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海とチューリップ [コラム雑記帳]

おはようございます。
初めにお断りしておきますが。
今日の記事は食べ物、飲み物は出ません。
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高崎は椿町、うさぎのCafeでのこと。
「何で群馬が好きなったんですかぁ?」(うさこ)
「わずか1年とはいえ住めば好きになるさ」
「じゃぁ、群馬の魅力って何だと思います?温泉?」
私は温泉とかそういうのに惹かれた訳じゃぁないんだな。
何だろう?しばらく考えて、
「海が無いところかな」
「えぇ~、なぁんでぇ?海ってあった方がいいじゃないですか」
私は湘南の海を思い浮かべて、
「海って人が集まるし、人がお金を落とすけど荒れるし、騒音とかもあるし、群馬はそういう騒がしいミーハーなところが無いから好きなのかもしれないな」
でも群馬に住んでるウチの社員たちは群馬県に海が無いのを残念そうに言っていた。
「群馬って海が無いじゃないですか」
「何で群馬って海が無いんだろう」
「あった方がいいじゃないですか」
だってそういう地理なんだからしょうがないじゃん。栃木県民もそう言ってるのかね。
ウチの子たちは海を見にライバル県である茨城県までくるまを走らせるそうである。外環道ができたことで新潟県より近いらしい。
「でもぉ、海は広いな大きいなって歌があるじゃないですか」(うさこ)
「うん。童謡だね」
「あの歌を作った人って群馬の人なんですよ」
「そうなのか??」
「前橋の井上武士さんて人が曲を作って、詞は沼田の、何てひとだったかな」
「そうなんだ」
「そういえば前橋駅前に作った人のレリーフがあったような」

東京駅を出ます。
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高崎駅で乗り換えます。
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伊勢崎行で前橋で途中下車。
伊勢崎行.jpg
けやき通りでの公用を済ませます。
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駅前ロータリーにそれはあった。
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「うみ」の作曲者、井上武士先生です。現在は前橋市に編入された勢多郡芳賀村のご出身。
作詞者は林柳波先生、この人は沼田氏出身です。だから作曲者も作詞者も海の無い群馬県の出身なのだよ。

海は広いな大きいな
月は上るし陽が沈む
海は大波青い波
揺れて何処まで続くやら
海にお舟を浮かばせて
行ってみたいな他所の国

この歌を知らない人なんていないよね。子供の頃の童謡ですから。
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でもねぇ。私は物心ついた頃に童謡に抵抗感ができたのよ。学校の教育音楽って自由度は無いじゃないですか。あんなのはおしつけに過ぎないと思った時期があるのだ。
変声期になって声が壊れてからは、音楽の授業で取り上げられる教材としての歌がますます嫌いになったね。
ウチはジャン母の音楽教育が厳しかった。ジャン母はピアノ、声楽のセミピロみたいなもので、私は5単位で音楽を5取らないと怒られたものだよ。
井上武士2.jpg
井上先生は主に唱歌、童謡の作曲家で日本音楽史上に残る数々の作品を遺されましたが、太平洋戦争終結後は都内に居住されたそうです。
こいのぼり、お月さま、汽車ぽっぽ、うみ、チューリップ、白虎隊なんてのもある。
校歌もたくさんあって60校ほどもありましたね。何と私が通学した小学校歌もあったのよ。知らずに歌ってた、いや、歌わせられてたんだけどね。

「海は広いな」を作詞した林柳波さんですが、時代の背景として、当時の軍部の検閲を通すのに苦心したとありました。

1892年(明治5年)群馬県沼田市の農家の三男坊ですが、この人は明治43年(1910年)明治薬学校(現在の明治薬科大学)を卒業して薬剤師さんになっています。明治44年(1911年)東京本郷で薬局を開業。
昭和16年(1941年)に太平洋戦争が勃発、同年4月、当時の尋常小学校は国民学校令によって国民学校と名称を変更、それまで児童や学童と呼ばれた子供たちは少国民となり、教育課程も新しく制定される。「唱歌」という科目は「芸能科音楽」となった。戦時中とはいえ始めて「音楽」という言葉が使われた。
だが全ての教科書は国に統制され、それ以外のものは教科書として採用することが許されない時代だったそうです。国民に軍国教育を徹底させる目的で、平和や自然を歌う歌詞は避けられ、士気を鼓舞する為に国家礼讃とかの歌詞が主流となる。そういう時代があったことは後世に生きる私は否定できないが、トンでもない時代だったんだね。
国語の教科書は軍事色が濃くなったが、音楽の唱歌の中で「うみ」のような歌詞でも検閲を通ったらしいのです。それは国民学校1年生用の教材だからだというが。よくわからないですね。「うみ」は海が舞台だがそこには戦艦も水兵も登場しない。なので戦後から今でも教科書に掲載され歌い継がれている。
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うみ、はト長調の曲だが、調子記号のシャープが省かれていたそうです。それは低学年では固定ド唱法といって、長調や短調に関係なく何調でもハ長調読みにする唱法を指導していた為。ピアノでいうところの白い鍵盤だけで成り立っているんです。黒い鍵盤は押さないのです。
楽譜の中の音譜を見ると「海は広いな」の部分は「シーラーソーミラソーミー」になる。ドレミファソラシドは敵国語なので、ドレミではなくて日本独自の音名であるイロハ音名唱法を教えるようにと軍部が圧力をかけたという説があるが本当かな。
ドレミファソラシドはイタリア語ではなかったか。ならイタリアは日本と同じく連合国側と戦った枢軸国の筈だよね。
Do Re Mi Fa Sol(ソル) La Si(スィ) Doです。これに慣れちゃってるんだからイロハで歌うのは難しいだろう。井上先生はそれに最後まで反対したそうです。

次の写真はジャン実家、昨年12月に某合唱団を退団したジャン母の歌本たち。
この中に1冊の教育辞典があって、共同執筆者に井上先生のお名前があった。
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前橋駅前には「うみ」「チューリップ」井上武士先生の記念碑はあるが、作詞者の林柳波先については何も触れられていない。
それに違和感を持った。何故だろう?
沼田の出身だからか。
でも前橋駅前には「咲いた 咲いた チューリップの花が」の碑もあって、それには歌詞も彫ってあるんです。地味な碑で、碑が真っ黒いから近寄ってよ~く見ないとチューリップの絵柄と歌詞がわからないが。
黒いチューリップ??
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チュ2.jpg
チュ3.jpg
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チュ5.jpg
チューリップの歌詞は近藤宮子さんといわれている。「屋根より高いこいのぼ~り」を作詞した方です。でもこの人は群馬の人ではなく広島の方なんですよ。
群馬出身の童謡作曲者として井上武士さんの碑があり、同じく井上さんの作曲である「チューリップ」の碑には、歌詞と作詞者の近藤さんの名前が彫られています。だが「うみ」の作詞者である林柳波さんについては作詞者も歌詞もスルーしている。
薬剤師だった林柳波さんが童謡の作詞の世界に入ったのは、二度目の奥さんが童謡に振付けを行うようになり、その縁でも作詞をするようになり、音楽の世界で知られるようになった。
だが、太平洋戦争後、その奥さんと別居したことで童謡関係者との繋がりが断たれたというんだな。
穿った見方ですが。「うみ」の作詞について敢えて触れられてないのはそのせいじゃないかなぁ。
平成元年(1989年)に沼田市名誉市民に顕彰されていますけどね。
前橋駅.jpg
「うみ」作った2人、作曲者、作詞者はいずれも昭和49年に亡くなられています。
では2人は何処の海を見たんだろうか。
東京湾じゃないと思います。湾の海は外海に出ないと広く大きくないし。
日本海だろうか。それはわからないのだ。
群馬に海はないけど。晴れれば何処までも青い空がありますよ。
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船山史家の呟き2020 [コラム雑記帳]

いつも船山史家の呟きを見て下さりありがとうございます。
船山史家の呟きは、無料プランだった呟きⅠ、呟きⅡ、そして現在進行形で有料プランのⅢがございますが、ⅠとⅡは更新を停止しております。
久々にⅠⅡの管理画面を覗いてみました。

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更新を停止しているのに未だにランキングデータが届いています。

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200万アクセス達成した時のもの。
私はあまりランキングにはこだわらないのですが。
2000000アクセス達成.jpg

過去Blogまで見て下さって恐縮ですが、ⅠもⅡもネタとしてのリアルタイムでは相当旧くなっており、現在と一致しない、そぐわないケースも出ているようです。私もそこまで管理が追い付かないので、違っていたケースがございましたらご容赦願いたいのと、Ⅰについてはコメント欄は閉じさせていただくのをご了承ください。
呟きⅡについてもそろそろコメント欄は閉じようかと思ったのですが、Ⅱは会津の戊申ネタ等が多く、時折忘れた頃に関係者のご子孫や末裔の方々からコメントをいただくことがあるのでしばらくの間はコメント欄はOPENにしておきます。ただ、現在進行形のこのⅢよりはレスが遅れがちになると思います。

さて昨日、リンクしてる「何して遊ぼ」ヒロ旦那が拙宅にお見えになりました。何しに来られたかは明日の記事に廻すとして、ヒロ旦那を見て思い出したのですが、旦那の何て記事だったかなぁ。旦那が正面から撮ったつもりの写真がUpすると横になってしまう現象について。
メニュー写真と何かの記念碑だったかな。
私もそういう現象が毎日のように起きています。写真が上下ひっくり返ったり寝っ転がったりするのです。
例えば、
この盛り蕎麦、上下が正しく写っています。(池袋駅構内にある駅そば、記事としてはボツ。)
もりそば1.jpg
次にこの写真、もりそばを不器用な箸さばきで摘まみ上げたら写真が逆さまになってしまった。
もりそば2.jpg
1枚目の写真はスマホを右手で持って横にして被写体の正面に向けています。つまりシャッターボタンが右にあって、正面から構えたから正常に撮れたのですが、2枚めは右手で箸を持ってそばを摘まみ上げ、左手の親指と中指でスマホを持って、人差し指でシャッターボタンを押すという行儀の悪いことをしています。シャッターボタンが左にあるということは、スマホそのものが180度回転しているから逆になってしまうらしい。
スマホを左手で持ってるが為に構えがやや斜めになってるのもあると思います。
ところが、自分ではちゃんと正面から撮った(シャッターボタンが右)つもりでも、写真が90度回転したり、予期しない角度になることもしょっちゅうです。めんどくさ。
私の記事は写真が少なくないです。オリジナル写真はサイズがデカいから、そのままUpすると容量を食うので、縮小アプリを使って写真データのサイズを小さくするという作業をしています。縮小アプリにオリジナル写真をドラッグ&ドロップさせてからUpするのですが、この操作時に写真の向きが確認できます。
縮専.jpg
Upしてから「あ、逆さまになってやがる」と気づいたのでは時間がかかるので、その前に縮小アプリにドロップアウトじゃなかった、ドラッグ&ドロップする際、写真の向きのチェックを兼ねてやってるのですが、オカしな写真の向きがわかった場合は、まずオリジナル写真を開いて、右上の「編集と作成」をクリックして、編集をクリックします。CNTL-Eでもいい。
もりそば2-1.jpg
するとこうなります。
もりそば2-1-1.jpg
回転ボタンをクリックして、90度ずつ回転させて修正します。
もりそば2-1-2.jpg
もりそばがちゃんとした向きになりました。右下のコピーを保存、これで上書きします。
もりそば2-1-3.jpg
そのデータを縮小アプリにドラッグ&ドロップさせてからUpすればOKです。
もりそば2-1-4.jpg
まぁこの操作方法もメンドイと言えばメンドイ。こんなことしなくても、写真データの何かを修正することでクリアされるらしいが、よくわからないのです。
オリジナル写真全部を修正してたらタイヘンなので、BlogにUpに利用する写真だけ修整します。Blogに使わない写真まで修整してたらタイヘンだし。

この右手で箸を持って、左手でスマホを持って撮影すると、写真は、そばでもラーメン(箸、レンゲ)だけでなく、トンカツでもステーキでもスープでも、ひっくり返ったり、90度に回転したりするんだな。こっちは正面から構えて撮ったつもりでも、開いて見たら横写真のつもりが縦写真になることもある。
メニュー写真とか、料理写真の拡大とかですよ。メニューなんかでも机上に置いてあるものを水平に撮ったつもりでも、何かがズレてるのだろうか。
机上や地面に垂直に向けたらそんなことは起きないのですが。ようワカラン。
次のこの写真、よく取り上げる店の串焼きですが、縦に構えて生ビールを入れて撮った写真はいいのですが、
鶏ネギ肩ロース1.jpg
スマホを横にして串焼きだけ撮ったら、
鶏ネギ肩ロース2.jpg
こんなになってしまった。これも先ほどの操作で回転修正しました。
鶏ネギ肩ロース2.jpg
真正面から合わせたつもりですが実際は手許が斜めってたり、ズレてたり曲がってたりしてるのだろうか。よくわかりません。
風景の写真ではこんなことにならないです。何故だろうか。
まぁ迂遠ですがチマチマやっとります。
次につい最近まで気が付かなかった、知らなかったことがあります。写真データのアップロードの仕方です。
これを見てください。

ファイルアップロード1.jpg

私はこれまで数年間、写真データを1枚ずつアップしていたのですよ。
9枚か10枚、複数同時にアップロードできるのを知らなかった。

ファイルアップロード2.jpg

こんな機能があるなんて。気が付いたのは昨年の夏だったか秋だったかです。Blog始めて毎日更新続けて数年経ちましたが、毎日毎回1枚ずつやっていたので相当な時間をロスしていましたよ。
その分返せと言いたいね。過ぎ去った時間は戻って来ないけどね。
でも効率が格段にUpしました。
「その探求心を仕事に活かせばいいのにね」(ジャン妻)
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手巻き煙草自販機 [コラム雑記帳]

群馬ネタ残りを吐き出します。
ジャン妻の上司(男性)は愛煙家。
もうひとりの男性と連れ立って喫煙場に行きます。
喫煙場は最下階の何処かにあるらしい。私とエレベーター前で出くわしたりすると、
「また今からこれ(喫煙する手真似、人差し指と中指を唇に当てる)ですか?」
「笑」
笑ってごまかされるだけ。
「アナタ方が2人で吸いにいかなければ、あと2人(エレベーターに)乗れたんですよ」
イヤミを言っても意に介しない。だいたい1日に何回喫煙しに行くのか。吸わない者から見たらその分だって給料支払われてるんだぜとでも言いたくもなる。
彼らが席を外している間、最高責任者の伊東甲子太郎はイラついているそうです。早く打ち合わせしたいのにまたあの2人は連れ立ってタバコ部屋にいるのかと。
「吸ってきます」と言って吸いに行くのでもないらしいのだ。勤務中に煙草吸う人は「喫煙者なんだから吸って当然」なのです。

私がいる課(シマ)にも愛煙家の女性がいる。
ドン子という。ソリ合わないの部下。聞いてもいないのにソリの誕生日を私に言ってきたお節介オンナです。
そわそわと席を立つので、
「またこれ(喫煙する手真似)か?」
「WCですっ」
「まさかWCで吸ってんじゃねぇだろうな」
「それじゃぁ不良高校生じゃないですかっ」
ドン子はチビなので、
「いいトシしてタバコ吸ってっから背が伸びねぇんだ」
「もうそういう時期はとっくに過ぎてますっ」
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渋川駅ロータリーを出るとこ。前方に純喫茶ルナが見えます。
以上の喫煙者3名に群馬土産を買ってってやろうと立ち寄ったのが、榛東村にある無人自販機コーナー、群馬B級スポット、もぎ氏から知り得た。
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自販機1.jpg
榛東村内には鉄道の駅はないです。上越新幹線が地下トンネルを通過しているだけ。最寄り駅は何処なんだろうか?
県道26号線、高崎安中渋川線を走って八ノ海道交差点付近にあります。そこに自販機が並んでいた。「湯浅屋」の看板が掲げられている。
前に載せた安中の飯島屋他、群馬の旧道沿いには、無人自販機コーナーが突然あったりするんですよ。
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自販機の背に人家、商店があるようなないような。
営ってるように見えないし人気が無い。留守か。
ワゴン軽もナンバー外れて廃車してたし。
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最盛時はお米屋さんか万屋(ヨロズヤ)米、酒、灯油、雑貨とか。コンビニが普及する前はれっきとした商店だったと思う。
三国街道25号バイパスの途中から26号線に入ったのですが、ここへ来るまでにコンビニ2軒しかなかったですよ。セブンイレブン吉岡上野田店、セブンイレブン榛東山子田店だったかな。バカにしてるんじゃないですよ。榛東は村とはいえ人口が増えてるんですから。
ウチの社員住所録で「村」はここだけでした。下仁田は町ですから。
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自販機3手巻き煙草1.jpg
あ、これこれ、手巻き煙草の自販機だ。
手巻き煙草って自分で巻く煙草か。他も知らない銘柄ばかりだ。私、吸わないので。
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自販機8手巻き煙草拡大1.jpg
自販機9手巻き煙草拡大2.jpg
でも小銭を入れたら出てきちゃったんですよ。電源入ってないのか。400円のところを、100円玉1枚、500円玉1枚入れても戻ってきてしまった。
挿入口も返却口も蜘蛛の巣が張ってあったから、長いこと利用されてないんじゃないかな。指先に蜘蛛の糸が絡みついたよ。
なぁんだ。せっかく前述の3人にイヤミで買ってって「巻いて吸いなよ」って言ってやりたかたのに。
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返却口蜘蛛の巣1.jpg
返却口蜘蛛の巣2.jpg
他、幾つかTRYしてみたがダメでしたね。
稼働してない自販機にうっかり小銭入れて戻って来なかった「貯金箱」を思い出したよ。ガンガン叩いたら戻ってきたけど。
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こういう無人自販機で突っ立っていると、県道を走るくるまから見られて不審に思われかねない。下校時の小学生もジロリと一瞥された。
しゃーない。諦めよう。
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稼働してないがお米の自販機も。
自販機11お米.jpg
ドリンクも一部はスカスカ、いつ納品したのだろうか。
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自販機12スカスカだな.jpg

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自販機15振り返る.jpg
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私は煙草吸わないですよ。ただでさえ本社で煙たくみられてるのに(特に男性管理者、中枢に)タバコなんか吸えない。
でも吸いそうな人に見えるらしい。「灰皿要りますか?」とか言われるもの。
「吸わないんですか?」
「何で吸わないんですか?」
「吸ったことありますよね?」
ないっつーの。吸わなきゃいけないのかよ。
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悟留譜観世音菩薩 [コラム雑記帳]

全性寺1.jpg
キッチン104の前を通る県道48号線を秋間方面へ走り、坂を登って秋間川を渡った交差点を右折すると、曹洞宗全性寺(ゼンショウジ)というお寺があります。
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この寺には中世の安中城主・安中忠政の墓があるのですが、それよりもこの寺を有名にしたのが悟留譜観世音菩薩、ゴルフの観音様が鎮座しているからです。
階段を上ってすぐ、左手にあります。
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悟留譜と書いてゴルフと読みます。それっぽい字を当てたのかな。
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観音様は後光にクラブ13本、右手にはパターを持っていました。
添えてある左手の掌にはゴルフボールが。
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由来が書いてあります。
『悟留譜観音菩薩の由来
全性寺三十二世結制上堂修行を記念して悟留譜観音菩薩の石仏を建立いたしました。
これは秋間地区にゴルフ場が三か所もあり、更に数ヶ所出来る予定です。そしてそこに働く人、ゴルフに行く人などいろいろと関係のある住民が多いのです。そこで、檀信徒及び地域住民、関係者の安全と隆昌を祈念して安置することにしたものです。
この悟留譜観音菩薩の石仏は、全性寺独自もので他に類例のないものであります。その観世音菩薩の背後にはゴルフのクラブ十三本とパターを一本持っているのですが、これには意味があるのです。お釈迦様がお悟りをひらいた時の根本原理の一部をクラブとパターに携えたわけです・・・』
・・・13本のクラブ、1本のパター、計14本を持つ意味は、八正道(正見、正思、正語、正業、正命、正精進、正念、正定)の8つと、六波羅蜜(布施、持戒、忍侮、精進、禅定、知恵)の6つ、8プラス6イコール14本、八正道と六波羅蜜に因んで計14本のクラブという事らしいです。
御住職がゴルフが好きで、安全に上達する為に、安中市内のゴルフ場が発展する為に建立したのだろうか。
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絵馬代わりに願掛けをしたためたゴルフのカラーボールが奉納されているぞ。
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どんな願掛けがあるのか見たら、

いつまでもゴルフができますように
ベストスコアが達成できますように
70台を出す
90切り
100切りできますように
みんなの目標が達成できますように
パターが上手になりますように

ささやかな願で微笑ましいですが、願かけた当人たちにしてみたら真剣なのでしょうね。
アマチュアだけでなくプロも願掛けに来るのかな。
家内安全とか商売繁盛とかそういうのは無いですね。観音様も「そういう願掛けなら他へ行け」って言うだろう。
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隣には宝珠ポール型賽銭箱があったぞ。檀家さんがホールインワン記念に奉納したのだろうね。
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私はゴルフはチンプンカンプンなのでジャン妻に観音様の写真を見せた。
ジャン妻は最初見て「何これ?」という表情になった。
「これって後ろにクラブ?」
「そう。ウッドとかアイアンとか。順番があるのよ」
「???」
「絵馬のかわりにカラーボールが奉納されててさ~」
カラーボールに書かれた願掛けを見せて、意味を聞いたら・・・
「ゴルフってホールごとに4打、5打って決まっていて、18ホールでコースで、72が規定でコースを廻るんだけど、72プラス28で100じゃない。だから100を切るのがまずは目標なのよ」
「少ないスコアで廻るっていうスポーツは他にないし、そういう感覚が無いとわからないわよ」
「サラリーマンで72プラス幾つかだったら、ホォ~っ上手ねぇってなるのよ。アタシの前の上司なんか未だに100切ってないしね」
「全くそういうのを知らないアナタに説明しづらいんだよね。興味を持とうとしなかったじゃない。」
こっちは全く知らない世界だから素人質問したのにさ。ゴルフについて素人以下のアナタが下手に書くと笑われるから止めなさいとまで言われたよ。
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「ゴルフは相手があるスポーツじゃないから、自分の精神力、集中力が求められるのよ」
己の精神力、集中力か。禅に通じるものがあるのか。仏門に希依するところもあるのかな。
「アナタがそういう風に理解したならそう書きなさい。アタシまで笑い者にしないで」
アタシまで?
私は笑い者かっつーの。
100切ったことあるの?
「あるわけないじゃん!!アタシは100切ったことが数回あるだけよ」
「幾つ?」
「96じゃなかったかなぁ。あれはたまたまマグレでさ」
「群馬でゴルフしたことある?」
「ないわよ」
「何処でしたのさ?」
「いいじゃない」
言いたくないらしい。
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背後にもゴルフボールが。
石の窪みにちょうどよく挟まっている。
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ゴルフのスコアが良くなるという御利益があるのはここしかないそうです。ただ、ゴルフの神様ではないです。神社じゃないからね。寺だから観世音菩薩なわけですよ。
そうか。ゴルフ観音の寺か。では魁男塾の三面拳最強の男である月光はこの寺でゴルフの修行をしたのだろうか。
(ジャン実家にあったもの。)
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周辺の風景です。長閑なものです。
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私は何も願かけてません。ゴルフしないし。したことないし。これからもやらないだろうし。
「でもグリーンに出たことあるよ」
「・・・」
「カートにまで乗ったんだぜ」
「・・・」
「ランチも食べたんだぞ」
「・・・」
「でも今は閉鎖されてソーラーパネルになっちゃったんだ」
「・・・」
「哀しいぜ」
「・・・」
完全黙殺しやがったな。

https://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-02-12
https://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-02-26-1
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2018-03-24

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解説板の日付を見たら平成二年十月吉日、割と近年です。なので安中市教育委員会が発行した「安中市の文化財」には取り上げられていません。文化財とは意味合いが違うからね。
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2018年ラスト群馬ネタシリーズ [コラム雑記帳]

2018年最後かどうかわかりませんがね。高崎に来ました。日帰りだよ。
私は上役から「〇〇さん(私のこと)自ら動くより、現地の人を動かして育ててください」と常日頃そう言うのです。来るのが難しくなった。
私はその上役は嫌いじゃないし上手くいっているのですが。ある私シンパの中間管理者が「いつもそう言われたのは経費節減なんじゃないですか?」と言ってきた。でもたかが月に1回か2回、北関東や静岡を日帰りする金額、経費なんてたいしたことないのにな。
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この記事、まだ秋バルの季節のものです。
「またバルかよ」と忌々しそうに呟いた男性がタバコをふかしながらロータリーを歩いていた。その男性の口調はバルに対して何やら悪意がこもっていたトーンだったので、おそらくお目当ての店に行ったら普段は来ないその時だけの物珍し気なバル客でごったがえしていて勝手が違ったんだろう。
でもその男性「バルかよ」を見て眉をしかめたのは、喫煙しながら歩いていてタバコを右手に持って手を振りながら闊歩しているんですよ。咥えてないの。
マナー悪っ!!
そりゃ私だって高崎が分煙化に積極的でないのは知ってるし、そもそも歩いている人が少ないんだからそれほど弊害を訴えるケースも無いのは知っているよ。完全分煙、禁煙にしたら小さい飲食店、特に「絶メシ」たちは潰れるだろうしね。
その男性と距離を空けて歩き、高崎市の行政へ向かおうとしたら、
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喫煙所があったのです。3人か4人吸ってた。
これは前は無かった。いつからできたんだろう。
これができたのは高崎駅と新しいマリーナがいずれはデッキで直結するのと、県外からの観光客や外国人が来るのを見越してのことに違いない。
2010東京五輪に向けて都内23区は飲食店の分煙化に踏み切ろうとしているが、成田空港に下り立った外国人がそれを見て「日本も海外に倣ったんだな」と思うだけじゃないのかなぁ。
都内でそう思わせても地方都市の高崎に下りたったら「なんだ昔のままじゃんか」になるのをできるだけ払拭しようと、遅まきながら努力を始めたのだろうか?

