船山温泉99の謎 136 船山温泉中庭の池のこと [船山温泉]

今日は繋ぎの記事。食べ物は出てきません。まだ世間は正月休みで眠っているからね。でも船山温泉は2019年12月27日(金)から年明け1月4日(土)まで満室、スタッフも休みなしのフル稼働だそうです。算盤弾いているT館長のホクホク顔が目に浮かぶよ。
「うれしい悲鳴ですね」
それはよかった。いいことだ。自分たちは大晦日に泊まったことは無いが、元旦にはジビエや川魚をあしらったおせち料理でも出されるのだろうか。


で、この写真はエントランス、ロビーから撮影した中庭の池の様子ですが、窓ガラスで遮られてるとは思えないほどクリーンに磨かれている。そのまま池に手が届きそうである。
窓を外から、内側からピカピカに磨き上げるとこうなる。
埃とススだらけの群馬県内の在来線のガラス窓とは雲泥の差である。
生ビールを飲みながらT館長と経営者談義になっていたジャン妻の目が留まった。視線の先は池に注ぐ水だった。


「あの水はどっから流れてくるの?」
石灯篭の脇から小さい人工の滝になって注がれている。
「船山川だと思うな。まさか水道水じゃあるまい」
「水量がいつも一定ね。ポンプで汲み上げるのかな」
「さぁな。取水口なんてあったかな」

>池の水は何処から汲み上げているのですか?船山川からポンプで?山の斜面に貯水しているとか。
「船山川の堰堤から落差を利用して取り入れてます」

堰堤、砂防ダムですね。船山川には上流に向かって幾つも堰堤があって、もっとも旧いものは大正年間の施工まで遡るのだが、館長が言う「堰堤の落差」とは、渓流の湯から見える宿に最も近い堰堤、砂防ダムから水が落ちる勢いで引き入れているという。何処かに取水口があるに違いない。
>池の水はどこに流れていくのでしょう。
「池の排水から船山川へ戻しています。」
写真左手にある管がそうらしい。


>池の水位はいつも一定に保たれているようですが、大雨の時に溢れたりとかしないの?
「排水がありますので、溢れたりはしないです。よほどの大雨の際には多少水位は上がります。」
こうしてみるとキレイな水だが、台風や大雨の時は多少は濁ったかもしれない。


>池の魚が船山川に逃げちゃったりしないのだろうか。
「それは普通はないですね」
この排水かな。


ポチャンと音がした。鯉が跳ねたのである。
>池でコイがジャンプしていますが、あれは何をしてるのでしょうか。運動?
「餌の捕獲、もしくは、体に虫がついていることが考えられますね」

船山温泉が現在のスタイルに大改装される際は一旦はほぼ更地になった。現在の池も新たに掘って作ったのだが、その間、それまでいた池の魚は別途、スチール製のタンクに避難していた。そのタンクは近年まで宿対岸の林道を上がってすぐ、畑の区画に入る手前に赤さびた姿で鎮座していたが、近年解体されたようである。

池を覗いてみる。鯉君が悠々泳いでいる。池の底は粘土だと思う。コンクリートだと数か月日干しして乾燥させ、少しずつ水を入れて魚が棲むのに適したPHにしなくてはならない。
船山川の清流を引き込む、自然の川の延長といっていい。




かなり前、船山川でも上流で岩魚の稚魚を放流したりしていた。現在はそういった放流はないらしい。平時は浅い川なので外来種もいないと思われる。
>池の魚を狙ってくる獣っています?
私は215室から見たことがある。デカくて白い鳥がイワナをかっさらって舞い上がった。巣には雛がお腹を空かせて待っているに違いない。
今は鯉だけで岩魚の生け簀は無い。裏にある。
「たまに鷺、イタチなどが来ますね」
イタチ?
あの髭の生えた動物?それはT館長自身のことではないのか。

>池に誤って落ちた客っていますか?スタッフとかでも。
ウチの地元に有名な池がある。自然の池で注ぐ河川は無く、谷戸からの湧き水だけで満々と水を湛えている。
すぐ隣に小学校があって、誰かしら卒業後に噂が立つ。「自分の同期でひとりか2人、池に落ちたヤツがいる」って。もっともそれは池の周囲に柵なんか無かった昭和の頃の話だが。
船山温泉の池にハマった人はいないそうです。小柄な掃除部の宮下さんが池にハマったらタイヘン。館の敷地内に絶叫が響いて山谷に木霊するだろう。



おまけの質問を。
>船山温泉でひとり客が増えているようですね。ひとり様用の釜が鎮座していたり。近年はそういう傾向になったのかな。孤独を愛するお客さまが増えているのかな。
「昔からおひとりさまは多いですよ。おそらく、①料金単価、②個室の食事処、③昔から受け入れている、①②③が考えられましが、②が大きいかもです。他のお客さまの視線を気にしなくていいし。」
一部屋辺りの売り上げは下がるよな。2名様の半分だし。でも空き室よりはいいか。


船山温泉は世間が稼働し始めた頃、3日間の冬季休業に入るそうです。働き方改革と従業員満足度向上の為だって。近年、離職率がグンと減ったそうである。社会風潮に合わせてT館長自身も変わったということか。
「しっかり稼いでください。ではまた4月に」
「ハイ、お正月のおせち料理はしっかり食べましょう」(T館長)
2020-01-02 07:41
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船山温泉2020年モーニング? [船山温泉]


215号室からの朝陽です。
この部屋で令和2年元旦を迎えたのではないですが。雰囲気だけでも。



こうして陽が昇ると眩いですが、夜明け前の暗いロケーションではこの宿だけが山の中に置き去りにされた別世界の感があった。他に人家が、生活の明かりが皆無だからです。船山温泉の周囲や上流には人家はありませんから。
未明に目覚めた時、窓を開けたら前夜に敷地内を煌々と照らしていた明かりはいつの間にか消えていた。
各部屋は暗く何処もまだ眠りの中、宿の灯は僅かに灯る1階と2階の廊下だけで、215室にいるとそれが見えるのです。外の空気は冷たいが館内の空気は暖かい。宿泊客を凍えから護っている。
窓から見て東の方角に陽が上る兆しが現れても、そこには天子山地に属する思親山(シシンサン)が聳え立っているので、朝が来て黎明が広がっても、陽そのものが現れるのには時間差があるようだ。




8時になって階下に降りたところ。
若女将とT館長の片腕、Kさんがいた。
いったん昨夜の夕餉と同じ部屋に入ってから、また廊下に出てご飯やジュースを取りにいかなくてはいけないのだ。
「廊下に取りに行くのがめんどくせぇよ」
「仰る通りです」
Tさんにサラッとかわされた。
歩いてて思ったのだが、廊下や食事処のビニール畳は大分年季が入ってきたね。ささくれだってチクチクしたた感触が足裏に感じるよ。
そろそろ何処かで替え時でしょう。知らない人、初めて泊まった人から見たら、「何だこのボロい畳?」と思われかねない。
台車をゴロゴロ運んだりするから替えてもすぐに傷むとは思うが。


定番、船山温泉朝定食、
サラダ、自家製マヨネーズ付
山女魚の一夜干、これは焼きたてとはいえないな。
温泉玉子、
台のものには青物のお浸し、蕗、岩魚稚魚のマリネ、漬物、クレソン、味の染みたコンニャク、甲斐国何処かの豚肉のチャーシューは甲州富士桜ポークということにしておこう。
別皿で煮物、どう見てもご飯のおかずでしょう。最初に1膳、置いておけばいいのに。
取りに行くのがめんどくさいって。













サラダには刻んだキャベツが入っていた。宿では食材になり難い素材というが。
味噌汁は地面の上の野菜と、地面の下(土の中)の野菜がたくさん詰まっていた。
以前の煮物はお世辞にも美味しいとはいえなかった。肉まんに餡がかかっているようなヘンな煮物だったの。いつの頃からかこのような煮物(タケノコ、ニンジン他)にチェンジした。こっちの方が美味しい。

自家製の豆腐、固まるまでに少し時間を要した。大豆100%??




「あ、ヨーグルト食べてる」(ジャン妻)
「船山温泉のヨーグルトはそんなに酸っぱくないのだ」
「Mさんに言いつけてやる。さらでは食べないクセに」
それには答えず、私はこう言った。
「船山の朝飯ってこんなに美味かったか?」

チェックアウト前の渓流の湯、
入りながら顔を剃って整える。BHの剃刀って安物だから、力強く押すと皮膚を傷つけてしまうので、撫でるようにゆ~っくりと当てた。





「おっ、今日はほぼ満室だな」
「土曜でしょ。土曜ヒマだったら宿がアブナイわよ」
ところが会計後もまたまた船山塾です。まだ何か経営談義、人を動かす談義をしておるか。そしてまた追加で本を借りたらしい。

既に送迎バン、船山1号が待機中です。11:20の富士方面を狙います。






送迎バン、船山1号を見送る。今日は大忙しの筈だ。
内船駅は平静11年(1999年)4月1日~無人駅になった。
駅舎から1番線の線路と側線1本を構内踏切で越えて島式ホームへ。踏切は遮断機と警報機が付いています。
駅舎は旧いコンクリート造り、吹き抜けで、内部に待合室があるけど、駅舎内部の窓口は塞がれ、券売機もタッチ改札も無い。
私らは事前に往復で乗車券を購入済みですが、車内で乗車券を購入するか、ワンマン列車だったら整理券を取って、下車駅か乗りかえ先の精算となる。めんどくさそう。
11:20富士行普通電車を待ちます。




「また本借りたの?」
「こないだ借りてたのを再度読みなおすのと、追加で数冊」
「T館長は南部の何処で本を買うのかなぁ」
「ネットじゃないの?」
帰途は意外に時間がかかった。沼津駅構内の信号点検と、修善寺方面から来る伊豆急が遅れ、こっちの普通電車にもその余波がきた。
「行きは楽だけど、帰りは考えなきゃならんな」
次回は富士駅~新富士駅までタクシーで飛ばし、こだまで小田原か新横浜に出るルートを模索しています。





船山温泉、値段が上がったし、前のように年4回どころか3回行くのも厳しくなってきたが、今後も4月と12月の節目には来るつもりだ。
2020-01-01 06:30
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来る来年への宴 [船山温泉]
部屋に戻ったら、爆睡中だったジャン妻はムクリと起き上がっていた。
フロントからの「御夕食の準備が整いました」CALLで叩き起こされたらしい。
いつもはそのCALLを「今か、未だか」と待ち構えている私が受話器を取る役目なのだが、清掃時間前ギリギリに湯に浸かっていたのと、掃除部のMさんに「後で食事処で会おうぜ」と軽口叩いてたら、部屋に戻ったらのCALLが鳴った後だった。
「さぁ行くよ」
眠そうである。
「よう寝よるな」
「船山に来ると不思議とよく眠れるんだよね」












レンコン、自家製蒟蒻、ヤマメ唐揚げ、銀杏、薩摩芋、里芋天ぷら(揚げたてではない)イワナ稚魚マリネ、何かの生春巻き、等々が載っている。
私はインスタやってないけどそういうのに映える料理ではないと思うな。素材は山のモノ、オリジナルソース以外は至ってシンプル、お皿の色合いも地味だし。
見た目より味です。ここでしか味わえない素材の味。

岩魚造り、四神のように位置している。青龍、朱雀、白虎、玄武のように。
塩をちょこっとつけて食べるとバカ美味です。こんなに美味い魚の刺身があるのかと。それも淡水魚ですよ。川魚なんだから。





まだ煮えてない生の天然猪肉、豚肉と違って煮込めば煮込むほど柔らかく食べやすくなる。

煮えてきた。湯気がモワァ、それを吹き飛ばす。


青物、ネギ、白菜、ゴボウとかは好みで食べまくりますが、椎茸とカボチャはジャン妻にあげちゃった。
「食べなさい椎茸も」
「煮た椎茸は苦手なんだ」
猪肉や鍋が苦手な方は、茜鱒のしゃぶしゃぶ、というものに変更になるらしいが、ジャン妻が魚の鍋が嫌いなのもあって、私らはその茜鱒のしゃぶしゃぶ鍋とやらは知らない。


「T館長一家は日頃からこういうのを食べてるのかな」
「さぁねぇ」
「普通に家で食べる食材なんか何処で購入するんだ?スーパーとかないじゃん」
実はあった。内船駅から富士川を渡る交差点の右手にAコープがあった。それまでは身延街道をくるまで走ってたから、「南部道の駅以外は何処にも商店が無いじゃないか。HACも撤退しちゃったし」そう思い込んでたのですが、駅前にAコープがあったのを見つけて安心した。この町にも生活の糧となる基地があったんだと。
「いいなぁ毎日こういうのを食べられて」
「自分たちが食べるのと、お客さんに出すものとは別でしょ」
内船のAコープに立ち寄ってどんなのが売ってるか見てみたいものだ。猪肉とか鹿肉とか岩魚とか普通に売ってるのかな。

船山温泉は食事処が個室なので周囲や隣を気兼ねせずに会話ができるのですが、いつも会話の内容はジャン妻の現在の境遇と、現在進行形で取り掛かっているプランとか、この1年お疲れ様、よりも、次年度に賭ける意気込みを語られた。聞いてる私はチンプンカンプンなんだけどね。
「年明けも頑張らないと。あと3年切ったし。」
あと3年だと。それは私も同じだが。
「でも年前の今頃は会社辞めて次のことしようしてたんだよね」
そうだった。早いものだ。その件でT館長に相談もしたよな。さらのMさんにも。
それが伊東甲子太郎の強硬な引き抜きに遭い、陥落して今日に至るというわけか。
12月の船山温泉の食事処は、この1年の総括と来る来年への抱負や決意を新たにする場でもあるのだ。
「来春は出張が増えるわよ」
「ふぅ~ん」
そっちは飛行機で大都市廻り、私は相変わらず在来線で地方都市のドサ周りであろうな。


恨みがましい顔つきの岩魚素揚げ、コースメニューでは岩魚塩焼になってまが、私らは二度目の船山温泉から素揚げで通しています。


添えられているのは大好物の野蒜、近年は蕗と蕗味噌が続いたが、野蒜も宿周辺に生えてるんだろうか。
「野蒜はニンニクと同じだよ。大丈夫?」
「ニンニクほどお腹に来ないよ」


で、この岩魚、天ぷら(ピーマンだったかなぁ)野蒜を取ってこっちに置くと、持ってきた大皿に垣根の葉っぱだけが大皿に残るじゃないですか。
引き戸をガラッと開けて入ってきた掃除部改め配膳係のMさんが、
「空いたこのお皿、お下げしてよろしいでしょうか?」
「あ、ああ、いいですよ。お願いします」
出てって扉が閉まった後で大笑いしたよ。空いたお皿を下げるったって、もう皿には垣根の葉っぱしか載ってないんだよ。下げないでくださいなんて理由付は何処にもないよな。
取り置きしておいた岩魚刺身を熱燗でいただくささやかな幸福感。


いつものワインビーフヒレプラン、いつもの?いつもあるのかどうか。伊豆八幡野高原さらの木では、伊豆牛が1月半ばか後半まで入らなくなっています。数に限りがあって、出荷数も限られているのでしょう。この甲州ワインビーフはT館長の政治力で安定供給されているように見えますが、今後は大丈夫かな。
そういう心配を一瞬だけしてから食べ始めました。





手打ちそば、その辺の蕎麦屋の蕎麦を期待しちゃダメです。
これ、そばがきに近いです。ツルツルしてません。モサモサしています。


「ホラ、茶碗を貸しなさい」


釜飯を混ぜて、甲斐甲斐しくよそってくれるジャン妻であります。






「たまには自分でやったらどうなの?」
とは言わない。私がやると、自分の分だけ大盛りにするからである。それに白いご飯と違って混ぜご飯は中に混ざっている具や焦げとかもあって、不器用な私では均等公平によそえないのです。
混ぜて、よそって、混ぜて、よそって、




しゃもじにひっついたお焦げを私の茶碗にベタッとくっつけて。
私、お焦げってあまり好きじゃないんだよね。










デザート、ぜんざいですかこれ?お汁粉?

拷問でした。甘いの。苦手中の苦手です。このぜんざいでぬるくなって常温になった笹一をガブ飲みしましたよ。
最後のグラスをグイッ!!


食後、ジャン妻はT館長が主催する船山塾の講義を受けにエントランスへ出かけて行きました。
私は恒例、夜の撮影へ。
フロントからの「御夕食の準備が整いました」CALLで叩き起こされたらしい。
いつもはそのCALLを「今か、未だか」と待ち構えている私が受話器を取る役目なのだが、清掃時間前ギリギリに湯に浸かっていたのと、掃除部のMさんに「後で食事処で会おうぜ」と軽口叩いてたら、部屋に戻ったらのCALLが鳴った後だった。
「さぁ行くよ」
眠そうである。
「よう寝よるな」
「船山に来ると不思議とよく眠れるんだよね」












レンコン、自家製蒟蒻、ヤマメ唐揚げ、銀杏、薩摩芋、里芋天ぷら(揚げたてではない)イワナ稚魚マリネ、何かの生春巻き、等々が載っている。
私はインスタやってないけどそういうのに映える料理ではないと思うな。素材は山のモノ、オリジナルソース以外は至ってシンプル、お皿の色合いも地味だし。
見た目より味です。ここでしか味わえない素材の味。

岩魚造り、四神のように位置している。青龍、朱雀、白虎、玄武のように。
塩をちょこっとつけて食べるとバカ美味です。こんなに美味い魚の刺身があるのかと。それも淡水魚ですよ。川魚なんだから。





まだ煮えてない生の天然猪肉、豚肉と違って煮込めば煮込むほど柔らかく食べやすくなる。

煮えてきた。湯気がモワァ、それを吹き飛ばす。


青物、ネギ、白菜、ゴボウとかは好みで食べまくりますが、椎茸とカボチャはジャン妻にあげちゃった。
「食べなさい椎茸も」
「煮た椎茸は苦手なんだ」
猪肉や鍋が苦手な方は、茜鱒のしゃぶしゃぶ、というものに変更になるらしいが、ジャン妻が魚の鍋が嫌いなのもあって、私らはその茜鱒のしゃぶしゃぶ鍋とやらは知らない。


「T館長一家は日頃からこういうのを食べてるのかな」
「さぁねぇ」
「普通に家で食べる食材なんか何処で購入するんだ?スーパーとかないじゃん」
実はあった。内船駅から富士川を渡る交差点の右手にAコープがあった。それまでは身延街道をくるまで走ってたから、「南部道の駅以外は何処にも商店が無いじゃないか。HACも撤退しちゃったし」そう思い込んでたのですが、駅前にAコープがあったのを見つけて安心した。この町にも生活の糧となる基地があったんだと。
「いいなぁ毎日こういうのを食べられて」
「自分たちが食べるのと、お客さんに出すものとは別でしょ」
内船のAコープに立ち寄ってどんなのが売ってるか見てみたいものだ。猪肉とか鹿肉とか岩魚とか普通に売ってるのかな。

船山温泉は食事処が個室なので周囲や隣を気兼ねせずに会話ができるのですが、いつも会話の内容はジャン妻の現在の境遇と、現在進行形で取り掛かっているプランとか、この1年お疲れ様、よりも、次年度に賭ける意気込みを語られた。聞いてる私はチンプンカンプンなんだけどね。
「年明けも頑張らないと。あと3年切ったし。」
あと3年だと。それは私も同じだが。
「でも年前の今頃は会社辞めて次のことしようしてたんだよね」
そうだった。早いものだ。その件でT館長に相談もしたよな。さらのMさんにも。
それが伊東甲子太郎の強硬な引き抜きに遭い、陥落して今日に至るというわけか。
12月の船山温泉の食事処は、この1年の総括と来る来年への抱負や決意を新たにする場でもあるのだ。
「来春は出張が増えるわよ」
「ふぅ~ん」
そっちは飛行機で大都市廻り、私は相変わらず在来線で地方都市のドサ周りであろうな。


恨みがましい顔つきの岩魚素揚げ、コースメニューでは岩魚塩焼になってまが、私らは二度目の船山温泉から素揚げで通しています。


添えられているのは大好物の野蒜、近年は蕗と蕗味噌が続いたが、野蒜も宿周辺に生えてるんだろうか。
「野蒜はニンニクと同じだよ。大丈夫?」
「ニンニクほどお腹に来ないよ」


で、この岩魚、天ぷら(ピーマンだったかなぁ)野蒜を取ってこっちに置くと、持ってきた大皿に垣根の葉っぱだけが大皿に残るじゃないですか。
引き戸をガラッと開けて入ってきた掃除部改め配膳係のMさんが、
「空いたこのお皿、お下げしてよろしいでしょうか?」
「あ、ああ、いいですよ。お願いします」
出てって扉が閉まった後で大笑いしたよ。空いたお皿を下げるったって、もう皿には垣根の葉っぱしか載ってないんだよ。下げないでくださいなんて理由付は何処にもないよな。
取り置きしておいた岩魚刺身を熱燗でいただくささやかな幸福感。


いつものワインビーフヒレプラン、いつもの?いつもあるのかどうか。伊豆八幡野高原さらの木では、伊豆牛が1月半ばか後半まで入らなくなっています。数に限りがあって、出荷数も限られているのでしょう。この甲州ワインビーフはT館長の政治力で安定供給されているように見えますが、今後は大丈夫かな。
そういう心配を一瞬だけしてから食べ始めました。





手打ちそば、その辺の蕎麦屋の蕎麦を期待しちゃダメです。
これ、そばがきに近いです。ツルツルしてません。モサモサしています。


「ホラ、茶碗を貸しなさい」


釜飯を混ぜて、甲斐甲斐しくよそってくれるジャン妻であります。






「たまには自分でやったらどうなの?」
とは言わない。私がやると、自分の分だけ大盛りにするからである。それに白いご飯と違って混ぜご飯は中に混ざっている具や焦げとかもあって、不器用な私では均等公平によそえないのです。
混ぜて、よそって、混ぜて、よそって、




しゃもじにひっついたお焦げを私の茶碗にベタッとくっつけて。
私、お焦げってあまり好きじゃないんだよね。










デザート、ぜんざいですかこれ?お汁粉?

拷問でした。甘いの。苦手中の苦手です。このぜんざいでぬるくなって常温になった笹一をガブ飲みしましたよ。
最後のグラスをグイッ!!


食後、ジャン妻はT館長が主催する船山塾の講義を受けにエントランスへ出かけて行きました。
私は恒例、夜の撮影へ。
2019-12-30 09:27
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今度はホントに電車で船山温泉へ [船山温泉]

東海道線熱海行のグリーン車内で開いたシウマイ弁当と缶ビール、何故プチ公がいるか。今日はくるまじゃないからお前さんの御守りは不要の筈だが。
「何故ついてきた?」
「いいから連れてけ。道中何が起きるか。こないだみてぇに身延線で寝過ごしたらどーする?」(プチ公)
「こないだは寝過ごして内船まで行ったが、今日はその内船まで行くんだから大丈夫だ」
「そりゃ甘ぇよ。寝過ごして身延まで行くかもよ」
「これプチッ、主(アルジ)に向かって何を悪態ついてるのっ」

こ生意気なリトルバードをポケットにねじ込み、熱海駅でたった3両の東海道線(JR東海バージョン)島田行に乗り換えたところだ。
「ホントだ。たった3両しかないのね」
「見てのとおり」
「G車もないんだ」
3両しかないのにG車をどう工面しろと。
「多くて6両だったかな」
「WCは?」
「どっかの車両にあるよ」
読者の皆さま、熱海駅のWCは激しく混みます。WCが小さ過ぎるのです。JR東日本は乗り換えコンコースや駅改札内に飲食店を仰山作って儲けることばかり考えている。それもいいけど、そういう末端だけど混雑する駅のWCその他を改善しようとしないのだ。
電車内では律儀にひと駅ひと駅停車する度に「ドアから手を離してお待ちください」が流れる。

富士駅で見送る。ここで小腹が空いたのでこないだ寝過ごした特急ワイドビューふじがわ5号を待つ間、駅そばでおやつ。





ジャン妻は泣いてるのではないよ。駅のオバちゃんに隠れて1杯のかけそばをしているところ。
このオンナは最近、私がオーダーした焼き鶏を「少しよこせ」だの、親子丼や焼きお握りを「少しよこせ」だの、白いご飯に煮込みをぶっかけたプチ煮込み丼を「少しよこせ」だの、略奪する悪いクセが身に着いたようだ。だったら自分も1人前食べればいいものを「それだとお腹いっぱいになるから」そういう理由でやろうとしないのである。

問題の特急が来た。ちなみに乗車券は最寄り駅から内船駅まで購入済みです。内船駅は電子マネーが使えないのだ。
特急券は富士駅で購入済み。車内検察はこないだ折り返す際に相談した人じゃなかった。

特急車内です。停車する駅名は「内船」になって・・・

・・・ないですね。富士になってる。もう富士駅は発車してるんですよ。
西富士宮駅から沼久保駅に入る手前、富士宮市内と富士山を振り返ったところ。
こないだ眠ってしまい目覚めて車窓を見たら知らない景色で「シマッタ寝過ごした」と気づいたのはこんな風景だったような。


内船駅に定刻12:52に着いた。12:53発の富士行きの普通電車と列車交換中なのは先日と同じ風景だ。

駅前に船山温泉の送迎バンが待機中です。昼勤だけの方らしい。他に男性のひとり客がいた。

前回リターンした富士行普通電車を見送る。


改めて駅前通りを見たら、飲食店はまるふく食堂だけか。こばやし焼きそば店は見つからなかった。
あの時、内船駅で電車を待つとしたらそのどっちかに入っただろうか。


新しい南部大橋で富士川を渡るとこ。
バンは新道に向かわず、南部商工会が束ねる旧い商店街を走っている。何処の商店も営ってるのか休業中なのかワカラン。
船山川を渡り、左手に船山川を見ながら西へ。


最後の急カーヴ、ハンドルを左にぐるりんと切って、最後の急加速で到着、簡単にチェックイン






「こないだはそこ(内船)まで来たそうで」(T館長)
「意外に遠くなかったよ」
私は負け惜しみのように言った。あれはわざと来たんじゃないよ。

「今日はくるまではなく電車ですか」
「首筋から左肩、左腕に痛みとしびれが来てるんでハンドルを強く握れないのと、薬のせいでストンと落ちちゃう時があってさ。こないだ寝過ごして内船駅まで来たのもそのせいで」
「あ、そういえば来られたんでしたね」
「駅までね。あのまま午後有休にしてこっちに来ちゃおうかって考えたけどね」
「次回は是非そうしてください」
「ダメこの人、本気でそうするから」


今日は7組か。少ないな。ひとり様が3組か。
船山温泉ではひとり客も増えているそうだ。









ジャン妻はひと風呂浴びた後、ロビーエントランスで生ビールなんぞを飲みながら、前回宿泊時にT館長から借用していたハウツービジネス本の感想TALKをした後は部屋で爆睡していた。
「何かこの宿に来るとよく眠れるんだよね」
「蕎麦宿やさらでもそこまで寝ないだろうに。何故だ?」
「蕎麦宿は裏で電車(正確には電車ではない)が走るのと、踏切の音が鳴るのと、さらは時々仕事しちゃうんだよ。船山はベッドと枕が合うのかも」

私は17時40分、男女交代清掃前に軽く浴びに行っています。そこには小柄で永年勤続者のMさんがいた。
「掃除が済んだらこっち来る?」
食事処を指した。
「ハイ行きます」
「じゃぁ後でおいでね」
「ハイ」

「またそんなことを言って。Tさん(館長)を困らせるつもり?」
「何故Mさんを呼びつけるとT館長が困るんだ?困らせるつもりなどないぞ」
「ネタ拾いでしょう」
「単にMさんの接客が好ましいだけだっ」
ったく何でもかんでもネタ目的で行動してるんじゃないぞ私は。
2019-12-29 08:46
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船山温泉 [船山温泉]



朝の中庭です。暑いせいか鯉たちにイマイチ元気がない。
既に館内には掃除部の方々が出勤して清掃に勤しんでいる。

寝過ごしたので朝の散策は無し、すぐ朝餉の時間に。
何だか美味しいのだ。船山の朝餉ってこんなに美味かったけか。
台に盛られた稚鮎南蛮漬、青菜、山菜、チャーシュー、高野豆腐、漬物、どれも美味しい。







