は、「自分が〇長に言います」って言ったそうです。それと、参加メンバーを本社で選ぶのではなく、やはり現地の管理職が私に声を掛けるべきだったと。
どちらでもいいけど、少なくともこの件に関しては私は上州に裏切られたのです。
「伊東さんから〇長に言うって」(ジャン妻)
「・・・」
「だからアナタが直接、〇長に噛みつくのは止めなさい」
「・・・」
私は直接、狂犬のように噛みつきたくてしょうがないのよ。ガマンしろと言われた。怒りはフツフツと消えない。アタマに来て本社にカオ出していません。
上州のヤンキー社員から問い合わせの電話があっても、
「今、大丈夫ですか?」
「大丈夫は大丈夫だけど俺は機嫌が悪いよ」
「あ、あ、そーですか。じゃぁ手短に。。。」
八つ当たりしてしまった。週末も悶々としていました。
日ごろから言いたい放題なので、言いたくてもガマンするという自己免疫力が無いんだな私は。この記事だって込み上げる怒りを抑えながら書いてます。
悔しさが拭いきれず。明け方未明に起きて、悔しさが込み上げ、そのままずーっと起きてるの。
そしたらかかりつけのクリニックでこんな導眠剤が出ました。

これは昨年の11月末に発売されて間もない新薬なんです。
私は日ごろ、導眠剤は服用していません。初めてです。ただ、これは、これまでの即効性重視の導眠剤と違って、中途覚醒を減らすんですね。私は酒飲みなので寝付きはいいんですよ。未明にゴソゴソ置きだすクセをジャン妻は「ジジィになった」って笑ってたけど、笑いごとじゃなくなってきたのだ。
かかりつけの女医さんは、「朝、早く起きるのを遅らせるのよ」って言ってた。それって平日の朝、起きられるんだろうか。
ドライバーや高所作業者、精密機械を操作する人は注意を要するそうです。酒呑みも服用時間帯に要注意です。
効能が残って自動車事故を起こした例もあるそうですよ。もっとも風邪薬でも鼻炎薬でも、症状を和らげようとするからには何でもそういう注意が必要なんですが。
こういうのを呑む・・・失礼、飲む、服用するのは私も初めてなので、地元神奈川で最も気心知れてる某現場で貰った。
事前に電話したの。こういう新薬が出たが在庫あるかって。そしたらそこのスタッフは仰天してた。新薬なのもあるけど、「〇〇さんが眠れないって」、
眠りが浅いのは何が原因かって話になっちゃったから、
「会社が俺のプライドをズタズタに傷つけたんだよ」とは言ったね。まさか打ち上げに呼ばれなかったから眠れなくなったなんて言えないよな~。
彼らにとって、会社=〇長でもあるので、
「上と衝突して眠れないんですか?」
「眠れないんじゃないのっ。早く置きちゃうのっ」
それにまだ衝突していないよ。衝突したら逆に眠れるさ。少なくとも伊東甲子太郎はわかってくれたからね。
薬代支払って現場を出る時、通常は、お大事にしてください、と言われるのを、上とハデに喧嘩しないでくださいね、って言われた。
大丈夫だよ。俺はこう見えても大人だからって言ったけど、ホントは自分でもそう思っちゃいないさ。新薬なので、効能を知りたいとも言われたな。

ああ悔しい。情けない。
悔しさの余り、ちょうど東京に出て来られたヒロアニさん(何して遊ぼ)にまでコボしてしまった。
「日頃、入れ込むからだよ」(ジャン妻)
「・・・」
「距離を置いたら?」
「・・・」
そうだなと私は中途半端に納得してしまい、現地のリーダーA子(酔っ払い女、今回の現場とは違います。)に、
「そっちでこれこれこういうことがあったけど俺は無視された。しばらくそっちとは距離を置くからよ」ってやっちゃったのね。
A子は憤りながら悲しんだ。誰よりも群馬の子らに対応してくれてるのにその仕打ちはひどいと。
私もその自負はあるよ。でもそれが仇になったのかも。
A子は現在、現場の若い子を纏めるうえでちょっとした屈託を抱えており、少し疲れ口調で、
「最近、諦めるというか、黙ってガマンすることも大事だってのがわかって来たんですけど、でも、癒されたい気分です」
それに対する私の返事は、
「癒されたいぃ?俺は今まで癒されてた群馬で今回こういう仕打ちを受けたから癒しが無くなっちゃったよ」って返してしまった。
A子は早く元の私に戻ってくれって。でも乗り越えるのに時間がかかりそう。
私がA子に甘えるように訴えたのを知ったジャン妻は怒った。
「そうじゃなくって、東京神奈川と同じく、フラットに接すればいいのよっ!!」
「・・・」
「ぐんまちゃん剥すよ・・・」
ずーっと行き先ボードの隅にさり気なく貼ってあったぐんまちゃんは剥されました。