高崎市の行政で業務を済ませて駅に戻る途中、写真は撮らなかったが、スズランの前にある城址何とかに、新進気鋭のラーメン屋が出店していたのを確認したよ。
そして駅に戻る。今から両毛線で伊勢崎に向かうのだ。そしたらデッキにイモな女学生がいて、こんなチラシを渡された。
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「よろしくお願いしまぁす」と言って配っている。
上武大学ねぇ。
高崎キャンパスだと新町だね。ガトーフェスタハラダの本社工場がある町か。
ザッソウダマシイではなくアラクサダマシイです。Weed Soul あるいはSpilitか。こんなん貰っても。オスカープロモーションのものまねタレントなんて知らねぇよ。
でもその女学生さんにこう言ったの。
「ジョウブか。1回駅伝で応援したことがあるな」
「ありがとう・・・ございます」
ホントですよ。私は上武大学を応援したことが(その瞬間だけですが)一度だけあります。昨年2017年の正月の箱根駅伝ですよ。
駅伝に限らず私はスポーツは勝敗結果やメダル数しか見ないのですが、あの2017年の箱根駅伝の往路で、第5区だから山登りコースで上武大学4年生の森田清貴君という選手が1時間12分49秒で区間2位、それでチームは往路8位に上がった筈だよ。確か8人抜いたんじゃなかったかな。チーム初の往路1桁に導いたのよ。
ジャン妻は1階の炬燵で往路復路とも箱根駅伝を「瀬古の解説がうっとおしい」と言いながら最初から最後まで見続けています。総合結果よりも襷が受け渡されるか、繰り上げスタートになるかを見ているようだが、あまり興味がない私は2階にいてつまんない正月を過ごしている。ウチから徒歩で行ける距離に3区と4区の中継地点があるので、その頃になると上空にヘリが飛んでくるので、近くに来たのはすぐわかるけど、生で観戦したことは一度もない。
時々1階に下りて昼飯かお茶を催促するのですが、第5区で上武の森田選手がペース落ちないで上がって行くのを見た。
「上武か?」
「うん・・・」
「群馬の大学だぞ」
「・・・」
反応無しかよ。でも翌日の復路でもとの上武に戻っちゃったけどね。初シードに届かなかったのだ。今年2018年も厳しかったし。
森田選手が生粋の群馬人かどうかは知らないけど。でもそこだけで注目されたと思う。
誰かに「駅伝何処を応援してるの?」と聞かれたら「上武」って言いますよ。誰からも聞かれないけどね。社内でスポーツ談義なんてしたことないもん。
でも生まれ変わったら上武に入学してみたいな。上武大学は利根川の畔に伊勢崎キャンパスもある。前にUpしたパーラースフィンクスから西南2.5kmぐらいです。
上武大学.jpg
これは本庄駅ホームの上武大学。本庄は武蔵国だから上州と武州の合併大学?
本庄駅の上武大学.jpg

宇都宮行?1.jpg
宇都宮行?2.jpg
伊勢崎に向かう両毛線は何と宇都宮行だった。
高崎発14:35、小山着16:23、そっから宇都宮線に乗り入れて、終点宇都宮に17:02着。
そして宇都宮発17:14、高崎着19:52で戻ってくる。宇都宮くんだりまではこの1往復だけらしい。増発しても需要がどれだけあるか。全線通しで乗る客がそういるとは思えないけど。
宇都宮行?3.jpg
伊勢崎に着いたのは15:03で、そこから市内の行政に徒歩で向かうのですが。そこに井森美幸さんがいた。
またかよ.jpg
ハイハイ来ましたよ。
歩いてたら高架下にこんな広告があったぞ。
副業.jpg
JRは本来の運行業務を、遅延、故障、点検(人身事故は仕方がないが)取って付けたような理由でおろそかにしているクセに、こういう副業に熱心なのである。
高架にしたのは踏切を少なくするから悪いことではないけどね。

伊勢崎が外人が多い.jpg
これは伊勢崎の窓口脇にあったものです。市内に外国人が多いから。英語や中国語、韓国語だけではなく、スペイン語、ポルトガル語、ベトナム語とかも対応しなくちゃならない。
もっとも相手の方は日本語に堪能だったりして。読み書きが増えてでも会話は通じるとか。
伊勢崎市は群馬県内の市では外国人人口が最も多い。ざっくりですが12000人を超えたそうです。それはお隣の太田市や大泉町に富士重工などの工場群があり、それらの下請け工場が点在するからですが、太田市は10500人、大泉町が7500人、前橋市は6000人、高崎市は5000人で、例年増え続けているという。
私は以前にJR小山駅のホームで何人かわからないが男女の外国人に「イセザキ?イセザキ?」と聞かれて両毛線ホームまで案内したことがあるが、イセザキという響きは就労する外国人にとって夢の国なのだろうか。
いや、そうでもないでしょう。彼らの母国が悪過ぎるのでしょうね。
市の行政は「多文化共生」を謳っているが、現実は住民摩擦や、未就学・不登校児童、生活保護給付の増大等「いろいろあるんです」って伊勢崎市内在住の社員が言ってた。

前橋市に向かいます。17:00までに駆けこまないと。
前橋駅に着いたのが16:51だったと思う。けやき通りを早歩きして、到着したのが17:00前だった。
「ゼェゼェゼェ」
相手は笑てった。息を切らしたのは演技です。駅から通しで走ったりしてませんよ。最後の50mだけです。
でも相手も人間だからこうするとあたりがやわらかくなるのだ。もっとも平成24年からだから相手も顔見知りですけどね。
けやき通り.jpg
さぁ17:00過ぎたぞ。
この居酒屋、気にはなってるけど止めといた。競合店が他にないせいか、ドリンク類が異様に安いのだ。
ここには入らないよ.jpg
メニューを見たら刺身類がマグロ刺身、シメサバ、イカそうめん、これだけ。
さすが群馬ですね。県庁所在地ですぐ駅前の居酒屋でこれですから。でも私も平成24年に高崎で初めて入った居酒屋「こむぎ」で刺身が全然なく、焼き魚もホッケしかなかく、下仁田ネギと肉が多いのに驚いたけど。火が通った料理は美味しくて、これから2年(実際は1年で戻されたが)こういうのを食べて過ごすのかと落胆したのを覚えているよ。
住んだ場所が前橋市内だったら、最初に入った居酒屋はこの店か、もうクローズした「つくし」だっただろうな。

通りの向かいにある「ゆ~ゆ」でひとっ風呂浴びていくか。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-12-11
でも私は背中に彫り物があるしなぁ。
(悪い冗談ですよっ!!ないです!!)

ガリガリガリガリガリ・・・
凄い音がするのは建設中のデカいホテルだった。見あげたらドーミイン前橋だって。
需要があるのかな.jpg
前橋駅周辺にも意外とホテルがあるのだ。東横イン、コンフォート、ベルズイン、アパ、駅から離れて県庁寄りにもテルサ、サンカント・・・。
新たに作るほど足りないのだろうか。
後日、この前橋けやき通りから西へ真~っ直ぐ歩いてお寺を散策したので別項で。前橋駅に下り立った時は急いでたので気が付かなかったが、駅内にこんなものが。
群馬にも地震があった.jpg
この後で行く店のママと群馬の地震や災害談義になったのですが、群馬は地震が少ないです。
ただ、今年はあった。6月17日午後3時27分に発生した群馬県南部を震源とする地震で、渋川市で震度5弱を観測したが、揺れたのは数秒ぐらいだった。
現地に10人ほど女性社員がいます。うち5人は私が「落合簗」の鮎を刺身で食べたのを知って「そんな生臭いものを食べたのですか?」と私をゲテモノ喰いのように白い目で見た連中もいる。「揺れた?」と聞いたら、
「揺れた?」
「気が付かなかったわよね」
殆どがそういう感覚だった。揺れない地震なんてあんのか?
「ドーンと音がしたよね?」
音がした?
それは地震とは別の音ではないのか?
どうも身体で感じる地震の経験があまりないらしいのだ。群馬県内を震源とした震度5弱以上の地震は大正12(1923)年まで遡るというからね。
渋川地震の時、群馬県は災害警戒本部を設置して被害状況を把握したが人的被害はゼロじゃなかったかなぁ。
2軒の民家の屋根瓦が落ちて乗用車の窓ガラスが割れたぐらい。
配水管と水道管が破損したそうだが、それは地震に関係なく単に老朽化していただけだろ。
渋川地震で笑えるのは、
「この地震による津波の心配はありません」
そう言わなきゃならないのはわかるけど、これには笑ってしまったよ。
余震もあったのかどうか。その久々の地震の翌日、18日に起きた大阪北部地震に注目がいった感があるからね。

もう何回か書いたけど、現地の社員に震災グッズを配布したら「そんなん要らないです」って全員に言われたからね。
「東京と一緒にしないでください」とまで言われなかったが「一緒にされても」とは言っとったよ。
「浅間山が噴火したらどーすんだっ」
笑ふ女は「浅間山?それっていつ噴火するんですか?」って笑ってましたから。
今年2018年1月23日に白根山の鏡池の北側で噴火したじゃないですか。
「噴石は飛んできたのか?」
「あれは長野県の方ですっ」
そう口答えしたのは私っが食べた鮎刺身をゲテモノ扱いした女性社員です。
まぁ地震や災害が無いのはいいことではある。「それを本社でアピールしてください」と私に涙目で訴えたのは今年32歳になる酔っ払いオンナが27歳か28歳のときだった。

前橋駅にあるこのパネルですが、これは弘仁地震といって、展示されていたパネルの震度分布図を見たら、埼玉県深谷市当たりが震源らしい。震度6強とある。
群馬は赤城山麓の南から伊勢崎辺りまでが震度4で、それだけならたいしたことないかも知れないが、一帯に発生した山崩れ、地滑り、川の氾濫、液状化、それらが丁寧な発掘の工程で明らかになったというもの。
でも弘仁9年(818年)って平安時代ですよ。知らなくても日常生活に支障ないと思う。

群馬に地震とは意外な気がしたが、最近の日本は災害が多発しているじゃないですか。大阪北部、西日本豪雨、台風21号、北海道地震が4ヶ月間に連続しておきています。だからといって群馬に地震が少ないが為に、「群馬にも地震があったのです」をアピールするのに、何も平安時代にまで遡らなくてもいいのではないか。
いざとなった時の危機管理を促すのはいいが、井森美幸さんが目と口を尖らせて「何で来ないのよ」もいいけど、むしろ逆に「群馬は地震が無いですから是非来てください」とアピールすればいいのではないかと思った。
でも今のご時世では言いたくても言えないんだろうね。

高崎に戻るよ。
前橋駅ホームに光る「まもなく電車がきます」の電光表示。
これが光ってもなかなか来ないのだ.jpg
これ、ずーっと光ってますから。消えてたことない。ずっと光ってるのになかなか電車が来ない。
アナウンスもない。あれ?と思ったらホームにゆっくり滑り込んでくる。その高崎方面上り電車は6両編成だった。6両は長い方で、ホームの先まで停車する光景は珍しいと思う。通学生がたくさん。
前橋駅ホームにしては長大編成.jpg
高崎駅でのアナウンスは、
「信越線横川方面は下りたホームの反対側、すぐの発車となります」
左の電車に乗って八幡へ行くか。それとも当初の予定通りに駅校外へ出るか。
左に乗って八幡へ行くか.jpg
「泊まらないで帰ってくるんでしょうねぇ」
1軒だけ行かせてくれと言ってある。
るせぇな.jpg
だから戻ってきたよって。
で、行った先はですね。
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スフィンクスの瞳 [コラム雑記帳]

もう少し調べてからUpしようと思ってネタをストックしてたら、ケンミンSHOWに取り上げられちゃったのでUpします。

埼玉県の本庄市内から462号線で坂東大橋(利根川)を渡り、群馬県伊勢崎市に入って市街地に向かって北上を続けます。
この日は前にUpした五十子陣散策(2回行っています)の後でしたが、午後遅くになっても暑いです。陽射しの照り返しが凄いの。車外温度計を見たら35℃、36℃、最終的には37℃になったからね。数時間前に昼を喰った本庄ラーメン亭の寡黙な主人が、後から来た客に発したひとこと「35℃だからな」を超えたよ。
その462号線で、前に載せたえびすラーメンを右手に見て、東京福祉大学がある除ヶ町(何て読むのか)を過ぎて、右手に「いせざき市民の森公園」に差し掛かる辺り、左手前方に妙な建造物が目に入った。
(写真は462号線ではなく、それにに入る西の路地、広域農道?から撮影したものです。)
何だあれは?2.jpg
スフィンクス?
目の錯覚か?幻を見てるのか?
暑さでアタマ、思考がマヒしたか。どう見てもあれはスフィンクスだよね。何でここにこういうものがあるのか。
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レンタカーから下りて拡大してみた。遠目から望遠してもインパクトあります。
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ここは砂漠ではない。水田、畑、ビニールハウスが残っている農地です。
何故この場所に?
よし、近づいてみよう。
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近くまで来てみた。
「パーラースフィンクス」「SPHINX ANNEX」
パーラー??
パチンコ屋かこれは。閉店したパチンコ屋だろうか。
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駐車場には停まっていなかった。営業していないようである。
定休日かな。よくある違法駐車もない。
敷地内にはロープも張ってないから駐車できそうだが、何が落ちてるか(釘とかボルトとか)わからないので道路脇に停めて見上げてみた。
スフィンクスの顔の下に薄っすらと「新装開店」とある。色褪せてる。
でもインパクトあります。改めて「ここは何なんだ?」と思ってしまう。
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スフィンクス君は私を見下ろしたりしない。私がくるまできた方向、埼玉方面を見つめている。
瞳も見える。夜はライトアップされ瞳も光るのかも知れない。
何でできてるんだろう。素材は何かな。ブリキかな。アルミかな。あまりいい素材でできていないようです。
世界最大のスフィンクスは全長73.5m、高さ20m、幅6m、石灰岩の丘を鑿(ノミ)とハンマー(石器)でカンカン彫り出したものですが、ホンモノのスフィンクスのように胴体や前足があるのではなく、パーラーの屋根がピラミッドを模擬したように段々になっていて、その上に首だけ載せた感じですね。
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スフィンクスは謎々も問いかけてこない。「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足、これは何だ?」というあれです。間違った旅人は喰われてしまうが、答えを出さずにその場を立ち去ることは可能だった。
入り口に近づいてみた。
「しばらく休業させていただきます。」の貼り紙が。
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脇から見たら、何やら梱包されたものやダンボールの残骸、それらが置きっ放しになっている。これは殆ど閉店状態なのではないかな。
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近寄ってみたら館内は人気が無さそうだが・・・。
館内には「王家の谷の守護者たち」に登場するファラオ、アヌビス、セティ、ホルス、ジェセル、ピネジェム、ネスコンスたちが得物を抱えながら闊歩しているかも知れない。秘宝を護るのではなく、今は稼動していないお金をジャラジャラ生み出す台を護っている?
何故クローズしてしまったのだろう。客が来なくなったのかな。私はパチンコ屋に行かない人なので、パチンコ業界がどういうものなのか、そこで打つ人はどういう台を求めるのか、どういう店が客を呼び寄せるのか全くわからないのだが、次々と新台を入れ替えないと客は来ないものなのかね。

スフィィンクスの隣はメモリアルホールだった。
パーラー、メモリアルホール、工場、そして水田や畑、ビニールハウル、全く違うものが混在したロケーション風景にスフィンクスはある。スフィンクスが顔を向けている方向には住宅はあまり建ってなかった。家々はスフィンクスの背後(北側)に立ち並んでいた。顔が見える側に家々が立ち並んでいたら朝昼夕夜とスフィンクス君の顔を拝むことになるからね。おそらく景観条例とかが全く無いからこういうデザインで建設許可が下りたのだろう。

スフィンクスを見上げてたら心なしかカワイく見えてきた。何処か寂し気でもある。クローズしてしまったパーラーにひとり取り残されたことで瞳が潤んでいるように見える。もうお客は来ないのかも知れないのだ。
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くるまに戻った。
すぐに国道462に戻るのでなく、スフィィンクスの視線に沿って広域農道を一旦南下して、振り返ったところ。
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田を耕している人が2人いた。農作業に勤しむ彼らは日々あのスフィィンクスを見て耕作しているわけである。
他に人は歩いていない。農作業している人を呼びよせて「あれは何ですか?」と問いかけるのも憚られる。
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私はひとりドライブできたが、知らないで県外から数名、ワゴン車で来てこれが目に留まったら車中は大盛り上がりになるに違いない。
運転しながら、何かを思い出そうとしたのだが。途中で閃いた。これだ。
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Gロボは身長30m、重さ500トン。
さっきのスフィンクスが二足で立ち上がったらどれくらいの大きさなのだろうか。
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当初、ここでクローズした記事だったのですが。私の知人でこのスフィンクスを御存じの方がいた。群馬で知り合ったブロガーTさん(女性)です。最近だと今年4月の記事に登場しています。
https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2018-04-19
彼女に聞いてみたのよ。知ってますか?って。
「まさかスフィンクスがネタになるとは・・・。
私も5月に車中から写真を撮りました。
あれは確か30年ぐらい前からあります。当時は結構流行っていて、夜になるとスフィンクスの目からサーチライトの様な光線が出ていました。
幼心にめちゃくちゃ怖かった覚えがありますよ。」(Tさん)
あの界隈で夜に目から怪光線が発射されたらそれこそ怪獣映画、恐怖映画さながらではないか。ウルトラQの世界である。

Tさんからは8月30日にも連絡をいただいた。それには、
「今日これから放送される秘密のケンミンSHOWでスィンクスが取り上げられるそうですよ」
だが私はその日は和歌山の「千里十里」で飲んでいたのです。「見といてください」とお返しして、帰京してから「無料見逃し配信中、番組まるごと配信・富山絶賛!黄金そうめん&群馬モロヘイヤ爆食い事情2018年8月30日(木)放送分/46分 9/13 20:59まで配信」をザッとチェックしてみたのだ。
まず主役はモロヘイヤだった。栄養価が高い野菜の王様であるモロヘイヤは群馬県での収穫高が全国1位なのです。それは原産地エジプトと同じく群馬の夏は暑いのでモロヘイヤの栽培に適していたと。
モロヘイヤの辺りはマジメな展開だったが、次に伊勢崎市内に場面が転じて、私も走った国道462号線の左手にこのスフィンクスが遠望され、Upで映し出されてスタジオは騒然、次に爆笑に包まれた。
井森美幸さんなんか大口あんぐりである。
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この農婦さんが栽培している畑はモロヘイヤ畑だという。
それを見守るかのようなパーラースフィンクスが映し出された。
「何だか(モロヘイヤとスフィンクスを)無理にくっつけた感じよねぇ」(ジャン妻)
この農婦さんが被り物をしているとこを突っ込んで「エジプトの人?」のように言っとったな。
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配信は明後日の夜までです。スフィンクスは30分頃から登場しますが。CMが多少鬱陶しい。
https://www.ytv.co.jp/mydo/kenmin/20180830_00/
要はモロヘイヤとスフィンクスをかけあわせてまるでエジプト?のように揶揄してるんかってなもんです。

だが番組で取り上げられなかったもうひとつの事実がある。前述のTさんから、
「伊勢崎市八斗町にスフィンクスⅡっていう同じ外観の二店舗目があったはずなのだけど、そちらは今も残っているのか。わかりませんが。」
スフィンクスⅡ?
仲間がいたのだ。それがこれです。
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写真はハイブリッドな生活(旧ルノーな生活)管理人、musashiさんの許可を得て借用しました。
https://blog.goo.ne.jp/cbk34260/e/3b924684345ae543de41ac957c4d03e3

Ⅱの方がエジプトっぽいですね。Ⅰはマンガチックだし、顔だけ無理やり乗せた感があるからね。
Tさんは八斗町と仰っていたが、実際に存在したのは八寸町4760番地でした。北関東自動車道を伊勢崎ICで出て上武道路に入り、県道68号線とクロスする「あずま跨道橋交差点」の角っこに存在したが現在はない。解体されて跡地はソーラーパネルになっているようです。伊勢崎・スフィンクス・夜・これらをキーワードに画像で検索してみてください。
いつかはⅠも解体されるのだろうか。
ケンミンSHOWで取り上げられたぐらいで保存運動が起きるとも思えないしな。

このパーラースフィンクスが休業(閉店)した理由を調べんと各方面を見たら、あるサイトで「台が旧い」というのである。新台の導入が追い付かないということか?私は業界用語も含めてパチンコの世界はサッパリわからない。パチンコそのものを知らないし、やったことがないからである。このトシまでやらなかったのだから今後もやらないだろうけど。
本庄と伊勢崎のラインは今後も走ることになるが、スフィンクスはその度に目に入るだろうな。
このまま捨て置かれたらカテゴリー的にいつかは「廃墟探索地図」に載るだろう。
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今は何を想うスフィンクス。
その瞳は何処を、何を見ているんだい?
いつかスフィンクスの瞳にまた光が点る日は来るのだろうか。
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はるなと太田市長 [コラム雑記帳]

あまりこのBlogで政治ネタや政治家さんのネタは取り上げたくないのですが。
8月10日に群馬が誇る防災ヘリ「はるな」が群馬県中之条町の山林に墜落して、搭乗者9人全員が死亡した傷ましい事故を御記憶でしょうか。
草津白根山付近の上空から長野県境の渋峠付近を飛行中(午前10時1分頃)情報確認システムへのデータ通信が途絶えたと同時に墜落したとみられています。
群馬県が公表したデータによると、墜落40秒前の速度が75km、20秒前が31km、墜落直前は146kmと墜落前に急加速していた。
飛行経路も謎で、墜落前の9時59分頃にそれまで北東方向に飛んでいたのが急にUターンして南下、2分後に墜落した。異常を知らせる交信もなかったと。