ゴツい台のお皿(というか薄石)は重たいから洗うのがタイヘンそうだ。
T館長ご夫婦、夫婦喧嘩する時にこんなゴツイお皿投げつけ合っちゃダメですよ。大怪我しますよ。
山女魚一夜干し

サラダ、生ハム入り、自家製ドレ


ジャガイモ他、煮物、美味しいです。日本酒が欲しくなった。

温泉タマゴ、最後にご飯にブッかけた。



細かく切った野菜たくさんの味噌汁

鬼のような形相で味噌汁をよそうジャン妻




美味しい。久々だけにかなり満足しました。でもひとつだけ指摘させてください。自家製豆腐の固形燃料が弱いのだ。ちっとも固まらないぞ。
そのうち固形燃料が燃え尽きてしまい、固まらないまま半生で食ってしまった。味噌汁もそうなんだが、鍋の器がデカいから(味噌汁は鉄鍋、豆腐は足軽の陣笠鍋)固形燃料だと弱いのではないかな。


おかずが足りないのか、梅干しまで摘まもうとするジャン妻

ヨーグルトが酸っぱい。
「食べなさい」
「頬がツーンとして痛いよ」
「この程度で?」
苦手なものはしょーがないだろ。





食後の中庭、やはり暑さのせいか鯉がおとなしい。水温も高いんだろうね。

部屋に戻って中庭、先代ご夫婦が見えたぞ。復調されたようで何よりだ。


「若い女性が掃除している」(ジャン妻)
「若い女性?」
掃除部に若い女性なんていたか?もしかして、いや、今詮索するのは止めておきましょう。

今回の宿泊で部屋で読んでた本。
「軽い本ねぇ」(ジャン妻)
滞在中に一気に読んでしまった。速い!!
船山に山怪があるかどうかは知らないけど。
最近は目が衰えて、書籍を読むのが苦痛になってきた。

ジャン妻はT館長から書籍を2冊借りています。
昨日の午後、T館長との密談(ビジネス上のネタ)の延長です。
難解そうなビジネス書だった。付箋が貼ってあるのは大事な箇所?
これ読んでレポートでも書くのがな。
私は他人に勧められた本てまず読まない人なのね。5年前に社員から「これ読んでください」とまぁ難解なビジネス書をススメられ無理して読破したが、基礎知識がないせいでさっぱり内容わからなかったことがある。
https://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-05-03
「小説はファンタジーでしかない。現実の書を読まなくてはいけない」と言ったのは、故人であるフランク、グーディシュ氏(ブルーザー・ブロディ)


チェックアウト30分前の渓流の湯、
あと2時間半もすれば今日の宿泊客がチェックインしてくる。さすがに満室だそうである。今回は平日(金)だったので貸し切り湯も大欲場も殆ど貸し切り状態だったが、(土)(日)泊りだとそうはいかないだろう。


「そろそろ出立か?」
ムクリと起き上がったプチ公(ドライヴの御守り)




これまでで最も安かった宿泊が終わった。
もうかつての感動は薄れたし、以前の船山を知る者としては幾ばくかの寂寥感があるが、自分の中半生を劇的に変えた大事な宿なので、最低でも年2回、平日泊週末のパターンで来るつもり。
2019-08-04 06:17
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イワナのサイズ [船山温泉]
18時10分前くらいに内線が鳴ります。
鳴ったら1回で取ります。フロントに何も言わせず、
「ハイ行きま~す」
ガチャッ!!
「だってよ」
「相手にも喋らせてあげなさいよ」(ジャン妻)

ここでしか食べられない船山温泉の自慢の夕餉です。
写真ボケは光量不足のせいか。





永年勤続20年を祝って乾杯。Kさんが最初の1杯、お酌してくれた。
気が付いたら20年?
いや、待ち望んでたのです。自分は8月入社で、最初の2~3年はフルタイムバイトだったので、
「正社員の期間しかカウントされませんよ」
ソリ合わないオンナに冷たく言われてカチンときたのを今でも覚えている。
「またそのネタ?もういいじゃない」(ジャン妻)
表彰されてから蕎麦宿、船山と続いて、いつも乾杯の音頭は「20年勤務おめでとう」乾杯なのです。
「いつまで続くのよ」
「年内」
「!!」
「次のさらの木までかな」
「じゃぁ来年アタシが20年になったらそれもお祝してね」
もちろんお祝いするけど。2年前か?辞めてたらそこまでたどり着かなかったんだぞ。
20年なんてひとことで言うけどなかなか達成できないよ。
船山温泉で永年勤続20年なんて考え難いよな~。

珍しく純米大吟醸なんてのをいただく。でもすぐ熱燗にしました。



さて、イワナです。
イワナの大きさ比べてみてください。
基本ベースのイワナ2尾の造りと、追加したイワナ1尾の大きさが違うぞ。

献立には「山里のお造り」とあって、館長が言う基本の内訳は「イワナ造り&甲州馬刺」だそうですが、自分らは「馬刺は会津!!」固定観念に凝り固まっているので、ずーっとずーっと「馬刺よりイワナ」でお願いしてきました。
だけど今回追加したイワナの方がサイズが大きいのです。
それに追加イワナにはアタマ、皮、骨、シッポの素揚げ、煎餅までついているじゃんか。







ははぁん、
そういうことか。
イワナ&馬刺の組み合わせをイワナ2尾にしてもらう代わりに、イワナの大きさを小さくしてコスト調整をしてたんだろー。これまでずっとー。
知らなかった。
でも知ってしまった。
知らなくていい情報が船山にもあった。(汗)
でもまぁそれでもイワナ3尾には違いないので、ひと切れずつ摘まんだのは最初だけで、あとはふた切れ、三切れ、ごっそり摘まんで口に運んだ。
下手な海魚の刺身なんかより遥かに美味しいですけどね。甘味もあるし、触感もコリコリしてるし。

俺らはずーっと刺身のイワナ2尾で今日まで来たのに骨煎餅が出たことないのです。あくまで特別追加料理のイワナ造りだけ骨煎になるみたいだ。
そうだったのか。。。
イワナショックを振り切って猪鍋へ移ります。



生のクレソンは好きじゃないので猪鍋の中へ抛り込みました。
春菊が欲しいな。高いけど。
今夜の猪肉は脂身が殆どない上品なロース肉、煮込めば煮込むほどやわらかくなって美味しいですよ。

具は白菜、ネギ、ゴボウ、カボチャ、エノキ、ナスかと思ったらサツマイモ??


根菜より葉物を生煮えでいただく。
「豚肉は完全に煮えるまで食うな」
「豆腐はいったん沈んで浮き上がってから喰え」
「野菜はさっと」
これがちゃんこ鍋の鉄則です。相撲部屋のちゃんこで猪肉が入るのは考え難いが。船山温泉の猪肉は甲斐国の猟師さんが罠猟で仕留めた天然ものです。


基本は塩焼きのイワナを素揚げでいただいてます。
だからさっき言った骨煎が出されなくても毎回揚げイワナが出てるんだけどね。


怒ったようなイワナの表情。アタマから食べられます。なのにジャン妻はアタマと骨と皮を箸で外して身だけ食べてるんですよ。
「アタマっからガブッといかんかい」
「・・・」
ホジホジさばいている。見ててイライラする。
「アタマと尻尾と骨をくれ」
「ダメッ」
2人でイワナ3匹喰ったことになります。




甲州ワインビーフ、ヒレプラン「焼肉屋じゃあるまいし客に焼かせるなよ」という声が出てきそうですが、ステーキ肉は個人毎に好み、焼き加減が違ってくるので、その為に一流シェフを厨房においとけないのです。
厨房から食事処まで離れてるので客が食べるタイミングが見えないし、厨房で焼いたら持ってくる間に冷めてしまう。ナイフでカットするのを省略する為にサイコロ状になっています。

食事処の換気がイマイチでして。
窓を開けました。
でも作務衣にニオイが付いちゃうんだよな。



手打ちそば、この後で登場するMさんが打ったそうです。やや粉っぽくザラザラした触感で、喉越し良くツルツル滑る蕎麦じゃないです。

ジャン妻がズオッと立ち上がり、釜ご飯をよそっているところ。




何だか色とりどりのカラフルな混ぜご飯ですね。





ジャン妻とMさんが久々にご対面、
今日のイワナの造りもMさんがさばいた。
Mさんはもうひとりいて掃除部の小柄な人、ベテランスタッフ2人のMさんが連続し食事処に登場。特に若い世代が町を出てしまい、年々人口が減っていく南部町は若者の就労確保が難しい。雇用もないし。2人のベテランもまだまだ頑張って貰わんと。(現在、船山温泉に若い女の子のスタッフは・・・いません。多分。ところが翌朝・・・)

デザートはまぁ要らないけど。せっかくなのでいただきました。

この大量の漬物は二次会のアテで結局食べきれず、時間持ちしないのを摘まみ、時間持ちするのだけラップして持って帰りました。



まぁどの料理もINSTA映えしないです。
(INSTAやってませんが。)
食事処は明るくないし。
(奥の「ふじ」なので外の明かりは入りますが。)
テーブルクロスは焦げ茶色だし。
お皿も地味な色ばかり。
盛られる素材は山のモノだから、質実剛健で華が無いのかもしれない。
鳴ったら1回で取ります。フロントに何も言わせず、
「ハイ行きま~す」
ガチャッ!!
「だってよ」
「相手にも喋らせてあげなさいよ」(ジャン妻)

ここでしか食べられない船山温泉の自慢の夕餉です。
写真ボケは光量不足のせいか。





永年勤続20年を祝って乾杯。Kさんが最初の1杯、お酌してくれた。
気が付いたら20年?
いや、待ち望んでたのです。自分は8月入社で、最初の2~3年はフルタイムバイトだったので、
「正社員の期間しかカウントされませんよ」
ソリ合わないオンナに冷たく言われてカチンときたのを今でも覚えている。
「またそのネタ?もういいじゃない」(ジャン妻)
表彰されてから蕎麦宿、船山と続いて、いつも乾杯の音頭は「20年勤務おめでとう」乾杯なのです。
「いつまで続くのよ」
「年内」
「!!」
「次のさらの木までかな」
「じゃぁ来年アタシが20年になったらそれもお祝してね」
もちろんお祝いするけど。2年前か?辞めてたらそこまでたどり着かなかったんだぞ。
20年なんてひとことで言うけどなかなか達成できないよ。
船山温泉で永年勤続20年なんて考え難いよな~。

珍しく純米大吟醸なんてのをいただく。でもすぐ熱燗にしました。



さて、イワナです。
イワナの大きさ比べてみてください。
基本ベースのイワナ2尾の造りと、追加したイワナ1尾の大きさが違うぞ。

献立には「山里のお造り」とあって、館長が言う基本の内訳は「イワナ造り&甲州馬刺」だそうですが、自分らは「馬刺は会津!!」固定観念に凝り固まっているので、ずーっとずーっと「馬刺よりイワナ」でお願いしてきました。
だけど今回追加したイワナの方がサイズが大きいのです。
それに追加イワナにはアタマ、皮、骨、シッポの素揚げ、煎餅までついているじゃんか。







ははぁん、
そういうことか。
イワナ&馬刺の組み合わせをイワナ2尾にしてもらう代わりに、イワナの大きさを小さくしてコスト調整をしてたんだろー。これまでずっとー。
知らなかった。
でも知ってしまった。
知らなくていい情報が船山にもあった。(汗)
でもまぁそれでもイワナ3尾には違いないので、ひと切れずつ摘まんだのは最初だけで、あとはふた切れ、三切れ、ごっそり摘まんで口に運んだ。
下手な海魚の刺身なんかより遥かに美味しいですけどね。甘味もあるし、触感もコリコリしてるし。

俺らはずーっと刺身のイワナ2尾で今日まで来たのに骨煎餅が出たことないのです。あくまで特別追加料理のイワナ造りだけ骨煎になるみたいだ。
そうだったのか。。。
イワナショックを振り切って猪鍋へ移ります。



生のクレソンは好きじゃないので猪鍋の中へ抛り込みました。
春菊が欲しいな。高いけど。
今夜の猪肉は脂身が殆どない上品なロース肉、煮込めば煮込むほどやわらかくなって美味しいですよ。

具は白菜、ネギ、ゴボウ、カボチャ、エノキ、ナスかと思ったらサツマイモ??


根菜より葉物を生煮えでいただく。
「豚肉は完全に煮えるまで食うな」
「豆腐はいったん沈んで浮き上がってから喰え」
「野菜はさっと」
これがちゃんこ鍋の鉄則です。相撲部屋のちゃんこで猪肉が入るのは考え難いが。船山温泉の猪肉は甲斐国の猟師さんが罠猟で仕留めた天然ものです。


基本は塩焼きのイワナを素揚げでいただいてます。
だからさっき言った骨煎が出されなくても毎回揚げイワナが出てるんだけどね。


怒ったようなイワナの表情。アタマから食べられます。なのにジャン妻はアタマと骨と皮を箸で外して身だけ食べてるんですよ。
「アタマっからガブッといかんかい」
「・・・」
ホジホジさばいている。見ててイライラする。
「アタマと尻尾と骨をくれ」
「ダメッ」
2人でイワナ3匹喰ったことになります。




甲州ワインビーフ、ヒレプラン「焼肉屋じゃあるまいし客に焼かせるなよ」という声が出てきそうですが、ステーキ肉は個人毎に好み、焼き加減が違ってくるので、その為に一流シェフを厨房においとけないのです。
厨房から食事処まで離れてるので客が食べるタイミングが見えないし、厨房で焼いたら持ってくる間に冷めてしまう。ナイフでカットするのを省略する為にサイコロ状になっています。

食事処の換気がイマイチでして。
窓を開けました。
でも作務衣にニオイが付いちゃうんだよな。



手打ちそば、この後で登場するMさんが打ったそうです。やや粉っぽくザラザラした触感で、喉越し良くツルツル滑る蕎麦じゃないです。

ジャン妻がズオッと立ち上がり、釜ご飯をよそっているところ。




何だか色とりどりのカラフルな混ぜご飯ですね。





ジャン妻とMさんが久々にご対面、
今日のイワナの造りもMさんがさばいた。
Mさんはもうひとりいて掃除部の小柄な人、ベテランスタッフ2人のMさんが連続し食事処に登場。特に若い世代が町を出てしまい、年々人口が減っていく南部町は若者の就労確保が難しい。雇用もないし。2人のベテランもまだまだ頑張って貰わんと。(現在、船山温泉に若い女の子のスタッフは・・・いません。多分。ところが翌朝・・・)

デザートはまぁ要らないけど。せっかくなのでいただきました。

この大量の漬物は二次会のアテで結局食べきれず、時間持ちしないのを摘まみ、時間持ちするのだけラップして持って帰りました。



まぁどの料理もINSTA映えしないです。
(INSTAやってませんが。)
食事処は明るくないし。
(奥の「ふじ」なので外の明かりは入りますが。)
テーブルクロスは焦げ茶色だし。
お皿も地味な色ばかり。
盛られる素材は山のモノだから、質実剛健で華が無いのかもしれない。
2019-08-02 08:25
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最後のスタンプカード [船山温泉]

荷物を持ってくれてるのはT館長の片腕、Kさん、彼は近年この宿にしては永年勤続年数ものですね。

振り返るとくるまが少ない。
大丈夫か船山温泉?

出迎えてくれたT館長はウエルカムスマイルですが、内心では「またこの人に何を書かれるか」警戒しているフシがアリアリです。私が泊る日はT館長からスタッフ全員に緘口令というか、ネタにさrふぇるようなことをしないように、言わないように気をつけるよう指示が飛ぶらしい。

7月某日、船山温泉2名泊の請求・領収書明細には18060円とあった。
「安いな~」
「何言ってんの。これで最後でしょ」
実は最後のスタンプカードが埋まったので平日に利用したのです。ポイント無料宿泊でひとり当たり-19800円、2名だから-39760円、通常の和室の基本料金分だけマイナスになるらしい。


ワインビーフヒレプランにして岩魚の刺身1尾追加して、お酒もまぁまぁ飲んだのですが。
最近の新規のお客さんは船山温泉にスタンプカードがあったなんて知らないんじゃないかな。昔はこういうスタンプカードがあったのですよ。いつの頃からか発行しなくなったのは、クレジットカードが使えるようになったことや、旅行会社と提携するようになったからです。
利用する側もいろんなポイントチャージのカードを持ってるから、台紙で作ったスタンプカードなんていうひと時代前のものはなくなった。
船山温泉は時代の流れに付いていく。
私だけ取り残されたのだ。
夕餉時のファーストドリンクはビールと白ワインにして、17時までの追加料理ボードを見て、
「岩魚の造りをもう1人前追加してくれないかな」
「え?岩魚のお刺身追加ですか?」
「うん、何だか少なくってさ」
「でも〇〇さん(私のこと)のコースだと・・・」
T館長の説明では、実は基本プランだと岩魚刺身1尾と甲州馬刺の盛りになっているらしい。ただ、私がワガママ言って、馬刺はいいから岩魚2匹にしてくれってこれまでずーっと言い張っていたのです。
近年、それでも足りなくなってきた。だって小さいんだもん。
「たまには馬刺いきません?」
「いや~」
こっちは会津の馬刺がいちばん美味しいと思ってる人だから固辞しました。
夕餉には岩魚の刺身が3匹分になったが、私らがこれまで知らなかった事、「あれ?大きさが?」を知ることになるのです。

部屋入りする前に食事処を通ったら、6組しかいないぞ。


釜飯の釜の数は、大きいの2つ、小さいの4つしかない。
小さい釜はおひとり様客用なので、ひとりでフラッと来て泊る客が増えているそうである。
だけど少ない。経営的に大丈夫か船山温泉?
「大丈夫かよ?」
「明日は満室です」(Kさん)
明日は(土)じゃん。満室でなきゃ困るよ。
いつもの部屋、中庭に面した変形の角部屋。





ジャン妻と貸し切り湯、清水へ。
自分とジャン妻が入って出た分お湯の量が減って、給湯口から源泉と循環が勢い良く噴き出した。雨あがりなので、硫化水素の香がいつもより強い。地下水脈を押されてくるのだと思う。沸かし湯です。
実は私、硫黄のニオイが苦手です。なので草津温泉も行ったことが無いのです。
船山温泉が草津並みにガチに硫黄バリバリで熱かったら通わなかっただろうな。
(そういえば、TBS噂の東京マガジン噂の現場で、草津温泉で江戸時代から続く伝統の湯長を廃止するという報道があったな。
湯治者への問診や症状に応じて時間を指定して入浴させる指示行為が医療的行為と見られると町長が判断したというもの。
私も末端の医療従事会社に在職しているので町長が打ち出した方針に一定の理解はできますが。
湯長が若い女性でしたよ。女性に見られながら入浴するのに違和感を覚えてしまった。本質に関係ないかもですが。)


私は大浴場、静山にも短い時間で立ち湯ったので後から上がった。






ジャン妻はT館長と密談している。
「Tさんに相談があるのよ」
「また異業種への転じる話か?」
前は飲食業だったよね。今度は旅館業や飲食店の経営者で、経理や経営ソフトに困っている経営者からの個人的な受注があるかどうか。
だがT館長に言わせると、その世界、業界を知ってないと難しいというんだな。従業員のマネジメントも含めて。

外に出ていつものアンングルで撮影した船山館。


いつかの超豪雨で荒れた河原も大分、草が馴染んできた。



駐車場にネコが寝てる。鋭い目線が、「ここはアタシの場所よ」と言っている。
船山温泉敷地内には2匹以上のネコがいるらしい。まさか岩魚の稚魚をエサにしてないだろうな。


野良なのである程度の間合いから詰めると逃げ出そうとする。ネコって餌くれる人間にしか懐かないし、気まぐれですぐどっかいっちゃうし。子ネコの頃から餌をあげてないと懐かないです。

戻って二人静にひとりで入る。



ここで余談を述べます。
これは船山温泉の使いたい放題のタオルです。



未だに持ち帰る輩がいて年間の補充費用がバカにならないそうだが、ウチも梅雨の時期から小さめのタオル山積みに変えました。

「大きいバスタオルを何回も使ってると干してるウチにカビが生える」というのです。
なので小さいのを多く用意するから「新しいタオルをどんどん取っ換え引っ換えして使いなさい」というのです。私は髪が無いので(無いわけではないが)ボディタオル兼フェイスタオル兼アタマを拭く、これら一連作業は小さいタオル1枚で充分なんですよ。悪かったな。
「洗濯するのタイヘンじゃない?」
「そうでもないわよ」
引き出物とかお中元とかお歳暮とかで贈呈されて、使わないで眠ってたタオルがたくさんあったので。ジャン実家にも眠ってるかもしれない。今度貰ってこよ。
船山のタオルほど山積みじゃないですけど。
「船山はタオルもっとたくさんあったぞ。でもあの宿は未だにタオル持ち帰るヤツがいて結構バカにならない費用がかかるってTさんが言ってたな」
「持ち帰りはご遠慮くださいってなってるのに?」
旅館や民宿なんかで部屋にビニールで包んで置いてあるタオルがあるじゃないですか。宿名が明記してあるあれ。そういうのと勘違いしてるんだろうね。
家では船山スタイルをマネして小さいタオルをとっかえひっかえしてますが、そうなったらそうなったでもったいなく思うというか、一度拭いても「まだ使える、拭ける」そう思って同じタオルを何回も使ってたら「そういうことは止めなさい」と言われた。要は貧乏性なんですね。(笑)




夕餉前の静山の湯、館内6組だけなので、大浴場も含めていつも貸し切りでした。
で、夕餉に出された岩魚の造りなんですが・・・
2019-08-01 07:35
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アクシデンタル [船山温泉]


朝5時頃、215号室ベッドで目が覚めて、寝返り打ってWCに起きようとしたら腰に激痛が走ったのです。ズッキーン!!
ベッドから起きられないの。
無理して起き上がったら呼吸まで苦しくなり「ウゥ~ッ」って唸った。
立てない、立ち上がれない、ベッドに腰掛けてるだけでズッキーン、ガーン、腰から脳天に痛みが突き抜ける。
自分に何が起こったんだ?昨夜エントランスでT館長とくっ喋ってる時は何ともなかったんですよ。ソファーに斜めに構えて座って経営談義や人事談義、船山温泉も働き方改革に迫られてるとか、従業員に5日間の有給休暇を取得させる義務とか。
「完全に週休2日休ませるのが厳しいなら、半休を2回、それを1日とするってのも可能なんじゃないのか?シフトをズラしちゃえばいいんだ」
そんな余計なアドバイスもしたんですがね。
小用から戻って再度寝たのですが、船山の夕餉って野菜が多いから消化がいいのと、猪エキス、ワインビーフエキス、添えられたガーリックチップ、山菜野蒜などなど、大腸を促進する効果が抜群なので何回かWCに立つんですよ。で、その都度起きるとズッキーンって痛むわけですよ。
ベッドから起き上がって畳に足を付けてそのままベッドに座った状態でいても痛むぞ。手すりが無いから腰と下半身の力だけで起き上がるにしても動けないのです。
でも腸が活発な運動を始めたから立たなきゃWCに行けないので、無理して立ち上がり、激痛に顔をしかめたまま、ソロリ、ソロリと牛歩状態で歩いてWCへ。
何回もWCに立つのがイヤなのでしばらくWCに座ってたの。美しい話ですが、力むと腰も痛むし、押し出そうとする力のせいで、お腹が痛いのと腰が痛いのとダブルで痛むのです。
美しい話ついでに。215号室のWCってペーパーが右手前にあって伸ばさないと届かない、ちぎれないのだ。手を伸ばすだけでズッキーン。
今までの痛みのレベルじゃない。立ち上がって、立ち上がれてしばらく立ってるとそのうち楽になるのがわかった。
腰の痛みを堪えながら何回かWCに立った。傍らでジャン妻は爆睡中でしたが、隣で私が唸っているのでさすがに目覚めて、
「どうしたの?」
「腰が痛ぇんだ」
普通以上の痛みであることを訴えた。
そうやってベッドとWCを往復しているうちに8時前になり「フロントでございます。朝食のご用意が整いました」と内線が架かってきた。「腰が痛い。湿布ないか?」って言いそびれた。
あまり騒いで忙しい時間帯のフロントに迷惑かけなくないのもある。下で誰かに会ったら言おうか。
ムクリと起き上がったプチ公(ドライヴの御守)
「そろそろ出立か?まだ早ぇだろ」

「腰が痛ぇだと?」

階段を下りると一歩一歩、足裏から腰にかけて激痛が走るのだ。
若女将さんが下にいた。
「腰が痛ぇんだ」
「え?大丈夫ですか?」
大丈夫なわけないだろっつーの。食事処に案内されてそれで終わりでしたよ。
腰が痛くてもご飯はバイキングに取りに行かなきゃならないんだよな。バイキングを恨んだよ。最初っから盛って置いといてくれりゃいいのにさ。

山の朝餉が既にセッティングされています。腰をピンと伸ばした状態でいただいた。プチバイキングなのでオレンジジュース2杯、ご飯2杯、ジャン妻に持ってきて貰った。












主(アルジ)を心配するあまり、食事処にまで付いてきたこの子。

腰痛くても食欲はあるから完食しました。こんなに美味しかったか船山の朝飯って?
「食べたら少し楽になった」
「身体が温まったからだと思う」
「ギックリ腰かな?」
「いやぁ。ギックリ腰だったらそんなに歩けないし、もっとひどいと思うよ」
「こんなん初めてだよ。セール日に応援勤務していた時に養命酒の箱や洗剤を山積みにする作業で腰を痛めたことはあるが、それとは違うな」
「急に?」
「朝起きたら急に。だって昨夜までは何とも無かったんだから。寝てる間に上から腰を踏んづけたんだろ?」
「笑、歩き過ぎじゃないの普段?」
最近支給された会社携帯にアプリで歩数計が搭載されていて、1日に歩いた歩数が出るんです。外回りの多い私はだいたい平均15000歩で、多い日は25000歩を超えた日もある。30000歩まではまだ到達してない。
「昨日も宿の周りを歩いたでしょう」
会社携帯を持ち歩かないで散策したのでどんだけ歩いたかはわからない。たいした距離じゃないよ。
「明日は休めないんでしょ」(ジャン妻)
休めないのだ。明日4月1日は入社式があって新人が50人入社するのです。私は入社式には出ないけど、その後のコーナーでソリ合わないオンナに連れられて自己紹介だけするのです。
それが済んだら大事な公用で上州前橋に日帰り出張するから絶対に休めないのだ。
草の者たちに指示命令を出さなきゃならないのもあるし。
困ったなぁ。こっちは外回りが主だし、歩かなければ仕事にならないし、
「よりによって何で船山で腰を痛めるかなぁ・・・」
「だいたいそのトシまでこれまで腰痛にかかったことがないってのがオカシイわよ。誰だって1度や2度はかかってるわよ。アタシが前に腰痛になった時に横で笑ってたよね。何オカシなカッコ、動きしてるんだって」
「笑ってた?」
「アタシなんかこうだったよ」
ジャン妻は腰と背中を固定して、腰から上だけでなく身体全体を曲げてヨチヨチ歩く仕草をした。
「そん時どうしたの?休んだっけか」
「その頃は休めなかったんだよね。デスクの椅子に座ったら大丈夫だったんだけど、立ち上がった時と、歩く時がとダメだった。座ってても痛かったかな~」
「俺は歩けるんだから軽い方か」
「そうだと思うけど。」
「どれぐらいで痛みが引くのかな」
「アタシは2週間ぐらいかかった。でもそのうち気にならなくなって気がついたら治ってたわね」
そういうものなのか。
215室で寝そべった状態でT館長にメールしましたよ。「腰を痛めた。湿布無いですか?」って。館長は腰痛のプロフェッショナルでもあるからね。(私とは違う症例ですが。)
館長自ら部屋に湿布を持ってきてくれたのです。