今後の私と上州との関係は白紙です。
2015-06-04 07:57
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柳川町のこと [呟き独り言]

1枚の名刺があります。
飲み屋の名刺を会社のデスク引き出しに入れて置くのは止めた方がいいですよ。見る人が見たら、出張先で遊んでるって見られるからね。スナックやおねーちゃんのいる店なんか特にそう。
私も和歌山の某居酒屋から会社に漬物がドサリ届いたら担当を外されたからね。私を外したヤツはもういないですが、その時は私に対して何か疑惑を持ったんだろうな。
私は自分の金で飲んだんだから。ものが届いたのは店側の好意であってさ。
私を関西担当から外したそヤツも、大阪の会社関係の誰かから〇〇刺が届いて、社内の冷蔵庫に隠してあるのを女性社員が発見した。翌日には冷蔵庫から無くなってたそうです。自分だけで喰ったに違いない。
ええっと、本題に戻ります。この名刺は中央ぎんざアーケード梅ふくのカウンターで右隣ひとつ空いた若い美女から手渡されたの。

私だけに渡されたんじゃないですよ。カウンターにいた常連さん全員に渡してましたね。手渡す時に、
「お店をOPENするのでよろしくお願いします」
その女性は今度新たにPUBかスナックをOPENするらしいのだ。私はややブスッとしながら受け取った。
女性はこの店のお客さんだったようです。飲みに来たというよりは営業、客引きに来たようだった。
なぁんだ営業ナンパかよってちょっとシラけた。でもその女性の立場になってみたら新規開業するにあたって懸命なんでしょう。営るからには成功しないとな。
その時、お決まりの如く既に酔っ払ったマスター(モーちゃん)も、ロレツの回らない声で、「彼女応援してやって・・・」
私は応援しようにもそうそう来れないし現時点で行ってません。もう私に名刺を渡したことは忘れてるだろうし、住んでた頃と違ってこれ以上行き付けの店を増やしても義理が果たせないしな。
スナックやPUBって、こっちが店の女の子に気を遣うからね。金を払ってるのに何で店に気を遣わなきゃいけないんだって思うのだよ。
またまた上州のヤンキー娘(社員)が私に、
「〇〇さん(私のこと)1人で飲んでて寂しくないの?」
大きなお世話である。ウルサくなってきた。
「俺は1人で飲むのが好きなんだよ」
「???」
「自分のペースで飲めるからね」
「やっぱそれって寂しいよ。アタシが付き合ってあげるよ」
私への好意のようだがさにあらず?おとーさん感覚。このヤンキー女は今年になってからちょっと問題を起こして騒動になり、その顛末を「さらの木」にいた私に電話で釈明しながらワンワン泣いてた。
幸い、クビは繋がって、久々に再会したら私をじとーっと睨むんです。
「何だ?」
「・・・」
「久々に再会したのにその目つきは何だっ??」
そしたらウルッとなって感極まったのかハグって来たので私は仰天した。ホントですよ。見てたヤツもいたので私は面食らった。
「どーしたんだ?」
その後で場所を変えてクドクド言い訳を聞かされた。ちょっと書けない内容なのですが、それからは何事もなかったようにケロッとしてやがる。
で、その娘が言う「付き合ってあげるよ~」とはどういう店なのかというと。
「ガールズバー行こうよ~」
「!!!」
マジで私を誘ってんのかね。周囲にその子の同僚もいるんですよ。その子らの前でヌケヌケと言うから私は皆の手前、またしても丁重にお断りしました。お前みたいなヤンキー娘を1人同伴したら必ず誰かがあーだこーだ言うしね。
傍らにいた別の女性が助けてくれた。「この人(私のことね)はそういうおねーちゃん系の店には行かないんだよ」
そう言われたら言われたで、何だか男として不名誉なフォローをされた気分でもある。
ジャン妻は私に白い目を向けながら、「ホントはその子とガールズバーに行ったんじゃないのぉ?」(白い目)
いやいや、女房妬くほど亭主はモテないんだよ。女性のいる店は気ぃ遣うのよ。
そう言いながらも名刺を捨てないで持ってるじゃないかって?ええっと、またまた脱線してしまった。ここからが本題です。捨てないで持っているその名刺の表面には、その女性のお名前と店の名前、番地、電話番号が明記されていて、裏面には店のアクセスが描かれていた。
柳川町とある。