私は現役時代にはるなの雄姿を見ているのです。
あれは2016年7月だった。富岡市内の公用を終えて上州電鉄の無人駅・上州一ノ宮駅で電車待ちをしてたら、上信電鉄の向こう下にある鏑川の河川敷にある公園からバリバリバリバリ爆音が聞こえ、目の前の樹木から緑色のラインのヘリが飛び上がった。
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https://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-08-26
浮上したヘリは南の山岳方面へ飛んでいき、群馬サファリパークのある辺りを超えて、日航機が墜落した御巣鷹山方面を望むように旋回してこっちに戻ってきた。
過去記事中では「うるせぇな」と言い放ってますが。もうあの雄姿は見ることはできないのだ。
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ジャン妻も「はるな」の墜落は報道で見たって。
「全員亡くなったんだって」
私は過去記事をクルックしてジャン妻に見せた。
「この緑のボディラインがそうだよ」
「ホントだ」
白い機体に尾翼まで伸びるグリーンと赤いラインがそうです。
機種名はベル式412EP型ヘリコプター。登録番号はJA200G。200は群馬県民の人口で、Gは群馬のG、定員は15名。
現在育児休暇中の山女(中級登山者レベル)U子が言うには、
「妙義山や岩櫃山でヘリの音がしたら大抵は遭難者の捜索救助らしいですよ。あ、また誰か遭難したのかって皆、歩行が止まりますから」
「そういう場所(山)へ行くなよ」
「山っていいですよぉ」
この後いつも水掛け論になるのだ。「アブない行くな」「大丈夫ですよぉ」「もうひとりの身体じゃないんだぞ」「子供を親に預けてまた山に行きたいですぅ」

「・・・このヘリの写真は何処で撮ったの?」
またヘンな場所を散策してたんじゃないでしょうねぇと疑うような眼差しだったが、
「富岡〇〇所の最寄駅、上州一ノ宮駅のホームだよ」
「・・・」
「ホントだよっ!!」

で、太田市内に在住する社員がいて、社内では普通に懇意にしているのですが、
「太田市長(清水聖義氏)の暴言は聞いたかよ?」
「え?何ですかそれ?」
「市長さんが防災訓練のスピーチではるな墜落に触れて、自爆だのお粗末だのと言ったあれだよ」
「えっ!!」
「知らないのかい?」
「そ、そんなこと言ったんですか?聞いてません」
この中堅社員(女性です)は太田市の外れ、伊勢崎市寄りに在住しています。息子さんか身内が公務員で市役所に勤務しているというんだな。
「聞いてみます」と言っていた。

では市長さんは何を言ったのか。
上毛新聞社8月26日(日)6:02配信です。
ヘリ事故「お粗末」防災訓練で太田氏の清水市長というもの。
『群馬県太田市の清水聖義市長が25日に市内で開かれた市総合防災訓練の挨拶で県防災ヘリコプター「はるな」の墜落事故に触れ、「防災をやる者が自分で自爆をしてしまった。全くお粗末だと思った」などと述べた。はるなが訓練に参加する予定だったことを紹介する中で発言した。
会場には消防、防災などの関係者760人に加え大勢の市民が集まっており、「違和感がある挨拶だった」「ちょっと言い過ぎではないか」といった声が聞かれた。
清水市長は上毛新聞の取材に対し「はるなの救出訓練をメインイベントとして期待していただけに、事故で来られなくなったことは非常に残念。お粗末、自爆と言ったことはよく覚えていない。全体の話の中で変だと思った人はあまりいないのではないか」と述べた。』
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「防災訓練でそんなこと言ったの?市民の前で?」(ジャン妻)
「防災関係者の前での訓示か。公式なスピーチらしいな」
「アウトじゃない?」
「そこまでいかないらしい」
太田市長の清水聖義氏は1995年の太田市長選挙で初当選し、以後3期連続当選、2005年3月の周辺町との合併で自動失職したが、4月の太田市長選挙で当選し、これまで旧太田市時代も含めると7選、群馬県内の市長でさんたちの中では最多連続就任しているそうです。
その太田市長の発言、原文はこれです。

「早朝から大勢の皆さんにご参加いただいて防災訓練ができることを大変嬉しく思っています。
最近の災害はいつ、どこで、どう起こるか、大変な災害が各地で起こっている。その度に人命が失われ、あるいは地域が本当に破壊されるような事態になっている。この訓練を通して自分たちの命、地域、人と人とのつながりを大事にできる環境づくりのために懸命に努力をしていきたいと思っています。」

「今回の防災訓練には群馬県の防災ヘリ「はるな」が来るわけでありました。その「はるな」が中之条の山の中で墜落をしてしまったと。まあある意味でお粗末な話でありますが。防災をやる者が自分で自爆をしてしまうと。全くお粗末だと私、思いましたが。本当に残念なことでもありました。」
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「まあ、乗っていた方には本当にお気の毒だったと思います。今日はそういったハプニングはありましたが、予定していた機材とあと人間、みんなの力でぜひ、成功させていきたい。そのように思っています。」
う~んどうなんだろ。
最後にはお悔みの言葉も述べていますけどね。
友達に言うような感覚でポロッと言っちゃったんでしょうかね。でも宴会の席じゃないし。脇が甘かったのかな。
この失言に関して市長さんは市を通じて、
「話したつもりはないが、無意識に言葉に出てしまったのかもしれない。事故に遭われた方々に関する発言では絶対にないが、私の言葉が誤解され、不快に思われた方がいたら大変申し訳ない」
話したつもりはないって?
やはりあまり自覚がないみたいだね。こういう正式なイベントって録画されてるんじゃないの?録画されてるなら見てみたらいい。
地位や職位ってそこに長く居続けると慣れて気持ちが緩むのかも知れないね。でも清水市長はかなり前にも「みのもんたの朝ズバ」(2007年3月)で、みのもんたさんから「太田市に温泉はないの?」と質問され「ニセ温泉ならある」とやらかし、私も行った石切り場跡のある藪塚温泉に謝罪するハメになっている。
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(もっとも藪塚温泉は、2004年の温泉偽装問題事件の時に温泉を使用していない一部の旅館に温泉使用表示があったことで取り上げられているけどね。
この偽装事件の最中、私は会津の蕎麦宿にいたのですが、予約電話を受けた大旦那が帳場で「ウチは源泉かけ流しですっ」って吠えてたのが印象に残っている。)

「はるな」の基地は前橋市にある群馬ヘリポートで、そこから太田市の防災イベントに招かれ飛んできて、雄姿を披露する筈だったのが事故で来れなくなってしまい、市長さんはそれを残念がる気持ちがつい言い過ぎてしまったのかな~。
ではありし日の雄姿を県のHPから。
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群馬で何か起きると本社内で私に突っ込んでくる輩が必ずいるんだよね。群馬ってそういう地なの?そういう場所なの?って。
「どうして群馬はいつもいつもよくないニュースで有名になるんかな」
「ホントですよぉ」
前述の女性社員はボヤいた。
某名大学病院の医療死亡事故、群馬サファリパークで従業員がクマに襲われた、夏場の最高温度を他と競う、元プロ野球選手K氏が覚せい剤を入手した県だという噂、太田市内に逃走した外国人容疑者、関越道藤岡JCTのツアーバス事故、碓氷バイパスでのスキーツアーバス転落事故(これは長野県側だが)、高崎市郊外のダチョウ逃走事件、関越道をダチョウが1km走行した、高崎市の立駐を猪が遁走して最後は転落死、そして、私も間近で見たことのある防災ヘリ「はるな」の墜落である。
(みなかみ町長のセクハラ議会解散・・・もあったな。)
「群馬ってそういうよくない話題ばかりで注目されるんですよ~。もっともっといいところでいいニュースで有名になって欲しいです」
その女性です。ボカしまくってますが右に立っているのがそれ。
座っているのは笑ふ女です。その女性と笑ふ女は同世代で仲良しです。
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37度を記録した某日、散策の後でこの現場に駆け込んで涼を取ったのだ。
「今日は暑いな」
「いつも暑いですよ」(笑ふ女)
このヤロ。久々に会ったのに混ぜっ返しやがったな。
「群馬ってこんなに暑かったか。体温より高いんだもん」
「ぶふっ(笑)くるまですよね。くるまの中は冷房効いてるでしょ」
「レンタカーのボンネットに生卵を落としたら目玉焼きが出来そうだぜ」
「ぶふふっ(笑)」
笑ふ場面じゃねー。その笑いクセは相変わらずだな。
この後、笑ふ女は「冷たいお茶飲みます?」とススメてくれたのだが、それが何とまぁ待合にある給茶機から紙コップに入れてくれただけ。
そんなんだったらいらねぇと言わずに飲み干しましたけど。
「あれ?〇〇さん(私のこと)顔が赤いですよ」
「酒焼けじゃねー。日焼けだっ」
「帽子を被った方がいいんじゃないですか?」
「くるまの中で帽子被って運転しろってか」
「ぶふふっ(笑)」

さて、ここ伊勢崎に来る途中のことです。私はヘンな建造物を目撃した。
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!!!
ここはエジプトかい?
酷暑でアタマがおかしくなったんだろうか私?
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ユーアイホテル [コラム雑記帳]

昭和通りの人宿町にあったコンクリート打ちっ放し監獄ホテル・オークが廃業してから、静岡市内ホテル選びに困っています。いい定宿に出逢えていません。
紀尾井へ久々に行って泊まったのが両替町のユーアイホテルという旧いホテル。繁華街の中にあった。
「ツインで7000円だったかな」(ジャン妻)
「そんな安いホテル大丈夫なのか?」
酔っ払って寝るだけとはいえ最低限の快適さは欲しいな。だが実際はツインで8500円で駐車場料金1200円込でした。繁華街だから高いのだ。
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ラブホみたいな看板だね。
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新規のホテルで必ず戸惑うのが「駐車場は何処に入れたらいいですか?」
フロントで聞いてから繁華街の一通をグルグル回るハメになるんだよ。
オークはすぐ隣の駐車場に預けるだけでよかったのに。どこもめんどい。
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あ、ドンキがある。深夜営業のドンキの前にあるのかよ。そんな立地だと深夜まで外がうるさいに決まっているじゃないか。
立駐にくるまを停めてホテルまで数分歩いたら、その辺り何処かで見たような気がした。前に載せたチーズタッカルビと、近日中にUpする肉BARに程近かった。
まさか静岡の連中、この辺りで出くわしたりしないだろうな。
1階にあった弁当屋は静岡で有名らしい。豚肉をタレで焼きつけた「網焼き弁当」が名物だという。
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いっや~、旧いねこのホテル。まず廊下が狭過ぎら。
エレベータ.jpg
狭い廊下.jpg
旧い調度品1.jpg
旧い調度品2.jpg
部屋にインしたら調度品が旧過ぎる。クローゼットの塗装が剥がれてるし。撮らなかったが(狭過ぎて撮れなかった)WCもバスもかなり狭いです。
いつの時代のエアコンだこれ。
空調も旧い.jpg
冷蔵庫は稼動してないし。常温蔵庫なんですよ。
効かない冷蔵庫.jpg
チェーン.jpg
デスク.jpg
ベッド1.jpg
駅チカの繁華街にあるから客引きの声掛けが終夜響いています。騒いでいる若者や酔客の声も。7階でこれだから低層階の客人はもっとうるさく感じるんじゃないかなぁ。
「幾ら安いからってもうちょっといいホテル、場所にしろよ」
「・・・」
だったらアンタが検索しなさいよというカオをされた。
夜1.jpg
夜2.jpg
夜3.jpg
夜4.jpg
でもふと深夜に目覚めたら人通りの声がしないのです。真夜中には静かになります。
翌朝.jpg
帰宅車中でも戻ってからも憤懣が出た。
「何であんなホテルを選んだんだよ」
「ええっと・・・安かったから・・・」
「次回は他にしてくれ」
それの繰り返しである。シティオ、プリヴェ、くれたけ、スマイル、どれも再泊していない。
ドーミインもルートインもないし。
「だったら自分で予約すればいいのよ」
「私はカード持ってない」
理由にならない理由を言って次回に備えて他を検索させたら、
「あ、オーク、開業してるよ」
「なんだって??」
あの監獄ホテル・オークが2018年3月にリニューアル再オープンしていたのです。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-09-06
オ1.jpg
廃業したのは昨年4月らしいから、実に1年振りに再稼働し始めたのか。
「全然検索しなかったからさ。でも、あれ?ちょっと待ってよ。何これ?」
写真を見て驚いたのですが。
「2段ベッドになってる!!」
オ2.jpg
「2段ベッドぉ?民泊か?」
「値段も前より安くなってるし」
全部が2段ベッドではないです。値段はピンキリで普通のツインもあったが、シングルは思い切って下げた感がある。駅から遠いとはいえこの値段だとうるさい外人さんが利用するんじゃないかなぁと懸念した。私は外人さんにそれほど抵抗が無い人なのですが、それでもマナー悪いうるさい外人さんはちょっとね。

オークを検索してからソネブロの管理画面にこういう広告が表示されるのだ。うっとおしい限りである。こういう広告料で儲けてるんだから仕方がないけどさ。
広告が鬱陶しい.jpg
静岡市内の定宿探しはこれからも難航しそうである。
最近の出張は泊まらずに帰ってます。いいホテルにあたらないから。
焼津のどんた久にも久しく行ってないなぁ。
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日本プロレス終焉の吉井町体育館 [コラム雑記帳]

高崎駅構内図.jpg
JR東日本のサイトで高崎駅構内図を見ると、殆どJRの電車に関するものしか明記されていない。
上信電鉄は右上の端におざなり程度にしか描かれていないのです。ヒドいな~。
富岡製糸場の世界遺産登録のお蔭で多少也とも恩恵にも預かっている筈なのに。
この辺りにもまだ旧国鉄時代の「官の目線」を感じる。これが大手私鉄だったら配慮するだろうにさ。
0番線.jpg
上信電鉄はJR旧1番線ホームの南側に出っ張った端式ホーム、0番線から発着します。この0番線ホームは上信電鉄がJRと賃貸契約を結んでいるそうである。
直接の連絡口はない。前はあったらしいが。今はいったんJR改札を出て、西口のロータリー側から下りて、専門改札まで延々歩かなくてはならないのだ。この辺りもいにしえの官の名残を感じるのは私だけかな。
その入口にあるスタンドたかべん0番線ホーム店の醬油ラーメンを久々に。
ラ1.jpg
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チャーシュー、ナルト、シナチク、ハーフのゆで卵も。
青物こそ入ってないが上州だけあってネギが多めでウレシイ。
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スープも透き通った上品なものです。
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たかべんの主役である駅弁の「鶏めし弁当」「だるま弁当」それらの製造過程で余った鶏ガラや野菜屑をベースにしているというが。その工程を見た訳ではないが信用しましょう。
麺は生麺から茹でるので「少々お時間くださ~い」・・・
オバちゃんマレにテンパった声を出すことがある。メニュー数も少なくないからね。ラーメン、味噌ラーメン、うどん、そば、カレー、イナリとかもあるし。
多少の時間を要するが、麺にコシもあります。
ラ3.jpg
高崎で最も安いラーメンはこのスタンドか前に載せたすみれ食堂が競っていた?感があるが、今でも400円程度です。損はないです。騙されたと思って試してみてください。
ジョ1.jpg
私はこの日、甘楽郡某所へ向かう。そこの社員が「辞めたい」と言って来たので事情聴取。どこで事情を聞こうかちと場所の選定に困っています。
約束の刻限までに時間があったので、高崎市吉井町(よしいまち)で途中下車。
吉井、ヨシイと発するよりも、ヨシイィ、のイントネーションに近いらしい。吉飯(ヨシイィ)から来ているってウチの社員が言ってた。
高崎市に合併前の最終人口は、男12538人、女12838人、合計25376人、世帯8891世帯だったが今はどれくらいなのかな。
吉井町は転勤してた頃、ジャンボ餃子、納豆トンカツ、黒いスープのラーメン、無化調の自給ラーメン、「お料理は人数分の注文をお願いします」の絶品中華、武田軍に抵抗した城塞の数々、幕府に強訴した義民伝説が2話(よほどヒドイ代官がいたらしい)、吉井藩祖は松平忠直卿のご落胤伝説、インチキ天守閣の一郷山、武田軍の陣城に行ったらイノシシが現れるので進入禁止だったとかいろいろ見たな~。
それでいて有名な多胡碑だけは今日まで見ていないのですよ。古代史が苦手で。
吉井駅に掲示してあった古代碑のポスター。
吉井駅掲示1.jpg
吉井駅掲示2.jpg
吉井町在住のある地主さん宅におじゃまして座敷に上がったことが2回か3回あります。
地主さんは爺さんと婆さんで、そこでキュウリとトマトを御馳走になったの。果物じゃないですよ。キュウリとトマト。それが緑茶と一緒に出されたの。
酸っぱいトマトだった。「これがホントのトマトだよ。そこらに売ってる甘いトマトじゃないんだ」って豪語してたが、私はそこらで売ってるトマトでいいやって思った。
吉井町といえばキュウリだって。前述の義民がキュウリ畑で断罪された辺りでは、義民を偲んでかキュウリを作らなくなったとか。
吉井町でこれまで見落としていたものがあった。興行ネタです。プロレスリングの話。
自分はアントニオ猪木の新日本プロレスよりも、ジャイアント馬場の全日本プロレスが好きだったのですが。ジャイアント馬場が死去してノアに分裂してから見るの止めた。
この人のファンだったのですが。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-12-21-3
今日Upするのはもっと前のハナシ。
力道山の死後、ジャイアント馬場とアントニオ猪木の興行二枚看板を失った日本プロレスが弱体化し、観客動員数やNET視聴率が減少、他選手の離脱も相次ぎ、NETの昭和48年(1973年)3月末の放送打ち切りにより放映料を失い、最後の社長である長谷川淳三(芳の里)は興行活動を断念する意向だったのだが、長谷川社長の方針に対して、大木金太郎ら選手会が「アイアンクロー・シリーズ」を全6戦の日程で選手会主催興行として強行したが、選手の貯金を切り崩しての消化シリーズになってしまった。
そのシリーズ最終戦がここ吉井町。吉井町体育館です。
現場は上信電鉄吉井駅から南に約250m歩き、市指定文化財である吉井藩陣屋の表門のある辺りに、公民館、郷土資料館、文化会館があった。
吉井藩陣屋門.jpg
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その辺り.jpg
郷土資料館には住んでた頃に立ち入ったことがある。体育館はその隣にあった。
体育館1.jpg
体育館はまだ現役です。中から初老の男性女性の一団が出てきた。何のスポーツをしていたのかはわからないが。
中に入って見たら意外に狭く、その辺りにある小学校の体育館とそう変わらないスペースだった。
昭和42年(1967年)に建設されたこの体育館は築50年を経ています。
昭和48年(1973年)4月20日、ここ吉井町で行われた日本プロレス「アイアンクローシリーズ」最終興行が開催され、観客動員数(主催者発表)は3000人!!
吉井町にそんなに観戦人口がいるのかね。
この体育館にそんなに入るだろうか。底が抜けてしまわないか。末期の興行なのでおそらく水増し発表であろうね。
参加外人と試合結果はその筋の書籍を見れば載っています。
外人エースは鉄の爪、フリッツ・フォン・エリック
副将格に青銅の爪、キラー・カール・クラップ
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試合結果はというと。
第1試合、伊藤正男(逆片エビ固め、11分32秒)ホン・ハク・トー
第2試合、羽田光男(反則勝ち、12分27秒)キム・スン・ホー
第3試合、桜田一男(体固め、9分40秒)キム・チョウ・ラン
第4試合、松岡巌鉄(胃袋掴み、14分3秒)ジェリー・モンティ
第5試合、上田馬之助(両者リングアウト、12分42秒)キラー・カール・クラップ
セミファイナル、高千穂明久(逆エビ固め、7分0秒)ジ・アラスカン
メインエベント、大木金太郎&グレート小鹿(2-1)フリッツ・フォン・エリック&クラッシャー・リバース
(1)エリック(体固め、13分49秒)小鹿
(2)大木(体固め、5分54秒)リバース
(3)小鹿(体固め、6分49秒)リバース
クローコンビ以外は私も知らないな。マイナーな外国人選手ばかりのような。外人選手に支払われるギャラ(ドル紙幣)は調達できたのだろうかね。
日本人選手で、桜田一男はケンドー・ナガサキ、もうすぐ自伝が出版される筈です。
高千穂明久はグレート・カブキ、現在は居酒屋経営。
他、鬼籍に入られた方が何人かいます。
忘れじの.jpg
他にも家の書棚にあった「忘れじの国際プロレス」主要タイトルマッチ記録に、
1970年12月10日、吉井町体育館▽61分3本勝負、T杉山(2-1)L・ヘニング、杉山が6度目の王座防衛とある。
バイキング・L・ヘニング(ラリー・ヘニング)は後年、弟分のハーリー・レイスと組んで世界最強タッグリーグでブルーザー・ブロディ&ジミー・スヌーカと対戦したのを見たことがある。ジ・アックス(斧)が武器だった。
H・ホーガンはアックスボンバーをスタン・ハンセンのウエスタンラリアットから取ったと言われているが、ヘニングのアックスの方が原型かも知れない。
この写真では右となっていますが、実際は左がヘニングです。
バイキング.jpg
会館内でじーっと佇みながら、興行時の歓声を想像したのだが、今のように演出がハデじゃないし、日本人は馬場・猪木ほどの知名度はないし、外国人もクローコンビ以外はマイナークラスだし、静か~に観戦していたのではないかな。
そしたら声がかかった。
「あの、もう閉めますので」
私がボーッと立っているので閉めるに閉められないらしい。
「あ、そう、1枚だけ中の写真撮らせてくれ」
館内.jpg
撮った後で「ここを借用するにはどこへ申し込めばいいのです?そこ(公民館を指す)ですか?」
「いえ、そこの公民館ではなく市の方です」
市ねぇ。ああそうか。吉井町は高崎市に合併されたから管理も移ったんだな。平成21年(2009年)6月に合併された。
後日高崎市に電話したのですよ。私は業務が行政廻りだから役所に平気で問い合わせるのに全く抵抗がない人なのだ。
電話したら係の人が出て、低い声音でめんどくさそうな言い方で、
「吉井体育館の〇〇ですが」
「以前高崎市内に住んでいたものですが。(嘘じゃないよね。)体育館のことで聞きたいことが」
「はぁ。何でしょう」
「体育館の歴史ですよ」
「れ・き・し・ですか?」
不審そうな声音になった。
「あの体育館では現在は興行はやってないんですよね」
「ハイ・・・興行は受けておりません」
「あの体育館が力道山の頃の(事実は違います。力道山が死去してからです。)日本プロレスの最後の興行が行われたそうですね」
「ああ、あの!!ハァイ」
途端に声音が明るくなったものである。
体育館2.jpg
「その頃の写真とか残ってないですかね。記録とか」
「いやぁすみません。そういうものは全く残っておりませんです」
そうか。何も残ってないか。まぁこっちも期待していた訳じゃないがね。
踵を返して、次の上信電鉄で西へ向かいました。
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毛野国の謎 [コラム雑記帳]