しばしベッドに寝そべり、WCに行って、起きたら痛いを繰り返す。
「腰揉んでよ」
「アタシは素人だからヘンに触らない方がいいわ。返ってヒドくしたらタイヘン。痛み止めは?」
「家にはある。今あっても、これからくるまを運転するんだから飲めないさ。うん?くるま?」
タラ・・・(汗)運転席シートに座れるだろうか。
「湿布貼らないの?」
「風呂で伸ばしてから」
空く時間帯であろう10時過ぎ、渓流の湯を貸し切り状態です。



これを見て閃いた。

この湯の注ぎ口に腰を近づけて打たせ湯にしたのです。
これがその状態の目線。

注ぎ口に腰を向けて当ててるだけだが、事情を知らない人が見たら何て下品なカッコしてやがると嫌悪されるは必定です。

チェックアウト時に館長がいて、
「大丈夫ですか?」
大丈夫なわけないよ。
「風呂(渓流の湯)に誰もいなかったのを幸い、湯の注ぎ口に腰を当てて・・・」
腰を突きだした格好をしたら館長は吹き出しそうになった。人の苦しみを。
昨夜艦長に言われたの。(館長を変換ミスった。でもオモシロいからこのままにしておきます。)
「あの小さい鳥は今日も持ってきてるんですか?」
「部屋にいますよ」
そういう遣り取りがあったので、ついにフロントに登場。

「あっホントだ。あのキャラですね」
「ホレ、挨拶せんかい」
プチは内心で「なにをこの野郎、腰を痛めてるクセにエラっそうに」と思ったらしい。
「いつも主(アルジ)夫婦がお世話になっております。今後ともよろしくお願いします」ペコリッ。これで、さら、ASLI、船山、3箇所公認キャラクターになりました。
会計時に捺印して船山温泉のスタンプカードが埋まった。これがラストカードです。現在は発行されていません。次回は基本料金だけ無料になる筈だ。



堰堤の先にある桜はソメイヨシノではなくヒガンザクラだって。
「早く散るから桜は美しい」
毎年言うその台詞が帰りの車内でも出ました。
この後、静岡県内某所にあるウチの支店に寄らなくてはならないのだ。そこでも「どうしたんですか?」とウルサく聞かれるだろうな。
帰りの運転中はまだしも、SAで下りた時に、ズッキーン、しばらく立ってると和らぐ、その繰り返しでした。





翌日1日は電車激混みが予想されたのでいつもより早い時間帯に家を出てゆっくり出社しましたが、こういう時に限って吊革に摑まって立っている私の前の座席が空いたりするのです。それも2席も。誰も座らないから座りましたけど、座って「痛っ」到着して立ち上がる際にも「痛っ」声に出た。
腰を押さえながら50人の新卒入社員たちに軽く凄みながら挨拶・自己紹介して第二の故郷、上州に向かったのですが、何処にも寄らず、飲まずに真っ直ぐ帰宅しています。新幹線MAXの座席シートから立ち上がった時や、コンパクトレンタカーでくるまの乗り降りの度にズッキーン!!運転するから痛み止めを服用するわけにもいかないですからね。
この記事をUpしている現在は小康状態ですが・・・。
2019-04-20 06:59
コメント(6)
野趣溢れる料理たち [船山温泉]

ジャン妻がしかめっ面をしています。
右手親指を突き指したのです。

「挟んだのか?」
「そうじゃなくて、座った状態で椅子を持って前に動かしたら・・・」
勢い体重余ってテーブルの縁にガーンとぶつけたんだそうです。椅子を動かした勢いに己の体重が加わって、相当な負荷が親指にかかったようです。
「(ビール)注いでよ」
「・・・」
「親指が痛いのよ。気が利かないわねぇ」
「骨折か?」
「まさか。打撲よ。痛っ。まだジンジンする」
大丈夫か?でも私も翌朝、えっ?何だこれは?っていう痛みに襲われることになるのですが。

船山温泉の夕餉はいつもいい意味で同じです。この宿に来ればこれが食べられるでいいのです。
山菜が多いですね。伊豆高原八幡野で出される彩鮮やかカラフルで美しい根菜や香味野菜ですが、船山温泉で出される野菜は泥臭い野菜、山菜が多いです。そこらの山で採ってきた野蒜(ノビル)、フキ、ウド、そういうのが混ざっている。

野趣溢れる前菜ですが、地鮎の春巻、何かのパイ包み、何とか豚の・・・忘れた。
ほうれん草のソースだったり牛蒡のソースだったり。
若女将さんの前菜説明では覚えきれなかったので後日T館長に聞きました。「前菜の内容とソースを教えてください」って。
甲州富士桜ポークの自家製テリーヌ ごぼうソース添え
小鮎の巻揚げ、ゆずこしょう(粉末)鮎の下のソースはホウレンソウのソース
野蒜の素揚げ
ヨモギの天ぷら
筍と蕗の薹のパイ包み焼きトマトソース、ゴーダチーズ
地元農家でもらったネギ田楽ソース
つくしの酢漬け
黄色い花は白菜の花で、端のソースはゴマ酢味噌。










「岩魚が寂しくなったわねぇ」
「そうだなぁ」
「最初の頃はドーンとたくさんあったのに」
「確かに近年のイワナは小さく、少なくなったな~」
別注の特別料理にすれば大きいサイズになるのかな。骨煎餅付だし。
最初の頃はこれだけボリュームがあったんですけどね。

クレソンも少ないし。自生が上手くいってないのかな。



ジャン妻はが親指が痛そうなので猪鍋もよそってあげました。
野菜もたくさん。
「椎茸はそっちで食べてくれ」
「食べないの?あ、アタシにこんなに椎茸よこして」
どうも煮た椎茸が苦手で。焼くのはいいんですけど。白菜、ネギ、牛蒡、青菜は菜の花です。今日の猪肉はやわらかくて筋っぽくなくて美味だった。



メニューには塩焼と書いてありますが。ウチらはずーっと素揚げです。
ジャン妻は箸で身を砕いて口に運んでいる。
「アタマっからガブッとイキなさいよ」
「ヤダ」
添えられた山菜は野蒜です。ここ何回かの添え物小鉢は蕗を潰して味噌和えにしたのがよく添えられてた。それもいいけど、あさつきの食感に目覚めたので似たような食感の野蒜に戻して貰ったのです。


こないだ家近所の八百屋に野蒜があったので買っちゃいました。


これはRakutenにあった甲州ワインビーフヒレですが。

船山温泉ではサイコロにカットされています。




甲州ワインビーフヒレ肉がサイコロ上なのは、食事処でお客が焼くので肉の焼き加減を見やすいから。焼肉屋と一緒ですよ。
まるまる1枚だと客がナイフでカットしなくちゃならないし、そこまで大きい鉄板はセットできません。
このお客が焼くスタイルについてはいろいろご意見があって。①「客に焼かせるなよ」というのと、②焼いた際の匂いが服に付着する、③部屋の換気がイマイチよくないというものです。
ステーキは個人の好み、焼き加減がバラバラで、客さん全ての好みに対応するとなると専任のシェフが必要だし、厨房から食事処までの長い動線もあるから焼いて出すのは不可能なのです。シェフが各個室を廻って目の前で焼く訳にもいかないし。だから客に焼かせざるをえないのです。
岩魚刺身に付いていた生姜を取り置きして生姜焼にしたりします。



いつも出されますが、このソース、右側の甘いソースは使わないなぁ。左側の大根おろしポン酢、これだけ舐めた方がお酒に合いますよ。


手打ちそば、大分、粉っぽくなくなってきた。
喉越しのいいツルツルした蕎麦じゃないですよ。
「佐奈田堂氏ならこれに赤唐辛子を大量にかけるだろうな」
「???」

酒は熱燗、笹一を3本ほど。船山温泉でいちばん安い酒です。
持って来たのはベテランの2人のMさん、どちらも昭和の街角食堂の接客が素晴らしいです。

〆の筍ご飯をよそってくれるところ。親指の痛みは治まったようです。












筍ご飯、生姜焼定食であります。

庭を見るジャン妻の後姿。

最後の杯をグイッ!!



でもどれもインスタ映えしない写真ばかりですね。
食事処は薄暗いし、食器の色も暗くて濃いし、お世辞にも美しい料理とはいえないし。
でも美味しい。ここでしか味わえないのだ。
さぁ夜桜見物に行くぞ。
2019-04-18 06:06
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ついに桜開花の船山温泉へ [船山温泉]

桜の時期の船山温泉は初めてです。52号線(富士川、身延街道)沿いに「あそこに桜が」「あれも桜?」そう気付かせる桜が幾つもあった。咲かないとわからないものです。
紅い船山橋を一気に渡らず少し手前で減速して、
「停めて、降りるワ」





後からゆっくりついていった。
館内には来館を知らせるチャイムが鳴っている筈だ。
船山温泉を知って10数年、ついにこの日が、この時がきました。
20年近く経理畑だったジャン妻は、例年3月末が期の締めで4月が締め作業&次期予算策定と重なるので3月末~4月上旬の桜開花の時期には全く来れなかったのですが、一昨年に会社が変り伊東甲子太郎の許へ移籍したので、経理ルーチンワークから完全に外れたので来ることができたのです。
「会社が変らなかったら?」
「多分、来れなかったと思う」
「無理して1泊ぐらい来れただろ」
「でも経理ってねぇ。やっぱりその時期その時期だと休み難いんだよねぇ」
貸し切り内湯、清水から。

春になりかけでまだ荒涼とした風景、これが新緑になると映えるのだが。
「向こうに桜が1本だけ見えるけど・・・」
「???」

二人静から。この辺りは荒涼としている。やはり桜はその時にそこだけ咲くから目立つのである。



静山の湯、露天から。
清水から遠望された桜が近く見える。堰堤の向こうにある。
あのひときわ映える桜は何だろう?

いつもの部屋から。見慣れた、撮り慣れた風景ですが。



今回はエントランスに展示物は無し。工芸品や書家の類が何もないのがいい。このまま何も置かない方がいいよ。あ、館長が来た。鼻の下の髭だけないぞ。今の時期花粉が髭に付くからそこだけ剃ったらしい。
「この時期初めてですよね」(館長)
3月だと震災直後に2連泊したことがありますが、あの時は河津桜は咲いていたがソメイヨシノはまだ開花前だった。
「来れたのは彼女の会社が変ったからね。定年まで来れないのかなと思ってたが」



敷地内の桜を見て歩く。船山川沿いの桜。




駐車場の桜。



久々に裏手の山道を歩いてみる。足元に草は無いのでまだヤマビルが出るには早い頃か。

坂を上る。桜が誘っている。

船山館を見下ろす辺り。振り返る。






坂を下りて森林作業場へ。
あ、さっき、静山の湯から遠望できたあの桜だ。大きいぞ。


あの桜はソメイヨシノだろうか?
河原に下りて向こう側に渡って見上げてみたいが、そうすると静山の湯や渓流の湯が見えてしまうので、いったん宿の敷地内に戻って、林道を上がってみた。





堰堤上流の桜、デカいなと思って近寄ったら2本の桜が寄り添ってた。夫婦桜か。



この辺りは見えないように黒い幕が張ってあり、桜が立っている辺りは立ち入り禁止の畑なので、全体像が撮り難いのですが。



桜の開花時期は短い。今だけです。「ワタシを見て今だけよ」そういう声が聞こえるようだ。
「普段は何気に通り過ぎてるクセに」とか。
「桜は潔くパッと散るからいいのよ」(ジャン妻)
彼女の口から毎年出る台詞です。私にも早く散れとしか聞こえないぞ。
2019-04-17 07:57
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船山温泉99の謎135 杉尾クリフが崩れた時どうなったか? [船山温泉]
謎というよりはドキュメント、検証ですな。
船山温泉に向かう1本道の正式名は「林道大森鉈取線」といいます。
宿から先は猟師さんや砂防事業に携わる土木工事作業員関係者しか入りません。
人家は船山温泉まで、宿より上流に人家はありません。かつては2軒あったが、現在は下山されてさる村に在住されています。
なので家庭用の電線、電柱も船山温泉までです。送電は林道大森鉈取線に沿って立つ電柱、電線で送られてくるのですが、船山に至る途中の杉尾クリフを崩して電柱を倒壊させ電力供給をSTOPさせたのが2018年9月4日に日本に上陸して5日にかけて猛威を奮った台風21号(チェービー)関西空港を水浸しにして関空連絡橋にタンカーをぶっつけたあの台風ですよ。

台風は近畿地方を中心に猛威を奮ったのだが「台風の進行方向でいう危険半円と呼ばれる台風の進行方向右側、すなわち東側で停電が集中して発生しており、その地域で暴風になった」「台風の進行方向右側では台風に吹き込む反時計回りの風と、台風自身の進行速度により左側よりも風が強くなる。」
というのです。南部地方はその東側にあたる。

チェックアウトして現場を通りかかったところ。白いコンクリートブロックが二段積まれているぞ。
「来る時、気がついてた?」
「アタシは気がついてたけど。アナタは船山川をじーっと見てたから」
私はチェックインする際は左手に流れる船山川の荒涼としか河原に目がいって、右手の崖崩れに気が付かなかったのである。

くるまを停めて上を見上げてみた。
ゲェである。ほとんど90度、垂直の断崖で、斜面の岩土ごとごっそり削げ落ちた感がある。


振り返ってみる。今崩れたらジャン妻と再び生きて会えるだろうか。
死なばもろともと急いで戻りましたよ。

以下、昨夜、エントランスでT館長から聞いた話。
「台風が2回きて(21号と24号)最初の21号が来た日だから、9月4日(火)と5日(水)ですね。崩れたのはおそらく18時から19時の間です」
どうやって気付いたのだろうか。
「ウチには2つ電気が来ていて、100Vの家庭用と200Vの業務用ときているのですが・・・」
まずお客さんが、風呂が稼動していないのに気付いたという。
「風呂が動いてないよって言われて東電に連絡したのですが・・・」
その足ですぐさま見に行ったらしい。そしたら崩れて電柱が倒れてたということか。
「後で東電さんに言われたのですが、電柱が倒れた時ってそこの現場に行っちゃいけないんです」
「切れた電線がそこらに転がってるから?」
「そうです。アブないじゃないですか」
「感電してヒゲが黒焦げになっちゃうじゃんか」
「何を言ってるの?」(ジャン妻)
「いやいやいや、ヒゲだけで済まないと思います(笑)200Vの停電は9月4日(火)18時過ぎですが、その時は家庭用の100Vは来てたので部屋の電気は点いていたんです。でも東電さんから連絡きて『両方(家庭用も)止めます』ってことになって、停電したのが22時10分ぐらいからですね。で、蝋燭を立てたんです」
「ああ、東日本大震災の計画停電の時に使った蝋燭がまだ山ほど残ってたんでしょ」
「笑、そうです。あの時の教訓が活きたというか。深夜遅い時間だったので、廊下にそっとずつ置きました」
台風の豪雨で身延街道が通行止めになり、家に帰れず館内に泊まったスタッフがいるそうです。ベテラン女性スタッフのダブルMさん2名は館内に泊まった。
「スタッフの夜食とかどうしたの?皆で猪鍋を囲んだどか?」
「あるもので賄いましたよ」とそこは明確に教えてくれなかったのだ。オっモシロくない答えだなぁ。滅多にないそういうハプニング時に食べたものってストーリーを彩るうえで重要なんだけど。さらの木のMさんだったら「あの夜はあれがあったんでぇ、それをお出ししてぇ、試食もしてぇ」のように私や読者が喜ぶような回答が来るだろうに。
まぁT館長は自分でも仰ってたが、国語が苦手なんだからしゃーない。
おそらく泊まったスタッフ、ダブルMさんは普段勤務していても、宿に泊まったのはそれが初めてじゃないかなぁ。
「T館長はその晩は徹夜?」
「両日ともほぼ徹夜ですね。少しうとうとしたくらいで」


それでも9月5日(水)15時に完全復旧しているが、夏場だったので冷蔵庫、冷凍庫の食材はほぼ全滅したそうです。
崩れた土砂は地元有志のマンパワーで退けて「朝から車1台分通れるようにしたので、チェックアウトは問題なくできました。」というから凄い!!
「翌日のチェックインは?」
「幸い9月5日(水)は休館日でしたので、チェックインはなく助かりました」
その辺りの対応も今後の課題のうちだろう。
さて、あの崩落現場だが、船山温泉の敷地は広大で、何処までが敷地なのかよくわからないのだが、あの崩れた辺りが船山さんの所有だと工事費用を負担しなくてはならないのではないか?
「あの辺りはうちではなくて地元の方の土地なんです。個人がお金を出してまではやってくれないですね。逆に好きにやってくれと言われておりますし」
そして東電さんの対応のもどかしさ。
「東電さんが現場に来たら、その場ですぐ処置してくれると思うじゃないですか。でも最初は状況を見に来ただけでした。ホント、見ただけなんです。翌日朝イチで対応するって言ってくれたんですが」
でも東電さんの言う朝イチって、朝じゃないんだって。
「ウチは旅館業だから、朝イチで対応しますって言ったら朝5時は早いにしても、せめて6時とか7時じゃないですか。でも東電さんの朝イチって遅くて、11時ぐらいなんですよね」
う~ん、まぁそういうものかも知れない。9時に出勤してリフトカーを調達して、撤去や修理に必要な資材、部品、器具を揃えて積んで、要因を揃えて出発するまでに時間を要すのだろうね。ここ以外にも山梨県全域に被害を及ぼしただろうし。
驚いたのことに南部町には東電さんの営業所は無いそうです。営業所同士の統合でもしたのか、身延町の先に1つ営業所があるだけ。そこからだと1時間以上かかりますよ。
「自然災害だから補償なんてないですよね?」
「おっしゃる通りです。特に東電さんは自然災害の場合は補償しないと約款に謳ってあります。じゃぁ原発事故なんかの場合はどうなるんだ?と思いますが」

こうやって見上げたら、まだまだ二次崩壊が起きそうだが。
「あの崖はあのまま?それとも補強工事が施行されるの?」
「まず今のことろは現状のままですね・・・」


「置いてあったコンクリートの擁壁は地元の業者さんが?」
「そうです。仲間の土建屋さんが施工しました。」
「でも取り敢えず積んであるだけのように見えます。あれは鉄筋なんて入って無さそうだし。セメントで接着してないのですか?」
「とりあえず積んであるだけなんです。また被害が出たらその度対応でしょうね。」

道路脇に切断された木が転がっているぞ。
「これかしら倒れた木って?」
「いえ、これではないです。電線を切断した木はすでに回収済みです。まだこれから倒れそうな木もあるのですが、東電さんは動いてくれないです。予算がない為かと思われます。」
切断した木他は当初、船山川の河川敷に放り捨てたそうだが、一級河川は国の管理なので、国の方から「片付けなさい。他で処理しなさい」と改善命令がきたそうである。
「土砂や倒木を撤去中の写真とかあります?」
「当館のFBに少しアップしてあります。それ以外はないです」
Facebook9月4日と、Facebook9月22日に関係写真が載ってます。
「自家発電機が欲しいところでありますな。沸かし湯だから電気を起こす燃料はあるのだし」
「非常に欲しいですね。ただ安くはないですし、維持管理も結構かかりますので・・・」
維持するだけで稼働しない方が長いだろうしね。
停電は約17時間続いた。次に来た台風24号のときも木々が倒れたが、その時は停電はしなかったそうである。
ただ、Facebook9月22日にあるようにヒヤヒヤものだったらしい。
ひとつ疑問がある。台風24号が和歌山県に上陸したのは、T館長は21号と24号と仰っていたが、24号(チャーミー)が和歌山県紀伊田辺に上陸したのは30日なのです。
Facebook9月22日の倒木は、24号が来る前のものだろうか。

無いより全然マシだが、あの簡易ブロックを2段積んだだけでは心許ない。
崖の防災工事を行うにはどうすればいいのだろうか。
神奈川県のHPから。神奈川県横須賀市他を例にあげていた。横須賀は都会に近いのに山だらけなので、指定ヶ所が1000か所以上あるという。
そこにはこうあった。
「崖地の防災工事は土地の所有者等が行うべきですが、工事には多額の費用を要し技術的にも困難なことから「急傾斜地崩壊危険区域」に指定された区域の中で、工事実施基準を満たす場合に県が工事を行うことができます。
指定されていない区域や工事実施基準が満たされないがけ地は県では工事ができません。」
では急傾斜地崩壊危険区域に指定するにはどのような条件が要るのか。
①傾斜角度が30度以上、高さが5m以上
②急傾斜地の崩壊により危害が生じる恐れがある家が5戸以上
③5戸未満であっても官公署、学校、病院、旅館等に危害が生じる恐れがある場合
杉尾クリフは当てはまるだろうか。①は見るからに垂直だし、高さもゆうに20mはありそうだが、②の条件、家屋が5戸以上だと?
5戸どころか1戸もないぜ。
③はどうか。旅館に危害が生じるといっても崩れた箇所からは離れている。船山温泉に至る1本道が塞がれて架線が切れて電気の供給が止まるのも大打撃だが、宿に直接的な被害といえるだろうか。難しいところではある。

だが、あのままにしておいて昨年を上回る崩れ方をしたら、船山温泉は陸の孤島・・・今でも見た目はそのようなものだが、ホントに外部と遮断されてしまうだろう。
視点を変えよう。船山温泉前の林道大森鉈取線は船山温泉だけへの生活道路でしかないように見えるが、実は船山川上流の砂防ダム建設、改修の為の作業道でもある。杉尾クリフの崩壊で道が塞がれるということは上流の砂防工事ができなくなり、過去の事例のように下流にも影響を及ぼすということである。船山温泉と宿への電力供給から一旦は目を外して、砂防工事従事者の観点で「あの崖が再度崩れたら工事に支障をきたします」のように何処かの窓口に相談できないものだろうか。私は東電さんが窓口ではないと思うのだ。
行政は縦割りだし、かなり根気が要るとは思いますが、宿泊客でその辺りに詳しい専門家の方はおられませんか?

ちなみに崩れた辺り一帯の地名は杉尾といいます。付近には昭和8年に完成した堰堤、杉尾1号堤があります。
船山温泉に向かう1本道の正式名は「林道大森鉈取線」といいます。
宿から先は猟師さんや砂防事業に携わる土木工事作業員関係者しか入りません。
人家は船山温泉まで、宿より上流に人家はありません。かつては2軒あったが、現在は下山されてさる村に在住されています。
なので家庭用の電線、電柱も船山温泉までです。送電は林道大森鉈取線に沿って立つ電柱、電線で送られてくるのですが、船山に至る途中の杉尾クリフを崩して電柱を倒壊させ電力供給をSTOPさせたのが2018年9月4日に日本に上陸して5日にかけて猛威を奮った台風21号(チェービー)関西空港を水浸しにして関空連絡橋にタンカーをぶっつけたあの台風ですよ。

台風は近畿地方を中心に猛威を奮ったのだが「台風の進行方向でいう危険半円と呼ばれる台風の進行方向右側、すなわち東側で停電が集中して発生しており、その地域で暴風になった」「台風の進行方向右側では台風に吹き込む反時計回りの風と、台風自身の進行速度により左側よりも風が強くなる。」
というのです。南部地方はその東側にあたる。

チェックアウトして現場を通りかかったところ。白いコンクリートブロックが二段積まれているぞ。
「来る時、気がついてた?」
「アタシは気がついてたけど。アナタは船山川をじーっと見てたから」
私はチェックインする際は左手に流れる船山川の荒涼としか河原に目がいって、右手の崖崩れに気が付かなかったのである。

くるまを停めて上を見上げてみた。
ゲェである。ほとんど90度、垂直の断崖で、斜面の岩土ごとごっそり削げ落ちた感がある。


振り返ってみる。今崩れたらジャン妻と再び生きて会えるだろうか。
死なばもろともと急いで戻りましたよ。

以下、昨夜、エントランスでT館長から聞いた話。
「台風が2回きて(21号と24号)最初の21号が来た日だから、9月4日(火)と5日(水)ですね。崩れたのはおそらく18時から19時の間です」
どうやって気付いたのだろうか。
「ウチには2つ電気が来ていて、100Vの家庭用と200Vの業務用ときているのですが・・・」
まずお客さんが、風呂が稼動していないのに気付いたという。
「風呂が動いてないよって言われて東電に連絡したのですが・・・」
その足ですぐさま見に行ったらしい。そしたら崩れて電柱が倒れてたということか。
「後で東電さんに言われたのですが、電柱が倒れた時ってそこの現場に行っちゃいけないんです」
「切れた電線がそこらに転がってるから?」
「そうです。アブないじゃないですか」
「感電してヒゲが黒焦げになっちゃうじゃんか」
「何を言ってるの?」(ジャン妻)
「いやいやいや、ヒゲだけで済まないと思います(笑)200Vの停電は9月4日(火)18時過ぎですが、その時は家庭用の100Vは来てたので部屋の電気は点いていたんです。でも東電さんから連絡きて『両方(家庭用も)止めます』ってことになって、停電したのが22時10分ぐらいからですね。で、蝋燭を立てたんです」
「ああ、東日本大震災の計画停電の時に使った蝋燭がまだ山ほど残ってたんでしょ」
「笑、そうです。あの時の教訓が活きたというか。深夜遅い時間だったので、廊下にそっとずつ置きました」
台風の豪雨で身延街道が通行止めになり、家に帰れず館内に泊まったスタッフがいるそうです。ベテラン女性スタッフのダブルMさん2名は館内に泊まった。
「スタッフの夜食とかどうしたの?皆で猪鍋を囲んだどか?」
「あるもので賄いましたよ」とそこは明確に教えてくれなかったのだ。オっモシロくない答えだなぁ。滅多にないそういうハプニング時に食べたものってストーリーを彩るうえで重要なんだけど。さらの木のMさんだったら「あの夜はあれがあったんでぇ、それをお出ししてぇ、試食もしてぇ」のように私や読者が喜ぶような回答が来るだろうに。
まぁT館長は自分でも仰ってたが、国語が苦手なんだからしゃーない。
おそらく泊まったスタッフ、ダブルMさんは普段勤務していても、宿に泊まったのはそれが初めてじゃないかなぁ。
「T館長はその晩は徹夜?」
「両日ともほぼ徹夜ですね。少しうとうとしたくらいで」


それでも9月5日(水)15時に完全復旧しているが、夏場だったので冷蔵庫、冷凍庫の食材はほぼ全滅したそうです。
崩れた土砂は地元有志のマンパワーで退けて「朝から車1台分通れるようにしたので、チェックアウトは問題なくできました。」というから凄い!!
「翌日のチェックインは?」
「幸い9月5日(水)は休館日でしたので、チェックインはなく助かりました」
その辺りの対応も今後の課題のうちだろう。
さて、あの崩落現場だが、船山温泉の敷地は広大で、何処までが敷地なのかよくわからないのだが、あの崩れた辺りが船山さんの所有だと工事費用を負担しなくてはならないのではないか?
「あの辺りはうちではなくて地元の方の土地なんです。個人がお金を出してまではやってくれないですね。逆に好きにやってくれと言われておりますし」
そして東電さんの対応のもどかしさ。
「東電さんが現場に来たら、その場ですぐ処置してくれると思うじゃないですか。でも最初は状況を見に来ただけでした。ホント、見ただけなんです。翌日朝イチで対応するって言ってくれたんですが」
でも東電さんの言う朝イチって、朝じゃないんだって。
「ウチは旅館業だから、朝イチで対応しますって言ったら朝5時は早いにしても、せめて6時とか7時じゃないですか。でも東電さんの朝イチって遅くて、11時ぐらいなんですよね」
う~ん、まぁそういうものかも知れない。9時に出勤してリフトカーを調達して、撤去や修理に必要な資材、部品、器具を揃えて積んで、要因を揃えて出発するまでに時間を要すのだろうね。ここ以外にも山梨県全域に被害を及ぼしただろうし。
驚いたのことに南部町には東電さんの営業所は無いそうです。営業所同士の統合でもしたのか、身延町の先に1つ営業所があるだけ。そこからだと1時間以上かかりますよ。
「自然災害だから補償なんてないですよね?」
「おっしゃる通りです。特に東電さんは自然災害の場合は補償しないと約款に謳ってあります。じゃぁ原発事故なんかの場合はどうなるんだ?と思いますが」

こうやって見上げたら、まだまだ二次崩壊が起きそうだが。
「あの崖はあのまま?それとも補強工事が施行されるの?」
「まず今のことろは現状のままですね・・・」


「置いてあったコンクリートの擁壁は地元の業者さんが?」
「そうです。仲間の土建屋さんが施工しました。」
「でも取り敢えず積んであるだけのように見えます。あれは鉄筋なんて入って無さそうだし。セメントで接着してないのですか?」
「とりあえず積んであるだけなんです。また被害が出たらその度対応でしょうね。」

道路脇に切断された木が転がっているぞ。
「これかしら倒れた木って?」
「いえ、これではないです。電線を切断した木はすでに回収済みです。まだこれから倒れそうな木もあるのですが、東電さんは動いてくれないです。予算がない為かと思われます。」
切断した木他は当初、船山川の河川敷に放り捨てたそうだが、一級河川は国の管理なので、国の方から「片付けなさい。他で処理しなさい」と改善命令がきたそうである。
「土砂や倒木を撤去中の写真とかあります?」
「当館のFBに少しアップしてあります。それ以外はないです」
Facebook9月4日と、Facebook9月22日に関係写真が載ってます。
「自家発電機が欲しいところでありますな。沸かし湯だから電気を起こす燃料はあるのだし」
「非常に欲しいですね。ただ安くはないですし、維持管理も結構かかりますので・・・」
維持するだけで稼働しない方が長いだろうしね。
停電は約17時間続いた。次に来た台風24号のときも木々が倒れたが、その時は停電はしなかったそうである。
ただ、Facebook9月22日にあるようにヒヤヒヤものだったらしい。
ひとつ疑問がある。台風24号が和歌山県に上陸したのは、T館長は21号と24号と仰っていたが、24号(チャーミー)が和歌山県紀伊田辺に上陸したのは30日なのです。
Facebook9月22日の倒木は、24号が来る前のものだろうか。

無いより全然マシだが、あの簡易ブロックを2段積んだだけでは心許ない。
崖の防災工事を行うにはどうすればいいのだろうか。
神奈川県のHPから。神奈川県横須賀市他を例にあげていた。横須賀は都会に近いのに山だらけなので、指定ヶ所が1000か所以上あるという。
そこにはこうあった。
「崖地の防災工事は土地の所有者等が行うべきですが、工事には多額の費用を要し技術的にも困難なことから「急傾斜地崩壊危険区域」に指定された区域の中で、工事実施基準を満たす場合に県が工事を行うことができます。
指定されていない区域や工事実施基準が満たされないがけ地は県では工事ができません。」
では急傾斜地崩壊危険区域に指定するにはどのような条件が要るのか。
①傾斜角度が30度以上、高さが5m以上
②急傾斜地の崩壊により危害が生じる恐れがある家が5戸以上
③5戸未満であっても官公署、学校、病院、旅館等に危害が生じる恐れがある場合
杉尾クリフは当てはまるだろうか。①は見るからに垂直だし、高さもゆうに20mはありそうだが、②の条件、家屋が5戸以上だと?
5戸どころか1戸もないぜ。
③はどうか。旅館に危害が生じるといっても崩れた箇所からは離れている。船山温泉に至る1本道が塞がれて架線が切れて電気の供給が止まるのも大打撃だが、宿に直接的な被害といえるだろうか。難しいところではある。

だが、あのままにしておいて昨年を上回る崩れ方をしたら、船山温泉は陸の孤島・・・今でも見た目はそのようなものだが、ホントに外部と遮断されてしまうだろう。
視点を変えよう。船山温泉前の林道大森鉈取線は船山温泉だけへの生活道路でしかないように見えるが、実は船山川上流の砂防ダム建設、改修の為の作業道でもある。杉尾クリフの崩壊で道が塞がれるということは上流の砂防工事ができなくなり、過去の事例のように下流にも影響を及ぼすということである。船山温泉と宿への電力供給から一旦は目を外して、砂防工事従事者の観点で「あの崖が再度崩れたら工事に支障をきたします」のように何処かの窓口に相談できないものだろうか。私は東電さんが窓口ではないと思うのだ。
行政は縦割りだし、かなり根気が要るとは思いますが、宿泊客でその辺りに詳しい専門家の方はおられませんか?