柳川町???
中央銀座アーケードのある寄合町、新紺屋町の西隣にある町です。高崎城の東側に残る濠に沿って真っ直ぐ北に歩けばいい。
名刺にあった番地を見たら柳川町の東部一帯だった。そこは明治の頃、いや、それ以前からの花柳街で、戦後は赤線地帯だった一画ではないか。
誰が言ったのか、北関東の吉原と呼ばれた時代すらあったという。
柳川町、夜の柳通りです。

裏の路地です。
今は色街とはいえないが、ディープでアヤしい酒場、スタンドが軒を並べていた。
外国人さんの経営する店が多いように見受けられる。東洋系外国語や、南の島系の外国語が聞こえるんです。歌もそう。






いつも歩き慣れた通町や矢島町とは全く違う雰囲気でしたね。
人が少ないんです。私自身、この辺りは歩き慣れていないだけにちょっとアブない感じがした。コンビニすらなかったからね。
表の柳通りも裏のスタンドも、初めて入るにはかなり勇気が要るんじゃないか。ひとり歩きの女性なんかひとりもいなかったです。
何処にも入らずホテルに戻ったのですが、後日、ある店を紹介されたので行ってみました。
2015-05-28 08:16
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お誘い [呟き独り言]
2月下旬、亀戸駅の東武線改札を入った精算機の傍にあったパンフ。

二か所並んでからに!!
俺を誘ってんのか?

上州も会津も東武が誘っているからね。
そういえば群馬行が多くなった分、会津行の回数が減ってしまった。
人生全て旅なんですが、会津に行ってきました。

二か所並んでからに!!
俺を誘ってんのか?

上州も会津も東武が誘っているからね。
そういえば群馬行が多くなった分、会津行の回数が減ってしまった。
人生全て旅なんですが、会津に行ってきました。
2015-04-20 05:28
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嬉しい丸投げ [呟き独り言]
さて、群馬で体調崩してもすぐ復調しました。
東京の連中は、私が体調崩したことを知りません。
話は変わって。。。
現場統括責任者で伊東甲子太郎という男がいる。
この男、夢を語り、周囲を煽ってその気にさせて動かし引き上げる。自分に付いて来る者は抜擢するが、その半面、付いて来れないその他大勢は忘れる。
数字には強いが実務は殆どできない。木の幹だけ見ている。細かい枝葉の部分はいつも周囲に丸投げ。
そヤツから大役を仰せつかった。
「あの、〇〇さん(私のこと)、ちょっといいですか?」
「何です?」
「お願いがあるのですが・・・」
伊東がこういう丁寧な言い草の時は大抵が中途半端な丸投げに決まっている。
お願いということは断ってもいいのかな?伊東の方が職位は上だが、ウチの取締役には私より数歳若いのが3人いて、いずれも私にモノを言う時は、コイツら気ぃ遣ってんなぁ、と思うのです。腫物に触るようである。
その伊東が言うには、
「これから4月にかけて案件がたくさんあって。。。」
「みたいだね」
「その中で、群馬の〇〇〇の△△の件は〇〇さんにお願いしたいんです」
(そう来たか。。。)
「こっち、人が足りなくって。。。」
さては伊東の部署、パンクしたな。2月から4月にかけて出店ラッシュが目白押し。首都圏と関東近県と東海地方も併せて物件が10件近くあって伊東の部署はヒィヒィ言っている。
それ以外にもジャン妻が群馬で担当したシステム導入も都内神奈川で続いている。私はこの記事をアップした今日の夕方に上州に向かうが、ジャン妻は昨夜から先んじて行って1泊してるんです。
昨夜、ジャン妻が送って来た写真です。