2018年最初の群馬ネタですが。
まずはこの店での会話。
店1.jpg
店2.jpg
上大岡で群馬泉の熱燗をオーダーしたら、焼き鳥を焼く手がひと段落したマスターが、
「この間、群馬のお客さんが2人来てさ~」
「群馬の何処です?」
「桐生だって」
「桐生ですか。私はそっちまでは行ったことないですね。いいとこ太田止まりでした」
桐生、東毛です。栃木に近い側。
「桐生のお客さんに『群馬のいいお酒を置いてありますよ』って群馬泉を見せたんだけどあまり喜ばれなかったな~。群馬からわざわざ出てきたんだから他のお酒を飲みたいんだろうね」
「自分は前橋の店で群馬泉をお願いしたら、ラベルがダサいと言われてあまりススメたがらなかったです。で、何を出したんです?」
「なんだったかな。小左衛門か竹鶴だったかな」
次にマスターが言うには、
「何で群馬って上毛っていうのかな?上毛新聞ってあるよね」
「ありますよ」
上毛新聞とマスター.jpg
上毛新聞2.jpg
上毛新聞3.jpg
上毛新聞5.jpg
上毛新聞4.jpg
「読んだのですか?まさか購読しているとか。
「そのお客さんが持ってたんですよ」
マスターは上毛を音読み(ジョウモウ)ではなく訓読みしたらしい。「ジョウモウですよ」と訂正してあげました。
「そうそう。そう読むんだって。群馬の新聞って朝日や読売じゃなくってそれなんだってね」
そのとおりです。上毛新聞(本社・前橋市)は群馬県内で全国紙(朝日、読売、毎日)を上回る発行部数。私の公用圏内の銀行、病院の待合、レストランには必ず置いてあった。
私も全国紙を無視して上毛新聞を手に取りますね。地元のネタにいちばん詳しいからです。
次にマスターに言われたのが、
「そういえば、何で毛の字が付くのかな?」
そうきたか。
私もよく知らないのだが。
「自分は高崎でしたから。あそこは何毛っていうんだろ。桐生なら東毛ですね」
「トウモウっていうんだ。ヒガシケじゃないんだね」
「ヒガシケじゃないですよ」
マスターが言った「何で毛が付くのかな?」は上毛新聞の毛の字もそうだが、西毛、北毛、東毛とあって、県下の地区中分類のように分けて表現されている。中毛という場合もあるかも知れない。
何で毛が付くのか?
毛って何の意味なのか?
これは私にとっては苦手な考古学の世界でもあり、群馬県最大の謎である。諸説あって奥が果てしないので、僅か1年だけ群馬に住んだぐらいではわからないのだ。
ウチの社員、特に若い子はいわれなんか知らない。
「上野(コウヅケ)の国っていうでしょう。あれが最初は上毛野国だったんじゃないかなぁ」
上毛国の意味をマスターにわかるように、上、毛、国、携帯で漢字表示してあげた。これはあながち間違いではなさそうなのだ。
「おそらく毛は・・・中央が支配する際の蔑視かも」
「ベツ・・・ああ、そういう字ね」
「うん」

西毛(セイモウ、サイモウ)は群馬の南西部一帯。
交通網JCTの高崎市、製糸工場の富岡市、藤岡市、安中市、周囲の合併話に屈せず我が道を行く甘楽郡、ネギの下仁田町、山間の南牧村、日航機墜落で知られる上野村、そして神流町。
私は下仁田までしか行ったことがなく、そこから先の南にある南牧村、上野村(日航機が墜落した)、神流町には未訪のままです。
南牧村は台風や発達した前線の大雨で県道が崩れて孤立したり、高齢化率日本一、消滅可能性が高い、いろいろ取り上げられているあの村です。

東毛は群馬県東部一帯、桐生市、太田市、館林市、大泉町、ウチの社はこっち方面からは撤退しました。真夏に館林に行ってみたかったね。
館林の先にある板倉町で「あるもの」を見たのでこの小シリーズでUpします。

中毛は中部一帯、県庁所在の前橋市、伊勢崎市、玉村町、こっちはウチの社では単独だと日帰り圏内でまず宿泊OKは出ない。東京からだと東武特急でスイっと行けるので。

北毛は沼田市、風強い渋川市(最近行ってないあぁ)、人口増えてる榛東村と吉岡町、ここまでは公用圏内だが、今は部下(草の者6号)に譲って自分は出向かなくなったのだ。

吾妻郡(中之条、長野原、嬬恋村、草津)と利根郡(片品村、川場村、昭和村、水上町)は滞在中にプライベートで行ったぐらい。名胡桃、岩櫃、あの辺りまでですね。
あと1~2年いたらあちこち見て廻ったのに。
そういえば私、草津、白根は行ってないんですよ。例の白根噴火の時に、何人かの女性社員に「おまえらの家に噴石が落ちて来ないのか」とメールしたら全員から「降りませんっ!!」怒ったような返信が返ってきた。

毛の国の位置関係はこんな感じ。
http://jomokrtphoto.blog.fc2.com/blog-entry-340.html
出典、群馬の観光や名物と上毛かるた
これぞ毛の国である.jpg
南毛というのは無さそう。高崎は位置で見ると西毛というより中毛だと思うが、あの市は前橋市に県庁を持って行かれた遺恨を未だに引きずっているのか、はたまたライバル意識か、榛名、権田、倉渕の辺りまで合併併呑しちゃったからどちらかというと前橋に寄らず、西寄りになったということだろうか。

だけど毛が付くのは何故だ?

上大岡のマスターに答えた上毛野国(コウヅケノクニ)下毛野国(シモツケノクニ)これは間違いではないらしい。もとはひとつの毛の国だったのが分れたというのである。
分れたのは男体山の神と赤城山の神が、何かに化けて尾瀬の戦場ヶ原で戦ったという神話の世界だが、そういう部族抗争があったのかも知れない。

上野毛国からいつから毛の字が無くなって略されたのだろうか。
私は現物を見たことはないが、飛鳥時代の藤原宮から出土した木簡(紙が無かった頃?)に「上毛野国車評桃井里」の記載があり、大和朝廷の支配下に入った東国を指して、毛の人の国、毛人の住む国、のように呼んだのだろう。
毛が多い人ではないからね。
もとは毛の国で、それが上毛野国(カミツケノクニ、群馬県)と、下毛野国(シモツケノクニ、栃木県)に分かれたのだが、分れる前はともに毛の国、毛人の国、これに時の朝廷が目を付け支配せんと誰かを遣わして、自分たちが支配する側だから分けて表現したのではないか。
西国から乗り込んで来た誰かが東国の民と接触して、上から目線でそう名付けたのだろう。
朝廷軍4.jpg
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古代の戦闘写真はイメージです。作家・高橋克彦さんの世界では、奈良でも京都でもそこの朝廷側から誰かがやってきて、武力を持って東国から陸奥を支配、服属させんとし、それに抵抗する勢力の構図を描くと決まっている。
同じ日本人なのに朝廷側から見たら東国は異国に、そこにいる人々は異人に見えた。それが蝦夷(エミシ)で、毛人・・・これもエミシと読むそうですが。
中央の支配が及ぶということは武力で攻め込み、屈服させ、税を徴収し、貢物を差し出させることである。
朝廷軍1.jpg
支配する側から見たら異端な人種に見えたのかも知れない。支配する側と支配される側の関係は古来から厳しいものである。
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まだ完結しない。毛が付く理由はわかったが、毛は何の意味なのか。
「何で毛が付くのか?」ではなく「毛は何なのだ?」です。私もわからないのだが、毛=草木、穀物のことではないだろうか。
蝦夷を毛人ともいう。その入口だから毛の国?
他にも諸説ある。大和朝廷から差し向けられて統治に当った人が紀の国(紀伊国)出身で、紀の国が毛の国に化けたとも。
私の推理だけでは弱い。裏付けをとるべく史料を漁った。
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群馬県史第一巻、第五章「古墳時代の群馬」そこまで遡及しなきゃならない。第六節、上毛野国の成立、あけゆく毛野、674頁にはこうある。
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関東塀やの北部に位置する群馬県と栃木県の一部は、もと『毛野国』といったが、仁徳天皇の時、上・下に分れて、上毛野国と下毛野国になったと伝えられている。
国名のもととなった「毛野」は、毛が穀物を意味することから、「穀物の豊かに稔るところ」によるとする考えがあるが、果たして当時、「毛」に対して、そうした理解があったかどうか、明らかでなく疑わしい。
おそらく、毛人の住む土地ということから発したものであろう。
日本書記では「毛人」と書いて「えみし」と訓んでいる。えみしとは蝦夷のことである。したがって、毛野は蝦夷地とも考えられた。
宋書倭国伝にみえる倭王武(雄略天皇)の上表文には、「東は毛人五十五国を征する」と記している。(途中略)そのころ東方の国々を毛人の国といっていたのであろう。上・下の両毛野の地のみ毛野と呼んだのは、おそらくこの地が、毛人の住む地の中心的地域であったことによるものと思われる。
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あまり自信の無さそうな記述ではあった。
現在、分れた毛の国を両毛線が結んでいる。その名称は上毛野と下毛野の両方に跨がる地域という意味です。昔はひとつの国だったのだ。
現在の群馬県民は毛の国の謂れを誇りに思っている。栃木県もそうだろう。下毛新聞はないが、宇都宮に本社を置く下野新聞があるし。
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もうひとつ最大の謎がある。
でもこれは現地で聞けばいいかも。群馬の運動会って3チームに分かれて競いあい、そのチームは上州三山(赤城、榛名、妙義)の名前がつくのですか?
これは項を改めましょう。
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赤沢の廃ループ橋 [コラム雑記帳]

ウイキから抜粋。
『伊豆高原は静岡県伊東市八幡野地区を中心として、伊豆急行(現・伊豆急コミュニティー)が開発した別荘地。
都心からのアクセスが比較的容易で、海・山の自然が近く、それらを売りにする形で土地が分譲された。
その後は観光施設や宿泊施設が増え、地域の発展と共に伊豆高原の言葉が定着して使用範囲が広がり、観光地域の名称として使われるようになった。。。』
とある。
何処までが伊豆高原なのかよくわからないが、伊豆高原という名は地域一帯の総称であり、住所表示でいうところの地名ではない。

さらの階段の壁に、伊豆高原の観光パンフがドサドサ置いてある。
じーっと見てたらMさんが出てきて、
「何処か行かれます?」
「行かない。真っ直ぐ帰る」
「観光とかなさらないんですね」
「しないですね。直行直帰ですよ」
いつもそうです。さらに泊まる為だけに来ます。
Mさんに言われたのでパンフを1枚手に取って部屋で見たのですが。。。
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何だこれは??
惹かれるものが全くないね。
アートな分野なのは理解できますが、ろう人形や創作人形なんか不気味だから絶対にゴメンだし、陶磁、ガラス細工、ステンドグラス、様々な工房、オルゴール、アヤし気な美術館、ヘンな博物館、猫とかアンモナイトとか、妖しい少年少女?どれも全くソソらない。
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こういう世界に惹かれる人を否定しないが私は価値観が違うので否定しようがない。私みたいなのとは全く違う世界に生きる人なんだろうね。
私は地質学にも疎いので、伊豆半島が形成された過程をUpしているジオパークにもソソらない。
伊豆高原を観光地という概念から外して、渋滞等を避けたら温暖でいい土地なんだろうけど、私が興味を持つ中世のものが無いから住んでもツマンないかも知れない。
なのでさらに行く時は観光はしません。見たいもの、触れたいものが殆ど無いから。

あ、ひとつあった。
見てみたいものがひとつだけあるのです。
それは山中に放棄された建造物。

Mさんにインタビューした余談。
-宿に関係ない質問ですが、前にMさんがいた赤沢別荘地に入る山中に、崩落した赤い巨大ループ橋があるのを御存じですか?
あれの建設~崩落の経緯ってご存知ないでしょうか。何故放置してあるのだろう。
見に行ったことってあります?今行ったら危険ですかね。
Mさんはご存じだった。
「あれは昔いた赤沢地区につながる橋です。赤沢地区にお金があった頃に開発したらしいのですが、途中で頓挫しました。
135号と旧道をつなげる道だったようです。135号が台風などでよく下田方面の道が崩落するので作ろうと思ったのに残念です。
崩落したのですか?今度聞いてみます。」

赤沢(というより八幡野)の廃ループ橋は廃墟マニアの中では有名なので、各方面のサイトに掲載されたそれ以上の情報はありません。今回の記事、説明はその方面からの転載が含まれますのでご了承ください。
ただ、それだけだと記事のオリジナリティーが無いので、伊東市役所土木課?に聞いてみたら意外な答えが返って来たので後述します。
きっかけは、私自身の呟きⅡで取り上げた群馬県高崎市岩鼻にある「旧陸軍岩鼻火薬製造所跡」です。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-01-30
この記事が何故か「廃墟探索地図」という日本全国の廃墟サイトの目次に組み込まれていたのを偶然見つけた。
私のカテゴリに廃線ぐらいはあるが廃墟という分野はありません。廃されてそのまま放置してあるホテル、旅館、病院、学校、テーマパーク、トンネル、鉱山、廃道、トンネル、そして廃橋とか。そういうのは危険が伴うからね。
でも「廃墟探索地図」を見てると確かにオモシロい。夢破れて放棄された人工構造物が何かを訴えたがってるようにも見える。
「旧陸軍岩鼻火薬製造所跡」はたまたま私が群馬に住んでたから見に行っただけです。私自身はそういう世界との自動リンクをあまり気にしない方なのですが、赤沢廃ループ橋はそのサイトの静岡県廃墟地図の中で知り得た。

ループ橋(トンネルもそうだが)は高低差の大きい区間に建設する場合に採用される螺旋状(渦巻き状)に敷設した線形のこと。
伊豆だったら河津のループ橋とか走った方が少なからずおられるでしょう。トンネルなら清水トンネルとか。横浜だと湾岸線の横浜ベイブリッジから大黒PAにつながるあれです。
ループ橋は遠心力がかかって外側に引っ張られるしあまり好きじゃない。で、さらの木からほど近い山中に人知れず放置してある巨大ループ橋は1973年頃に八幡野の山間部開発事業で建設されたそうです。それはさらの木がある八幡野の海側ではなく、伊豆急を挟んで向こう山側の赤沢地区(Mさんが前にいた宿)に隣接する別荘地を開発する目的で、高低差のある山間部への連絡橋を着工したものだという。
この工事には既に住居があった赤沢地区からの着工が地域住民の反対に遭った為、八幡野に点在していた調整区域から、高低差を一気に克服するループ橋を建設せざるを得なかったというもの。
1976年頃には完成したらしい。だが1977年か78年に開発業者が倒産し、麓の開発予定区とループ橋はそのまま捨て置かれた。ループ橋を目を回しながら登った先の開発予定地も頓挫した。
放置されたままいつか橋の先端部が折れたか崩れたか、倒壊しているらしいのだ。
現在ループ橋の辺りは旧道に金属製のフェンスが禍々しく張られ簡単に立ち入りできないようになっているという事前情報であった。

さらの木から国道135号線に出て下田方面へ走らせ、左へカーヴして視界が開けたら(伊豆急行をオーバークロスする直前)すぐ斜め右の細い道に入ります。GoogleMAPには表示されます。
地図1.jpg
富士の裾野の曽我兄弟仇討の発端でもある河津三郎の血塚を過ぎると、前方に金属製のフェンスが見えてくるので、その辺りで頭上を見上げてください。
ル2.jpg
私は旧道から見上げただけで中に踏み込んではいません。晩秋に差し掛かっていたので草木が枯れ、見通しも良くなり、こういう散策には最も適した季節だが、傍らにいたジャン妻の猛反対にあって入れなかった。今でも反対している。絶対に入るなって。
金属製のフェンスが途切れた箇所がある。フェンスは道沿いの目立つ場所に並んで立てられているだけで、目立たない場所は隙間がある。
そこから覗いたら。。。
覗いてみたら.jpg
「あれ、落ちてるの?」
「のようだな」
橋の先端がズドーンと落ちているようだ。
そこで足がムズムズしかけたのだが、
「止めてっ!!」
落ちてるやんけ.jpg

ル4.jpg
ル3.jpg
このループ橋の先端がいつ落ちたのかはわからないです。1993年に行政が確認したとだけ。なのでさらの木の宿泊客にもキャンセルが出た平成18年(2006年)の伊豆半島東方沖地震の頃には既に崩落していたことになります。地震に関係なく自然に落っこちたのだろうか。

その筋(廃墟探検マニアの上級者)には、このループ橋を実際に歩いて、転落したら100%命を落とすであろう先端まで歩いた人もいる。そのサイトを見たら、旧道から見上げてまだ現役のような赤いループ橋もねじれて斜めって歪んでいたのがわかった。路面だけはキレイに残っていた。橋梁を繋ぐジョイントから外れてガーンと落ちていましたね。
登った人がいるということはフェンスの途切れた箇所から入れるということだが。現在もジャン妻は「入るの絶対に許さない」と言っている。
こういうものは所有者、地権者、管財人他が複雑怪奇に絡んでいるので行政は勝手に撤去できないと相場が決まっている。なので伊豆山中に眠る最大の不良物件だというが。
地図2.jpg
現在ある赤沢別荘地は、この巨大ループ橋の先にある名鉄不動産赤沢管理事務所の方から入れるが、ループ橋の先の道や、頓挫した別荘開発予定地は自然に還っていると推測されます。タイトルには「赤沢の廃ループ橋」としましたが、現在の赤沢別荘地まで届いていないから「八幡野の廃ループ橋」ともいえます。
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Mさんはこの橋を通ったことがあるのだろうか。さらの前にいた赤沢へはこの橋を利用して行き来していたのだろうか。
仕入で急いでいる際、タイヤを軋ませながらワイルドスピードしていたりして。聞いてみました。

-廃ループ橋見に行ったんですよ。金属製のフェンスが張られていました。中には入っていませんよ。下から見上げただけですが、Mさんてあの廃ループ橋を通ったことあります?
「ないです。あれは通れないと思います」
-あの橋を通って赤沢を行き来していたとか?
「それもないですー」
失礼ながら、Mさんのご年齢から逆算した年代と、橋の建設&崩落推定年を比較したら、Mさんがあの橋を渡ることは時系列的に有りえないんだけどね。
-では前にいた赤沢の宿にはどのルートで行き来されてたんです?
「国道135の旧道です。さらからだと下田方面に下って赤沢観音を右折するとそこが旧道です」
私がループ橋を見に国道から逸れた細い道がそうらしい。では何処から上がったのか。
-私が調べたところ、赤沢地区はループ橋の先にある○鉄不動産赤沢管理事務所の入り口しかないようですね。そこから山に上がってたのかな?
「仰るとおりです。どうやって調べたのですか?すごいですね。」
-そこまで走らないとUターンできるスペースがなかったんですよ。赤沢は地図で見るとそこだけで閉じている世界のようだし。別荘関係者しか立ち入り出来ないってことないですか?
「そこは別荘関係者のみ入れますが、実際は会社の寮やペンションも数件あるので関係者以外も入ってます。」
-知人であの橋を通った方っていますかね?
「赤沢の長老に聞いてみますね」

(この後、Mさんがさらの前にいた赤沢の宿にも触れたのだが今回はあまり取り上げないでおきます。基本はさらと同じ路線だったようです。源泉も同じで、現在のさらより少し大きめの丸い浴槽があり、8室をおひとりで営っていたそうです。山なので凍結するし、雪も降ったとか。)

赤沢の廃ループ橋についてMさん以外にも裏を取らなくてはならない。
八幡野や赤沢は伊東市なので、ブシツケなことに伊東市役所に電話してみた。
話の切りだし方は「神奈川在住で赤沢別荘地に興味のある者ですが、あの辺りに行く道路についてお伺いしたいのですが、わかる方をお願いできませんでしょうか?」と丁重に丁寧口調で言いましたよ。
ループ橋イコール赤沢に興味があると言っても100%ウソじゃないよね。
受付交換の女性は戸惑い気味ながら「では土木関係におつなぎ致します・・・。・・・つながりました。どうぞ」
道路担当者に代わった。
「赤沢別荘地に所用があるのですが、あそこへはどうやって行けばいいのですかね」
「国道135号線の旧道を入って、そのまましばらく行くと管理事務所があります」
「あの細い道ですね。で、別荘地は〇鉄不動産の管理事務所のある辺りからしか入れないんでしょうか」
「そうですね。管理事務所のある入口のみです。そこに何かの御用がおありですか?」と来たモンだから、「中に知人がいるので、ものを届けたいだけなのです」と答えた。これ100%ウソ、大嘘です。話を引き出す為にデッチ上げただけです。そこで本題に転じた。
「あの旧道を走る途中に、デカくて赤いループ橋のようなものがありましたが、あそこから上がれないのですか?」
「ええっと・・・ループ橋?」
そこで戸惑ったような声音になった。
「途中にありますよね」
「ああ、あれはですね。入れません。あそこからは入れません。つながってないんで」
「つながってない?」
「そうです。つながってません」
「落ちてるようにも見えましたが危なくないですか?」
「というか・・・あれはまだつながっていないんですよ」
「つながっていない?」
「そうです。道路としてつながっていないのであそこからは入れません。途中なんで・・・」
「途中・・・」
「ハイ」
「わかりました。ではそのまま真っ直ぐ行って管理事務所から入って、出る時もそこから出るしかないのですね」
そう言い直して質問を締めた。途中でウソ言ってゴメンなさい。お忙しいところをありがとうございました。

でもそうきたか。つながってない?途中?
上手い答えだな。建設途中であるという位置づけになっているということか。もしかしてまだ開発免許が失効していないのか。
でもお役所としたらそういう風にしか答えようがないんだな。ループ橋が上がった先の別荘開発予定地が頓挫したのだから道として「つながっていない」のもある意味では正しい。
道の先は自然のままなのだから。開通していないのである。
途中とは建設途中なのではなく、途中で放棄したとも受け取れるが。まぁ聞いて欲しくないことを聞かれたのがホンネでしょう。
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TBS噂の東京マガジン噂の現場で観たのだが、崖が崩れて隣接している家屋が生命財産の危機に晒されていてもその崖の所有者の承諾を得ないと補修できないそうである。でも所有者の行方がわからないとかそういうのを見たことがる。
誰も住んでいないのに長年放置されている廃屋なんかもそう。地権者の承諾を得てからでないと撤去できない。このループ橋もそれと同じような位置づけなんだろう。
ループ橋を建設、放棄した業者は倒産したらしいが、その後にこの橋を何処が管理しているのか、そもそも管理しているかどうかもわからない。でも公的には手を付けられない、だから「つながっていない」「途中である」としか言いようが無いのでしょう。

このループ橋に足を踏み入れた方たちのサイトを見たら、ループという形状のせいか円の内側にねじれているように見えた。内側に引っ張られていた。旧道側に落ちて来る可能性も無くはないが、今後また崩落が進むとしたら旧道から見て向こう側、山側に橋の自重がかかりそうである。
現在の廃ループ橋は開発の夢頓挫した恨みを秘めたまま、そこに侵入できないように簡易フェンスが張られ、赤沢山中に置き捨てられたままになっている。
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群馬禁断症状 [コラム雑記帳]

群馬に行けなかった8月。。。
9月になったら行けるかな。還れるかな。
行ける日が来たが。日帰りなんですよ~。
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東京駅。何だか混んでるな。9月過ぎの平日なのに家族連れが多い。
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両毛線に乗り換えて前橋へ。
乗った車輌はドアを手動でこじ開ける107系だった。
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私はグリーンとオレンジの湘南ボディを見慣れて育ったので、107系のデザインにイマイチ馴染めなかった。
この107系車両、いつでも手動で開け閉めするのに難儀したものです。最初の一押し(引き)がなかなか重いのですよ。
ホームに着いて下車する際、私は女の子やお年寄りにやらせるよりはと自ら先に手を出しますが、ちょっとだけ開いたら蝶野正洋のヤクザキックのように靴裏で蹴飛ばして開けてました。
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この車両のロングシートに座ると、ケツがめり込むような座り心地。あまり気持ちがよくない。
それも1人1席でなく、荷物置いたりしている。2席占拠するグンマ人の乗車マナーは何とかならんものか。