ちなみに崩れた辺り一帯の地名は杉尾といいます。付近には昭和8年に完成した堰堤、杉尾1号堤があります。
2019-01-05 10:56
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船山温泉99の謎134 船山温泉で外国人が就労する日は来るか。 [船山温泉]

目覚めたとこです。時刻は6時過ぎ。私にしては起きが遅い方です。

薄暗い。あまり天気はよくない。
大森山の一部に山霧がかかっていた。霧のような低い雲のような。手を伸ばせば届きそうである。






すぐ8時になって久々の朝ごはんです。
岩魚刺身、素揚げ、猪鍋、甲州ワインビーフのある夕餉と違って「これが食べたいこれじゃなけりゃイヤ」というほどのものでもないので、過去2回ほど朝食無しプランにして身延街道大和峠下にある「うな富士」街道に出てすぐにある「南部路」に行きましたが、それはいずれも平日で、今回は(土)泊だから朝食無しプランは不可だというのでいただきました。
でもあのイベントぽくてめんどくさい巨大な自家製豆腐は外して貰いました。

久々の朝餉、なかなか美味しいじゃないかい。
「悪くないな~」
「そうね」
しばらく食べなかったからかもね。だけど味噌汁の具が相変わらずおたまですくい難いね。おたまが丸くて厚いからですよ。鉄鍋の底からすくおうとしてもできないのだ。



あっ、サラダにドレッシングかけ過ぎたぁ。

煮物が変ったな。あのヘンな真薯に餡がかかってベトベトした煮物よりこっりの方がいいや。



まぁこれぐらいのデザートなら。

うんうん、なかなか美味いです。贅を尽くした朝餉といっていい。
喰いながら思い出した。昨夜、ラストまでいたMさん(掃除部兼、夜の接客研修中)は、今日も朝早くから来ているのだろうか。


前にひとりで泊まってT館長に取材した時に聞いたことがあります。
「いちばん永く働いてる人って誰です?」
「掃除部のMです」
「掃除部は早朝から来て、次のお客がチェックインするまでのシフトでしょう。それだけで生活していけるのかな。午後にどっか他で働いてるとか」
「他では働いてないです。都会と違ってここ南部町では代々続いた持ち家だし、遊ぶところもないし、何もそこまで働かなくても生きていけるんですよ」
その後は、だから町が発展しないんですよね~のように言ってた。
そのMさんが昨夜、笹一の熱燗を持って私らの個室に現れたのに驚いた。旅館業ではフロントや接客係が華で、掃除部は裏方、それがいきなり表に廻ったからである。
Mさんの接客TALKは昭和の大衆食堂、町中華そのもので懐かしさを感じさせた。その時だけ食事処が昭和にワープしてしまったのです。私は気に入った。それはここ数年、街にあって個人で頑張っていた食堂や中華屋がいきなり閉店、廃業するのを幾つも見てきたからでもある。Mさんの昭和食堂接客TALKで、旧き良き時代を懐古する顧客を引き寄せられないかと思ったのだが。
「Mさんの接客はいいな。懐かしいよ。あれは昔の食堂、中華屋だね」
丸大ホール食堂のオバちゃんたちに通じるものもある。でもT館長は苦笑いしながらも100%肯定はされなかった。
「う~ん、〇〇さん(私のこと)にそう言っていただけるのは嬉しいのですが」
船山温泉は団体旅館ではないし、大衆食堂や野菜の即売所なんかを兼ね備えた道の駅でもない。山の中のプライベート・リゾートを謳っているので、接客接遇のスタイルというものがある。先代の頃の湯治場ならまだしも、現代から近未来へ向かっていくうえでも、洗練された接客スタイルを意識していかなくてはならないらしい。
まだ夜の部に出て間が無いのでこれからかも知れないが、今更、Mさんがスタイルを学んで変身できるだろうか。誉めといて気に入っといて何だが、それは無理かもしれない。何しろ長年裏方だったのだし。
南部町は人口減が進んでいる。そこに何も無いからである。次世代はそこに無いものを求めて都会へと流れてしまう。船山温泉はその南部町の何もないところで宿を営むからには、ここであまり政治の話はしたくないのですが、現政権が人手不足解消の為に導入しようとしている出入国管理法改正案でしたかね。外国人労働者の受け入れ拡大に向け新たな在留資格を創設するもの。船山温泉にいずれいつの日か、外国人労働者が就労するのだろうか。
「船山温泉に外国人宿泊客は来るのでしょうかね?身延ならまだしも南部町には来ないかな」
「来ると思いますね。河口湖なんかに行くと外国人さんが多いですが、いずれ淘汰されて今後は山の中一軒宿など、観光地化されていない場所へ流れていくと思いますね」(T館長)
「現政権は外国人受け入れ拡大方針ですが、船山温泉でもそういった外人さんを従業員として就業受け入れをするお考えとかありますか?」
「外人さんがウチの宿に合うか合わないかもありますが、受け入れる考えはありますよ。でもその場合、うちの宿を理解して貰うことが大事です。泊まられる外国人のお客さまもそうですが、働かれる場
合も船山温泉を理解さえしてくれれば断る理由はありませんので。」
でもその場合、やはり語学が問題になるという。コミニュケーション能力も。
国際観光地化した鎌倉では、メニューは日本語だが店内における注意事項、例えば禁煙、ひとり1品ご注文、飲み物持ち込みNG、携帯もご遠慮ください、これらが日本語だけでなく英語、大陸語、半島語で書かれている店がありますよ。それは鎌倉市が必要最低限の接客、語学を喚起しているのです。お金をおとしてくれる大事なお客様だからです。
事業所の規模によっては障害者雇用も義務付けられている。現政権がそれと同じように外国人就労を事業規模によって義務付けることは考え難いが、即戦力は難しいにせよ船山温泉に外国人スタッフがいてもいいのではないだろうか。これだけ宿が変ったのだから。
いつか、青い瞳や珈琲色の肌をしたスタッフがいるかもしれない。
どっか他所で、青い瞳の温泉旅館の女将なんていなかったっけ?
(お断りしておきますが、意外に思われるかもですが、私自身は外国人にそれほど偏見はない方なのですよ。
よく道を聞かれるし。「キョウイクイインカイハドコデスカ?」「イセザキヘイクニハドノホームデスカ?」
マナー悪い日本人の方が気になったりしますね。)
珈琲を煎れるジャン妻である。




10時~の貸切も空いていた。
渓流の湯にも誰もいない。




「そろそろ出立か?」
ムクリと起き上がったプチ公(ドライヴの御守)



現在、船山温泉は法人化しています。
「株式会社船山温泉?」
「いえ、株式会社船山です」
敢えて温泉と付けていない。
代表はT館長、取締役会議事録なんぞを見れたら見てみたいもの。殆ど発言しているのはT館長だけだろうけどね。


さて、チェックアウト後、まだネタが残っています。
あの崖崩れ(杉尾クリフ)が起きた時、船山温泉はどう対応したのか。
その要因は?今後の備えは?
2019-01-04 06:18
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船山温泉99の謎132 なぜ船山温泉にはイルミネーションが無いのか? [船山温泉]
カウント132ですが、最後の方に133があります。


部屋から夜の庭を見下ろす。
木々や植木が少なくなった気がします。
「前にTさん言ってたよ。植木を少なくしていくって」(ジャン妻)
「植木を抜いてどうするんだろう。どっかへ売って現金に換えるのかな」
「・・・」
「そこまでしなくてはならないほど資金に窮しているのか?」
「・・・」
後でT館長に聞いたら、「見る庭から集う庭に変えていくんです」とのことであった。
ズシズシ歩いて来るジャン妻である。








階下に下りたら先客さんが2名(ご夫婦?)T館長とお話ししていた。
私らはソファーにふんぞり返り、高名な何処かの誰かが揮毫した高い値段のする書を見ていた。

フロントも書で囲まれているように見えるぞ。そのうちここは画廊になるんじゃないか。窓なんてあってないようなものだ。

こういうのを見ても字なのか絵なのかワカラン。

私はお庭に出た。この時、私が庭に出なかったらどうなっていたかな~。先客さんとT館長が交わした聞き過ごせない会話が小耳に入ったかも知れないな。
先客さんはT館長にこう聞いたそうです。
「99の謎の人は最近お見えになってるんですか?」
これについてはこの記事の最後にお話します。







庭を歩いてみる。
足元は雨で湿っている。
やはり木々が、植木が減った分、明かりが強くなった気がする。それが雨露に反射して凄い光だ。
もちろんLEDだが、このライトアップは臨場効果を狙っているのではなく、虫除けや獣が建物によりつかない為のものだという。







眩しいな。ちょっとやり過ぎの感があるが、まぁ前述の理由もあるから仕方があるまいて。だけど、この時期はクリスマスイブの2日前だったのですが、船山温泉ではクリスマスを意識した飾り付けを全くしない宿ですね。
「ツリー飾らないの?」
「以前は大きな桜の木に飾ってましたが管理が大変でして。高所作業車を使ったりしなければならないのですよ」(T館長)
宿のスタッフがサンタやトナカイのカッコをしたのも見たことがない。
T館長が髭を白くしてサンタのカッコになりゃぁいいのに。似合うだろうな。
「なんでライトアップをしてもイルミネーションをしないの?」
(やってもあまり意味ないかな。)
「イルミネーションよりライトアップの方が落ち着いて見えるからです」(T館長)
素っ気なくそれだけ。その気が無い、興味が無いみたいだ。でも船山温泉にイルミネーションは似合わないし要らないと思う。ああいうものは夜に街中の人がいるところで「あ、キレイだな」と意識するものであって、夜に誰も通らない船山温泉にイルミネーション点しても無駄というものです。
それにほぼ年中無休で、平日も休日も同じロケーションの船山温泉は季節感を人工的に表現する必要が無いのである。自然のもの(枯木、枯葉、桜開花、新緑、蛍、虫の値、紅葉)で充分。それにクリスマスなんぞを演出する意味が無い。
ああいうのは都会で人が集まるところの商業戦略の一環でもあるのだから。
飾るのは正月元旦の松飾ぐらいではないか。松の木なんかそこらじゅうにあるし。
あるべきものはあるが、余計なものは何もない船山温泉だからそれでいいのです。

T館長のお話は尚も続いた。台風21号による杉尾崩れのこと、外国人就労のこととか。
まぁそれらは明日明後日に廻しましょう。

貸切が空いている。

貸切は12:00になると自動タイマーで切れるそうです。私はその時間に立ち会ったことはない。いつかその瞬間に立ち会ってみたいものだが。





渓流の湯にも人がいない。
寒い時期だからだろうか。
酒飲んでるので首に何杯もお湯をかけてから浸かった。





さて、夜も更けたので寝ますが、その前に、
船山温泉99の謎133 T館長が船山史家の正体を明かさない理由?
私自身のことでひとつの記事にするのもなんなのであとがきにします。
「あの夜、ロビーにいたご先客の方様へ。
99の謎の筆者はすぐそこにいましたが、ご挨拶できず申し訳ございません。
私が庭に出ないでその場にいて、T館長とのその会話を小耳に挟んだら、自ら名乗り出てご挨拶したでしょう。「あ、それ私です」って。
でもT館長は、宿を営むうえでの個人情報保護や、顧客の情報を守秘する義務があるので敢えてボカされたのです。今回だけでなくこれまでもず~っとず~っとそうでした。女将さんも、片腕のKさんもそうです。
そういうところはプロフェッショナルとして徹底されています。ということで御理解下さい。
今後とも船山温泉を宜しくお願いします。
いつも見て下さってありがとうございます。」
そうなんですよ。そういう風に徹底されています。ガードが固くて取材し難いくらいです。
このBlogを見て下さる方で、過去にT館長に聞いてる方もいると思いますが、今までもそうですが、これからも前述のような理由で答えてくれないと思いますよ。
株式会社になったのもあって、就業規則や定款、内規にその旨が記載されていると思います。
でもT館長にでなく直接私に「あの、もしかして?」のように聞かれたら「ハイそうですビンゴですこんにちは」そう言うしかないです。私は蕎麦宿の駐車場で1回、さらの木の夕食終了時に1回、静岡の居酒屋で2回バレてますが、直に言われたので。
アっブないけどBlogger冥利と思っていいのですかねぇ。地元の呑み屋で聞かれたらちょっとお答えしかねるかもですが、温泉旅館は俗世と隔離されてそこで完結された世界ですからね。
ではおやすみなさいませ。


部屋から夜の庭を見下ろす。
木々や植木が少なくなった気がします。
「前にTさん言ってたよ。植木を少なくしていくって」(ジャン妻)
「植木を抜いてどうするんだろう。どっかへ売って現金に換えるのかな」
「・・・」
「そこまでしなくてはならないほど資金に窮しているのか?」
「・・・」
後でT館長に聞いたら、「見る庭から集う庭に変えていくんです」とのことであった。
ズシズシ歩いて来るジャン妻である。








階下に下りたら先客さんが2名(ご夫婦?)T館長とお話ししていた。
私らはソファーにふんぞり返り、高名な何処かの誰かが揮毫した高い値段のする書を見ていた。

フロントも書で囲まれているように見えるぞ。そのうちここは画廊になるんじゃないか。窓なんてあってないようなものだ。

こういうのを見ても字なのか絵なのかワカラン。

私はお庭に出た。この時、私が庭に出なかったらどうなっていたかな~。先客さんとT館長が交わした聞き過ごせない会話が小耳に入ったかも知れないな。
先客さんはT館長にこう聞いたそうです。
「99の謎の人は最近お見えになってるんですか?」
これについてはこの記事の最後にお話します。







庭を歩いてみる。
足元は雨で湿っている。
やはり木々が、植木が減った分、明かりが強くなった気がする。それが雨露に反射して凄い光だ。
もちろんLEDだが、このライトアップは臨場効果を狙っているのではなく、虫除けや獣が建物によりつかない為のものだという。







眩しいな。ちょっとやり過ぎの感があるが、まぁ前述の理由もあるから仕方があるまいて。だけど、この時期はクリスマスイブの2日前だったのですが、船山温泉ではクリスマスを意識した飾り付けを全くしない宿ですね。
「ツリー飾らないの?」
「以前は大きな桜の木に飾ってましたが管理が大変でして。高所作業車を使ったりしなければならないのですよ」(T館長)
宿のスタッフがサンタやトナカイのカッコをしたのも見たことがない。
T館長が髭を白くしてサンタのカッコになりゃぁいいのに。似合うだろうな。
「なんでライトアップをしてもイルミネーションをしないの?」
(やってもあまり意味ないかな。)
「イルミネーションよりライトアップの方が落ち着いて見えるからです」(T館長)
素っ気なくそれだけ。その気が無い、興味が無いみたいだ。でも船山温泉にイルミネーションは似合わないし要らないと思う。ああいうものは夜に街中の人がいるところで「あ、キレイだな」と意識するものであって、夜に誰も通らない船山温泉にイルミネーション点しても無駄というものです。
それにほぼ年中無休で、平日も休日も同じロケーションの船山温泉は季節感を人工的に表現する必要が無いのである。自然のもの(枯木、枯葉、桜開花、新緑、蛍、虫の値、紅葉)で充分。それにクリスマスなんぞを演出する意味が無い。
ああいうのは都会で人が集まるところの商業戦略の一環でもあるのだから。
飾るのは正月元旦の松飾ぐらいではないか。松の木なんかそこらじゅうにあるし。
あるべきものはあるが、余計なものは何もない船山温泉だからそれでいいのです。

T館長のお話は尚も続いた。台風21号による杉尾崩れのこと、外国人就労のこととか。
まぁそれらは明日明後日に廻しましょう。

貸切が空いている。

貸切は12:00になると自動タイマーで切れるそうです。私はその時間に立ち会ったことはない。いつかその瞬間に立ち会ってみたいものだが。





渓流の湯にも人がいない。
寒い時期だからだろうか。
酒飲んでるので首に何杯もお湯をかけてから浸かった。





さて、夜も更けたので寝ますが、その前に、
船山温泉99の謎133 T館長が船山史家の正体を明かさない理由?
私自身のことでひとつの記事にするのもなんなのであとがきにします。
「あの夜、ロビーにいたご先客の方様へ。
99の謎の筆者はすぐそこにいましたが、ご挨拶できず申し訳ございません。
私が庭に出ないでその場にいて、T館長とのその会話を小耳に挟んだら、自ら名乗り出てご挨拶したでしょう。「あ、それ私です」って。
でもT館長は、宿を営むうえでの個人情報保護や、顧客の情報を守秘する義務があるので敢えてボカされたのです。今回だけでなくこれまでもず~っとず~っとそうでした。女将さんも、片腕のKさんもそうです。
そういうところはプロフェッショナルとして徹底されています。ということで御理解下さい。
今後とも船山温泉を宜しくお願いします。
いつも見て下さってありがとうございます。」
そうなんですよ。そういう風に徹底されています。ガードが固くて取材し難いくらいです。
このBlogを見て下さる方で、過去にT館長に聞いてる方もいると思いますが、今までもそうですが、これからも前述のような理由で答えてくれないと思いますよ。
株式会社になったのもあって、就業規則や定款、内規にその旨が記載されていると思います。
でもT館長にでなく直接私に「あの、もしかして?」のように聞かれたら「ハイそうですビンゴですこんにちは」そう言うしかないです。私は蕎麦宿の駐車場で1回、さらの木の夕食終了時に1回、静岡の居酒屋で2回バレてますが、直に言われたので。
アっブないけどBlogger冥利と思っていいのですかねぇ。地元の呑み屋で聞かれたらちょっとお答えしかねるかもですが、温泉旅館は俗世と隔離されてそこで完結された世界ですからね。
ではおやすみなさいませ。
2019-01-03 08:26
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船山温泉99の謎131 なぜ船山温泉には白い皿が無いのか。 [船山温泉]
私は船山温泉のディナー、夕餉ほど、写真の写りが悪くて暗~い料理は他では無いと思っています。
私のこのBlogの中では蔵さは筆頭クラスですね。(次位は群馬八幡)
もちろん逸品一品はいい味してるし、日頃他ではいただけないものばかりだが、ジビエを含めた野趣溢れる素材を基にした料理なのでお世辞にもお洒落とは言い難い。
初デートやクリスマスイブには不向きだと思う。写真映えするのは岩魚の刺身ぐらいではないか。
ではタイトルにあるように、何故船山温泉のお皿は白が無いのでしょうか。

いつもの通り、イマイチ写真がよくないですが。


山のご馳走が並びます。台のものにはヤマメの素揚げ、何かのキッツシュ、蕪、里芋、アスパラソース、柿の天ぷら、このお皿の緑っぽい色は山々の緑を意識しているのです。





先ほどまで生きていた岩魚造り、黒い皿は渓流の岩場を意識しています。





猪鍋、猪肉は煮込めば煮込むほどやわらかくなります。
野菜類は白菜、ネギ、カボチャ、ゴボウ、椎茸、エノキ他、青物。白菜以外は武田晴信や甲州軍団が陣中で食べてたのと同じかも知れない。(カボチャでなくて芋類だったかも。)

青物は季節によって変わります。今宵は小松菜かな。春菊の時もありますが高いので。
野菜は煮過ぎない方が好きだな。



この猪鍋をよそうお椀、これだけが白っていったら白っぽいかも。

ホントこれだけ、鍋だけだったら、ほうとう、うどん、雑炊にしたいです。でもそれをやったら後に続くものが腹中に納まらなくなってしまう。
現在の宿に改装する前は猪肉は陶板焼でも出していたそうですね。

岩魚素揚げ、お品書きには塩焼きとなっていますが、ずーっとずっと素揚げ。
岩魚ではないですが、今年の9月に群馬渋川の簗で鮎を食べたときにフライも食べたが、川魚を揚げるならフライではなく素揚げ、唐揚げの方が美味いですよ。

素揚げの岩魚が怖いカオして睨んでいる。


こうして見るとお皿や飾りも無骨ですね。岩魚を載せた皿の色はこれも渓流の岩場をあらわし、葉っぱは渓流に写った葉、流れに落ちた葉を表しています。
皿の色も黒、茶、緑、山や木々に合わせた色合いばかりです。テーブルクロスも薄い茶色だし。食事処の個室も暗いし。
山の素材とはこういうものなのか。山の宿だから敢えてそうしているのでしょう。真っ白いお皿に盛って出されたら逆に興冷めしてしまうかも。




甲州ワインビーフを焼くヘンナなカタチをしたカセットコンロも、大分くたびれてきた感がある。
ワインビーフはサイコロカットしてある。客に焼かせる為には1枚ものの肉で提供できないのです。それをやるとなると厨房にシェフをひとり置かなくてはならない。焼き加減とかも。でも厨房から食事処までは距離があるのでその間に冷めてしまうじゃないですか。焼肉屋じゃないけど自分の好み加減に焼くしかないのです。

まだ焼き続けてます。クレソンをドバドバ載っけて焼いてみる。


さっきの岩魚造りに付いてきた摺おろし生姜をワインビーフに塗して焼いてみる。

生姜焼のできあがり。

さて、ワインビーフを載せた皿も黒いでしょう。白い皿だと焼肉屋になっちゃうし、白いお皿だと、肉から出た血合いや脂が目立つんですよ。

焼いてる合間に、口を涼ませるもの、手打ち蕎麦


誰が手打ちしるか知らない。そこらにある細く長い蕎麦じゃなくて、太くて幅広、蕎麦切りに近いかも。
蕎麦宿の洗練された蕎麦、ズルズルすする蕎麦ではなく、何処か蕎麦粉っぽさも残っている。山間での昔の蕎麦はこういうものだったかも知れない。
なので蕎麦の皿も蕎麦に似せた濃い色です。

ワイン、赤、白、私は赤は苦手なので、殆どジャン妻がガブガブ飲んでしまった。

日本酒、熱燗はいつもの笹一、船山でいちばん安いお酒(本醸造)です。
燗酒を持って来たのは小柄なベテラン女性で、名札を見て驚いたのなんの。
「Mさん?」
(Mさんは2人います。)
「掃除部じゃないの?」
「ハイハイそうでございます」
朝、誰よりも早く船山に出勤して誰よりも早く帰るMさん、いつも朝、館内の畳の廊下を掃除機かけてる人です。今回は寒いので滞在中は外に出なかったが、早朝散歩してると船山前の林道を遠くから軽が走ってくるのは早番出勤の従業員たちです。
そのMさん、掃除してる時は普段着なのに、船山の女性スーツたる赤紫色の作務衣を来て、アタマに手拭被って手に熱燗が載ったお盆を持っている。小柄な方なので熱燗徳利が大きく見えた。名札に研修中とか書いてあったような。
「掃除部から夜の部に異動になったんですか?」
「いえいえそうではなくて・・・」
・・・勤務時間数を増やして貰ったとか。
朝からINまでは掃除部で、夜に接客となると、随分拘束時間が長くなるな。
二~三言話しただけですがふと懐かしさに気付いた。Mさんの接客TALKは絶滅しつつある昭和の街中華、大衆食堂のオバちゃんそのものだった。その時だけ食事処の私らの部屋が昭和にタイムスリップしたのである。
Mさんが出て行かれた後、
(いいかも知れない。)
「アナタまた何かヘンなネタ考えてるでしょ」(ジャン妻)
「ネタというか・・・」
・・・の考察は明日以降の記事に続きます。
次に前からいるもうひとりのMさんがお酒を持ってきたので再会を喜んだ。
そういえば翌朝に売店を見たら、ワインも日本酒四合瓶も高級なものばかり並んでたな。あんなに高い酒ばっかりで売れるのだろうか。
私のご飯をよそってくれてるところ。








自分の分をよそっているところ。






釜で炊いたご飯は、むかご&鶏肉の炊き込み。
だが私らも年々、前のようには食べられなくなってきた。今回は猪鍋と締めのご飯は少なくお願いしたのです。

ご飯茶碗と汁椀まで黒です。白い茶碗だと家庭と同じになっちゃうし、お焦げが目立つじゃないですか。
ご飯をガツガツ喰らうジャン妻である。

うんうん程よい量です。ですが、この後で出されたデザートで悶絶しました。



今回はジャン妻のバースデープランなのですが、私にいわせりゃここまで来たらもう誕生日なんてのは単なる通過点に過ぎない。
1年1年、老境に向かって引っ張られているだけだよ。
でもケーキなんぞをいただきました。
汁粉?ぜんざい?
T館長、私がこういうのを食べてるとお思いですかねぇ。
私のBlogでさらの木も見られてるでしょ。あれは闘いです。こういうのは拷問に等しい。
でもお気持ちありがとうございます。