酒悦七らしい。。。
伊東が投げて来た群馬の案件は1つしかないが、場所が群馬だけポンと離れているので、現地を勝手知ったる俺に丸投げしようとしてるのです。
でも、でもですよ。大好きな群馬の案件だし、公的にあっちに行けて向こうの人達と堂々関われるじゃないか。断ったらもう二度と依頼は来ないだろうな。
私は体の芯から込み上げる喜びを抑えながら、
「よ・ろ・こ・ん・で・お・受・け・致・し・ま・す」
慎んでお受け致しますと言うべきだったかな。言葉を選び、感情を抑えて返事したら押し殺したような声音になってしまった。そしたら前の女性からツッコミが入った。
「あまり喜んでなさそうですけど・・・」
るせーなこのバカ。傍らにまだ伊東はいるんですよ。その女性は日ごろの伊東にやや含むところがあるので混ぜっかえそうとしやがった。
私も伊東の魂胆はわかって返事したんだし、ここは空気を直さないといけない場面である。
「そうじゃないんだな。嬉しい感情を抑えてるから押し殺した声音になってしまっただけだよ」
その女性、まだ言う。
「そんなに嬉しいんですか?」
「だって私の第二の故郷だぞ」
「・・・」
よくわかんないみたい。コイツは人の気持ちのワカランヤツだな。それだから現場から11人連署のクレームが上がるんだよ。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-02-03
傍らの伊東はしてやったりではないが、まさか私が断るとは思ってなかったに違いない。
「これで公に(群馬に)行けるな」
「そんなに最近(群馬に)行ってないんですか?」
「う・・・うん・・・」
嘘である。モグリで行っている。伊東の言う最近とはいつからいつまでなのかワカランが、ここ数ヶ月は行ってないということにしておいた。まさか先日モグリで行ったら会議日で、夜の駐車場で再会したなんて言えないし、伊東は私が現地で体調崩して点滴打ったのを知らない。
だが実際、受けるにあたって懸念がある。
中途で押し付けられたその案件は現在何処まで進んでいるのか。図面レベルは過ぎてるらしいが、工事は何処まで進んでいるのかということ。
丸投げ男の伊東はそれすら知らないのだ。私は何処から何処までやればいいのだろう。現地にかかりっきりになる訳にはいかないのだよ。
「私は何処までやればいいのさ?」
「???」(伊東)
「工事が目途ついた段階での書類申請だけでいの?それとも現地の工事にも携わるの?それだとあっちに行ってベタ張り付きになっちゃうよ。自分はむしろその方がいいけどさ。ハッハッハッ」
伊東はまた私が群馬で公私混同に走ろうとしてるのを察したらしい。
「だ、だめですだめです。そんな行きっ放しなんてご迷惑をかけるわけには。現地のリーダーと連絡を密にとってください。あくまで工事は現地がやらないと」
「なぁんだ。(ガッカリ)」
現地にもサブリーダーがいるから訊かなくては。もちろんそのリーダーと私はツーカーとまでいかないがまぁまぁの関係である。打ち合わせに行かずばなるまいて。
私はジャン妻に合図を送って廊下に呼び出した。群馬の案件を依頼されて受けたのを伝えたら、
「伊東さんは絶対アナタなら受けてくれるだろう、断るわけないって魂胆だよ」
それはそうに違いない。
でもノルしかない。第三者にやらせてたまるか。

出がけに〇長からイヤミを言われた。
「先方と朝9時からアポなので、前夜入りしてもいいですか?」
「朝6時の新幹線で行けばいいでしょぉ~」
私はムッとしたが、「前日に現場を見て置かないと対応できませんから」と無理くり承知させた。

物語はまだ続く。。。
上州玄関口に夜に降り立った。でもすぐさま飲みに行かず、数少ない路線バスで現場に向かうマジメな私です。
東京の連中は、私が体調崩したことを知りません。
話は変わって。。。
現場統括責任者で伊東甲子太郎という男がいる。
この男、夢を語り、周囲を煽ってその気にさせて動かし引き上げる。自分に付いて来る者は抜擢するが、その半面、付いて来れないその他大勢は忘れる。
数字には強いが実務は殆どできない。木の幹だけ見ている。細かい枝葉の部分はいつも周囲に丸投げ。
そヤツから大役を仰せつかった。
「あの、〇〇さん(私のこと)、ちょっといいですか?」
「何です?」
「お願いがあるのですが・・・」
伊東がこういう丁寧な言い草の時は大抵が中途半端な丸投げに決まっている。
お願いということは断ってもいいのかな?伊東の方が職位は上だが、ウチの取締役には私より数歳若いのが3人いて、いずれも私にモノを言う時は、コイツら気ぃ遣ってんなぁ、と思うのです。腫物に触るようである。
その伊東が言うには、
「これから4月にかけて案件がたくさんあって。。。」
「みたいだね」
「その中で、群馬の〇〇〇の△△の件は〇〇さんにお願いしたいんです」
(そう来たか。。。)
「こっち、人が足りなくって。。。」
さては伊東の部署、パンクしたな。2月から4月にかけて出店ラッシュが目白押し。首都圏と関東近県と東海地方も併せて物件が10件近くあって伊東の部署はヒィヒィ言っている。
それ以外にもジャン妻が群馬で担当したシステム導入も都内神奈川で続いている。私はこの記事をアップした今日の夕方に上州に向かうが、ジャン妻は昨夜から先んじて行って1泊してるんです。
昨夜、ジャン妻が送って来た写真です。