前橋駅に着いて、下りる際に気付いたのだが。この107系は北関東を走り続けて29年経ち、この9月で定期運行を終了するという触れがあった。
「ありがとう107系」の中吊りがある。定期運行は9月に終了し、10月初旬に団体専用列車として運行されて任務満了です。
そうか引退するのか。
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メッセージ2.jpg
誰かがこの車両をサンドイッチ電車、サンドイッチ車両と呼んだそうな。
クリーム色のボディにグリーンのライン2本、ピンクのラインが1本。
クリーム色がパン、ピンクがハム、グリーンはレタスだって。
眉に唾がいっぱいつくようなそんな話は初めて聞いたぞ。群馬転勤中にそんな話聞いたことない。
ウチの社員はALLくるま通勤だから107系なんて興味ない連中ばかりである。鉄オタもいない。
107系の何輌かは上信電鉄に有償譲渡されるそうです。2輌編成で運行できるので、揺れまくる線形カーヴだらけの上信電鉄のお目に適ったらしい。
無償譲渡じゃないですよ。有償です。しっかり金を取るのがJRの体質です。
上信に譲渡されたらサンドイッチ塗装は変更されるでしょう。マンガチックになるに違いない。
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けやき1.jpg
けやき2.jpg
前橋駅前から伸びるけやき通り。
高崎駅発11:37で前橋駅に着いたのが11:51。お昼の12時まで10分を切ったので今から行く目的地へ電話した。ランチ休憩に出る直前に相手(担当者)を捕まえようと目論んだのです。
歩きながら携帯で、
「前橋駅に今着いたのですが、これからけやき通りを走ってそちらに駆け込みます。12時ちょっと過ぎてしまいますがよろしいでしょうか?」
「係の者がおりますから大丈夫ですよ」
「じゃぁ走らなくても・・・」
「ハイ走らなくても大丈夫ですよ」
係員は外へランチに出ないのかなと思って気が付いたのは、けやき通りは外食砂漠、外食不毛地帯なんですよ。
1軒だけあった喫茶店も潰れたし。今あるのは温泉施設内にあるこれだけです。
いつかここでランチ?.jpg
走るまでもなかったが、やや早歩きに歩いて横断し、歩速を更に上げ、エレベーターを上がって目的地へ。
「あ、あの、さっき電話した・・・ゼェゼェゼェ」
最後のゼェゼェは演技です。相手も血の通った人間なので対応がやわらかくなるのですよ。群馬に住んだ頃からの顔見知りの女性係員が笑ってこっちを見てた。
難なく終わったが、この駆け込み演技はそう毎回は使えない。頻繁に演技してたら「いつも走ってますね」と気付かれるだろう。
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本町交差点です。
この先にある居酒屋「つくし」まだお元気だろうか。
http://funayama-shika.blog.so-net.ne.jp/2012-09-08-1

ぐんまちゃん.jpg
けやき3.jpg

下馬将軍1.jpg
下馬将軍なんてお菓子がある。
前橋(厩橋)藩第4代藩主、酒井忠清(雅楽頭系)のことです。
気賀の住民を虐殺したように描かれた人(右後方、左衛門尉家)とは大本は同じだが別系統です。
下馬将軍の祖.jpg
下馬将軍2.jpg

海は広いな.jpg
前橋駅前にあるレリーフは前橋市出身の作曲家、井上武士さんを讃えるもの。
童謡でもあり文部省唱歌でもある、海は広いな大きいな~ですよ。作詞の林柳波さんも沼田市出身です。
井上武士さんは他にも、こいのぼり、お月さま、汽車ぽっぽ、ぞうさん、チューリップ。。。

またこんな幟があるのか。
またこれかい.jpg
前橋駅2.jpg
もう夏は過ぎているのに。

玄関口1.jpg
上州玄関口へ戻ります。ここからバスで支店へ。
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そこには陰の部下、草の者6号が待っていた。
さほど難しい内容の打ち合わせでもないのに、ひとつひとつ説明する毎に6号の声が「ヒェ~」のように裏返った。
「無理そうなら・・・私と分担してやるか」
「いえ・・・」
「どうした?」
しばしの沈黙の後、
「やりますっ!!」
後でジャン妻は「あの子(6号)もそうだけど、草の者たちはアナタに仕事ができないって思われるのがイヤなのでは?」と言っていた。
6号との打ち合わせは支店の奥にある事務室と控室(休憩室)を兼ねた小部屋で行ったのですが、私は最初はドアを開けっ放しにしていたんです。
そしたら別の社員が大事な打ち合わせだから開けっ放しじゃマズかろうと、ヘンに気を遣ってドアを閉めたんですよ。
私はドアを開けて、まだ廊下にいた社員たちに、
「開けといていい。俺は独身女性と打ち合わせする時はドアを開けっ放しにしてるんだよ」
そしたら爆笑された。
何故笑うんだ?
「大丈夫ですよ~」
何が大丈夫ってか。
俺が安全パイか。何だと思ってやがるんだ。
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別の現場へ向かう6号に高崎駅まで送って貰った。
15時台なので泊まるには早過ぎた。この時は日帰りで帰京した。
その数日後、たいしたボリュームではないのだが、群馬行のネタをGETしたのです。
1泊するほどの仕事量でなくても、18時に都内でUpして、高崎に前泊して翌日廻る、でも出張扱いにならないから私費で泊まりゃぁいいんだと思い直した。(続く)
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オークが廃業 シティオに初宿泊 [コラム雑記帳]

この夏、ジャン妻はプチ旅行や遠出ができなくてストレスが溜まっていた。
原因は私の町内会自治会参加が大きい。(天気がよくないのも。)
8月は何処も渋滞するので遠出を控えていたのもありますが。
よく言う台詞が、
「紀尾井に行けない」
彼女にとって紀尾井は意外と大きい存在を占めているようです。私?私もそうだけど、私は出張や外出が多いので、紀尾井に行けないからイライラということはない。
「アナタは外出が多いし出張に行って気晴らしできるだろうけど、アタシはいつも事務所にいなきゃならないのよ」
私だって8月は群馬に行けなかったぞ。静岡には行ったけど。
「ひとりでどんた久とか行ってるし」
「アナタの運転するくるまで、アナタの助手席にいて、同じ方向(前方)を向いて、いろいろ話したいのよ」と言うのです。
納涼祭とお盆が過ぎてようやく時間が空いたのだが。異変が起きた。いつもの定宿、ビジネスホテルオーク静岡と連絡が取れなくなった。予約が取れないのである。
「楽天と喧嘩でもしたのかな。もしくは改装か」
「改装?どう改装?」
窓を開けるとか。あの打ちっぱなしのコンクリート、窓がロクすっぽない牢獄客室がよかったのだが。
だが行ってみたら、ホテルオークを経営する(有)オーク新川が自己破産しちゃったようです。
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オーク2.jpg
これは紀尾井で飲み食いした翌朝8時前のものですが、行ったら閉まってた。
「カーテン閉まってるよ。廃業したんだね」
あまり倒産という言葉を使いたくないので、廃業としておきます。
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貼り紙があった。
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ネットで調べてみたら。
(有)オーク新川(ビジネスホテルオーク静岡)は平成7年2月に設立。
営業不振に陥った理由は、チェーンホテル各社の進出から価格競争に陥り、採算性の悪化と売上の不振・・・というお決まりの内容。
4月4日に事業停止。事後処理を弁護士に一任して自己破産申請中だそうです。客数減と稼働率の低下です。
確かに立地はよくない。JR静岡駅北口繁華街からかなり離れているし。
設備としても、最上階に浴場があるとはいえ(一度も使わなかった)、必要最低限の設備しかなかったし。
負債額は約2億円だそうです。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2017-01-26-1

困ったもんだな~。
好きだったのに~。
何か特別なものがあるわけじゃないけど何となく寛げたんだよね。あの窓が殆どない外から隔離された客室が大好きだった。俗世から隔離されて蟄居閉門気分になれたのに。
では宿を何処にするか。前の定宿だったホテルドルフに戻るか?あそこは狭くて気が利かないけど、朝のバイキングの手作り惣菜感がスバラシイし。
「ヤダ。他を探す」
「前に間違って泊まったあの不気味なホテルは止めろよ」
10年前、旧いマンションを改装し損ねたのかあまり趣味がいいとはいえないラブホ内装のホテルに泊まったことがある。確かロ〇ヤ〇メイフラワー・・・だったかな。今は大分改装したらしいが、今でもあるらしいイタリア大理石のバスルームに旧タイプの便器が併設していて、部屋が無駄に広いの。
「ああ、あそこにはしないよ」
「南口のプリェ?あれはプチホテルだろ」
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2016-09-23
「あそこからだとちょっと遠いし」
「ルートインやドーミインは無いのか?」
「無いんだよね。ここにしようかな」
探して引っ掛かったのが、静岡市の繁華街のド中心にあるホテル・シティオ。
マツモトキヨシの上にあるんですよ。このアンバランスなモダンチックが異様です。
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夜はこんな感じ。夜になるとマツキヨの看板に負けてますね。
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静鉄の起点、新静岡駅近くらしい。そこまで行くのがタイヘンでした。そこらじゅう一通だらけなのは城下町だから仕方がないが、静岡駅に最も近い繁華街の中心にあるので、くるまや歩行者が混雑するエリアなのです。青になった信号はすぐ赤になっちゃう。
一通だから「あ、あのホテルだ」と気付いた時にはもうその場を過ぎてしまい、またグルッと廻って来なきゃならなかった。助手席のジャン妻がフロントに電話した。今は何処の場所にいて、そこからホテルへはどう行けばいいのか、ホテルと提携駐車場へはどこなのか。
フロント嬢が外までマップを持ってきてくれた。駐車場が遠い。隣にある駐車場とは提携しておらず、やや離れた3階建てのオンボロ駐車場(伝馬町)まで行くんです。フロントは2階にあるので、ホテル前にくるま停めて聞きに行って、警察官が来たらアウト。事前に知って置いた方がいい。
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フロントは2階です。
併設したイベントホールが騒々しいな。
「何の騒ぎだよ?」
私は初めて泊まるホテルで絡むように言った。
「すみません。結婚式の二次会なんですよ~」
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部屋はツインデラックスで、部屋の第一印象はキレイです。
靴を脱いで上がるタイプ。
ベッドがフカフカ。布団も枕もやわらかいので最初は気持ちよかったが、翌朝には腰、首が痛くなった感はある。
客室1.jpg
客室2.jpg
広いには広いのですが.jpg
WCとバスルームが湧かれている。ピカピカです。
ですが突っ込みどころもあって。これを見て下さい。
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ノズルが3つある???
あまり深く考えずに左端のシャワーノズルを廻したら、頭上からいきなり冷水シャワーが降り注いだ。
シャ6.jpg
シャ2.jpg
私はアタマが濡れた。
私は頭上シャワーのノズルを廻そうとしながら、目の前の普通のシャワーに目がいってたのである。
私の叫び声を聞いてジャン妻が「どうしたのヘンな声出して」
「見ろよ」
私は天井のシャワーを指した。
「何でこういうことを。こりゃ何かのイベントか」
「アハハハ(笑)。外人がこういうシャワー好きなのよ。天井って書いてあるじゃんここに」
よく読まなかった私が悪いのですが。トラップにひっかかった気分。
シャ3.jpg
その後で汗を軽く流そうとバスにお湯を溜めて2人交替で入ったのですが。水を落とす時に洗面台の排水管から凄い音がするの。
ゴボッ!!ゴボッ!!ゴボゴボゴボッ!!
バスの排水管と直結しているのは水回りの関係で仕方がないが、客室から見て奥にあるバスルームからそういう配水音がするなら普通でも、客室から見てすぐ手前にある洗面台からそういう不気味なゴボゴボ音がするのはどういう構造設計をしているのか。そんなホテル今までないです。
夏場という季節柄、翌朝、若干のニオイもしましたね。
シティオ夜2.jpg
シティオ夜1.jpg
キレイでモダンなのがウリらしいが、何処か中途半端ではある。
でもまぁ酔っ払って寝るだけだからと納得しかけたが、
「う~ん。。。次はないかな」
「そうか。キレイはキレイだけど」
「オークが懐かしいな」
確かに懐かしい。
「最後に利用したのいつだったっけ?アナタひとりで最近泊まった?」
「泊まってないよ。先日のどんた久は藤枝だったし」
「そっか。あの従業員のオバさんたちはどうしちゃったのかな」
「残酷だが解雇だろうね」
「隣の鷹匠町パーキングも売上減だろうね」
「・・・」
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粉と塩と油 [コラム雑記帳]

会社で義務付られている健康診断とは別に、かかりつけのクリニックで半年に一度、血液検査をして生化学数値を測定しています。この項目の中には健診には含まれない項目があるからです。
2年前の10月の血液検査で、複数の数値が通常値をオーバーしたもんだから、エロいかかりつけ女医から節制、減量に取り組むよう指導を受けたので、私也に努力して2年で8kg痩せた。そこで停滞している。計算すると私の身長と年齢だとせめてもう5kg減らさなきゃならない。厳しいな。
「そろそろまた検査するわよ」
切れ長の細い目をした女医から再検査を勧められた。
採血したその結果はというと。
( )は今日範囲で、前回の数値 → 今回の数値です。

AST(10~40) 24 → 25
ALT(5~45) 21 → 27
ALP(104~338) 169 → 185
LDH(120~245) 154 → 156
コリンエステラーゼ (245~495) 360 → 362
以上は肝機能ですね。まぁいい数値でしょう。
続きます。

HDLコレステロール (40~80) 47 → 42
LDLコレステロール (70~139) 117 → 117
中性脂肪(50~149) 129 → 90
尿酸(3.6~7.0) 6.6 → 5.1
HbAlc(4.6~6.2) 6.1 → 5.7
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問題は次です。
空腹時血糖BS (70~109) 95 → 108 !!!
インスリン空腹時(2.2~12.4) 4.5 → 11.1 !!!

範囲ギリギリですね。肝機能、コレステロール、中性脂肪がいい数値なのに、
「何故これだけ上がったのかしら?」
前回は「よく頑張ったわね」とホメてくれたエロい女医は首をひねった。
「前はとてもいい数値だったのに。何か覚えない?」
私は答えられなかった。別に食生活を過去のボリュームに戻した覚えはない。
「とにかく節制しないと」
これ以上の節制は厳しいなと思った。

後日、ジャン妻が自身の診察に行った時も私の数値の話題が出て、
「旦那さん、他の数値がいいのにこれだけオカしいのよ」
だがジャン妻は閃くものがあった。
「もしかして・・・」
これのせいではないかと。
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7月の3連休にオヤシラズの影響で歯茎が腫れたネタ。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/archive/c2305653470-1
無理に口を開けたり、噛もうとすると激痛が走り、固形物が殆ど喰えなかった。あの時痛かったのは、①オヤシラズの奥の歯茎、②そこから繋がっている喉、③歯茎の腫れのせいで、上下のオヤシラズが頬の肉、口の中の内壁を噛んでしまう。
固形物は全く食べられず辛うじてスープが飲めたが。。。
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口を大きく開かないで摂取できる薄い食べモノに「普段はそんなに食べちゃダメ」と止められているビスケット、ルヴァンがあった。
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あの時のルヴァンは私の救世主だったが、あれ以来喰い放題・・・というわけでもないが、家で既得権を得たように買っちゃぁ喰っている。
洋画を観ながら、ブランデーのツマミに。チーズを載っけたりして。

エロ女医は昭和の女性なので現在のルヴァンは知らないと思うので、ジャン妻が挙げた商品名は、
「リッツかも・・・」
エロい女医は目を剥いた。
「リッツ???」
リッツ・・・実はルヴァンなのだが。それを家庭で採用したオヤシラズ云々の理由は説明したが、内科医は歯科医を相手にしないところがあるので、オヤシラズの事情には触れようともしなかった。
「それよ」
「ですかね。毎日のように齧ってるんで」
「あれは粉と塩と油の塊よ。それだワ」
と言われたそうである。

「もう食べちゃダメ」
「あれは歯茎が腫れた時に、自分を助けてくれた大事なビスケットなんだけど」
「リッツとルヴァン禁止」
「じゃぁリッツの大缶はどーする?」
会社の全支店に配布された災害時非常用食料アイテム(非常食、寝袋、コンロ、懐中電灯、電池、乾パン、ビスケット、レトルト、ペットボトル)とかの中に、何故かリッツの大缶が含まれている。
本社でも先日賞味期限が切れたので、廃棄するのも何なので従業員で分けたのだが、普段甘い菓子(出張土産とか)を頑として受け付けない私はひと缶貰ってきた。
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これは山崎パンの子会社ヤマザキビスケット(旧ヤマザキナビスコ)がライセンス切れになり、本家のモンデリーズ社が自社製造販売に切り替えた為にマズくなった新リッツではなく、ヤマザキの旧リッツです。
この記事いちばん下の写真のパッケージに記されたRITZのフォントが違うのがわかるでしょ。
ヤマザキが出した代替え品がルヴァンです。強奪して来たとはいえ、私はもう旧リッツには拘っていない。品質改良したルヴァンの方が遥かに美味しいと思ってる。
リッツ大缶を開封したとこと。缶がデカいので、
「中のパッケージに入った枚数が多いんだからね」
一度開けたらまるまる全部食べるでしょと言わんばかり。
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「ルヴァンはあの時に歯茎の恩人だよ」
「錦の御旗のように言うんじゃないの」
「〇〇さん(エロい女医の本名)にルヴァンって言ったの?」
「リッツって」
「リッツ知ってるんだ」
「そりゃ先生だって私たちとほぼ同じ世代でしょう」
「患者には悪い食べ物のように言っても、絶対リッツとか喰ってるぜ。聞いた?」
「聞かないわよ。あれは粉と塩と油だって。他の数値がいいのにそれだけ上がったのは絶対にそれが原因だって」
「リッツ(ルヴァン)のせいじゃない」
「せめて(土)(日)だけにしなさい」
「・・・」
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ラヴァンはそこらで売っている。
ライセンス失効してからヤマザキが意地を見せて?改良した。粉と塩と油の塊は比喩が大袈裟だと思うが、旧リッツより味が濃いのは事実。
もう新リッツは買わない。だけど会社で貰った(強奪した)旧リッツは賞味期限が過ぎているのだ。
おそらくそれが最後の旧リッツになるに違いない。
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自動車に乗った観音様 [コラム雑記帳]

観音様が自動車に乗っています。
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出張の合間に見たあんなか観光ガイドから。
『境内の参道の左右に108の梵鐘が並んでいます。
開運小槌で過去・現在・未来と3回撞けば、その澄んだ音色が重なり合い、人々の心を洗い清めるように響きます』
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108?
水滸伝の豪傑の数か。
鳴らしたら私も煩悩が消えるだろうか。ガイド続き。
『自動車に乗った観音様や、世界のミニカーを集めて交通安全を祈願した博物館もあります。
また、新島襄がこの寺でキリスト教の布教を始めたことでも知られています。』
新島襄さんが・・・?
そういえば八重の桜は戊辰戦争で観るの止めちゃったしな。
今でも綾瀬はるかさんを見ると「八重さん」って思うけど。オダギリジョーさんは馴染がないまま。
さて、タイトルにもある自動車に乗った観音様とは何のことか。この寺のことを、安中市在住の女性社員に聞いたのですよ。
「安中市にくるまに乗った観音様があるって?」
戻って来た返事はというと。
「スネークセンターに蛇に乗った観音様があるよ~」
それはジャパンスネークセンターのことだろ。
太田市藪塚温泉辺りにある毒蛇を研究、血清製造、保管している研究施設ですよ。蛇たちは飼育、展示もされていて、その蛇の中には飼育しちゃいけないのを警察に押収された蛇とかもいる。ハブの採毒の実演ショーとか。蛇肉の野菜炒めとかあるらしいね。
蛇の話じゃない。回答になってないじゃないか。そしたら後でまたこんなメールが、
「安中榛名駅のゴルフしてる観音様のこと?」
それも私の主題と違う。安中榛名駅近くの秋間村にある全性寺のゴルフ(悟留譜)観音のことだろが。
私はゴルフなんてしない。でもコースには出たことがあるぜ。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-02-12
もういい。自分で調べて見にいった。安中市の旧街道商店街にある龍昌寺だった。
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行ったらホントに自動車に乗ってたんですよ。
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自動車に乗ってる、乗車してる、運転している、のではなく、自動車の上に立っているんです。
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交通安全大観音と謳っている。くるま社会でやたらとパトカーや白バイが多い群馬だけに、無事故無違反の神様だろうか?
乗ってるくるまは何のくるま?
メカに弱いんです私。くるまなんかに興味薄い人で車種や性能にも疎く、走りゃ何だっていいと思ってる。
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私は平成24年の3月に群馬に来て、それまではゴールド免許証だったのが、3ヶ月で3回捕まった。前橋の幸楽苑近くで運転中に携帯通話してたら白バイに捕まり、安中市郊外で一時不停止でパトカーに捕まり、前橋のけやき通りでタイムズパーキングに入ろうとUターンしたら白バイに捕まった。(Uターン禁止)
3回捕まったのがバレたのは群馬から戻って免許更新の通知が来てからです。何で黙ってたんだって。この違反のせいでゴールドじゃなくなっちゃったのである。
今でもジャン妻にブゥブゥ言われる。「自動車保険高いんだよね」
でもこの観音様は、「パトカーや白バイに捕まりませんように」そういう観音様ではないらしい。交通違反の免罪符ではないです。
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交通安全祈願だから自動車に乗らなきゃならんのか。前述のあんなか観光ガイドに『世界のミニカーを集めて交通安全を祈願した博物館もあります。』とあるから、ご住職の趣味の世界らしい。
その博物館とやらには入らなかった。だってくるまに興味ないんで私。そこにはこの交通安全大観音の木造バージョンが鎮座しておられるそうである。
建立されたのは割と近年らしいので、ご住職の趣味が鉄道だったら電車に乗った観音様になったかも知れない。
乗ったイコール乗車ではなく、上に乗ってる観音様です。
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前述の女性社員からまたメールが来た。
「招き猫のお寺があるよ」
それは海雲寺のことだろ。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-04-04
住んでた頃に行ったよ。おんな城主に登場する井伊三人衆のひとり、菅沼氏の誰かがいたんだよね。
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安中の炭酸泉 [コラム雑記帳]