そういえばデザート皿も黒です。T館長、黒好きですね。なので白いお皿はまず出ないといっていい。山が異界と畏れられた時代、白いお皿、器は高級品で、山間で使用されることはあまりなかったのかも知れない。

私のこのBlogの中では蔵さは筆頭クラスですね。(次位は群馬八幡)
もちろん逸品一品はいい味してるし、日頃他ではいただけないものばかりだが、ジビエを含めた野趣溢れる素材を基にした料理なのでお世辞にもお洒落とは言い難い。
初デートやクリスマスイブには不向きだと思う。写真映えするのは岩魚の刺身ぐらいではないか。
ではタイトルにあるように、何故船山温泉のお皿は白が無いのでしょうか。

いつもの通り、イマイチ写真がよくないですが。


山のご馳走が並びます。台のものにはヤマメの素揚げ、何かのキッツシュ、蕪、里芋、アスパラソース、柿の天ぷら、このお皿の緑っぽい色は山々の緑を意識しているのです。





先ほどまで生きていた岩魚造り、黒い皿は渓流の岩場を意識しています。





猪鍋、猪肉は煮込めば煮込むほどやわらかくなります。
野菜類は白菜、ネギ、カボチャ、ゴボウ、椎茸、エノキ他、青物。白菜以外は武田晴信や甲州軍団が陣中で食べてたのと同じかも知れない。(カボチャでなくて芋類だったかも。)

青物は季節によって変わります。今宵は小松菜かな。春菊の時もありますが高いので。
野菜は煮過ぎない方が好きだな。



この猪鍋をよそうお椀、これだけが白っていったら白っぽいかも。

ホントこれだけ、鍋だけだったら、ほうとう、うどん、雑炊にしたいです。でもそれをやったら後に続くものが腹中に納まらなくなってしまう。
現在の宿に改装する前は猪肉は陶板焼でも出していたそうですね。

岩魚素揚げ、お品書きには塩焼きとなっていますが、ずーっとずっと素揚げ。
岩魚ではないですが、今年の9月に群馬渋川の簗で鮎を食べたときにフライも食べたが、川魚を揚げるならフライではなく素揚げ、唐揚げの方が美味いですよ。

素揚げの岩魚が怖いカオして睨んでいる。


こうして見るとお皿や飾りも無骨ですね。岩魚を載せた皿の色はこれも渓流の岩場をあらわし、葉っぱは渓流に写った葉、流れに落ちた葉を表しています。
皿の色も黒、茶、緑、山や木々に合わせた色合いばかりです。テーブルクロスも薄い茶色だし。食事処の個室も暗いし。
山の素材とはこういうものなのか。山の宿だから敢えてそうしているのでしょう。真っ白いお皿に盛って出されたら逆に興冷めしてしまうかも。




甲州ワインビーフを焼くヘンナなカタチをしたカセットコンロも、大分くたびれてきた感がある。
ワインビーフはサイコロカットしてある。客に焼かせる為には1枚ものの肉で提供できないのです。それをやるとなると厨房にシェフをひとり置かなくてはならない。焼き加減とかも。でも厨房から食事処までは距離があるのでその間に冷めてしまうじゃないですか。焼肉屋じゃないけど自分の好み加減に焼くしかないのです。

まだ焼き続けてます。クレソンをドバドバ載っけて焼いてみる。


さっきの岩魚造りに付いてきた摺おろし生姜をワインビーフに塗して焼いてみる。

生姜焼のできあがり。

さて、ワインビーフを載せた皿も黒いでしょう。白い皿だと焼肉屋になっちゃうし、白いお皿だと、肉から出た血合いや脂が目立つんですよ。

焼いてる合間に、口を涼ませるもの、手打ち蕎麦


誰が手打ちしるか知らない。そこらにある細く長い蕎麦じゃなくて、太くて幅広、蕎麦切りに近いかも。
蕎麦宿の洗練された蕎麦、ズルズルすする蕎麦ではなく、何処か蕎麦粉っぽさも残っている。山間での昔の蕎麦はこういうものだったかも知れない。
なので蕎麦の皿も蕎麦に似せた濃い色です。

ワイン、赤、白、私は赤は苦手なので、殆どジャン妻がガブガブ飲んでしまった。

日本酒、熱燗はいつもの笹一、船山でいちばん安いお酒(本醸造)です。
燗酒を持って来たのは小柄なベテラン女性で、名札を見て驚いたのなんの。
「Mさん?」
(Mさんは2人います。)
「掃除部じゃないの?」
「ハイハイそうでございます」
朝、誰よりも早く船山に出勤して誰よりも早く帰るMさん、いつも朝、館内の畳の廊下を掃除機かけてる人です。今回は寒いので滞在中は外に出なかったが、早朝散歩してると船山前の林道を遠くから軽が走ってくるのは早番出勤の従業員たちです。
そのMさん、掃除してる時は普段着なのに、船山の女性スーツたる赤紫色の作務衣を来て、アタマに手拭被って手に熱燗が載ったお盆を持っている。小柄な方なので熱燗徳利が大きく見えた。名札に研修中とか書いてあったような。
「掃除部から夜の部に異動になったんですか?」
「いえいえそうではなくて・・・」
・・・勤務時間数を増やして貰ったとか。
朝からINまでは掃除部で、夜に接客となると、随分拘束時間が長くなるな。
二~三言話しただけですがふと懐かしさに気付いた。Mさんの接客TALKは絶滅しつつある昭和の街中華、大衆食堂のオバちゃんそのものだった。その時だけ食事処の私らの部屋が昭和にタイムスリップしたのである。
Mさんが出て行かれた後、
(いいかも知れない。)
「アナタまた何かヘンなネタ考えてるでしょ」(ジャン妻)
「ネタというか・・・」
・・・の考察は明日以降の記事に続きます。
次に前からいるもうひとりのMさんがお酒を持ってきたので再会を喜んだ。
そういえば翌朝に売店を見たら、ワインも日本酒四合瓶も高級なものばかり並んでたな。あんなに高い酒ばっかりで売れるのだろうか。
私のご飯をよそってくれてるところ。








自分の分をよそっているところ。






釜で炊いたご飯は、むかご&鶏肉の炊き込み。
だが私らも年々、前のようには食べられなくなってきた。今回は猪鍋と締めのご飯は少なくお願いしたのです。

ご飯茶碗と汁椀まで黒です。白い茶碗だと家庭と同じになっちゃうし、お焦げが目立つじゃないですか。
ご飯をガツガツ喰らうジャン妻である。

うんうん程よい量です。ですが、この後で出されたデザートで悶絶しました。



今回はジャン妻のバースデープランなのですが、私にいわせりゃここまで来たらもう誕生日なんてのは単なる通過点に過ぎない。
1年1年、老境に向かって引っ張られているだけだよ。
でもケーキなんぞをいただきました。
汁粉?ぜんざい?
T館長、私がこういうのを食べてるとお思いですかねぇ。
私のBlogでさらの木も見られてるでしょ。あれは闘いです。こういうのは拷問に等しい。
でもお気持ちありがとうございます。

そういえばデザート皿も黒です。T館長、黒好きですね。なので白いお皿はまず出ないといっていい。山が異界と畏れられた時代、白いお皿、器は高級品で、山間で使用されることはあまりなかったのかも知れない。

2019-01-02 08:36
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Blogは船山史家だけど [船山温泉]

Blogの冠に船山を掲げているのに、昨年2018年は船山温泉記事が少なかった。
記事数1500近くあって、カテゴリ、船山温泉が46記事、船山温泉近郊ネタが10記事、合わせてもカテゴリ、さらの木70記事に負けてしまったのです。船山温泉訪問回数そのものが少なかった。
2018年はさらの木に6回、蕎麦宿に5回行ってるのですが、船山温泉は2回しか行ってないのです。初期の頃は年に4回行ってたんですけどねぇ。
他の2宿が船山温泉を遥かに凌駕してしまったのです。
船山温泉99の謎も130でSTOP、一方で伊豆八幡野高原「さらの木」オーナーシェフMさんへのインタビューに端を発した「さらの履歴書」それ以前に赤沢の山の上にいた孤軍奮闘時代や、山を下りてさらの前身であるCafeの頃まで取り上げたもんから、船山史家にあらず、さらの木史家になってしまった感すらある。
「もうBlogのタイトルから船山外したら?」(ジャン妻)
T館長が許す限りそのつもりはないが、回数が減った最大要因は、前より値上がったこと、この料金改訂が大きいのだよ。出す者、ある物、いる人は変わらないのに、そこだけ高級旅館になっちゃった感がある。だって現在の船山温泉の宿泊金額だと、2回泊まる金額でさらの木や蕎麦宿に3回泊まれるのだから。
(蕎麦宿は往復の距離、GS代、鉄道旅費がかかるけど。)
最初の頃に良かったことがT館長曰く「観光地でもなく、何もないこの地で旅館業を営むうえで、時代に合わせて変えていかなくてはならない」改革はわかるが、それがそれまで良かったことが無くなってしまったことが大きい。大浴場を埋め立てたこと(寝湯にしたこと)やセミ・バイキングになって廊下までよそいに行く迂遠さ・・・です。
現在あるスタンプカードもこれで最後、今は発行されていません。
そういった変化する過程、理由はT館長からエントランスでたくさん聞いたし、経営サイドに立てば頷けるものばかりであったが。新規顧客はともかく、昔からの船山温泉ファンは昨今の変化をどう思っているのだろうか。
でも私たちの半生を劇的に変えてくれた大恩ある宿には違いない。
「いい宿だし、今後も敬意を表して記念日には行きましょう」(ジャン妻)
記念日というか誕生月です。2人だから年2回、私はできればもう1回行きたい、せめて年3回は行きたい気持ちはあるが、今後、毎年3回は経済的に難しいかもしれない。
昨年12月です。船山温泉に向かう林道大森鉈取線を走ってたら、船山川の水量が少ない気がした。
「小川みたいねぇ」(ジャン妻)
「とても一級河川に見えないなぁ」
水が流れる量、幅よりも、草ぼうぼうと石だらけの河原の方が広いのである。

明治に作られた杉尾堤もチョボチョボしかない。

「上流で新しい堰堤でもできたのかな」
まさか自然のダム湖でもできてないだろうね。船山川漂流での砂防工事はまだまだ続いている筈である。2018年は地震も多かったが、頻繁にやてきた台風や低気圧による水害が多発した。船山川は上流御殿山の水源から富士川に注ぐまでの距離が僅か5kmぐらいしかないが、山に沿っての傾斜が急なのと地盤が脆いせいで河原に大石がゴロゴロしているのです。あれらは全て上流から押し出されたものです。それら石と土砂の上にススキやら枯草やらが生え放題だから河川が美しくないこと。河川というか荒地にしか見えない。

宿に到着するまで私はハンドル握りながら、水量の少ない船山川の荒涼とした風景を憮然と見ながらアクセル踏んでいたので、川と反対側、杉尾の山に起きていた異変に気付いていません。
ジャン妻は気付いていたらしいが。
船山橋から見下ろした辺りも水が少ない。




いつもの部屋ですが。

いつもの部屋から。何だか植木が少なくなったような。

今回は久々に(土)泊です。
「何で平日にしなかったんだよ」
「前回予約した時に土曜が空いてたから」
「土日は風呂が混むじゃんか」
船山温泉は平日、土日も料金は同じです。当然平日は空いてるし土曜は混みます。(土曜に混まない宿なんてヤバイけど。)静山、渓流の大浴場を埋め立てた(寝湯にした)もんだから、2つある貸切湯(二人静、清水)に集中して混むのではないか。満足度が下がる宿泊になるのではないかと肚を括って行った。
あまりケチをつけたくないのですが、寝湯にしたせいで、寝湯の両サイドに残された僅かな入浴スペースが意外に窮屈なんだよな。こちが首まで浸かっててても、隣に(前に)誰かが寝てたら落ち着きゃしないよ。寝てる誰かのモノなんか見たくないしね。

だが意外にも、何処もそれほど混んでるように見えなかった。
食事処の紙、2部屋空いているし。
これ以外に厨房側の2部屋も1つ空いていたし。
宿入りしてすぐのタイミングで貸切湯が2つとも空いてたのです。








大浴場も空いていた。寝湯がじゃまだな。せめてひとつ取っ払ってくれないかな。2つ要るかよ。


静山の湯から見た堰堤も水が少ないぞ。


並んだ釜の数も少なかったので、
「土曜にこの宿泊数で営っていけんのかよ」
「何言ってんの。さっきまで混んでるんじゃないかってブツクサ言ってたのに」
世間でいう3連休初日とクリスマス・イブに繋がるからだろうか。風呂もそれほど混まなかったのである。(もっとも私は混む時間帯を避けるコつを知ってますけどね。エッヘン。)

湯上りにビールを飲んでいるところ。
この宿でT館長の側近としては永年勤続もののKさんが持ってきた。もうひとりいた館長の同級生(男性)S氏は夏前にお辞めになり、これまた地方の山間部でしか稼業できない凄い業種に転職されている。
そこへ私を警戒しながら?T館長が現れた。
館長はネタを提供してくれる時と、何を書くかわからない私をおそるおそる警戒する時とある。
船山川の水量があまりに少ないので、
「上流で土砂崩れで自然の堰止湖でもできてるってことない?」
それは無いという。それよりも、
「ここへ来るまでの道筋で、崖崩れ見ましたか?」

!!!
2019-01-01 06:30
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船山温泉99の謎128&129&130 [船山温泉]

釜が並んでいる。
大きいもの小さいものまである。
ひとり客が増えているそうです。
私は初めて泊まるひとり客に言いたい。「多分足りないよ」って。
船山温泉99の謎128 船山の山菜は天然なのか?





イワナが小せぇぞ。
大きい黒い皿に載せるから余計に小さく見える。
身が締まって味はいいけど。

塩を少し。醬油も少しだけ。コリコリした食感で口中に甘味が広がります。
それより山菜盛り合わせを見てください。

長さや茎の太さが不揃いでしょう。規格も何もないし。

天然の山菜です。よく都会で出される栽培された山菜じゃないです。これら山菜、近隣の山から採って来るそうだが場所は教えてくれなかった。
採るにしても地元のルールというものがあるに違いない。根こそぎ全部採らないとか、後々再生できる範囲内で採るとか、これから大きくなる前の小さいものは採らないとか「入ってはいけません」「採ってはいけません」のような立て看板を意識するとか。
でもいちばんのルールは、「場所を教えてはいけない」だと思うのだ。

瑞々しい山菜だ。こうして食べてみると、山菜って水煮や天ぷらがいちばんツマんない食べ方なんだなと思う。
野菜は栽培されているもの。山菜は自然に生えているもの。野性植物の食べられるものというわけですな。その違いですよ。
野菜は品質改良されているから味も良く収穫量も多い。山菜は味に苦みや灰汁がある。それが独特の風味ともいえる。収穫量も少ない。
だからスーパーで売ってる水煮や、駅のスタンドや田所商店のトッピングは山菜だが栽培された山菜ともいえる。でないとスーパーにあんなに大量に並ばないと思うよ。
いちばん多いのは水煮だね。自然ではなく栽培されている山菜が広く流通して消費者を騙しているんだろう。
フキノトウなんてジャン実家の庭にも生えてるけど、こういう山菜や甲州馬刺を日々あたりまえのように食べてるのかな。会津では普通に食べているそうだが。
「山菜は多少は食べますが、基本的にお客様優先ですね」(T館長)
「T館長って肉食だもんね」
「仰るとおり自分は肉食です。9:1の確率で肉ですね」
「9:1の比率で肉!!」 (ジャン妻)
「そう。ほとんど野菜食べないらしいぞ。東日本大震災の計画停電の時も空調効かない状態でフロントの裏でジュウジュウ焼肉焼いてたもんね。トンカツ屋に行ってもキャベツ食べないんでしょ?」
「肉食ですけど・・・キャベツは食べますし、逆に好きなんですが」
「でも船山温泉って、さらの木と一緒でキャベツ出ないね」
(白菜、ネギは出ます。さらの木はそれすら全く出ない。香味野菜が多い。)
「特に理由はないですが、キャベツは旅館ではあまり出ない食材だとも思いますね。何かストーリーのあるキャベツであれば食材として採用しますが」

素揚げに添えられている山菜も苦くて美味しいが、前は野蒜の和え物だったんだよな。あっちの方が好きだな。





「猪鍋のお野菜の量を増やしてくれってご要望がありましたけど、お身体の具合か数値でも悪いんですか?」(T館長)
確かにそう要望しましたが。体調や数値が悪いわけではないよ。数値なんか数年前より全然いい。
「前は特別料理も追加のお酒も全て召し上がってたから、大丈夫なのかなって思って」(T館長)
それだけ齢を重ねたということ。前ほど食べれなく呑めなくなってきたということだよ。
「でも肉多いね」(ジャン妻)
「オカしいな。野菜多めとは言ったが、肉少な目とは言わなかったかもな」
ネギが多く欲しかったな。
ジビエはまだまだ表に出てないメニューもあるらしい。何だろう?ハンバーグとか?猪肉のミルフィーユカツとか。


船山温泉99の謎129 何故サイコロステーキなのか?




ワインビーフヒレ、いい肉だった。
「ひとりで泊まった時もこのプランだったの?」
「そうだよ。ひとりで寂しく焼いたよ」
「でも普段アタシの分も少し食べてるから完全にひとりだと足りなかったんじゃない?」
「そう。全然足りなかった。夜食のお握りも1個だったからね」
あの頃は勢いで食べ過ぎていた。今は腹相応の量になった。








手打ち蕎麦も大分よくなってきたな。前は粉っぽかったのよ。
好みの問題だが、軍配は湯野上の蕎麦宿に上がるね。






釜飯は筍ご飯だったかな。岩魚骨汁。山菜のお新香。そして残った3つのサイコロステーキ定食になったぞ。


デザートと夜食のお握り。


猪鍋とワインビーフの辺りで部屋が暑くなり、ニオイが籠ってくるので窓を開けた。
船山温泉食事処の泣き所でもある。まず空調ですが、家屋の設計士が図面を引いたので、頭上のエアコンが中途半端な位置になってしまっているのです。
厨房からここ食事処まで距離があるので、ヒレステーキをシェフが焼いて持って来ることができないのと、シェフひとりを雇用する人件費がかかるのと、焼き加減は個人の好み(レア、ミディアム、ウエルダン)があるので個々の対応が難しい。
私をこの世界と船山に導いてくれた師匠・番頭さんは「もっと大きいステーキが食べたいよ」「客に調理させんなよ」と仰っていたが、前述の理由で結局はお客自身が焼くしかない。それだと慣れていないと1枚のステーキをまるまる焼くのは難しい。だからサイコロ状態に切ってあるのです。要は焼肉屋と一緒なんですな。だからそこで焼くと煙ニオイがこもるじゃないですか。これもアンケート上で書かれることが少なくないらしいのだ。ニオイと煙を部屋にお持ち帰りになるからね。
私も食後になるべく早くシャワーを浴びるようにしている。そして肌着を着替えるのです。そうやっているとお酒を飲む量が減った。前は酔っているから首筋に湯を何杯もかけてから浸かったものです。
いろいろ言ったが、少しずつ進化しながら基本は変わらない料理プラン。今後も維持して欲しいです。
船山温泉99の謎130 船山のライトアップが変わった?












何だか眩しいぞ。今回思ったのはライトアップが以前より格段に明るくなった。煌々と照っていた。夜間景観の演出効果が強くなった。
もしかして敷地内のライトアップを全部取り換えたのだろうか?
これについてT館長(髭の旦那)は「少しずつ進化しております」だけだったが、ここ数年間で全てLEDに換えたそうです。
髭のT館長は理系です。私は電気に弱いのでLEDについてもよくわからないのだが。設置する際は高額だが、消費電力が低く、寿命が長く保てるからだと思う。でも伝記料金はお答えいただけなかった。
いつまで点いてるのか。
「21時か22時までですよね?」
「場所にもよりますが・・・」
幾つかの段階に分れているという。21時まで、22時まで、午前1時まで、午前5時までだって。
「虫対策?獣対策?」
「両方です」
過剰な演出と疑問視する人もいるかも知れないが、このライトアップは虫と獣対策の一環でもある。南部町の獣害被害は深刻で、船山温泉近郊でも裏手の山に熊の足跡が発見されたり、赤い船山橋を渡った辺りで早朝に猿の群れが目撃されたことがある。
私も杉尾堤の辺りで2匹の猿が船山川を走って渡っていくのを見たことがあるし、髭のT館長は夜間にくるまで走行中(何処へ夜遊びに行ったのか)、前方に光る目を6つ発見、近づいたら猪の親子だった。
それにしても強烈な光だね。i-Phone10に機種変して最初の船山泊ですが、機種変と真新しいLEDの発光効果で以前より夜間写真がハッキリ撮れるようになった。
植物たちにしてみればいい迷惑かも知れないが。木の精霊が「光害だぁ」と訴えているかもよ。
















2018-05-02 05:59
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伊東甲子太郎とT館長は似ている? [船山温泉]

4月の船山温泉は午後の西日の角度が大森山にズレるのです。逆光になる。







もうこの寝湯にも慣れたな。ジャマだから取っ払てくれ派の私ですら最近は諦めたというか気にならなくなった。平日に来れば露天や貸切も空いてるし。











ジャン妻が昨年秋に辞意を決めた時に思ったのは、
①家の収入が減る。
②でもローンが終わったのは幸いだ。
③船山温泉行きも減るかな。高くなったし。
④もしかしたら初めて桜の時期の船山温泉を見れるかな。
特に④に期待した。例年桜開花の時期は締め作業と次年度の予算策定なので、会社勤めしているうちは無理かなと諦めていた。日帰りで出かけることすらできない時期なのである。
南部町は桜の名所が多いのだ。それでいてあまり人がいないから穴場なのだが。
ジャン妻の決意のおかげで、ついに染井吉野に色彩られた船山温泉に泊まる念願叶うかなと期待したのだが。
結局お預けになった。
伊東甲子太郎のせいだ。

「奥様(ジャン妻)出世したんですか?」(T館長)
「???」
ジャン妻は面食らった。
「専務?常務?おめでとうございます」
そう来たか。こういう発想をする辺りT館長は最初から館主でもあり社長なんだなって思ったよ。親会社から子会社に出向したら箔を付ける為に役職名が上がることがあるがジャン妻は逆です。極めて異例なケースだが上の会社に行くってことは1階級下がるんですよ。課長から係長とかにね。
「でも伊東さんて社長じゃなかったでしたっけ?」
「伊東(甲子太郎)は確か執行役員ですよ」
伊東は100%取締役ではないらしいんだな。
「あれ?でも〇〇さん(私のこと)って、伊東さんのこと嫌いじゃなかったでしたっけ?」
さっきから伊東さん伊東さん言ってるけどちゃんと本名は別にありますよ。現実の世界でも「伊東さん」「草〇号」とか言いそうになってアブなくてしょーがねぇ。
嫌いとか好きとかじゃないんだな。伊東とはお互いリスペクトはしてますよ。
伊東は上にも下にも敵が少なくない。上にいる人ってそうだよね。
最近になってジャン妻上司が伊東が出席した上層部会議議事録をジャン妻に見せたのだが、そこには伊東が上に叩かれている様子がアリアリと記載されていたという。
私の上司はこう言っていた。
「アイツ(伊東)は上の誰々と誰々を抑えないと・・・」
あれじゃぁダメだ、敵作るわ、のように言っとったね。
今年の2月末か3月初旬に伊東の後任(ジャン妻にメール誤爆した男)から、かつて伊東と衝突して社を去った管理職候補の女性とコンタクトを取ってくれって依頼された。
出張先のルートイン高崎のロビーにいたらその女性から着信があったのでその旨を伝えたら、本人も戻りたい意志が薄々感じられたが、会話の後の方になって、
「だってまだ伊東さんいるんでしょ」
そう言われた。それはそのまま報告した。
その女性は伊東のせいで去ったのだが。
「伊東は目的、目標、根幹しか見ないから。枝葉の部分は見ようとしないんだ。それでいいのかも知れんが。言い放った後は宙を飛んでるからね。己に就いて来る者は手厚く遇するが、付いて来れない者は切り捨てるところがあるんだ」
T館長はそんな人に就いて大丈夫なのかと思ったかも。
でも私は伊東甲子太郎と船山のT館長は似たところがあると思っている。これは悪い意味ではなく、いい意味でね。「これは必要なんだ。すぐやらなきゃダメなんだ」と決めたら周囲がどう言おうと関係ない。強引に進める。そこが似ている。
「Tさん(館長)にはブレーンが2人いるじゃないですか。伊東さんにはいないんです」(ジャン妻)
アタシが片腕になるってか。ジャン妻は私のブレーンでもあったのだが、今後は公私混同できないじゃないか。逆に言うともうジャン妻を陰で援護射撃もできなくなる。
T館長には両腕がいる。男性2人、Kさん、Sさんだったかな。そのせいで最近の船山温泉は男らしい宿になった反面、色気が全く無くなった。あ、失礼、女将さんがいたな。3人もいるじゃんか。
「伊東さんは部下はいてもブレーンはいないんです」
「では伊東さんの片腕にジャン妻さんが・・・あ、そういえば〇〇さん(私のこと)ウチへ来る度に2人(男性)どっちかが辞めてるかなんて賭けをしてるでしょ」
「どっちかじゃなくって両方」
「ヒドいじゃないですかぁ」
悪い冗談だよ。真に受けないようにね。そのヒドい賭けは外れたまま今日に至っている。長くいるKさんなんかこの宿では皆勤賞ものだぜ。よう辛抱したもんだ。エラい。
もうひとりのSさんはT館長の地元同級生だか何だからしいが、彼が初回に緊張しながら現れた頃、
「それまで友人関係だったのが雇用と被雇用の関係になると友情が壊れるんじゃないか」
止めといた方がいいぜと言いたかったのを覚えている。最初の頃T館長はSさんをガードして私を近づけなかったからね。何を言われるかワカランと警戒したんだろ。
私は上からの視点ではなく、雇用する側とされる側の関係を第三者的に見たのだが、私の杞憂で済めばいい。まぁ大丈夫だろう。こんなことばっかり言ってから相手の2人もカタくなる。見知った顔なのに未だにガードが固いね2人とも。
宿を両腕2人と女将さんに任せられるとなるとT館長は事業のムシが疼きだして別の世界に行ってしまうかも知れないね。というのはT館長いわく、船山温泉のある南部町は、お隣富沢町との合併後、2000人も人口が減ったのです。
「合併して減ったんですよ」
人も減っていくし職もない。そういう環境の中で宿を存続させて人を活かすには、次に何をするか、未来に向けて何をすべきか先の先を見越して考えている。伊東もそう。「今の会社の規模だと中途半端なので・・・」と言っていたのでやはり先の先を見据えている。やはり2人は似ている。
伊東はT館長のように髭は生やしてないけど。

T館長は企業TOPとしての目線なので、経営者談義になる。
ジャン妻はTOPをフォローする立場としての視点だな。
私はどちらかというと下の者の目線なのですが、ウチのプロパー社員ではいちばん長くいるから。上の考えも理解できなくはない。間を取り持てればいい。
あと5年しかないけど。

釜が並んでいる。
大きいもの小さいものまである。
ひとり客が増えているそうです。
私は初めて泊まるひとり客に言いたい。
「これだと多分足りないぜ」
私らは前よりは食べる量が減った。では次に久々99の謎をいきます。
2018-05-01 07:04
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陽がまた昇る [船山温泉]