酒悦七らしい。。。
伊東が投げて来た群馬の案件は1つしかないが、場所が群馬だけポンと離れているので、現地を勝手知ったる俺に丸投げしようとしてるのです。
でも、でもですよ。大好きな群馬の案件だし、公的にあっちに行けて向こうの人達と堂々関われるじゃないか。断ったらもう二度と依頼は来ないだろうな。
私は体の芯から込み上げる喜びを抑えながら、
「よ・ろ・こ・ん・で・お・受・け・致・し・ま・す」
慎んでお受け致しますと言うべきだったかな。言葉を選び、感情を抑えて返事したら押し殺したような声音になってしまった。そしたら前の女性からツッコミが入った。
「あまり喜んでなさそうですけど・・・」
るせーなこのバカ。傍らにまだ伊東はいるんですよ。その女性は日ごろの伊東にやや含むところがあるので混ぜっかえそうとしやがった。
私も伊東の魂胆はわかって返事したんだし、ここは空気を直さないといけない場面である。
「そうじゃないんだな。嬉しい感情を抑えてるから押し殺した声音になってしまっただけだよ」
その女性、まだ言う。
「そんなに嬉しいんですか?」
「だって私の第二の故郷だぞ」
「・・・」
よくわかんないみたい。コイツは人の気持ちのワカランヤツだな。それだから現場から11人連署のクレームが上がるんだよ。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-02-03
傍らの伊東はしてやったりではないが、まさか私が断るとは思ってなかったに違いない。
「これで公に(群馬に)行けるな」
「そんなに最近(群馬に)行ってないんですか?」
「う・・・うん・・・」
嘘である。モグリで行っている。伊東の言う最近とはいつからいつまでなのかワカランが、ここ数ヶ月は行ってないということにしておいた。まさか先日モグリで行ったら会議日で、夜の駐車場で再会したなんて言えないし、伊東は私が現地で体調崩して点滴打ったのを知らない。
だが実際、受けるにあたって懸念がある。
中途で押し付けられたその案件は現在何処まで進んでいるのか。図面レベルは過ぎてるらしいが、工事は何処まで進んでいるのかということ。
丸投げ男の伊東はそれすら知らないのだ。私は何処から何処までやればいいのだろう。現地にかかりっきりになる訳にはいかないのだよ。
「私は何処までやればいいのさ?」
「???」(伊東)
「工事が目途ついた段階での書類申請だけでいの?それとも現地の工事にも携わるの?それだとあっちに行ってベタ張り付きになっちゃうよ。自分はむしろその方がいいけどさ。ハッハッハッ」
伊東はまた私が群馬で公私混同に走ろうとしてるのを察したらしい。
「だ、だめですだめです。そんな行きっ放しなんてご迷惑をかけるわけには。現地のリーダーと連絡を密にとってください。あくまで工事は現地がやらないと」
「なぁんだ。(ガッカリ)」
現地にもサブリーダーがいるから訊かなくては。もちろんそのリーダーと私はツーカーとまでいかないがまぁまぁの関係である。打ち合わせに行かずばなるまいて。
私はジャン妻に合図を送って廊下に呼び出した。群馬の案件を依頼されて受けたのを伝えたら、
「伊東さんは絶対アナタなら受けてくれるだろう、断るわけないって魂胆だよ」
それはそうに違いない。
でもノルしかない。第三者にやらせてたまるか。

出がけに〇長からイヤミを言われた。
「先方と朝9時からアポなので、前夜入りしてもいいですか?」
「朝6時の新幹線で行けばいいでしょぉ~」
私はムッとしたが、「前日に現場を見て置かないと対応できませんから」と無理くり承知させた。

物語はまだ続く。。。
上州玄関口に夜に降り立った。でもすぐさま飲みに行かず、数少ない路線バスで現場に向かうマジメな私です。
2015-02-25 00:00
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隠密行動 [呟き独り言]