私がまだ大人になりかけたばかりの頃、何処かの店で三ツ矢サイダーを買ったつもりが、封を切って飲んだら炭酸水だった。
よく見たらパッケージにちゃんと表示してあったけど。
マズかった。そのまま飲むもんじゃないと思った。それだけ飲んでも美味しくなかったです。何かを割って飲むべきものだったんだな。
今の時代にそういうものが流行ってるという。購入者はモノを理解したうえで買うんだろう。何かを炭酸水で割って飲むとか。美容健康の為とか。炭酸水シャンプーとか。
ハイボールはウイスキーを炭酸水か何かで割るんですか?私はハイボールを好まないです。ノミホなんかで出されるハイボールはグラス容器で出されるから銘柄がわからない。だからアルコール度数もわからない。自分がどれだけ飲んでるのか把握し難い。そういう意味では日本酒や焼酎より悪酔いする。オンザロックでいいです。
酒の話はいい。炭酸水はHCO3を含んでるので、化学が苦手な人でもそれだけなら基礎中の基礎だから簡単ですよね。
それらは自然に湧き出てるものもある。温泉や湧水です。
では自然の炭酸泉とは?
ネーミングからして温泉なのか?
私はこのネットの世界に入った最初の経緯はさる温泉サイトだった。そこでBlogの冠たる今は高くなっちゃった船山温泉を知ったのだが、そこのかつてのお仲間たちの間でも炭酸泉のネタはあまり出なかったように思う。
私は熱い湯が苦手で長く入ってられない人だが、温泉ファンって温いよりは熱い湯を好む人が多いでしょう。
炭酸泉は温泉より鉱泉です。熱いほど炭酸が逃げてしまうからです多分。炭酸飲料を購入して封を空けて、しばらく放っていくとヌケてマズくなるでしょう。あれと同じだと思う。
炭酸飲料を飲むならともかく、別に温泉は炭酸じゃなくてもいい。
リンクしている十兵衛さんのBlogで炭酸泉で検索すると幾つか出てきたけど。さすがは秘湯に拘る女性である。
その場所へ.jpg
私が高崎に住んでた頃、安中市の郷原という場所、下仁田~富岡~高崎の北、箕郷方面へ抜ける裏道でよく走ったですが、そこに炭酸水が汲める井戸があるという。
それは飲料水という位置付けではなく、温泉(鉱泉)旅館施設でもない。自然に湧き出ているだけの炭酸鉱泉といっていい。
群馬のB級スポットを紹介するサイトで知りました。私は高崎在住中にこのサイトにたどりついたらよかったのにと思っていますが、私が散策した場所で幾つか被るものがあった。渋川駅前の純喫茶ルナ、恐竜が3匹いる大桁湖畔、ピーパック安中飯島屋。。。
で、今回の炭酸泉ですが、安中市役所に公用の後、久々に104でランチにありつこうとした11時少し前、そのサイトを頼りに向かった。
そこは安中市の自然や緑多き地だったが、住宅地の脇にあったといってもい。
看板や案内はひとつとしてない。事前に知り得てないとたどりつけなかったと思うが、そこへ行くまでの道は普通の舗装された生活道路です。
これが目印.jpg
場所はかなりわかり難く、唯一の目印は写真にあるどこにでもあるガードレール。このガードレールがある脇から小道?獣道?を伝って茂みに下りていくと、何やらアヤしい井戸があった。
小道.jpg
その先に.jpg
井戸1.jpg
誰が作ったのか。イビツで不格好な井戸。
上から見ると、炭酸ガスとおぼしき泡がポコポコ湧き出している。
柄杓が2つあり、青いプラスチックの柄杓と、神社によくあるお浄めの柄杓のやや大きいものとあった。
井戸2.jpg
自然の炭酸水は井戸からそのまま零れ流れ、その先には溝も樋もなく、そのまま自然の傾斜で流れて木々の中に消えている。
木々の向こうからせせらぎが聞こえていなくもないから小さい沢でもあるのかな。
井戸の周囲に長年の歳月でこうなったのか、沈着物が積もって固まっていた。おそらく炭酸カルシウム?
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周辺に人がいなかったので誰にも聞けず、いつから湧き出ているのか等の詳細はわからない。私有地に湧き出て流しっ放しのようです。開放されているといっていい。
柄杓が2つとロートまで転がっているところを見ると、容器さえ持参すれば汲んで持ち帰っても自由ということだろうか。
私は持ち帰るつもりはないが、どんな味か試してみようと柄杓に汲んでみたのですよ。直接口をつけるのではなく、掌に移し換えて口に含んだら。。。
柄杓で汲んでみる.jpg
お味は?.jpg
ウェ~!!何これ!!
しょっぱいんです。お世辞にも美味しくはない。マズいです。
直接柄杓に口つけてないですからね私。ガバガバ飲みたい人は紙コップでも持ってくるんだね。
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さて、この湧き出る水を使って温泉(鉱泉)宿を経営できるほどの量かどうか。
船山温泉の館長いわく「自然に湧き出る温泉ほど強いものはない」とのことだが、如何せんこれは量が足りない。1時間にどれだけ湧き出るのかわからないが、傾斜に流れ落ちている水量を見ると、そこまで多い量は無さそうである。
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おそらく地主さんにしても困惑しているところではないか。自分の土地に湧き出しちゃったのか、井戸を掘ったら出てきたのか、その経緯はわからない。現在はこのように自然といえば自然でいわば垂れ流しで放置状態です。
飲み放題?汲み放題?
改めて見ると、井戸から出た炭酸泉が流れる法面には草が生えていない。やはり塩気があるからだろうか。
自然の流れ2.jpg
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ここからほど近い磯部温泉の成分は、ナトリウム~塩化物・炭酸水素温泉なので成分は同じでしょうね。
炭酸泉の効能はというと。
血液循環を良くする。
動脈硬化の予防になる。
関節痛の緩和。
糖尿病患者の血糖値が下がる。
もっとも医薬品じゃないし、健康食品と同じでそういう効能効果を堂々と謳うと、厚生省がうるさいのではと思う。
井戸6.jpg
炭酸泉はスーパー銭湯にもあるし、人工炭酸泉やタブレット、錠剤、入浴剤も出ていますね。
周辺が宅地.jpg
あ~、口の中がヘン。
自販機で水でも買っときゃよかった。口をゆすぎたい。
群馬の郊外の田舎(失礼)って自販機が設置されてないんですよ。
これでもって炭酸水ファンには到底なれない私は、口直しするべく今年初めての104へ。
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カオスな海老名駅 [コラム雑記帳]

何処も桜が満開な昨日のこと。
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相鉄(相模鉄道)下り線が終点海老名駅に近づくと、車内を乗客が先頭車両へゾロゾロ歩いて行くのは日常の光景。
海老名駅は改札が先頭車両の先にあるからです。線路はそこで行き止まり。乗り換え乗客は改札を出たらそのままエスカレーターか階段で上がって小田急線の橋梁改札か、JR相模線に向かって延々歩く動線になっている。
または左に逸れてロータリーかビナウォークへ向かうか。
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いきなり月曜日、私は本社出を無視して家から厚木市へ直行しようとしたら、市営地下鉄最寄駅の案内版で、小田急線で人身事故が発生したのを知った。
ただ、事故発生は早朝なので、運行開始もダイヤ乱れとなっていた。動いてはいるらしい。
市営地下鉄の終点湘南台駅で小田急江ノ島線各停に乗り換え、大和駅で十字クロスしている相鉄線に乗り換え、海老名駅を経て本厚木駅に向かおうとしたのだが。
そこから先、相鉄線の動きがオカしくなった。大和駅を出て相模大塚駅までは普通に動いたのだが、その次のさがみ野駅で動かなくなった。
「6:42分頃に発生致しました小田急線の人身事故の振替輸送の影響によりこの先電車が詰まっております。当駅で時間調整を行います。お客様にはお急ぎのところ電車が遅れまして申し訳ございません」の車内アナウンスが数回繰り返される。
やがて電車は動き出したが、次のかしわ台駅でまた止まり、そこでは長くかかった。またまた、「小田急線の人身事故の振替輸送の影響によりこの先電車が詰まっております。当駅で時間調整を行います。お客様にはお急ぎのところ電車が遅れまして申し訳ございません・・・」の常套アナウンスが繰り返される。
なかなか動かない。
この先、詰まっている?
海老名駅の構造のせいである。海老名駅は行き止まり駅で、駅構内に入ってしまうと待避線がない。
(かしわ台駅のすぐ先にある相模国分信号所から、JR相模線の厚木駅までの間を連絡する単線があるが、そこは駅ではなく保有車両の留置線だから論外。)

同じようなアナウンスが繰り返される。
「繰り返しお知らせ致します。今朝がた起きました小田急線の人身事故により相鉄線は振り替え輸送を実施しておりますが・・・」
小田急線小田急線と他社(※)のせいにするのは勝手だが、人の所為にしているようで繰り返し聞かされると聞き苦しくなってきた。
それより何故この電車は海老名方面へ動かないのか。あとひと駅なのに。
そしたら白状するかのようなアナウンス。
「海老名駅がお客様の混雑により電車が動けない状態になっております・・・」
「海老名駅がお客様の混雑により上り電車が発車できない状態になっております・・・」
電車が動けない状態?
発車できない状態?
お客様の混雑?客のせいにするなよ。
見てると確かに反対側の上り電車も動いていないようである。
海老名駅は前述のようにドン詰まりの閉塞駅なので、上り電車が折り返して発車しないと後続の下り電車が入線できない。だったらさっさと上り電車が発車すりゃあいい。それができない状態とはどんな状態なのか。
海老名駅で乗客が線路に下りたか。
まさか暴徒化したか。日本人はそこまでしないが、ホーム上が大混雑で、動き出そうとする車両と接触する可能性があるからだろうか。
そしたら1本上り電車がきた。
満員かと思えばガラ空きだった。何か腑に落ちない。

20分かそこらかかってようやく動き出した。そしたら国分信号所の辺りで「海老名駅では大変混雑が予想されます。あらかじめご了承・・・」、ご了承だか御承知くださいだったと思うが、さっきかしわ台に来た上り電車はガラガラで混雑しとらんかったじゃないか。
海老名駅が近づくと乗客が先頭車両に向かって歩いていく。
下り電車は海老名駅の1番線に入線した。反対側2番線には上り電車が停まっていたが見たら乗客は殆ど乗っていない。空いてる。
だったら何でさっさと発車しないのか。私は車内アナウンスで言うところのホーム混雑は緩和されたか、過ぎ去ったのかと甘く考えてホームに下りたら。。。
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群衆が海老名駅の改札を埋めつくしている。
私とともに下り電車で来て下りた乗客の大群が上り電車に乗り換えんと改札に入ろうとする乗客を堰き止めていた。「海老名駅がお客様の混雑により電車が動けない状態になっております」、「上り電車が発車できない状態になっております・・・」はこういうことだったのである。

だけど出なきゃならない。このままホームにいてもしょうがない。出ようと最後尾に並んだら、「本日に限りまして、自動改札にSUICA等をタッチせずにそのままお通りください。お客様のご協力をよろしくお願い致します」と言うのである。
私は若い駅員をフン掴まえた。
「SUICAタッチしないで出たら、次に乗り換える際にエラーが出るよな?」
「・・・ええっと・・・」
「この後小田急線に乗り換える時にさ」
「ハイ。入る際にそう言っていただけますか?」
そう言うって?何をどう言えばいい?
「言っていただいたら、相鉄の乗車した情報が消えますので・・・」
ということはここまでは無料?
無賃乗車公認ということか。
バカらしくなった。多少の運賃が無料(タダ)になってもそれは経費であって私の懐ではないし、小田急の改札で「相鉄でSUICAタッチしないで出ろって言われたんだけど・・・」???それを言うが為の行列が並んでたらまたそこで時間を取られるじゃないか。
要するに相鉄は無料(タダ)でもいいから早くこのカオス状態を何とかしたいんだな。
「自動改札にSUICA等をタッチせずにそのままお通りください」が繰り返し流れているが、私が駅員から聞き出した内容、「乗り換える際に言って、ここまでの記録を消してください」の説明はなかったようです。

下り電車の群衆がなかなか動かない。
歩みは遅い。国会の野党牛歩戦略より遅くそろりそろりと動いてるような。膠着してるような。
そのうちまたヘンなアナウンスが流れた。「改札を出られるお客様はなるべく中央をお歩きください。お乗りになられるお客様がホームに入れません」というのである。
上り電車はガラ空きのまま2番線に停車している。そしたら大群衆の左右の脇から、上り電車に乗らんとする乗客が1列でちょろちょろホームに入って脱兎の如く走ってく客がいた。でも私も含めて改札から出ようとする群衆を300人としたら、ホームに入ってくる乗客は10人程度か。僅かにホームに入って来た乗客は桶の隙間から洩れる水のようである。
その先、小田急から相鉄に乗り換えんとする乗客のカオス状態がこれ。
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入るに入れないのである。
下車する客を中央に寄せて脇から少しずつホームに入れている。こんな迂遠なことしてたらこの渋滞はいつ解消されるのか。こちらの群集が全員改札の外へ出ない限り乗り換え乗客はホームに入ってこれないだろう。
ふと駅郊外に視線を移したら、ビナウオークへのデッキや階段には見物客がたくさんいた。写真撮ってる。TwitterやFacebookにUpするに違いない。
よくやるよな。
そういう私もこうしてBlogにUpしてますけど。

ようやく乗客の群が少しずつ動き出した。
「自動改札にSUICA等をタッチせずにそのまま・・・」のアナウンスが続いている。
乗客の多くはSUICAのタッチ部分がOFFになった改札にゆっくり吸い込まれている。この先、小田急かJR相模線の改札で「相鉄でタッチしないで出るように言われました」を自己申告して、ここまで来た運賃を無料(タダ)にして溜飲を下げるのだろう。
(ここで疑問に思ったのだが、小田急でもJRでもなく、郊外に出てバスに乗り換える際はどうするのだろう。バスの運転手が相鉄乗車分を消去できるのだろうか。)

群衆を整理している警察官も2人か3人いた。相鉄職員と組んで細いトラロープを引いて誘導している。
警察がいるだけで抑止力になるものなんだね。駅員に暴言吐いたりくってかかる乗客はいなかった。
後で見たら海老名駅前バスロータリーにパトカーが2台か3台、体調を崩した乗客がいたのか、救急車も1台停まっていた。
私も改札が手に届く距離に見えてきた。ふと見ると奇跡的にひとつだけSUICAのタッチ部分がONになった自動改札があった。そこは誰も通ろうとしない。無視されたようにそこだけ空いている。そこを通って改札出たら有料になるからだろう。大多数の人間はこれだけ遅れる、混む、歩みが遅い、イライラしている、そうなったら金払うよりは混んでも無料を選択するものなんだな。
でも私はそうじゃない。さっきも書いたがここまで来たのは移動経費で計上すればいいだけのこと。普段は人より先に前に出たりしないのだが、別に無料で出たいと思わない私はその空いた自動改札へ飛び込んで手早く改札を抜けた。音がピッって鳴った。
そしたら警察官と係員が整理しているトラロープ外に飛び出してしまったのだが、警察官の脇をスイッと抜け、トラロープを潜って駅郊外へ脱出できたのである。
この先の顛末を見物している時間的余裕はないので、遅れる旨を携帯で電話してから小田急改札に駆け込み、遅れてきた下り電車、本厚木行に乗車した。
タッチしないで相鉄改札を出た乗客は小田急改札で自己申告していた筈だが、急いでたので確認していません。

アタマ悪いな相鉄は。
ホーム1面2線でそれ以上の電車は入って来れないんだから、まず下りる乗客を全部改札の外に一気に吐き出させ、それから上り電車に乗る乗客を一気に入れりゃぁいいものをさ。
エレベーターでも電車のドアでも下りる人が優先でしょう。何故改札もそうしないのか。しなかったのか。途中で気付いたのか。
相鉄が人身事故を起こした訳ではないが、海老名駅の構造上の理由とも違う気がする。振替混雑の訓練がされていないか活かせていないのであろうよ。
相鉄は沿線住民の信頼は厚いから、小田急小田急と他の所為にしていないで、自社のマニュアル通りでこの為体(テイタラク)ならマニュアルを改善するか、スムーズにカッコよくさばいて欲しいものである。

カナコロ.jpg
今ならまだ残ってますよ。↓
https://pikarinnews.net/ebina-konzatsu
https://matome.naver.jp/odai/2149177848921697101

(※)相鉄のHPに、昨日(4月10日)の海老名駅構内混雑や遅延による挨拶文はなかった。
小田急は相鉄ホールディングスの筆頭株主でもあるので遠慮したのかも。
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市長と県知事 [コラム雑記帳]

毎週日曜午後1時~放映される長寿番組、TBS噂の東京マガジン噂の現場で、静岡市内の公立病院の移転問題が取り上げられた。
噂の現場は東京神奈川千葉埼玉のネタだけではネタ切れなのか、高崎市の達磨騒動や、甲府市の野良猫問題まで取り上げるようになった。噂の東京以外のマガジンになることがある。
その病院は築57年で老朽化しており、静岡市長は現在よりアクセスが良くなる場所への移転計画を進めていたが、移転候補地(清水区庁舎)の場所は津波浸水区域内でもあり、市長の計画に県知事が待ったをかけた。
病院を利用する患者さんの利便性の問題、移転してくることにより活性化するかもしれない商業地域の期待、そして防災関連、様々な視点で取り上げられるかに見えたが、途中から番組進行の雲行きがアヤしくなった。
静岡県知事が主張する県と市の一体型行政、県都構想を謳う過程で、市長を副知事にというくだりで、
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「私を副知事に?断固拒否します」
眉を跳ね上げ、目を血走らせてそう言い切った。冗談じゃないと言いたげでしたね。この辺りから病院の移転問題だった筈が、「市長と知事の対立は今に始まったことではない」になり、市長と県知事の対立アングルに切り替わったのである。
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県都構想を話し合う場が写し出され、県知事が年齢差13歳の余裕か、市長を「キミ、キミ」呼ばわりするのを、
「キミキミと仰いますが私、市長ですけど。そこんとこずっと気になってたんです」
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「なんちゅう目つきだい」
「知事か市長よりエライって訳でもないでしょう」(ジャン妻)
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そして、「静岡市は政令指定都市としては失敗事例」と知事に言われてカチンときた市長が、「静岡市を大変ご心配いただきどうもありがとうございます・・・」
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まるで逆挑発するかのようであった。
しまいに、「(知事は)口出しをし過ぎているのではないでしょうか」
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市長は目を血走らせ、眉を上に吊り上げて殆ど喧嘩腰であった。
私は見て他人事のように笑ってたが、それは番組がそういう風に構成したから笑っただけである。事態は深刻で、これでは被災時、緊急時に大丈夫かと。
静岡市の社員に聞いてみたの。
「これこれこういうのを見たが、あれはなんなんだ?」
「市長と知事の仲の悪さは前からです。感情的になっちゃって市民は置いてけぼりの感があります」
県民=市民にとっては看過できないのではないだろうか。

この番組を見る少し前のことですが、ある公費関連の許認可更新で、静岡県内の現場の更新手続きを済ませたときのこと。
それらは数が複数あるだけで内容は同じなので、全て県のHPから書式をダウンロードして同じように記入、捺印して各所管の窓口に送付したのですが、2日か3日後に静岡市だけ物言いがついて私宛に電話がかかってきた。
書式が違うって。「お出しになられたものは県の書式だから、市の書式で書き直してくださいませんか」って。
記述する内容は同じなんですよ。私も多少は喰い下がったのですが、相手は「県と同じような書式ですが、市の様式に書き直して下さい」って言葉丁寧ながらも譲らないのです。
書式の下にある宛先が、静岡市長殿、静岡県知事殿、この違いはある。だが捨印を押してあるので、これが神奈川県や都内23区の気の利いた行政だと「こちらで訂正しておきます」で済むケースの方が多いのですが。
戻って来たのは静岡市だけです。これも市長と知事の対立構図の弊害かぁ?
県に市の書式で送ったらそれはそれで物言いがついたのだろうか。
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番組でも写し出された病院移転予定地、松原町にある清水区庁舎。私もここに行く時があるのです。
年に2回か3回程度ですが。
「あ、ここ行ったことある」。
「確かに古そうね」(ジャン妻)
「新しくはないな」
外観はともかく内部は旧いですね。東京23区に例えて言えば世田谷区役所の高層バージョンのような建物、内装だった。確かにここは海の近くで海抜何mだったか忘れたが低かった筈。
そしたら番組を見た後でここに行かなきゃならない用事が出た。この清水区庁舎よりは、すぐ近くにある清水合同庁舎(同じような名前でヤヤコシイ)の方が行く機会は多いのですが。

静岡なので横浜のジャン宅から自家用車持ち出しで行った。わざわざ東京本社の社用車を借りたりすると宅から本社の往復の移動がプラスされるから持ち出したのです。精算は走行キロ当たり30円。
日帰りで出向いて第2駐車場に停めて撮ったのが上の庁舎写真です。
窓口に出向いて申請を2つ済ませた後で係員に聞いてみたのよ。
「自分、東京から来たんですけど、TV見ましたよ。病院移転に絡む話」
「ああ、ご覧になったですか」
最初は「ああ、そのネタか~」のようだった。
「知事さんと市長さんは前からあんなに仲悪いんですか?」
そしたら、「仲は悪くないんですが・・・」
あれ見て仲がいいわけないでしょ。私は食い下がった。
「でも知らない人が東京で見たら仲悪いとしか見えませんよ」
静岡県民ではないからズケズケ聞いちゃったんだけど。聞いたら番組で触れなかった話が出てきた。
「あの番組は、最初は病院を利用するひとたちが手紙かメールかでTV局に取り上げてくださいと言ったんでしょうけど、移転問題の話だったのが途中で(市長と知事の構図)に切りかわったでしょう?利用する患者さんから話が逸れちゃった感はありますね」
「確かにここは津波浸水区域です。でもそれ以前に庁舎全体が老朽化していて、発電機なんかが1階(地下だったかも)にあるので、津波が来たら防災本部として機能しないんですよ。それもまずいんです」
「ここで建て替えるよりは移転した方がいいんです。病院も旧いがここ庁舎も旧い。この場所で建て替えるよりは移転先で建てた方が・・・」
ここで私は「移転するのですか?」と聞いています。移転するという。移転するしかないんだって。「ではここより遠くなりますか?」と移転先の場所も聞いた。
こっちは東京神奈川から新幹線やくるまでここまで来てるので、多少の移転で遠くなる云々は関係ないんだけどね。
「病院移転はそこの開設者さんが移転を決断しないとこっちは何もできないんです。行政が移転を決めることじゃなくて、開設者さんが決断して申請したものをこっちは審査して許認可どうこうするんですから・・・」
はからずしもこちらの公用は取材の様相を呈してしまったのです。本来の申請業務よりも会話が弾んでしまった。
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私はこれまで「それは県の管轄ですから」、「いやそれは国の方で」、「市の方に任せてありますから」、そういう投げ合い構図は見たことがあるが、静岡県の場合はTOP2が、相手に任せるのではなく、突っつきあっているのが意外だった。高崎市と前橋市だってあそこまで露骨に対立を表面に打ち出してはいないですよ。
ウチの社員は苦笑いしてた。
「ああいう風に取り上げられちゃたらねぇ。ちょっと知事さんも口を出し過ぎかな~と思う時もありますけどねぇ」
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地元のUMA [コラム雑記帳]