船山温泉に朝日が昇る。
初日の出ではない。この宿で正月を迎えた訳ではないです。
215号室で目覚めたジャン妻の第一声は、
「お腹が減ってないね」
私もそう。あまり減ってない。昨夜はいつものコースだけで特に追加プランしなかった。猪鍋も前よりはボリューム落としてあったようだった。
私らもそういうトシになってきたのだな。親の仇のようにあれもこれもガツガツ食らうのではなく、食後に、「超満腹ではなく普通に満腹、満足」になればいいのだ。これでも酒量を抑えようとしてはいるし。
8:00過ぎた。
いつもならコールが鳴って、受話器を取り上げると、「おはようございます。ご朝食のご用意ができました。昨夜と同じ〇〇の間へどうぞ」・・・半ば強制的に食事処へ連行されるのだが、今回はコール音が鳴らない。
今回は朝食の写真は無いです。撮らなかったのではなくて朝食が無いプランにしたの。
船山の朝食がイヤになったんじゃないよ。長年同じようなものをいただいてきたが、夜はともかく朝食はやや飽きてきたきらいはある。
焼き魚は冷えてるし、味噌汁は固形燃料の火力が弱いからか後半はぬるいし、おたまはすくい難いし、あの手作り豆腐も正直言って要らないと思うんだよな。
ジャン妻は廊下にご飯を取りに行かせる品の無いスタイルが嫌で頑なに拒否しています。誰がどう見たって和食でご飯のおかずなのに、最初からご飯が置いててないのに納得していない。
「最初から一膳、ご飯を出してけばいいのよ」
私も同意見です。無理してパンなんぞを導入するからだよ。
朝飯スタイルの不満とは別に、ビジホ泊まりに慣れたので、朝を食べる、食べない、食べたくなった時間に食べればいい、と思うようになったのと、今回は前から気になっていたある店に食べに行きたかったのだ。
船山でたらふく朝餉を食べた後だと午後遅くまで何も入らないからね。
では朝食無しだとお会計はどうなるか。
チェックアウトの後で助手席のジャン妻は領収書を見ながら、
「あら?今回は安いワ」
「???」
「朝食抜きだと2000円マイナスなんだね」
珍しくジャン妻は領収書を見ながらご機嫌だった。
あまりお金の話をしたくないのですが、朝食無しだとひとり辺りマイナス2000円なのです。
前回と比べてみたら、基本料金だけで、
1泊2食ベッド、22030×2名=44060円
1泊夕食ベッド、20030×2名=40060円
他にも、今回は誕生日プランなのと、寒い時期なので生ビールを飲まなかったし、全体的に酒を抑えた。笹一の熱燗も2合×3本で抑えた、というかあまり呑めなかったのですよ。

今回はいただきませんでしたが、2000円の船山朝定食です。
これは初めて船山に泊まった時のもの。今より豪華に見えます。

これを食べて2000円なら安いと思うか、食べなかったら分のマイナス2000円という価格は大きいかの判断はお任せします。ただ、朝食抜きプランは(土)泊の翌朝(日)や、宿側が設定した日は適応できないらしいのだ。
参考までに。現在のバイキングスタイルになる前の船山朝定食です。凄いねこれ。
現在の船山温泉は、1泊夕食付、1泊朝食付、1泊食事無しもあるそうです。
あの宿に泊まって朝食だけとか、夕朝食とも無しで満足する客もおられるのですかね。
最初の頃は年に4回来ていた船山温泉だが、近年は諸般の事情で値上がったのと、ジャン妻が一身上の都合で○○に向けて動いていたので、こりゃぁ2018年からは年に2回来れればいいかなぁと諦めかけていたのだが、心配することも無さそうである。現役でいる限り、まだまだ来れそうだ。
その代わり、私らには新規の宿を開拓することは多分無いだろうな。
10:30までゴロゴロしていました。
10:00過ぎて風呂に行ったり。殆ど貸切状態だった。
途中でさすがに腹が鳴ったので、
「セミバイキングに行って、廊下にあるパンを1個か2個盗んでくりゃよかったな」
「ダメよ何言ってんの」
魔がさしかけたのですが、常識が勝って思いとどまった。飢えたりとはいえパンなんぞを盗んだら館内で窃盗犯になっちまう。



青い空が広がる。
昨日チェックイン時は寒いくらいの蒼い空だった。
午前中はこんなに青いのか。







駐車場は陽が当たらない。未明に氷点下になったので、くるまのフロントガラスが凍結していた。

Sさんがジョウロの水で溶かしてくれたところ。


山に挟まれて寒い、周囲には何もない、観光地もコンビニも。
そこに行く為だけの宿です。荒涼とした風景しかない今の時期は空いてますよ。

10:30過ぎにチェックアウト。
さて、何処で朝食&昼食したかというと。。。

続く。。。
2018-01-01 10:45
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船山温泉99の謎127 何故船山の夕餉は写真写りが暗いのか [船山温泉]

自家製梅酒
冬のおもてなし
山里のお造り
伊藤さんが獲った天然猪のお鍋、または、茜鱒と旬菜のしゃぶしゃぶ
忍野で育った岩魚の塩焼き 旬菜
小林牧場の甲州ワインビーフ
自家製手打ち蕎麦
岩魚の出汁で炊いた鶏肉とむかごの釜飯(武川米使用)
忍沢養殖場で育った茜鱒の骨汁 お漬物
デザート


「お料理の説明は・・・」
「要らないよ」
「ですよね。では・・・」
言いかけた彼が去った後で、
「いただろ彼」
「・・・」
「クビになってないでよかった」
「ちょっとっ!!」
チェックインした時間帯にはいなかったんです。夕方頃に廊下で会ったので、「ああいた、よかった。クビになったんじゃないかと」
「いますよぉ」
のような会話をしたのだよ。
私はこれでも誠実だと思っているが、口から出る比喩や表現が悪くねじ曲がっているので、来る前の車中で2人いる男性のどちらかが、「いるかいないか(辞めたか辞めてないか)賭けようぜ」ともちかけるの。
「アタシはいる方に賭ける」
言い出した自分は、「じゃぁいない方に賭ける」
こんな意地の悪い賭けをしてるんですよ。誤解しないで欲しいのですが、私はいて欲しいから敢えていない方に賭けてるんです。私の賭けなんかアタラない方がいいのだ。
だけど船山温泉のスタッフは男子カラーが強くなったね。色気が殆どない。若い女子がいなくなった。前は新人の女の子スタッフを度胸試しにウチラの接客に充てたりしてたんだけどね。そういう時はこっちも「説明要らねぇよ」と言わずに、黙~って聞いてたけど。
女将さんやMさんがいるから女子カラーゼロとまで言わないが近年は男らしい宿になってきた。まぁ男子だけだとこっちも楽ですよ。何でも言えるし。使う側のT館長も「男だと楽です。怒鳴れるから」って言ってたけどね。



前菜です。見た目は美しくない前菜だが、このキッシュは美味いよ。
ソースは2種、牛蒡ソースが美味しかった。



岩魚造りに添えられたクレソンが小さいでしょう。
クレソンが少ないのは台風で全滅したからだそうです。前に台風で裏山の土砂が崩れてクレソンが全滅したことがある。
まぁクレソンは無くてもいいです。猪鍋には春菊が欲しいけど。でもT館長、間違ってもパクチーだけは止めてくださいね。





岩魚の素揚。塩焼きはもう何年も食べてない。
付け合せの菜はウドの天ぷらとフキノトウ。私はノビルの方が好きなんだけど。



メニューボードには「伊藤さんが獲った天然猪のお鍋・・・」
伊藤さんて誰?地元の猟師さんか。

猪鍋も野菜より肉が多かった。野菜が高騰しているから逆に猪肉が多く見えたのかも知れない。T館長は肉食だから。

写真データを整理してるといつも思うのですが。船山温泉の夕餉ほど写りが悪い料理は無いですね。
ケナしてんじゃないですよ。美味しいし。ここでしか食べられないし。大好きです。
でも写真映えしないよね。何でだろ。知ってないと美味しく見えない。
私の腕が悪いからか。いや、私はi-Phoneなので、腕は関係ないと思うのだ。
食事処が暗いから。
テーブルクロスが地味だからか。
鍋も無骨だし、お皿の一枚一枚が地味な色合いだから。黒だったり茶色だったり。
料理そのものが暗いからかも知れない。茶色、深い緑色が多い。
宿のHPの写真は明るいところで、明るくしてプロが撮ってるからですよ。
でも明るく煌々としたところで食べても違和感があるだろうな。山の宿、山の夜は暗いし、山で獲れたものはその場で火を起こして暗い中で食べていた筈で、灯は焚火か囲炉裏の炎。
古来からそういう場所でいただいていた食材を提供する場は、あまり明るくない方が野趣を醸し出していいのかもしれない。



甲州ワインビーフヒレ肉を野菜と一緒に焼きます。
ロビィに置いてあった旅行パンフに甲州ワインビーフが載ってるんですよ。


飼育数がそれほどないので、取扱いう店も少ないんじゃなかったのかな。
このパンフにあるワインビーフのすきやきプランなんかどうですか館長?






手打ち蕎麦は会津の蕎麦宿には敵わない。
大分、粉っぽさが無くなってた。


釜飯をよそうジャン妻である。






汁をすするジャン妻である。


別腹が無い私はデザートを見てあんぐりになった。
汁粉?ぜんざいかこれ?
う~ん、かなりキツい私には。
「食べなさいっ」

瓶ビール2本、白ワイン、フルボトル1本、笹一の熱燗2合を2本。
齢を重ねて前ほど飲めなくなった。
これは立ち飲みではない。
215号室に持ち込む寝酒です。




飲むのは後にして。
エントランスで館長との語らいへ。




ジャン妻は晩秋に上司に「あるもの」を渡しています。
2018年は今までやってた世界から足を洗い、全く異業種に転じようとしているのです。
私も「やれやれ」と一体感じで賛同した。このBlogに登場する店の中から3店ほどワタリを付けた。
伊豆八幡野高原のMさんも「いいですね」と賛同してくれたのだが、いずれも成功者の視点からです。
T館長は難色を示した。「う~ん・・・。よ~くリサーチして始めないと・・・」って。
そういうマイナス意見も必要なのだ。
だが年末に私らの前から去った筈のあの男が現れ「自分が今やってるプロジェクトにどうしても〇〇さん(ジャン妻)の協力が不可欠なので、しばらく待って欲しい」
私も後押ししたのだが、T館長の助言に内心で「よく言ってくれました」の気持ちも若干あるのです。
ジャン妻は揺れ動いている。
結論は年開けになる。












夜の湯めぐりへ。
酒が入ってるので、首にお湯をかけてから入ります。長湯も禁物。
それにしても寝湯がジャマだな。前はこの内湯で平泳ぎができたのだが。
工事費用が償却できたら早く取っ払って欲しいものである。2つは要らない。ひとつで充分。2人も寝てたらどちらかが気持ち悪いのではないか。










2017-12-31 16:13
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蒼い船山温泉 [船山温泉]

船山温泉は船山川の畔にあります。
一級河川の船山川に堰堤や砂防ダムが無かった時代から、いや、そのもっと前からの長い長い歳月で浸食された爪痕があり、そこの僅かな河川敷に建っているのです。
何処までが館の敷地内で、何処からが河川敷なのかわからないぐらいに広い。
船山川は北に聳える御殿山が水源です。御殿山の裾に繋がる峰、杉尾、大森山、3つの山に挟まれているので、晩秋から初冬にかけてはすぐ暗くなるのです。
人家が途絶えたところにある。船山温泉から上流には人家はありません。電柱もそこで途絶えています。
山に挟まれた川沿いにある。この時期は陽があまりあたらない。夜と朝は冷気に包まれ、駐車場の砂利とフロントガラスも凍結していた。



空は寒々しい蒼さ。
晴れているのに蒼い。14時でこの暗さです。
大森山に陽が隠れてしまうのです。

宿のナンバー2?ナンバー3?男性が迎えに来た姿を見たら、作務衣の上に袖の無いジャケットを着用していた。現金輸送車の警備員が着用する防弾チョッキのようだった。
寒いからです。この時期は陽があまり当らないので朝晩は冷えるそうである。ただし、首都圏に降雪が無い限り、船山に雪が降ることはまずないそうです。
まさか食事処にもその防弾チョッキを着て配膳するんじゃないだろうな。
およそ宿のスタッフらしからぬ防弾チョッキだが、それだけ寒いのだから仕方がない。

玄関の水道脇にこんなものが。

まさか船山で牡蠣フライが出されるとか?
ついに海産物に宗旨替えしたか!!
いつもいるクマ公。推定3歳?

外は荒涼としているが、暖かい光が照らすいつもの部屋。

いつもの部屋から内庭を望む。
この部屋ばかり泊まるので、いつもこのアングルばかり。

中庭を見下ろしたら池の鯉たちは3箇所に寄り添ってじーっとしていた。撥ねる鯉などいない。
「まさか今回、探検行かないよね?」
「行かない。宿の写真だけ」
対岸の山も寒そうである。

風呂に行く前、2階の廊下から御殿山を望む。

いつも船山館から見上げるだけのこの山は南部町と身延町の境界にある。
南部町の自然マップには、十枚山、篠井山、思親山、はあるが、御殿山は詳しく明記されていない。
船山温泉の東に峰という集落があって、そこから登山道があるらしいが、何処まで登っても山全体が明治・大正の頃からの杉の植林地帯なので、夏でも冬でも周囲は全く見えないそうである。
T館長もこの山に登ったことがあるらしいが、船山川を遡り、山の神の先で行き止まった堰堤脇に、地元の猟師さんしか踏み込めない獣道があるという。ということは、その道に長けた人しか踏み込めない山で、そこにあるだけの山で、登頂してもあまり面白みがないらしい。


静山の湯、内湯はやや熱かった。
浴槽の中央に寝そべり場所を設けたからだよ。全身で浸かるスペースが狭くなったから余計に熱いのだろうよ。でも露天はそんなに熱くなかったな。
見るからに寒そうでしょう。湯に入っている分にはいいのだが、湯上りにすぐ冷えてしまうのである。





内湯の清水、ジャン妻と2人で入った。
私が先に出たら、その分を補充せんと、湯が勢いよくジャバジャバ注がれた。
でも香は弱い。前にも書いたが、船山温泉って雨の日、豪雨の日ほど硫化水素の香が強い気がする。温泉は地下水脈を走るからだと思う。
清水から枝葉の間を縫って見た堰堤と船山川の水量は少ない。



二人静から見た対岸の枝葉たち。

船山温泉の静山の湯(内湯、露天)、渓流の湯(内湯、露天)、清水(貸切内湯)、二人静(貸切半露天)は温度がバラつきがちな時があるな。
館の裏にある源泉の温度が低い(17℃)ので沸かし湯です。

あ、ボディタオルが薄茶色になってる。
「お持ち帰りはご遠慮ください」と謳っても、持ち帰るお客が後を絶たない。タオル補充に年間200万ぐらいかかるそうである。部屋に歯ブラシと一緒に置いてあるお持ち帰りOKのタオルとは違いますよ。

防弾チョッキを着たT館長と語らっているところ。
昨年秋頃からジャン妻は第二の人生を模索していたのです。だがそのプランに館長は難色を示した。そういうマイナス意見も必要なのだ。
だがこの時、既にジャン妻のプランは伊東甲子太郎という策謀家の暗躍でひっくり返りつつある。。
ジャン妻の誕生日プランなので、シャンパンをいただいた。ゲップ!!

215号室で寝ながら読んだ本。
甲斐なので甲斐モノを。



夕餉の前、薄暮に包まれた頃の静山です。
ライトアップしたら枝葉だけの木々が生き生きと蘇ったように見えるぞ。



光に照らされ浮かび上がった樹木は露天でボケ湯している私に何かを語りかけたいような。
今にもザワザワ動きだしそうな。
もしそうなったら山怪の世界だ。
バカな妄想は止めて。夕餉の時間が来ました。
2017-12-30 13:49
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船山温泉99の謎126 船山豆腐の大豆含有率は何%? [船山温泉]
船山温泉125周年特集、もう1譚追加します。





船山温泉の朝餉に出される豆腐、皆さんはどう思います?
あった方がいい?
無くてもいい?
あんなに要らない?
冷奴程度の大きさ小鉢にちょこっとあればいい?
朝のコールで食事処に行くと卓上にセッティングされていますよね。固形燃料がシュワシュワ燃えて蒼白い炎を立てたその上に、豆腐だけの鍋が鎮座しています。
足軽の陣笠を引っくり返したかのような鍋です。



最初はビックリした。こりゃイベントかって思った。
今ではちょっと腹に重たいな~と思う。
現在のバイキング形式になるまでは卓上に鍋が3つ並んでましたからね。(粥、味噌汁、豆腐)


あのイベント的な自家製豆腐は私らが感動驚嘆した初回船山訪問時には既にありましたね。ではいつから出されるようになったのだろうか。
「あの豆腐はいつ頃から始めたの?」
「忘れてしまいました(笑)。個室の食事処を作ったのが平成16年ですから、それ以降になるとは思いますが・・・」
「何かきっかけでも?」
「他の旅館の朝食で出されていて、これはいいと思い始めました。」
同業者の朝食を見て導入したとすると何処の宿だろうか。船山温泉のモデル旅館は2つある。星のやリゾートの何処かと、岩の湯です。そのどっちかで朝飯に豆腐が出たのかな。
南部町には個人店の手作り豆腐屋さんなんて無さそうだが。自分で作っちゃっえって思ったんだろうか。



私らをこの宿に導いた師匠、番頭さんのサイト(閉鎖、URLは別の方の紀行記になっています。)で見た時、師匠の船山温泉訪問の初回は食事処か個室になる前だったと思いますが、その頃は朝豆腐はなかったように思います。豆腐が出されるようになったのは現在の個室になってからですね。
「あの豆腐はどなたが仕込んでるのですか?大女将かな?」
誰が仕込んでるかは教えてくれなかったが「豆腐屋から豆乳(大豆の搾り汁)を仕入れ、にがりを入れて、熱を加えて作っております」とのことであった。
「毎朝早く起きて仕込むのですか?」
「豆腐屋ですから、お休みの日以外は朝からだと思います」
はて?どうも宿の厨房で仕込んでるとは言い難いお答えになってきたな。でも船山温泉は豆腐屋じゃないんだからそれでもいいでしょう。

ここで問題提起が。
船山温泉の問題ではない。豆腐業界の問題である。
TBS噂の東京マガジン噂の現場で、大豆の値段が高騰しているのに豆腐の売価は据え置かれ、低価格競争が昂じて個人の豆腐屋さんが減少していくレポが発端。
個人商店だけでなく、神奈川県内でもあの有名な豆腐企業が倒産している。(もっともこの倒産は豆腐の価格云々よりも事業拡張に失敗したという見方の方が強いが。)
報道されたスーパーの価格は、豆腐1丁47円、3丁で100円、特売日には1丁10円になったりするんだと。
10円??そりゃ下げ過ぎじゃないの?
私は地元の豆腐屋さんに行って買っています。1丁160円だったかな。その店に後継者はいないから危うい。いや、金額や後継者の話ではない。現在売られている豆腐は木綿でも絹こしでも含まれている大豆の濃度の表示がなく、大豆(遺伝子組み換えではない)、凝固剤と表示されているだけ。
それを、国産の大豆でも輸入の大豆でもいいが、含有率で3段階に分けるというものだった。
10%以上を豆腐
8%以上を調整豆腐
6%以上を加工豆腐
と位置づけるんだと。

1丁300gの豆腐基準を満たすには300×(10%)=30gの大豆を使用すればいいのではなく、150gなんだそうです。
調製とうふは120グラム。。。
加工とうふの大豆の量は90グラム。。。
何故かって?大豆を水に浸すからですよ。その搾り汁が豆乳ですよね。そのうえで更に、木綿、ソフト木綿、絹ごし、充填絹ごし、寄せ豆腐(おぼろ豆腐)に分けられる。
高級、本格、天然といったファジーな表示はNGで、とうもろこし、玉子、アスパラ、枝豆といった他の成分が入るユニークな豆腐は除外されるだろうな。

では船山温泉の朝に出される鍋豆腐?陣笠豆腐は大豆の含有率はどれくらいなのか?と聞いたのだが、これはT館長が応えられる訳がない。
輸入大豆ではなく国内産の大豆と仰っておられた。
3段階に分けられることになれば仕入れている豆乳の含有率で判断するしかないが、旅館の朝食であって館内で販売しているわけではないので、表示義務が生じるのかどうか。。。
では船山の豆腐は木綿か絹ごしか。私もわからないが、普段食べてる豆腐と比べたら絹ごだと思う。でもフニャフニャした絹ごしではなく、しっかりした絹ごしだと思います。
最初のひとくちはイケる。醬油でなく出汁なのもいい。
出来立て豆腐としか言いようがないね。私たちが日頃食べてる豆腐はできたてよりも少し時間を置いて落ち着かせた豆腐だから。
船山温泉の豆腐については、あれは要らない、めんどくさい、放っておいたらタイヘンなことになったなど、肯定意見ばかりでもないようです。番頭さんも言っておられたが、固形燃料シュワシュワとはいえ「客に調理させんなよ」ってのは確かにあると思う。
でも船山温泉の厨房から食事処までは距離がある。厨房で出来上がったものを持って来たら冷めてしまう。できたて熱々を運ぶとなるとお客のペースに合わせて調理人を置かなくてはならないのです。だから食事処の各室の卓上に固形燃料を置いてシュワシュワ燃やして火を通すしかない。(猪鍋やステーキもそう。)
これだけだとオモシロくない写真ばかりなので、つい醬油をたらしたら不味くなった。何も足さない方がいいですね。


船山温泉の朝の豆腐の位置づけはどれになるのか?
別にクサしてんじゃないですよ。
濃いから10%以上の豆腐だと思ってます。
「あれをその辺りの豆腐屋やスーパーで売るとしたら幾らくらいになるんでしょうねぇ」
1丁160円か、それとも3丁100円か。この意地悪い質問には、
「商品として販売されておりますが値段までは・・・」
あ、そうなの?売ってるんだ。
「ただ豆乳の濃度はウチとは違うと思います」
目の前で豆腐のカタさになっていくから、朝のイベント的な意味合いの方が強いですね。

さて、125周年記念記事が続きましたが。
私自身、船山温泉に対して複雑な想いなのです。寂寥感がある。
前から出される同じものを求める私にしてみりゃ全体的な単価が上がった。旅行会社経由のカード客の為に割を喰ってる感がするのだ。加わったものもあるがそれらも単価が高い。
無くなったものもある。寝湯なんか要らないし。
船山温泉とT館長を知って10年以上か。。。ともに明治開湯の調査に関わり、近隣に眠っている南部氏滅亡の痕跡を探り、埋もれてた武田家初期の暗闘を知り、館長と宿の上流を行き止まりまで探検し、マンツーマン取材でひとりで泊まったり、館長の一身上のことを知り、館長と他の源泉や幻の滝を見つけ、3.11震災後にすぐ駆けつけたりした。彼との厚誼は大切なものだった。
この寂寥感は何だろ?
現在の船山温泉は生き残る為にいろんな意味で変わってしまった。何もないあの地で営んでいく為の苦渋の決断、方針や方策の転換も知りそれは理解できる部分もあるが。もう私らの応援する宿ではなくなってしまったような。高級旅館になってしまった感がある。
変わり過ぎましたね。でも私が変化に付いていけない。このまま手の届かないところに行ってしまうようなそんな気がするのです。
前は年に4回行っていた。今年は12月にもう1回行くので年3回。今後はそれも厳しくなるかも知れないなぁ。





船山温泉の朝餉に出される豆腐、皆さんはどう思います?
あった方がいい?
無くてもいい?
あんなに要らない?
冷奴程度の大きさ小鉢にちょこっとあればいい?
朝のコールで食事処に行くと卓上にセッティングされていますよね。固形燃料がシュワシュワ燃えて蒼白い炎を立てたその上に、豆腐だけの鍋が鎮座しています。
足軽の陣笠を引っくり返したかのような鍋です。



最初はビックリした。こりゃイベントかって思った。
今ではちょっと腹に重たいな~と思う。
現在のバイキング形式になるまでは卓上に鍋が3つ並んでましたからね。(粥、味噌汁、豆腐)


あのイベント的な自家製豆腐は私らが感動驚嘆した初回船山訪問時には既にありましたね。ではいつから出されるようになったのだろうか。
「あの豆腐はいつ頃から始めたの?」
「忘れてしまいました(笑)。個室の食事処を作ったのが平成16年ですから、それ以降になるとは思いますが・・・」
「何かきっかけでも?」
「他の旅館の朝食で出されていて、これはいいと思い始めました。」
同業者の朝食を見て導入したとすると何処の宿だろうか。船山温泉のモデル旅館は2つある。星のやリゾートの何処かと、岩の湯です。そのどっちかで朝飯に豆腐が出たのかな。
南部町には個人店の手作り豆腐屋さんなんて無さそうだが。自分で作っちゃっえって思ったんだろうか。



私らをこの宿に導いた師匠、番頭さんのサイト(閉鎖、URLは別の方の紀行記になっています。)で見た時、師匠の船山温泉訪問の初回は食事処か個室になる前だったと思いますが、その頃は朝豆腐はなかったように思います。豆腐が出されるようになったのは現在の個室になってからですね。
「あの豆腐はどなたが仕込んでるのですか?大女将かな?」
誰が仕込んでるかは教えてくれなかったが「豆腐屋から豆乳(大豆の搾り汁)を仕入れ、にがりを入れて、熱を加えて作っております」とのことであった。
「毎朝早く起きて仕込むのですか?」
「豆腐屋ですから、お休みの日以外は朝からだと思います」
はて?どうも宿の厨房で仕込んでるとは言い難いお答えになってきたな。でも船山温泉は豆腐屋じゃないんだからそれでもいいでしょう。

ここで問題提起が。
船山温泉の問題ではない。豆腐業界の問題である。
TBS噂の東京マガジン噂の現場で、大豆の値段が高騰しているのに豆腐の売価は据え置かれ、低価格競争が昂じて個人の豆腐屋さんが減少していくレポが発端。
個人商店だけでなく、神奈川県内でもあの有名な豆腐企業が倒産している。(もっともこの倒産は豆腐の価格云々よりも事業拡張に失敗したという見方の方が強いが。)
報道されたスーパーの価格は、豆腐1丁47円、3丁で100円、特売日には1丁10円になったりするんだと。
10円??そりゃ下げ過ぎじゃないの?
私は地元の豆腐屋さんに行って買っています。1丁160円だったかな。その店に後継者はいないから危うい。いや、金額や後継者の話ではない。現在売られている豆腐は木綿でも絹こしでも含まれている大豆の濃度の表示がなく、大豆(遺伝子組み換えではない)、凝固剤と表示されているだけ。
それを、国産の大豆でも輸入の大豆でもいいが、含有率で3段階に分けるというものだった。
10%以上を豆腐
8%以上を調整豆腐
6%以上を加工豆腐
と位置づけるんだと。

1丁300gの豆腐基準を満たすには300×(10%)=30gの大豆を使用すればいいのではなく、150gなんだそうです。
調製とうふは120グラム。。。
加工とうふの大豆の量は90グラム。。。
何故かって?大豆を水に浸すからですよ。その搾り汁が豆乳ですよね。そのうえで更に、木綿、ソフト木綿、絹ごし、充填絹ごし、寄せ豆腐(おぼろ豆腐)に分けられる。
高級、本格、天然といったファジーな表示はNGで、とうもろこし、玉子、アスパラ、枝豆といった他の成分が入るユニークな豆腐は除外されるだろうな。

では船山温泉の朝に出される鍋豆腐?陣笠豆腐は大豆の含有率はどれくらいなのか?と聞いたのだが、これはT館長が応えられる訳がない。
輸入大豆ではなく国内産の大豆と仰っておられた。
3段階に分けられることになれば仕入れている豆乳の含有率で判断するしかないが、旅館の朝食であって館内で販売しているわけではないので、表示義務が生じるのかどうか。。。
では船山の豆腐は木綿か絹ごしか。私もわからないが、普段食べてる豆腐と比べたら絹ごだと思う。でもフニャフニャした絹ごしではなく、しっかりした絹ごしだと思います。
最初のひとくちはイケる。醬油でなく出汁なのもいい。
出来立て豆腐としか言いようがないね。私たちが日頃食べてる豆腐はできたてよりも少し時間を置いて落ち着かせた豆腐だから。
船山温泉の豆腐については、あれは要らない、めんどくさい、放っておいたらタイヘンなことになったなど、肯定意見ばかりでもないようです。番頭さんも言っておられたが、固形燃料シュワシュワとはいえ「客に調理させんなよ」ってのは確かにあると思う。
でも船山温泉の厨房から食事処までは距離がある。厨房で出来上がったものを持って来たら冷めてしまう。できたて熱々を運ぶとなるとお客のペースに合わせて調理人を置かなくてはならないのです。だから食事処の各室の卓上に固形燃料を置いてシュワシュワ燃やして火を通すしかない。(猪鍋やステーキもそう。)
これだけだとオモシロくない写真ばかりなので、つい醬油をたらしたら不味くなった。何も足さない方がいいですね。