この写真は駅前からシンフォニー通りを歩いている途中ですが、写真上の部分が影になっています。フードを被って中から目線で撮影したものです。
フードを被るのはアタマが寒いから?
それもありますけど、誰にも会いたくないので隠密行動をしているんです。今回の正式業務は明日の午前中にこっちの従業員と待ち合わせをしてからスタートするんですが、明日、その日の朝出がキツいので前夜から来ちゃったのだよ。
18:00きっかりに社を出る時、ジャン妻に目配せして、
(行って来る)
(うん。飲み過ぎないように)
ところが東京駅新幹線ホームにいたらジャン妻からメールが来た。
「今日、会議だよ」
「会議?」
「そっち(群馬)の店長会議・・・」
「そうなのか?誰かこっちへ向かってるのか?」
「水村さんが行った」
「アイツか・・・。」
水村というのは現場統括者のひとりだが、私より若いクセに天下りみたいなヤツで、心ここにあらずといった感じの影薄い野郎です。いったい何が得意なのか、何ができるのかようわからんのです。彼に何を聞いてもハッキリした返事、こっちが知りたい返事が返って来ず、当たり障りない返事しか返ってこないんだな。
伊東の野郎がいろいろ各方面の問題を抱えて処理が追いつかないので、ジャン妻が締切日に伊東の決済仰げず困ってしまい、
「伊東さんその日は来客入れないでよ。そういうの水村さんにやらせれば?」(ジャン妻)
ところが伊東も、「いやぁ。ちょっと・・・」
伊東も水村の解決能力に疑問符がついている。
神輿にも担げないし、利用しようにも使い勝手が無い野郎なんですよ。
そのクセ水村は、本社各部署のシマ(デスク)の間の通路を歩いて私とバッタリ正面から向き合うと、極端な動作で身を避けるんです。もちろんこっちも除けますけど、私に対して腫物に触るような態度を取るんですよ。お前の方が職位は上だろーがって。
「アイツ(水村)は新幹線で来るのかな?」
「さぁ。くるまじゃない?」
ウチの社用車は東京に4台もあって、ウチ3台が大型セダン車。いいくるまほど上の者が利用するような傾向になっている。私が出る時、社用車の使用ボードは皆台数出払ってたぞ。
私も上から一度だけ、「○○さんもくるま使っていいんですよ」、気を遣われたが、「くるまだと時間が見えませんからいいです」、丁重にお断りしました。
でもそれは表向きの理由で、くるまだと日帰りを強制させられてるようでかえってジャマなんですな。
くるまなら東京駅や新幹線で出くわすわけないが、「向こう(現地)でも出くわさないようにするよ」と返信した。自費で前泊するとはいえ、出くわすとあーだこーだうるさいからね。
ただ、ホントにくるまで行ったのかどうか確証がないので、私は新幹線最後尾車両の自由席に乗車し、最後に高崎駅ホームに下りてゆ~っくり改札に向かった。ゾロゾロ歩く乗客の最後に改札を出てフードを被ったというわけさ。
だけど何で俺はコソコソしてるんだ?自費で泊まるんだから何も文句を言われる筋はないぞ。
バッタリ会って説明するのがめんどくさいだけです。水村だって私の群馬好きを知ってるからね。東京連中にどう伝わるかわかったもんじゃない。

フードで顔を隠しながらドーミインに向かった。居酒屋、焼酎天国のある裏通り、路地から入った。誰かに見られてるような気がしないでもない。


一旦、ホテルに入って小休止。前払いで宿泊費は自費です。
また会議とバッティングしたか。昨年末にも最終会議とバッティングして会議終了後に連中は忘年会、俺だけ呼ばれなかったことがあったからね。
会議開催までまだ時間がある。私がいるドーミインから遠くない某会議場をレンタルしている筈です。ってことは、こちの連中、幹部や店長クラスもおっつけこの街にやって来るわけです。
問題は、会議開催時間と、私がこの街で晩酌スタートの時間がほぼ同じなのだ。やはり偶然でも出くわすべきじゃないな。
な~んてヤマシイことを考え考え業務メール打ってたら、何だか体調がイマイチなのに気付いた。
腸の辺りがシクシクする。でも腹は空いている。何だろう?
朝早いので今宵は軽くするつもりだが、前述の事情でこの界隈で飲み食いして連中とバッタリ出くわして下手な言い訳するのもイヤだなと。
そう考えたら今まで行ったことのない店が脳裏に浮かんだ。。。
2015-02-22 13:08
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