タイトルはUMA(Unidentified Mysterious Animal)ですが、正体はわかっています。
謎でも未確認でも何でもない。
私の地元にある池です。
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この池は自然にできた池ではなく、今から300年前だから江戸時代中期?その頃に造られた灌漑用の用水池。
川の流れでできた谷を谷戸といい、そこ一体の田んぼを谷戸田と呼ぶ。この辺り一帯の田んぼに水を引く為の農業用のため池だったとか。
今は田んぼなんかないです。辺りは住宅地になっていますが、私が中学1年(昭和40数年頃)の頃までこの辺り一帯はまだ田んぼや畑があったと思います。
この池に流れる水はこの辺り一帯から染み出る豊富な湧き水。谷戸すなわち谷なので、道路に面した東側を除いて高台に囲まれているのです。現在でも西側の丘から湧水が豊富に流れ出ています。
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私が子供の頃は鬱蒼とした竹藪だったが、今は公園になっていた。
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すぐそばに小学校がある。今の子供らは外で泥だらけ水だらけになって遊ぶよりは室内でゲーム遊びする子の方が遥かに多いだろうが、私が子供の頃はここの小学生で誰かしらこの池に落ちたなんて話を子供の噂バナシ程度に聞いたことがある。
でもそんなに深刻なハナシではなく、田んぼかドブ川に落ちた程度のネタ感覚だった。ホントに落ちた子がいたのかどうか確認した訳ではないです。今だったら社会問題になりかねない。
この池に、成長したら大きいもので体調2mになる魚がいるというチラシを見た。
こんなチラシです。
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特定外来種のアリゲーター・ガーがいるのか。
誰かが飼育していたのを放したらしい。
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湖畔・・・というか池の畔を歩いたのは初めて。
深さがどれくらいのかはわからない。浅くもないがそれほど深くも無さそう。池の水はお世辞にもキレイとは言い難く生活排水が混ざっている感がする。汚い。淀んでいる。
清水に魚は棲まないともいいますが。
鯉やカメがいますが、アリゲータ-ガーはいないな。
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何処の水場の公園にもこういう立札が必ずあるものです。外来種を持ち込こまないように云々って。
でもこの池の看板は朽ちゃってます。ボロボロ。
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池の水際には近づけないようになっていました。やはり過去に誰かしら落ちた人、落ちた子供がいるんだろうね。
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アリゲーターに限らず、ガーを飼育してる方っていますか?
ガーは観賞魚だが、1種類を除いて全長が1mを超えるので、飼育するには体長の2倍程度の幅と奥行きのある水槽で飼育するそうです。
空気呼吸をするので水槽の蓋と水面の間に空間が必要だが、デカさ以外には飼育管理が簡単らしい。だからペットショップで売られるようになった。
アリゲーターガーなんて禍々しい(マガマガしい)名前ですが、それは細長い顎に鋭い歯が並んでいるが為。ワニのように気性が荒くはなく性質はおとなしいそうです。
ゴツくて皮膚や鱗が硬く、外見はバリケードのようだが内面はデリケートな魚らしく、急激な温度差に耐えられず、低水温の越冬は厳しいとも。
動きも早くない。肉食性で生餌を好むそうだが、餌が来るのをじーっと待っているタイプ?
流れの早い河では生息するのが難しいそうですよ。
ガーがいることでもともとの生態系にどういう影響があるのかわからないが、生餌を好むクセに動きがノロく瞬発性もないので、動きが素早いブラックバスやブルーギルに及ばない。そっちの方が生態系に及ぼす影響が大かも知れないが、影響がゼロとはいえないだろう。
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ウロウロ散策してたら小雨がパラついてきた。しまった傘を持って来るかフード付の上着を着てくりゃよかった。私のアタマは僅かな小雨でも冷たい雨に敏感なのです。
小雨がパラつく午前中、30分以上湖畔を(池ですが)ウロウロしていたのだがガーは浮いてこなかった。
諦めて近くのこの店で昼にしました。
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ラーメン3.jpgラーメン4.jpg
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呟きⅡのこの記事以来だから3年振りかも。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-05-23
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2013-08-23

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これは昨年11月に兵庫県たつの市御津町中島の揖保川という河川の支流(中川)で目撃されたアリゲーターガー。ここでは漁協が水中に電気を流して捕らえようとしたが失敗したそうです。ライギョやブラックバスが水面に浮いて来たそうである。
これは名古屋城の外堀にいたガー。名古屋城のガーは1匹や2匹ではないらしい。
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臆病な性質とはいえ、自然の河川にこんな魚が普通に泳いでたら誰だって驚くだろう。
大鳥池のタキタロウのようにね。
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午後に雨が止んで陽が出て、買いものに行った後で再度出直して池に寄ってみた。
散策する人は午前中より増えていた。三脚にカメラをセットして覗いている人もいた。ガー目あてではなく、野鳥観察らしい。
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ガーが出てこないぞ。
「そんなにすぐには見つからないんじゃない?」(この日は休日出勤中のジャン妻)
ネス湖のネッシー研究家のパイオニア、ティム・ディンズデール氏(故人)は30年近く研究され、夏場の湖畔キャンプを欠かさなかったそうだが、生涯でネッシーを目撃したのは3度だけというが。
ネス湖は長さ35km×幅2km、水深230mもある巨大湖だし、この池はどう見ても30m×40m程度だし、ガーは数分おきに空気呼吸の為に水面まで上がってくるそうだよ。現れてもよさそうなものだが。
このネタをジャン母に喋った。
「あの池にアリゲーターガーがいるんだって」
「ワニがいるの?」
「ワニじゃないよ。ワニのように細長い身体で、細長い口に尖った歯が並んでる外来種だよ」
説明するハメになった。
子供の頃、家にあった魚貝図鑑にはガーなんて魚は載ってなかったからね。
「そういうのを売る業者もどうかと思うがな~」
「そうよ。車庫証明と一緒で、大きい水槽があるかどうか確認してから売らないと」(ジャン母)
大きい水槽があっても責任感が希薄だとこうなっちゃうんだろうな。
多摩川他、日本の河川や湖沼で見つかったガーは、安易な販売と飼育の結果、飼い切れなくなって飼育を放棄したんだろうね。この池にいるであろうガーもそう。
子供の頃から知っている池だし、すぐ見つかるだろうと期待したのですが結局ガーは現れなかった。私にとっては未確認生物で終わってしまった。
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水面下に何かが潜んでいる。これは恐怖でもあり、ロマンでもある。
アマゾンの半漁人ギルマン(古いってか?)やネス湖のネッシー他に通じる。
休み日にヒマにも池散策をして池を泳ぐ鯉や鴨のつがいを見ていたら、何だか数年後に必ず自分に訪れるであろう定年~隠居後の自分を前倒しに実践しているような気がしてきた。
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安中で朝を迎える [コラム雑記帳]

ルートイン4.jpg
外のくるまのエンジン音で目覚めた。
窓を開けたら・・・
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くるまが客室にケツを向けて駐車している。
そうか1階だった。
時刻は6時半だった。早くチェックアウトするくるまの音で目が覚めたのです。起こしてくれてありがとうよ。でも1階に客室があるビジホって珍しくないですか?ビジホは高層タイプがアタリマエだと思ってた私は前夜、フロントで若くて美人の女性スタッフ2人からカードキー(鍵)を渡された時、「お部屋は1階の11〇号室でございます」と言われて多少面食らった。
1階にも客室がズラリ左右に並んでいるんです。
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こんな注意書きもあった。
「夜間、レースカーテンのみでは外から室内が透けて見えてしまいます。」
「夜間においては遮光カーテンの使用をお願い致します。」
レースカーテンは茶色で、「窓外へ視認は遮蔽されていますが、外側からの透過性については一般的な白色のレースカーテンと同じ仕様となります。」
やたらと言い訳が多いぞ。まさかこのBlogの読者の方で安中ルートインに泊まる方はそうそういないかと思いますが、1階に泊まった際は遮光カーテンを意識してください。
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朝飯は無料と謳っていますが、1泊9000円じゃぁ宿泊費込みといっていい。6時半から9時まで。
藤枝のルートインと似たり寄ったりなおかずだったね。
私は玉子料理とベーコンと生野菜があればいいのです。
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ベーコン.jpg補充されてた.jpg
ハム.jpgバタースクランブル.jpg
スカスカ.jpg揚げ物.jpg
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食べてる最中も外から丸見えですよ。
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ハムとベーコン.jpgサラダともやし.jpg
炒め物.jpgスクランブル.jpg
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食後、チェックアウトする前に周辺を見た。
旧中山道の杉並木。
侍マラソンのマンガがある。
この道を旅人の惑星さんは仮装して走ったらしいですよ。
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侍マラソン.jpg
朝のフロント女性は途端にストライクゾーン(年齢)が高くなったぞ。オバちゃん2人。
次々にチェックルトしていくお客さんは100%くるまできている。
和足は昨日のチェックイン時、ホテルの前の道を走る女性社員に乗せて貰ったけど、今朝は自分で駅まで辿りつくしかない。タクシーを呼んだのは私だけで、以前も乗ったことのある運転手さんだった。
「安中駅まで」
「電車は何分ですか?」
「ええっと・・・何分だったかな。忘れた」
調べてくれた。
「9時3分ですね。大丈夫です間に合います」
H観光タクシーです。安中市内の何処かに営業所があるタクシー会社で運転手は6人しかいないそうです。運転手は高齢者ばかり。
安中駅から使用した際に行きも帰りも同じ運転手だったことがよくあります。
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数年前、会社の上役が安中市の何処かでゴルフをPLAYしたらしく、
「安中っていいところですねぇ」
「高層ビルが無いからですよ」
「そう。高い建物が殆ど無いですね」
「磯部温泉に観光ホテルがあるくらいかな。マンションも見ないですから。高さ制限があるのかも知れないね」
そんな会話をした頃、ルートイン安中は無かった。何かが撤退した跡地にルートインができるらしいと最初に聞いたのは高崎市内の何処かの飲み屋か、旅人の惑星さんからだったと思いますが。
安中市は磯部温泉辺りにしか高い建物が見当たらない。高層ビルやマンションが無い地域だから、客数部屋数を確保する為に苦肉の策で1階も客室にしたのかも知れない。
高崎市でホテルが取れなかったとはいえ、まさかそこに自分が泊まることになるとはね。昼間の安中市は私の趣味に合うものが散見されるので大好きですが、夜はホント不便というか。飲食手も全く無い訳ではないのだが、チョイスする枠が狭く、絶対数も少ない街だった。フロントが宿泊客に、飲食店ではなくホカ弁屋を紹介するくらいだからね。
移動もくるまでないと不便。安中駅、磯部駅、安中榛名駅も遠いし。
おそらく泊まりは今回限りになると思いますが・・・。
でも、昨夜かなりの距離を歩いたので、安中駅からホテルまで歩く自信がつきました!!
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安中に泊まる [コラム雑記帳]

いつもの定宿、ドーミイン高崎の部屋(シングル)が取れない。
電話に出たフロントマンは、
「その日はシングルが満室でして。ツインをお一人様でご利用でしたら」
「その場合、料金幾らなんですか?」
「10900円です」
「う~ん。それだと上限を超えるから他にするワ」
他を探すことにした。
会社から宿泊費の上限が設定されたのでそれを超過したんです。いや、もともと設定はあったらしいが上限が下がったという。
現在、都内は12000円で、地方は10000円だって。
私の上役(取締役)は日当も下がったとボヤいている。アンタたちがバカ高いホテルに泊まるからだよ。
見てると上は上で釘を刺されているらしく、なるべく日帰りで戻って来るようにしているみたい。
「2人で2回も別々に行くのではなく、ひとりで行って1回で済ませられないんですか?」
ホントに2を1で済むのなら、そこは経費を抑えないといけない。だが、「4人で行くなら新幹線より1台のくるまで行った方が・・・」と洩れ聞こえな時、私は聞き返しましたよ。
「会社はくるまで出張を推奨しているんですか?」
それだと安全上どうなのかと言ったつもり。運転は好きでも、身体に負担がかかるから。
「いや、そういう訳ではないです。くるまで行ける近県に複数で日帰りで行くならという意味です」
私はそうは聞こえなかったぞ。
GSを利用するのも企業指定に近いことを言ってましたね。
「なるべく出光社にしてください」
「群馬でそんなことしたらガス欠になります」と返したらそれで収まったけど。
上の口からセコセコそういうのが洩れ聞こえてくるとシラけるが、私も経費節減の方針は理解するよ努めています。上州でも駿州でもなるべく1回で纏めて済ませようと。
で、ドーミイン以外で高崎駅チカだとそれ也に高く部屋は狭かったりするので、他をアタったら・・・
前橋のホテルは芸能界を騒がせた例の事件で印象が悪いし。
伊勢崎や太田や渋川は遠いし。そこまで行く必要はないし。
富岡や甘楽にはビジホなんてないし。(あったかな?)
藤岡市はあったかな~。
後輩が、「〇〇さんはホテル周辺に飲み屋が無いとNGですよね。コンビニがあればいいって訳じゃないですよね?」
「コンビニよりも飲み屋必須に決まってるだろ」
「自分も行くんですけど。高崎、ホテル取れないですか?」
もしかしてこれのせいかな?」
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ルートイン1.jpg
で、何故か安中市に唯一のBH、ルートイン安中になってしまったのですよ。
女性リーダーの一人がホテルまでくるまで送ってくれたのだが、車中で無情にも、
「あの辺りって飲み屋ないよ」
「旧道沿いにないかな」
「無いよ。あるのはバイパス沿いだけだよ」
この女性リーダー、私に何か相談事か情報提供ネタがあるらしいが、その会話の延長で1軒の居酒屋を紹介された。
「その店って何処さ?」
「ホテルから道路を渡って坂を下りて、川を渡って信号を左に曲がるの。すぐみつかるよ」
川を渡って信号を左?
川ってのは碓氷川だな。で、おそらくはその道、右に行ったらNaSuBiに向かう道ではないか。住んでた頃は日中に何回も走ったが、そんなソソる居酒屋あったかな~。
「いい店だけど、料理が出てくるのに時間がかかるんだよね」
群馬の居酒屋は皆そうだよ。そこは料理人がひとりの店とみた。だったら行くにしても2軒目だな。
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安中ルートインにチェックインしたら部屋はツインで1人利用。これで料金は9000円だった。枠内だから文句ないでしょう。
ホテル内にあるレストラン兼居酒屋のメニューを見たら、ルートイン藤枝のメニューと全く同じモノなのに笑っちゃったね。パスだよ。
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さて、何処で何を食べようか。バイパス沿いはカレー屋、朝鮮飯店、来来?、北海亭、GUST、蘭・・・だったかな、おうぎや、おうぎ亭、ろしなん亭、ロードサイドの大人数ご用達の店ばかりだし。
話題に出た居酒屋へ行くか?
そういえばチェックインの時、フロント女性に宿泊客が訪ねてました。
「この辺り、何処か食べるとこないですか?」
女性スタッフの反応は、
「すぐ近くにホットモットがあります。道路を渡ったツタヤの隣にお惣菜屋さんがどうとかこうとか・・・」
飲食店ではなく弁当屋を案内していましたよ。
ホテルの入口が開いて、サラリーマン数名が両手にホットモットの弁当や総菜の入ったフクロを下げて堂々と入って来たからね。
これは宿泊ホテルの選択を誤ったかな。
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旅人の惑星・ショウさんから、「知味飯店のディナーは如何です?」とススメられたが、夜に中華は重いし。知味飯店の味ってイマイチなんだよね。
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実際、旧道の商店街(宿場町、旧中山道)も歩いてみたのだが、飲みやはゼロではなかった。でも営ってる店が少なかったのです。
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だが人間、絶望の渕に陥る寸前に名案までいかなくても一案が閃く。
街の洋食屋さんを思い出した。
確か21時か22時まで営っていた筈。
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バイパスに沿った裏道です。真っ暗。
秋の虫の音だけ。
私が近づくと虫の音が止む。通り過ぎるとまた鳴きだす。
土の香がるす。秋風が吹くと、畑の砂塵が舞ったりするから。
闇の先に見える灯は・・。
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104で読んだ新聞記事 [コラム雑記帳]

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上州に転勤した時に新聞購読を止めたので、新聞紙という紙の媒体に目を通すことは殆ど無いのですが。
これは36(サブロク)協定の見直しの記事です。労働基準法36条ですね。
この店でランチ。珍しく?混んでたので、ハンバーグが焼き上がるまでサラッと読んだ。
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現行では1日8時間、週40時間を超過する時間外労働、休日勤務などを命じる場合、書面による協定(これが36協定)を結んで労働基準監督署に届け出ます。
これに違反した場合は6カ月以下の懲役、または30万円以下の罰金となるのですが、実際に懲役、罰金が課されたのってあまり聞いたことがないな。
そういう制度があっても、届出ているのを従業員に知らせていないか、延長の限度の抜け穴を探すからでしょうね。
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最長延長の限度は原則として1カ月45時間、1年間で360時間だが、それを超過しなければならない特別の事情が生じた時への対策として、「特別条項付き36協定」と言う制度がある。これが抜け道、抜け穴になっている。
ウチは従業員と事業所の代表者に取りまとめさせて届け出ているので、従業員側には伝わっています。春先になると、またあのめんどくさい書類を出さなきゃならないのかと。総務の連中はウンザリしています。
私も一度だけやった。上州の社員から協定の署名捺印を集めて労働基準監督署に出した。郵送でなくて持参しましたよ。
45時間を超過する現場が過去にあって、そこと特別協定を結んで届け出たこともあったな。
「何でこういうめんどくさいものを書かなきゃならないんですか?」って言われた。
「皆を守る為にこういうのが必要なんだよ」
「???」
あまり意図が通じなかったようで。確かこんな様式だった。
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珍しく時間がかかったのでスープをお代わりしてしまったが、読んで理解する頃にバーグが焼きあがった。
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ピリ辛の粗挽きウインナー。ビールが飲みたい。
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45時間超の過酷な現場があったとします。
そういうところは不要不急な時間外を無くす為に(支払わないという意味では決してない)、システム、フローの見直しをした。
人件費よりも月々の経費をかける方向に転換した。例えばそれまでだったら印刷済みで不要になった紙を社員がシュレッダーで裁断してたのを、業者に委託して溶解するようにしたり。
手書きの部分をプリントアウトできるようにしたり。
集計のスピードを上げたり。
私は労働環境を良くしようとしたのだが、ちと困ったのは、45時間までいかなくても月平均で40時間の時間外手当の支払いが常習化されてた現場があったのです。
そこの労働環境を改善、イコール、超過勤務の時間外が減ったことで、社員から、「手取りの給料が少なくなった~」と不満を言われたことが多々ある。
残業代イコール生活給でアラリマエになっちゃってたんだな。
それがなくなって、「お給料が上がらない」と泣き言を言われている。
BBQの時にも言われた。「お給料が少ない」って。「〇〇さん(私のこと)が来るまでの方が手取りがよかった~」、なんて言いやがるんですよ。
給料の不満なんて聞きだしたらキリがないです。私は、「給料が不満なら辞めろ」です。極端な例えですが、月に100万貰ってるヤツが、「どうしても200万欲しいから辞めます」なら、お金の価値観は人それぞれだから引き留めようがないです。
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バーグ、美味しいです。で、法の話に戻りますが、1か月の残業時間に上限を設定、違反者には罰則を設けるというが、必ず抜け穴、法の網の目を潜ろうとする輩がいる。
異論もある。「サービス残業や名ばかり管理職が増える」、「終身雇用制度が崩れているので、そういう社員は諦めるしかない」、挙がっているそういう声にはどう応えるのだろうか。
そぐわない業種・業界もあるでしょう。飲食店、医療業界、興行会社とか。
個人商店は適用外かと思いますが。では従業員数何人以上が対象となるのか。そこでまた雇用形態をいじくって抜け道を作ろうとするだろうし。
いつから施行されるのか。
私はもう労働者側ではなくなってるのであまり関係ないのですが、裏で弱者にしわ寄せがいかない制度にして欲しいですよね。
私は新聞をもとあった場所に戻した。
で、この店の夜に初めて?行ったのですが。。。
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はるな [コラム雑記帳]

七日市藩邸(加賀前田家の分家)の有る上州七日市駅を過ぎ、前方に流れる鏑川の対岸に公園?原っぱ?運動場があって、そこで1機のヘリが離着陸を繰り返しているのが見えた。
見てると車内から望遠されるヘリの音がだんだん大きくなってくる。上州一ノ宮駅ホームに滑り込んだら高低差がある為にヘリは視界から消えたが、木立の向こう側にあるグラウンドから聞こえるヘリの音がもの凄く大きい。何か訓練でもしているのか。
富岡市合同庁舎の駐車場でもヘリを見上げた。南の山の方へ去って行った。
公用を終えて一ノ宮駅ホームに戻って立って長閑な光景に浸っていたら、静寂を破る無粋なモーター音がボロボロブルブル響いてきてうるさい。駅ホームから見える木立の向こう側に富岡市和合グランドという広場があって、そこでヘリコプターが発着を繰り返しているのです。
駅向こうの立木の陰からヘリが浮上してきた。
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群馬サファリパークに連なる南の山へ去って行く。
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あ、また戻って来た。
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操縦者が見えるくらい近い距離。ヘリに狙撃者がいたらアクション映画のシチュエーション。
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ヘリの機体が木陰に消えた。無事に着陸したのだろうけどその後もエンジン音、モーター音が切れないのだ。バリバリ鳴りっ放し。
上り電車が来るまでずーっとモーター音を聞いてなきゃならないのかい。
ひとりの老婦人がホームに上がって来た。
「さっきからうるせぇな。何やってんだろうね?」
「何でしょうねぇ?観光かしら。製糸場を上から見てるとか・・・」
でも民間機ではなさそうである。
「ドクターヘリかな?同じコースをグルグル回ってたし・・・」
「ああ、そうかもしれませんねぇ」
この日の前日だったと思うが、ヘリが旋回している方向にある群馬サファリパークで従業員がクマに襲わた傷ましい事故が起きている。この時はドクターヘリが出動した。
群馬サファリパークは行ったことないが過去にもそういう事故が起きていて、何処かの大学病院の医療死亡事故や、夏場の最高温度が何℃になったとか、「群馬ってそういうよくない話題ばかりで注目されるんですよ~」とウチの中堅社員がボヤいていたな。

ヘリは視界から消えた。でも音が消えない。凄いモーター音である。騒音といっていい。
訓練だから仕方がないが、近隣住民から苦情とか出ないのだろうか。

自分で撮った写真を見ながら後で調べたら、白い機体に尾翼までグリーンと赤いラインが伸びている。どうも防災ヘリ「はるな」らしいのがわかった。ベル式412EP型ヘリコプターという割と大きいヘリで定員は15名。ドクターヘリは機体に「Doctor―Heli」とあり、白い機体に赤いラインです。
HPから拝借。
県のHPから1.jpg
県のHPから2.jpg
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妙義や岩櫃でヘリの音がしたら大抵は遭難者の捜索、救助らしい。「あ、また誰か遭難した・・・」
余談ですが、山の中にいてヘリに向かって手を振ったりしちゃいけないんだって。上空から見下ろすと遭難者とそうでない者との見分けがし難いと。
私は駅ホームから手を振ったりしないが、地上から見上げたら、捜索中なのか、訓練中なのか、遊覧中なのか、全くわからない。でも防災ヘリ「はるな」で間違いないと思います。ベル式412EP型ヘリコプター。登録番号はJA200G。群馬県民およそ200万人の200と群馬のGだそうである。
でも平成28年8月公表の群馬県移動人口調査では1967410人で、200万人を割ってしまったけど。
基地は前橋市にある群馬ヘリポート。

やっと上り電車が来たぞ。
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これでも揺れているのです.jpg
東へ向かって走る電車内。ヘリの音が消えていく。
ロングシートの旧型車両はまぁよく揺れる。ちょっとのカーヴで車両のケツをフリまくりである。でもやはり揺れない新型車両7000タイプは違和感がある。揺れてガタピシ鳴ってこそ上信電鉄である。
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また会えるよね?? [コラム雑記帳]

観光地へ行くと、観光地の入口でロードサイドの脇に看板があって、例えば会津だと迎える側には、「ようこそ会津へ」、見送られる側には、「お気を付けてお帰りください」、の表示がが見られたりする。「またくらんしょ会津へ」とか。
歓迎言葉、無事にお帰りの見送り言葉。これらは営業上の屋外広告看板というよりは、おらが町へようこその歓迎の意と、安全運転でお帰りくださいの注意喚起ともいえる。
営業や営業外に限らず屋外に看板を設置するには、各自治体に屋外広告物条例というものがあって、屋外広告物許可申請という申請をするのです。
それには看板を設置する場所の土地所有者の許可が必要で、申請書に契約書、承諾書を添付して、屋外広告物許可申請を提出する。(申請手数料あり)
伊勢崎にもよくありがちな看板があった。
この日、私は本庄市から坂東大橋で利根川を渡ってやってきた。
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この看板は道路域に出っ張ってないので、道路管理者(国土交通省、県の土木事務所)の許可は必要無さそうだが、道路に出てない分、土地所有者の了解は得たに違いない。
(立地が良かったり、目立つ場所等は地元有力不動産業者が押さえているケースが多い。)
これを設置したのは伊勢崎市の広報課??
最近の厳しい景観条例はクリアしている。ハデじゃないし。暖色と寒色の調和もいい。大きさもほどほど。ハデな文言も無く、「ようこそ伊勢崎」これだけ。
伊勢崎に歓迎されてそこに何があるのだろうか?
世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産」に関わる「田島弥平旧宅」か、国定忠治の墓、伊勢崎オートレース場???