船山温泉の朝の豆腐の位置づけはどれになるのか?
別にクサしてんじゃないですよ。
濃いから10%以上の豆腐だと思ってます。
「あれをその辺りの豆腐屋やスーパーで売るとしたら幾らくらいになるんでしょうねぇ」
1丁160円か、それとも3丁100円か。この意地悪い質問には、
「商品として販売されておりますが値段までは・・・」
あ、そうなの?売ってるんだ。
「ただ豆乳の濃度はウチとは違うと思います」
目の前で豆腐のカタさになっていくから、朝のイベント的な意味合いの方が強いですね。

さて、125周年記念記事が続きましたが。
私自身、船山温泉に対して複雑な想いなのです。寂寥感がある。
前から出される同じものを求める私にしてみりゃ全体的な単価が上がった。旅行会社経由のカード客の為に割を喰ってる感がするのだ。加わったものもあるがそれらも単価が高い。
無くなったものもある。寝湯なんか要らないし。
船山温泉とT館長を知って10年以上か。。。ともに明治開湯の調査に関わり、近隣に眠っている南部氏滅亡の痕跡を探り、埋もれてた武田家初期の暗闘を知り、館長と宿の上流を行き止まりまで探検し、マンツーマン取材でひとりで泊まったり、館長の一身上のことを知り、館長と他の源泉や幻の滝を見つけ、3.11震災後にすぐ駆けつけたりした。彼との厚誼は大切なものだった。
この寂寥感は何だろ?
現在の船山温泉は生き残る為にいろんな意味で変わってしまった。何もないあの地で営んでいく為の苦渋の決断、方針や方策の転換も知りそれは理解できる部分もあるが。もう私らの応援する宿ではなくなってしまったような。高級旅館になってしまった感がある。
変わり過ぎましたね。でも私が変化に付いていけない。このまま手の届かないところに行ってしまうようなそんな気がするのです。
前は年に4回行っていた。今年は12月にもう1回行くので年3回。今後はそれも厳しくなるかも知れないなぁ。
2017-09-29 06:45
コメント(2)
船山温泉99の謎125 開湯125年説の根拠は? [船山温泉]
125周年だから125番にしました。

ジャン家に届いたDMです。
船山温泉開湯125周年記念プランとある。
1泊2食付通常料金から1500円割引??
今年で125周年だから125名様限定か。私はその中のひとりとして申し込まなかったが、それを見て思った。
「ああそうか。125周年って決めたんだ・・・」
125年前というと。
今年の2017年-125年=1892年だから、明治25年ですね。
船山温泉を守るT館長は5代目です。初代の方は本家から分れて明治25年にこの地にやってきた。本家は近隣の何処かにあしますが、まぁそこは個人情報でもあるので。
「125周年の根拠って何?」
「この地に初代の方が隠居の為、住み始めて温泉を見つけたからだと思います」
「じゃぁ町誌に記載のあった明治30年と5年の差は記録上の誤差かな」
「その後に増築などで資材を使ったのだと思います・・・」
町誌に記載?
明治30年?
増築?
船山温泉に住み始めた初代のご隠居はこの地に温泉があるのを知って移って来たのではないらしいのだ。
T館長は言う。「初代の方が隠居生活でここに住み始めたらま源泉に気付いたのかも知れないです」
推定ですが、初代の方は成島断層の断層粘土を流れる温泉が、船山館の建っている岩盤から染み出ていたのに気付いた。明治25年(1892年)開湯の根拠は「初代が温泉に気付いた」なのです。
だから即、湯場や宿を開いたのではないと思いますが、初代のご隠居が「あ、これってもしかして温泉?だったら開湯して商売やってみるか」になるまで時間はかからなかったとは思う。
船山温泉は沸かし湯なのでそれだけでは湯場にならないが、沸かせば何とかなるんじゃないかって思ったんじゃないかな。
裏手にある源泉を見たら下の方から、ボコッ、ボコッと泡が浮いていた。ジャバジャバと大量に湧き出てはいないが、1時間当たりの噴出量はそう多くはないとはいえ、そこそ出ているようです。
でも源泉の温度が低いのでそのままだと冷泉になってしまう。沸かさないといけない。現在はミニタンクローリーが重油を給油していますが、それまでは薪をくべていたそうです。
明治25年よりもっと前に遡って「南部の隠し湯って謳おうと考えたこともあるのですが・・・」
そりゃちと無理がある。奥州南部氏発祥の地とはいえ、南部氏一族が冷たい源泉に気付いて沸かして入ったとは思えない。
では明治30年頃の増築とは何か?
T館長が言う増築で使った資材とは?
その答えが次の写真です。船山温泉近隣に杉尾という集落がある。そこへ行くには、船山温泉に向かう一本道(彼岸花街道)で、船山温泉に向かう最後の十字路を右手に上がった山の集落です。そこにこんな碑がある。(平成29年9月撮影)


淇水軒学舎(キスイケンガクシャ)と読みます。
先日久々に通ったら、季節柄、草に隠れてるので気付かず通り過ぎてしまった。
過去の写真だとこれ。

この碑は明治の頃の私塾の跡地を示すものです。私塾を開いた人は武田久嘉(キュウカ)という人。武田姓だけに、甲斐国によくありがちな名字ですね。
南部町誌にこの私塾について記載された頁があった。この私塾は明治20年に開いたが明治30年には閉鎖され、閉鎖に伴い塾の建物や資材が船山温泉に搬入されたらしいことが載っているのだ。
その辺りは2010年頃に私とT館長で調べて呟きⅠでUpしました。私とT館長の間ではその私塾の建物の資材を再利用したということになっている。
でも南部町誌の記載もアヤしいところがあってですね。
「淇水軒学舎のあった場所は武田家の自宅の道下で(ここはその後、学校屋敷と呼ばれていたが、昭和50年代に町道が大改修された際に殆どなくなった。) 建物は間口三間奥行四間の二階建であった。(この建物は後に武田家の新屋が船山に温泉宿をはじめた時の建物になった)」
武田家?

私塾を営んでいた武田家の新家が船山に温泉を開いた記述は間違いである。このBlogでは館長をT姓にしていますが武田姓ではありません。
でもT館長の本家と私塾の武田家は近隣だったようです。

「淇水軒学舎」の建物は解体され、初期の船山温泉に転用、再利用されたという。船山温泉の開湯は明治25年で「淇水軒学舎」を閉じたのが明治30年、この5年の誤差は小さくはないが、明治25年に初代が住み始め、明治30年に近隣の私塾を解体して増築した、その差が5年なのです。
わざわざカッコ書きしてある箇所(この建物は後に武田家の新屋が船山に温泉宿をはじめた時の建物になった)ですが、これだと私塾を解体して船山に温泉宿を始めたことになり、開湯は明治30年(1897年)になってしまうが、T館長は開湯は明治25年開湯と譲らない。初代がここに住んだ、源泉を見つけた、という意味で。
過去にT館長はこう言っていた。
「そういえば子供の頃、明らかに古い材料で建てられた部分がありましたよ。増築に増築を重ねたようになって、その中で如何にも古い建物があったのです。畳二十畳くらいある集会所みたいな建物でした」
現在は近代的に改装されて何処にもその面影はない。私塾の資材は宴会場になったのだろうか。客数増えて増床したとか。
これは改装前の旧船山温泉ですが、この時代に私塾の旧資材を使用した場所が何処かにあったのだろうか。


(提供、船山温泉 T館主)

私塾の武田さんが、閉鎖して解体した資材を廃棄するか薪にするのはもったいないと思って、船山初代館主に持ちかけ、解体した資材を山から下ろしたのではないかと。
先代館主(四代目)に船山温泉近隣の木材についてお話を伺ったことがあります。四代目は船山川の対岸を差しながら、
「丸太が積んであるでしょ。あれは何になると思う?」
「家でも建てるのですか?」
「そう。私の知り合いが家を建てるのよ」
地元民どうしでそういうこともできる繋がりがあるのか。それなら明治30年に淇水軒学舎の中古資材を山から下ろして「よかったら使って下さいな」になったのでしょう。譲渡か売却かわからんけど。
私塾の資材を再利用した頃は、現在の屋号である船山温泉ではなかったそうです。旧名は「本郷の湯場」「大森館」だと聞き及ぶ。本郷は地名です。船山温泉の初在地は山梨県南巨摩郡南部町本郷ですから。大森は船山温泉背後にある森林、山林のことです。宿から上流に向かう一本道を林道大森鉈取線といいます。
(余談ですが。かつて船山温泉の上流には人家が2軒あったが現在はありません。墓地と屋敷跡の碑があり、その2軒は山を下りて現在はさるところにお住まいだそうです。
私は数年前、館長と林道のドン詰まりまで行ったことがあるが、林道は途中から地図に載らない作業道になり、林道関係者と堰堤関係者しか立入ができない。オフロードバイクなら行けそうだが、間違っても自家用車で行かない方がいいですよ。)
呟きⅠで、T家の初代が明治25年に開湯、明治30年に武田家が資材を提供して宿を建て増ししたという結論に落ち着いているが、建て増ししたのは利用客が増えたからではないだろうか。
その頃から船山川の護岸工事や上流の堰堤工事が国の事業として始められ、工事関係者が湯に浸かり宴会で利用したのではないかと思う。だから現在と客層、客筋は全く違っていた。それが旧船山温泉の最初のブレイクだと思われます。
ポツンと立つ私塾の碑は何も語らないが、そういう謂れなのです。


開湯が120年前だったら、私塾の閉鎖明治30年。
125年前だったら、T家初代がこの地に隠居して源泉を発見した明治25年。
このルーツをT館長とともに調べた自負はあります。明治25年開湯と公表したことで安堵した気持ちもある。
今更ながらこんなネタに拘ったのは、私の中に、船山温泉に対して若干の寂寥感があるからなのですが。。。

ジャン家に届いたDMです。
船山温泉開湯125周年記念プランとある。
1泊2食付通常料金から1500円割引??
今年で125周年だから125名様限定か。私はその中のひとりとして申し込まなかったが、それを見て思った。
「ああそうか。125周年って決めたんだ・・・」
125年前というと。
今年の2017年-125年=1892年だから、明治25年ですね。
船山温泉を守るT館長は5代目です。初代の方は本家から分れて明治25年にこの地にやってきた。本家は近隣の何処かにあしますが、まぁそこは個人情報でもあるので。
「125周年の根拠って何?」
「この地に初代の方が隠居の為、住み始めて温泉を見つけたからだと思います」
「じゃぁ町誌に記載のあった明治30年と5年の差は記録上の誤差かな」
「その後に増築などで資材を使ったのだと思います・・・」
町誌に記載?
明治30年?
増築?
船山温泉に住み始めた初代のご隠居はこの地に温泉があるのを知って移って来たのではないらしいのだ。
T館長は言う。「初代の方が隠居生活でここに住み始めたらま源泉に気付いたのかも知れないです」
推定ですが、初代の方は成島断層の断層粘土を流れる温泉が、船山館の建っている岩盤から染み出ていたのに気付いた。明治25年(1892年)開湯の根拠は「初代が温泉に気付いた」なのです。
だから即、湯場や宿を開いたのではないと思いますが、初代のご隠居が「あ、これってもしかして温泉?だったら開湯して商売やってみるか」になるまで時間はかからなかったとは思う。
船山温泉は沸かし湯なのでそれだけでは湯場にならないが、沸かせば何とかなるんじゃないかって思ったんじゃないかな。
裏手にある源泉を見たら下の方から、ボコッ、ボコッと泡が浮いていた。ジャバジャバと大量に湧き出てはいないが、1時間当たりの噴出量はそう多くはないとはいえ、そこそ出ているようです。
でも源泉の温度が低いのでそのままだと冷泉になってしまう。沸かさないといけない。現在はミニタンクローリーが重油を給油していますが、それまでは薪をくべていたそうです。
明治25年よりもっと前に遡って「南部の隠し湯って謳おうと考えたこともあるのですが・・・」
そりゃちと無理がある。奥州南部氏発祥の地とはいえ、南部氏一族が冷たい源泉に気付いて沸かして入ったとは思えない。
では明治30年頃の増築とは何か?
T館長が言う増築で使った資材とは?
その答えが次の写真です。船山温泉近隣に杉尾という集落がある。そこへ行くには、船山温泉に向かう一本道(彼岸花街道)で、船山温泉に向かう最後の十字路を右手に上がった山の集落です。そこにこんな碑がある。(平成29年9月撮影)


淇水軒学舎(キスイケンガクシャ)と読みます。
先日久々に通ったら、季節柄、草に隠れてるので気付かず通り過ぎてしまった。
過去の写真だとこれ。

この碑は明治の頃の私塾の跡地を示すものです。私塾を開いた人は武田久嘉(キュウカ)という人。武田姓だけに、甲斐国によくありがちな名字ですね。
南部町誌にこの私塾について記載された頁があった。この私塾は明治20年に開いたが明治30年には閉鎖され、閉鎖に伴い塾の建物や資材が船山温泉に搬入されたらしいことが載っているのだ。
その辺りは2010年頃に私とT館長で調べて呟きⅠでUpしました。私とT館長の間ではその私塾の建物の資材を再利用したということになっている。
でも南部町誌の記載もアヤしいところがあってですね。
「淇水軒学舎のあった場所は武田家の自宅の道下で(ここはその後、学校屋敷と呼ばれていたが、昭和50年代に町道が大改修された際に殆どなくなった。) 建物は間口三間奥行四間の二階建であった。(この建物は後に武田家の新屋が船山に温泉宿をはじめた時の建物になった)」
武田家?

私塾を営んでいた武田家の新家が船山に温泉を開いた記述は間違いである。このBlogでは館長をT姓にしていますが武田姓ではありません。
でもT館長の本家と私塾の武田家は近隣だったようです。

「淇水軒学舎」の建物は解体され、初期の船山温泉に転用、再利用されたという。船山温泉の開湯は明治25年で「淇水軒学舎」を閉じたのが明治30年、この5年の誤差は小さくはないが、明治25年に初代が住み始め、明治30年に近隣の私塾を解体して増築した、その差が5年なのです。
わざわざカッコ書きしてある箇所(この建物は後に武田家の新屋が船山に温泉宿をはじめた時の建物になった)ですが、これだと私塾を解体して船山に温泉宿を始めたことになり、開湯は明治30年(1897年)になってしまうが、T館長は開湯は明治25年開湯と譲らない。初代がここに住んだ、源泉を見つけた、という意味で。
過去にT館長はこう言っていた。
「そういえば子供の頃、明らかに古い材料で建てられた部分がありましたよ。増築に増築を重ねたようになって、その中で如何にも古い建物があったのです。畳二十畳くらいある集会所みたいな建物でした」
現在は近代的に改装されて何処にもその面影はない。私塾の資材は宴会場になったのだろうか。客数増えて増床したとか。
これは改装前の旧船山温泉ですが、この時代に私塾の旧資材を使用した場所が何処かにあったのだろうか。


(提供、船山温泉 T館主)

私塾の武田さんが、閉鎖して解体した資材を廃棄するか薪にするのはもったいないと思って、船山初代館主に持ちかけ、解体した資材を山から下ろしたのではないかと。
先代館主(四代目)に船山温泉近隣の木材についてお話を伺ったことがあります。四代目は船山川の対岸を差しながら、
「丸太が積んであるでしょ。あれは何になると思う?」
「家でも建てるのですか?」
「そう。私の知り合いが家を建てるのよ」
地元民どうしでそういうこともできる繋がりがあるのか。それなら明治30年に淇水軒学舎の中古資材を山から下ろして「よかったら使って下さいな」になったのでしょう。譲渡か売却かわからんけど。
私塾の資材を再利用した頃は、現在の屋号である船山温泉ではなかったそうです。旧名は「本郷の湯場」「大森館」だと聞き及ぶ。本郷は地名です。船山温泉の初在地は山梨県南巨摩郡南部町本郷ですから。大森は船山温泉背後にある森林、山林のことです。宿から上流に向かう一本道を林道大森鉈取線といいます。
(余談ですが。かつて船山温泉の上流には人家が2軒あったが現在はありません。墓地と屋敷跡の碑があり、その2軒は山を下りて現在はさるところにお住まいだそうです。
私は数年前、館長と林道のドン詰まりまで行ったことがあるが、林道は途中から地図に載らない作業道になり、林道関係者と堰堤関係者しか立入ができない。オフロードバイクなら行けそうだが、間違っても自家用車で行かない方がいいですよ。)
呟きⅠで、T家の初代が明治25年に開湯、明治30年に武田家が資材を提供して宿を建て増ししたという結論に落ち着いているが、建て増ししたのは利用客が増えたからではないだろうか。
その頃から船山川の護岸工事や上流の堰堤工事が国の事業として始められ、工事関係者が湯に浸かり宴会で利用したのではないかと思う。だから現在と客層、客筋は全く違っていた。それが旧船山温泉の最初のブレイクだと思われます。
ポツンと立つ私塾の碑は何も語らないが、そういう謂れなのです。


開湯が120年前だったら、私塾の閉鎖明治30年。
125年前だったら、T家初代がこの地に隠居して源泉を発見した明治25年。
このルーツをT館長とともに調べた自負はあります。明治25年開湯と公表したことで安堵した気持ちもある。
今更ながらこんなネタに拘ったのは、私の中に、船山温泉に対して若干の寂寥感があるからなのですが。。。
2017-09-28 10:17
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船山温泉99の謎124 夜12時に貸切はどうなるのか?他 [船山温泉]
この記事は先週金曜に下書きの段階でうっかりUpしてしまい、一旦閉じたものです。
気付いたのが夕方だったので、殆ど1日じゅう公開していましたね。
謎番号を変えて、少しだけ後半加筆しました。

食事処に通じる廊下にその日の炊き込みご飯用の釜が鎮座しています。
小さい釜はこの日のひとり客。

ひとり客が増えている要因は「食事処が個室なので、周囲からの目を気にしなくても済むこと」
私も数年前に1人で泊まったことがあります。ひとり客プランじゃなくて単に1人で泊まっただけ。ジャン妻が近畿出張で、いい機会とばかり取材を兼ねてひとりで来たの。
ひとりもいい。気楽ではある。でも普段はジャン妻が食べ切れない分を摘まんで喰ったりしているので、ホントに1人分しか料理がないと何だか物足りなかった。夜食のお握りも箱を開けたら1個だけだったし。(苦笑)
まぁそれはいいや。私がひとりで泊まった際に、山側の個室(なら、いちい、のどちらか)で99の謎をいろいろインタビューした。主に船山温泉のルーツ、ハードというか、メカニズムについてです。
そこで聞いた内容のひとつに「貸切湯が12時になると自動で閉まります」というものがあった。
これですね。

前は11時(23時)じゃなかったかな。
貸切湯(二人静、清水)が12時(24時)に閉まるとはどういうことなのか。
うっかりその境目の時間帯に貸切にいたら、カチャッと鍵がロックされ、朝まで閉じ込められるってこと?
だがそういうオートロックになっていないし。
長年気になっていたので改めて聞いてみたら、
「施錠はかかりません。照明が落ちて循環が止まります」
ああ、そういうことね。
照明と給湯がON、OFFで時間設定されている訳か。一晩じゅう注がれてもお湯がもったいのもあるが、深夜の安全性を重視しているのでしょう。
夜の二人静です。確かに暗いね。

二人静、清水、もしかしたら静山、渓流の露天も停止するのかも知れないです。内湯は給湯が継続しているのではないかな。
照明が落ちるとどうなるか。私もさすがに夜の12時は寝てるし、停止したタイミングに立ち会ったことはないですが。
参考までにこれは2011年3.11震災後、船山でも計画停電が施行された時のもので、照明が落ちるとこうなります。

暗いです。お湯の供給も停まっていました。露天は足元もアブないですね。
停電が解除されてすぐ見にいったら、水までいかないがぬるま湯になってました。
計画停電でいきなり落ちたら渓流の湯のヒューズがトンでしまったことがある。今は殆ど寝湯になっちまった大浴場にお湯の供給が停まり、単なるプールになっちゃってた。
朝5時にONして照明が点き、給湯がスタートするその瞬間にも立ち会ったことはないが、12時にOFF、5時にON、それを手動でやってたら寝不足になってしまうのでタイマー設定がされているのだと思います。
単に電源をON、OFFするだけだし、船山温泉の敷地内外は夜間にライトアップされるがそれも自動でON、OFFされているし。
夜の渓流露天です。

伊豆八幡野さらの木でも、チョロチョロ注がれているお湯が夜の11時には停まる。給湯開始は朝5時~だったと思います。
あれはオーナー、Mさんが手動でON、OFFしてるのだろうか。今度聞いてみよう。
電気ネタついでに、船山温泉は、敷地内、背後の大森山斜面、船山川の対岸、そこの山の斜面までライトアップされているが、それらはいつ消えるのだろうか。
「庭、対岸の林道、山の斜面のライトアップは何時まで点いてるんです?」
「場所によりますが、お風呂から見える範囲は午前1時までです。駐車場は朝5時までですね」
駐車場が朝まで点いているのは、虫除けと防犯目的だという。虫だけでなく夜にそこらを移動、徘徊する獣にも多少の効果はありそう。敷地内で動物を見たことはないが、裏山でクマの足跡が発見されたことがあるし。
外の照明や館内のエアコンも含めて総電気量は相当高いと思われるが、月に幾らくらいかかるのだろうか。
「50万以上はかかります。安くないですね」
ご、ごじゅうまん!!
桁が違う。夏場で一般家庭の25倍以上か。
「その電気って対岸の電柱から供給されるだけ?あれだけで館内全域やライトアップも含めて電気量を賄えるものなのかな?」
対岸に電柱があって電線が川を跨いでいる。そこから供給される電気で賄えるそうです。
もしかして昨日取り上げたローリーが供給する燃料で、自家発電機を稼働しているのではないかと突っ込んでみたら、自家発電機は置いてないそうです。
駐車場の消灯は5時で消え、同時に貸切が点灯し、給湯が稼動し始めるという訳か。


山は異界であると言ったのは誰だったか。アウトドアが苦手な私は山に登らないが、ネタとして下のような書籍は幾つか持っています。何か新作が出ると購入して、船山の客室で寝転んで読むのです。

船山館にずーっと居住され、その辺りの山を知り尽しているT館長に、山で何かそういう異体験はないか聞いてみたが、
「そういうのはないですねぇ」
それは船山に照明が煌々と点いているせいだろうな。船山は山小屋ではないしね。
だが、夜間のライトアップが無かったら。
何か異なものが闇の中に動ごめいているのかも知れない。
そうならないのは月額50万の電気代のお蔭かも。
気付いたのが夕方だったので、殆ど1日じゅう公開していましたね。
謎番号を変えて、少しだけ後半加筆しました。

食事処に通じる廊下にその日の炊き込みご飯用の釜が鎮座しています。
小さい釜はこの日のひとり客。

ひとり客が増えている要因は「食事処が個室なので、周囲からの目を気にしなくても済むこと」
私も数年前に1人で泊まったことがあります。ひとり客プランじゃなくて単に1人で泊まっただけ。ジャン妻が近畿出張で、いい機会とばかり取材を兼ねてひとりで来たの。
ひとりもいい。気楽ではある。でも普段はジャン妻が食べ切れない分を摘まんで喰ったりしているので、ホントに1人分しか料理がないと何だか物足りなかった。夜食のお握りも箱を開けたら1個だけだったし。(苦笑)
まぁそれはいいや。私がひとりで泊まった際に、山側の個室(なら、いちい、のどちらか)で99の謎をいろいろインタビューした。主に船山温泉のルーツ、ハードというか、メカニズムについてです。
そこで聞いた内容のひとつに「貸切湯が12時になると自動で閉まります」というものがあった。
これですね。

前は11時(23時)じゃなかったかな。
貸切湯(二人静、清水)が12時(24時)に閉まるとはどういうことなのか。
うっかりその境目の時間帯に貸切にいたら、カチャッと鍵がロックされ、朝まで閉じ込められるってこと?
だがそういうオートロックになっていないし。
長年気になっていたので改めて聞いてみたら、
「施錠はかかりません。照明が落ちて循環が止まります」
ああ、そういうことね。
照明と給湯がON、OFFで時間設定されている訳か。一晩じゅう注がれてもお湯がもったいのもあるが、深夜の安全性を重視しているのでしょう。
夜の二人静です。確かに暗いね。

二人静、清水、もしかしたら静山、渓流の露天も停止するのかも知れないです。内湯は給湯が継続しているのではないかな。
照明が落ちるとどうなるか。私もさすがに夜の12時は寝てるし、停止したタイミングに立ち会ったことはないですが。
参考までにこれは2011年3.11震災後、船山でも計画停電が施行された時のもので、照明が落ちるとこうなります。

暗いです。お湯の供給も停まっていました。露天は足元もアブないですね。
停電が解除されてすぐ見にいったら、水までいかないがぬるま湯になってました。
計画停電でいきなり落ちたら渓流の湯のヒューズがトンでしまったことがある。今は殆ど寝湯になっちまった大浴場にお湯の供給が停まり、単なるプールになっちゃってた。
朝5時にONして照明が点き、給湯がスタートするその瞬間にも立ち会ったことはないが、12時にOFF、5時にON、それを手動でやってたら寝不足になってしまうのでタイマー設定がされているのだと思います。
単に電源をON、OFFするだけだし、船山温泉の敷地内外は夜間にライトアップされるがそれも自動でON、OFFされているし。
夜の渓流露天です。

伊豆八幡野さらの木でも、チョロチョロ注がれているお湯が夜の11時には停まる。給湯開始は朝5時~だったと思います。
あれはオーナー、Mさんが手動でON、OFFしてるのだろうか。今度聞いてみよう。
電気ネタついでに、船山温泉は、敷地内、背後の大森山斜面、船山川の対岸、そこの山の斜面までライトアップされているが、それらはいつ消えるのだろうか。
「庭、対岸の林道、山の斜面のライトアップは何時まで点いてるんです?」
「場所によりますが、お風呂から見える範囲は午前1時までです。駐車場は朝5時までですね」
駐車場が朝まで点いているのは、虫除けと防犯目的だという。虫だけでなく夜にそこらを移動、徘徊する獣にも多少の効果はありそう。敷地内で動物を見たことはないが、裏山でクマの足跡が発見されたことがあるし。
外の照明や館内のエアコンも含めて総電気量は相当高いと思われるが、月に幾らくらいかかるのだろうか。
「50万以上はかかります。安くないですね」
ご、ごじゅうまん!!
桁が違う。夏場で一般家庭の25倍以上か。
「その電気って対岸の電柱から供給されるだけ?あれだけで館内全域やライトアップも含めて電気量を賄えるものなのかな?」
対岸に電柱があって電線が川を跨いでいる。そこから供給される電気で賄えるそうです。
もしかして昨日取り上げたローリーが供給する燃料で、自家発電機を稼働しているのではないかと突っ込んでみたら、自家発電機は置いてないそうです。
駐車場の消灯は5時で消え、同時に貸切が点灯し、給湯が稼動し始めるという訳か。


山は異界であると言ったのは誰だったか。アウトドアが苦手な私は山に登らないが、ネタとして下のような書籍は幾つか持っています。何か新作が出ると購入して、船山の客室で寝転んで読むのです。

船山館にずーっと居住され、その辺りの山を知り尽しているT館長に、山で何かそういう異体験はないか聞いてみたが、
「そういうのはないですねぇ」
それは船山に照明が煌々と点いているせいだろうな。船山は山小屋ではないしね。
だが、夜間のライトアップが無かったら。
何か異なものが闇の中に動ごめいているのかも知れない。
そうならないのは月額50万の電気代のお蔭かも。
2017-09-27 07:47
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船山温泉99の謎123 何を給油しているのか? [船山温泉]
開湯125周年特集続きます。
チェックインして、さぁひと風呂浴びにと勇んで部屋を出ようとしたら、赤くて細い船山橋を1台のタンクローリーが渡っていくのが見えた。
駐車場に男性スタッフがいてバックで誘導していたような。リバース音が聞こえたから、これは裏の源泉小屋に併設しているボイラに給油しに来たんだなと。
何故、船山温泉敷地内にタンクローリーが来るのか。
2階廊下からサンダル履いて喫煙コーナーに出た。喫煙しないのにそこに出たのは初めてですが、そこから大森山の斜面に身をのりだしたら。。。

足が長っ!!
ガタイのいいオッさんが、長いコンパスを大股開きでタンク2つ(大小あった)に足を掛けて、給油作業中だった。
じーっと見てたら私の視線、気配に気づいたので軽く会釈した。
この写真をT館長に見せて、
「これってローリーの小さいヤツですよね?」
「当館には大型のローリーが入れません。大きくて4トン車です」
おそらく2トン車だと思いますが。私は船山温泉にいてこの手のタンクローリー車を今日まで2回しか見たことがない。まだ船山の朝食がバイキングになる前の頃、船山川の河原で遊んでたらローリー車が橋を渡ってったのを見たことがある。
周辺は静かだし、聞きなれない排気音がすると目立つし、無粋ではあるが。
「月にどれくらい来るんです?」
「週2回から3回ですね」
「そんなに来るんだ。ローリーは地元の業者さん?」
「地元の業者ですよ」
「給油しているのは重油?軽油?確か重油の方が安いような・・・」
「重油です」
この辺りになるとT館長はガードが固くなってくる。上記の遣り取りはメール問答ですが、スーパー理系のT館長はご自身でも仰っておられたが国語が苦手で、話を膨らますとか、質問側をヨロコバせるセンスはあまりない。
固い答えばかりなので私也に考察しますが。重油も成分含有率によって幾つか種類あるそうで、燃焼力が強過ぎて発電用に向くA重油ではないと思う。おそらくは暖房用ボイラーに適しているローサル何とか重油(LSA)だと思います。
館長は地元の業者と言っていたので探してみたら、船山温泉から近いところでは山梨県南巨摩郡身延町の某所で取り扱っているようです。ガソリンの他にA重油、LSA重油、軽油、灯油とか。
何でタンクローリーが重油を週2回も3回も運んでくるのか。
理由のひとつ、大型ローリーが入れないから?大型のタンクローリーで給油したら2回来るところを1回で済むかも知れない。配送の基本料が2回→1回で済むし。
もうひとつの理由は源泉温度が低いからですよ。最近の船山温泉客は値段が上がったことで私らのような過去からのリピーターが減って、じゃらん経由で予約する新規の顧客が多いと思うので改めて書きますが、船山温泉は沸かし湯なんです。天然のかけ流しじゃないのです。
併設されている源泉小屋を開けて覗きこんだら、薄暗いなかに水が貯まっており、底の方からボコボコ湧き出していたが湯気は全く立っていない。この時点で湯ではないのです。源泉の温度は17℃だそうだから冷泉といっていい。
この源泉と、併設されている重油タンク、ボイラーが船山が温泉宿としての生命線なのです。タンクローリーが運んで来なかったら若干の硫黄の香がする水でしかないのだ。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-01-05
ジャン妻は「ガソリンじゃないの?」な~んてバカ言ってたが、
「ガソリンを給油したらどーなるかな?」
「灯油ストーブにガソリンを入れてしまうのと一緒ですよ。爆発!!」(T館長)
「それ館長に言ったのっ?」(ジャン妻)
「言った。笑ってた」
「2人してバカにしたわね」(ジャン妻)

「月の重油の平均使用量ってどれくらいよ?」
リッター単位と支払金額もしくは単価計算で聞いてみたのだが、それは企業秘密なのか教えてくれなかった。内緒だそうです。
「季節によって大分違います。真冬と真夏では2倍違いますね」
これは温度設定にもよるのだろうな。給油後に燃焼させるメカニズムは私にはわからないが、スーパー理系のT館長に聞いたところ、前記事でも書いたが船山温泉には補給用ボイラーと循環用ボイラーの2機があって、それは1機だけだと性能上17℃の源泉を体温より高い38℃~40℃まで一気に上げられないからだという。
補給用ボイラーだけでは若干温いので、湯船の温度が下がったところで循環用ボイラーが働いて加温する、ということは常時2機のボイラーが稼働しっ放しということである。
だから原油高騰が痛い。
「でも前よりは安定してます。平成7年頃に比べれば倍に上がりましたが・・・」
(このメカニズムを導入したのは昭和61年からで、それまでは薪をくべてたと聞いたことがあるが。。。)
沸かし湯、これは源泉かけ流しでない船山温泉の泣き所でもある。館長が蕎麦宿を羨むのも尤もである。
(もっとも蕎麦宿は後継者問題でタイヘンらしいが。)
「あの震災直後、湯を沸かす燃料は安定供給できたのかな」
「単価は上がりましたが、供給は安定してましたね」
意外と地方の業者は知り合いには強いらしい。
給油光景を見てすぐ湯に直行した。
燃料を供給されたせいか、貸切清水の湯に勢いが増したぞ。
硫黄のニオイもいつもよりやや強い気がする。






湯から出て庭でビールを飲んでいたら背後で排気音がした。ローリーは去っていったようです。
別に私は源泉かけ流しの湯に拘ってる人ではないが、山の中の温泉宿に、タンクローリーが重油を納めに来る風景はまぁ無粋かも知れない。
でも仕方がないのです。源泉温度が低いのだから。
余談ですが。
今日で船山史家Ⅲ、記事数1000になりました。


ⅠとⅡは無料プランだったのでそこまでいかなかったんですよ。有料プランにしたことでⅠもⅡも更新可能になりましたがね。
1000だからって特別な感慨はないです。今日も普通の記事。日々更新するだけです。
ご訪問ありがとうございます。
チェックインして、さぁひと風呂浴びにと勇んで部屋を出ようとしたら、赤くて細い船山橋を1台のタンクローリーが渡っていくのが見えた。
駐車場に男性スタッフがいてバックで誘導していたような。リバース音が聞こえたから、これは裏の源泉小屋に併設しているボイラに給油しに来たんだなと。
何故、船山温泉敷地内にタンクローリーが来るのか。
2階廊下からサンダル履いて喫煙コーナーに出た。喫煙しないのにそこに出たのは初めてですが、そこから大森山の斜面に身をのりだしたら。。。

足が長っ!!
ガタイのいいオッさんが、長いコンパスを大股開きでタンク2つ(大小あった)に足を掛けて、給油作業中だった。
じーっと見てたら私の視線、気配に気づいたので軽く会釈した。
この写真をT館長に見せて、
「これってローリーの小さいヤツですよね?」
「当館には大型のローリーが入れません。大きくて4トン車です」
おそらく2トン車だと思いますが。私は船山温泉にいてこの手のタンクローリー車を今日まで2回しか見たことがない。まだ船山の朝食がバイキングになる前の頃、船山川の河原で遊んでたらローリー車が橋を渡ってったのを見たことがある。
周辺は静かだし、聞きなれない排気音がすると目立つし、無粋ではあるが。
「月にどれくらい来るんです?」
「週2回から3回ですね」
「そんなに来るんだ。ローリーは地元の業者さん?」
「地元の業者ですよ」
「給油しているのは重油?軽油?確か重油の方が安いような・・・」
「重油です」
この辺りになるとT館長はガードが固くなってくる。上記の遣り取りはメール問答ですが、スーパー理系のT館長はご自身でも仰っておられたが国語が苦手で、話を膨らますとか、質問側をヨロコバせるセンスはあまりない。
固い答えばかりなので私也に考察しますが。重油も成分含有率によって幾つか種類あるそうで、燃焼力が強過ぎて発電用に向くA重油ではないと思う。おそらくは暖房用ボイラーに適しているローサル何とか重油(LSA)だと思います。
館長は地元の業者と言っていたので探してみたら、船山温泉から近いところでは山梨県南巨摩郡身延町の某所で取り扱っているようです。ガソリンの他にA重油、LSA重油、軽油、灯油とか。
何でタンクローリーが重油を週2回も3回も運んでくるのか。
理由のひとつ、大型ローリーが入れないから?大型のタンクローリーで給油したら2回来るところを1回で済むかも知れない。配送の基本料が2回→1回で済むし。
もうひとつの理由は源泉温度が低いからですよ。最近の船山温泉客は値段が上がったことで私らのような過去からのリピーターが減って、じゃらん経由で予約する新規の顧客が多いと思うので改めて書きますが、船山温泉は沸かし湯なんです。天然のかけ流しじゃないのです。
併設されている源泉小屋を開けて覗きこんだら、薄暗いなかに水が貯まっており、底の方からボコボコ湧き出していたが湯気は全く立っていない。この時点で湯ではないのです。源泉の温度は17℃だそうだから冷泉といっていい。
この源泉と、併設されている重油タンク、ボイラーが船山が温泉宿としての生命線なのです。タンクローリーが運んで来なかったら若干の硫黄の香がする水でしかないのだ。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-01-05
ジャン妻は「ガソリンじゃないの?」な~んてバカ言ってたが、
「ガソリンを給油したらどーなるかな?」
「灯油ストーブにガソリンを入れてしまうのと一緒ですよ。爆発!!」(T館長)
「それ館長に言ったのっ?」(ジャン妻)
「言った。笑ってた」
「2人してバカにしたわね」(ジャン妻)

「月の重油の平均使用量ってどれくらいよ?」
リッター単位と支払金額もしくは単価計算で聞いてみたのだが、それは企業秘密なのか教えてくれなかった。内緒だそうです。
「季節によって大分違います。真冬と真夏では2倍違いますね」
これは温度設定にもよるのだろうな。給油後に燃焼させるメカニズムは私にはわからないが、スーパー理系のT館長に聞いたところ、前記事でも書いたが船山温泉には補給用ボイラーと循環用ボイラーの2機があって、それは1機だけだと性能上17℃の源泉を体温より高い38℃~40℃まで一気に上げられないからだという。
補給用ボイラーだけでは若干温いので、湯船の温度が下がったところで循環用ボイラーが働いて加温する、ということは常時2機のボイラーが稼働しっ放しということである。
だから原油高騰が痛い。
「でも前よりは安定してます。平成7年頃に比べれば倍に上がりましたが・・・」
(このメカニズムを導入したのは昭和61年からで、それまでは薪をくべてたと聞いたことがあるが。。。)
沸かし湯、これは源泉かけ流しでない船山温泉の泣き所でもある。館長が蕎麦宿を羨むのも尤もである。
(もっとも蕎麦宿は後継者問題でタイヘンらしいが。)
「あの震災直後、湯を沸かす燃料は安定供給できたのかな」
「単価は上がりましたが、供給は安定してましたね」
意外と地方の業者は知り合いには強いらしい。
給油光景を見てすぐ湯に直行した。
燃料を供給されたせいか、貸切清水の湯に勢いが増したぞ。
硫黄のニオイもいつもよりやや強い気がする。






湯から出て庭でビールを飲んでいたら背後で排気音がした。ローリーは去っていったようです。
別に私は源泉かけ流しの湯に拘ってる人ではないが、山の中の温泉宿に、タンクローリーが重油を納めに来る風景はまぁ無粋かも知れない。
でも仕方がないのです。源泉温度が低いのだから。
余談ですが。
今日で船山史家Ⅲ、記事数1000になりました。


ⅠとⅡは無料プランだったのでそこまでいかなかったんですよ。有料プランにしたことでⅠもⅡも更新可能になりましたがね。
1000だからって特別な感慨はないです。今日も普通の記事。日々更新するだけです。
ご訪問ありがとうございます。
2017-09-26 06:57
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ジャン妻が開湯125周年で見た夢 [船山温泉]
深更の船山温泉館内です。






そして夜が明けて。。。




朝餉のコールが鳴る30分前、ジャン妻はムクッと起き上がった。
私に向ける視線が険しいぞ。寝不足か?
「ヤな夢を見た。。。」
またかよ。どうせロクな夢じゃないんだ。
「アナタが浮気した。。。」
「浮気ぃ?」
じと目で私を見てる。
よく見るんですそういう夢を。そんなん言われてもさ。夢の中での話だろうがよ。
夢なんてのは覚醒すればするほど内容を忘れるもの。早く現実に引き戻さないと。
だが、自分が誰と、どんなオンナと浮気したのか気になったりして。
「相手は誰さ?」
聞かずともよいことを聞いてしまったのである。
ジャン妻の眦が釣り上がった。
「〇〇さんと、Eさんと、Uちゃん」
「さ、さんにんも」
全く知らない架空の人物ではない。それならまだしも3人とも実在の女性で、このBlogにも登場しています。
3人とも私とほぼ同世代の連中だった。ということは若い女性ではなかったということか・・・私はジャン妻の不機嫌をよそに自分が手を出したらしい浮気相手の値踏みをした。
1回の夢で3人とどうやって。3人同時に?」
「ひとりずつ私に向かって許可を求めたのよ。『浮気していい?』だったか『抱いてきていい?』っだったかな」
背筋が寒くなった。
「で、アナタはそれに何て応えたのさ?」
「そこは覚えてない」
OKを出したのではないらしい。
「私のその後のシチュエーションは?」
「そんなん知るかっ!!」
己の亭主の浮気現場を目撃したのではないらしい。
ジャン妻は絡みつくような視線で私をじーっと見てる。私は辟易した。
「もう忘れろ。何でそんな夢を船山で。それも実在の人物3人も」
「じーっ」(視線の音)
「忘れろって」
「じーっ」(視線の音)
「うん?Uちゃんもか?」
「あのUちゃんにまで」
Uちゃんてのは私らのかかりつけ内科医です。女医。
「アナタにそういう願望があるからよ。じーっ(視線の音)」
「夢にまで責任持てるか」
でもジャン妻は非難の視線を止めない。。。
「いつまでもそんな目ぇしてっとBlogに書くぞこのネタ」
「書くなっ」
ってもうUpしちゃたし。でも何でよりによって船山でそんな夢を見るかな~。
それでいて私は他のキャラたち、アイツとアイツは夢に出なかったのかな?なんて不謹慎なことを考えている。
自分の夢で見てみたいものである。






夢はいつか覚める。
チェックアウトしてから車中で浮気ネタは収まったようだが。
何も船山温泉でそういう夢を見んでもよかろうがよ。
(朝食については、豆腐について一考察あるので別項にします。)






そして夜が明けて。。。




朝餉のコールが鳴る30分前、ジャン妻はムクッと起き上がった。
私に向ける視線が険しいぞ。寝不足か?
「ヤな夢を見た。。。」
またかよ。どうせロクな夢じゃないんだ。
「アナタが浮気した。。。」
「浮気ぃ?」
じと目で私を見てる。
よく見るんですそういう夢を。そんなん言われてもさ。夢の中での話だろうがよ。
夢なんてのは覚醒すればするほど内容を忘れるもの。早く現実に引き戻さないと。
だが、自分が誰と、どんなオンナと浮気したのか気になったりして。
「相手は誰さ?」
聞かずともよいことを聞いてしまったのである。
ジャン妻の眦が釣り上がった。
「〇〇さんと、Eさんと、Uちゃん」
「さ、さんにんも」
全く知らない架空の人物ではない。それならまだしも3人とも実在の女性で、このBlogにも登場しています。
3人とも私とほぼ同世代の連中だった。ということは若い女性ではなかったということか・・・私はジャン妻の不機嫌をよそに自分が手を出したらしい浮気相手の値踏みをした。
1回の夢で3人とどうやって。3人同時に?」
「ひとりずつ私に向かって許可を求めたのよ。『浮気していい?』だったか『抱いてきていい?』っだったかな」
背筋が寒くなった。
「で、アナタはそれに何て応えたのさ?」
「そこは覚えてない」
OKを出したのではないらしい。
「私のその後のシチュエーションは?」
「そんなん知るかっ!!」
己の亭主の浮気現場を目撃したのではないらしい。
ジャン妻は絡みつくような視線で私をじーっと見てる。私は辟易した。
「もう忘れろ。何でそんな夢を船山で。それも実在の人物3人も」
「じーっ」(視線の音)
「忘れろって」
「じーっ」(視線の音)
「うん?Uちゃんもか?」
「あのUちゃんにまで」
Uちゃんてのは私らのかかりつけ内科医です。女医。
「アナタにそういう願望があるからよ。じーっ(視線の音)」
「夢にまで責任持てるか」
でもジャン妻は非難の視線を止めない。。。
「いつまでもそんな目ぇしてっとBlogに書くぞこのネタ」
「書くなっ」
ってもうUpしちゃたし。でも何でよりによって船山でそんな夢を見るかな~。
それでいて私は他のキャラたち、アイツとアイツは夢に出なかったのかな?なんて不謹慎なことを考えている。
自分の夢で見てみたいものである。






夢はいつか覚める。
チェックアウトしてから車中で浮気ネタは収まったようだが。
何も船山温泉でそういう夢を見んでもよかろうがよ。
(朝食については、豆腐について一考察あるので別項にします。)
2017-09-25 06:26
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開湯125周年の夕餉もいつもと変わらず [船山温泉]

いつもと変わらず!!
それでいいのです!!





































いつも変わらぬ定番です。
甘味と歯応えある岩魚造り。。。
グツグツ煮るほどやわらかくなる猪鍋。。。
塩焼を素揚げに変えてもう10何年?添えられた大好きなノビル。(これ変えないで)
今宵のワインビーフのやわらかさは過去最高。いつもは噛んで肉の旨味を楽しむ肉が、今宵は舌の上でとろけたからね。
炊き込みご飯でお腹いっぱい。デザートでウップ。
でも若い頃と違って、追加料理の入る別腹はなくなってきたなぁ。








2017-09-24 09:47
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船山温泉開湯125周年特集 [船山温泉]
昨日うっかり下書き記事をUpしてしまい失礼致しました。
それも「船山温泉99の謎126」
122までUp済みですが、123、124、125と3つもスッ飛ばしてしまってからに。126は一旦保存しました。加筆して後日再掲載します。
125周年の船山温泉です。
Blogの冠に船山温泉を掲げている以上、もっともっと船山記事を取り上げなきゃいかんのですが。

今回は出遅れた。
ジャン家の冷蔵庫の氷を作る水をタンクから給水するホースが凍結してしまい、業者を呼んだのが船山温泉出立前の10時で、修理完了が11時、家を出たのが11時半。
そしたら藤沢IC方面が大渋滞。
事前に調べりゃよかったのですが。国道1号藤沢インター交差点付近で、横浜湘南道路と接続する為の工事が始まり、既設ランプの橋梁撤去作業の必要性から、そこだけ1車線規制になったと。そのせいで4km手前の影取町から動かないのです。
ドツボにハマる前、30号線に逸れてUターン、境川沿いに北上して海老名ICを目指し、そっから東名へ。
もうしばらく藤沢ICからは入らないことにした。下を走って海老名ICから入ろ。
(伊豆八幡野高原へ行くのにも支障が出そう。)


チェックイン15時は、私にしては遅い方である。
前は周囲の散策やら探検やらで13時きっかりに入らないと損な気もしたが、最近は時間を持て余すようになった。やはり早くて14時、15時インぐらいでいいですね。
駐車場へ女性が出迎えてくれたが、私が心配しているのはT館長以外に2人いる男性スタッフ。
1人は確か勤務して4年目だから、近年この宿では永年勤続ものだよ。よう辛抱したねエライエライ。
もう1人は館長と地元の同窓生と聞き及ぶ。なかなかガードが固い。館長から「ネタ拾いの挑発に乗るな」と口止めされているだろうと推測される。
ここへ来るまでに「友人の宿で働くってのは気ぃ遣うだろうな。それまでの友情がブッ壊れる覚悟が要るだろうな」って車内で悪態ついてたんですよ。
もっとヒデぇこと言ったの。「どっちか辞めてんじゃねぇか。賭けようぜ」って。
「賭けにならねぇかな」
「私は辞めてない方に賭けるからね」
結果、意地悪い私は賭けに破れた。「何かおごれ」って言われた。
以上は悪い冗談ですからね。男性陣、真に受けないようにお願いします。悪態ついてるだけで安堵した気持ちの方が多いんだからさ。


貸切清水にて。私が浸かっているところ。

私が出た途端、源泉と循環がドーッと補給されてるところ。


ここに来る前、小型のタンクローリー車が船山橋を渡って来たのを目ざとく目撃。喫煙所から源泉小屋を除いたらローリーが横付けして何か作業中だった。
業者さんも私に気付いて会釈してくれたが。地元南部町のGSから来たのだろうか。
燃料を補給したせいか、気持ち、硫黄の香りが強めである。
そのクセ私は硫黄のニオイが苦手で。この宿が上州草津温泉のようにモクモクしてたら私は船山に通い続けなかっただろう。

二人静に入った。貸切はどこかしら空いていた。平日だからね。
大浴場をあんな寝湯が占拠しちゃってんだもん。もう混雑する土曜に来るもんかい。


一風呂浴びてからジャン妻と庭で生ビール。
自然の秋風が心地よい。
だが西には台風が来ている筈。明日は雨だろう。

ノッシノッシと歩くジャン妻の後姿。


廊下でベテランのMさんに出逢った。インカムで私らの名前を聞いて出てきてくれたの。
弾性率が増えたこの宿で貴重な存在である。


平日なので空いていた。お客は6組、うち半分は一人客だった。置いてある釜が小さかったから。
「連れ合いを亡くした方が来てるとか?」
「いえ、普通にお一人様でお見えになったお客さまです」
「ああそう。紀尾井さんの常連さんもそうだったしね。でも何で一人客が増えたのかな」
「ウチの食事処が個室だからです。ひとりでいてもまず、誰にも見られないし、気楽じゃないですか」
「ああ、そういうことか」
これが大部屋、食堂だと視線を感じるだろうからね。
階段の踊り場にある彼岸花。曼珠沙華。
宿に来るまでの船山川沿いの1本道を彼岸花街道といふ。そこにもたくさん咲いていた。


特別追加料理は変わらず。これに載ってない料理で地鮎の天ぷらがあった。

これはやり過ぎだよ。
こういうプランを利用する方が実際いるのかな。
3240円支払って45分貸切?でもこの時間帯だと相当酒が入ってるから長湯はキケンかも。





夕餉前に撮った写真。
空いてるからいいけど、左で場所を取ってる寝湯がジャマでしょーがないぜ。



そして夕餉の時間へ。
今回の船山料理は、甲州ワインビーフヒレ肉以外はノープランです。白ワインもオーダーしなかったので、私らにしてみりゃ酒飲まなかった方なんです。すると余計に、
高い!!
・・・というしかないです。船山温泉は開湯125年を機に高級旅館になっちゃった感がします。
「今まであったものが幾つか無くなって、全体の単価が上がったね」(ジャン妻)
「・・・」
それも「船山温泉99の謎126」
122までUp済みですが、123、124、125と3つもスッ飛ばしてしまってからに。126は一旦保存しました。加筆して後日再掲載します。
125周年の船山温泉です。
Blogの冠に船山温泉を掲げている以上、もっともっと船山記事を取り上げなきゃいかんのですが。

今回は出遅れた。
ジャン家の冷蔵庫の氷を作る水をタンクから給水するホースが凍結してしまい、業者を呼んだのが船山温泉出立前の10時で、修理完了が11時、家を出たのが11時半。
そしたら藤沢IC方面が大渋滞。
事前に調べりゃよかったのですが。国道1号藤沢インター交差点付近で、横浜湘南道路と接続する為の工事が始まり、既設ランプの橋梁撤去作業の必要性から、そこだけ1車線規制になったと。そのせいで4km手前の影取町から動かないのです。
ドツボにハマる前、30号線に逸れてUターン、境川沿いに北上して海老名ICを目指し、そっから東名へ。
もうしばらく藤沢ICからは入らないことにした。下を走って海老名ICから入ろ。
(伊豆八幡野高原へ行くのにも支障が出そう。)


チェックイン15時は、私にしては遅い方である。
前は周囲の散策やら探検やらで13時きっかりに入らないと損な気もしたが、最近は時間を持て余すようになった。やはり早くて14時、15時インぐらいでいいですね。
駐車場へ女性が出迎えてくれたが、私が心配しているのはT館長以外に2人いる男性スタッフ。
1人は確か勤務して4年目だから、近年この宿では永年勤続ものだよ。よう辛抱したねエライエライ。
もう1人は館長と地元の同窓生と聞き及ぶ。なかなかガードが固い。館長から「ネタ拾いの挑発に乗るな」と口止めされているだろうと推測される。
ここへ来るまでに「友人の宿で働くってのは気ぃ遣うだろうな。それまでの友情がブッ壊れる覚悟が要るだろうな」って車内で悪態ついてたんですよ。
もっとヒデぇこと言ったの。「どっちか辞めてんじゃねぇか。賭けようぜ」って。
「賭けにならねぇかな」
「私は辞めてない方に賭けるからね」
結果、意地悪い私は賭けに破れた。「何かおごれ」って言われた。
以上は悪い冗談ですからね。男性陣、真に受けないようにお願いします。悪態ついてるだけで安堵した気持ちの方が多いんだからさ。


貸切清水にて。私が浸かっているところ。

私が出た途端、源泉と循環がドーッと補給されてるところ。


ここに来る前、小型のタンクローリー車が船山橋を渡って来たのを目ざとく目撃。喫煙所から源泉小屋を除いたらローリーが横付けして何か作業中だった。
業者さんも私に気付いて会釈してくれたが。地元南部町のGSから来たのだろうか。
燃料を補給したせいか、気持ち、硫黄の香りが強めである。
そのクセ私は硫黄のニオイが苦手で。この宿が上州草津温泉のようにモクモクしてたら私は船山に通い続けなかっただろう。

二人静に入った。貸切はどこかしら空いていた。平日だからね。
大浴場をあんな寝湯が占拠しちゃってんだもん。もう混雑する土曜に来るもんかい。


一風呂浴びてからジャン妻と庭で生ビール。
自然の秋風が心地よい。
だが西には台風が来ている筈。明日は雨だろう。

ノッシノッシと歩くジャン妻の後姿。


廊下でベテランのMさんに出逢った。インカムで私らの名前を聞いて出てきてくれたの。
弾性率が増えたこの宿で貴重な存在である。


平日なので空いていた。お客は6組、うち半分は一人客だった。置いてある釜が小さかったから。
「連れ合いを亡くした方が来てるとか?」
「いえ、普通にお一人様でお見えになったお客さまです」
「ああそう。紀尾井さんの常連さんもそうだったしね。でも何で一人客が増えたのかな」
「ウチの食事処が個室だからです。ひとりでいてもまず、誰にも見られないし、気楽じゃないですか」
「ああ、そういうことか」
これが大部屋、食堂だと視線を感じるだろうからね。
階段の踊り場にある彼岸花。曼珠沙華。
宿に来るまでの船山川沿いの1本道を彼岸花街道といふ。そこにもたくさん咲いていた。


特別追加料理は変わらず。これに載ってない料理で地鮎の天ぷらがあった。

これはやり過ぎだよ。
こういうプランを利用する方が実際いるのかな。
3240円支払って45分貸切?でもこの時間帯だと相当酒が入ってるから長湯はキケンかも。





夕餉前に撮った写真。
空いてるからいいけど、左で場所を取ってる寝湯がジャマでしょーがないぜ。



そして夕餉の時間へ。
今回の船山料理は、甲州ワインビーフヒレ肉以外はノープランです。白ワインもオーダーしなかったので、私らにしてみりゃ酒飲まなかった方なんです。すると余計に、
高い!!
・・・というしかないです。船山温泉は開湯125年を機に高級旅館になっちゃった感がします。
「今まであったものが幾つか無くなって、全体の単価が上がったね」(ジャン妻)
「・・・」
2017-09-23 17:03
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