看板の向こうにちょっとだけ写っていますが、朝から通しで営っているロードサイドの蕎麦屋レストラン(セルフ、スタンドの大型タイプ?)が見える。
国道を拡張した際、セットバックで下げ、駐車場も確保してドライバーご用達の蕎麦屋さんにしたかと思いきや外観を見たらチェーン店か?
でも「ようこそ伊勢崎へ」に隣接しているので、橋を渡ってやって来た人の目に留まるに違いないし、集客のポイントでいくらかの恩恵にあずかっているだろう。
次の写真、看板の反対側にも赤い暖簾があって、「この店、営ってるの?大丈夫かな?」と思わせるうら寂れたラーメン屋があった。

私は坂東大橋を渡って伊勢崎に入り、「ようこそ 伊勢崎」で一応は歓迎の意を表されて市街地へ向かい、公用を済ませ、またまた坂東大橋を渡って本庄児玉ICに向かう。
来た道をまた引き返すことになった。
さっき見た(歓迎された)例の看板にさしかかった。
伊勢崎から太田方面へ向かう側、伊勢崎を去り際に見たものは。
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また会えるよね伊勢崎で???
ありきたりの、「お気をつけてお帰りください」、「またのお越しをお待ちしています」ではなかった。

「また会えるよね伊勢崎で」・・・悪くはないですね。
近くて遠い距離の恋人同士かい?
なかなか粋で余韻を残すフレーズだが私も伊勢崎にそれほど知人はいない。従業員も数名いるが、会おうと思えばいつでも会える連中だし。
「また会えるよね・・・」って誰が私に言ってるのか。この日の伊勢崎で限られた時間内で接した人は・・・
それでも8人いた。
あの看板を設置したのは行政だろうか。
文言を考え出した人は文学に造詣のある方か。
大賞候補ではないが、佳作!!
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(-“-;) [コラム雑記帳]

ご訪問の皆様スミマセン。
本日は多忙で(珍しく・爆)バタバタしておりますのでショート記事で失礼致します。
今月の某日、ジャン妻が弔事で実家の三重県に帰省して1泊2日してきたのです。その帰途、名古屋駅で新幹線に乗ったらメールが届いた。
「何か駅弁でも買って行く?」
ハナっから家事を放棄宣言か。でも旅の疲れと旅塵を洗い落して厨房に立たせるのも気の毒ではある。でも戻り時間が新横浜着20時台だから、駅弁買おうにも在庫が無くなるは必定。
「こっちで買うから」と返信したの。
ジャン宅に近い最寄駅で購入したのは、消費時間切れで下げられる寸前で1個だけ在庫あった「幕の内弁当」と、在庫が余りまくってこれまた消費時間切れで大量廃棄になりそうなシウマイ弁当定番、そしてポケットを購入
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ジャン妻は21:00過ぎに帰宅した。
旅塵を洗い流してホッとひと息ついて、家庭的手作り感一切排除、皆無の晩御飯である。
「幕ノ内にしていいよ」
「アタシは普通のでいいわよ」
冷凍庫でキンキンに冷えたビアグラスでパンカイの後、開封したら。。
!!!
何だこれは?-1.jpg
幕の内は幕の内らしく、赤魚の照り焼き、とんかつ、海老フライ、鶏の唐揚げ、筍煮、煮物(人参、里芋)、シウマイ3個、蒲鉾、玉子焼き、香の物2種です。その焼き魚がベロンと敷居を跨いでいたんですよ。その状態で上から蓋してあって、ヒモで縛って包装してあったの。
何だこれは?-2.jpg
私が自分の箸で置いたんじゃないですからね。開封したらこんなんなってたんだモン。
「そっち(普通の)大丈夫か?」
「いつもの(配置)だよ」
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誰だこんな詰め方をしたヤツは。責任者出てこい。(-“-;)
でも味に変わりはなしです。ジャン妻にこの下書き記事を見せたら、
「そんな強調しなくても。。。」(矢印の箇所)
そういえば去年の今頃、やはり帰省して戻ったジャン妻と2人で崎陽軒購入の展開になったな~。
http://funayama-shika-3.blog.so-net.ne.jp/2015-08-04
では気を取り直して行って来ます。
今週は1日少なかったのでキツいのだ。
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繋ぎの記事 [コラム雑記帳]

昨年の秋、ウエートが過剰になり、ある数値が許容範囲の上限を超えそうになったので、かかりつけのエロい女医さんからキツい口調で、「痩せなさい」と言われた。
「スポーツとか。運動とかしないの?」
「しませんよそんなの」
「しないの?」
「したくないです。そんな時間もないし」
女医さんはやや固まった。
「したくないのを無理にしなくてもいいけどさ」
運動って身体によくないんでしょと切り返してやりたかったけどね。
「歩くとか」
歩いてますよ。私は都内の公用では社用車を使わないモン。公共交通機関~徒歩である。最寄駅から徒歩10分15分はザラ。多い時は1日に4つ5つ廻るので、世間の営業マンほどではないが、社内では歩いている方だよ。
後で女医さんはジャン妻に言ったそうである。
「ご主人に運動嫌いって言われちゃってさ~。でもしたくないのに無理にさせても続かないからね。奥さんとして何か協力してあげてよ」
ジャン妻は考えた。
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ある日、冷蔵庫の中に山のようなニンジンが。
果実も。リンゴ、ミカンとか。
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ニンジンはよく見ると規格、サイズがバラバラである。
「不揃いなのは流通に乗らないヤツ?」
「多分そうだと思う」
そういうのを通販で購入したんだって。
ジャン妻が、酵素ダイエットに着眼したんですよ。新陳代謝を良くする為に。
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ミキサーにかける。
メインはニンジン。ニンジンだけだと呑み・・・飲み難いので果実を加えます。ミカンもいいけど。リンゴがベスト。でもリンゴは季節ものだから。
青菜はマズイね。
固形のニンジンをすり潰すのでキリキリ軋む音がする。
注ぎ口から絞り汁、もう一つから絞りカスが出てきた。
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これを昨年の秋から毎朝飲んでいます。
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朝はこれだけ。これを毎朝続け、朝のスタンドそば、吉野家の朝定は止めた。
昼も減らした。夜もそうですが、ご飯は1日1膳だけ。
大盛りにしない。
夜は酒飲むからご飯は避ける。
そしたらスーパーで5kgで買ってたお米が2kgになった。
ラーメンにご飯は半分でもNG。
ラーメン喰っても餃子はオーダーしない。ただ、ランチの場合、セットもので単品が無い場合がある。そういう時はしょーがないから半炒飯とか。
和食なんかでもご飯お代わりしないし。普通サイズで抑えます。
鍋の締めに雑炊、うどんもパス。
朝そば、朝吉野家も、ファーストフードもパスです。
これだけです。運動もしないし。これで半年で7kgダウン。
いったい今までどんだけ食べてたんだって。1日2食を遵守。1日3食きちんと食べなさいという記載を見ますが、私は2食に抑えた。でも昼を減らすと夕方に腹減ります。最初の頃はツラかったよ。
インプラント手術でいっとき食べれなかったのもあって、それも功を奏したみたい。
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私は茹でたニンジン、バターでソテーしたニンジンは好物なのですが、ニンジンなんてまるまる1本食べないし、食べる日より食べない日の方が多いし。
他、デンプンの多いものはなるべく避けるようにしています。ジャガイとか。ポテサラは別だけど。
サツマイモなんかNGで、ジャン母が作る里芋の煮物や、私が嫌いなカボチャ煮物を避ける大義名分もできた。
なので固形のニンジンを調理したものをここしばらく見てないです。
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何人かに言われた。
「痩せましたね」
「ベルトゆるくないですか?」
「下、買い替えた方が。。。」
確かにユルいのだ。下がってしまう。気が付いたらシャツがベロンと出てたりする。ああみっともな。
顔がタルんだとも言われたな。
よく行く店で、「タルタルソースを止めただけでそんなに痩せるもんですか?」とも言われた。「痩せてタルタル解禁になったら言ってね」ともね。
船山、伊豆高原、蕎麦宿、、群馬出張から戻ったら増えてるんだよな。旅が終わったら抑えますが。
7kg減るって全然違いますよ。体重数値減以外の効果としては、駅のエスカレーターが混雑しても、「いいや階段で・・・」、っていう気にはなりますね。昨年夏場はたいした段数が無くても階段が億劫でしょーがなかったから。
都内の大深部を這うメトロ南北線、副都心線は別だけどね。
現在は低迷している。そっから先の8kgの壁がなかなか破れないのだ。もう3kg痩せたら服を買い換えようと思ってますが。
私は立場上、ある程度の貫録は維持したいと思ってるので、あまり痩せ細るつもりはないです。
10kgまでいったらそこで止めます。
でもその壁、道のりが遠そう。。。
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ある女優の履歴書 [コラム雑記帳]

真田丸を観るのを続けようか止めようか迷い悩んでいます。
「ありゃ?なんでこうなるの?」の展開が多いので、マジメに見てるとバカらしくなってくるのです。
肩の力を抜いて観ればいいのだが、私は民放ドラマやコメディをもともと見ない人なので、そういうのについていけないの。
真田丸はいい描写もあるのだ。草刈正雄さん他、男性俳優陣で西村雅彦さん(室賀)、中原丈雄さん(高梨)、栗原英雄さん(信尹)、近藤正臣さん(正信)なんか適任だし。
山本耕史さん(三成)と村上新悟さん(兼続)は今後、どんな会話するんだろうと。
「脇役たちはホント、いいんだけどねぇ」(ジャン妻)
兵の数、エキストラが少ないけど、上田合戦描写だって側室キャラがウロウロしていなければいちいち斬新で映画を思わせる出来栄えといっていいのではないか。
真面目に観てるとお笑いになる。
一部の女性キャラ、動かし方、設定に好感が持てないんだよな。
並行して放映されている真田太平記(1985年)がしっかりしているからどうしても比べてしまう。何でまたこの時期に並行放映するのか。
だがその真田太平記にもおバカな女キャラがいた。真田太平記の真田(丹波)昌幸はいいトシをして女癖が悪いキャラで描かれているのだが、
「いいのよこの時代は」(ジャン妻)
「・・・???」
「英雄イロを好むんだから」
息子たちも丹波昌幸には寛大のようである。で、香野百合子さん演じるこのバカ女・・・失礼、キャラは、昌幸の正室、山手殿の妹の設定で、久野という女性。
真田丸には登場しない問題児・樋口角兵衛の母。家臣の未亡人だが、かつては昌幸とも関係があった。それを姉の山手殿(演・小山明子さん)も知っているから困ったものである。
角兵衛が問題起こして自分の手許から離れると、源三郎信幸に色目を使ってるんですよ。
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何考えてんだこのオンナは?
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「叔母と甥だろうっ!!」(ジャン妻)
奔放な性格なのか、男に頼らなくては生きていけないのか、利用しようとしているのか。だけど甥に色目を使ってどーするんだ。
姉の山手殿(小山明子さん)が夜叉の形相で突然現れたことでこの誘惑は不首尾に終わる。浅はかというか、愚かしい女だなと思ったよ。
で、どんな女優さんか調べてみたんですよ。香野百合子さんを。
旧芸名は吉田ゆり。デビュー作を見て驚いた。
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これかよっ!!
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ウルトラセブン第37話、「盗まれたウルトラ・アイ」
マゼラン星人マヤ!!
ある任務を帯びて地球にやってきて、モロボシダンの胸ポケットからウルトラアイを抜き取った女性ですよ。
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任務が成功しかけたのに母星に裏切られたと知ったマヤは、ダンにウルトラアイを返し、ジュークボックスから湧き上がる白煙の中に消え、ブローチだけが残されるんでしたかね。
マヤが言った台詞で2つ、
「こんな狂った星を侵略する価値があると思うの?」
「私は仲間が迎えに来てくれるわ」
ダンの呟き、
「この星で生きよう。この星で一緒に」
「何故他の星ででも生きようとしなかったんだ。僕だって同じ宇宙人じゃないか」
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マゼラン星人マヤ役の吉田ゆりさんは高校生だったそうです。それが真田太平記では悪女役?
私の大好きだった大河、「獅子の時代」でも会津女房を演じていたが最近まで知らんかった。
ジャン妻に見せたら、
「ホクロがあるね」
これだけだった。
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この37話は着ぐるみや巨大怪獣が全く登場しないもの哀しいドラマなので、機会あれば観ていただきたいものですが。
1968年のマヤ。。。
1985年の久野。。。
高校生デビューのマヤは17年後は男を籠絡す悪女役?
変われば変わるモンだ。というお話でした。
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高崎駅界隈工事だらけのこと [コラム雑記帳]

高崎駅界隈が建設ラッシュになっている。
新幹線で高崎駅に滑り込む直前、車窓左手に新体育館、「高崎アリーナ」が建設中で、見下ろしたカタチは巨大な船舶型のドーム式。
すぐ隣を肩を狭めて走る上信電鉄が押しつぶされそうである。
(高崎新聞から)
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アリーナは今年(2016年)8月にプレオープン。早くも9月に国際合気道大会(世界大会、8日間)が開催され、来年(2017年)春にグランドオープン予定。
観客動員数は6000人だそうである。音楽イベントにも利用されるかどうか。収容客数10000人を超えると誘致する音楽アートも限られた超大物クラスになってしまうが、5000人か6000人の会場だと誘致するハードルが低くなると思う。
だが、音楽ホールは反対側東口に、これまた2018年の完成を目指している「高崎文化芸術センター」が建設予定なのだ。そこは収容客数2000人、570人~1000人、400人、大、中、小の3ホールができる。音楽、演劇、レコーディングも可能な多機能施設となるとか。
競技場や音楽ホールは駅から近い方がいいに決まっているので、く西口東口ともデッキで結ばれるだろう。
イベントがお開きになったら駅前は大混雑するは必定。
(日刊工業新聞から)
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まだある。噂の東京マガジン噂の現場でも取り上げられたが、高崎駅東口から徒歩15分、高崎競馬場跡地にもコンベンション施設の建設構想があるとか。
この競馬場跡地活用の構想は以前からあったらしいが、前述のアリーナ、文化芸術センターの方が駅チカなのでそっちが注目されちゃった感はある。その後、どうなったのだろう。
(アリーナは日本製粉工場跡地です。跡地を有効に使うとなるとそういう箱モノを建設するしかないのかな。)
駅から徒歩15分だとやや距離がある。駅とデッキで直結するのは厳しいかも知れない。
噂の現場でも触れていたが、高崎市は上州の玄関口であり、上越&長野北陸新幹線や、関越道&上信越道&北関東道のJCTでもある。東京から僅か1時間なので、都内の渋滞混雑を避けて関東郊外でイベント開催するならベターな場所だとは思います。
同じものを幾つも作ってどーするのと思わないでもない。
アリーナや文化芸センは使用目的がはっきりしている。でもコンベンション施設・・・コンベンションとは展示、会議、様々な出展なのでビジネスに直結する。スポーツやコンサートイベントとは違う。そこでビジネスが成立しないとアウトですぐ他へ行ってしまう。首都圏から1時間で来れるということは同じ時間で帰れる訳だからね。
私はコンベンション利用者ではなく社内枠での単独出張者に過ぎないが、無駄遣いと言われようが1泊して楽しむものを持っている。それと同じく、そういう施設の来場者が本来の利用目的とは別に、宿泊も含めて高崎で余暇を楽しめるものが無いと金が落ちないと思うのだよ。
文化施設だけではない。東口のホテルココグラン高崎の北側には高さ100m28階建てのタワーマンションが建設されるそうですよ。これができると高層マンションでは群馬県で一番高くなる。
西口駅前に戻ると、イオンモールの建設工事の前段階で、2014年に閉鎖されたビブレ・・・でしたかね。その地下解体工事中だった。
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西口ペデストリアンデッキの工事も始まるようです。既に一部のデッキが閉鎖された。イオン建設と同時に工事が進むのでしょう。
田町でも何やらドカドカ建設重機が稼働している。そこらじゅう工事だらけ。

大規模な集客施設の建設が進んでいる高崎駅界隈。
イベント開催時期はホテルが満室になるだろうから、その期間を避けた方が良さそうである。市内に泊まれなかったら安中市のルートインに退避するかな。
まてよ?
これら小さい店に、そのイベント帰りの客がドッと押しかけたらどーなる!!
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捌ききれるわけないじゃないか!!
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やはり魏延はいないのか [コラム雑記帳]

横浜市が歴史シミュレーションゲーム「三國志13」のキャラを取り上げて市営地下鉄のマナー向上を呼び掛けるポスターがベタベタ貼ってある。3月31日まで。
横浜市のHPにはこうある。
横浜市は、市営交通における安全性の向上とサービスの充実などにより「安全・確実・快適な交通サービスの提供」に取り組んでいます。また、様々な観光施策を展開し、回遊性の一層の向上により、魅力と活力あふれる都市づくりを進めています。
このたび横浜市は、幅広い世代に人気の歴史シミュレーションゲーム「三國志」のシリーズ30周年を迎えた、市内企業である株式会社コーエーテクモゲームスとタイアップし、市営地下鉄利用マナーの向上と観光キャンペーンを実施します。
これにより、市営地下鉄の利用マナー向上に加えて、市営交通を利用した市内外からの誘客促進を図り、横浜の新たな魅力と賑わいを創出します。
三國志シリーズ最新作、三國志13に登場する武将が、市営地下鉄の利用マナーを呼び掛けるポスターを、市営地下鉄全40駅に掲出します。ゲームや小説などの「三国志」ファンはもとより、幅広い世代のお客様へ効果的なマナー啓発を図ります。
全6種類のポスターを掲出します。なお、そのうち5作品は1100点を超える一般公募作品から選出しています。
見たら呂布以外は三国の盟主や主要キャラばかりではないか。

「我ら生まれた日は違っても、車内マナーは等しく守ろうと誓おう。(劉備)、
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「周りに伏兵がおるやもしれません。よもや歩きスマホなどなさいますな」(諸葛亮)
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「覇王の座は譲らぬが、この座席は譲ろう」(曹操)
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「全軍止まれ。 エスカレーターで歩いてはならぬ!!」(孫権)
「人中に呂布あり! 車中に駆け込み無し!!」(呂布)
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ここまでは一般公募で決まったらしい。
三國志の世界やキャラを知ってる人でないとわからないだろう。

これは一般公募ではないそうです。
「張飛!酔うて車内で義の無き行いをするではないぞ」(関羽)
「心配するな兄者!酒はほどほどに、だろ?」(張飛)
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「馬超はともかくも、黄忠や厳顔も出ていいのではないか」
「???」(ジャン妻)
2人とも老将軍で黄忠は五虎将のひとりです。してその標語は?
「ワシに席を譲る者はあるか?」
「それじゃ何のヒネリもないじゃん!!」
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私も横浜市営地下鉄利用者ですが、別に片棒担いで車内マナー向上をアピールしている訳ではないです。私が言いたいのは、
魏延はいないのか?
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魏延は五虎将軍亡き後、人材払拭した蜀軍中で抜きんでた魁夷な猛将。
「何故、魏延がいないんだっ」
そこが不満である。
「趙雲だってないのに、魏延・・・」(ジャン妻)
「魏延は席次でいったら五虎将の次だぞ。張飛を差し置いて漢中の太守に任ぜられたのに。孔明(諸葛亮)とソリが合わないだけで外されたな」
「最後に裏切るんでしょ?」
裏切り?そういうなら呂布だって。魏延は裏切ったのではなくわざと謀反するように画策されたのだ。五丈原に魏延の隊だけ置いて撤退され、後で誅すべしと遺策を残したんだからさ。
だが、魏延が吐いた有名な台詞は、「儂(ワシ)を殺せるものがおるか」・・・これを三度叫んだところで何の車内標語にもならないか。
気の毒な魏延、でも大ファンの私です。
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藤枝市 ある倉庫の謎 [コラム雑記帳]

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私が出向いた藤枝市の某行政です。
最寄のバス停を見たら本数は1時間に1本程度なので藤枝駅から1500mほど歩きました。結構な距離でしたが晴天下なので心地良かった。
雨だったらタクシー使ったかも知れない。
くるまでなく歩いていると通り過ぎて見落としがちなものに気付くことがある。そこまで歩いている途中、瀬戸新屋という地の民家の脇に厳めしい倉庫があった。
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何だろうこれ?
古そうである。屋根が曲線を描いたアーチ型。あちこち剥離しているが頑丈そう。
鉄の扉は南京錠で施錠されていた。
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サイドには地元の金融関係の広告看板が掲示してある。何だかそぐわない。老朽化した倉庫が生き延びる為に仕方なく現代広告を背負っているようである。
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倉庫の周囲、ロケーションを見渡したら、倉庫の前を通る道がこの先の1国新道に並行しているようだから旧道かも知れない。ところどころ松並木の名残もあるしね。
旧街道?.jpg
この倉庫を見て思い出したのが群馬県岩鼻の「群馬の森」、周辺に眠っている火薬製造所の跡地。船山史家呟きⅡで最もアクセス数が多い記事。
http://funayama-shika-2.blog.so-net.ne.jp/2014-01-30
これは軍部施設の何かに違いないと思い込んだ。旧道に面しているのもポイントです。
こういうアヤしいものの正体を知るには考えてないで誰かに聞くしかない。隣接する民家に聞ければいいのだが、わざわざその為だけにおとなうのも気が引きた。
私はたまたま通りがかった爺さんに声がけした。
「あのすみません、これって・・・?」
そしたらその爺さん、私を片手で追い払う様な仕草、顔は私を無視したままその先の横断歩道を渡ってさっさと行ってしまったのだ。歩調も落とさなかった。
あっちへ行けみたいに蝿を追い払う様な仕草をされましたよ。
私何かしたかよ?やや憮然とした私だが、まぁアヤしまれても仕方がないと思い直し、次に誰か来ないかと、しばらくそこに佇んでいたが誰も来やしない。くるまは割と頻繁に通る道なのですが。
私を蝿の如く追い払った爺さんの後姿が小さく見える。時折振り向いて私をまだ警戒しているようだった。
バカらしくなったので踵を駅の方角に戻したら、すぐ近くの家の庭を掃いていたお婆さんに出逢った。聞いてみたの。あっちにあるあの倉庫は何って?
「ああ、あれはね?近くの〇〇屋さんの駐車場で・・・」
駐車場ではなくその端っこにある倉庫ですよと、ⅰ-Phoneで撮影した写真を見せた。
「ああ、これね」
「何かの軍事施設のようなものですかね?昔、この辺りにこういうものがあったとか?」
「いやぁ、この辺りにはそういうものは無かったですよ。この倉庫は近所の〇〇さんが使って中に〇〇用の云々を保管してるんですよ」
「防空施設の残りってことない?」
「いやぁそういうものじゃないと思いますよ」
地元の方の商売、営業用のものが保管されているそうで倉庫は現役で、中に保管されてるものを何となく聞いたのですがそれは本筋ではないし、個人のものなので伏せます。
何か古くからある倉庫らしいが、倉庫そのものの正体はこの時は不明で終わった。
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何だかスッキリしないが、先刻の追い払い爺さんと違ってお掃除お婆さんは丁寧に教えてくれた。私の問いかけが日々の徒然になったのかも知れない。
帰京して検索したら、私に説明してくれたお婆さんが「そういうものは無かった」・・・
実はあったらしい。
あの倉庫は海軍藤枝基地の遺構ではないかというもの。藤枝市 瀬戸新屋 軍事施設 倉庫で検索してみて下さい。
ではあの倉庫はもともとあの場所にあったものなのだろうか。
何処からか払い下げられて運ばれて来たのか。
ここへ来る前は同じようなカタチをしていた仲間たちと並んでいたのではないか。
斜めから厳めしい扉.jpg
歩いていると、「なんだこれは??」に気付く時がある。くるまだとあっと言う間に通り過ぎてしまうからね。
何にせよ常に??を持つことがネタ切れしない秘訣なのです。
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